007
「ラウラ、聞いてる?」
「ん? ああ、すまない。聞いてなかった」
物思いに耽っていてシャルロットの話が上の空だったラウラ。
今は二人で買い物に来ており、洋服を購入してから昼食にカフェでランチをとっていた。
「だから、せっかくだからそのまま着てれば良かったのにって言ってたんだよ」
「い、いや、その、なんだ。汚れては困る」
元々、シャルロットはラウラに寝間着、つまりパジャマを着させるために今日は来たのだが、入ったお店の店員が寝間着そっちのけでコーディネート、シャルロットも一緒になって物色して服一式を購入したのだ。
「ふうん? あ、もしかして、お披露目は忍野くんに取っておきたいとか?」
「なっ!? ち、違う! だ、だだ、断じて違うぞ!」
確信しながらも知らないフリをしてラウラの取り乱しっぷりを微笑ましく見ているシャルロット。
心境的には自分の子供の、バレないと思っている恋心を眺めているような感じだった。
「ご、午後はどうする?」
「生活雑貨を見て回ろうよ。僕は腕時計見に行きたいなあ。日本製の時計って、ちょっと憧れだったし」
「腕時計が欲しいのか?」
「うん、せっかくだからね。ラウラはそう言うのってないの? 日本製の欲しいもの」
「日本刀だな」
「・・・女の子的なものは?」
「ないな」
せっかく可愛い服を買ったんだからそれに合わせて小物の一つでも買えばいいのに。シャルロットはそんな事を考えてながら視線を逸らすと隣のテーブルの女性に気がつく。
「・・・どうすればいいのよ、まったく・・・」
かっちりとしたスーツを着ているのに机に突っ伏し、頭を打ちつけていて、机に残っている空のカップがカチャカチャと鳴っている。
「ねえ、ラウラ」
「お節介はほどほどに・・・と言いたいがあれは見捨てれないな」
「そうだよね」
ラウラの目から見ても放置するのは気が引けるようだ。周りを見回しても彼女に気づいた人々は声をかけるべきかどうか手をこまねいているように見える。
そんな人々を代表するように、シャルロットが声をかけた。
「あの、どうかされましたか?」
「え? ーーーーーー!?」
ラウラとシャルロットを見るなり、ガタンッ! と椅子を倒す勢いで女性が立ち上がる。そしてそのまま、シャルロットの手を握った。
「あ、あなたたち!」
「は、はい?」
「バイトしない!?」
「「え?」」
008
「というわけでね、いきなりふたり辞めちゃったのよ。辞めたっていうか、駆け落ちしたんだけどね。ははは・・・」
「はあ」
「ふむ」
「でもね、今日は超重要な日なのよ! 本社から視察の人間も来るし、だからお願い! あなたたちふたりに今日だけアルバイトをしてほしいの!」
女性のお店は所謂メイド喫茶に分類されるお店だった。女は使用人、男は執事の格好で接客する・・・のだが。
「それはいいんですが・・・」
着替え終わったシャルロットはやや控えめに訊く。
「なぜ僕は執事の格好なんでしょうか・・・?」
「だってほら! 似合うもの! そこいらの男なんかより、ずっとキレイで格好いいもの!」
「そうですか・・・」
誉められたというのに、あまり嬉しくなさそうにシャルロットはため息を漏らす。
ラウラのメイド服姿は可愛いく見え、自分もメイド服を着てみたいと思い、自分の着ている執事服を見下ろす。
もっとも、編入時のように胸を潰していないので女の子というのは一目でわかる。むしろ女の子とわかるので“王子様のような女の子”として男女問わず人気を博しそうだ。
「店長~、早くお店手伝って~」
フロアリーダーがヘルプを求める声を聞き、店長は最後の身だしなみをして売り場へ出て行こうとする。
「あ、あのっ、もう一つだけ」
「ん?」
「このお店、なんていう名前なんですか?」
シャルロットの質問に、店長は笑みを浮かべお辞儀をしながら応えた。
「お客様、
009
「デュノア君、4番テーブルに紅茶とコーヒーお願い」
「わかりました」
「ボーデヴィッヒさん、9番テーブルのサンドイッチあがったよ」
「了解した」
初めてのアルバイトだというのに、ふたりとも物怖じせずにしっかりと仕事をさばいていく。ミステリアス銀髪メイドと貴公子系男装執事は好評を博し、指名と追加注文の嵐が巻き起こる。
いつの間にか通常時の五割り増しの忙しさになっていたが、店長の手腕により滞りなくお客をさばいていく。
「デュノア君、カウンターテーブルの注文お願いね」
「はい、わかりました」
店長の指示でシャルロットが窓際のカウンターに行くと、ひとりの童女が椅子に座っていた。
ぱっと見ぬいぐるみにしか見えない帽子。派手な髪色で短いツインテール。オレンジ色のドロストブラウスを上着に、可愛らしいティアードスカート。
そして何よりも、彼女の顔は、無表情なのだ。
比喩的表現ではなく、過剰表現でもなく、まるでその形が当たり前であるかのように、無機質な無表情。
「僕の注文を訊いてくれるかな、鬼のお姉ちゃん。僕はキメ顔でそう言った」
「・・・あっ、はい。ご注文をどうぞ」
一瞬呆けながらもすぐに立ち直り、注文を受けるシャルロット。
自分の何を指して“鬼”と称するのかは分からないがいきなり初対面の子供に鬼と言われればそれなりに堪えるものがあるらしく、今日は厄日だとばかりに心の中でため息を吐いた。
そして台詞の割に眉ひとつ動かさないこの無表情な子供はメニューを手に取ると、すでに決めていたであろう品々に指を向ける。
「@カフェオレのアイスをお願いするよ。僕はキメ顔でそう言った」
((((・・・どの辺かキメ顔なの?))))
どんな相手だろうとちゃんと仕事をこなすが、内心は彼女の台詞が聞こえた周りのお客同様に疑問符が浮かんでいた。
キメ顔どころか微表情すらない。
シャルロットが自称キメ顔の童女に品を届け、ラウラがしつこい男性客に飽き飽きしていた頃、その事件は起こった。
「全員、動くんじゃねえ!」
シャルロットが無表情少女に品を届けた直後、ドアを蹴り空けて雪崩れ込んでくる三人の男。
覆面姿に紙幣のはみ出たバック、その手には銃。三人は強盗で、襲撃後の逃走中なのは見るからに明らかだ。
絹を裂くような悲鳴が上がるが、銃声が発されると皆静かになった。
普通に生活していれば、自分たちに向けられる銃は恐怖の対象にしかならない。犯人の言うことを聞かないわけにはいかない。
『あ~、犯人一味に告ぐ。君たちはすでに包囲されている。大人しく投降しなさい。繰り返すーーー』
『隊長! そんな悠長な事を言っとらず発砲許可をーーー』
『太田さん、落ち着いて!!』
気がつくと窓の外はパトカーと機動隊の警官たちによって包囲網が作られており、店内の人々はまずは一安心をする。
・・・ただ周りの警官に取り押さえられている、拳銃を片手に暴れている警官がそこはかとなく不安を煽るが。
「ど、どうしましょう兄貴! このままじゃ、俺たち全員ーーー」
「うろたえるんじゃねえっ! 大体お前が駐車違反をしてレッカー移動されるのが悪いんだろうがっ!」
((((こいつらよく強盗できたな・・・))))
何ともしょうもない理由で逃走車を無くしたらしい。
「大人しくしてな! 俺たちの言うことを聞けば殺しはしねえよ。わかったか?」
もう首を縦に振るしかない。
「おい、今すぐブラインドを下ろせ! その後、監視カメラの電源切ってこい!」
「分かったッス!」
リーダーらしき男は手下に指示を出し、ブラインドを下ろさせる。
これで外からは店内の様子を窺うことが出来ず、また犯人が警戒するのは入口のみに限定された。人質がどこに居るのか分からないので警察は下手に突入が出来ず、強盗との睨み合いの続く。
「おし、聞こえるか警官ども! 人質を安全に解放したかったら車を用意しろ! もちろん、追跡車や発信機なんかつけるんじゃねえぞ!」
威勢良くそう言って、自分たちが本気であることを示すように警官隊に向かって発砲する。
それだけで集まっていた野次馬はパニック状態へとなり、我先にと避難を始めた。
そして同時に、店の外から『俺にも撃たせろ!』とか『誰か太田さんから銃を取り上げて!』と言う店の中に居る全員をとてつもなく不安にさせる怒号が聞こえてくるが。
(一人はショットガン、一人はサブマシンガン、そしてリーダーがハンドガン。服の膨らみから見て何か隠し持っていそうだけど、とりあえずはーーー)
犯人から見えづらい位置でしゃがんだシャルロットは状況を冷静に分析していく。
そうして視線を動かしていくと、強盗とは別に店内で立っている人物が居る。
「・・・・・・」
(ラウラ、何してるの!?)
ムスッとした表情のまま、仁王立ちで店の真ん中に居るラウラ。日本と言う国ではただでさえ目立つ彼女の容姿。
「なんだ、お前。大人しくしてろって言うのが聞こえなかったのか?」
すぐに強盗のリーダーが気がつき、銃を突きつけて威圧する。
しかし彼女は銃を
「おい、聞こえないのか!?」
「まあまあ兄貴、いいじゃないッスか! 時間はたっぷりあるんスから、この子に接客してもらいましょうよ!」
「あぁ? 何言ってるんだ、お前」
「だって、ホラ! すっげー可愛いッスよ!」
「お、俺も賛成っ。せっかくメイド喫茶に入ったんだし・・・」
リーダーは頭痛がするかのように眉間に手をあてるが、ラウラのメイド姿を見直すと窓の近くにあるソファに腰を下ろす。
「ふん。車が用意されるまで時間があるだろうし。おい、メニューを持ってこい」
ラウラは黙ってカウンターの中に消え、持ってきたのは氷が満載されたグラスだった。山盛りの氷に対し、水は一割も入ってない。
「・・・なんだ、これは?」
「水だ」
「いや、あの、メニューを欲しいんスけど・・・」
「黙れ。飲め。ーーー飲めるものならな」
ラウラは突然トレーをひっくり返し、当然のように宙に舞っていた氷を掴んみ、弾き出した。
「痛ってええっ!? な、なっ、何しやがっ!?」
氷の指弾はまず目の前に居た強盗の、引き金から離れていた人差し指と瞼に、他の二人にも眉間と喉にそれぞれ命中する。
そして初弾を喰らった強盗が怒号を上げるのよりも早く膝蹴りを叩き込むと男はそのまま後ろへと倒れた。
「ッざけやがって! このガキ!」
いち早く痛みから復帰したリーダーが発砲する。
しかしラウラは、店内のあらゆる物を遮蔽物にして駆けていく。
「あ、兄貴っ!? こ、こいつ早いッス!」
「えぇい、ちょこまかと!! ガキ一人だ、慌てずにーーー」
「お
マガジンを交換したリーダーの背後に迫っていたシャルロット。
銃声に紛れて近付いていたのでリーダーは彼女が声を出すまで気付かず、慌てて銃口を向けようとした所で、
「あ、執事服でよかったかな。うん。思いっきり足上げても平気だし」
拳銃を手ごと蹴り上げられてしまう。
が、彼女の脚はそれで止まらず、勢いそのままでリーダーの顎までも蹴り抜く。
手と顎からはパキッと枝が折れるような音がしたが所詮は強盗、シャルロットは構わずに持っていたトレーを手裏剣のように投げ、最後の強盗が持っていたショットガンを弾く。
「ナイスだシャルロット」
シャルロットに武器を弾かれた強盗に迫ったラウラは脚払いで体制を崩し、倒れてきた所に顔面目掛けてかかと落としを喰らわす。
「目標2、制圧完了。シャルロット」
「問題ないよ」
ラウラは自分の足元に居る男が気絶している事を確認するとシャルロットの様子を訊く。
見ると彼女の足元でリーダーが動こうとしているが顎を蹴られた衝撃で軽い脳震盪気味なのだろう、起き上がるどころか予備のハンドガンすら掴めない様子だ。
「はい没収。目標1、制圧完了」
リーダーがやっとの事で取り出したハンドガンを簡単に奪い、その銃底で頭を殴って気絶させたシャルロット。
しばらくの間、しーんと静まりかえる店内。
あまりにも静かなのでゆっくりと頭を上げたお客とスタッフは、危機を脱したことは分かるものの現状を上手く把握できない様子だ。
「お、俺たち助かったんだ!」
「やった! あ、ありがとう! メイドさんに執事さん、ありがとう!」
程なくして助かった事を自覚して歓喜を上げる一同。わっと騒がしくなったことで外の警官隊も動き出した。
「ラウラ、まずいってば! 僕たちって代表候補生で専用機持ちなんだから、公になるのは避けないと!」
「それもそうだな。警官隊が突入してくる前に失敬するとしよう」
二人は無関係を装って他の人達と一緒に店を出る方法を模索しようとした。
しかし事態は再び一変する。
「つ、捕まるくらいなら、全部吹き飛ばしてやるっ!!」
突然響く怒声。
ラウラが最初に沈黙させた男が起き上がり発したものだ。
台詞や服の上からでも分かる膨らみから自爆しようとしているのは明白。
ラウラとシャルロットが油断していたわけではない。
しかし男は死角に倒れてから今まで起き上がらず、他二人の反撃もあって気絶しているかどうかの確認が後回しになっていた。
そして手下であるこの男だけが爆発物を持っているとは考え難い。気絶している他の二人も自爆用の爆発物を持っているとすると、誘爆すれば最低でもこの店が更地になり、数十人規模で死傷者が出るだろう。
ISを展開してでも爆発を止めようと二人が動こうとした瞬間、
「『
かろうじて聞き取れた無機質な声。
そして次の瞬間には店内にある物を押しのけながら水平に跳び、アクションマンガのような蜘蛛の巣状の亀裂を壁に作りながら衝突した強盗が目に映った。
強盗は完全に意識を失って白目をむき、その手足は糸の切れた人形のようにダラリとしている。
「今のは・・・」
二人はすぐに男が射出された方向に視線を戻すが、そこには誰も居ない。
残っていたのは空になったカップと、その下敷きになっている千円札だけだった。
010
何とか野次馬に紛れて店を離れ、最寄り駅に着いたラウラとシャルロット。
警察は強盗を撃退した者を表彰しなければと大騒ぎで捜しているが、そんな事を夢にも思わずにベンチで休憩している。
ジュースを片手にひと息つく二人だが、ラウラは飲料に口を付けようとしない。
いや、何やら考えている様子で自分がジュース缶を持っていることにすら気づいてないようにも見える。
「どうしたのラウラ?」
「いや、一体誰が最後の一人を倒したのかと思ってな」
「う~ん・・・」
シャルロットには心当たりがあった。
男が吹き飛ぶ直前に聞こえた感情を一切感じさせない無機質な声、そして表情と矛盾し続ける語尾。
それは、彼女を鬼と称した童女のもの。
しかし子供の細腕で成人男性を吹き飛ばすなんて不可能だ。
(まさかあの子もISを? なんてね、有るわけないか)
“偶然”あの店に自分を含め、三人もの専用機持ちが居たなんて有り得ない。有るはずがない。
そう思ったシャルロットは童女のことは言わず、そっと自分の胸にしまった。
もう二度と逢うことないだろうと。
「おいコラ
「何って、らーちゃんのくれた自由時間を満喫していたのさ。僕はキメ顔でそう言った」
「確かにオレは自由時間をやったが、誰が半日も自由にしろなんて言った?」
「ふう、心が狭いよねらーちゃんは。お姉ちゃんなら一週間遊び呆けていても気にも止めないのに。そんなんだからこんな下っ端みたいな仕事をさせられるんだと僕は思うんだよ。僕はキメ顔でそう言った」
「OK余接、そこを動くな。今すぐ爆破してやる。
「らーちゃん。僕はすぐに爆弾を出すのはいけないと思うし、周辺被害が出るから自重した方がいいとも思うよ? 僕はキメ顔でそう言った」
「ここぞとばかりにキビキビと答えんじゃねえぞ
「棒読みだけどね」
二人が休憩していた駅の裏で、無表情な童女とスーツ姿の女性が口論を繰り広げていたとは知る由もないが・・・。
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