ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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黒緑色の結末

 保健室のドアが壊れるかの勢いで開かれる。

 目を向けてみると、元々俺の看病をしていた歩夢を除く侑と同好会のみんながぞろぞろと中へ入って来た。

 

 

「お兄さんが倒れたってホント!?」

「あっ、侑ちゃん……。うん、私が看病している間に熱が上がったみたいで……」

「ちょっとフラついただけで大袈裟だ……」

「ダメですよ無理をしたら! 寝る前よりも熱が上がって、立ち上がろうとしたらよろけてベッドに転んじゃったじゃないですか!」

 

 

 事は歩夢とキスをして眠り、そして起きた直後の話だ。寝る前よりも楽になったかと思って身体を起こしたら、急激な立ち眩みにより再びベッドにダウンしてしまった。しかも歩夢に熱を測ってもらったら寝る前よりも上がっており、世間一般で言われる高熱となっている。

 

 確かにさっきよりも身体も重く、そして熱い。今にも身体が爆発しそうなくらいで、こうして心の中で状況説明ができているだけでも奇跡だ。ちょっとでも油断したら意識が飛びそうで、またぶっ倒れそうなくらいだからな……。

 

 汗も凄いし息も絶え絶え。傍から見ても今にも意識を失いそうな体調の悪さに、同好会の奴らもみんな心配そうな表情を浮かべていた。

 

 

「かすみんのコッペパンで治りませんか!? それかかすみんの可愛さで熱なんて吹き飛ばしちゃいます……!!」

「かすみさん言ってることが支離滅裂! こういう時はとりあえず睡眠だよ! えぇっと、睡眠導入に効果的な童話は……。いや、ここは女優として今から最高のシナリオを私が……!!」

「しずくさんも慌て過ぎです!! 高熱にはネギを臀部に刺せばいいと古来からの言い伝えですが……。とりあえずスーパーへ行ってきます!!」

「みんな取り乱し過ぎ。私みたいに冷静でいるべき。璃奈ちゃんボード『あわあわ』」

 

 

 ボードの表情と言ってることが合ってねぇぞ……。

 1年生はみんな目に見えて分かるほどに大きく動揺している。突然の異変に慌てることしかできないあたり、まだ精神的にも1年生って感じだな。ただそんな純粋で可愛い反応を見ていると、今にも爆発しそうな熱さで苦しめられているこの苦境も少しは和らぐ気がする。てかそう思っていないとすぐにでも意識を失っちまいそうだ。

 

 

「こうなったらアタシのツテというツテを使っていい薬を取り寄せるから、待ってなさい零!」

「いやいやランジュ、流石にそれは悠長過ぎるでしょ。こうなったら愛さんお得意の、お祖母ちゃん直伝漢方薬を今から作るしかない!」

「愛さんも1から漢方は時間がかかり過ぎます! なんなら私が、せつ菜特性の効きそうなお薬盛り盛りミックスおかゆを作ります!」

「せ、せつ菜ちゃんはお料理やめようね……」

 

 

 2年生はコントをしに来たのか……。

 ランジュが天然でボケて、愛がツッコミを入れつつもボケ、そしてまたせつ菜の斜め上の発想が展開し、歩夢が苦笑しながらツッコミを入れるいつもの光景。まあ和やかな雰囲気になってくれれば意識がそっちに向いて、即ぶっ倒れることはないだろうから逆に助かる。体内から湧き上がる熱さで悶え狂いそうなのは確かだが、その状態を享受し過ぎるといよいよ耐え切れなくなりそうなので少しでも気を逸らさねぇと……。

 

 

「全く、みんな騒ぎ過ぎだ。ただボクたちにできることは……」

「ないわね。あまり心配そうな顔をしてると零さんも心配するから、ほどほどにしておきなさい」

「秋葉さんが来てくれるから絶対に大丈夫。だからみんな落ち着いて、ね?」

「心配で震えてるのなら、彼方ちゃんがぎゅってして安心させてあげるからねぇ~」

 

 

 流石3年生は大人だな。

 ミアは年齢的には最年少だが普段は大人びてるし、人生経験の豊富さから達観しているのでその肝の座り方は今の俺からしたら安心できる。他の3人も今自分にできることは下級生を落ち着かせることだと理解しているようだ。普段もいいお姉さんをしている3人だけど、緊急時にここまで頼りになるとは思ってもいなかった。人間の本性が一番発揮されるのは異常事態が発生した時だとよく言われてることだしな。とりあえずコイツらがいれば他の奴らが下手に騒ぎだすこともないだろう。

 

 

「…………」

 

 

 そして侑。

 コイツ、さっきからずっと黙って俺を見つめている。心配そうな表情をする時もあれば、何やら眉を顰める時もある。他の奴らとは違い、どうやらただ単に俺の体調が気になるだけでこの場にいるわけではなさそうだ。1つ不可解なのは時折俺を睨みつけているような、そんな感じがすることなんだけど……なぜ??

 

 そんなこんなしている間に、またしても保健室の扉が開く。

 さっきエマが言っていた通り秋葉が到着したみたいだ。相変わらずの白衣姿で堂々とした立ち振る舞いで保健室に入って来たのだが、流石に弟が険しい表情をしているのを見てその凛とした顔も少し揺らぐ。いくらコイツと言えども身内のピンチには多少動揺するか。

 

 

「汗もびっしょりだし顔色も最悪。息も絶え絶えで高熱。想像以上に大変な状況みたいだね」

「はぁ、はぁ……こっちは1秒ごとに命削ってんだ。御託はいい、この状況を説明しろ」

「そのためにはここにいるみんなに()()()()を説明しなければいけないけど、大丈夫?」

「別にいい。この状況で隠してなんかいられねぇからな」

「どういうことですか……?」

 

 

 歩夢が怪訝そうな顔で尋ねる。そりゃそうだ、俺のこの体調不良に特別な原因があるって言ってるようなものだから。同好会の12人には俺が患っている症状を話しておらず、知っているのは秋葉を除けば侑と薫子だけ。俺が他の奴らに話すなと口止めしていたのだが、遂にそのヴェールが開かれる。

 

 秋葉の口から歩夢たちに事の顛末が語られた。最初はそんな症状が起きるなんて信じられないという表情をしていたが、実際に目の前にその症状でぶっ倒れそうになってる奴がいるので受け入れざるを得ないようだ。ただ誰も俺たちが嘘をついていたなんて思っておらず、隠していたことに関しても特に言及されなかった。みんなは俺の性格を熟知しているから、自分たちに心配をかけないように黙っていたってことにも察しがついているのだろう。

 

 ちなみに俺がみんなとキスをしないとこの症状が完治しないことについて、これまでみんなとしてきたキスはこの病気を治すための事務的なキスではなく、お互いの愛を確かめ合っての本気だってことも同時に伝えたのだが――――

 

 

「かすみんたちは分かってますよ、そんなこと!」

「零さんはいつでも私たちに本気だってことくらい、当たり前のことですから!」

 

 

 ――――と、かすみとせつ菜は笑顔で答える。他のみんなも笑ったり、苦笑いしたり、呆れたりと、俺から受け取った愛は本物で不純な邪念がないことは既に分かっているようだった。コイツらなら俺の気持ちを察してくれると信じてはいたのだが、やはり心のどこかでは気になっていたので安心したよ。結局余計な心配だったわけだな。

 

 

「で? 女の子の愛を受け止めるための器だっけ? コイツら全員とキスしたらその容量が大きくなって、身体も治るんじゃなかったのかよ。女の子との愛を受け止めきれずに爆発しそうになってるからみんなとキスをする、ってのがお前が言っていた完治の条件だったはずだ。さっきそのミッションは達成したぞ。なのにこの……くっ、はぁ……どうしてこんなことになってんだ?」

「さぁ?」

「はぁ? お前がこれで治るっつったんだろ!?」

「そのはずだったんだけど、零君が人生の中で女の子から受け取った愛情がここまで膨張しているとは思わなかったからね。私の研究の見立てでは、同好会のみんなとキスさえすればその膨張も受け入れられる器になるはずだったの。こうなると手立てを新しく考えないと……。でもそれまで零君の身体がもつかどうか……」

「見立て違いかよ、クソ……」

 

 

 思わず汚い言葉を発してしまったけど、寝込みそうなくらいの体調不良だと精神が安定せず心もとないことを言ってしまう。まあ俺がこの世で唯一八つ当たりするのは秋葉くらいで、コイツもそれを享受しているから特に問題はない。

 

 それよりも秋葉考案の治療法でこの問題が解決しない方がヤバい。コイツはこう見えても1000年に1度の頭脳と呼ばれていて世界を股にかける研究者。そんな奴が顔をしかめるなんてタダごとではなく、いつも自信満々なコイツがお手上げ状態に片足を突っ込んでるなんて珍しい。つまり俺の中で溜まっている女の子たちの愛が今いつ爆発してもおかしくないってことだ。なんつうイヤなカウントダウンだ……。

 

 秋葉が来れば何とかなると思ってみんなを宥めていた3年生たちも、流石に希望が崩れたのか心配の色が見え始めていた。少なくとも俺の隣にいる女の子たちにはそんな顔をさせないと誓っていたのだが、今の俺の状態を見て解決策がないと知ればそんな顔になるのは仕方ねぇか……。

 

 

「解決策となるかは分からないけど、思いつくことが1つだけあるよ」

 

 

 みんなの視線が秋葉に集まる。希望は消えていなかったんだとこの一瞬で不安な雰囲気がほんの僅かだけ和らいだような気がした。

 ただ、そんな空気感に全く流されず、さっきから俺を見つめ続けていた侑がベッドのすぐ横にまで近づいてきた。みんなは秋葉に集中しているから気付いてないみたいだけど、明らかに他の奴らとは雰囲気が違う。一体何を考えてんだ……?

 

 

「思いつくことはあるけど、零君意外と余裕ぶってない? 苦しそうだけど笑ってるもん」

「そうか……? 確かに今にも倒れそうだけど、コイツらの心配を少しでも軽くしてやろうと思ってな。それにお前の必死な顔を見られて嬉しいってのもある。いつも自信家のお前の牙城を崩すことができて満足してるよ」

「減らず口だねぇホントに。1秒後にくたばってもおかしくないくせによく言うよ」

「はぁ、はぁ……ゴホッ、そう簡単には楽なってやらねぇよ……」

 

 

 

 

「なんですか、それ……」

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 いきなり侑が口を開いた。さっきまでの険しい表情がより一層強くなっており、誰の目から見ても怒っていることが丸分かりだ。コイツさっきからずっとこんな感じだったから、心配しかしていない他の奴らとは違って何か別に思うところがあるのか。1人だけ全く異なる雰囲気を発しているので、みんなの目もコイツに集中していた。

 

 

「どうしてそんなに強がっているんですか……? 苦しいなら苦しいって、言えばいいじゃないですか……」

「別に強がってなんかいねぇよ。俺がここで嘆いたところで、お前らが何とかできる症状でもないだろこれ。だったらお前らを余計に心配させる必要はねぇってことだ」

「またそうやって……」

 

 

 侑の身体が震えている。さっきよりも明らかに増した怒りモード。どうやら俺の発言が起爆剤のスイッチを押してしまったらしい。

 そして侑は目を見開き、圧倒的な目力で俺に詰め寄って来た。

 

 

「どうしていつもいつもカッコ付けたがるんですか!! 私たちには何か困りごとがあったらすぐに言えってキザったらしく言ってるくせに、自分の苦しいことは隠すなんて意味分かんないですよ!!」

 

 

 遂に侑の感情が爆発した。普段こんな大声を上げない奴なので歩夢たちも目を丸くして驚いている。

 確かに俺は人の心の奥に探りを入れたりはするけど、自分から自分を話すことはあまりしない。だからこそコイツからしてみれば『自分のことだけは隠している』と捉えてしまっても仕方がないか。

 

 

「お兄さんはいつもそう。無駄に自信家で、傲慢で、カッコつけて、それらしい言葉でいつも私たちを言いくるめて。言葉巧みにこっちの心を引っ掻き回して、心に土足で踏み込んで、そして全てを知られて……。なのにそっちが大変な時は私たちに本心を伝えないで、心配をかけまいとずっと笑って……。そんなお兄さんにどれだけ振り回されてきたか、私の気持ちが分かりますか!?」

 

 

 俺にここまで感情的に自分をぶつけてくる侑は初めて見た。いつもだったら憎まれ口を叩くくらいで流してくるのだが、やはり心の中では鬱憤が溜まっていたんだろう。そして今回俺がピンチになり、それでも俺が余裕そうに装っているのを見てその鬱憤が破裂した、ってところか。コイツの言うことも、そういった感情を抱くのももっともだな。

 

 

「心配してくれていたのか、俺のことを……」

「当たり前ですよ! 秋葉さんからお兄さんの症状を聞かされた時からずっと! 一緒にいる時も1人でいる時も、お兄さん大丈夫かなってずっと考えてました! それ以前からお兄さんのことを考えることが増えてきて迷惑してたのに、最近はそれ以上になっちゃって迷惑どころじゃないですよ!! でも私からお兄さんの病気を治すために直接的な何かをしてあげられない。だからせめてもと思って身の回りのお世話をしていたんですから……」

 

 

 なるほど、最近やたら俺に構ってきていたのはそのためか。口うるさく世話を焼いてきているとは思っていたが、まさかそこまで考えてのことだったとは。俺に対してだけは素直になれないコイツだからこそ、それこそが自分にできる最大限だったのだろう。

 

 それにしても、ずっと俺のことを考えていたのか。顔を合わせるたびに体調の心配はしてくれていたけど、それ以上の言及は特になかったのでそこまで気にしていないものとばかり思っていた。だけど1人の時にまで俺を気遣っていたらしく、そこは素直に嬉しさしかない。とんだお人好しだとは思ったけど、コイツらが俺にお人好しと言い張る気持ちがようやく分かった気がするよ。こんなに自分のことを考えてくれている奴がいるんだなって。

 

 

「こっちがこれだけ迷惑してるのに、体調を気遣っているのに、いつもいつも返ってくる言葉が『心配すんな』なんて、そんなので気が休まるわけないじゃないですか!! 心配しますよそれは!! そして案の定高熱が出て、呼吸も大変そうで今にも倒れそうで、それでもなお私たちを心配をさせまいと考えてるのどうかしてますよ!!」

 

 

 ごもっともだ。何1つおかしなことは言ってないし、彼女の言いたいことも分かる。むしろコイツの主張こそが一般的だろう。命の危険がある本人がヘラヘラしていたら、そりゃ事情を知ってる他人の方が気が気ではなくなる。今の俺のように明らかに苦しいのに余裕を見せつけ、その空元気っぷりに見ている方が焦るのは当たり前だ。

 

 

「苦しいなら苦しいって言ってください! だからと言って私が何か効果的な治療ができるわけでないですけど……。でも、手を握ってあげるとか、お兄さんの心配を払拭させることくらいならできます! これまで私たちがお兄さんから受けた優しさを、こういう時にこそ返したいんです! だからいくらでも心配をかけて欲しいんです!!」

 

 

 侑の目尻から涙が零れている。感情的になり過ぎて涙腺が緩んでしまったのだろう。両手で俺の着ている病院着の胸元を掴み、思いの丈を吐き出すたびに俺の身体を揺らす。病人をそんな激しく揺さぶるのは良くないと周りにいる歩夢たちや秋葉も分かっているが、侑の言っていることも理解できるので心配そうにしていながらも傍観しているようだ。

 

 侑のその表情と行動だけで、これまでコイツの中で抑圧されていた気持ちがよく伝わって来た。どんな思いで俺の身の回りの世話をしていたのか、どんな気持ちで俺の体調を心配してくれていたのか、想像するだけで感極まってくる。この大切な想いは受け止めねばならず、決して無下にはできない。

 それになにより、侑がここまで純粋に俺のことを気にかけてくれて嬉しいんだ。お互いに相棒ポジションとして隣にいる宣言はしたけど、こうやって腹を割った声を聞ける機会はなかったからな。つまり俺を信頼してくれているってことで、出会った当初に俺に抱いていた評価と比べると大きな差だ。

 

 コイツは俺のことを大切に想ってくれている。だから彼女の主張は受け入れる。

 

 だからこそ、俺は――――

 

 

「バカ、お前にだって心配かけたくねぇに決まってんだろ……」

「え……?」

 

 

 

 

「好きだからだよ、お前のことが。歩夢たち(コイツら)と同じくらいに、ずっと笑顔でいて欲しいって思うくらいにな」

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 侑の険しかった表情が崩れ、目を大きく開ける。周りにいる秋葉や歩夢たちも突然の爆弾発言に唖然としていた。

 

 

「好きだから、心配をかけたくねぇんだよ。お前の気持ちは良く分かる。でも俺だって俺の信念がある。だから目の前で辛い状況があったとしても、少しでも、ほんの少しでもお前には笑顔でいて欲しいんだ。迷惑をかけたっていい、悩みを与えてしまってもいい、涙を流させてしまってもいい。仮に俺が弱気になったらお前ずっと笑顔を見せないだろ。心配してくれるのはとても嬉しいけど、辛そうなお前を見たくない。だからちょっとでも強がっちゃうんだよ。それで僅かにでもお前に安心を与えられたらってな。ま、俺のワガママだよ、結局さ……」

 

 

 隣にいる女の子たちには笑っていて欲しい。それだけが俺の唯一の夢だ。そのためには体調不良であっても気取ることを辞さない。少しでも元気な姿を見せて安心させたい。本心をありのまま伝えろと言われるかもしれないし、そっちの方が一般的なんだろうけど、さっきも言った通り俺はワガママだからな。一般論なんて通用しないし、俺の目指す夢のためなら常識だって破ってしまう。いつものことだ。女の子の笑顔を見たいって気持ちは、間違いじゃないだろ?

 

 侑が俯く。前髪で隠れて表情は読めない。だがさっきまでの身体の震えは止まっていた。

 少し経った後に顔を上げる。そこにはさっきまでの険しい表情はなくなり、逆に呆れ半分と笑み半分で涙を流していた。

 

 

「もう、バカはそっちですよ……。そんな告白をされたら、もう何も言えないじゃないですか……」

「何も言わせねぇよ。俺の世界に踏み入ってるからには誰の意見が正義なのかって、考えなくても分かるだろ……ゴホッ、はぁ、はぁ……」

「そんな汗だくで息も切れながら言ってもカッコよくないですよ、ふふっ。もう、ホントに迷惑な人なんだから」

 

 

 笑みを浮かべながら言っても説得力ねぇぞ……。

 ただ笑顔を見せるってことは、コイツの中で何か心境の変化があったのだろう。それか俺があまりにも常識外れな告白をしたから呆れて笑みが出てしまったのか。どちらにせよさっきの仏頂面よりこっちの顔の方が何百倍もいい。

 

 と、イイ感じに話が進んでいるが、根本は何も解決していない。カッコつけたつもりでも高熱と倦怠感が半端なく、今にも意識がぶっ飛びそうなのは変わらない。さてどうすっかなこれ……。

 

 

「秋葉さん。思いついたことを試す前に、1つだけ私にも試させてください」

「ん? いいけど、一体何をするの?」

「ちょっと……ね」

 

 

 ヘッドで上体を上げて座っている俺に対し、その隣に立っていた侑は更にこちらに近づいてくる。

 そして腰を折り、目を瞑り、その顔を俺に近づけてくる。もしかしてと思った瞬間―――――侑の唇が俺の唇に押し付けられた。

 

 

「んんっ!?」

「んっ……」

 

 

 キス……してる? 俺と侑が……!?

 侑が俺を異性として見ているかは定かではない。でも好きでもない奴にキスなんて普通はしないはずだ。ということはこれが侑の想いなのか……?

 そんな感じでもう意識がぶっ飛びそうとか忘れ、彼女から与えられた突然の気持ちにただただ困惑するしかなかった。キスするときは大抵相手の女の子とお互いの愛を確かめ合う目的なので、お互いにお互いが好きだってことが分かっている状態。だからこそ、愛を確かめ合ってもないのに彼女がキスしてきたことに驚いているんだ。

 

 侑は息と声を漏らしながら俺の唇に吸い付く。初めてで力加減が分かっていないのか、少々力が入っているように感じる。だけどその初々しさこそ侑のファーストキスだということを物語っており、それを奪えた(状況的にはキスされた側だけど)のは自尊心が高まる。ただ今のコイツがどんな気持ちを抱いているにせよ、その唇を俺に捧げてくれたことを嬉しく感じた。

 

 ちなみに秋葉や歩夢たちも俺と同じく唖然としていた。俺たちがいつそんな関係になったんだと聞きたそうな顔をしていたが、そんなこと俺の方が聞きたい。ただ疑問に思っても流石にこの光景に水を差す奴はおらず、顔を赤くする者、食い入って見つめる者、興味深そうにする者など、反応は様々だ。

 

 キスの味は甘い。今までに味わったことのない初めての味だ。これが侑の味なのかと俺の脳と身体が記憶し始める。

 そして相棒の関係を結ぶくらいなので元々相性が良かったのか、俺も無意識のうちに彼女を求めているらしく、こちらからも口付けを強くしていた。侑もそれに気付いたのか、今度は俺からの唇を受け入れる体制となり、いつの間にか俺たちはお互いに抱き合っていた。

 

 そしてしばらくして、俺たちは唇を離す。そこそこ濃厚だったためかがお互いの唇から唾液の糸の橋がかかっており、見た目かなり淫猥だった。

 

 

「んっ、くっ……」

 

 

 そのキスを終えた瞬間だった。一瞬熱がまた上がったかと思ったら、その後すぐに熱が引き始めるのを感じた。絶え絶えだった息も整ってきて呼吸がしやすくなり、疲労感も倦怠感も薄まっていく。プラシーボ効果かもしれないが、さっきよりも明らかに楽になっている気がした。もしかしてこのキスこそが最後の治療法だったのか。

 

 そして、眠気に襲われる。でもこれは疲れによる眠気ではなく、気持ち良さによるものだと察する。侑とのキスがまさか特効薬になるなんてな……。

 

 

「なんか一気に楽になってきた。ちょっとだけ寝かせてくれ」

「はい」

「ありがとな」

「いえ、普通のことですよ」

「それ俺の言葉だろ」

「お返しです♪ ふふっ、それではおやすみなさい、お兄さん」

 

 

 侑に手を握られながら、俺は眠りに落ちた。

 その時に見えた侑の顔も、そして歩夢たちの顔もみんな安心に満ちた微笑みが広がっていた。

 

 

 そんな光景を見ていた秋葉は――――

 

 

「思いついたたった1つの方法、それは13人目のキスが必要だってこと。同好会でまだ彼とキスしていない子は……って言おうとしたら、まさか自分から進んでやっちゃうなんてねぇ。やっぱり私の見込んだ女の子だよ、侑ちゃん。そして――――ありがとう、零君を治してくれて。もう既にお似合いだよ、あなたたちは」

 

 

 同好会の全員と愛を確かめ合い、ようやく事態は終息した。

 




 そんなわけで侑のメイン回でしたが、まさかキスするとは……。自分で描いておきながら最後の最後のサプライズに自分で驚いたりしています(笑)
 今回は零君視点だったので、彼の突然の告白を受けて彼女がどう思ったのかは現時点では不明ですが、それは次回で触れようかと思います。

 零君が患っていた症状もようやく治りました。今思えば13人とキスして治る病気ってハーレムモノくらいしかできないので、この小説の性質を活かせたかなぁと勝手に思っています(笑)



 そしていよいよ、次回が虹ヶ咲編2の最終回となります。
 是非最後まで楽しんでいってください!



 以下、今後の予定です。

・3/20(月) 虹ヶ咲編2 最終回
・3/27(月) 虹ヶ咲編2 特別番外編
・4/3(月) 新章突入


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