暴物語   作:戦争中毒

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どうも戦争中毒です。

どの話から書けばいいのか悩んでたらすっかり遅くなってしまいました。やっぱり物語シリーズみたいに時系列を入り乱すのは難しいですね。

それでは本編、どうぞ。



六重奏と不協和音

001

 

「・・・・・・」

 

“織斑”と書かれたそれを、シャルロットは何度も読み返しながら、深呼吸をした。

シャルロットがいるのはIS学園の廊下ではなく路上、つまり今目の前にある表札は織斑“家”の物。

 

「あれ、シャルか? どうした」

「ふえっ!?」

 

いきなり後ろから声をかけられたシャルロットが振り向くと、買い物袋を下げた一夏がいた。

 

「あ、あっ、あのっ! ほ、本日はお日柄も良くっ、じゃなくて!」

「?」

「え、えっと、ええっと・・・きっ」

「き?」

「来ちゃった♪」

 

えへ、と笑みを添えているが、脳内ではもっと良い言葉はなかったのかと後悔。

 

「そっか。じゃあ、上がって行けよ。あんまり盛大なもてなしはできないけどな」

「う、うんっ? 上がっていいの!?」

「そりゃいいだろ。追い返す理由もないし。あ、これから予定があったか?」

「う、ううんっ! ない! 全然ッ! まったく、微塵もないよ!」

 

家にあがるかと誘われ嬉しさのあまり予定のない事を猛アピールするが、一夏が若干たじろいでいるのに気づき、シャルロットは恥ずかしくなってうつむいた。

 

「な、ない・・・です」

「はは。変なヤツだな~。まあ入れよ。今鍵開けるから」

「う、うん」

 

変なヤツと言われた事に羞恥心でいっぱいだったが、一夏の家にあがり、ソファーに腰かけた頃には感動でいっぱいになっていた。

 

「外暑かっただろ。ほい麦茶、ちょっと薄いかもしれないけど」

「う、うん。ありがとうっ」

 

出された麦茶を一口飲むが薄いかどうかもわからない。

 

(い、一夏とふたりきり、一夏とふたりきりーーー)

 

学園と違って邪魔されることのない貴重なチャンス。シャルロットは一夏との距離を縮めたい、とは思っていたが実際にふたりきりになった今、緊張して何を話せばいいのか考えが纏まらず、困り果てていた。

自分のことなのに困るなよ。

 

ピンポーン

 

「誰か来たのか? ちょっと出てくる」

「う、うん」

 

一夏が部屋から出ていたところでシャルロットは深呼吸をした。そして少し冷静になったところで一夏との話題を考えた。

 

 

 

002

 

 

携帯電話のナビを利用して織斑宅を訪れたセシリア。

クラスの情報網で一夏が自宅に帰っていることを知った彼女は、シャルロット同様に一夏との関係に進展を望んでやってきたのだ。

もちろん、一夏は在宅などを含めた行動情報がクラスに流れているのは知らない。

 

喉の調子を確認の後、意を決してインターホンを押すセシリア。

 

「はーい。・・・お? セシリアだ」

「ど、どうも。ご機嫌いかがかしら、一夏さん。ちょうど近くを通りかかったので、少し様子を見に来ましたの」

「通りかかった? ここ大通りから外れてるから通りかかるって珍しいーーー」

「ああっとッ!! おいしいと話題のデザート専門店のケーキですわ! 一緒に食べませんこと!?」

「あ、ああ。じゃあ上がっていくか?」

「ええ、ぜひ!」

 

下手な勘ぐりをされる前に勢いで流すセシリア。

実に楽しそうな様子で家に上がっていくが、玄関にあった女性物の靴を見逃してしまった。

 

この十数秒後、彼女は先にお邪魔していたシャルロットと鉢合わせし、互いに抜け駆けしようとしていたのがバレて気まずくなってしまった。

 

「うふふ(シャルロットさん、まさか抜け駆けを!)」

 

じゃあアナタは何をしに来たんですか、セシリアさん?

 

「あはは(せっかくの二人っきりが・・・)」

 

君の場合は運が悪いんじゃないのかな?

 

「待たせたな。ケーキ、どれにする?」

 

キッチンから戻ってきた一夏がアイスティーと一緒に持ってきたセシリアのおみやげのケーキ。

苺のショートケーキはシャルロット、レアチーズケーキは一夏、洋なしのタルトはセシリアが選択。

 

その美味しさに舌鼓をうつ三人。

すると一夏はふと思ったことを口にする。

 

「なあ、せっかくだしちょっとずつ交換しようぜ。セシリアとシャルも、どうせなら三つとも食べれた方が嬉しいだろ?」

「えっ? そ、それは、その・・・」

「た、食べさせ合いっこ・・・みたいな?」

 

そんなまさか、でももしかして、と探るように訊いてみるセシリアとシャルロット。

 

「おう」

「「・・・!!」」

 

ぱぁっと二人の表情が輝く。

冷静になりやっぱり止めようとする一夏を一瞬のアイコンタクトで結んだ共同戦線で阻止し、一夏の手で食べさてもらえるように取りはからう。

 

エサを待つ小鳥のように、しかし多少の恥じらいと乙女の躊躇いゆえにわずかな開口。

頬を染めたその姿はよからぬことを考えてしまいそうになるが、そこは唐変木・オブ・唐変木ズの一夏。特に考えもなくフォークを動かしケーキを一切れ、セシリアの口へと運ぶ。

 

「じゃ、セシリアからな。あーん」

「ぁ、む・・・」

 

口に運ばれたケーキ。

しかしセシリアは高鳴る胸が苦しく味の詳細などわからない。

 

「どうだ?」

「お、おいしい、ですわね・・・? ふふっ♪」

 

行動自体が嬉しく、苦労して織斑家を訪ねたかいがあったとセシリアは最上級の喜びを噛みしめる。

 

「つ、次、僕だよね」

「おう、悪い悪い。ほら、あーん」

「ん・・・」

 

運ばれたレアチーズケーキを舌の上に滑らせ、シャルロットとは瞼を閉じてその感覚を楽しむ。

彼女もまた味は二の次で、一夏に食べさせてもらったことに小躍りしたいほど内心舞い上がっていた。

 

「お、おいしいね。うん、僕これ好きだなぁ」

 

二人は今の幸せに酔いしれる。

 

「じゃあ、そっちのも一切れもらうぞ」

 

だが一夏が自分でケーキを食べようとしているのに気づいて現状復帰。

 

「お待ちになって!」

「ここは礼儀的に見ても僕たちがお返しに食べさせないとダメだと思うんだよね、うん」

「そ、そうなのか?」

 

「だからーーー 「ですからーーー

「「あーん」」

 

二人同時に自分のケーキを一切れ、一夏の口元へ運ぶ。

 

 

ピンポーン

 

しかし邪魔をするかのように再び鳴ったインターホン。

一夏は再び出迎えのために席を立った。

 

 

003

 

 

「結局、こうなるわけね」

 

リビングに集まった一同を見た鈴は、ため息と共にこう呟く。

 

あのインターホンを鳴らして招かれたのは、箒に鈴、ラウラと簪。

いつもの一年生専用機持ち達がそれぞれが似たような思惑や期待を持って織斑家を訪れ、ばったり出くわしてしまっていたのだ。

合計8機の専用機。世界で一番危険な民家の完成だ。

 

箒と鈴は先に家に上がっていたシャルロットとセシリアを僅かばかり睨むが、当の二人はどこ吹く風。まるで吹けない口笛を吹いているかように顔を逸らして非難の視線を避けている。

 

そんな彼女達の攻防に気づかない一夏は、来客用のコップにお茶を注いで出していく。

すると、ラウラがあることを訪ねる。

 

「嫁がどこに居るか知らないか?」

 

織斑家に居候している忍野が一夏の帰省について行くように学園を離れたという情報は入手済み。

ラウラが織斑家を訪れた目的は忍野であり、簪も彼を捜しているようで先ほどからキョロキョロとしている。

訊かれた一夏はニヤリと笑う。

 

「忍野なら縁側に居るからそーっと覗いてみな。面白いものが見れるぜ」

「面白いもの?」

 

忍野のように少々悪い顔をして笑う一夏は窓の右半分を覆っているカーテンを指差す。一同は若干の疑念があったものの好奇心が勝り、外に居るであろう忍野に気づかれないようにそっと、カーテンを捲ってみる。

 

そこから見えたのはウッドデッキで胡座をかいて座っている忍野。どうやら覗かれてることに気づいていない様子だ。

その膝には三毛猫が丸まっており、彼の周囲にはその子供と思われる6匹の子猫がじゃれている。彼の背中を登ろうとする(子猫)や指に噛みついている者、他の者と転げ回る者。

 

だがそんな事よりも彼女たちの言葉に詰まるものがあった。

猫をかまっている忍野の顔はいつもの皮肉めいた笑みではなく、頬が緩みきった、だらしないとさえ言えるような満面の笑顔を浮かべながら子猫と遊んでいた。

 

((((うわぁ~・・・))))

 

まさに唖然。

よくマンガで不良が捨て猫を拾うと言う展開はあるが、そんな不良たちもここまで弛んだりはしないだろうと万人が言えるほど。それどころか、これが“癒やし”を初めて知る生物だと後世に語り継がれそうな彼の表情に、誰もが開いた口が塞がらないと言った様子だった。

 

すると、そんな彼女たちに興味を示したのか、1匹の子猫が近寄って来る。

 

そして、

 

「ん? どうしッ///!?」

 

子猫の向かおうとしている先に、自分を見ている者達が居ることにようやく気づいた忍野の顔は、一瞬で茹でタコのように真っ赤になった。

 

 

 

004

 

 

「随分と人懐っこい猫だな」

「あはっ、可愛い!」

「そんなに爪をたてないで下さいまし!?」

 

子猫達は好奇心が強いようで、初めて会う箒達にも臆するどころか遊んで遊んでとすり寄っており、彼女達も嬉しそうに可愛がっている。

セシリアだけは、せっかくの勝負服を爪で穴だらけにされそうになって子猫を引き剥がすのに必死になっているが。

 

「これが猫と言うものか・・・」

「見たこと、ないの?」

「実物を見るのは初めてだ。しかしここまで愛くるしい生き物とは・・・」

 

目をキラキラとさせながらラウラが子猫と戯れる姿を見たシャルロットは、鼻から熱いものが垂れそうになるのを必死にこらえていた。

 

だがそんな彼女たちの横で、

 

「殺してくれ・・・」

 

俯いて暗い雰囲気を放ち続ける忍野。

あの後、必死に何かの弁解をしようと彼は口を開いたが出てくる言葉は単語としてすら成立しておらず、何も伝わらない。

そのうろたえっ振りもいつもの彼らしからぬほど。

 

そしてこれを好機とみた鈴が普段の仕返しのつもりで軽~く、

 

“へえ~、猫が好きなんだ~?”

 

という本人からしたら軽いジャブのつもりで放った見た感想(留めの一撃)の直後から、恥ずかしさの余りか鬱状態になってしまったのだ。

頭に子猫が乗っているのが笑いを誘うが・・・。

 

「だからゴメンって。そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

「だってよぉ、どう観られても俺のキャラじゃねぇだろ? 戦闘狂が猫好きって・・・」

「いや、でもアンタ気まぐれのイタズラ好きで、猫みたいでしょ。“外の人”的にも」

「メタ発言禁止。それとこれは違うだろ。あぁ~、鈴に辱めを受けたよぉ」

「人聞きの悪い言い方しないでよ!?」

「こうなったら鈴の写真に洗濯板とまな板を合成したのをバラまいてやる」

「ブッ殺すわよッ!!」

「いや待てよ、艦○れの龍驤(りゅうじょう)の方がいいのか? あれもツインテだし背が低いし、何よりフルフラットだし」ブツブツ

「フ、フルフラット? 何のこと?」

「胸が滑走路」

「少しは丘があるわよッ!!」

「丘ねぇ。一夏の周りを見てから言いなよ」

「分かってるわよチクショーッ!!」

 

いつもの喧嘩腰の会話をする二人の様子を見ていたシャルロットは、ラウラにこっそり耳打ちする。

 

「良かったね~、ラウラ♪」ヒソヒソ

「な、何のことだ?」ヒソヒソ

「忍野くん、猫が好きみたいだからラウラの猫耳パジャマ姿を見せればーーー」ヒソヒソ

「あの姿を晒せと言うのか!? む、無理だ!」

「ええ~、喜ぶと思うよ?」

 

「・・・・・・///」

 

ラウラはあの様な恰好は恥ずかしいと嫌がり、それが聞こえていた簪は自分も猫の恰好をすれば忍野が可愛がってくれるのかなと、ちょっぴり桃色気味の想像をして赤くなっている。

 

 

しばらくの間、皆で猫と戯れていたが親猫が出て行くと子猫も後を追って帰っていく。

多少名残惜しくはあったが、少女達の目的は鈍感二人との進展なので笑って見送る。

 

さて、猫が居なくなり何をしようかと皆に問う一夏。

外へ行こうと提案する彼だが、全員が家の方が良いと言う。そして何をするかと悩む。

 

「良いものがあるよ」

 

そう言うと、鈴は持ってきた多数のボードゲームを机に広げた。

 

皆が懐かしさや物珍しさと共に物色していると、忍野もとあるゲームを手に取った。

 

「何だ? このゲーム」

「え? ああそっか。アンタ(忍野)はやった事なかったわね」

「へえー、懐かしいな。最後にやったのいつだっけ?」

「中学の初め頃じゃなかったかしら。じゃあこれをやりましょ!」

 

 

005

 

 

『バルバロッサ』

 

ドイツ発祥のボードゲームでプレイ人数は3人以上。互いの作った粘土細工の正体を当てるクイズゲームの一種。

 

要点だけを纏めると、

スゴロクのようなイベントのある“マス”を進んで行き、誰かがゴールに辿り着くか粘土細工の正体が出揃うまでに点数を稼ぐという物だ。

最大の特徴は粘土による造形。プレーヤーがゲーム開始時に作った粘土細工を互いに何を模したのか正体を当てて点数を稼ぐ。因みに不正解での減点はない。

粘土細工は最初や最後に正解されると作ったプレーヤーは減点されてしまうが、中盤に正解されると作った方にも点数が加算されるので程よく何を模した分からなくするのが点数を稼ぐコツ。

“マス”には質問のできるものがあり、ここで相手に否定の回答をされるまでいくつでも質問可能。

正式なルールには粘土細工の文字を教えて貰うマスもある。

 

ゲーム経験者である鈴と一夏が説明役になってお試しゲームが始まる。今回は文字マスがなく、正解を口頭で言う。

正式ルールでは、正解は紙に書いて相手に渡し、正解であれば粘土細工に目印をつけます。

 

順調に進み、最初の質問イベントが始まる。

質問マスに着いたのは箒だ。

 

「よし、ではラウラの粘土に質問するぞ」

「受けて立とう」

 

ここで箒はラウラの粘土に質問をすることにした。理由として一番形が単純で答えを見つけやすいと思ったのだろう。何たって他の三人とは違い、単なる円錐状(えんすいじょう)の物体で殆ど細工をしていない。

代わりに“ゴゴゴ・・・”と表すような威圧感があるが。

 

因みにそれぞれの粘土はシャルロットのは馬。

箒のはロウソクのようにも見える何か。

セシリアのは名状し難い何か。

簪のはどこかで見たような三又の何かである。

一人だけ答えをがハッキリしてる? どの程度ボカせばいいのか分からなかったのでしょう。

 

「それは地上にあるものか?」

「うむ」

「よし・・・。では、それは人間より大きいか?」

「そうだ」

「それは都会にあるものか?」

「どちらともいえないな。あると言えばあるが、ないと言えばない」

 

ゲーム参加者全員混乱。

単純の円錐形で人より大きく、都会に存在する場合もあるもの。質問することでより混乱を招く事態になってしまった。

 

結局この後すぐに質問は終了。

箒は“油田”と解いたが不正解に終わった。そして全員が“なぜ油田?”と内心ツッコミを入れる。

 

次にシャルロットの粘土だがすぐに答えが出てしまい作り手の得点にならず、簪の粘土もラウラが“アルケーのファング”とすぐに答えてしまったので点数が低かった。

逆に箒の粘土は難しくはあったがシャルロットの巧みな質問により“井戸”と言い当てられ、ゲーム中盤だったので箒にも作り手の点数が加算された。

 

尚、ファングの正解が出た時に二人(簪とラウラ)は忍野に自分達が意識していることをアピールしようとしたが、当の本人は説明書とにらめっこをしておりゲームが始まってる事にすら気付いない様子だった。

鈍感通り越して最低だね。

 

ゲームは終盤、正体が分からないのはラウラとセシリアの粘土細工。

あまりにも分からず一夏と鈴も質問するが迷走するばかり。皆の思考が停滞してきた。

 

「忍野、アンタにはあれ何だか分かる?」

「セシリアのは分かるが・・・、俺は参加してないからノーコメントで」

「なら今から参加しなさいよ」

「今から? 何も作ってないぞ?」

「すぐ作んなさい」

「しゃーねぇなぁ」

 

鈴は忍野を引っ張りこんで正体を暴きにかかる。

今まで観客を決め込んでいた忍野は机にあった粘土を片手で掴み取ると、柔らかくするように捏ねる。そこからどのような物を作るのかと、皆が作業に取り掛かるのを待っていると、

 

「ほいよっと」

 

その片手が開かれ“鳥”を(かたど)った粘土が姿を表した。

二本足で立ち翼を広げた鳥はデフォルトされてはいるが無駄がなく、目にあたる部分には虚ろな穴まで開いていた。

 

「って、ちょっと待ちなさいよ!? どうやって片手で作ってるのよ!?」

「これハッキリと鳥だって分かるよ!? なんでここまで作り込めるの!?」

「簪。すでに答えが分かったが嫁に点数は入るのか?」

「ゲーム開始前だから・・・0点?」

「でもゲームは中盤だから作り手の点数が貰えるんじゃ」

「・・・ずるい」

 

まさか捏ね終わった時にすでに作品が完成していた事に驚く。そして点数が加算されるのが分かっていたかのように分かり易い造形、点数差を埋める為の策と呼べばいいのか、はたまた確実に勝ちにいく為の卑怯な点数稼ぎなのかは微妙な所である。

 

「一体何だよ、その無駄な技術は?」

「ん~? 昔、粘土細工が得意な奴に教えてもらったんだよ。片手でやるから暇つぶしにはちょうど良さそうだったんでねぇ」

 

「さてと、」と忍野の言葉を区切りサイコロを振る。そして進んだ駒がたどり着いたマスは質問マス。

 

「セシリアのは大凡の検討がついてるから先にラウラのを解こうか」

「どこからでも来い」

 

今出ている大まかなヒントは、

・地上にある

・ビルより大きい

・都会にある場合もある

・人工物ではない

 

「それじゃあ質問するよ。ラウラのそれは、世界中にあるのかい?」

「ある。大抵の国には存在する」

「IS学園より大きいかい?」

「大きい。学園より小さいものはない」

「ならそれは、必ずしも円錐形かな?」

「違う。この形とは限らない」

 

ここで質問終了。

追加されたヒントは聞いた感じ、それほど宛てになるとは思えない。

だが、

 

「山だな」

「正解だ。さすがは私の嫁だ」

「モデルはエベレストか? 難易度高すぎるぞ」

「しかしエベレスト以外にも尖った山はある」

 

(((((山かよッ!?)))))

 

予想外の回答。

正解を導き出したことよりも、これが山だと言うラウラに内心ツッコミを端的に、そして大声で言う。

そりゃあ先の尖った円錐形を“山”と言われても納得はいかない。しかしラウラの言う通り、尖った山はあるので納得せざる終えず、言いたい文句も忍野に取られてしまったので声に出せなかった。

 

 

「それで、セシリアの粘土は何だって言うの?」

「セシリアのは十中八九、」

 

そう言って忍野がみんなに見せたのは、世界巡りをするスゴロクゲームの箱。何の事かと言いかけたところで彼が指を差す所を見て全員が納得した。

 

イギリス本土。

 

言葉の枕に「我がイギリスではーーー」と付きそうな程に愛国心のある彼女ならある程度予想は出来たかも知れないが、この時は誰もが思った。

 

(((((普通作らないだろ)))))

 

セシリアさん、大抵の人は自国の形くらいしか覚えていませんよ。

 

 

006

 

 

その後、全員が参加して本格的にゲームがスタート。

非常に盛り上がり昼食も済ましてからも続き、数回目のゲームをしている最中、玄関の開く音が聞こえる。

帰ってきたのは一夏の姉である織斑 千冬。その人であった。

 

「なんだ、騒がしいと思ったらお前たちか」

「お、お邪魔しています・・・」

 

あれだけ騒がしかった一同が、彼女ひとりの登場で静まり辺りはピシッと張りつめた雰囲気になった。

女子達のうち、ある意味いつも通りのラウラ以外は若干の冷や汗すら伺える。

 

「あ、おかえり千冬姉」

 

だが、この雰囲気の中で一夏だけは違った。

一夏はまるで帰宅した旦那を迎える妻のようにささっと千冬に近づくと持っていた鞄を受け取る。

 

「暑かったろ? お茶、ぬるいのと冷たいのとあるけど、どうする?」

「そうだな、では冷たいのを貰おうか」

 

帰宅した千冬をかいがいしくもてなす一夏。

 

「・・・・・・」

 

想像以上の一夏の良妻ぶりに、鈴と忍野を除いた全員が言葉が出ない。

しかし鈴と忍野の表情はそれぞれ違い、鈴は見慣れているのか呆れ顔。忍野はそこに何か疑問を見つけようとしているかのような思案顔をしていた。

 

「今日のメシはどうする?」

 

千冬さんは一瞬考えた様子を見せたが、その後すぐに「いや」と返す。

 

「いい。外で食べる」

「え? もう出てくのかよ?」

「ああ。お前たちと違って、教師は夏休みでも忙しいんだ。お前たちもゆっくりしていけ。・・・泊まりはダメだがな」

 

千冬は女子陣の方を見て家主として言っておきたいことを言う。

 

リビングを後にしようとしたところで「ああ、最後に」と忍野の背後で立ち止まった。

 

「こいつの粘土は学園の校章だ」

「なッ!? 千冬てめぇ!!」

 

まさかの妨害発言をした千冬はしてやったりとサッサと出て行ってしまった。

 

「なるほど、言われてみればそうだな」

「一番難しそうなのが分かったわね」

「・・・上手」

 

「だあぁぁ、もう止めだ。あのいきおくれが、答えを言うってありかよ」

「アンタそんな事言ってたらまた千冬さんに(シメ)られるわよ」

「ハッハー、知らーーー」パキン

 

忍野が手を伸ばした先にあったコップが、独りでに、唐突に真っ二つに割れた。

中身は残ってなかったようで中身がこぼれたりはしなかったが、その現象は十分に不吉だった。

 

「「「・・・・・・」」」ガクガク

「ーーーねぇかどうかはともかくスンマセン!」

 

強気な態度を一変、土下座しそうな勢いで忍野は謝った。

織斑教官loveのラウラやシスコン(本人否定)の一夏ですら、その現象に恐怖しおののいた。

やっぱり一番怖いのは千冬だね。

 

「気分転換がてらに新しいコップ買ってくる」

「あ、ならついでに明日の朝食の材料をーーー」

 

出掛ける忍野におつかいを頼む一夏だが、最後まで言う前に目の前の客人達に訊ねる。

 

「そういやみんな何時までいる? 夜までいるんなら、夕食の食材を買ってきてもらわないと」

 

その一夏の言葉を聞いて、女子達の目が光る。

 

“ここは手料理を振る舞うチャンス”

 

学園では食堂があるので自炊することは少なく、仮に作っても何と言って渡せばいいのか、その理由付けが難しい。

しかし今回は、お昼に簡単ながら手料理(と言ってもそうめんだが)をご馳走になっているのでそのお返しだと十分な建前がある。

 

こうして織斑家の夕食は乙女による晩餐に決まった。

 

 

007

 

 

買い出し終了後、ワイワイと騒がしいキッチンから追い出された一夏と忍野。曰わく、何を作るか出来るまでのお楽しみらしい。

リビングでくつろぐ二人だが、そこには簪の姿もあった。

 

「簪は参加しなくて良かったのかい?」

 

何故か料理に参加しなかった簪。

忍野が訊ねると、モジモジとしていた彼女は意を決したように鞄から綺麗な紙袋を取り出す。

 

「その、カップケーキ、作ってきた・・・」

 

紙袋には個別に包装された抹茶のカップケーキが入っていた。

袋を一つ取り、リボンを解くと砂糖の焼けた甘い匂いと抹茶の芳醇な香りが広がる。

 

忍野は興味深そうにあらゆる方向から眺めてから、一口頬張る。

 

「ど、どうっ?」

「うん。美味しいよ」

「・・・・どう美味しい?」

 

簪はもう少しコメントがないのかと彼を見続けている。

率直な感想ではダメだった事には気がついた忍野だが、評論家でもないので何がどう美味しいのかうまく表現出来きず、何を思ったのか簪の頭に手を乗せ、そのまま自然の動作で撫で初める。

コメントの放棄という逃げともとれる行動。しかし簪は頭に手を乗せられたところでキャパオバーし、今なにが起きてる分からなくなっていた。

 

 

「俺にも一つくれ」

 

そう一夏が手を伸ばそうとする。

 

「イテッ」

 

だが忍野がその手をピシッとひっぱたく。

 

「なにすんだよ!?」

「お前は食うな」

「いいじゃん一つくらい!」

「ダメだ。なんかムカつく」

「理不尽!?」

「そもそも簪が俺にくれたんだからお前にやったら失礼だろうが」

「うっ、それは・・・」

「大体お前はーーー」

 

ネチネチと一夏を正論と文句でまくしたてる忍野。

 

「ちょっ、止めっ///」ワシワシ

 

うっかりして忘れているのか、彼は話の間ずっと簪の頭を撫で回している。乱暴ではないが、よそ見をしていて力強い手つきなので少し髪型が乱れているが、とても優しいものなのと彼に頭を撫でられて心地良いのか、多少嫌がるも簪は赤くなりながら少し嬉しそうにしていた。

もっとも忍野には制止の声は聞こえてないようすだが。

 

けれどもそれを羨望してそうに眺めている者が居た。

それはキッチンで大根を切っていたラウラだ。

 

「・・・・・・」

 

作業の途中でふと眺めてみれば彼に頭を撫でられているライバル。おもしろくないラウラは、無意識の嫉妬で包丁を握る手に力が籠もる。

そしてモヤモヤのまま包丁を振り下ろしてしまったものだから物凄い音が鳴ってしまい、全員が驚いた様子で彼女に注目する。忍野も何事かとキッチンにやってくる。

ご機嫌斜めのラウラは先ほどと同じように包丁を振り下ろそうとしたが、忍野はストップを出した。

 

「ラウラ、その切り方じゃ怪我するぜ」

「む、そうか。刃物の扱いには慣れているつもりだが」

「(何か不機嫌?)刃物と言ってもナイフと(トマホーク)は違うだろ?」

 

そう言うと忍野はゆったりとした歩みでラウラの背後に回りこみ、後ろから包丁を握る彼女の手にそっと触れ、少し首を傾げるようにして手元を見る。二人の身長差の都合上、流石に顔が隣同士にはならなかったがそれでもかなり近い位置にあるので簪は気が気でなく、他の四人は“同じ事を一夏にして欲しい”といった表情で羨ましいそう眺めていた。

当の一夏はそんな事を考えているなんて想像したことすらないご様子。

 

「まず、さっきみたいに力任せに振り下ろす必要はないぜ。包丁ってのは上下じゃなく前後の動作で切るんだから」

 

ラウラに正しい包丁の使い方を教えようとする忍野だが、その腕の中に居るラウラの軽いパニック状態になっている。

副官から教えてもらった間違った知識、抱きしめる一歩手前のこの体勢と密着。その他を含めた要因が重なり、自分の心が幸福感に満たされているであろうこと以外分からなくなっていた。

当然、先ほどまでの心を占めていた嫉妬心など跡形もなく消え去っている。

 

「いいか? 左手の方は食材を固定するけどこの時、指を切らないように手は丸めてーーー」

「こここ、こうか」

「そうそう、それで刃を滑らすように切っていくんだ」

 

リンゴのように紅くなったラウラの動揺にも気づかず、忍野は彼女の手に添えた自分の手を動かしてゆっくりと大根を切っていく。

 

大根を切り終えた所でようやく手を離した忍野。

 

「それじゃ、あとは頑張りなよ」

「あ・・・」

 

ラウラは少し名残惜しそうな声をあげたがその先の言葉を言えず、しかし緩んだ表情のまま調理の続きを始めた。

 

「ん? 何だよ、その非難するような目つきは」

「べつに。ただアンタも人の事言えないわよ」

「なんのこっちゃ」

 

キッチンから出て行く忍野に鈴は諭すように文句を言うが、立て板に水。全く理解していない様子なので、彼女はもう二度と忍野には恋愛関係の相談はしないと誓うのであった。

 

 

008

 

 

リビングに戻ってきた忍野がソファーに座ると、一夏は深刻な顔して彼の肩を掴む。

簪は“どうしたのだろうか?”と言った様子で一夏の表情を観察していた。

 

「・・・なあ忍野。どうだった?」

「わざわざ訊くような事かい?」

「聞くと聞かないとじゃ覚悟の質が違ってくるんだ」

「正気の沙汰(さた)とは思えないねぇ。俺なら絶対に目と耳を塞ぐぜ」

「いいから答えろよ! 俺達は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は、セシリアに何を喰わされるんだッ!?」

 

一夏が心配しているのはセシリアの料理だ。

彼女の料理が控え目に言ってもマズいのは分かっている。問題なのは今回、その調理過程が部分的に明るみになったことが、二人の精神をガリガリと削っているのだ。

 

先ほどから聞こえてるのは「赤色が足りません」だとか「後半で巻き返しますので」など、普通に聞けば料理中とは絶対に思えないセリフばかり。

だからこそ、忍野はラウラの様子を見るついでにセシリアの使っている食材などの確認をした。恐怖から確認してしまったのだ。

 

「まぁあえて言うとすれば・・・」

「言うとすれば!?」

「喰うのは俺じゃないから知ぃらない」

「そんな呑気な!!」

「ん~、なら一つ良い事を教えてやろう。時間の良いところは必ず過ぎていくこと。そして悪いところはーーー

 

「キャアァァァ!!」ドカーン!

 

ーーー必ず訪れることだ。今回は違ったようだがな」

 

キッチンから響く爆発音。

セシリアの料理が不思議な化学反応を起こして爆発したのかと思った三人だが、現実はもっと酷かった。

 

「いくらなんでもレーザーで加熱するのは無茶だよ」

「失敗は成功の母。今度こそ成功させてみせますわ! セシリア・オルコットのIS料理!」

「わ、私のおでんがぁ!! セシリア貴様!」

「落ち着けラウラ!!」

「ああっもう! いい加減にしなさいよアンタたちッ!!」

 

まさかのレーザーを使って加熱する大馬鹿者(セシリア)と、その被害をモロに受け料理を台無しにされた被害者(ラウラ)が殴りかかろうとするのを止める箒とシャルロット。

あまりの混沌に嘆く鈴。

 

キッチンとは思えない惨劇に、忍野は背を向け耳を塞ぐ。簪は顔を覆い見るのを止める。

一夏だけは、キッチンが戦場(物理)になるまえに彼女達の元へと駆けいった。

 

彼がその後、戦場から帰ってきたのかは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや勝手に我が主様を殺すな。ちゅうか儂の出番、これだけか? 最近儂の扱いが雑になっておるような気がするのじゃがーーー』

 

前言撤回。

帰ってきたのかは忍野 忍のみぞ知る。




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