暴物語   作:戦争中毒

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夏休みの一幕 其ノ貳

005

 

 

IS学園の道場のひと部屋。

他には誰もいないそこには、鋭い目つきで竹刀を振る篠ノ之 箒がいた。

 

相手を射抜くような視線のまま、一閃の斬撃を放ち、構え直してまた一閃。その繰り返し。

しかし何度竹刀を振ってもその表情は苦虫を噛んだかのように険しいままだった。

 

(駄目だ。こんなものでは彼らには届かない)

 

彼女が仮想の比較対象にしているのは忍野、VTシステムの偽千冬、そして福音。

ISでの戦闘スタイルが近接の彼女は、夏休み期間中に知識同様に高めようと思いたち、自分が超えようとしてその三者を仮想の敵として稽古に励んだ。

けれどもその三者に届くような、自分が納得できる程の一閃が放てないでいたのだ。

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

しばらくして竹刀を置いて正座し、タオルで汗を拭いてひと息つく。

顔の汗を拭き終わった所で不意に、箒はタオルを置いて胴着の懐を覗き込む。そのには同性が羨むほどの大きな女性の象徴が下着に包まれているが、彼女自身にとってはあまり嬉しいものではない。

 

(少しキツいな、そろそろ新調した方がいいのか?)

 

比較的早いペースで胸が育っていくので半年前の服が、酷い時には先月まで着ていた服が窮屈になってしまうのだ。育ち盛りにもほどがある。

そして当然のように下着も上だけがキツくなってしまい新調するのだが、そこは花も恥じらう10代の乙女。可愛いデザインの物を探すが自分が気に入った物は十中八九サイズが合わず、サイズもデザインもピッタリの物は値段が数割増し。

私服と下着を合わせて新調するとなると、学生には厳しい買い物だ。

 

(はあ~、小さくならないものか・・・)

 

万が一に、いや億が一に言葉にしようものなら胸部が慎ましい女性全員を敵に回すような事を考えてしまっている箒。

しかし彼女の姉のサイズを考えるとまだまだ育つことになるだろう。

 

 

贅沢な悩みで若干憂鬱な気分になっていると道場の扉が開く音が聞こえ、そちらに目を向けると同じように胴着姿の簪が入口に立っていた。

彼女は一礼をしてから入ってきたが、箒が居ることに気がつくと一瞬ビクついた反応をする。

どうやら気づいてなかったようだ。

 

「あっ、お邪魔・・・だった?」

「いや大丈夫だ。むしろひとりで道場を使っていて心苦しかったからちょうどいい」

「それなら、良かった」

 

簪は休憩中の箒を尻目に、用具置き場から木製の薙刀を持ってくると素振りを始める。

仮想の敵を相手にしているその動きは、実戦的ではあるが見る者を惹きつける。流水のように流れるような動作で相手の攻撃をはね退け、そこから一気に砲弾のように力強い突き、風を起こすかのような素早い払い。

 

箒はじっとその姿を眺めていたが、自分の心が呼応するようなものを感じた。

剣道が専門ではあるが簪の薙刀の扱いには目を見張るものがあり、実力者であることが強く感じられる。事実、タッグ・トーナメント戦では彼女の薙刀術を打ち破る事が出来ず敗北した苦い思い出がある。

 

薙刀は刀よりも間合いを大きく取れる事と、振った時の遠心力により筋肉で出せる以上の威力を発揮できるため、江戸時代では武家の女性が扱う武器として広く普及した。

しかし薙刀は長大であるが故に刃よりも内に近づかれると攻撃出来ないため、実戦経験が少なく、着物のため足運びが限定される女性たちは結局力任せに振り回すだけだったとされている。

 

けれども簪の闘い方は違う。

実戦経験から接近されないようにするための振り方をしっかりと把握しており、それは対刀剣戦で十分に発揮される。

 

 

 

006

 

 

「どうぞ」

「ありがとう・・・」

 

しばらくして箒と同じように休憩をとる簪。

受け取ったスポーツ飲料で喉を潤し、失った水分を補給する。

二人の間に暫しの沈黙が流れるが、簪がか細い声で話かける。

 

「あの・・・、一つ訊いていい?」

「なんだ? 言ってみろ」

「優秀な姉に・・・自分の努力を否定さたら、あなたはどうする?」

 

この質問は、箒と初めて会ってから一度はしてみたいと思っていた。

互いに優秀な姉を持つ者同士、何か自分が得るものがあるかと希望しつつ、彼女の心を傷つける結果になるかもしれない。

そんな不安を抱えた質問だったが、

 

「怒るだろうな」

 

箒は即答した。

僅かな迷いもなく、確かな信念を持って答える。

 

「私は自分の努力を否定する事ができるのは自分だけだと思う。努力しているのは自分なのだからそれを他人に評価される謂われはない」

 

「努力しているは自分・・・」

 

簪は噛み締めるように呟く。

 

 

「と言ってもこれは母の言葉だがな」

 

思わず転びそうになり姿勢を崩してしまう簪。

それを見ながら、箒は自分がこの言葉を聞いた時の事を思い返す。

 

「姉さんはIS以前からいろいろ発明していたんだ。よく両親や私に嬉しそうに説明しながら作った物を披露してくれた。たまに失敗作もあったがな」

 

あの時は酷い目にあった、と苦笑いをしながら思い出を語る箒。

 

「ある時、家に帰ると姉さんが泣きながら両親に何かを訴えている所を見た。後で聞いた話だと学会で発表した発明品を否定されたらしくてな、いつも明るい姉さんが泣いているところを初めて見た気がする」

 

今から思えばISの発表をした時なのだろう、と語る。

 

「その時、母が姉さんを慰めながら言った言葉が

“あなたの努力を否定できるのはあなただけよ。努力しているのはあなたなのだから、それを他の人に評価される必要はないわ”

というものだった」

「・・・すごい事を言うお母さん」

 

普通の親が言うような言葉ではない。

 

「あの頃すでに姉さんの作る発明は両親の理解の範疇を脱していたのでな、“私達は分かっているから”みたいな台詞を言えなかったのだろう」

 

“分かっている”

努力を否定された直後に理解すら出来ない人からの、上辺だけにしか聞こえないこの台詞はどれだけ心を抉るか想像を絶する。

だからこそ、箒と束の母は努力を自分の物とする言葉を言ったのだろう。

 

「姉さんとの能力差に苛立ちを覚えていた時に聞いた母の言葉は、そういったものを全部汲み取ってくれた。確かに努力だけでは埋まらないものはあるかも知れないが、自らが納得できるだけの努力をするのは間違いではない。そう言い聞かされた気がしたよ」

 

要は“自分が納得できればそれで良し”と言う我が道を行く答え。使う意味をはき違えれば他者を傷付け、道を外れれば自分が自分じゃなくなる、紙一重の道。

 

そんな、学生が扱うには危うい道を踏み外すことなく歩み続ける箒。

それは簪にとって何かのキッカケになったらしく、話を聴き終えた彼女の表情には、強い意識が宿っていた。

 

「そうだ。私からも一ついいか?」

「何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忍野のどこがいいんだ?」

「ブフッ!?」

 

が、箒の質問であっさりと何時も弱気な表情に戻ってしまう。

 

彼女が自分の悩みと対峙するのはまだ先になりそうだ。

 




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