机上にて描く餅(短編集)   作:鳥語

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極短編。
実験作的な書き方をしています。
読みづらかった場合は申し訳ありません。


異言の海

 

 

「お姉ちゃん、本を読むのが好きだよね」

「ええ、そうね」

「なんで?」

「……え?」

「なんで、好きなの?」

「……」

 

____________________________________ 

 

 

 

 真っ暗な世界。

 ぼっとした景色。

 

 

 

 思考というものが、一体どのようにして成されているか。貴方はどう考えますか。

 

 

「……」

 

 彼女はそれを問うた。

 ぼんやりと思考を回す。

 思い浮かんだ。

 

 

 貴方が今思い浮かべた答え――実は、その答えは私が本当に聞きたいこととはほとんど関係がないんです。それは一人一人の考え方、文化、知識などによって変化するのもの。その全てを共通した答えで納めてしまうのは、どんなことよりも難しいものです。

 決して、万人を納得させる答えは出ないでしょう。

 

 彼女はそう語る。

 

 では、先ほどの質問に何の意味があったのか。

 それを考えさせることで、何かを引き出そうとしていたのだろうか。

 

「……」

 

 ええ、そうです。

 今の質問は全く別の意図を持っています。

 答えを出すこと、それを成すために行われた行為――その前提としてある、手段というべきものを探るため。

 

 彼女はそう答えて。

 

 

 では、その答えを得るために、もう一つ質問を重ねましょうか。

 貴方はその質問に答えるために、何かを考えましたね。では、貴方がそのために何をしましたか。何を使って(・・・)、自分自身に尋ねたのですか。

 

 

「……」

 

 傾ける。

 それを考える。

 

 ええ、よくわからないでしょう。

 そう、それは当然のように行っている行為――無意識のままに、意識を紡いでいるものですから。それを掴むことは、普段日常的に交わしているものに意識を向けるという努力をしなければならない。

 そう、例えば今あなたが行っていること、何気ない呼吸といったものと同じです。

 

 彼女はそういって微笑む。

 

「……」

 

 さらに考える。

 考えることを行っている、自分というもの。

 

 

 わからないかしら。

 では、ヒントを一つ。 

 私たちは思考するために、まず、一つのものを組み合わせている。相手の口から放たれたものを耳で受け取り、それを頭の中で租借して理解して――その答えを探す。

 受け取り、噛み砕き、理解して……それから、返そうとしたもの。

 

「……」

 

 彼女が言っているもの。

 己が返そうとしているもの。

 

 

 そう、言葉。

 貴方は、まず言葉を受け取り、それを理解することで答えを探した。その言葉を己の中で置き換えて――そう、たとえば、『僕は、どうやって思考しているのだろう』という自問の言葉を使うことで、己の内を探った。

 つまり、思考するということは。

 それは、言葉という手段を介して行っているものであるということ。人は――言葉を得たものは全て、それを使うことで思考する。その形に置き換えることで、判断する。

言葉を纏い、言葉に縛られ、言葉に想いを託す。

それだけしかできない。

 

「……」

 

 本当にそうなのだろうか。

 それが全てなのだろうか。

 

 

 ええ、勿論、もっと単純な――原初的な感情によって、人が動くこともあります……それらの概念自体を知らず、言葉を使わぬままに行動している人間というのも、時と場合よっては存在するでしょう。けれど、それは私たちの知っている形での言葉ではないということ。

 言語が違う、文字が違う、文法が違う。ただ、置き換えた形が違うというだけ。思考を、そのまま行動と置き換えた――他に置き換えるものを知らなかった。

 そうも考えることができるでしょう。

 

 彼女は、そう説明する。

 

「……」

 

 でも、けれど。

 しかし、どうなのだろう。

 本当に。

 

 

 確かに、『無意識』というものもあります。

 何も考えず、とっさに身体が動く。訳のわからないままに、感情のままに突き進む。そういうことも、ままあることです。

 けれど、それは本当に思考した結果といえるのでしょうか。それは考えているのではなく、ただ本能のまま、心の中にある塊をそのままに吐き出しているだけ。

 それでは、思い、考えたということにはならないのではないでしょうか。

 

 

「……」

 

 わからない。

 けれど、語りは続く。

 

 

 なんとなくの行為。

 今までの行動から成った反射の集約。

 だからこそ、私たち『さとり』という存在は、それを感知できない。それは、心を動かした結果ではなく、心に刻まれた行動なのですから。

 原初の動。本能として感覚――心の動機。

 それは、確かに分かりやすく視てとれるものではあっても、より具体的な形をもって読み解くことはできない……その暇もない。

 だからこそ、無意識の『こいし』に当たってしまう。

 

 

「……」

 

 続いた言葉への疑問。

 彼女はそれを無視して先を語る。

 理解する前に、語られていく。

 

 

 

 ですから、私たちは、貴方の心を読んでいる――文字通り、読んでいるというのです。

 もし、貴方が異国の、全く別の言語を持つ文化に生きてきたのなら……私は貴方が思考するその文字を見ることができても、その編まれた内容を理解することはできない。たとえその内側を覗くことができても、その書かれた文字が解けないのなら、それを知ることはできない。

 意識とは、造り上げられていくものであり、初めから完成されているものではない。記憶は、言葉に置き換えられる。思考言語を鍵として、その光景を再現する――思い出す。

 思考とは、そういうもの。

 言語は、それを紡ぐための材であり、それぞれの文化、方法、能力に従って、心を一つの形を造り上げていく。

 

 だからこそ、私は本を読む。

 その心を――心の読み解き方を知るために。

 そういう部分があるのかもしれません。

 

「……」

 

 そうなのだろうか。

 そういうものなのだろうか。

 

 

 今、貴方はどうやって私の言葉を受け止めていますか。自分の中にある何かを使って、一つの体系としていませんか。

 私はそれが見えている。

 

 けれど、その言語を理解できなければ、知ることはできても、識ることはできない。全てを視るには、解っていなければならないのだから。

 だからこそ、私は知識を求めている――深めていく。

 より深く広く、それを識るために。

 

「……」

 

 そこまで語られておいてから、それに気づいた。

 そこまで知っておいて、ようやく気づいた。

 

 

 このような弱点を――明かしても良いのか、と。

 では、問いましょう。

 

 

『貴方は、私が何処まで識っていると思いますか?』

 

 

 

 くすくすという笑い。

 けたけたと揺れる声。

 

 

「……」

 

 

 ああ、話しすぎましたね。

 ここまで付き合ってもらってありがとうございました。

 では、そろそろあなたのいくべき場所へ案内しましょうか……大丈夫、怖いところではありませんよ。ただ、今までの貴方が精算されるだけ。今まで通りのことが、結果として返るというだけですから――全ては仕方ないで済ますしかない。

もう何をしても遅いというなら、諦めもつくでしょう。

 ほら、身体の方のお迎えもきました。

 

「……」

 

 

 最後に一つだけ質問を、と。

 いいですよ。

 なるほど、あっちに見える動物はどうなのか、ですか。

 それは――

 

 

 彼女は笑う。

 笑って、答えてくれる。

 

 

「……」

 

 

 もう、表情もない。

 口も開かない。

 

 

 ただの■■に向けて。

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

「うにゅにゅ……」

「何してるの、お空。早くしないと」

「わかんないけど、難しい話をしてるっぽいよ」

「……そんなこと気にしてないで、あたいたちはあたいたちの仕事をしてればいいんだよ。ほら、とびっきりの死体があるって私の鼻が囁いてんだから」

「そう……卵もあるかな!」

「……まあ、お仕事頑張ればご褒美にね」

「うん、頑張る!」

 

 

 







 心を読む程度の能力についての考察。
 独白の様な対話の様な。


 以下、加えようか迷ったエピローグ部分。
 冗長でしょうか、ね……。 
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 知られているのか知られていないのか。
 見透かされているのか何もわかっていないのか。
 いるのかいないのか。
 わからない間が、一番怖い。
 

 自分の想いを確かめるためには、一度誰かに自分のことを話して見るというのも一つの手。言葉にして、語ろうとしてみて、形をしてみて初めて形となることもある。
 整理してみなければ、それは案外見えづらい。


 動物というものは、想ったそのままの方向へと進む。
 思考はまっすぐと、その結果だけへと向かう。


 ぱらぱらと風にめくれた紙には、そんなことが書き留められている。

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