ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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歩くだけでモテる男の文化祭前日

「本当にあなたには感謝してるわ。今年の文化祭は去年よりも大規模にしようと思っていたのだけれど、いくら学校がその気でも、生徒たちのやる気がなかったら盛り上がらないもの。その点、あなたという存在がいるだけでみんなが一致団結する。この学校が存続できているのもあなたのおかげよ」

 

 

 理事長室。理事長から感謝の言葉を投げかけられる。教師として学校の長に評価してもらえるのは本来なら嬉しいことなのだが、俺の場合は話が違う。むしろその言葉は俺をイラつかせるだけだ。なのでせめてもの抵抗としてソファに深く腰を掛け、両肘を背もたれに置き、足を組むといった、目上の人に対する態度とは思えない恰好をする。明らかに不機嫌な態度を取ってますよアピールをすることでその軽い口を塞ぐのが狙いだ。

 

 ただ――――

 

 

「恋ちゃんも笑顔を見せるようになったし、澁谷さんたちのスクールアイドルの活気が他の生徒たちも鼓舞してくれているし、学校全体が明るくなった気がするわ。それに普通科と音楽科のいがみ合いもなくなって、みんな伸び伸びと学校生活を送っている。それもこれもあなたのおかげね」

「おい」

「なに?」

「聞き飽きた。そうやって褒めれば普段の無理な押し付けが許されると思うなよ」

「あら、褒める教育はあなたに合わない? 最近は怒るよりも褒める方が主流と聞いたけれど」

「馬鹿、こちとらガキじゃねぇんだ。小細工せずにここに呼んだ理由を言えよ」

「段々と私の扱いが悪くなっていくわね。理事長に向かってその言葉に態度、あなた以外だったら即解雇レベルよ」

「アンタが上司らしいことをしてくれれば普通に慕ってるよ」

 

 

 俺がこういう態度を取るのも無理はない。理事長は俺に何かと仕事を押し付けてくる。赴任初日からクラスの担任、朝の挨拶運動、生徒会の顧問、そして今回の文化祭の見回り、その他雑務など、細かいモノまで挙げたしたらキリがない。

 しかもどういうわけか、俺がこの学校に呼ばれたのは秋葉によるものらしく、どうやら学校存続のピンチによって理事長から相談を受けた秋葉が、何でも解決するスーパーヒーローとして俺を寄越したとのこと。

 

 もはや何もかもがこっちに事前相談もなく強制的に決定するため、そりゃこの人の印象が悪くなるのも当然だろう。まあ恋の母親の友人としてこの学校のことを考えているのは分けるけどさ……。

 たださっきも言った通り、素直な感謝を伝えてくれるならまだしも、こうやって無理な押し付けの緩和剤みたいなニュアンスで褒めてくるのが余計に腹立たしい。だから敬意を払う必要もねぇな、秋葉と繋がっていることも加味して。

 

 

「でもあなたの手腕は素晴らしいわ。コミュニケーションが難しいとされる思春期の女の子を、誰1人として曇らせずに笑顔にさせられているなんて」

「手腕って、別に何もしてねぇよ。ただみんな平等に接しているだけだ」

「それが凄いことなのよ。普通の教師はそんなことできないわ」

「ガキの頃からやってたみたいだしな、そういうこと」

 

 

 幼少期の一部記憶がないから伝聞情報だけど、どうやら歩夢たち虹ヶ咲の奴らを文字通り命を懸けて助けたこともあるらしい。そのせいで虹ヶ咲チルドレンと呼ばれていたアイツらにベタ惚れされるようになったのだが、記憶がないながらもそういう意識は俺の中でずっと根付いているらしく、どうも女の子に対しては世話を焼いてしまう。お人好しなんて俺の性格に合わないのにな、なんてことをしてくれたんだ過去の俺。

 

 テーブルに置かれている、俺が飲んでいた紅茶の入ったティーカップが空になる。理事長は理事長席から立ち上がると、わざわざティーポットを持ってカップに紅茶を注いでくれた。

 ここまで俺に媚びるってことはまだコキ使いたいのかと疑いそうになるが、年上の綺麗な女性に奉仕させていると思えば支配欲が高まるので、今日は敢えてそのおだてに乗ってやろう。

 

 

「その実力と魅力があれば、ゆくゆくはこの学校があなたのモノになるかもね。女子高が手に入って、その生徒たちはみんな自分のことが好きとなったら、それほどいい話はないでしょう?」

「そういうおだてが浅はかなんだよ、アンタは」

 

 

 淹れられた紅茶を一気に胃に流し込む。

 そしてソファから立ち上がり、理事長室から退出することにした。

 

 

「学校なんて手に入れなくても、女の子を振り向かせることくらい自分でできるよ」

 

 

 下手な魂胆が見え隠れしている奴とは話にならないと考え、理事長室から退出した。そもそも女子高なら1個持ってるしな。

 そして俺がいなくなった後で、理事長はまた微笑む。

 

 

「本当に面白い子ね。文化祭、楽しみにしているわ」

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「あぁ~上手いこと乗せられてんのかなぁ俺」

 

 

 あのババア、こちらの神経を妙に逆立てする会話の運び方をするから、向こうのいいように事を進められているような気がしてならない。俺が目上に似つかわしくない口調で喋っても微笑むだけだし、それはそれで不気味だ。ああいった余裕を持つことが社会人になるってことなのかねぇ。

 

 それはさておき、校内は既に文化祭一色に染まっていた。文化祭が目前に迫っていることもあってか、最近は授業が午前中で終わり、午後が全て準備時間になっている。そのおかげで教師も午後は楽できるのだが、それはそれで手持ち無沙汰になって暇になる。一応準備中に危ないことをしてないかを確認するために見回りをしているのだが、逆を言えばそれだけ。ま、ウチの生徒に祭り事でハイになって度を越したことをするような制御不能の不良はいないし、特に心配はしてないけどさ。

 

 去年の文化祭は一学年しかいなかった影響かそれほど文化祭の規模は大きくなかったが、今年は新入生の大量入学によって生徒数も増加、学校が使える金も大幅に増えたことにより今年は他の学校に引けを取らないくらいの規模となる予定だ。それは生徒たちの活気の高さを見てもらえば一目瞭然。生徒が増えたことでクラスごとの出し物もバラエティに富んでおり充実している。

 

 そんな和気藹々とした空気の中、外に出て適当に出店ゾーンのあたりを歩いていると――――

 

 

「先生! 当日あそこで焼きそばの屋台やるんで、是非来てください! これ、割引券です! 先生にだけ特別ですよ♪」

 

「せ、先生、あ、あのぉ……私の主演する演劇が1日目の午後にあるので見に来てくれませんか……? こ、これ、特等席のチケットですっ」

 

「先生。クレープの味見をしていただけませんか? クラスみんなの愛情がたっぷり詰まったフルーツ盛り合わせクレープです、ふふっ」

 

「結ヶ丘の歴史年表を作っています。とは言っても新設されてからはまだ1年半程度ですが……。それで先生の功績をここにトップ記事として掲載する予定です。私たちの憧れの先生を、外部の人に知ってもらうチャンスですから」

 

 

 歩いてるだけでやたらめったら話しかけられる。それは別にいいんだけど、割引券をくれたりチケットをくれたり、屋台に出す飯をくれたりと、依怙贔屓と言わんばかりのプレゼントが多い。中には零先生専用(ハートマークいっぱい)と描かれた割引券まであり、もはや来場者向けというより俺向けの出し物になっている気がする。目的を見失ってねぇかアイツら……。

 

 

「これはこれは非常におモテになっていること、ですの」

「な、夏美……。見てたのかよ」

「えぇ。少し歩くたびに女性に話しかけられて、いい御身分ですの」

「知るか」

 

 

 別に悪いことをしてるわけじゃないのに夏美にジト目を向けられる。なに? もしかして怒ってる??

 ただそんな煽りをしてもワガママに言い返されるだけなので、面倒事になる前に話題転換。見てみるとお高そうなカメラをぶら下げていることに気が付いたので、そっちに話を振ってみる。

 

 

「お前そのカメラどうした? 苦学生のお前がそんな高級品買えねぇだろ」

「失礼な! と言いたいところですがその通りですの……。これは学校のモノで、私は文化祭の写真係なんですの。準備期間から皆さんが切磋琢磨しているところの写真を撮って、ゆくゆくはそれをホームページや広告に載せて宣伝したりしますの」

「なるほど、インフルエンサーっぽい仕事をしてるってわけね」

「はい。なのでさっきの先生の逢引現場もバッチリ抑えてありますの」

「いや全員あっちから来たのであって、俺からはしてねぇよ。そもそも逢引じゃねぇし」

 

 

 なんか少し怒ってる? それともネタになると思って写真を撮っただけか? なんにせよ俺が女の子たちと話しているだけで嫉妬を見せるような奴ではなかった気がするが、以前に侑と会ったときに何か言われてたっぽいのでその影響かもしれない。

 

 

「でも先生と一緒にいる人はみんないい笑顔を見せますの。これは先生と文化祭を回ればいい写真をたくさん撮れるってことで……」

「ことで?」

「うぐっ、だから一緒に回ってあげなくもないといいますか……」

 

 

 なぜそこでツンデレ……?

 どうやらいつもの如く素直にはなれないらしい。頬を染めてもじもじしている様子から俺と一緒に文化祭を回りたいと思っているのは確定だろうが、真っ向からそれを言い出せないジレンマを抱えているようだ。ある程度会話の流れの勢い(先日のすごろくとか)があればノリで言えるとは思うが、何の気なしに誘うのはまだハードルが高いのだろう。

 

 仕方がない。

 

 

「空いてる時間また連絡しておくから、そこでなら一緒に回ってやれるぞ」

「!? ほ、本当ですの!? 文化祭を、先生と一緒に……」

「そんな長時間は無理だけどな、他の人とも回るから」

「えっ。あぁ、なるほど。これからは早めに予約する必要がありますの……」

「予約って、ホテルじゃねぇんだから……」

 

 

 ただ予約したもの勝ちってのは実のところその通りだったりする。既に文化祭を一緒に回りたいと言ってきた奴は何人もいて、それだけ数がいるとどうしても先着順になってしまう。それは日常的にもそうであり、休日なども基本は何かしら予定が埋まっていることも多い。そのせいで妹が『家で一緒にいる時間が短い』とキレ暴れそうになったりもしているが、これで予約制と言った意味が分かってもらえるだろう。のんびり生きてるように見えて、意外と忙しいんだよ。

 

 

「逢引の現場、激写」

「だから逢引じゃねぇって! って、四季かよ」

 

 

 気配もなくぬるっと現れた白衣を纏った四季。立ったまま乗れる電動二輪車に加え、両目にはスコープを付けている。見るからに怪しさしかないが、こんな格好で一体何やってんだ……?

 

 

「それ、もしかして科学部の出し物ですの……?」

「うん。この電動二輪も動画撮影機能付き暗視スコープも私の発明品。文化祭では科学部の出し物として、これの体験コーナーを開く予定」

「他の奴らは古き良き出し物なのに、1人だけ最先端行きすぎだろ……」

 

 

 多様性を認めている学校とは言え、部員が1人しかいない部の出し物すら容認しているのはどうなんだ。あの適当な理事長のことだ、ちょっとやそっとのことだったら俺が手伝って解決してくれるとでも思っているのだろう。去年までは金がなくて貧困な文化祭しか開けなかったくせに、学校の名声が上がって金が舞い込んで来たらまさにこのザマ。部員1人の弱小部活にまで部費を与える始末。大丈夫かよここの経営……。

 

 

「というわけで先生、発明品披露会をやるから来て。これ以外にもたくさんあるから先生に実験台……助手として手伝って欲しい」

「誤魔化せてねぇからなさっきの」

「そのあとは一緒に文化祭を回りたい。それだけ」

「そうか。ていうかそっちが本命だろ」

「そ、それは……。じゃあ準備があるから、また」

 

 

 二輪でもの凄いスピードを出して逃げやがった。どいつもこいつも素直じゃないねぇ……。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 校内に戻って再び見回り。教室出し物組も準備は大詰めと言ったところ。大学祭はどこのサークルにも属していなかった関係上ずっと客側として参加していたので、こういった催し物に運営側で参加するのは高校時代以来だったりする。そういった意味では久々に青春時代の高揚を思い出すよ。そんなことを考えてる時点で歳を取ったと実感してしまうのが辛いけど……。

 

 見回りで廊下を歩いている中、やはりここでも外と同じように――――

 

 

「バルーンアートで等身大先生を作ってみました! お土産にどうぞ!」

 

「講堂でコーラス部とブラスバンド部の合同音楽会を開くんです! 見晴らしのいい2階席を予約しておきましたので、是非観に来てください!」

 

「漫画研究部で『異世界の女子高に転生!? 異種族の女子生徒たちとのハーレムの日々』という、先生をモチーフとした主人公の漫画を販売します! これサンプルです、どうぞ!」

 

「お化け屋敷の男女ペアチケット割券をどうぞ。あっ、でも先生の場合は女の子が多すぎてペアじゃ足りないですよね。だったらペアのところを消して……はい、『男女比1:n(nは任意の自然数)』券ですっ。これで何人連れ込んでも安心ですね」

 

 

 こうやって色んな女の子たちに声をかけられる。外の奴らと比べると二度聞きしてしまいそうな内容の奴らもいるが、一致しているのはみんな俺を見かけたら嬉しそうにして駆け寄ってきて、押し付けるものを押し付けて俺を見送ってくれることだ。傍から見たら普通の教師生徒の関係には見えないだろう。コイツら以外にも色んな子に話しかけられるから、フロア1階を回るだけでもかなり時間がかかる。中には『これ味見してくれ』だの『ステージで着るこの衣装どうですか』など、全力で当日のネタバレをされることもチラホラ。そのせいで別に文化祭実行委員じゃないのに出し物を大体把握してしまっていた。

 

 そんな中でようやく自分のクラスに到着する。教室を見て見ると、どうやらもう中を装飾するだけでほぼ作業完了のようだ。

 

 

「あっ、先生。もうこっちの作業は終わりそうですよ」

「かのんか。そうみたいだな」

 

 

 俺のクラスの出し物はコスプレ喫茶だ。メイド服だったり和服だったり着物だったり、あまり過激ではない衣装で接客をする。文化祭の出し物といえば鉄板だな。

 教室の見た目も喫茶店が実家のかのんのアイデアによりシックな感じで、あまり豪華な飾りつけにはしてない。女の子ばかりだからピンク色で装飾を固める意見もあったが、コスプレ女子がいる店でそんな色を前面に出したらエロい店と勘違いされかねないので却下になった経緯もある。いくら青春色で活気づいているとは言っても、貞操観念だけはしっかりしていて助かったよ。脳内ピンクの相手をするのは疲れるからな、誰とは言わないけど……。

 

 

「そういや人少なくねぇか? サボり?」

「そうなんですよね。どこかでお手伝いでもしてるのかなぁ」

「七草はどうした? 確か昨日もいなかった気がするけど」

「多分どこかの準備に呼ばれてるんですよ。七海ちゃん、普段から色んなところのサポートに行ってるので」

「どうだか」

 

 

 具体的な数を数えなくても少ないのが分かるってのは問題あるな。思い返せば他の教室も人数が少ないところがあったりした気がする。午後の授業を休みにして準備の時間にしているので学校的にはサボり厳禁なのだが、これは文化祭などの学校行事特有の『陰キャのふるい落とし』が発生しているのか。仲間の輪に入れない陰キャが準備期間すらハブられて、文化祭中はトイレの中で過ごすアレだ。

 

 ……いや、だったらこんなにも人はいなくなってねぇか。どこでサボってんだよったく。

 

 ただ明日に控えた文化祭に対してテンションが上がっているためか、この人数であっても教室内は高揚感に満ち溢れていた。そのせいか、俺を見つけたクラスの女の子たちが迫り寄って来る。

 

 

「先生どこ行ってたんですか?? 衣装の最終着付けをするので見て欲しくて、ずっと探してたんですよ!」

「規定ギリギリまで生地を削った違法スレスレメイド衣装とかもありますよ! 見たいですよね? ね?」

「今からでもアドバイスもらおうよ! 先生に可愛いって言ってもらったらそれはもう本物だもん!」

「じゃあ先生と一緒にみんなで着付けしよう!」

「お、おい!」

 

「先生、相変わらず人気者だなぁ。文化祭、一緒に回れるかどうか……う~ん……」

 

 

 みんなに纏わりつかれ、背中を押されて更衣室に連行されそうになる。ナチュラルに男を女子更衣室に誘うあたり倫理観もあったものじゃないが、これって俺の教育不足なのか……? 道徳の授業くらい中学までに終わらせておけよ……。

 

 

「かのん! ちょっとこれ見てくだサイ!」

「可可ちゃん?」

「どうやらウィーン・マルガレーテが『ラブライブ!』に出るために日本にいるらしい――――って、教室全然人がいなくないデスか?」

「あぁ、先生を連行して着付けに行っちゃって……」

「えぇっ!? 何をここでグズグズしているのデス! 可可たちのコスプレも先生に見てもらいまショウ!」

「えっ、ちょっ、私も!? あぁ~もう分かったから引っ張らないで!」

 

 

 女の子たちが各々の想いを抱きながら、遂に文化祭が始まる。

 




 次々と文化祭デートの約束を取り付けて大丈夫かと疑問に思われるかもしれませんが、彼は幾度となくデートブッキングを体験してきているので、そこら辺の計画を立てるのはもう慣れていることでしょう(笑)

 というわけで次回からは、様々な恋色が混じり合う文化祭編の開始です。

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