暴物語   作:戦争中毒

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夏の始まり
りんランプ


001

 

 

IS学園から電車を乗り継いで約1時間。

 

山奥にある階段ーーー

いや、草木がぼうぼうで、木の根の成長に押し上げられて、あらかじめ言われていなければこれが階段であるとは、とても気付けそうもない。

 

そんな獣道のような所を登る四人の男女。

 

「三人とも大丈夫かい?」

「ん、訓練に比べれば造作もない」

「俺も平気だけど・・・」

「ハァハァ、ちょっと、待ってよぉ」

 

涼しい顔をして平然と登って行く忍野。

多少汗を流しながらもそれに続くラウラ。

割と平気そうな一夏。

そして最後尾でおぼつかない足取りでついて来る鈴。

 

「どこまで、登ればいいのよぉ」

「とりあえず頂上まで?」

「何で疑問系なのよ!?」

 

さて、なぜ彼らが古びた石階段を登ぼるのか。

それは数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

002

 

 

 

数日前ーーー。

 

臨海学校から数日後。期末テストも終了し、夏休みまで二週間を切ったある日。

 

「仕事?」

「ああ。今度の休みにでも行く予定さ」

「じゃから物々しい準備をしておるのか」

 

部屋でくつろぐ一夏と忍を尻目に、仕事道具を用意している忍野。

分厚い本や縦長の冊子、数珠や紙玉などを変わったウエストバックへと収めていく。

 

「あれ? でもしばらくは休業するって言ってなかった?」

「お前、銃ぶっ壊しただろ? あれの修理代の代わりにって事で仕事の依頼がきたんだ」

「直ったのか!?」

「おお、良かったのうお前様」

 

一夏はIS学園入学以前、大型の二丁拳銃を持っていたのだがある事件で破損してしまったのだ。修理に出したはいいが、その銃は構造や素材の都合上、修理には半年ほどかかると言われていた。

 

「みたいだね。仕事を終わらしたら配達するってさ」

「ヨッシャアァァッ!!」

「うるさいのう」

「元気がいいねぇ。そんなに待ち焦がれていたのかい?」

「そりゃそうだろ! 半年だぞ半年! 家電でもそんなにかからないんだからな」

「その分、修理代も高値だけどねぇ?」

「・・・いくら位?」

「仕事の内容からしてザッと400万くらいかな?」

「四ひゃッ!?」

「それは高いのか? 安いのか?」

 

驚くのも無理はないだろう。400万の銃などもはや装飾品など以外では有り得ないレベルだ。日本で銃を手に入れるのよりも遥かに金がかかっている。

 

「そうだねぇ、ミスタードーナツのお店の品を全部買ってもおつりがくるかな?」

「なんじゃと!? お前様っ、なぜ銃を壊したのじゃ!? それだけ有ればどれだけのドーナツが食べれたと思うのじゃ!?」

「変わり身早っ!? って忍野! あれ在庫処分で売ってただろ!? なんで2万で買った銃の修理代が400万なんだよ!?」

「一夏、勘違いしてないか? あれが在庫処分だったのは単に使う奴が居なかったから。物としてはかなりの業物なんだから相応の修理代がついて当然だろ?」

「でも400万なんて・・・」

「今の俺らなら簡単だぞ? 血を外国の研究所に高値でーーー」

「売るわけねぇーだろぉ!! だから忍も注射器を出すな!」

「なんじゃつまらん」

「元気いいなぁ、軽い冗談だからそんなに吠えるなよ」

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ。それにしても学生に払える値段じゃないな」

「まぁだからアイツもわざわざ仕事を対価に求めてきたんだよ」

 

修理の対価のために専門家業(仕事)を用意してもらえるのはある意味良心的だが、仕事内容が釣り合うかは疑問である。

 

「で、仕事ってどんなのだ? また怪異退治か?」

「いや、そんな物騒なのじゃないよ。力場の調整。こっから近くの山に怪異とかのよくないものが集まり易くなっている所があるんだ。だからそれを解決するって仕事」

「へぇ~」

「へぇ~、ってお前も行くんだよ」

「あ、やっぱり?」

「お前の私物なんだから当たり前だろ? これだから一夏は・・・」

「まったく、お前様は・・・」

「あー、今からでも部屋変えてもらえるかなぁ」

「お前様の元におった事が儂の人生最大の間違いじゃったかもな」

「ちょっとふざけただけじゃん! なんで二人してそんな哀れんだ目でフルボッコにしてくるんだよ!? もう俺のライフは0だぞ!?」

「「なんでって、暇つぶし?」」

 

「お前ら最悪だなあ!!?」

 

 

 

 

 

003

 

 

~一夏サイド~

 

 

「それじゃあちょっと買い物に行ってくるよ」

「ついでじゃ。ドーナツを買ってこい」

「へいへ~い」

 

部屋を出て行く忍野

それにしても400万か・・・。仕事を紹介してもらえなかった払えない額だったな。

って言うか、忍。忍野をパシるなよ・・・。

 

そんな事に思いふけっていると、

 

「一夏ぁ、今度の休みヒマ?」

 

入れ違いになるようにノックもせず部屋に入ってくる鈴。

危うく忍が見つかるところだったが間一髪、影に滑り込んだ。

 

「え、えっと、忍野とハイキングしに行く予定が・・・」

 

まさかバカ正直に言うわけにもいかず、適当な、それでいて的を得てるようにも感じれなくもない理由をつけた。

サーチ&デストロイの妖怪退治旅行じゃないから間違ってないよな?

 

「なら私も行くわ」

「え″っ?」

「え″ってなによ」

「いや、別に何でもないけど・・・」

「なら問題ないわよね」

「いやそれは、ちょっと・・・」

「何よ焦れったいわねっ! なんかやましい事でもあるわけ!?」

「ええっと・・・」

 

ここで皆様には学んでもらいたい事がある。

手元に辞書があるなら是非とも調べてもらいたいが、“頼む”と言うのは希望通りに物事がはこぶように他人に願い求める事を指し示す。

願い、そして求める。

言い方に差違あれど自分は下手となり、相手の自発的な合意があって初めて成立する。

 

何が言いたいかと言うと、

 

「良いわよね?」

「・・・はい」

 

ISの腕部を部分展開して合意を強要するのは、世間一般的には“脅迫”だと、目の前の幼馴染みに教えてたいという。ただそれだけの事だ。

 

 

 

 

 

004

 

 

そして当日。

 

「何でラウラもいるの?」

「むしろなんで鈴が居るんだい?」

 

朝、学園の門前に遅れてやってきた鈴。

忍野と言う名のお邪魔虫がいるが、一夏と一緒に出掛けれるとウキウキ気分でついてみると、何故かそこにはラウラの姿もあった。

 

「私は嫁が出かけるというのでな、とりあえずついて行くのだ」

「だから嫁じゃねぇよ」

「悪いな忍野。鈴がついて行くって言ってきかなくてな」

「別について来るのは良いけどさぁ・・・」

 

忍野はそこで言葉を区切り、鈴を頭からつま先まで見る。

その視線を感じとった鈴は胸を隠すようにして忍野を睨みつける。

隠すほどもない癖に・・・。

 

「な、なによ」

「ついて来るなら着替えてこい」

「はあ? なんでよ」

 

「今から行くのは山だぞ?」

 

「え?」

 

オシャレをするのはいいですが、山へ行くときは夏でも最低限、長ズボンは履きましょう。

 

 

 

 

005

 

 

以上、回想終了。

 

 

その後、鈴は長ズボンに履き替えて合流、結局ついて来たのだ。

ちなみに忍野とラウラは制服姿。

一夏は黒のTシャツに青のジーパン。

 

「忍野、休憩にしようぜ」

「もう疲れたのかい? 根性がないねぇ一夏」

「俺じゃなくて、な?」

 

同意を求めながら、一夏は後ろを登ってくる鈴を見る。

彼女の脚は、まるで生まれたての小鹿のようにガクガクと小刻みに震え、腕をだらーんっとしている。

 

「ついて来なけりゃ良かったのに・・・」

「うっさい、わよ・・・忍野」

「罵倒の一つもないとは限界だな。ラウラ、休憩にするよ」

「わかった」

 

比較的開けた場所にシートを広げ、各々が水分補給をする。

 

「鈴、大丈夫か?」

「うぅ、暑い・・・疲れた・・・」

 

額に濡らしたタオルを乗せて大の字になって寝ている鈴。すでに疲労困憊、いつもの彼女からしたらかなり弱っているようだが、多少回復したらしく、持って来たアイスを咥えてる。

どこにアイスをしまっていたか? ISの拡張領域です。

 

「それにしても普通、ISの拡張領域を冷凍庫代わりに使うか?」

「いいでしょ別に、専用機持ちの特権よ特権」

「まあ便利といえば便利だな」

 

拡張領域には温度の概念がない。

これを利用して、鈴はアイスを炎天下の中持ち歩いていたのだ。

 

「便利だと思うなら一夏もやればいいでしょ」

「使う機会があればね」

「俺は使ってるぞ?」

「嫁よ、その白いのはなんだ?」

「大福だけど、食べるかい?」

「食べる!」

 

貰った大福を両手で持って頬張るラウラ。珍しく、忍野が優しい笑みを浮かべているのを鈴は見逃さなかった。

 

「へぇー、あんたもそんな顔する時があんのね」

「ん? いや何、ちょっと昔を思い出してねぇ」

「昔ねえ。家族のことでも思い出したのかしら?」

「どうだろう。何を思い出したのか忘れちゃったよ」

 

そう言って出掛かった言葉を流し込むようにお茶を飲み干した。

 

「さてと、出発するぞ。もう少しで頂上のはずだからサッサと行くぞ」

「もう少しってどのくらい?」

「あとぉ・・・あぁ、三分の一?」

「ええ!?」

 

 

 

 

006

 

 

それから30分ほど登り続けて頂上に到着。

 

「や、やっと着いたぁ~」

「下りもあるぞ?」

 

苦行から解放されたことを喜ぶ鈴と、彼女にとって非情な現実をつきつけるラウラ。

 

そんな二人を尻目に、男達は眼前にひろがる光景に、思わず唖然としてしまった。

 

「忍野・・・」

「いや・・・、これは俺も想定外だ」

 

ある程度は予想してはいたが、神社は階段以上、想定以上に荒れ果てた様相を呈していた。

境内は雑草と枯れ葉の腐敗した物で埋め尽くされ、石畳が全体の4割ほどしか見えない。

建物の方は、地震か何かで崩壊したらしく屋根だけが形を残し、押しつぶしされたように潰れている。足元には錆び付いた 鰐口(わにぐち)(参拝の時に鳴らす鈴)らしき物が転がっていた。

 

「なるほどねぇ。これじゃあ()()になるわけだ」

 

それは一夏にも理解できた。

明らかにこの神社に、神様はいない。自惚れた言い方ではあるが、自分が神様ならこんな所よりもっと優良物件を探す。

そして神様がいないのであれば、人間もこんな場所には長居したくないというのが、普通の考え方だろう。

 

神様(怪異)も人もいない。

だからこそどちらにも属さない、具体性に欠け、怪異と言えるような段階でもない、()()()()()()が集まる。

 

「嫁よ、いったい何の話をしているのだ」

「男同士の内緒話だよ。それより鈴と一緒にお弁当の準備をしておいてくれるかな?」

「そうか。では向こうで準備している」

 

そう言ってラウラは駆けて行き、それを確認してから一夏は忍野は疑問に思っていた事を訊いた。

 

「なあ。結局何で此処は集まりやくすなってんだ?」

「確か数年前の地震が原因だったかな? 何でも地震の影響で龍脈、所謂霊的エネルギーの流れに歪みが生じて、その歪みの余剰エネルギーが此処で()()()()()()として集まってるらしい。詳しくは知らないがな。さてどうしたもんか・・・」

「どうしたんだ?」

「いや、()()()()()()を散らす御札を本殿の中に貼りたかったんだけど・・・」

「・・・どう見ても無理だろ」

 

本殿は完全に潰れており、入る以前に開ける扉すらない有り様だ。

 

「仕方がない」

 

すると忍野は手に持っていた御札をしまい、封筒を取り出して中から違う御札を引き抜き、崩れた屋根の下に入って、雨に濡れない位置に御札を貼った。

 

「そんないい加減でいいのか?」

「いいんだよ。正しい場所に貼ってない分、状態を大きく変化させない。だから当初の予定よりも自然な形で正常化するはずさ」

 

それに、と言葉を続ける忍野。

 

「こいつはさっき貼ろうとした札より数段強力だからこれくらいで丁度いいんだ。もしこの札を本殿の中に貼ろうものなら、ここら一帯の力場のパワーバランスが崩れて妖怪大戦争が起こっちまうよ」

「恐ろしいなぁおい」

「ハッハー、でもこれで騒動の種が潰れてよかったよ」

 

これで仕事が終わったと思った一夏。

 

しかし忍野の予想を外れ、既に騒動の種は芽吹いていた。

 

 

 

 

007

 

 

「お、準備が出来てるっぽいな」

 

敷物を敷いて、弁当の入った容器と水筒が中央に鎮座。その横にラウラが座っていた。

 

だが様子がおかしい。何かを捜すかのように辺りを見回している。

すると、こちらに気が付いたラウラは血相を変えて忍野の胸に飛び込んできた。

 

「何かあったのかい?」

「鈴がっ、鈴が見当たらない!!」

 

何事かと思ったが、そこまで焦るような事じゃないと楽観視した二人。だがそれに気づいたラウラは声を上げる。

 

「本当にっ、居ないのだ!!」

「その辺をぶらついてるんじゃないの?」

「それは有り得ない! 見ろ!」

 

ラウラが指差す先には一組のスニーカーが残されていた。そこに偶然落ちていたような物ではない、間違いなく鈴が履いていた靴だ。

 

「・・・捜した方が良さそうだな」

 

すぐに三人は境内の別々の場所から鈴の名を呼んだ。

 

「鈴ー! 居たら返事しろ!!」

「鈴! どこに居るんだ!?」

 

しかし声を張り上げて辺りに呼びかけるが返事はなく、聞こえてくるのは木々のざわめきだけだ。

 

「忍野、携帯は!?」

「ダメだ。圏外になってやがる」

 

やはり山の中では電話は使えなかった。こればかりは技術が進歩してもなかなか改善されないようだ。

 

「サバーニャの通信回線ならどうだ?」

「ISのは何処でも使えるが、後で始末書もんだぞ?」

「そんな事を気にしている場合じゃないからな、始末書くらい、いくらでも書いてやる」

 

そう啖呵を切ると、一夏はサバーニャの通信回線を開き、鈴に呼びかける。

するとすぐに応答があった。

 

『一夏!!』

「鈴? 大丈夫か?」

 

一夏は通信を忍野達にも聞こえるようにし、二人は鈴の声を聞いて胸をなで下ろした。

一人の人間から男女二人の声が聞こえてくるのは、知らない人間には不気味に見えているだろうが・・・。

 

「今どこか分かるか?」

『分からない・・・分からないのよ』

 

通信越しに聞こえてくる鈴の声はいつもの様な元気がない、今にも泣き出しそうな弱々しい声だ。

 

『さっきまでラウラと一緒に座っていたはず、なのに、気が付いたら竹林の中で、グスッ、どこにも道がなくて・・・』

「まずは落ち着け。発煙筒はあるか?」

『「ラウラ、そんな物持ってきてないから」』

「え~っと、鈴。何か目印になるものはあるか?」

『何にもない。どこを見ても竹しかないわよ!!』

「そんな・・・」

『助けてよ一夏ぁ』

 

もはや悲痛な叫び。

高校生になっていようと、専用機を持っていようと、まだ彼女は10代の少女なのだ。

仲間から外れ、誰も居ない所で1人で迷い、連絡すら出来ない。こんな状況になれば年相応に心の弱さが見えるようだった。

 

『ーーーいーーねぇーー?ーッーーー!?』

 

音声にノイズが走り始め、徐々に鈴の声が聞こえなくなってきた。

なんとか通信状況の回復を試みようしたがどうにもならず、遂には通信が途絶してしまった。

 

「・・・切れた」

「馬鹿な・・・、ISの通信が切れる事などありえないはず」

「ありえないって事はないさ、現実に起こってる。それは紛れもない事実だ」

「竹林は確か少し降りた所にあったな」

「ならばすぐに探しに行くぞ!」

 

ラウラを先頭にすぐに階段を駆け下りる。

だが一夏と忍野は嫌な予想があった。

 

「鈴だって馬鹿じゃない。専用機持ちなんだからこの程度の山で遭難はしないはずだ」

「って事はやっぱり・・・」

「十中八九、怪異絡みだ。既に状況は開始されているって事だな。完全に後手に回っちまった」

 

苦虫を噛み潰したような顔して吐き捨てるかのように言葉を紡ぐ忍野。

 

数分と掛からない間に階段の踊場だったであろう開けた場所に降り立つ三人。

その視線の先には森の一角を支配するかのように存在する竹林。決して陽当たりが良いとは言えず、周りの木々との生存競争におされ気味のようではあるが、それでも貪欲に養分を集め、成長した丸太の竹が目に映った。

 

「鈴ッ!!」

「あ、おい!」

 

忍野が止める間もなく、ラウラは竹林へと入っていき、あっという間に姿が見えなくなった。

 

だが、

 

「む?」

「「あれ?」」

 

すぐに竹林から出て来るラウラ。

その表情は困惑に染まり、何が起こっているのかわからないと言った顔をしている。

 

「どうなっているんだ!?」

「引き返してきたんじゃないのかい?」

「違う、私はまっすぐ進んだはずだ。なのに・・・」

「引き返してきたと」

 

二人はラウラの言わんとしてる事を理解し、そしてその現象に覚えがあった。

 

「忍野・・・これって、」

「結界だな」

 

一夏は過去に同じような現象を目の当たりしていたので答えを求めるかのように忍野(専門家)の方を向く。するとその意図を汲み取るかのように、忍野は何も持っていない手を上げると、

 

「“紐”」

 

自分の有する能力を使ってその手の中に紐をうみだした。

初めてその現象を目の当たりにしたラウラは若干興奮気味で忍野に聞く。

 

「その紐はどこから出したのだ!?」

「あぁ~、あれだ、マジックだよ」

「流石は嫁だ!」

((あ、信じた))

 

何の疑いもなく嘘を信じた彼女に対して罪悪感を禁じ得なかった。

だがそんな事に心苦しさを感じてる様子もなく、忍野は黙々と作業を進める。

 

「ーーーーーーーーー」

 

右手に紐を持ったまま、目を閉じて祈りを込めるかのように、早口で詠唱(えいしょう)のようなものを唱える。発声方法からして違うのか、一夏とラウラには言葉の断片すら聞き取る事ができなかった。

 

「ほい。ラウラはこっちを持っていて」

「う、うむ」

 

詠唱の終えた紐の端をラウラに握らせると、もう片方を一夏の胴体に紐を結びつけ始めた。

 

「何をする気だ?」

「なぁに、昔からある捜索術を使うんだよ」

 

結び終わった忍野は御札の束を取り出し手渡した。

 

「この札を貼りながら竹林の中を進んでくれ」

「竹一本一本にか?」

「そこまでじゃなくていい。前に貼った札が見える距離で新たに貼ればいいよ」

 

そう言うやいなや、忍野は二人に背を向け歩み出す。

 

「俺は竹林の外を回る。そうすれば目当ての物が見つかるはずさ」

「目当ての物?」

 

竹林と森の境目へと消えていく彼は、振り向きもせず、ただ端的に答えた。

 

「犯人だ」

 

 

 

 

 

008

 

 

~一夏サイド~

 

なんだよこれ・・・。

竹林に入ったはいいが、本当に右も左もわからない。

貼って来た札と、腰に繋がれた紐がなければ自分がどこから歩いて来たのかすら解らなくなっていただろう。

 

それに気分が悪い。頭痛と吐き気が酷く目眩までしてきた。

最初はちょっとした違和感程度だったが、奥に進むにつれ、歩を進めるごとに、症状が酷くなっていく。

こんな時に限って忍は寝てるし。

 

「これで、えっと何枚目だ?」

 

受け取っていた札を次々と貼って前へと進むが、依然として先が見えない。

 

「今何時だ・・・」

 

腕に巻かれた時計を確認すると、針は鈴が消えてから二回目の頂点(12)を通り過ぎていた。

既に1時間以上も歩いているのに竹林から出れないのは異常過ぎる。改めて事の重大さを思い知らされるようだ。

 

 

 

 

それからも進み続けてようやく終わりが見えてきた。

やっとの思いで竹林を抜けた先に居たのは、

 

「よぉ一夏。遅かったなぁ、待ちくたびれたよ」

 

少し汚れた姿になっていた忍野だった。

足元は泥だらけで服の袖が破けていて、頭には枯れ葉が引っ掛かっている。

浮浪者にしか見えない。

 

「さて一夏、残っている札をくれ」

「ほいよっと」

 

随分と軽くなった御札の束を手渡すと、忍野はすぐに一枚剥ぎ取り、左手の人差し指と中指で札を挟むと顔の前にもってくる。

 

(はつ)

 

そう唱えると持っていた札に描かれた文字が妖しげな輝きを放ち、それに呼応するように竹林の中からも同じ光がポツリ、またポツリと浮かび上がってくる。

恐らく此処まで来る途中で貼ってきたあの札なのだろう。

 

「見ぃつけた」

 

何かを見つけたように顔を上げた忍野。

犯人とやらが見つかったのだろうか?

 

「あっちだな」

 

何を見つけたのかわからないが、俺は黙って忍野の後ろをついて行った。

 

 

 

 

 

009

 

 

「こいつが犯人だ」

「これが?」

 

そこにあったのは隙間の空いたカゴの下に持ち手のような物が付いた、一夏にとっては摩訶不思議な物が、雑草に埋もれ、ボロボロな姿で無造作に落ちていた。

 

「“昼行灯(ひるあんどん)”」

「あんどん?」

「言葉としての意味合いは“ぼんやりしている人”や“役に立たない人”だが、怪異としては付喪神(つくもがみ)の一種で割とメジャーな奴だ」

「付喪神ってあの?」

 

一夏もその名前だけは知っているほど有名な存在。百年使われた道具に魂が宿るという日本古来から伝わる怪異談。

 

「そっ。“付喪神”というは室町時代の絵巻物、『付喪神絵巻』により漢字表記と怪異としての属性を確立され、以後それに通ずるモノの総称として使われている。怪異としては異質で、ベースが何かによって発生する異変が変わってくるんだ」

「ベースってどういう事だ?」

「例をあげるなら、鏡がベースだと人をコピーしたりする怪異に、カメラがベースだと魂を抜き取る怪異になるって感じかな? 怪異化する前にどの様な使われ方、存在のあり方によって、それに関連した異変を起こす」

「じゃあこれはなんだ?」

「今回のこいつは手持ちの行灯。夜道で人を導く灯りとして使われ、中にロウソクなどの火を入れていてた。それが付喪神化したことで基礎部分が変化、昼間に人を迷わす永久(とこしえ)の灯りへとなった」

「百年使われた行灯か」

「いや、百年も使われてない」

 

まさかの否定。

付喪神は百年使われるのが条件ではなかったのか、昔からの怪異談を否定した忍野に思わず目を見開いてしまった。

 

しかし忍野は憎ったらしい笑みを浮かべ、明らかに一夏のリアクションを楽しんでる。

 

「百年うんぬんって話は戦国時代、つまり安土・桃山時代に付け加えられた偽談さ」

「偽談って事は嘘なのか?」

「半分正解。本当は付喪神の発生を抑えるための安全弁だ」

「安全弁?」

「付喪神ってのは怪異的な物の影響を受けたものなんで、良いものを言えば神や聖霊、悪いものなら妖怪や悪霊。そんな存在の影響を受けたものなんて言ったら腐るほどあるから百年説を追加して“百年経ってない道具は付喪神にならない”っていうふうにしたんだ」

「そんな簡単なのか?」

「知ってるだろ? 怪異は観測の仕方によって変わる、観測する側に偏見を加えればある程度の操作が出来る」

 

今の時代じゃあ無理だろうけどね、と昔を懐かしむように呟く。

 

「偏見か。それにしてもそんなに強力な怪異なのか?」

「今回は場所が悪かったんだよ。本来の昼行灯は少し迷わす程度だから素人でも簡単に脱出できる。けど今回はよくないものが集まって昼行灯の力が上がっているうえに、ここは見ての通り竹林。ただでさえ迷い易い場所で迷わす怪異、最強の組み合わせだから普通の人間には対処できないレベルになってたんだ」

 

竹は樹木以上の密度で群生し、枝の位置などでの個の判別が難しい植物。山菜採りのために竹林に入った人が迷うというのはよく聞く話だ。

 

「さて、そろそろ終わりにするかな」

 

バキッ

 

怠慢な動きで膝を上げた忍野はそこから一気に踵を下ろし、行灯を踏み砕く。

 

 

 

 

010

 

 

次の瞬間、場の空気が変わったのを、正常化したのを一夏は肌で感じた。

 

「それにしても、初めてだな。お前が進んで人助けするのは」

「そりゃあそうだろう。腐っても専門家、なのに目の前で鈴が怪異の被害に逢うのを阻止できなかったんだ。迂闊というそしりを免れないよ。それに、」

「それに?」

「今回の鈴は完全な被害者さ。シャルロットのように嘘を言っていた訳でもない、箒のようについて行った訳でもない。ただ其処に居たから被害に逢ったという完全な被害者だ。そんな子はーーー」

 

ーーーちゃんと助けないと。

 

「ほら、突っ立ってないで行ってこい! この色男!」

「わあっ!」

 

忍野に突き飛ばされて再び竹林に入った一夏。

先ほどのような言いようのない不可解な雰囲気はなく、どこの山でも有りそうな心地の良い、笹の擦れる音が聞こえてくる。

 

それに紛れて聞こえてくる少女のすすり泣く声。

声の元へと急ぐと、膝を抱え、泥だらけの靴下を履いた少女が居た。

 

「鈴?」

 

一夏が確認をするかのように訪ねると少女はピクリと反応し、ゆっくりと頭を上げた。

目を真っ赤にし、涙と鼻水で本人からしたらとても人様に見せれないような顔になっていたが、間違いなくその少女は鈴だった。

 

「・・・一夏?」

「おう。待たせたな」

「一夏ぁ!!」

 

鈴は立ち上がって駆け出し、一夏の胸に飛び込むと、大声で泣きだしてしまった。

 

「怖かったっ、怖かったよぉ」

 

なんと慰めればいいのか分からなかった一夏は、ただ“大丈夫だよ”と囁きながら彼女が泣き止むまで頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

「やれやれ、想定外に札を使っちまった、ん?」

 

ラウラを迎えに行ってから二人の近くまで戻ってきた忍野。

事が落ち着くまでこのまま傍観していようと思ったが、不意に服の裾を引かれたので視線を落としてみると、少し膨れっ面で忍野を見るラウラがいた。

 

「嫁よ、私も頑張ったぞ」

「・・・そうかい、お疲れ様」

 

ずっと一人で三人の帰還を待ち続けていた彼女に対し、忍野はそう労って頭を撫でてやると目を細めて満足そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

011

 

 

~一夏サイド~

 

後日談、と言うか今回のオチ。

 

無事に学園に帰った次の日のお昼時間。

 

「ゴォラァァ忍野ォッ!!」

「鬼さん此方ってねぇ!」

 

廊下を鬼のような形相で釘バットを片手に走る鈴と、それに追いかけられながらもヘラヘラと笑いながら逃げる忍野。

 

なんだ、この状況。

と思い、二人の後を追うようにトッコトッコ歩いて来たラウラに事情を訊くと、

 

「嫁がみんなに鈴が泣いたことを話したのだ」

 

そんな事であんなに怒ってるのか、と思わず呆れてしまいそうになった。

 

「まったく、千冬姉に怒られたいのかよ。ちなみに何処まで話してたんだ?」

「鈴が迷子になって、捜したら鼻水でグチャグチャの泣きっ面で見つかったって言っていた。それでは先を急ぐのでな」

 

・・・ヒドい良いようだな。

ってか日本語おかしくない?

 

俺と忍野は、二人にはあの時、何が起こっていたのか、真実と呼ばれるものを語っていない。

 

“熱中症にでもなって、ボーッとしていた時に竹林に迷い込んでしまったのだろう”

 

これが二人に教えた事の顛末。忍野の判断で怪異に関わらすのは避けようとなり、いくつもの矛盾を抱えた内容ではあるが仕方なしで教えた。

 

もし鈴が、何故いきなり竹林の中に移動した事に疑問を感じたら。

 

もしラウラが、ISの通信が切れた事を追求したら。

 

そうなったら俺たちは、この二人まで引きずり込んでしまうのかも知れない。

世界の闇とも言える、命を狙われるのよりも危険な道に・・・。

 

「そうならない為におちょくってるんだよ」

「うおっ!? いつの間に!?」

 

いつの間にか後ろに居た忍野。

鈴をまいて来たらしい、ってちょっと待て。

 

「俺、考えを口に出してないぞ?」

「お前の考えてる事なんざお見通しなんだよ」

 

・・・さいですか。

 

「で、おちょくって怒らしている理由は?」

「ここで鈴を怒らせてから逃げ切れば、以後今回の事を思い出しても俺への怒りで矛盾点になんざ気づかねぇさ」

 

なるほど。

思い出すたびに馬鹿にされた事を蒸し返えされて疑問より怒りが先行するわけか。

 

「ひねくれたやり方だな」

「俺はひねくれ者だぜ? ひねくれ者はひねくれ者らしく、正論じゃなく奇策を使うさ」

 

ニヤリと笑う忍野の横顔は、いつもながら真面目なのかふざけているか読み取れなかった。

 

「見つけたわよ忍野!!」

 

再び現れた鈴。

・・・何か、背後に虎のオーラが見えるんだが目の錯覚か!?

 

「おっと、見つかったからひとっ走り逃げてくるよ」

 

また駆け出した忍野を追いかけて走り去っていく鈴。

 

ひねくれ者は正論じゃなく奇策、か。

 

お前がそれでいいなら良いけど、もう少し自分に優しい、他人から憎悪を受けない道を選んでも(バチ)は当たらないんじゃないのか?

そんな事を思いながら、俺は二人のやり取りが済むまで見届けることにした。

 

毒にも薬にもなりそうのない不毛な逃走劇を。

 

 

 

 

 

 

 

「泣き虫りんにゃん此処までおいで♪」

「殺ス殺ス殺ス殺ス!!!」

 

・・・程ほどにしとけよ?





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