ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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過去への扉:その背中を追いかけて

 『ラブライブ!』決勝まであと3日となった。

 先日行われた決勝進出グループたちによるインタビューイベントは大盛況であり、スクールアイドル界隈の熱気も最高潮に近くなってきた。どのグループも最後の追い込みをかけたり、決勝に向けて英気を養うために軽い運動だけにしたり、逆に敢えて遊びまくってリフレッシュするなど、各々自分たちの中で最高のパフォーマンスができるよう力を蓄えている段階だ。

 残り数日の過ごし方はグループの数だけあれど、いずれも決勝戦にかける熱い思いは変わらない。それ故にメンバーの団結力もこれまでの中で一番強くなっていることだろう。よりよいライブのためにはメンバーの心に1ミリの隙もあってはならないからな。

 

 そんな中、その団結力にヒビが入り始めたグループがある。ヒビとは言っても気付いてる奴は少なく、関係性が壊れようとしているわけではない。例え的には曇りが見えてると言った方が良かったか。

 こんな直前になにやってんだと文句を垂れたくなるが、それが残念なことに自分の教え子と来た。顧問として、そして男として女の子が1人で問題を抱え込んでいるのは捨て置けないことなので、本番直前にして最後の関門に立ち向かう時が来たようだ。来て欲しくはなかったけどさ……。

 

 そんなわけで早速動き出そう――――の前に、このことについて情報交換するべき奴がいるので、先にそっちの相手をすることにする。

 

 

「えっ、留学っすか!? かのん先輩が!?」

「あぁ、理事長に聞いたらすぐにゲロったよ。ったく、俺に内緒で勝手に話を進めやがって……」

 

 

 先日のイベントの登壇の前、かのんが俺に言いかけた言葉をはっきりと聞き取れなかった。だけど何となく既視感(μ's時代のことりの件)があったので理事長に問い詰めたところ、隠すことなくかのんに留学の勧誘が来ている件を話してくれた。

 つうか、話すのなら決勝の前ではなくて後にして欲しかったな。その結果アイツに余計な悩みの種を植え付けることになったし、そのせいでスクールアイドル活動にも影響が出ている。理事長曰く『留学するしないの返信期限にあまり時間がないことや、逆にその話を持ち掛ければモチベーションアップに繋がる』と思っていたそうだ。前者の理由はまだ分かるとしても後者は先見の明がなさ過ぎだ。去年学校で起きた資金難問題といい、あのババアの手腕は甘いところがあるな……。

 

 

「それじゃあ、かのん先輩は留学に行くかどうか迷ってる、ってことっすか?」

「恐らくな。高校生活の最期の年を海外で過ごすことになるわけだし、そりゃ悩むだろ」

「えぇっ、1年も向こうに行くんすか!?」

「聞いた話だとそうらしい」

「かのん先輩っすもんね。確かにあの綺麗な歌声の持ち主とあらば、海外でも人気になれると思うっす……」

 

 

 どうやら留学先はウィーン・マルガレーテの所属校らしい。世界的にも有名な音楽学校で、現役でそこに入るってだけでも狭すぎる門なのに、わざわざ向こうから来てくれってのはVIP待遇と言ってもいい。でもかのんの歌声はそれくらいの価値があり、何を隠そうこのきな子もその声に魅了された者の1人だ。

 

 ちなみにきな子にこの話をしているのは、彼女も俺と同じくかのんの変化に気付いた唯一の存在だからだ。不安そうな顔をしていても『決勝が近いから緊張している』で通しているせいか、周りからそのことで励まされることはあっても、本心に気付いている奴は俺たちだけで一握り。それに留学なんてビッグイベントを大切な決勝戦前に流布させて騒ぎにさせたくもねぇし、だからこそ真実を知っている俺たちだけで対策を立てようってなったわけだ。

 

 そんな事情があるため、今日は放課後にきな子と街へ繰り出していた。かのんの問題を解決するためときな子と一緒に出掛けるって因果関係が不明だと思うが、それはコイツがかのんのために何かしてあげたいと思っており、そこで繋がってくる。俺を誘ってきたのもコイツからだしな。

 

 

「で? 何かしたいって言ってたけど、具体的には何か決まってるのか?」

「それが特に……。贈り物、はおめでたいことがあったわけでもないので違うような……」

「んじゃ、お前のやりたいことはなんだよ?」

「かのん先輩の隣に立ちたいっす! お互いに笑顔で! 決勝の舞台に!」

 

 

 その返答に驚いた。てっきり『励ましたい』とか『元気づけたい』とか、優しそうに見えるけど無自覚な上から目線の発言をするかと思っていた。あくまでコイツの願いは同じ志で並び立つことであり、無責任に手を差し伸べることではない。ナチュラルに本質を言葉に出せるのは、普段から正論でツッコミを入れる性格が故だろうか。コイツ自身の成長があってこそ、って方が大きいか。

 

 

「お前も変わったな」

「えっ、きな子も何か悩みがあるように見えますか!?」

「いやそうじゃない。前向きになったって言ってんだよ。出会った頃とかずっとおどおどしてたし、その頃と比べたら結構前を向くようになったなって」

「それは都会の学校に慣れていなかったからで、この歳になって初めてたくさんのキラキラを見続けて、それでずっと緊張してたっす……」

「そういった意味ではスクールアイドルをやって良かったんじゃないか。これほど陽キャ感があってキラってる部活もねぇだろ」

「確かに自信は持てるようになりました。それでもみんなに比べたらまだまだっすけど」

 

 

 地方からやってきた純朴少女のきな子。入学当初はあまりにも眩しい都会の学校生活にいつも圧倒されており、勉強以上に環境に適応する方が大変だったと言う。それで慣れない生活の中で更に自分の地味さとは程遠いスクールアイドルに勧誘されて入ったんだから、それはもう激動なスタートだったはずだ。

 

 それでもコイツはめげない。後ろは見るけど、逃げたりはしない。スクールアイドルなんて自分には似合わないって思いはするけど、それでも勧誘を断ることはしなかった。自分の中でも高校デビューで変わりたいって思いがあったのだろう。逃げていたら変われないと無意識に自覚しているからこそ逃げなかった。自分にはできないことだけどやってみたい、そういった前向きな意識を持つのがコイツの強いところだと思っている。

 

 

「かのん先輩はきな子が一番お世話になった先輩で、きな子の目標っす。だからあの大舞台で一緒に並び立つために、できることはやりたいです。夢だったっす、かのん先輩と一緒に大きなステージに立つのは」

「そうだな。この時期になって悩んでんじゃねぇよって、ヤキでも入れねぇと」

「そんな追い込むことはしないっすけど……。でも、先輩が悩んでいるのなら隣にいたい。春、先輩がきな子にそうしてくれたように」

 

 

 自分が助けたいってエゴは抱いておらず、あくまで隣で並び立ちたいってスタンスは変わらないか。自分ではアイツの悩みを解決することはできないと分かってるけど、できないってのは何もしない理由にはならないからな。可能な範囲で自分でできることをしたいのだろう。そうでないと後悔するし、なにより先輩への恩返しのためでもあるらしい。

 

 この春にかのんがきな子を積極的に勧誘していたのは、単に新入部員が欲しかったって欲望もあっただろうが、自分を変えたいけど一歩が踏み出せないコイツの本心を見抜いていたからだろう。だから俺の様に付き纏ったりはしていないものの、隣で気にかけていたのは確かだ。紆余曲折あって結局はLiellaに入り、そして自分の思いが実って変わることができたから、最初のその足掛かりを作ってくれたかのんには感謝の一言だけでは済ませられないだろう。

 

 

「だったら、何をするか迷う必要はないな。お前も隣にいてやればいいんじゃないか? 自分の気持ちを素直に伝えればいい。留学に行くか行かないかは、他人が口出しするようなことじゃねぇしな」

「それはそうっすけど、先生はどうするんすか?」

「それとなく聞いてみるよ。気になることもあるしな」

「……?」

 

 

 留学に行くか行かないかを迷うのは分かるけど、決勝を目前にしてそこまで気に病むことか? 気にはなるだろうが今は優勝を目指すことに対して突っ走り、留学のことを考えるのは『ラブライブ!』が終わった後でもいいはずだ。なのにアイツは今悩んでいる。元々悩みを溜め込みやすい性格をしているのは知っているが、もしかしたら行く行かない以外に何かあるのかもしれないな。

 

 

「それにしても、やっぱり先生に相談して良かったっす。何かしたいって気持ちはありましたけど、じゃあどうすればいいのか全く思いつかなかったっすから」

「そうだな。俺もいきなりお前が誘ってきたから驚いたよ。切羽詰まった状況ってのもあるんだろうけど、俺と2人きりになろうとするなんてあまりなかったような気がしたからさ。もしかしたら恥ずかしがってんのか、遠慮してるのかと思ってた」

「それは……そう言われると否定できないっすけど……」

 

 

 恋愛経験もまるでなかった純朴少女。他の1年生たちと比べると彼女と2人きりになった機会はあまりなく、直近だと澁谷家の喫茶店でお試しバイトをしたとき以来だ。Liellaメンバーの中でも緊張しやすいタイプで異性への耐性も薄いため、他の奴らと比較して俺に積極的に関わってくることは少ない。そう思ってこっちから迫るとすぐに照れてしまうため、地方少女で隙が多い子かと思ったら意外と付け入る隙がなかったりした。

 

 だから驚いたんだよな、そっちから誘ってきたことに。

 

 

「先生はかのん先輩と同じくきな子にとっての恩人っすから……。ただ先輩は女性で歳も1つ違うだけでもう友達って感覚っすけど、先生の場合は男性でカッコいいお兄さんって感じなので……。い、いや、話しかけづらいってことは全然なくて、やっぱりきな子が初めて魅力的な男性だと思った人なのでつい……」

「初恋ってことか」

「恥ずかしいので言葉で表現しないで欲しいっす!! そ、それはそうっすけど、北海道から出てくるときにお母さんが『向こうで出会いがあるといいわね』って言われたので、その影響でなおさら意識しちゃったっす……。でもまさか――」

「春にいきなり出会っちゃうとは思ってなかった?」

「だから! 言葉にしないで欲しいっす!!」

 

 

 恋愛の『れ』の字も知らず、都会に出て出会いがあるのか疑っている時に、いきなり世話を焼いてくれる年上のお兄さんなんて現れたらそりゃ衝撃的で交流に困る気持ちも分かる。他の奴と比べて俺と関わる機会が少ないって理由もそれなら納得だ。

 それでもコミュニケーションが取れていなかったわけではないので、彼女だけスクールアイドル活動の指導が足らなかったとか、決して不仲なわけではない。単にプライベートでの関わりが薄かっただけだ。まあ男性教師と女子生徒がプライベートで関係を持つこと自体おかしなことだけどさ……。

 

 

「でも、先生のことを意識してるのは間違いなくそうっす。入学した時から、スクールアイドルをやる前からずっと面倒を見てもらっていましたから。最初はストーカーみたいに付き纏ってきて、これが都会のナンパなのかと勘違いしちゃったっすけど」

「ストーカーって、全員同じこと思ってんだな……。ほっとけないから仕方なかったんだよ」

「その強引さのおかげできな子はスクールアイドルになれたので、むしろ感謝してるっす。やりたい気持ちを引き出してくれたり、全然そんなことないのに可愛いって言ってくれたり、自分に自信が持てるようになったのもその時からかもしれません」

 

 

 俺としては結果オーライであってもそれでOKだ。別に見返りを求めて手を差し伸べてるわけではないし、目の前で困ってる女の子を見逃せなかっただけだから。

 

 

「きな子はずっと思い描いていたっす。先生やかのん先輩の背中を追い続けてきた自分が、いつか隣に立てる日のことを。そして、今そのチャンスが巡って来た。先輩と『ラブライブ!』の決勝ステージで隣に立てるチャンスが。そして先生とは、この大会が終わった後に……っ!?」

「どうした?」

「うぅ、ゴメンなさいっす! この先はまだ……」

「いいよ。お前のタイミングで全然」

 

 

 自分の気持ちを伝えたいってことだろうが、やはりこの状況では言い出しづらかったか。

 それにしても、背中を追いかけられていたとは思わなかった。俺もそうだけどかのんも別に背中を見せているつもりは一切なく、何ならずっと隣にいたと思っているだろう。ただ感じ方は人それぞれ、きな子からしてみれば俺たちは目標らしい。後ろを振り返りはするけど後退せず、前の目標を目掛けて一歩一歩ながら前へ進むそのひたむきさが如実に表れてる目標だ。

 

 

「先輩や先生の隣に立つためにも、きな子にできることは何でもするっす!」

「かのんならまだしも、俺って背中を見せるようなことしたか?」

「見せてますよそれは! 前に立って手を引っ張ってくれるのが先生で、背中を押してくれるのが先輩たち、ってところっすかね。先輩たちも、他のスクールアイドルの方も同じことを思ってるんじゃないっすか、先生の立ち位置について」

 

 

 あまり考えたことなかったけど、似たようなことを虹ヶ先の連中も言ってた気がするな。先導するのが俺で、後押しするのが侑だって。

 

 

「先輩たちも、七草先輩もウィーンさんも先生の隣に立つまであと一歩。でもきな子たちはまだ先なので、今回の大会で優勝して、その道を一気に駆けてみせるっす」

「七草たちのことも気にしてんだな。アイツらの登場で焦ったりはしてなさそうだけど」

「気にしてると言いますか、あれだけ自分の行為をストレートに伝えられるのは凄いと思ってるだけです。むしろ尊敬してるので、焦るとかはないっすよ」

「お前、目標にしたり尊敬してる奴多すぎだろ。いいんだけどさ」

「だってきな子よりキラキラしてる人がたくさんいて、もう誰にでも憧れを抱いてるっす! これが都会の女性たちかと今でも感動することがあるんすから!」

 

 

 楽しそうだなコイツ。まあ入学当初は周りの変化に驚いて腰が引けてたから、こうやって環境に適応するようになって成長したと言うべきか。当時のコイツは指一本触れただけで爆発するかってくらいビビってたから、こうなってむしろ安心したよ。入学から世話してる身からするともう親目線になっちまうな……。

 

 

「とりあえず今から、かのん先輩と話してみるっす!」

「今からって、もう日も暮れてるのに……と思ったけど、時間もないから早くした方がいいか。伝えたいことは決まったか?」

「はい。とは言っても留学をどうこうはきな子が決められることではないので、悩みの負担を軽くすることしかできないかもですけど……」

「それでいいと思うぞ。周りに何も言えず塞ぎ込んでる奴も、心の中では誰かに打ち明けたい、分かってもらいたいって気持ちがあるはずだ。だからお前はさっき話してくれたことをそのまま伝えればいい。それに」

「それに?」

「アイツ後輩ができて超嬉しそうにしてたから、お前が隣にいてくれるのはいい清涼剤になると思うぞ。なんたって、アイツにとって最初の後輩なんだからな」

 

 

 きな子の成長を一番喜んでいるのはかのんだ。俺に何度も嬉しそうに話すものだから、かのんがコイツに抱く気持ちを理解しすぎるほどに刷り込まれてしまった。だからこそ、成長した姿を今こそ見せるとき。もちろん悩みの根本解決にはならないし、コイツもそれは分かっているだろうけど、重い気分を和らげるくらいはできるだろう。

 

 そして、その後は――――

 

 

「今から連絡してみるっす。そして、きな子が話した後は」

「俺に任せろ。大丈夫、本番、いや明日にでも復帰させてやるよ。いつものかのん(アイツ)にな」

 

 

 決勝戦目前で余計ことになってしまったが、生徒の悩みを解決するのも教師の務め。まあ教師生徒関係なく俺なら首を突っ込みそうなものだけど……。

 それに、今回はきな子もいる。まずコイツが攻めて、俺がトドメを刺す。

 

 面倒事は早期に片付けるのに限るからな、今回もとっとと終わらせるか。

 

 




 今回はLiella編2章の最後の課題ときな子の個人回を平行で進めていたので話が少しごちゃついていましたが、それなりに無難にまとめられたかと思っています。

 こうして1年生のキャラを描いていると、アニメでもっと掘り下げて欲しかった感はありますね。特にきな子は他の1年生とは違って序盤で先輩たちと6人でライブをしており、それ故に特別な後輩っぽくもあるので何かエピソードがあると良かったのですが……。まあこの小説でそれを補完するってことで(笑)


 次回はかのんの個人回となります。


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