001
福音を撃破した一夏。
しかしISが解除されたパイロットは海へ真っ逆さま。結局、唯一機体が無事だった箒が空中で受け止めて事なき終えた。
「ハッハー、あれだけ見栄をはったのに最後を箒に持ってかれるとはねぇ」
「うるさいぞ忍野。お前こそボロボロになって飛べもしないのに偉そうだぞ!」
ラウラに抱えられながらも一夏を笑う忍野。
帰路に就いたとき、誰が誰を連れて帰るか話し合い、忍野をラウラが運ぶことになった。因みに他は、セシリアが福音のパイロット、箒がシャルロット、簪が鈴という組み合わせ。
一夏が手ぶらなのは、それが一番揉めないと忍野が勝手に決めたからだ。
空は茜色に染まり、遠くの空には星が見えた。
「それよりも忍野、あんた大事な事忘れてない?」
「一夏もだよ?」
「「忘れてる事?」」
「「「「織斑先生(教官)(千冬さん)のお説教」」」」
「「あっ・・・」」
帰るなり正座させられる一夏とその真っ正面で目をつむり、仁王立ちしている千冬。
他の者はその横に一列で立っているが、千冬から伝わってくる怒気だけで冷や汗が流れる。
箒と鈴は何かトラウマを思い出したのか、涙目になって、ただひたすら「ごめんない」と呟き始める始末だ。
大丈夫か? この二人・・・。
「この、バカ者がぁぁぁあ!!!!」
ゴンッ!!
千冬の目がカッと開いた瞬間、拳骨が一夏の頭に叩き込まれた。
「勝手に生態端末を切りおって!! 貴様達の身勝手な行動がどれだけーーー」
「お、織斑先生。一夏さん気絶、されてますわよ?」
一夏の目は白目になっており意識があるように見えない。
「「「・・・・・・」」」
「・・・・・・」
ゴンッ!!
「起きんかバカ者!!」
再び拳骨。しかし一夏の意識は回復した。
「痛ってぇぇぇえ!!」
「説教中に寝るな愚か者!」
(((いや、先生が気絶させたんでしょうが)))
その後もガミガミと怒られる一夏。
しかし正座して頭を下げてる彼には見えてないが、説教をしている千冬の顔は、僅かに安堵の色をしていた。
「あの位で済んで良かったよね」ヒソヒソ
「あれに比べましたら、ね?」ヒソヒソ
それにつられて部屋の隅に視線を向ける六人。
「何回剣を壊せば気が済むのかなぁ? くーちゃん、追加しちゃって」
「喜んで」
「いや、本当・・・すみませんから勘弁して下さい!」
そこでは忍野が束とクロエに説教と言う名を借りた拷問を受けていた。
手を後ろで縛ったまま三角形の木を並べた所に正座させられ、その膝の上に二枚の重石が乗せられている。そこへ笑顔で重石を追加するクロエ。
所謂『石抱』と言われる江戸時代から続く拷問だ。
「・・・止めなくていいの?」
「姉さんのする事に間違いはない」
シャルロットはやめさせなくていいのかラウラに訊ねるが、彼女は姉さんがする事が正しいと信じ込んでおり、簪に至ってはどうしようかと視線がオロオロさ迷っている。
「もう
「無理無理無理無理!! やめてくれ!!」
「さあ、お覚悟」
ギャアーーー!!
「・・・本当に止めなくて良かった?」
「・・・少し、自信がなくなってきた」
「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで・・・。け、けが人もいますし、ね?」
「・・・織斑以外は山田先生と別室で検査、その後自室で休むように。解散!」
怒り心頭の千冬は一夏だけを残し、女子陣を山田先生に任した。
まだ怒り足りないようだ。
「じゃ、じゃあ、診断しましょうか。その後、皆さんの専用機の破損状況を報告してくださいね」
ラウラや簪は忍野の心配をしたが、止めれる気配でもなかったのでみんなと一緒に部屋を出て行った。
その時、忍野の髪の一部が
002
~箒サイド~
『良かったですねっ。皆さん大きなケガもなくて』
「それはそうだな」
今、私は旅館の中庭で月を見ながら心を鎮めている。
診断の結果、私は軽度の鞭打ち。高機動で動きまわったのが原因だろうと言われた。機体が大破していた鈴とシャルロットも、軽い打撲と擦り傷、海に浸かったことによる体温低下だけで済んでいた。
『それにしても、さっきの怯えて方は尋常ではありませんでしたねっ。いったい何を思い出したのですか?』
「・・・今それを忘れる為にここに居るのだから静かにしてくれ」
千冬さんの放った怒気にあてられた瞬間、過去に千冬さんに怒られたのを思い出した。
失礼なのは重々承知ではあるが、昔受けた説教はトラウマになってしまってる。それを思い出したせいであんな醜態を晒してしまった。
「ハア~」
「どうしたんだ? ため息なんてはいて」
「い、一夏!?」
いつの間にか後ろからやってくる一夏。
どうやらボーっとしていて足音に気付かなかったようだ。
「かっ、考えごとをしていただけだ」
「そっか。でも捜したぜ、部屋にいないしみんなに聞いても知らないって言われたし」
「捜した? 私を?」
「そうだけど?」
「そ、そうか。それで、いっ、いったい何の用だ?」
すると、一夏は手に持っていた小さな袋を差し出してきた。
手のひらサイズの大きさで綺麗なデザインの袋だ。贈り物などに使うような物なのだろうけれども、なぜ私に?
「これ。誕生日プレゼント」
え・・・?
「こういう時、何を贈ればいいのか分からなかったからリボンにしたんだ」
「あっ、あっ・・・」
言葉が出てこない。
礼を言うだけではないか! 何をしているのだ私は!?
「そ、その、ありーーー
「おーい、一夏ぁ!」「ん? 何だ忍野!」
しまった!
忍野に先を越されてしまった! なんで今っ、二階から声をかけてきた!? ワザとか!?
そんな事より、ええっと、そうだお礼だ。お礼お礼・・・ああ、ダメだ! 頭が回らない!
「箒?」
「な、なんだっ!!?」
「忍野たちがトランプでもしようって呼んでるけど箒はどうする?」
「も、もう少しだけ・・・、夜風にあたっている」
「なら俺は行ってくる。風邪引かない内に戻れよ」
そう言い残し、一夏は室内へと戻っていった。
もう少し一緒に居たい気持ちもあったが今の私の顔をとても一夏に見せられない。目頭が熱くなって涙が流れているのがわかるし、頬が緩むのを抑えられない。きっと凄い顔をしているだろう。
私の誕生日を覚えていてくれた・・・、それが堪らなく嬉しいのだ。
きっと一夏の事だ、幼馴染みだからと言う理由で済ましてしまうのだろうけれども、私にとってはそれだけで特別な意味を持つ。
私は丁寧に袋を開き、中のリボンを取り出す。そして髪を
「よしっ!」
気持ちを落ち着かせるように小さくガッツポーズをし、この喜びを噛み締め、そして自分なりにこれからも努力するための気合いをいれる。
いつか一夏に、幼馴染みや友人としてではなく、一人の“異性”として祝ってもらえるように。
そういう関係になれるように・・・。
『篠ノ之さんはあの男性の事が好きなのですかっ!?』
「今は黙っていろぉぉぉ!!」
八九寺、頼むからこのタイミングでそれを追求しないでもらいたい。
結局、室内に戻ったのは一時間後だった・・・。
003
旅館のそばには雑木林・・・いや、雑木林と呼ぶにはあまりにも範囲が大きく、森と呼ぶ方がこの場合適切であるだろう。
そんな森の先には比較的小さな岬があり、極たまに地元の人間だけがお月見などで訪れる場所となっている。
そんな場所で月に照らされた一つの人影。
「紅椿稼働率は絢爛舞踏を含めて32%かぁ。何でこんなに上がっちゃったのかな?」
空中投影のディスプレイに浮かび上がった各種パラメータを眺めながら、どこまでも無邪気な微笑みを浮かべる女性。
篠ノ之 束その人だ。
鼻歌を奏でながら、別のディスプレイを呼び出す。そこではケルディムの第二形態、サバーニャの戦闘映像が流れていた。
もっとも、写角から見て紅椿視点から撮影された物のようだが。
それを眺めながら、束は岬の岩に腰掛けた状態でぶらぶらと足を揺らす。
「は~。それにしてもいっくんには驚くなぁ。渡してから半年もしないうちに第二形態移行するなんて、まるでーーー」
「ーーーまるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー001にして、実戦投入
森から音もなく千冬が姿を現す。
「やあ、ちーちゃん」
「おう」
ふたりは互いの方を向かない。背中を向けたまま、束は脚をぶらつかせ、千冬はその身を木に預ける。
「紅椿は本当に第三世代のISか?」
「まっさかぁ。紅椿は展開装甲による
「今の間はなんだ?」
「なんでもないよぉ」
「ふん。・・・使用しているコアは、“オリジナルセブン”ではないだろうな?」
「それはないよ。あの子達は乗せる相手を選ぶからねぇ。今でも
「確か、ナンバー登録された467機のコアの内の8機だったか? お前の個人所有用としてIS委員会が認可したのは」
「うん。でもこれでセブンのコアしか残ってないんだよ。全くあの子達は、嫁の貰い手がない娘の親ってこんな気持ちなのかなぁ」
ハンカチを目に当てすすり泣くフリをする束。
貰い手がないのはお前だろ、と千冬は言いそうになるが、言えば亜音速で自分に跳ね返ってくるので口を閉ざす。
「・・・そうだ。一つ例え話をしてやろう」
「へえ、ちーちゃんが。珍しいねぇ」
「例えば、とある天才が一人の男子の高校受験場所を意図的に間違わせることができるとする。そこで使われるISを、その時だけ動けるようにする。そうすると、
「ん~? でも、それだと断続的に動かないよねぇ」
「そうだな。お前はそこまで長い間同じものに手を加えることはしないからな」
「えへへ。飽きるからね」
「・・・で、どうなんだ? とある天才」
「どうなんだろうねー。うふふ、実のところ、何で二人がISを動かせるのか、私にもわからないんだよねぇ」
「ふん・・・。まあいい。次の例え話だ」
「多いねぇ」
「嬉しいだろう?」
違いないね、と返して束は千冬の話に耳を傾ける。
「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ」
束は答えない。そして、千冬も言葉を続ける。
「暴走事件に際して、新型機を作戦に加える。そこで天才の妹は華々しく専用機持ちとしてデビューというわけだ」
「・・・ちーちゃんが何を思っているのか知らないけど、束さんがしたのは箒ちゃんに紅椿をあげた所まで。それ以外は知らないよ」
「・・・だろうな。あの時もそうだった。かつて、十二ヵ国の軍事コンピューターが同時にハッキングされたのちの『白騎士事件』の時も、お前は純粋にISのデータ取りしていただけだからな」
束は答えない。千冬も、もう言葉は続けない。
「ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」
「そこそこにな」
「そうなんだ」
岬に吹き上げる風が、強くうなりを上げた。
「ーーーーーーーーー」
その風の中、束は何かをつぶやいて岬から・・・飛び降りた。
当たり前のように。至極当然のように。
海面に船を停泊させていたのかも知れないし、ISを使ったのかも知れない。どちらにせよ千冬は彼女の心配などはとうの昔にするのを止めていた。
「・・・隠れてないで出てきたらどうだ?」
森の闇の中から姿を現した忍野。
あまりにも闇に溶け込んでいることに、千冬は一瞬恐怖心にも似たものを感じる。
「別に隠れてるつもりはなかったんだけどなぁ」
「よく言う。束が消えた途端、気配を表した癖に」
よいしょ、年寄りくさいかけ声を出してから千冬が背を預けている木の反対側に座る。
夜、男女が一本の木を間に背会わせしているのはシュールに見えるだろう。
「束の言った事は真実だと思うか?」
「さぁてね。昼間の演説を本物だとするなら事実だろうし、世間から見たあの
「分かれば苦労しないさ」
「・・・恐らくだが、今回の一件は関係ないと思うぜ」
「ほお。そう言える確証は?」
「まぁ“
「くだらん秘密主義か」
「そう言うなよ。それにしても『今の世界は楽しい?』か、随分と難解な問いをするねぇ」
「お前はどうなんだ? 世界は楽しいのか?」
「・・・・・・」
千冬の質問に忍野は答えない。
一分なのか一時間なのか分からない無言の時間が過ぎたところでようやく口を開いた。
「・・・世界はともかく、今の生活は楽しいかな」
「お前も大概だな」
呆れたように漏れる声。しかし彼女はほんの僅かに、優しげな笑みを浮かべていた。
004
~一夏サイド~
「ふぁあ~~」
あ~眠い。
早朝に学園から旅館に持ち込んだ
せっかく温泉に入ったのに帰る時の方が疲れてるってなんかヤダな。
それにしても千冬姉と忍野の奴遅いなあ。もうみんなバスに乗り込んでるのにまだ来ない。他のクラスのバスは先に出発しちゃったから山田先生がオロオロしてる。
あれ? なんか知らない人が乗り込んできた。
「ねえ、織斑一夏くんっているかしら?」
「あ、はい。俺ですけど」
少なくとも俺たちよりは年上で、鮮やかな金髪。千冬姉に負けず劣らずのスタイルでカジュアルスーツを着こなしている。
「君がそうなんだ。へぇ」
女性はそう言うと、俺を興味深そうに眺める。
見せ物じゃないんですけど・・・。
「あ、あの、あなたは・・・?」
「私はナターシャ・ファイルス。『
「えーーー」
俺が何か言うより先に、ナターシャさんは頬に軽い口づけをしてきた。
「これはお礼。ありがとう、日本のガンマンさん」
「え、あ、う・・・?」
「じゃあ、またね。バーイ」
「は、はぁ・・・」
バスから降りていくナターシャさんを見送る。
束さんとは違うタイプで嵐みたいな人だったな。
すると、ゾクッと背筋に冷たいものが走る。
恐る恐る振り返ると、何やら目が笑っていないシャルロットにセシリア、そして箒の顔が映った。
「一夏ってモテるねえ」
「本当に、行く先々で幸せいっぱいのようですわね」
「はっはっはっ」
『儂の目の前で接吻とは良い度胸じゃの』
影の中からも忍の怒気を孕んだ声が聞こえた。
何がモテるのか、そして幸せいっぱいとは何のことか分からないがこの時、俺はただ一言、
(あ、これ詰んだな)
そう考えてここ数ヶ月の走馬灯を見ていた。
005
「・・・・・・」
バスから降りたナターシャは、目的の人物を見つけてそちらへと向かう。
「おいおい、余計な火種を残してくれるなよ。ガキの相手は大変なんだ」
そう言ってきたのは、千冬だった。
「思っていたよりもずっと素敵な男性だったから、つい。それで其方がーーー」
千冬に引きずられてやってきた忍野を見る。表情はともかく、頭に出来たタンコブがどうにも気になり、人間性を読みとれない。
「どうも、“二人目”です」
「じゃあ、あなたにもお礼をしないとね」
するとナターシャは頬に口づけをしようと顔を近づける。
が、忍野はそれを手で遮る。
「おっと、それは遠慮するよ。それより身体は大丈夫なのかい?」
「まるで年下に接するような言い方をするのね。身体の方は問題なく。私は、あの子に守られたから」
「それは良かった・・・とは言えない様子だねぇ?」
「そうね、良かったとは言えないわ。あの子は私を守るために、望まぬ戦いへと身を投じた。強引なセカンド・シフト、それにコア・ネットワークの切断・・・あの子は私のために、自分の世界を捨てた」
福音はコアこそ無事であったが、暴走の原因が解明されるまでの凍結処理が決定された。しかし暴走原因はISコアにあると思われ、事実上の無期限の使用停止処分を受けたのだ。
「・・・何よりも飛ぶことが好きだったあの子が、翼を奪われた。相手が何であろうと、私は許しはしない」
「あまり無茶なことはするなよ。この後も、査問委員会があるんだろ? しばらくはおとなしくしておいたほうがいい」
「それは忠告ですか、ブリュンヒルデ」
「アドバイスさ。ただのな」
「そうですか。それでは、おとなしくしていましょう。・・・しばらくは、ね」
それだけ言い残し、ナターシャは帰路に就いた。
ナターシャの後ろ姿を見送ってから、千冬はこれから起こるであろう出来事にため息を一つ吐き、バスへと乗り込んだ。
「? 早く乗れ。置いて行くぞ」
「・・・ああ」
旅館の方を眺め、黄昏ていた忍野は千冬に促されてバスへと乗った。
そして、見送りが済んだかのように、一羽の
ご意見、ご感想お待ちしております。