ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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次なる一歩:ずっと隣で星を見る

 きな子とかのんのお悩み解決策を練った次の日の夜。俺はかのんを呼び出していた。

 もう明後日に『ラブライブ!』が迫ってるってのに、その直前に撒かれてしまった悩みの種。スクールアイドルお得意と言うべきか、留学に行くか行かないか問題だ。

 

 つうかμ'sや虹ヶ先の時もそうだったけど、どうしてそう簡単に留学なんてビッグイベントが降りかかってくるのやら。普通に生きていて留学のお誘いなんて来る確率なんてどれだけだよって話だ。俺が関わっているスクールアイドルたちの実力が凄いのか、それとも問題を引き寄せがちな俺の体質のせいなのか……。

 

 それは余談として、今はかのんの準備が終わって外に出てくるのを家の前で待っている状態。流石に制服姿のまま夜に連れ出して補導なんて洒落にならない。それに、それなりに冷え込むから着込んで来いと言いつけておいたから着替えに時間がかかっているのだろう。

 

 こうして連れ出す理由はもちろんお悩み解決のためだ。とは言っても今日は授業中も真面目に聞いていたようなので、数日前のような上の空ではなかった。もしかしたら昨日きな子とタイマンで話したことで、自分を見つめなおす機会を得たからかもしれない。もちろん留学に行くか行かないかは本人の意志なので、きな子が何か助言をしたというよりかは悩みの負担を軽くしたくらいだろう。だがそれでも後輩から熱い思いをぶつけられて、少しは自分の取りたい選択肢が見えてきていると思う。

 

 そんな振り返りをしている間に、かのんが喫茶店のドアを開けてこちらに駆け寄って来た。

 

 

「すみません! 遅くなっちゃって!」

「別に。いきなり誘ったこっちが悪いから。でもそんなに着替えに手間取ったのか?」

「いえ、ありあとお母さんが『先生と2人で夜遊び!?』ってからかってくるもので……」

「ハハ、なんだかんだお前のこと好きだよな、お前の家族って」

「煽られてるだけのような気も……」

 

 

 ありあもコイツの母さんもかのんの動向には割と目を配っているようで、スクールアイドルになった時は驚きながらもその心境の変化に興味津々だったし、俺との関係性が深まってからは男女関係で根掘り葉掘り聞かれたりしてるそうだ。ありあは良いとしても、親から見て娘が教師と関係を持つのはアリなのだろうか。いやあの反応を見る限りだとむしろやっちゃえって感じだけど、やっぱスクールアイドルの親って変人ばっかだな。誰とは言わないけど……。

 

 

「それで、いきなり呼び出されましたけど、一体なにを……?」

「分かってんだろ。昨日きな子に呼びつけられた理由を考えれば」

「あはは、そうですね……」

「でもきな子と同じことを言っても仕方がない。それに俺の聞きたいことは別のことだしな」

「えっ?」

 

 

 前にも言ったが、ただ留学へ行くか行かないかだけだったらあそこまで悩むとは思えない。大切な決勝戦の前に意気込みが薄れるほど集中できないのは不可解で、その程度の悩みであれば決勝が終わって心機一転して改めて考えればいいだけの話だ。留学の返信の期限が短いとは言ってもそれくらいの猶予はある。

 だから、他に何か理由があると俺は睨んでいる。ここでそれをぶっちゃけてしまってもいいのだが、せっかくだし決勝戦への景気付けも兼ねて場所を移動しようと思っていた。

 

 

「ここで立ち話もアレだし、そろそろ行くか」

「行くって、どこに?」

「星を見に行く。好きだろお前、そういうの」

「好きですけど、って、今からですか!? こんな夜遅くに歩くのは無理ありますし、電車も終電を考えると時間がないような……」

「だからコイツを引っ張り出してきたんだよ」

「それって、バイク? 先生、持ってたんですか?」

「あぁ、まあこのあたりは交通網が発達してるからあまり必要ねぇけどな。でも2人きりで移動できる手段があって越したことはない」

 

 

 こう言ってしまうと女の子を口説くためにバイクでイキってるみたいに思われるかもしれないが、特にそういった意図はない。ただ基本は女の子を後ろに乗せる場合にしか使用されないため、2人で密着せざるを得ない空間を強制的に作り出す用途として役に立っていることは確かだ。

 

 

「あっ、だから厚着して来いって」

「そう。この時期に風に切られたら凍え死ぬからな。ほら、早く乗れ」

「は、はい。失礼します……」

 

 

 かのんは後部座席に跨り、俺の腰に両腕を回す。思った以上に密着してきて驚いたが、初ライドのためどれだけの強さで抱き着いていいのか分からないのだろう。お互いに厚着なので人の温もりなんて感じられないはずなのに、緊張しているかのんの心臓の鼓動が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「あれ、着いたんですか?」

「バイクで来れるのはここまで。あとは足で登るぞ」

 

 

 とある丘のふもとにまでやってきた。ここからは階段を上る必要がある。

 俺もかのんもバイク用の上着を脱いで座席に引っ掛け、街頭も灯りも少ない階段を上り始めた。

 

 

「先生、一体どこへ向かってるんですか? 全然教えてくれないし……」

「言ったら感動が減っちまうだろ。それにせっかく寒い中バイクを飛ばしてここまで来たんだから、お楽しみは最後までってな」

「決勝戦の前なのにこんな寒い夜中に外を歩くなんて、風邪になったらどうするんですか……」

「その決勝の前に塞ぎ込みそうになってた奴が言うなよ……。ったく、こうすりゃいいんだろ?」

「ほええっ!?」

 

 

 なんだよその声。寒くて風邪の心配をしてるっつうから、ただ手を繋いだだけだろうが。

 あまりに突然の行動におどおどするかのん。最初は握る力が弱く俺が引っ張っている感じだったが、階段を上っている間に慣れたのか、向こうからも握り返してくるようになった。

 

 つまり、切り込むならここってことだ。

 

 

「これで満足したか、人の温もりを改めて感じられて。それとも余計に離れたくなくなったか? ――――俺たちと」

「ッ!? ――――気付いてたんですね、私が何で悩んでいるのか」

「ま、これでも人付き合いはそれなりにあった方だからな。ソイツらの中には、今はみんなと別の場所にいる奴もいる」

「そう、ですか……」

 

 

 そう、かのんが悩んでいたのは留学に行くか行かないかそのものではなく、留学によって親しい人たちと離れることに思うところがあったんだ。実際にことりや歩夢も学びという観点では行くことに前向きだったが、ここまで築いてきた仲間の輪から外れるのはどうしても抵抗があった。コイツの場合もそんな雰囲気を感じ取れたからまさかとは思ったが、やはり正解だったみたいだな。

 

 しばらくお互いに手を繋いで黙ったまま階段を上がっていたが、それからまた少し時が経ち、かのんが口を開く。

 

 

「寂しいって気持ちが襲い掛かって来たんです。留学のお誘いはもちろん嬉しかったし、有名な音楽学校でもっと実力を磨けるなら行きたいとも思っていました。でも、そうすると来年の春からみんなとお別れしないといけない。電話とかテレビ通話とか、顔を見る方法はいくらでもありますけど、一緒にいることはできない。隣にいることはできなくなっちゃうんです。まだそうなるとは決まってないのに、想像したらとても寂しくなっちゃって……」

 

 

 そんなことか、とは彼女の気持ちと境遇を考えると無責任なことは言えない。

 彼女はこの2年でLiellaを引っ張れるくらいには成長した。だけどまだ高校生で青春真っ盛りの時期だ、いきなりコミュニティから抜けて1人で新天地へ行くのは度胸がいるだろう。

 

 それに、彼女にとってそのコミュニティは他の人が思う以上のかけがえのない場所となっている。小さい頃にステージで緊張とアガリ症で歌えなかったトラウマから、自分を常に卑下するようになり、少しでも追い込まれると人の見てないところではかなりやさぐれる性格となっていた。

 故に可可に無理矢理スクールアイドルをやらされる前は友達もあまりおらず、だからこそLiellaで形成された今のコミュニティを大切にしているんだ。彼女にとって初めて誰かと積み重ねてきた思い出、そしてこれから共に歩む未来。それをリセットとまでは言わないが、一旦その歩みを止めてまで留学に行っていいのか悩んでいるのだろう。

 

 その彼女の気持ちや過去を考えれば、こうして曇ってしまうのも仕方がない。

 

 

「ちぃちゃんくらいしかまともな親友がいなかった私が、可可ちゃんたちと仲良くなって、去年の『ラブライブ!』では準優勝まで行って絆を深めて、そして今年はきな子ちゃんたち後輩ができました。そして、今年こそは優勝を狙っている。そのためにみんな一致団結してる。そうやってみんなとの繋がりから一旦と言えども離れてしまうのは、やっぱり寂しいです」

 

 

 ただ留学に行くか行かないかを決めるくらいなら決勝戦の後に考えることができた。でも現在進行形で仲間たちと経験や思い出を積み重ねているため、その大切な重みこそ彼女の判断を鈍らせる。仲間と共に夢への道を歩み続けているからこそ、その道を1人で外れてしまうのが怖いんだ。積み重ねれば積み重ねるほどその意識は高まっていくから、だから決勝戦目前なのにも関わらず悩んでしまっているのだろう。

 

 それがコイツの本当の悩み。

 と、普通はそう考えるが、実は更にその奥、真の悩みがあると睨んでいる。俺は大体それを察していた。

 

 

「先生は、どうしたらいいと思いますか……?」

「…………」

「私に留学して欲しいとか、それともそこまでする必要はないとか……」

 

 

 思った通りだ。

 俺が察していたのは――――

 

 

「離れたくないのか、俺と」

「っ……!? はぁ……やっぱりお見通しなんですね。いつもの先生です……」

 

 

 かのんは諦めたかのように溜息を吐く。俺の手を握る力も少し弱くなっていた。

 コイツが留学を悩む理由は数あれど、最大の理由は俺と離れ離れになってしまうことだ。コイツはLiellaの中では俺への依存度がかなり高く、成長したと言ってもそれでも俺に決定を求めてくることは多かった。例え自分の考えがあったとしても、それが自分たちLiellaのことだとしても俺の考えの方を優先してしまう。本人がそれに気付いているかは不明だが、その傾向は1年生の頃から強かった。

 

 そして、今も俺にアンサーを求めている。

 俺と離れたくないから、俺の口から『留学は必要ない』と言ってくれるとコイツ的にはそれで決着。もしかしたら先日のインタビューイベントの控室で言いかけたことは、俺に決定権を委ねる旨の質問だったのかもしれない。

 

 

「先生は私が留学してしまったら、どんな気持ちになりますか……? 離れたくないって、思ってくれますか……?」

「俺が背中を押せば、お前は行くのか?」

「それは……分かりません」

「でも行って欲しくないと言えば、お前は絶対に行かないだろ。だったら、それは俺が決めることじゃない」

「ぅ……」

 

 

 ここで俺が決めればコイツはそれに流されるだろう。それはもう自分の意志とは関係ない。自分が好きな人の決定だったら信じられる。

 そんな考えだとしたら、俺は素直に送り出せなくなる。心のどこかでは俺に留学を止めて欲しいと思っているのだろう。俺と一緒にいられなくなるから、ただその理由だけで。

 

 

「俺が言えるのは、留学に行った場合なら応援するし、行かなくてもそれを責めたりはしない。お前の取った選択肢の方を尊重するよ」

「でも、それだと……」

「決められないんだろ? 今ここで決めろとは言ってない。少なくとも『ラブライブ!』の決勝が終わってからでいい。それでも迷って集中できないってのなら――――ほら、着いたぞ」

「え……?」

 

 

 ようやく丘の上についた。

 俺は夜空に人差し指を上げる。かのんが空を見上げる。

 

 すると、かのんは目を見開いた。

 

 

「凄い、星……!!」

 

 

 かのんの目が輝いた。その衝撃は凄まじかったようで、さっきまでの悩みなんて何もかも忘れてただ夜空の星の海に没頭している。

 あまりにも星々の輝きが綺麗に見えるため、まるで俺がかのんを連れてくるタイミング見計らっていたかのようだ。

 

 

「ここ、星が綺麗に見られるって話があったから、いつかお前を誘ってみようって思ってたんだ。まさかお悩み相談で来るとは思ってなかったけどな」

「それは……ゴメンなさい」

「別にいいけどさ。これも俺との思い出として心に留めてくれればそれで」

「また、積み重なっちゃう……」

 

 

 離れるかもしれないのに、また1つ思い出を積み重ねてしまった。そのことに悲しみを覚えるかのん。

 

 だけど、それは――――

 

 

「いいんだよ、積み重なっても。確かに寂しいの分かるし、もし留学するとしたら実際に最初はそう考えちまうと思う。でもさ、その積み重なった思い出があるからこそみんなとの繋がりがより強くなるんじゃないのか?」

「え……?」

「遠く離れたとしても、みんなとの絆が強ければ強いほど、今度は成長した自分をみんなに見せてやろうって気概も出てくる。自分がいなくてもみんなは成長する、だから自分も負けずに成長しようってな」

「私も、みんなも……」

「だったら!!」

「ひゃ、ひゃいっっ!!」

 

 

 俺は両手でかのんの両肩を掴む。まるでキス一歩前の段階のようだ。

 かのんの顔は夜でも分かるくらいに赤くなっているが、そんなことよりも伝えたいことが俺にはある。

 

 

「だったら、寂しいと思ってしまう以上の思い出を作れ! 仲間たちと一緒に『ラブライブ!』で優勝して、俺にお前自身の魅力をたっぷり見せつけて、最高のエピソードを自分に刻み込め! 悲しみも寂しさも、そのエピソードを思い出せば吹き飛ぶくらいに!」

「先生……」

「それに、俺はいつでも隣にいる! お前が留学に行こうが行くまいが、俺はお前の隣から離れたりしない! もし海外に行くのなら会いにも行ってやる! 新天地で成長した自分を俺に魅せてみろ! 行かないのなら、また来年もスクールアイドルで輝け! その光を俺に魅せてみろ!」

「私……は」

「お前は俺の大切な人だ! だから笑顔でいてくれ! 留学は別れの機会じゃなくて成長の機会だ! 自分の魅力もっと俺に示せると思え! 留学しない場合は、留学先で学べることと同じくらいもっとスクールアイドルとしてのお前を磨き上げろ! 俺はお前で輝く星が見たい!」

 

 

 今、コイツの脳内に、心に、俺の言葉が雪崩れ込んできていることだろう。その1つ1つを受け止めて、理解して、考える。

 これでコイツの悩みが100%解決するとは思っていない。だけど、道を照らすことはできたはずだ。結局は決めるのはコイツ自身。

 

 かのんの表情が落ち着いたように見える。今までは俺に手を引かれて、俺の背中だけを見てきたコイツが、初めて自分で道を歩き始めた瞬間だった。

 

 

「きな子ちゃんが言ってました。先輩と並び立つことができた時、それは最高の思い出になるって。それを目標に、夢にしてたからって。そんなことを言われたら余計に離れたくないって思った反面、目標にされているからこそ自分ももっと成長したいって思いました。だから――――悩むのはもうやめです」

「留学で得られるものもあれば、Liellaに残って得られるものもある。春にはまた新しいメンバーが増えるかもしれないし、そこでまた環境も変わるだろうからな。留学先なら環境が様変わりするからなおさらな」

 

 

 まだどっちにするかは決められない。だけど仲間と離れる、俺と離れる恐怖とはお別れできたのだろう。不安すらも吹き飛ばすような思い出を作りさえすれば、今までよりも強い繋がりを作りさえすれば、いつでもみんなは隣にいることになる。それは、俺も同じだ。

 

 

「それにしても、私ってそんなに先生に依存してたんですね……」

「あぁ、このままだと自身の進路すらも俺に決めさせようとするくらいには」

「それは反省してますけど、仕方ない部分もありますよ。だってずっとここまで面倒を見られて、一緒にいて、さっきの言葉を聞いて、好きにならないはずがないじゃないですか……」

 

 

 一応聞こえないフリをした方がいいのだろうか。俺も俺だが、コイツもコイツで恥ずかしいことを言ってる気がする。

 まあここに上ってくるまでずっと手を繋いでたし、さっきは肩に触れ、今も身体が触れ合いそうになるくらいに近いから、もう恥ずかしいとか関係なく男女の関係っぽく見えるけど……。

 

 

「私、『ラブライブ!』で優勝します。そこで自分の目に何が映るのか。何が想像できるのか。どんな思い出が作れるのか。それを見てから自分の今後を決めようと思います」

「そうか。だったら俺は見届けるだけだ」

「お願いします。それが終わったら、先生と……」

 

 

 かのんはそれ以上口には出さなかった。落ち込むのも早いけど、立ち直ったり決意するのも早いんだよなコイツ。その喜怒哀楽が見ていて楽しくもあり、愛らしくあるんだけど。

 

 

「じゃあ用事も済んだし、そろそろ帰るか」

「待ってください!!」

 

 

 かのんが俺の手を握る。さっきとは逆で、今度はコイツの方から力強く。

 

 

「もう少しだけ、一緒に星を見ませんか……?」

「かのん……。あぁ、いいよ」

 

 

 星を見ている間、会話はなかった。

 しかし、お互いが出会ってからこれまでで一番の思い出になったと、俺もかのんもそう思っていた。

 




 最後の個人回のかのん回でした!
 かのんが留学について悩むなら、海外に行くかどうかよりこっちかなぁと思ったので、もしかしたら皆さんと解釈違いが生まれてるかも……?

 そういや零君って、自分の発言を強く主張するときって女の子を物理的に追い込みがちですよね。肩に手を置いたり壁に追い込んだり(笑) その強引さのおかげでモテているみたいなところがあるのかも……


 次回ですが、遂にLiella編第二章の最終回です。
 1話では終わらないので、2~3話程度に分けて投稿予定です。



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