『ラブライブ!』の予選開始まで残り1か月を切り、それに伴いスクールアイドル界隈も盛り上がりを見せていた。
ただ同時にスクールアイドルたちが1年で最もピリつくのも、予選の情報が発表されるこの季節。最近はグループの増加から予選で相当な数を振るい落とすため、発表されるお題に沿ったオリジナルのライブパフォーマンスが求められるようになった。過去に実績のあるスクールアイドルから曲やダンスの振り付けをパクった奴らがいたからそういう趣向になったらしいのだが、オリジナルってのはそれはそれでハードルが高い。だからこそスクールアイドルたちが最も緊張の高まる季節がお題が発表される今ってことだ。
そのようなこともあってか、この時期は仲の良いグループ間であっても行動ライブや練習など公的な接触は避けることが多くなり、動画配信などでも練習シーンを投稿することは少なくなる。。自分たちの手の内を晒してしまうことにもなるし、何より本番のライブで魅せる際に相手に与える意外性が減ってしまうからだ。一瞬の感動で観客を魅了するのがライブなので、自分たちのパフォーマンスをあらかじめ公開するのは自ら予選に落ちようとしていることに等しい。
スクールアイドルがいくらアマチュアと言っても、コンテンツとしてビッグになってしまったので規律の設定や競争心が煽られるのも仕方のないことだろう。
もちろん、我が校のスクールアイドルであるLiellaも緊張感が高まってきている。2年生は去年のリベンジで、1年生は初出場として、それぞれ異なる意気込みを持ちながらも一体感はこれまで以上に増していた。
ちなみにその熱狂はLiellaだけではなく学校全体にも及んでいる。去年ほぼ無名のこの学校の名を広めたのがかのんたち2年生組のため、その影響でスクールアイドルはこの学校にとっても象徴的な扱いとなっているからだ。だから今年はスクールアイドルにとって大切なこの時期に応援弾幕が作られたりと、1年生たちが入ったのも相まって去年よりも熱量は高い気がする。
学校中がそんな空気の中、俺はいつも通りスクールアイドル部の部室へと向かう。
そして中に入ると、案の定というべきかさっき言った通りの緊張感が走っていた。
「なんだよこの空気。今日はまだ課題発表の日じゃねぇだろ」
「あっ、先生。実はお客様が……」
かのんがおどおどしながら話しかけてくる。みんなも同じ雰囲気だ。
全員の視線が集まる先。真ん中の会議用テーブルの席に着座していたのは――――
「ウィーン・マルガレーテ……」
「ごきげんよう。神崎零先生」
一際目立つ存在がいたので誰かと思ったら、最近何かと界隈を騒がせているウィーン・マルガレーテだった。
コイツに会うのはこれで2度目であり、1度目はこの学校の文化祭に来た時。あの時は俺の顔を見ただけで照れてどこかへ行ってしまったが、今は割と平常心のようだ。
「どうしてここにいんだよ?」
「遊びに来ただけよ。『ラブライブ!』の準備も順調で、今日は特に予定もなかったしね」
クールな面持ちでこちらを見上げながら会話をするウィーン。
こうして見るとやっぱりエレガンスだなコイツ。スカートから露出させているきめ細やかな白い肌の脚。そして中学生にしてはそれなりにある胸。その細長い脚を組み、腕を組んで胸が押し上げられている様を見ると、本人のスタイルの良さも相まってここにいる女子の誰よりも大人に見える。この中で一番年下なのにも関わらずだ。それに顔つきも切れ目で鼻の形も良くて整っており、艶やかなピンクパープルの髪は思わず目移りしてしまうほど綺麗だ。流石はオーストラリアの血を引く美少女ってところか。
ただ、その華やかさのせいで隣にいるとこちらが緊張してしまう。なるほど、部室が緊張感に包まれていたのは予選の課題発表が迫っているからではなく、コイツの厳かなオーラのせいだったのか。
「遊びに来たって、なにすんだよ」
「別にこれと言って。せっかく来たのだから、練習でも見させてもらおうかしら」
その瞬間、みんなの目が丸くなる。
そりゃそうだ。冒頭で説明した通り、『ラブライブ!』の予選が迫っているこの状況ではなるべく自分たちの手の内は隠したいところ。だからここでライバルとなるLiellaの練習を見学したいだなんて、そんなことを言ったら――――
「まさか偵察!? 偵察デスか!?」
「えぇっ!? こんな堂々とっすか!?」
「これはスクープですの! あのウィーン・マルガレーテが他のグループの懐に……!!」
「そ、そんなことをしても私らから盗める技術なんて何もねぇぞ!!」
「メイ、それ自虐」
ほら、こうやって騒ぎ出す。
だがウィーンは全く動じず、腕と足を組んで目を閉じて完全に無視を決めている。こっちのホームなのにも関わらず既にコイツに主導権を握られているLiellaだが、精神的にもコイツの方が大人っぽいし仕方のない話か。
「別にパフォーマンスを参考にしたいとか、そういった意図は一切ないわ。自分のライブは私自身で1から10まで作り上げる。だから練習を見て何かしようとか思っていないから安心しなさい」
偵察と疑われても戸惑っている様子は一切ない。それどころか自分の意見を堂々と主張したので、その圧に押されてコイツらが逆に押される形となっている。何という強キャラ感。こりゃ口喧嘩したらコイツの圧勝だろうな……。
「で? どうするのよ千砂都。アンタが部長なんだからアンタが決めなさい」
「うん、いいと思うよ。下心がないのも分かってるし、せっかく遊びに来てくれたんだからスクールアイドルなりのおもてなしをしないとね」
「そうですね。むしろ練習を見てもらって、もしアドバイスなど頂けたらこちらにとってもプラスですし、お互いに良い刺激になると思います」
「それじゃあ見学させてもらおうかしら」
そんな感じで流れるようにウィーンのLiella練習見学が決まった。
それにしてもコイツ、ここに来た目的は特にないって言ってたけど本当にそうなのか? 何もないのにここに来る意味もないと思うんだけど、秋葉や七草の関係者だから裏で何か考えてるんじゃないかって少し疑ってしまう。まあコイツはソイツらの中でも唯一の穏便派だと思ってるから、変な心配は無用かもしれないけど……。
~※~
いつも通り練習場である屋上にやってきた俺たち。
Liellaの面々は今スクールアイドル界のトップを走るウィーン・マルガレーテに練習を見学されていることもあってから、いつもより更に気合が入っている。
そんな中、俺とウィーンはフェンスを背に腰かけてアイツらの練習を眺めていた。ウィーンはかのんたちのダンスの動きを1つ1つ目で追っており、やはり同じスクールアイドルとして思うところがあるのだろう。ただ口出ししたりすることは一切なく、本当にマジの見学なんだとコイツの態度を見て思った。ぶっちゃけ実力ではコイツの方がまだ一回りくらい上回っているだろう。それでもアイツらの練習を見て見下すような言葉も態度も取ることがないのは偉い。中学生ながら出来た奴だって思うよ。
あっ、そういやコイツに言っておきたいことがあるんだった。
「言い忘れてたけど、この前は助けに来てくれてありがとな」
「助けに……? あぁ、七海に監禁されたアレのこと」
「そう。あの時お前サッサと帰ったから言えなかったんだよな。連絡先も知らねぇし、秋葉を介して人づてで伝えるのもおかしいと思ったから、こうして直接言えて良かったよ」
「帰ってしまったのはまぁ……あなたに初めて会えて色々と感情が昂ってしまって、居ても立っても居られなくなったから……」
ウィーンは指で毛先を丸めながら俺から目を逸らす。やはりまだ俺と相対するのは恥ずかしさが残るのか、完全に平常心を保てるわけではないようだ。つまり部室にいた時は結構な虚勢を張っていたってことか。大人びているのは間違いないけど、そういう未熟なところはまだ中学生で子供だな。
「でもよく分かったな、何もない壁の中に隠し部屋があって、そこに俺たちがいるなんて」
「七海は昔から好きなのよ、あぁやって裏でコソコソ動くこと。そして自分の野望を果たすために、専用の秘密の部屋を用意するのもね」
「とんでもねぇ奴だな。それでも幼馴染なんだから、アイツの味方をするのかと思ってたよ」
「やり方が汚いのよ、あの子。どうせ今でもあの子たちに色々迷惑をかけているんじゃないの? そうやって煽って焦りを与えることで、1日でも早くあなたと結ばれるように仕向けている。もっと真っ向から恋愛のアドバイスをしてあげればいいものを、性格が悪いせいで誰かを玩具にして遊ばないと気が済まないのよ」
「よくご存じで……」
七草こそ平穏だった結ヶ丘に投下された起爆剤だ。Liellaの中にも学校の中にもああやったメスガキっぽい奴はこれまで存在しなかったので、アイツの本性の開花はいい意味では賑やかに、悪い意味では厄介者の登場として扱われている。さっきウィーンが言った通り、俺とかのんたちの関係を後押しはしてくれているものの、その手段が姑息なので素直に感謝できるかと言われたらそうではない。アイツが煽るおかげでかのんたちが俺と向き合い始めたのは事実だけどさ。
ちなみにあんなメスガキっぽい性格は俺たちにしか見せず、他の人たちには以前通りの優等生を演じている。その普段とのギャップのせいでこちらも対応を変える必要があるのが面倒なんだよな。
「それがあの子があなたと付き合うための条件だから、多少の無茶は仕方ないとも思ってるわ。なにせずっと待ち焦がれていた相手と遂に会えたのだから。ま、あなたがこの学校の教師になったのも、七海のクラスの担任になったのも全部仕組まれてのことだけれど」
「そりゃそうじゃないかって思ってたから、今更驚いたりしねぇよ……」
待ち焦がれていた相手が現れたで話が終わっていればいい話だったのに、何もかも仕組まれていたことを知らされると途端に気分が萎えるな。秋葉が絡んでいる時点で何となく分かってたから別に思うところはないけども。
ちなみに待ち焦がれていたってのは本当のことらしい。文化祭で聞いたことだが、七草もウィーンも過去を辿ると虹ヶ先の歩夢たちと同じ境遇で同じ経験をしていた。ただコイツらの場合は母親の胎内にいたってこともありまだ生まれてなかったが、その母親が俺に救われて、その後にこの世に生を授かった。
物心が付く幼い頃から秋葉による刷り込み教育が行われていたのは虹ヶ先の奴らと同じ。七草とウィーンが同年代のかのんたちよりクセや我が強いのは、虹ヶ先の人間という要素があるからかもしれない。
俺という存在を叩き込まれたことで、会ったこともないのに抱えきれなくなる愛を生み出された虹ヶ先やコイツらだが、秋葉のことだ、簡単に俺と付き合わせるなんてことはしない。付き合うためには課題を設け、虹ヶ先の場合はスクールアイドルとしてメディアに出るくらい有名になること、ウィーンは『ラブライブ!』の優勝、七草の場合はかのんたちと俺とくっ付けることである。アイツの横暴にも程があるが、自分を助けてくれた男の姉ということで幼い頃から刷り込み教育を行っているので、特に疑いもなく従ってしまうのだろう。独裁政治の教育か何かか……?
「そういった意味では私も七海には負けないくらいあなたを待っていた。だからこそ、今度の『ラブライブ!』で優勝して見せる。全てはあなたのため、その気持ちだけでスクールアイドルをやってきたのだから」
「そっか。応援してるよ」
「あっさりしてるのね、意外と。あなたはこの学校の所属であの子たちの顧問なのだから、私のことをライバル視していると思ったのだけれど」
「俺は女の子を贔屓しないさ。お前が俺と真剣に向かい合おうとしてくれてるのなら、俺はそれに応えるだけだ。そこに所属も顧問も関係ないよ」
「そう。聞かされていた通り懐が広いのね」
広いって言えるのかこれ? 自分で言うのもアレだが、色んな女の子に手を出しまくる節操なしにしか思えないけど……。
相手がどんな子にせよ、好きになったり個人的に関係を持つのは所属云々は関係ないだろう。そこに口出しするつもりはないし、他の誰にも口は出させない。コイツが『ラブライブ!』で優勝して俺と添い遂げたいっていうのであれば、それを跳ね除けることもない。
ウィーンとそんな話をしていると、向こうから可可が目を細めてこちらを睨んでいた。
タオルで汗を拭いながら、足音を大きく立ててこちらに歩み寄ってくる。
「あんだよ?」
「さっきから2人の世界に浸り過ぎじゃないデスか? 可可たちの練習見てマシタか……?」
「見てたって」
「えぇ。だったら私なりにあなたたちのダンスの改善点をまとめて、後で提出してもいいけど」
「うぐっ! そ、それは怖い気も……」
「私なりの改善点だから、特に気にする必要はないわ。あなたたちはあなたたちのやり方でライブをすればいい」
レスバは強いな相変わらず。
でも、俺と話に集中している中でもアイツらの練習はしっかり見学していたのか。ぶっちゃけ俺はコイツとの話に集中して練習風景はぼぉ~っと眺めてしかいなかった。その点コイツは抜かりがないっつうか、実際にスクールアイドルを極めているからこそ練習を少しみただけでも意見を出せるのだろう。
そんな会話を繰り広げている中で、みんなもこちらに集まってくる。
「私は聞きたいな、ウィーンさんの意見。今後の練習メニューを作る時に参考になりそうだし、ウィーンさんがどういった練習をしているのかも気になるしね」
「おい千砂都先輩! それでもしボロクソ言われたらどうすんだよ……!!」
「いいよいいよ。私たちには私たちなりの練習方法があって、他の人は他の人の練習方法がある。みんな違うのは分かり切ってるし、他の人から見て私のメニューに非効率な部分があるのも知ってる。だからこそ意見は肯定否定問わず聞いて参考にしたいんだよ」
「そう。だったら後で教えてあげるわ。連絡先を教えておいてくれるかしら」
「千砂都先輩、怖いもの知らずっすね……」
「あはは、まぁそれがちぃちゃんだから」
ウィーンは納得したような顔を見せる。恐らくだけど、部室にいた時はみんな緊張していたから、年下にそこまでビビるなんて人間としてもスクールアイドルとしても出来上がった奴らではないと思っていたのだろう。それは相手を見下しているわけではなく、ただ単に一般的な評価としてだ。
でもさっき千砂都が自分に対して後退せずに向かい合ってきたことで、もしかしたらLiellaを少し見直したのかもしれない。元々馬鹿にしていたとかそんなことはないと思うし、むしろ自分と張り合うライバルなんだからビビらずにもっと自信を持って欲しいと思っていたんじゃないかな。文化祭でここに来た時もLiellaのライブは誉めてたしな。
そうしてウィーンは立ち上がると、スカートで臀部を掃う。
「もう帰るのか?」
「えぇ。でも最後に1つだけ」
意志の強い目で目の前にいるLiellaの面々を見定めた。
「私は『ラブライブ!』で優勝する。幼い頃から、いや、生まれる前からの夢を叶えるために」
俺の顔をチラッと見た後、屋上から立ち去ろうとするウィーン。
コイツらにとって自分たちをここまでライバル視する奴が出てくるのもこれが初めてだ。Sunny Passionはどちらかと言うと先輩ポジションなので、こういった宣戦布告をされるのも初めての出来事かもしれない。
1人の相手、しかも年下の中学生を相手に真っ向から挑戦状を叩きつけられ臆するLiellaの面々。
だが、ここで圧倒されて黙っているだけでは気概で負けている。そう思ったのか、かのんが一歩前へ出る。
「私たちも負けない。今度こそ、この9人で優勝する」
みんなも頷く。どうやら意気込みはここにいる全員が最高潮に達しているようだ。
かのんの言葉を聞いてウィーンは足を止める。こちらから見えるのは後ろ姿だが、うっすらと見える横顔に一瞬口角が上がっているように見えた。
「楽しみにしてる」
そして、屋上から立ち去った。
ほんの一瞬だったけど、嬉しそうにしているアイツが垣間見れたような気がする。そういや笑ったところを見たことがなかったなとようやく気付いた。
なんにせよ、柄にもなくスクールアイドルの大会が楽しみになって来た。これまでは女の子の魅力を引き出す場としてしか見ていなかったけど、スクールアイドルに関わり始めてから数少ない大会の行方が気になるようになりやがった。
それから、みんなの目も更に光が増した。
ウィーンからの鼓舞激励が効いたのだろう。俺以外の他人に興味がなさそうにしているアイツだけど、ライバルにそんな言葉をかけるあたり意外と優しいのかもしれない。もしかしたら七草とは違う方法でコイツらの成長を促しているのかも。それはつまり俺とコイツらの関係を推し進めるためで、それは七草のためになるってことか? 幼馴染のことまで考えてるとしたらすげぇ聖人だけど、本人は絶対に口では否定するだろうな……。
そして、本日後半の練習では予想通りみんなのやる気向上による熱意が感じられた。
と思ったのだが、その練習終わりで携帯に例の件が届いており――――
「割とボロクソに言われてるわね、さっきの練習のこと……」
「でもほら、否定はされていませんし、とても的確なアドバイスだと思いますよ……?」
「恋先輩、なぜ疑問系」
「でも直球的過ぎて、心にグサッと突き刺さりますの……」
「褒めてくれたりもしてるから……。独特な表現でウッてなるけど……」
優しい一面はあれど、スクールアイドルには厳しいウィーン・マルガレーテだった。
アニメ2期を見て思ったことで、ウィーン・マルガレーテをしっかりライバルとして描いていれば展開も少しは良くなっていたのではと考えていました。
ただ彼女をあまりにも温和なキャラにするとそれはそれでキャラとして魅力がなくなってしまうので、今回の話のようなかのんたちに理解はあるけど譲れない夢があって、それで対等なライバルというのが良い関係ではないかと勝手に思っちゃいました。
あとクーデレキャラが好きなので、零君にもう少し甘えてるところが見たかったりします(笑)
余談ですが、最近は結構真面目なお話が続いています。Liella編の第二章も最終回に向けてそろそろ走り出さないといけない話数になってきたので、こういったストーリーを進める話がこれからも増えますがご了承ください!