「はぁ? 今なんて?」
「動画撮影を手伝って欲しいんですの」
何気ない普通の放課後。今日は部の練習が休みなのでとっとと仕事を終えて帰ろうとしていた矢先、夏美が騒がしく職員室に押しかけて来た。
話を聞くと、どうやら動画撮影をしたいから手伝って欲しいとのことなのだが――――
「どうして俺がそんなことやらなきゃいけねぇんだよ。自分の動画なら自分で撮影しろ」
「ちょっ、ちょいちょいちょい! なに可愛い生徒の頼みを断って帰ろうとしているんですの!?」
「そりゃ平穏な時間を奪われそうになったら誰でも抵抗するだろ。部活が休みなんて最近じゃ珍しいし、早く帰れるときは帰りたいんだよ」
「なら残業ですの。この動画撮影も部活の一環で、顧問として手伝う義務がありますの」
「義務の主張は頼む側が言うことじゃねぇよ。それじゃ」
「ちょいちょいちょい!」
腕にしがみついてきやがった。どれだけ俺をこき使いたいんだよ……。
このままだと他の先生や生徒たちから変な目で見られそうなので、仕方なく話を聞いてやることにする。まあ俺が女の子に人気があるってのはこの学校の人間であれば周知の事実なので、今更女の子に言い寄られている光景に驚く奴はいないだろう。それはそれでこの学校の常識が疑われるけど……。
「今日は天才エルチューバ―である私と、駆け出し配信者であるすみれ先輩の夢のコラボなんですの! つまり誰かが動画撮影に協力してくれると助かるかなぁ~っと。そ、それで部活がなくて暇そうな先生にお願いして……」
「部活休みだったら他の奴らもそうじゃねぇか」
「言い訳無用ですの! 部室にすみれ先輩を待たせていますから、早く行きますの!」
「へいへい」
ったく、俺に来て欲しいなら素直にそう言えばいいのに。こうして生徒に誘われることは珍しくなく、思春期真っ盛りの女の子ばかりなので、中には今のコイツのように恥ずかしさで素直に『勉強教えて』とか『部活の作業を手伝って』とか言えない奴もいる。つまり今までそんな奴らをたくさん見てるから、本当は俺を誘いたいのにまごまごする奴や、コイツみたいに強引になる奴は様子を見れば本心がすぐ分かるんだ。
仕方がないので付き合ってやることにする。そう言ったら夏美はにっこにこになった。いいことを考えてる時も悪いことを考えてる時も、すぐ顔に出るから分かりやすいんだよなコイツ。
そんなこんなで部活動がないのに部室にやって来てしまった。
夏美の言った通り既にすみれが来ていた。なんかちょっと怒ってるみたいだけど……。
「遅いわよ」
「いやぁ~先生が駄々こねるから」
「こねてたのはおめぇだろ……」
こうやって、生徒たちとは軽口を叩き合えるくらいには一応仲が良い。コイツらにとって俺とは教師生徒の関係とは言えども、ぱっと見だと大学生どころか高校生にも見える若さの男なので、下手な社会的遠慮はいらないのだろう。かく言う俺も変に畏まられるよりかは砕けた態度の方が接しやすい。すみれみたいに別に敬語を使われなくても何とも思わないしな。
「てか、どうしてすみれと動画を撮るんだよ? 他の奴らはどうした?」
「さっき言いましたの。コラボをするって」
「私も最近始めたのよ、エルチューブ配信」
「えっ、マジで?」
「別におかしなことじゃないでしょ。自分で自分をプロデュースする。Liellaだって何年もずっとやっていられるわけじゃないし、芸能界に入るっていう私の夢もあるんだから」
高校生でここまでの行動力、素直に感服するしかない。今の時代、普通に動画配信や投稿をしているだけでは伸びるものも伸びない。スクールアイドルで知名度が上がって来たからこそのクリエイター活動ってことか。夏美の動画も当初は弱小投稿者並みの再生数だったが、スクールアイドルとして名が知られてきた今はまあまあの収益が期待できるくらいには伸びている。
いつもは貧乏くじを引かされたり、イジられキャラとして定着しているこの2人。でも夢に向かうための行動力は他の奴ら以上かもしれない。いい一途さだな。
さっさと帰りたかったけど気分が変わった。しゃーねぇから手伝ってやるか。
「コラボとは言ってもまだ何のネタをやるかは決まってませんの。ここに私のネタ帳があるので、先輩が選ぶんですの」
「そんなの書いてるの……? なになに、『カラオケで100点を取るまで帰れません』『スクールアイドルが回転寿司で何皿食べられるか挑戦してみた』『プールの上で1日過ごしてみた』……。ねぇ、これ面白い?」
「それっ!! その反応はNGですの! 自分が面白くなさそうにしていると、見ている人たちを楽しませることなんて到底できませんの! まずは自分が全力で取り組んで、そして楽しむ! それこそエルチューバーですの!」
「な、なるほど……」
いいこと言うじゃん。ただ企画内容が一世代前のネタで古臭さしか感じない。まあスクールアイドルって肩書だけで見てくれる人は多いだろうから、自分たちが10代の女子ってところを前面に押し出せば意外と視聴者は釣れるかもな。そういった意味でもやっぱり若い女の子ってのは生きてるだけでも存在価値が輝いてるから色々特だねぇ……。
「あっ、これっ! これなんかエルチューブの企画っぽいし、視聴者にいい反応を見せられるからいいんじゃない?」
「『たこ焼きロシアンルーレット』って、たこ焼きを順番に食って激辛味を引いた奴が負けってことか?」
「すみれ先輩お目が高いですの! これは1人ではできない企画だったのでボツにしていたのですが、3人いればネタとして成り立ちますの!」
「えっ、3人? 他に誰か呼んでるのか?」
「いえ、ここにいる3人だけですの」
「はぁ!? 俺も勘定に入ってんのかよ!?」
「最初から手伝ってくれって言ってましたの」
「そういう意味には聞こえなかったんだけど……」
最初から騙すつもりだったのかそうでないのか。もうこの際どっちでもいいけど、言葉足らずでメンバー内で変な軋轢だけは生まないようにして欲しいものだ。顧問としてもできる限り面倒事は避けたいんでね。だからお人好しって呼ばれるくらい女の子に寄り添っちゃうんだろうな。
「つうか俺が動画に出ていいのかよ。男のファンに炎上させられるぞ……」
「それ以上に女性人気が凄まじいから大丈夫ですの。この前練習風景の動画を投稿したら、たまたま先生が一瞬だけ動画に映り込んでしまって、それを見た女性ファンたちのテンションが爆上がりしてましたの」
「コメント欄も盛り上がっていたわよね。『このイケメン誰ですか!?』とか『めっちゃカッコいい人いるんだけど!?』とか『女子高なのにイケてる男がいる!?』とか。そして勘違いされないように投稿者コメントでアンタのことを顧問だってを書いたら、『こんな美男子が顧問なんていいなぁ~』とか『もう1時間もこの人の映ってる部分ループしてた』とか『結ヶ丘受験し直します』とか、女性の黄色い声が飛び交っていたわよ」
いや注目されるのは百歩譲っていいにしても、俺の正体をバラした後のコメント内容がエグ過ぎるだろ。一瞬しか映ってない俺の場面をループしてたのも狂気だし、受験し直すに至っては『これから受験する』ならまだしも、『し直す』って言ってるから現在絶賛高校生ってことだよな? 来年変な女の子ばかり入学してきそうで怖いんだけど……。
「とりあえず、今から千砂都先輩に連絡して激辛タバスコ入りたこ焼きを作ってもらいますの! 取りに行きながら作ってもらうので、少し待っていて欲しいですの。それでは!」
「お、おい!」
夏美は足早に部室を出て行ってしまった。今から千砂都に仕込みをしてもらって、それを取って来るってホントに行動力とその早さは目を見張るものがあるな。
それにしても、夏美の奴やたらと楽しそうなのは俺の気のせいか? いつも明るい奴だけど、俺と一緒に動画を撮ると言った時から一回りテンションが上がっているような気がする。
「今日はあの子の好きにさせてあげて。舞い上がってるのよ、先生と一緒にいられてね」
「俺と? 練習の時とかいつも一緒にいるじゃねぇか」
「あれだけの女の子と付き合っておいてニブちんね。あの子にとってアンタはそれくらい意識しちゃう男だってことよ」
「分かってるよ、んなことくらい」
「でしょうね。ま、私も似たようなもんだけど……」
「なんだって?」
「なんでもない!」
~※~
「い、意外と大量にあるのね……」
「千砂都先輩が張り切って作ってくれましたの! でも超絶辛いタバスコを仕込んでいる時の顔は見せられなほどに悪い顔で……」
夏美がソフトクリーム状に積み上げられたたこ焼きを部室に持ってきた。
3人で食うにはかなり苦しい量だけど、そうなると激辛たこ焼きに辿り着く前にみんな腹いっぱいでグロッキーになってしまう可能性があるな……。
「それでは早速スマホをセットして、冒頭の挨拶を撮りますの。準備はいいですか、すみれ先輩」
「OKよ!」
スマホを三脚に乗せて本格的に動画撮影が始まるみたいだ。俺も出演者なんだったら参加した方がいいのか? いや男が出るよりも女子高生が挨拶した方が華になるだろうし、そもそもメディア慣れしていないせいで挨拶も何もどうしたいいのか分からない。自分で発見する己の意外な弱点。これまでμ'sやAqours、虹ヶ咲の奴らと一心同体だったから勘違いしてたけど、そういや自分を誰かに見てもらうって行為をあまりしたことなかったな。
「日々のあれこれエトセトラー! あなたの心のオニサプリ! オニナッツこと鬼塚夏美ですのー!」
「皆さんギャラクシー! 平安名すみれよ!」
お互いに肩が触れ合うくらいに密着しながら明るい表情でピースサインを決める。
こうして見るとこの2人って姉妹みたいだな。2人共金髪で、背丈もモデル並みのすみれと小柄な夏美で姉妹の成長の差っぽいものを実感できる。性格も自分を魅せることに一途なところも似ているし、スタイルの良さも同じくらいだ。なによりどちらもスクールアイドルをやれる人材ってことで顔は良く、姉妹ですと言っても違和感がない。ただすみれには妹がいた気がする。夏美は……そういや聞いたことなかったか。
それにしても、普段は何気なくコイツらと日常を共にしてるけど、やっぱり女の子ってのは好きなことをやって自然体で輝いている様子が一番魅力的だ。だからこそ青春時代に情熱をかけるスクールアイドルをやってる奴らに関わっているのかもしれない。学生時代にしかできない活動だからこそ女の子たちは本気になるため、その輝きを見るのが好きだったりする。故にいつもいつもスクールアイドルをやっている、またはやりそうな女の子に手を差し伸べちゃったりするんだよな。これがお人好しって言われる所以か。
「今日はコラボ企画! 同じグループの先輩であるすみれ先輩と一緒に、この激辛タバスコ入りのロシアンたこ焼きを食べていきますの! そしてそして! 今日は更に特別ゲスト! 以前の動画のコメントで皆さんが騒いでいた、私たちの部活のイケメン顧問も参戦ですの!」
いきなりカメラを向けられたので、とりあえず挨拶だけはしておく。緊張はしないけど慣れていないので、カメラ前でもキャラを保てるコイツらが凄く見えるよ。
「というわけで、この中で激辛たこ焼きを食べてしまうツイてない不幸中の不幸のどん底に陥る人は、果たして誰なのか! 早速食べていきますの!」
「食べた奴のこと超貶めるじゃねぇか……」
「それで? 最初は誰が食べますの?」
「これだけの量があるからサクサク食べていかないとね。せっかく仕切ってるんだし、夏美から行きなさいよ」
「じゃあ私から。もし辛くても、持ち前の精神力で耐え良きってみせますの。ただこれだけ量があって最初から辛いことなんて起きないから大丈夫ですのー」
余裕の表情の夏美。そんなことを言っていたら本当に最初からアタリを引くハメになるぞ。でも流石にいくら貧乏くじを引かされるのが天命にさせられているコイツとは言え、これだけ大量にあるたこ焼きの中からアタリを引くなんて――――って、俺自身がフラグを立てるのをやめた方がいいか。でももし引いたら企画倒れとか言うレベルじゃねぇぞこれ……。
夏美は山となったたこ焼き軍団から1つを爪楊枝で突き刺して、それを口に運ぶ。
そしてそんな夏美の様子を見ずにすみれは次は自分と言わんばかりに前に出て、爪楊枝を持った。どうやら最初から辛いのが出るわけがないと思っており、自分もとっとと食べて順番を回すために動いたのだろう。
だが、夏美の様子が変わった。顔が赤くなっているように見える。しかもいつも見る羞恥心と恋心から来たものではなく、とんでもなく汗をかいている。
まさかとは思ったが、コイツもしかして――――
「引いたのか? 激辛たこ焼きを、この中から……?」
「ホントに!? 確かに急に静かになったわね。どうなのよ……?」
「な、なんともないですの……。さぁすみれ先輩、次ですの……ぐふっ!!」
「
「か、がら゛ぁ゛あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああい!! ん~~っ!! ん~~っ!!」
マジで引きやがったよコイツ。部室をのたうち回る。ストローの袋をくしゃくしゃにして、水をかけた時みたいになっている。これを作った千砂都もまさか1発目でお手製の激辛を引き当てられるとは思ってもなかっただろう。俺たちも、夏美だってそうだ。
夏美の顔は急速に真っ赤になり、汗も半端なく今にも口から炎を吐きそうになっている。企画としてのリアクションなら100%で動画映えするが、意外にもダメージを受けているのでほんの少し心配になってくる。笑いの取れ高ももちろんあるが、それ以上に初手で引き当てたと言う衝撃の方が大きかった。
「水!! 水をください、ですの!!」
「あっ、そういえば買ってなかった。アンタがたこ焼きを取りに行く間に買っておけばよかったわね」
「ちょっと買いに行ってきますの! げほっ! だ、だから動画は一旦一時停止で……ぐふっ!!」
完全に食い切れていないのか、まだ咽ている夏美。
そして部室を飛び出し、校則違反余裕の大きな音を立てて廊下を走っていく音が聞こえた。
「持ってるわねあの子。企画倒れでもあるし、ある意味で大成功でもあるわこの動画」
「今まではこういう役目はお前だったもんな」
「ちょっとやめてよネタ担当みたいに言うの! ま、まぁ、あの子がそれを受け持ってくれるのであればそれでもいいけどね~。ほら、今みたいに目立てるオイシイ役だし!」
「だったら嬉しそうな顔すんなよ……」
いるんだよな、スクールアイドルをやってるグループに1人は運の悪い奴。ただ天は同じグループに2人同じ運命の奴を選ばないためか、今はすみれから夏美に悪運が移ったようだ。それを目の前で実感できたのかすみれは満足顔。悪い奴だな、面白いけど。
「それにしても、こうなることが予測できるのによく身体を張れるな。スクールアイドルなんだからもっとそっち方面で魅せる手もあるだろうに」
「あの子言ってたでしょ。どんなことにも全力で取り組むって。もちろんスクールアイドルでも魅せるけど、こういった企画ネタが大衆に受けるのも事実。だったらどっちもやるのよ、あの子はね」
「どれだけ自分が不幸な出来事に巻き込まれようと、どれだけ自分を観てくれる人が少なくても、それでも前を見続けていつか夢に届くと走り続けられる。そんなアイツがすげぇって思うよ。そういうところが魅力的だし、見守り続けたくなっちゃうな。いくら転んでも立ち上がって、常に自分の輝きを見せてる子、俺結構好きなんだよ」
「ふ~ん……」
「その点ではお前も似た者同士だから一緒だな」
「な゛っ!? そ、それは好きってこと……? こ、答えなくてもいいわ。なるほど、あの手のこの手で女の子を篭絡しているってわけね……」
顔を赤くして照れたかと思えば、急に呆れ顔になったりとどんな感情がひしめき合ってんだよ……。
「でも褒めるのはそれくらいにしておきなさい。聞かれてるわよ――――あの子に」
「えっ……? あっ……」
「うぅ……」
ペットボトルを手にした夏美が既に部室の前にいた。やけに帰って来るのが早いと思ったが、そういや自販機が部室の近くに設置されたんだったか。
夏美は部室のドアを握りしめながらも、中に入るのを躊躇っていた。水を飲んだおかげで辛さは引いていると思うので、今の顔の赤さは辛さではなく恥じらいから来るものか。いつもの明るい雰囲気とは真逆で、しおらしくて大人しくなっている。まさに『純愛』って言葉を体現したら今のコイツがいい例だろう。
特に反応がないのでこっちから声をかけようと思ったが、すぐその場を立ち去ってしまった。
「若いわねぇあの子も」
「お前も去年似たようなもんだったけどな。あ、今もか」
「う、うっさい!!」
すみれは頬を染めながらそっぽを向く。夏美と反応が違うだけで、恋愛には弱いっていう根底は結局同じだな……。
その頃廊下に飛び出した夏美は、この春の出来事を思い返していた。
『いや俺と動画を撮ってバズるよりも、自分をアピールした方がいいんじゃねぇの? そう、可愛さアピールをさ』
『俺は別にアイツらみたいに動画収益を横領するかもって疑ったりもしえねぇし、逆にお前を擁護したりもしねぇよ。ただ1つ、私利私欲のために動いて他の人の夢を邪魔することだけはやめておけ』
『なんとなく感じたんだ。そうやって動画で自分を魅せるのは、金目的以外にも何かあるんじゃないかって』
『お前も感化されただろ。きな子たち、そう、お前の同級生たちは本気なんだ。もしかしたらお前の夢、アイツらと一緒なら叶えられるかもな』
『いいよ、俺がファン一号になってやるから。だから泣くな』
「先生。いつも私に寄り添ってくれましたの……。厳しくも優しく、そして今日もなんだかんだ文句を言いながらも付き合ってくれて……。迷惑かもと思っていましたけど、まさか私のことをあそこまで褒めて……」
顔も心も沸騰しきった夏美が部室に戻って来たのは、結構時間が経った後だった。
「さぁ、動画撮影を再開しますの!!」
「急に元気になったわね……」
戻ってきた夏美のやる気は今日イチ、いや今までよりも一番だった。
今回は夏美メインの回でした!
アニメでは負の部分が目立って視聴者にあまりいい印象を持たれなかった彼女ですが、小説としては使いやすいネタキャラとして重宝しています(笑)
それでもアニメで少し語られた夢に関しては理解できなくもなく一途な子だと思ったので、公式からももっとそういう可愛い一面を押し出して欲しいです!