ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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潜入!メイドR3BIRTH!

 俺は占いとかオカルト系の話は信じる方ではないのだが、最近は本物の幽霊(美少女)が現れる現象に苛まれたり、朝の占いを見た日に限ってラッキースケベな出来事が起こるなど、もう信じざるを得ない状況になっていた。

 

 そして今もまさにその状況に陥っている。寝起き、とは言ってもまだ目は開けてないのだが、何故か俺の身体が満足に動かない。これが俗に言われる金縛りというやつか。手も足も首も辛うじて動かせはするが、何やら上から身体を押さえつけられている気がする。このリアル感のある重みは夢ではなく現実だろう。

 

 ちょっと怖いけど目を開けてみよう。実は何かしらドッキリを仕掛けられてるとか、そんなことはないよな……?

 警戒しながらゆっくりと目を開ける。そして俺の瞳に映ったのは――――

 

 

「え゛っ!?」

 

 

 胸の谷間だった。今にも服から溢れそうなくらいの巨乳であり、そのビッグサイズの双丘の谷間が目の前に広がっている。色は白くシミ1つない綺麗な胸。起きたばかりだがその艶めかしさにより思わず性を感じてしまい、気を抜いたらその谷間に指を突っ込んでしまいそうなくらいの衝動に駆られた。しかも目の前にいるだろう女の子が少し縦揺れしているためか、その動きに合わせ胸も上下しているため俺を誘っているようにしか見えない。胸だけ自立しているかのように動いているので、どれだけ胸元ゆるゆるの服を着てるんだよ……。

 

 

「おはよっ! ご主人様!」

「えっ、ランジュ!? おはようって、ここ俺の家だけど!? しかもその姿……メイド?」

 

 

 目を開けてからものの数秒で大量の情報が飛び込んできて処理が追い付かない。

 まず確認したいのは……うん、ここは俺の部屋だ。目の前のランジュが邪魔で周りの景色はあまり見えないが、俺が寝ているのは間違いなく自分のベッド。それはベッドの感触で分かる。

 次に気になるのは胸元が大きく開けたメイド服を着たランジュが、四つん這いで寝ている俺の上にのしかかっていることだ。完全に身体を引っ付かせてはいないものの、胸の谷間がドアップで目に映るくらいには近い。

 

 メイド服は白と黒を基調としたオーソドックスな造りであり、白のカチューシャとフリフリのスカート、黒のガーターベルトなどの基本は標準装備。ただ胸だけ開けて胸の谷間がこれでもかってくらいに露出しているので、そこだけは普通の造りではない。明らかに()()()()()()()をするために開発されたものと見て間違いないだろう。

 

 どうしてこんな状況になってんだ……??

 

 

「うふふ、零って意外と寝坊助なのね。さっきからずっと寝顔を見てたけど全然起きないもの」

「なんで見てんだよ……。いやそうじゃなくて、まず色々説明してもらおうか。最初に、どうしてお前がここにいる?」

「アナタにご奉仕するためよ」

「それ答えになってると思ってんのか……?」

「思ってるわ。だって男性はメイドにご奉仕されて悦ぶ生き物だってネットに書いてあったから」

「その『ご奉仕』は別の意味での『ご奉仕』だ。お前が思っている健全なモノとは違う」

「今日はこのランジュが徹底的にご奉仕してあげるから、ご主人様はただ身を委ねているだけでいいわ! 掃除、洗濯、料理はもちろん、アナタの身の回りのお世話は全てランジュたちがやってあげる! 皆まで言わなくてもいいわ、ランジュに女子力があるのかと問いたいのでしょう? 大丈夫、この日のためにエマたちから家事の特訓をしてもらったから! 今日が終わる頃にはアナタはランジュにメロメロになっているでしょうね。心が高鳴るわ」

 

 

 人に意見を言わせる隙さえなくす捲し立てるような喋り方。そして元々の地声が大きいせいで大層なこと言っているように聞こえるマジック。その2つが絡み合うことであたかもコイツの主張は説得力があるように思えてしまうが、実のところプチ横暴みたいな感じで、多少ズレていても自分に絶対的な自信を持っているせいで主張が理不尽でも納得しそうになってしまう。栞子やミアもこの性格には難儀しているが、まさかメイドになってもそのキャラを発揮して来るとは……。

 

 そう、結局のところどうして俺をご奉仕することになっているのか、その理由が全く見えてこない。自分の意志が強いのはコイツのいいところだが、今回はそれのせいでまた面倒事に巻き込まれそうだな……。

 

 ありえそうな未来に頭を悩ませていると、部屋のドアが開く音が聞こえた。そちらに首を向けると、そこには――――メイド服の栞子とミアの姿があった。

 

 

「ランジュ、零さん……ご主人様を起こしてきてくださいと言っただけなのに、どうしてここまで時間がかかっているのですか……」

「ベッドに上がってご主人様にのしかかって、一体何をしていたんだ……?」

「栞子! ミア! ほらこの通り、ご主人様の起床をしっかりサポートしてあげたわよ! 本人の目覚めもバッチリみたい!」

「いや目が覚めたのはお前の登場に驚いただけで、決して気持ちのいい目覚めって意味でのバッチリではないからな?」

 

 

 起きたら目の前に胸の谷間があって、しかも誘惑するように揺れているとあれば男だったら誰でも目が冴えるだろう。まあ女の子に毎日そんな感じで起こされるのは男の夢と言えばそうなのかもしれないけど……。

 

 

「つうかお前らもメイド服なのか」

「こ、これは姉さんに無理矢理着せられたので……。零さん……ご主人様と仲良くなりたいのであれば、まず本人の私生活に密着しろと言われまして……」

「だからと言ってメイドは極端すぎるだろ。しかも露出度そこそこ高いし、何考えてんだよアイツ」

「ボクはやめようって言ったんだけど、ランジュはノリノリで、栞子も恥ずかしがりながらも拒否はしてなかったから仕方なく合わせてやったんだ」

「お前にして随分と潔いんだな」

「ま、まぁボクもご主人様と親睦を深めたいって少しは思ってるから……」

 

 

 大なり小なり俺のことを想って、わざわざメイド服まで来て家に乗り込んで来たってわけか。どうやって家に潜入したのかは不明だが、薫子と繋がってるってことは秋葉とも繋がってるからそういうことなのだろう。楓が1日外出しているこのタイミングで潜入するって、神崎家の予定を知ってる奴しか立てられねぇ計画だからな。

 

 そんな感じでランジュ、栞子、ミアのメイド1日体験が始まった。

 今思ったけど、栞子は別として他の2人は家事できるのか……?

 

 

「だったらまずは着替えからね! ご主人様! ランジュたちが着替えさせてあげるから全部脱ぎなさい!」

「はぁ!? 全部の必要はねぇだろ!」

「そうなの? 男の人って寝ている間に下半身が濡れちゃうって聞いたことがあるけど……」

「それは夢精だ」

「ミ、ミアさん!?」

「言っておくけど、濡れてねぇからな……」

 

 

 ダメだ、最初から心配になってきた……。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 着替えを1人で済ませてリビングへ降りてみると、栞子がせっせと掃除をしていた。メイドの基本と言えば基本だけど、その無駄のない洗練された動きはメイドというよりも熟練の主婦の動きに見える。まあ他の2人が家事できなさそうだから、コイツだけはまともで良かったよ。

 

 

「あっ、零さん……ご主人様、おはようございます」

「おはよう。ってかさっきから言い直すの面倒だろ。別にいつもの呼び方でもいいぞ」

「いえ、メイドたるもの『ご主人様』呼びは絶対です。まだ慣れてはいませんが……」

 

 

 ランジュもミアもご主人様呼びだったし、どうやら3人で取り決めして徹底しているらしい。元々ご主人様気質の俺からするとその呼び方は快感であり、メイドにご奉仕されるシチュエーションも好きだから、本人たちに抵抗がなければ別に拒むこともない。それに普段メイド服を着ない美少女たちがわざわざ自分と仲良くなるためにメイドになるって、そんな状況男だったら興奮しないわけないだろう。さっきも言った他の2人の家事スキル以外は特に心配する要素もなさそうだしな、この状況を堪能させてもらおう。

 

 

「つうかお前、手際いいな。家でも家事とかやってんのか?」

「えぇ。家ではどこへ嫁いでも三船家に恥じぬよう教育されてきましたから」

「そうなのか。お前っていいトコのお嬢様だから、こういうのはお手伝いの人がやるのかと思ってた」

「自分たちの家のことは自分たちで、それが三船家の決まりですから。それに姉さんが()()()()()なので、私がしっかりしなければならないという義務感もありまして……」

「あぁ、アイツってがさつな性格なんだっけ? 俺と話してるときは普通に常識人っぽいけど」

「学園では教育者という立場なので皮を被っているだけです。家だと品位の欠片もないくらい怠けていたり、私を無理矢理ツーリングに誘ってくるなどやりたい放題ですよ」

 

 

 栞子はため息を漏らす。その濃いため息から非常に苦労していることが分かる。スクールアイドルになったことで姉との確執は解消されたはずなのだが、あの破天荒な性格に対してだけは折り合いを付けられないのだろう。でもそのおかげでこの品行方正な彼女が仕上がったと思えば、それだけは良かったことかもしれない。もうド真面目以外の栞子なんて栞子とは思えねぇからな。

 

 

「お前って勉強も学年上位だし、生徒会長も務めて、休日はボランティア活動に勤しんでるって聞いたぞ。それで料理掃除洗濯まで万能だなんてよくやるよ」

「もうこれが趣味みたいなものですから、特に辛いからやめたいとは思ったことはありません。家事修行は嫁ぐときのためと親から言われていましたが、私は楽しいと思ってやっているだけです」

「じゃあその成果が発揮される将来を楽しみにしてるよ」

「しょ、将来を楽しみに!? ということは、私が零さんの、いえご主人様に嫁ぐことを期待されているのですか……!?」

「まあそうなるな。期待してるっつうか、そうなるのは確定じゃねぇの?」

「そ、それはそうかもしれませんが、いざ零さんから承諾を得たとなるとどう反応していいのか困ってしまいます……!!」

 

 

 栞子は頬を染めて俺から目を逸らす。

 俺のところに嫁ぐからその話題を出したと思ったんだけど、違うのか? すげぇ自惚れだけど、コイツも虹ヶ咲の生徒だったら俺を好きになる素質がある女の子のはずだ。つまりその嫁ぐために仕込まれた家事スキルは俺のためだけに発揮されるのが普通だろう。他の男のところに嫁がせるなんて有り得ない、絶対に。

 

 そんな独占欲を発揮していると、別の部屋から何やら大きな音が聞こえた。

 

 

「何か鈍い音がしましたが……」

「風呂の場の方だ」

 

 

 何があったのかと心配しながら風呂場に駆け付ける俺たち。

 そこには掃除用具が風呂場の床に散らばり、そして尻もちをついているミアがいた。何故か泡に塗れた姿で……。

 

 

「ミアさん!? これは一体……」

「風呂掃除をしようと思ってたんだけど、いつの間にか泡塗れになって滑りやすくなって……。気づいたら転んでた」

 

 

 ミアは不満そうな顔をしているが、風呂場全体を泡だらけにしてたらそりゃそうなるだろって話だ。コイツは元から家事そっちのけで作詞作曲にのめり込むタイプなので掃除が苦手なのは把握していたが、まさかこんな惨事を引き起こすくらいだとは思わなかったぞ。自分の部屋の掃除は同じ寮のエマたちに任せることも多いって聞いたし、やっぱりご奉仕力がモノを言うメイドは無理あったんじゃ……。

 

 それにしても、メイドの彼女が全身泡塗れな姿がちょっとばかり、いやかなりエロい。学年は高3だがそれは飛び級制度によるものであり、実質は中学3年生。つまりJC。JCって聞くと一気に背徳感が増し、コイツ自体ロリ体型ってわけでもないけど『メイド姿の中学生が泡だらけ』というそのシチュエーションだけでくるものがある。法律云々の話は知らないが、多分目の前の光景を本物の女子中学生に頼んで再現しようとすること自体違法な気がする。だからこそ偶発的に起きたこの状況にちょっとばかりの興奮を覚えてしまうんだ。

 

 

「おいご主人様、目が犯罪者になってるぞ」

「ちげーよ。お前をどう助けようか考えてただけだ。そのために目の前の状況を詳しく調べてたんだよ」

「じゃあ早く助けてくれ」

「随分と上から目線のメイドだな……。ほら、手」

「あ、ありがとう――――ひゃっ、滑る!!」

「おい引っ張るな!!」

 

 

 座り込んでいたミアは差し伸べられた俺の手を掴んだのだが、起き上がるときに泡塗れの床のせいでバランスを崩したのか、俺を引き寄せる形で背中から倒れた。

 またしても鈍い音が家に響き渡る。俺の後ろで見ていた栞子も思わず声を上げた。

 

 

「ご主人様! ミアさん! 大丈夫ですか!?」

「痛く……ない? 一体何が……?」

「ったく、メイドなんて慣れねぇことするからだよ」

「ちかっ……!! ま、守ってくれたのか……?」

 

 

 本当にギリギリだった。咄嗟にミアの背後に腕を回し、抱き着く形で後頭部と背中を守ったおかげで彼女への衝撃は少なかっただろう。逆に自分へのダメージはそれなりだったが、まあ男なんでそのくらいは全然平気だ。当の本人は俺と顔が近いことに反応して赤面しているので、痛みよりも恥ずかしいって方が大きいと思うけど。

 

 

「だ、抱き着かれてる……!!」

「大丈夫か?」

「ボクは平気だ。それよりご主人様の方こそどうなんだ……?」

「俺も平気だ。多少痛くても女の子を守るのは男の役目だから気にすんな」

「そう……。掃除、上手くできなくてゴメン……」

「俺のために頑張ってくれたんだろ? だったら別にいいよ。それに何事も慣れだから」

「分かった。ありがとう……」

 

 

 頬を染めつつ感謝を述べるミアだが、恥ずかしいのか顔はそっぽを向いて俺と目を合わせようとはしない。完全にツンデレのムーブであるが、コイツが俺に対してここまで素直になるのは珍しかったりする。他の奴らにもツンツンしてるけどそれと同じくらいに素直さを見せることはあるので、もしかしたら俺だけ嫌われているのかと思ってたけどそうではないようだ。そもそも嫌いだったらメイド服を着て俺と交流を図ろうと思わないか。

 

 今度は俺からミアの身体を支えて彼女を立たせる。こうして近くで見ると泡塗れのメイド服、しかもバッサリ開いた胸元にまでその泡が入り込んでいるためとてつもなく艶めかしい。中学生の年齢の女の子がメイド姿で泡塗れなので、ぶっちゃけそこらの怪しい店よりも背徳感は満載だ。

 

 

「とりあえず、風呂場の泡を流すついでにお前もシャワーを浴びろ」

「そうさせてもらいたいけど、ご主人様だって濡れてるじゃないか」

「なんだ? 一緒に風呂入ってくれるのか?」

「な゛っ!? そんなことするかバカ!! 出てけ!!」

 

 

 顔を真っ赤にしたミアに風呂場を追い出されてしまった。そもそもここは俺の家なのにな……。

 

 

「ご主人様、お洋服が濡れているようですけど大丈夫なのですか?」

「いや意外と濡れてないし、寒くもないから大丈夫だよ。心配かけて悪かったな」

「いえ。それよりも……何か臭いませんか?」

「確かに」

 

 

 この家は現在お年頃の女子3人が集まる非常に華やかな領域となっているため、変な匂いがするのは考えられない。もしかして俺の加齢臭(まだ22歳だが)が原因かと思ったが、この臭いは人間が自ら発生させることのできない香辛料を感じさせる臭さが混じっている。

 

 ん? まてよ? そういやこの家のはメイドが残り1人いて、ソイツの家事センスは―――――

 

 

「おい栞子、ランジュは今どこにいる?」

「ランジュですか? えぇっと、掃除をしているときに意気込みよく台所へ向かっているのは見かけましたが……」

「やべぇ、絶対にそれだ。行くぞ栞子」

「ご主人様!?」

 

 

 アイツの家事レベルはたかが知れていると思うが、そんな奴が料理をやったらどうなるのか末路は分かり切っている。大胆で大雑把な性格だから料理なんて緻密な作業ができるはずがない。現にキッチンに近づくにつれて臭いもキツくなっていく。

 

 

「ランジュ!」

「あっ、いいところに来たわねご主人様! もうすぐできるわよ」

「お前、何を作ってんだ……?」

「これ? 麻婆豆腐よ!」

 

 

 鍋の中を見てみると、ブラッディ色をした赤々しい麻婆豆腐が完成しかかっていた。さっきから感じていた香辛料が混じっているような臭いはこの鍋が発生源だったらしい。もう見ているだけでも舌が焼き切れそうだ。

 

 

「ランジュ、まさかこれをご主人様に召し上がっていただくつもりですか?」

「えぇ、このために練習してきたんだもの! ランジュ人生最大の自信作よ!」

「こ、この今にも起爆しそうなくらい真っ赤なモノをご主人様に!? そんなことはさせま――――ん゛っ!!」

「栞子、ちょっと来い」

「ん゛っ、んんん!!」

 

 

 俺は栞子の喋る口を押えてキッチンを離れる。栞子は何事かと目で俺に訴えるが、こちらとしてはあの場を邪魔させるわけにはいかなかった。

 

 

「アイツの飯は食う。だから口を挟むな」

「えっ、何故です? いつもであればああいった地雷系の料理は避けるはずでは??」

「それはまだ作り始めていない時の話だ。作る前なら全力で止めるけど、作っちまったのなら食うよ。俺のために、俺への愛情を込めてくれたのなら無駄にはできねぇだろ。それが例えどんなゲテモノであってもな。その証拠に、俺も歩夢たちもせつ菜の料理は止めるけど、作った後の料理に直接文句を言うことはないだろ? 心の中でどう思ってるかは別として……」

「確かにそうですが……。お優しいのですね、ご主人様」

「ま、ゲテモノはゲテモノだから、実際に目で見たり口にするのは超抵抗あるけどな。割り切ってるっつった方がいいかも」

 

 

 女の子の作るゲテモノはなるべくなら食いたくはないけど心の奥底から嫌悪しているわけではなく、俺のために愛情たっぷりで作ってくれたのであればいただくことにしている。とは言いつつこっちもタダでは済まないことが確定してるから、もし調理前で避けられるのであれば避けたいので一応止めはするけどな。でも今回の場合はもう出来上がりそうになっているため無視するわけにはいかない。女の子側も別に変なモノを食わそうとする意図はなく、至って純粋に作り、無自覚にゲテモノになってるだけだろうしな。ここは腹を括るしかなさそうだ。

 

 

「どうぞご主人様! 盛り付けておいたわよ!」

 

 

 キッチンに戻ってみると、テーブルに料理が並べられていた。破天荒な性格だからそのまま鍋ごと差し出してくるのかと思っていたが、皿に綺麗に盛り付けるとは予想外だ。隣にはついでに作ったのか焼売(シュウマイ)まで用意されており、手先の器用さが必要そうな料理なのに意外とスキルはあるんだと感心してしまった。ただ見た目と臭いは万人受けするものではなく、麻婆豆腐も焼売も紅色に紅色を重ねたように真っ赤だ。臭いも近くにいるだけで鼻の奥を突き刺してきて、既に舌がヒリヒリしていた。

 

 

「じゃあメイドらしくこちらから食べさせてあげるわね!」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 心の準備が……」

「あら、緊張してるの? 大丈夫よランジュが作った料理だもの、美味しいに決まってるわ!」

「相変わらずすげぇ自信だな。味見したのかよ……」

「心配ご無用。はい、あ~ん!」

「むぐっ!!」

 

 

 麻婆豆腐を乗せたスプーンを俺の口元に持ってきたかと思えば、『あ~ん』の掛け声とともに口にねじ込みやがった。もはや準備の時間すら与えてくれない。相変わらずパワータイプだが、ご主人様の行動を待たずして先走るメイドが世界のどこにいるってんだ。

 

 だがここで意外な事実が判明する。この麻婆豆腐、辛くない。見た目と匂いで舌が焼き切れることを覚悟していたので拍子抜けだ。しかも普通に美味い。専門の中華料理屋で出されていても遜色がないくらいだ。見た目と匂いが見掛け倒しって誰が想像できるんだよ……。

 

 

「なんかご主人様、いつも以上に戸惑ってない? あっ、もしかしてご奉仕の仕方が間違っているのかしら?」

「え?」

「こういう時は確か――――そうっ! こうすればいいんだわ!」

「へ……?」

 

 ランジュは自分の作った焼売を箸で摘まむと、なんとその体積の半分を自分の唇で咥えた。そして俺に近づくと、その焼売を俺の唇に押し付けた。

 

 

「ランジュ、あなたいきなり何を……!!」

「んぐっ!!」

「んっ……。どうかしら、味の方は」

「ん……。う、美味い。程よく冷めていい感じに……じゃなくて、どうして口移しをした!?」

「これがメイドとしてのご奉仕方法でしょ? エマや果林があなたにしてあげたいってよく言ってたから」

 

 

 アイツら自分自身の欲望が過激なのはまだ許せるが、それを誰かに伝染させるんじゃねぇよ。口移しなんて他の女の子たちからも滅多にやられないから普通に驚いてしまった。

 ちなみに唇同士が触れ合ってはいないようだ。触れていたらキスをした扱いとなり、俺の身体が例のごとく熱くなっているだろうから。それに感じたのも焼売の感触だけだったので、キス自体は未遂に終わって良かったよ。こんな形でコイツのファーストキスを奪ったら申し訳ないしな。

 

 

「シャワーを浴びている間に随分と大胆なことをしているんだな」

「ミアさん。これはランジュのいつもの暴走と言いますか……」

「暴走じゃない、至って冷静よ。ご主人様にしかこういうことはやらないんだから」

「俺にだけ?」

「えぇ、何と言うか、ご主人様――――零とこういうことをやるのはドキドキして、よく分からないけど幸せな気分になれるから……」

 

 

 ランジュが頬を赤らめて、普段見せない女の表情になる。

 まさか俺のことを意識しているのか? いつもは子供のような天真爛漫さと純粋さ、そしていつも友達感覚で絡んでくることから俺への好意はLOVEではなくLIKEだと思っていた。興味深い男が同じ同好会にいるから気になる程度の認識だと考えていたのだが、これは意外な一面を見ることができた。料理を作ってくれたのもメイドとしてのご奉仕だからってのもあると思うが、ご主人様のためという根底はしっかりと根付いているようだ。実際に料理は見た目と臭いはアレだったけど味は特に問題なかったしな。これも俺のために練習してきてくれたのだろう。

 

 そう考えるとコイツがより一層可愛くなってきた。

 

 

「ふえっ!? ご、ご主人様!?」

「悪い、いつもと違うお前が可愛くて思わず撫でちまった。でも料理を作ってくれて感謝してるから、これくらいお礼させてくれ」

「え、えぇ、こちらこそ……」

 

 

 普段喜ぶときはいつも笑顔満点になるのに、今はまさに恋する乙女って感じだ。いつもの豪快な彼女と比較するとその初々しさが余計に際立つ。ちゃんと女の子っぽい反応もできるんだな。

 そしてその様子を見て、栞子とミアがなんだかそわそわしていた。ランジュと同じく頬を染め、俺の顔を見たりそっぽを向いたりを交互に繰り返している。期待と不安が半々くらいの目。俺に何かを求めてるけど、自分からは言えないジレンマ。

 

 なるほどそういうことか。そんな表情をされたら2人にもこうしてやるしかないだろう。

 

 

「「あっ……」」

「お前らも、今日は俺のためにありがとな」

「い、いえ、ご主人様のためであれば……」

「ボクもいつもお世話になってるし、これくらいは……」

 

 

 やっぱり頭を撫でてもらいたかったのか。そのためにそわそわしていたと思うと可愛いな。思えば胸元が開いたメイド服という普通では恥ずかしい衣装を着てまで俺の家に潜入したんだから、そりゃ俺と仲良くなりたい欲はかなり強いのだろう。だったら俺もその覚悟に応えてやる義務がある。仲良くなると言うか、もうそれ以上の感情をこの3人は抱いているかもしれないけど……。

 

 その後はランジュとミアは栞子の指導の下で、見た目も匂いも完璧な料理を3人協力して作ったり、家じゅうを掃除したり洗濯も完璧にこなすなど、ご奉仕力としても女子力としても大幅にスキルアップしていた。1日一緒に暮らす中で俺たちの関係性も大きく深まったので、これはお互いにお互いの気持ちを伝えあえる日も近くなってきたかもしれないな。

 




 今回は追加メンバー3人と親睦を深めようの回でしたが、結局零君がいつも通り女の子たちを垂らしこんでいただけのような気がします(笑) そして何気に一番描きたかったのが最初の胸のシーンだったという……

 今回はこれまでとは違ってキスなしのお話でしたが、栞子、ランジュ、ミアが零君をどう思っているのか、そして彼も彼女たちとどう接しているのか、その入り口を描くことに重点を置きました。今後は個人回としてもっと彼らの関係を掘り下げていき、進展させていきたいと思っています。




 ここからは別件ですが、本日この『日常』シリーズが8年となりました。同じシリーズで小説を書き続ける私も私ですが、ここまで勢いを保っているラブライブシリーズ自体も凄いですね!
にじよんのアニメ化や幻日のヨハネ、新アプリや舞台化などまだ新たなストーリーやキャラが登場するみたいなので、この小説いつ終われるのか分からないなぁ……(笑)


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