ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

554 / 589
次なる一歩:逸る気持ちと昂る感情

 

 ただでさえクラスの担任と部活動の顧問を受け持っているってのに、生徒会の監督まで押し付けられてから早1年半以上が経過した。

 毎日担当クラスで帰りのホームルームをした後、生徒会に寄って役員たちの仕事ぶりを確認し、部活でLiellaの練習を見て、隙間時間で雑務をこなす毎日。ぶっちゃけ大変で面倒だと思うこともあるが、好きでやっている仕事なので苦ではない。女子高で教師をしてるのも、若い女の子の輝いている瞬間を見るのが俺の夢だしな。

 

 そんなわけで、今日も生徒会室に立ち寄ることにする。流石に1年以上同じルーティーンを繰り返しているからもう慣れた。

 そう、慣れたと言えば、俺と同じくずっと生徒会役員のアイツとの時間も――――

 

 

「よぉ」

「先生。お疲れ様です」

 

 

 部屋には恋が1人で作業をしているだけだった。今日は1人で書類整理をしているのか忙しいと思うのだが、律儀にも手を止めて顔をこちらに向けて挨拶をするあたり、流石はお嬢様としての礼儀を仕込まれている。朝の挨拶もわざわざ立ち止まってお辞儀するくらいだしな。これまでたくさんのお嬢様キャラを相手にしてきたが、ここまで綺麗な格式を感じられる存在はあまりいなかった。他はダイヤとか栞子とか、そのあたりくらいか。

 

 性格が固いとも言えるが、今はこれでもかなり柔らかくなった方だ。去年Liellaに加入する前なんて不機嫌か怒ってる顔しか向けてくれなかったからな。こうして挨拶を交わせるだけでもあの頃と比べたら奇跡に近い。

 

 

「他の奴らはどうした?」

「かのんさんときな子さんは部活に行っています。『ラブライブ!』で使用する衣装の作成が大詰めなので、そのお手伝いにと。本日の生徒会作業は私1人でも余裕をもって捌ける量のため、私から部の方へ先へ行くようにお願いしたのです」

「そういやそんなこと言ってたな。で、七草はどうした? アイツは何もねぇだろ」

「今日はお休みみたいです。やることがあるからと……」

「今度は何を企んでるんだか……」

 

 

 学校に隠し部屋を用意し、その中に性行為用の大きなベッドを用意。更には俺の意識を混濁させてそこに連れ込むくらいの奴だから、正直何を考えているのかさっぱり分かんねぇ。ただでさえ秋葉っつう警戒対象が常に俺の周りをウロチョロしてんのに、そこにもう1人増えるのは勘弁してくれ。そんな奴らの相手をするくらいならLiellaの面々と恋愛していた方が圧倒的に楽だ。正常な思考回路を持つ女の子の存在にありがたみを感じるなんて、俺の人生ってどれだけ変な奴らに囲まれてんだよ……。

 

 頭の中で愚痴を溢しつつ、テーブルから離れているソファに深く腰を掛けて持ってきたノートパソコンを開く。幸いなことにリモートで事務作業できる環境は整っているため、忙しない雰囲気の職員室から離れて仕事ができるわけだ。

 

 

「先生? 今日はもう私1人で作業できるので、お忙しい先生がわざわざ監督してくださらなくても……」

「お前だけなら静かだからな、俺もここで作業させてもらうよ。それに一応ここの顧問でもあるから、生徒1人にして放ってはおけねぇだろ」

「相変わらず律儀ですね」

「普段の俺を見てそう思えるのなら、認識を改めた方がいいぞ」

 

 

 軽く笑いながら俺に似合わない言葉を放つ恋。

 最近は良く聞く謎の賞賛の言葉。『律儀』『優しい』『面倒見がいい』『お人好し』など、背中が痒くなりそうな言葉をどの女の子の口からも放たれる。俺を辱めて殺すのが目的なのではと疑ってしまうくらいだ。まあ誉め言葉を素直に受け取れない自分の性格が捻くれているだけなのかもしれないけど……。

 

 

「律儀じゃないですか。1年半も、私が皆さんに冷たくしていた頃からずっと生徒会室に足を運んでくださっていたこと、忘れたとは言わせません」

「仕事だからな。そういうのは律儀とは言わねぇ」

「私が1人だった頃からずっと足蹴く通い続けて、そんな個人的な仕事がどこにあるのでしょうか?」

「なんなのお前、今日はやたらと吹っ掛けてくんじゃねぇか」

「ふふっ、すみません。こうして2人きりになることって最近だと珍しいと思いまして、つい喋り過ぎてしまいました」

 

 

 コイツがジョーク交じりで会話を繰り広げるなんて煽りか何かと疑ってしまったが、どうやら本人のテンションが高かったからのようだ。

 性格が丸くなった今でもみんなの前でこんな冗談を言う奴ではない。俺と2人きりの時だけ子供っぽくなるので相当信頼してくれているらしい。凍った視線で凝視されていた頃が懐かしいな。

 

 しばらくの間、お互いの作業に集中していた。書類を捲る音とキーボードの打鍵音だけが部屋に小さく響くだけで、俺の日常とは思えないほどの平穏で静かな時間が続く。

 ただ、恋は作業中もチラチラと俺の方を見てくる。気付いていないと思っているのか、気付いているの承知で見つめているのか。どちらにせよ気が散って仕方がない。

 

 

「何か用か?」

「えっ、あっ、い、いえ、特には……」

「つい好きな人を目で追ってしまうっていうアレか?」

「察しが良いというのも困りものですね……」

 

 

 こちとらもう何十人の女の子と恋愛して来てると思ってんだよ。熱い視線から凍てつく視線、尊敬の眼差しから軽蔑の眼差しまで、もう女の子がこの世で抱く全ての感情を目から発せられたことがある。

 それに頬を染めながらチラチラ見られていたら、いくら女心に疎くても自分に気があるんじゃないかって気づくだろ普通。

 

 

「七草に言われたことでも気にしてんのか?」

「っ!? 本当に、先生は何でもお見通しですね……」

「教師だからな。生徒の様子を察する能力はあって損じゃない」

「教師というはそうですけど、教師生活2年目で既に達観され過ぎでは……?」

「これまで色々あったからなぁ……」

「先生が遠い目に!? すみません! 余計なことを思い出させてしまって!!」

 

 

 思い返せば、明らかに高校生や大学生がやるような恋愛してねぇよな俺の恋沙汰って。ヤンデレの相手なり失っていた悲惨な記憶を蒸し返されたり、自分に恋している女の子ばかり集めた学校を勝手に作られたり、挙句の果てにキスをしなきゃ死ぬ病気だったりと、なんかもうまともに恋愛したことがないレベルだ。だからこそコイツらとの日常は割と平穏であり、七草やウィーンの登場があったとは言えどもまだこれまでの非日常と比べると安寧は保たれている方。今は、ていうかようやくまったりできてるよ。

 

 俺の事情はさておき、どうやら恋も初めての恋愛事情の渦巻きに巻き込まれて悩んでいる様子。かのんもこの前サニパに相談してたから、文化祭の後夜祭で見た余裕そうな態度は実は強がっていただけらしい。初めて男性を好きになったのに、いきなり横からライバル登場でどうしたらいいのか迷っているのだろう。何もかもが初めての経験なので仕方ないと思うが、ここまで戸惑いを与えられたんだから七草にとってはあの攻撃は効果抜群だったのだろう。

 

 

「先生の仰る通りです。先生とは今までの関係で良い。動くとしてもいつか動き出せばいいとは思っていましたが……」

「七草やウィーンが動き出すと聞いて焦ったか?」

「そう、ですね……。でもどうすればいいのか分からなくて……」

 

 

 そりゃ今の関係で楽しくやってたのに、いきなり別の女が割り込んできて、しかも先を越されそうになると知ったら焦る気持ちも分かる。そしてこのまま何もしないわけにはいかないと、(はや)る気持ちだって分かる。

 

 

「自分の好きなタイミングで動けばいいんじゃないか?」

「え……?」

「1つ言っておくと、アイツらは別にお前らから俺を奪おうとしているわけじゃない。アイツらも俺の性格っつうか、俺の取り巻く世界のことは良く知ってる。女の子1人を選んで、他の子を切り捨てるような世界じゃないってことだ。だからアイツらは抜け駆けしようとしてるんじゃなくて、ただお前らを煽ってるだけだと思うぞ。でなきゃ自分から正体を明かす必要もなかったしな」

「そうですね。七海さんとは交流が減るどころか、最近はやたらと話しかけてくるようになりました。遊ばれているだけのような気もしますが……」

「だろうな。アイツもお前らを俺と結びつけることが自分の恋愛を進めるための任務って言ってたし、からかいはするけど悪気はねぇんじゃねぇの。なんにせよ、お前らの後押しをしてくれることには変わりないんだから」

 

 

 恋のライバルとは言えども仲が険悪になったわけじゃない。むしろ七草自身の性格を表に出せるようになったおかげか、コイツらとの交流も増えている。人を小馬鹿にする性格なので会話の展開は向こうに引っ張られがちだが、それでも恋愛を応援していることは間違いないと思う。コイツらのケツを蹴る形で、結構荒っぽい方法だけど。

 

 

「それに、アイツらが急かしてきたからってお前らが急ぐ必要はない。お前らはお前らで、お前はお前でいつも通りでいてくれればいいよ」

「しかし、ずっと何もしないというのもそれはそれで焦りを感じてしまうと言いますか……」

「いつも通りでいいじゃねぇか。いつも通り練習して、『ラブライブ!』でいいステージを見せてくれればそれでな」

「『ラブライブ!』で……?」

「あぁ。俺がどうしてスクールアイドルに構ってやってるのか分かるか?」

「……?」

 

 

 恋は首を傾げる。俺自身のことは過去のこと以外はあまり話してこなかったから、そりゃ知らなくて当たり前か。

 

 

「俺は女の子が笑顔が好きだからな。ステージ上で自然と溢れ出る笑顔と、振りまかれる輝きを見るのが夢だ。短い青春時代に、たった1つの情熱をかけて自分の魅力を曝け出す場がスクールアイドルのステージだ。俺はそこに惹かれている。だから特別なことなんてしなくてもいい、ただ自分を徹底的に磨き上げてステージに立ってくれさえすればそれでな。もちろん特別なことをするなとは言わない。お前から動いてくれてもいいし、求めているのであれば俺が手を引っ張ってやる」

 

 

 女の子の表情で一番好きなのが笑顔なだけであって、それ以外の表情も魅力的に映る。悩んでいる姿も、悲しんでいる顔も、青春の刹那に輝く表情として俺は魅力的だと思っているからだ。だから無意識に声をかけて手を伸ばしてやっているのかもしれないな。その伸ばした手の数が多すぎるのが問題になってるだけで……。

 

 

「プレッシャーをかけるわけじゃないけど、『ラブライブ!』を優勝できるくらいお前の魅力が上がれば、自然とこの関係は前に進む気がするな。何より俺がやる気になるかもしれない」

「優勝ですか。これまた大きな目標を立てられてしましましたね」

「いや俺なんかよりもお前らにとっての方が大きな目標だろ」

「そうですね。前回は負けてしまいましたから……」

 

 

 1年生の集まりのグループで準優勝ってだけでも物凄い記録だと思うけどな。

 だけど、俺が教えてきたスクールアイドルのグループが大型の大会で負けるなんてことはこちらとしても初めての経験だった。そのためか何とも言えぬ渋い顔をしていたら、まさかのコイツらに謝られてしまった。顧問として指導してくれたのに、負けて申し訳ないと。

 

 自分が負けたような気がしたのは、これまで人生でも数少ないことだ。だからなのかもしれない、今度は優勝させてやりたいと思ったのは。俺は自分のためにしか行動しないし、女の子に手を差し伸べるのも全て自己満足のためだ。

 でも、あの時は久しぶりに誰かのために何かをしてやりたいと思った気がする。だからこそ戦力増強に向けきな子たち新入部員の勧誘にも力が入り、当の本人たちからはストーカーみたいって言われてしまった。

 

 

「つうわけだ、お前らの目標が『ラブライブ!』優勝なんだったら、その雄姿を見せつけることで俺たちの関係も更に一歩先へ進める。そして自分たちの目標も達成されて一石二鳥じゃねぇか。だからいつも通りでいいんだよ。それとも、何か特別なことをしたいのか? 俺と」

「先生と、特別なこと……」

 

 

 何やら考え事をし始めた恋。そして少し唸り続けると、頭から湯気が出そうなくらいに顔が茹で上がった。

 俺と特別なことって、デートとかでも想像したか? いやいくら羞恥心がクソ雑魚なコイツであっても、デートの妄想くらいで今更ここまで瀕死になることはないはずだ。

 ただ、若干だけど桃色のオーラを感じる。まさか変なこと考えてねぇよな……??

 

 

「おい」

「ひゃいっ!! ち、違うんです!! 先日七海さんからチャームポイントがどうとか言われまして、それで誘惑したらどうとか何とか……!! 変な妄想はしていませんから! 断じて!!」

「すげぇ喋るじゃねぇか……」

 

 

 それはもうアレな妄想をしていましたって言ってるようなものだぞ……。

 また七草に何かを吹き込まれたってことか。そういや俺が1年生を迎えに行ったあの日、2年生組で生徒会の倉庫の掃除をするって言ってたな。その時に俺がいないことをいいことに弄ばれたのかもしれない。しかも沸騰するくらいってことはR指定が付きそうな知識を埋め込まれたってことだ。余計なことしやがって……。

 

 

「そんなことはともかく、先生と何か特別なことをしたいという気持ちはあるにはあります……」

「何かしたいことでもあるのか?」

「今はこれと言って何か決まっているわけでは……。むしろ先生がご一緒してくださることですから、何をするのかは慎重に吟味する必要があると思いまして……」

「別に1人1回って決まってるわけでもねぇし、やりたいことを好きなタイミングでやればいいだろ」

 

 

 生徒と教師という地位の壁はどうしても払拭できないのか、それともコイツが真面目だからなのかは知らないが、欲望なんてもっと前面に出せばいいのにと思ってしまう。それこそ七草やウィーンが俺を手に入れると公言しているみたいにな。虹ヶ先の連中が好きを隠さな過ぎてスキンシップが激しい奴らだったから、ここまで遠慮されると逆にもっと突撃してこいって思ってしまう。ま、その謙虚さのおかげで平穏な日々が続いているんだろうけどさ。

 

 そもそもの話、コイツも然りLiellaの他の奴らがこうして俺と恋バナ系の話題を真正面から話せるだけでも大きな進歩だ。恋愛沙汰になると勝手に妄想を捗らせて勝手に自爆してたからなコイツら。だからこそ今この瞬間に、自分の恋愛話を想いの相手に対して直接するその度胸は凄まじく、もしかしたそこらの一般女性よりもメンタルが強くなっているかもしれない。まぁ1年半も一緒にいれば自ずと慣れるか。

 

 

「好きなタイミングって、そこまで甘えてしまって良いのでしょうか……?」

「いいよ別に。つうか何かを一緒にやりたい相手が隣にいるのに、ただ見てるだけってのはつまらねぇだろ。スクールアイドルは部活動だから何もしなくても自ずと一緒にいられるけど、それ以外でアクションするなら俺かお前、どっちかが動かないとな。俺はお前に発破をかけた。後はお前が俺と何をしたいのか決めるだけだ」

「そうですね。でも今は『ラブライブ!』に集中したいので、その後でも良いですか?」

「いいよ。いつでもいい」

 

 

 他の奴らと一緒であれば余裕で俺を誘えるが、2人きり、しかもプライベートとなるとまだハードルが高いみたいだ。その緊張も『ラブライブ!』を切り抜けることで同時に乗り越えられるといいな。

 

 それから少し時間が経ち、俺たちの作業がほぼ同時に終わった。

 

 

「終了予定時間より遅れてしましました。お話に付き合わせてしまって申し訳ございません」

「別にいいよ。2人きりの時しかできない話だったしな。有意義だっただろ?」

「はい。先生の面倒見の良さを改めて実感できて、非常に良い収穫でした。豊作です」

「んだよそれ。俺に似合わない誉め言葉を言うのはやめろって言ったろ。俺は好きでやってることだから、感謝されることなんてねぇっつの」

「そういう頑固なところも、少しカッコいいと思っちゃいました」

「言うようになったなお前も」

 

 

 やはりいつもよりテンションが高めの恋だった。しかもさっきよりも一回り。心のつっかえが取れて感情が昂っているのかもしれない。ま、俺に対して冗談を言えるようになった度胸だけは認めてやるよ。

 でも千砂都みたいにからかい上手キャラになるのだけはやめてくれ。特に褒め殺しなんて俺には似合わないからな。

 

 

「ほら、余計なこと言ってないで行くぞ。アイツら待たせてんだろ」

「はいっ」

 

 

 今日の恋の調子は高く、かのんたちからも不思議がられていた。

 心の曇りを1つ取り除くだけでここまで変われるんだ、『ラブライブ!』までにみんなと一度ずつは話しておいた方がいいかもしれないな。俺との関係をどうしていくのかを。

 




 なんだか物凄くゆったりした回だったなぁと自分ながらに思いました(笑)
 しかし、零君も自分への誉め言葉を素直に受け取らないあたり可愛いところがあると言いますか……。教師になる前は誉め言葉を受けてイキっていたので、成長したのか頑固になったのかどちらでしょうか(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。