壮行会によるスクールアイドルたちの登壇インタビューが間近に迫る中、俺は携帯を片手にLiellaの控室へ足早に向かっていた。
実は俺とLiellaメンバーが参加しているトークグループがあるのだが、そこに『浮気現場』の4文字がチャットされ、それと同時にさっき七草やウィーン、Sunny Passionの2人と一緒にいた現場を映した写真まで投稿された。
ただ一緒にいるだけであれば普通のことだが、狙ってたのか偶然だったのかは知らないが、間が悪いことに4人が赤面しているタイミングを撮られてしまった。そしてその写真を見たアイツらは、自分たちの顧問としてイベントに参加しているのに他の女子を侍らせていることが気になったのか、やたらと辛辣なメッセージばかり送り付けてきやがる。ここで俺が返信しても火に油を注ぐだけのような気もするので、だからわざわざこうして弁明のためにアイツらのところへ向かってるってわけだ。弁明も何も悪いことをしてるとは思ってないけど、インタビュー前に余計な雑念を残すわけにはいかねぇしな。
それにしても、こうして歩いているだけでも色んな人たちとすれ違う。他のスクールアイドルたちもそうだし、そのグループの顧問やら関係者やら、イベントスタッフやら。これだけの人たちが集まって、会場の大きさも相まってか、このイベントがどれだけビッグなのかがよく分かる。ここまで期待された『ラブライブ!』で優勝できれば、それはもうすげぇ功績になるだろうな。全国のスクールアイドルたちが夢を見るわけだ。
そんなこんなでLiellaの控室に到着する。流石にいきなりドアを開けて着替えドッキリに陥るような真似はしない。俺だって流石に学んでいる。と思ったが、イベントは学校の制服での参加なので着替えもねぇか。
しかし、念のため紳士のマナーとしてノックする。耳を澄ますが特に声が聞こえてはこなかった。
もしかしてもう登壇の準備のため出て行ったのだろうか。俺がこの部屋に来ることは言ってないがアイツらの出番はまだ先のはずだ。他のグループのインタビューを観に行った説もあるが、とりあえず入ってみることにする。
「あっ、あぁ……」
開けた瞬間に悟って賢者になる。
なんつうか、これだけありきたりな展開も珍しい。こうはならないだろうってさっきまで散々言っていたのにも関わらずこれだ。フラグ回収って言葉はあまりに狙っている用語過ぎて好きではないが、今の状況はその言い回しが最も適切だ。
肌色が多い。着替えシーン。
その瞬間、俺の顔面に丸めたタオルが投げつけられた。
~※~
とりあえず、みんなが着替え終わるまで待ってから控室に入った。
適当に椅子に腰を掛け、部長である千砂都に現状を問い詰める。
「で? なんで来た時は制服だったのに今また着替えてんだよお前ら」
「実はインタビュー前に予選で披露した衣装で撮影会を行うことになってまして……」
「その撮影が終わったからまた制服に着替えてたってことか。それ、俺に言ってたか?」
「あれ、言ってなかったっけ……?」
「聞いてねぇけど……」
たまにこういうことあるんだよなコイツ。でもこうなるのも俺が原因であり、顧問とは言えどもスクールアイドルの活動の管理は全部教え子たちに任せている。練習メニューの作成やライブの準備、企画やその他のイベントの参加可否の調整など、細かい管理までも一任するスタイルだ。他人に投げていると言われると否定しようもないけど、それらのマネジメントも含めてスクールアイドルって部活だからな。もちろん行き詰っている時や求められたら助言するが、あくまでみんなの自主性を重んじている。
だがそうなると、当然俺の知らぬところで話が進んでいることも多い。今回のように事前に通達されておらず当日になって俺だけ知らされるみたいな現象は今回だけではない。高校生だから社会人に求められるようなマネジメントを要求するのも理不尽ってことで、特に怒ったりはしないけどな。
そんな話をしている中、すみれが苦言を呈する。
「それにしてもアンタ、女の子の着替えを見ても全然動揺しないのね」
「見慣れてるからな、そういうの」
「えっ、私たちの着替えそんなに見たことあるの!? 慣れるくらいに!?」
「んなわけねぇだろ。俺が何回女子高でスクールアイドルの相手してると思ってんだよ」
「あ、そう……」
同年代のμ'sの着替えを見るくらいならまだ可愛気はあったが、大人になってからも同じ事象が続くのは自分でもどうかと思ってるよ。でも運命がイタズラするから仕方ねぇだろ。Aqoursや虹ヶ咲もそうだったし、もう女の子の下着姿で興奮しなくなって長い。流石に2人きりでベッド上などムードがある場合は話は別だが、ただ着脱衣の現場を目撃しただけでは男としての性が反応しなくなってしまった。不能扱いされそうなくらいには……。
そんな俺の余裕な態度を見てか、1年生たちは戸惑っている――――と思ったが、意外にも気にしていないようだった。コイツらも俺の身の回りの世界ってのに毒されてきたみたいだ。
「納得。先生は最初から私たちの相手に手慣れていた。馴れ馴れしかったとも言える」
「そうそう、ストーカーみたいに付き纏ってきてな。私たちの着替えを見ても何も思わないって、今までどれだけ女とヤってきたんだよ」
「逆にあまりに動揺しなかったので、最初先生は男性が趣味かと錯覚していましたの」
「先生が何も反応しないせいで、こっちも本当は恥ずかしいはずなのに何もなかったかのようにスルーしてしまうっす……」
まだ多感な時期の女子が男に着替えを観られても平気って、中々に倫理観が破綻してるよな……。着替えを見られるよりも手を繋いだりなどの身体接触の方が恥ずかしがったりするので、もはや一般人と羞恥のポイントがズレている。
そういった環境を作り上げてしまったのは俺だけど、もうあまりに衝撃的なことが起きない限り多少のハプニングでは動じないのだろう。それこそ以前の銭湯騒動みたいなアレだ。
「それで、先生はどうして控室にきたのデスか?」
「あぁ、忘れてた。どうもこうもこれだよこれ、お前が投稿したんだろ。なんだよ浮気って人聞きの悪い」
可可の意図せぬ白々しさに対し、俺は例のトーク画面を開いてそのスマホを彼女の眼前に押し付ける。
いつもであれば別の女性と話していても文句なんて言ってこない。さっきも言った通りたくさんの女の子を相手にしてきたことくらいコイツらは良く知ってるはずだし、今更浮気なんて言われるなんて思ってなかったからな。理不尽で文句を言ってやるってよりかは単に気になったから聞きに来た、という気持ちの方が大きい。
「それは先生がななみんやサニパ様たちに現を抜かして、可可たちの撮影を観に来なかったからデス」
「いやだからそれは知らなかったんだって。言ってくれれば行ったよ多分。それに、撮影されたものなんて後でいくらでも見れるだろ」
「写真じゃなくて生で観て欲しかったのデスよ!! 直接!!」
「そ、そっか……」
可可は押し付けられたスマホを取り上げ、逆に向こうからこちらに顔を近づけてきた。その言動からよほど俺に来て欲しかったのか。最近はコイツに限らず、みんなからも人それぞれ大なり小なりワガママを言われることが増えてきている。しれっと2人きりになるタイミングを窺っていたり、お出かけと称しているが中身は実質なデートに誘われることも多くなってきた。教師生徒としての関係性が強かった時期では考えられない積極性で、これも男女の関係が色濃くなってきた影響なのだろう。
こうなったのも七草やウィーンと言ったカンフル剤が投与され、やり方は強引だったけど後押しされたおかげか。やはり自分たちの関係を客観的に見てアドバイスしてくれる第三者がいると相互理解も進む。俺も2人きりになれる時間が増えたことで、ソイツの抱いている想いや夢を今一度よく知ることができたしな。有意義な時間が増えたことに対してはアイツらに感謝すべきかもしれない。
そんなことを考えていると、恋がポットからお茶を汲んでくれた。
礼の意を込めて軽く手を上げ、ついでに別件で疑問に思っていたことを聞いてみる。
「それにしても撮影ってお前らだけだったのか? ウィーンとかサニパとかは時間に余裕そうだったけど」
「どちらも撮影は昨日だったと聞いています」
「ふ~ん。それでもインタビュー前ってギリギリだな」
「イベントの時間が押していたみたいで、スタッフさん大変そうでした」
「盛況だなこのイベント、いつにも増して」
「はい、雰囲気からしてそれが窺えます。今年の『ラブライブ!』は去年以上の規模になりそうです。そんな大規模な大会で優勝できた暁には、私……」
「ん?」
「い、いえ、なんでも……」
確かにイベントが始まる前から今回の『ラブライブ!』の規模が凄まじいことは分かる。恋の反応からしても、この大会での優勝に自分の想いを賭けてもいいと思うくらいの規模だろう。
ぶっちゃけこっちはどんな告白だろうと抱き留める覚悟だし、優勝なんて後ろ盾は必要ない。だけど、みんなからしてみたらこの大会は自分の魅力を最大限に曝け出す大きなチャンス。優勝しなくても自分を魅せることはできるが、どうせ参加するならトップを目指したい。金メダルは自分を象徴する武器にもなるし、夢を預けるにはちょうどいい機会なのだろう。
今まではそういった夢を語るだけだったが、大会直前のイベントに参加したことでいよいよ夢が叶うかの瀬戸際に近づいていることを実感していると思う。それ故にコイツらの言葉にも現実味が帯び始めており、1人1人だけでなくLiellaのグループとしての士気も大きく上がっていた。
そういえば、ここには浮気を疑われたから来たんだったか。でもみんな平気そうだし、そんなことより未来の夢にしか目を向けてなさそうなのでもう有耶無耶になっていた。ま、それならそれでいいか。
――――と思った矢先、千砂都の手が肩に置かれた。
「そんなわけで、みんなやる気MAXってことですよ! だから撮影に来ず、他の子たちにふらふら靡いて談笑していた先生が浮気扱いされても仕方ないですって!」
「蒸し返すのかよその話。いい感じでスルーしてたじゃねぇか……」
「張り詰めた空気で肩肘張るので、そういったジョークも必要かなって♪」
二カっと笑う千砂都。コイツたまに雰囲気ぶち壊すことあるよな。部長としてみんなをリラックスさせようという魂胆か。その冗談のせいで俺に浮気野郎ってレッテルが貼られてるわけだが……。
「こんなところまで女に現を抜かすなんて、緊張感ないんですの先生」
「いや俺が出場するわけじゃねぇし。それにデレデレもしてねぇし」
「出場する私たちよりたるんでるんじゃねぇよ、顧問なのに」
「きな子たちも頑張ってるっすから、先生も頑張って欲しいっす!」
「先生は私たちの先生だから、そこのところ間違えないで」
「えぇ……」
1年生に糾弾される。
積極性は上がったが粘着具合も上がった気がする。嫉妬してるのかは微妙なところだが、少なくとも自分たちの側にいろと暗に言えるようなるくらいには精神力も鍛えられたのだろう。半年くらい前だったらこれくらいでも赤面してたくらいだしな。でも他の奴らとちょっと話しただけでこれだから、将来ヤンデレみたいな厄介タイプにならないことを祈るよ。
「1年生の皆さんもやる気十分ですね」
「そうみたいだな。お前らだってそうだろ」
「ずっと待ち焦がれていた舞台デスから当然デス」
「でもここはゴールじゃない。スタート地点になるのよ、私……いや、私たちのね」
私たちってのは自分たちLiellaではなく俺を含めてってことだろう。すみれのこちらを真っすぐ見つめるその瞳を観れば分かる。もう既に覚悟は極まっているみたいだな。
一部の奴を除いて。
ここまで1人だけ喋ってない奴がいた。登壇の時間が迫って再びみんなが忙しなく準備をし始める中、俺はソイツに話しかけられる。
「先生……」
「かのん。どうした?」
「い、いえ、あの……」
「お前、俺が来てから一言も喋ってなかったよな? なんかあったのか?」
「そ、その……りゅ、留学……」
「ゴメン。最後の方が聞こえづらかった。りゅ……なんて?」
「かのんちゃーんっ! そろそろ行くよー!」
「う、うんっ! ゴメンなさい先生! 行ってきます!」
「えっ……?」
結局聞き取れなかった部分の補完はされず、かのんは行ってしまった。
何やら考え事をしていた様子で、『ラブライブ!』優勝の覚悟に満ちているみんなとは雰囲気がまるで違う。大会に集中したいのに別のことが引っかかって気を乱されている様子。最近まではみんなと共にスクールアイドル一筋で打ち込んでいたのに、一体なにが……?
考え事をしていると、後ろから突っつかれる。
振り向くと、犯人はきな子だった。
「どうした? 行かなくていいのか?」
「かのん先輩のことっす。理由は分からないっすけど、元気なさそうじゃなかったですか……?」
「なにかあったんだろうな。もうすぐインタビューだから話す暇はなかったけど、後で聞いてみるよ」
「それが……きな子も気になって聞いてみたんすけど、『ラブライブ!』が迫って緊張してるだけってはぐらかされちゃって……。いや本当にそうだって可能性もありますけど……」
メンバーにも話してないのか。それとも後輩だから弱みを見せたくなかったとか。だとしたら好きな相手にはなおさら見せたくないだろうから、俺に話してくれるかも怪しくなってきたな。
決勝も目前。本当に緊張しているからあの様子なのか、それとも別の理由か。どちらにせよ、このまま問題が解決せず迷いが残ったまま決勝に挑んだらLiellaの優勝は間違いなくないだろう。
「あのっ!」
「ん?」
「かのん先輩のために何かしてあげたいっす。きな子がこんなことを言うのはおこがましいかもしれないっすけど……」
「別にいいんじゃねぇの」
「だから先生! 付き合ってください! 明日!」
「えっ……?」
かのんの問題を解決しようと思ったら、いきなりきな子に誘われて思わず驚いてしまった。
決勝に向けて、最後の関門に立ち向かう。
アニメでは留学問題は最後の最期でしたが、この小説では『ラブライブ!』前に持っていきました。という注意書きをしても、元々この小説の構成はアニメと全然違うので承知の上の人が多そうですが(笑)
ちなみに語られていないだけで、アニメ展開の話は小説各話の合間合間に展開しているって設定です。超今更ですが(笑)
Liella編の第二章の残りは以下の話で終わりの予定です。
是非最後までお付き合いください!
・きな子の個人回
・かのんの個人回
・最終回(1~3話)