「な~んで俺が部室の物置の片付けを手伝わなきゃいけねぇんだよ……」
「先生はスクールアイドル部の顧問なので当然デス!」
「いや勝手に顧問にすんな……」
俺は可可にスクールアイドル部の部室にある備品倉庫の片付けを手伝わされていた。『棚の上の重い荷物を降ろしたい』と男手が必要そうなお願いの仕方だったのだが、蓋を開けてみれば倉庫全体の掃除にまで駆り出される始末。実際に女の子が運ぶには重い荷物があったので騙されたわけじゃないのだが、その流れで他の作業まで手伝わされてしまっていた。最初から普通に頼み込んでくればこっちだって素直に了承したのに、わざわざ変な口実を作りやがって……。
つうかコイツらって俺を誘う時に何かと理由をこじ付けてくる。2人きりで勉強を見てくれだの、顧問の押し売りに来るだの色々だ。別に一緒にいたけりゃ空いてる時間であればいくらでも相手をしてやるのに、そういう素直に自分の気持ちを表に出せないところがまだウブなんだろうな。
「先生も往生際が悪いデスね。さっさと顧問堕ちすればこうして執拗に勧誘されることはなくなりマスよ」
「顧問堕ちって……。むしろ拒否され続けてんのに諦めないお前の方が往生際悪いだろ」
「諦めない粘り強さこそスクールアイドルに必要な根気デスから! それに顧問になってくれるのなら先生の方が嬉しいデスよね、かのん?」
「えっ!? 私に振るの!?」
俺たちの会話に混ざらず隣で黙々と作業をしていたかのんに飛び火する。俺と可可の顧問やるやらない論争はもはや日常会話レベルで定番になっているから、かのんは特に気にも留めなかったのだろう。だからこそ急に標的が自分になって驚いていると思われる。
かのんは頬を染めながら俺の顔を見たり目を逸らしたりしている。もしかして、いやもしかしなくてもコイツも俺に顧問になって欲しい系女子か? スクールアイドルが有名になったこのご時世、コーチを募集したり逆に募集されたりするビジネスが流行るくらいだ。それを利用すればいくらでもコーチを兼ねた顧問になってくれる奴はいると思うが、本人たちからすれば他所の見知らぬ奴より信頼できる奴の方がいいということだろう。ま、その気持ちは分からなくはないけどさ……。
「わ、私は……あっ、なんだろうこの本!! 埃被ってるからとても古そうだな~~なぁ~んて」
「ちょっとかのん逃げないでくだ……ん? サルでもできる催眠療法?」
かのんが棚の奥から取り出したのは、もう何年も開かれてないだろう埃塗れの本だ。かろうじてタイトル部分だけは読め、そのタイトルはさっき可可が言った通りだ。
つうかサルでもできるって、本当にそんなタイトルが付けられた本がこの世に存在してたんだな。漫画やアニメなどの創作世界だけのモノかと思ってたぞ。
「ふむふむ、どうやら日頃の疲労やストレスを催眠術によって解消する方法が書かれてるみたいデス」
「でもどうしてこんな本がスクールアイドル部の倉庫にあるんだろう?」
「日本の女子高生ってこういう効果が曖昧な遊びで盛り上がるのが好きじゃないデスか。かつては占いとか嘘くさい恋愛指南とかが流行っていたと聞きマス。これもその一環じゃないデスか?」
「どうだかは分からないけど、ここの倉庫にあったってことはスクールアイドルの誰かが使ってたのかな? ほら、疲労回復にも効果があるって言ってたし、練習終わりとかに遊びがてら試してたとか」
疲労を催眠術で治すなんてカルト的な何かを感じるんだが……。効果があるとは到底思えないが、こういうのはプラシーボ効果もあるから一概に効果ゼロとは言えないか。自分が元気と思い込むことで心身ともに活力が湧いて来るのは良くある話だ。それでスクールアイドルの活動が頑張れるのであればそれほど楽なことはないけどな、金もかからねぇし。
「あっ、いいこと思いつきマシた! ふっふっふっ、この催眠療法を先生に試してみるのデス!」
「はぁ? どうして俺なんだよ? 仕事は忙しいけど別に疲れてもねぇしストレスもねぇぞ」
「いや先生は重大な病に侵されています。顧問イヤイヤ病というどこの病院でも治療できない不治の病に……」
「それ俺がワガママ言ってるみたいじゃねぇか……」
「とにかくモノは試しデス! いいからそこに座わるデス!」
「ったく……」
可可は一度興味を持ち始めるとその対象に対して異常なまでの執着を見せる。俺に顧問になれと言ったり、かのんを執拗にスクールアイドルに誘っていたのがその証拠だ。そして今回も無理矢理倉庫の片付けを手伝わせてる上に、胡散臭い催眠療法を他人に試そうとしている始末。辛抱強いと言うべきか諦めが悪いと言うべきか。まあそれくらいの押しの強さがあるこそ今のLiellaがあるわけだから、一概にその性格を否定できないけどな……。
仕方ないから適当に付き合ってやることにする。椅子に座り、前には可可が本を開いて仁王立ちしている。
「ふむふむ、こうして五円玉に糸を括りつければ――――はい、催眠道具の完成デス!」
「なんて古典的な……。今の時代そんなのに引っかかる奴いねぇだろ」
「だからはモノは試しデス。絶対に先生を顧問にしてみせマスから、覚悟してくだサイ!」
「大丈夫かなぁ……」
「心配するなら止めてくれよ……」
「一度走り出したら満足のいく結果になるまで止まらないのが可可ちゃんなので……」
かのんも流れに逆らうのは諦めムード。もう半年も一緒にいるから可可が猪突猛進な性格だってことは分かっているのだろう。おみくじを何度もリセマラして大吉になるまで粘ってそうな性格だもんな……。
可可は催眠術のテンプレ道具である五円玉を垂らした糸を自作し、俺の目の前に突き出してくる。現代科学が発達したこの時代に子供騙しもいいとこだが、コイツが上海出身なことを考えると日本の古典文化に興味を示すのは不思議ではない。現に今のコイツ、超ノリノリだし。てか顧問にできるのなら手段を選ばないのな……。
「あなたは段々眠くな~る。あなたは段々眠くな~る。眠くなって可可の言うことを何でも聞くようにな~る」
最後思いっきり自分の願望を垂れ流してんじゃねぇかオイ。
可可は五円玉を括りつけた糸を左右に振りながら、これまた古典的なセリフで俺を催眠で操ろうとする。もちろんそんな子供騙しで強固なメンタルを持つ俺を意のままにできるはずがない。だけど効かなかったら効かなかったで効くまでこの場で耐久されそうな気もするので、ここは大人らしく子供の遊びに付き合ってやろう。
ゆっくりと目を瞑り、頭を頷くように動かして眠そうな様子をアピールする。これであたかも効いているかのような演出を作り出せているだろう。これでも世界的名女優である母さんの息子なんでね、演技は上手いぞ。
「く、可可ちゃん、先生の様子なんかおかしくない?? 凄く眠そうにしてるけど……」
「おぉ~まさか可可に催眠術の才能があったとは! こんなに簡単に人間を操れるのであれば世界征服も夢じゃないデスね……ククク」
「可可ちゃん、笑い方が完全に悪役だから……」
俺の見事な演技によって2人を騙せているみたいだ。かのんはまさか本当に催眠術が成功するとは思っておらず驚いており、可可は自分の新たな才能の開花(笑)に胸を躍らせている。つうか催眠で人を操るとかエロ同人じゃねぇんだから。もし本当にそんな力があったら俺が欲しいくらいだ。
「そろそろ何か命令してみマス。まずはお試しで……うん、あなたのお名前はなんデスか?」
「………神崎零」
「おっ、効いてますよかのん!」
「ホントに!? 可可ちゃんに才能があったのか先生がこういうのに弱いのかは分からないけど、とにかく凄いよ!」
「かのんも何か命令してみてくだサイ!」
「えっ、私も!? え、えぇっと、先生が勤務している学校の名前はなんですか?」
「…………結ヶ丘」
「「おお~っ!!」」
目を瞑ってるから分からないけど、コイツら今凄く目を輝かせてんだろうな……。まあまだ高校一年生だし、ガキっぽいところがあるのは仕方ないか。
つうか人の命令に対して律儀に反応するなんてペットの躾をされてるみたいで、なんだかプライドを傷付けられそうなんだけども。そのプライドを踏みにじってまでコイツらの遊びに付き合ってあげているんだから、大人の鏡として賞賛して欲しいよ全く。
「効果も実感できたので、そろそろ本題に行きまショウ。スマホで録音をオンにしておいて……よしっ、先生、可可たちの顧問になってくれマスか?」
「これで先生が私たちの顧問に……」
「…………」
「と思ったけど、何も答えないね……」
「何故デス!? まさか顧問になりたくない意思が強すぎるから!? くぅ~可可の催眠に抗おうなんて不届きものデス! 可可に不可能はないってことを教えてあげマス!!」
「ちょっ、可可ちゃん何をする気!?」
「ちょっとこの本を読み直して強い催眠のかけかたを調べるので、かのんは先生を見張っておいてくだサイ!」
「えぇ……」
敢えてだんまりを決め込んでみたが、案の定諦めてはくれないみたいだ。むしろ正常に応答しなかったせいで腹いせとして変なことを命令してきそうで怖いな……。
更に強い催眠術を探すため、可可は俺から少し離れたところで本を読んでいるようだ。そしてその間はかのんが俺の監視をしているみたいだけど……なんか距離が近いような気がする。催眠で目を瞑っている(設定)だから距離感は正確でないものの、女の子特有のいい香りとなんとなくの雰囲気から近くにいることが分かる。コイツ、一体どうしてこんな接近してくんだよ……。
「先生……もしかして今なら言えるかも」
「…………」
「せ、先生……わ、私のこと……好き……ですか? う゛っ、言っちゃったぁ……!!」
えっ、何言ってんだコイツ!? す、好き?? 俺が……かのんのことを??
驚いてはいるが、確かに予兆と言うかそういった素振りを見せることは幾多もあったから意外ではない。放課後に勉強を教えてくれと言って2人きりのシチュエーションをよく作ろうとするし、そもそも日常的に俺を見る目が熱い。これまで何人もの女の子に言い寄られていた俺なら分かる。コイツ、もしかして俺にことを――――ってな。
だけど実際に直接本人の口からそれが暴かれると分かっていても流石に驚いてしまう。目を瞑っているので彼女が今どんな表情をしているのかは見えないが、恐らくいつもみたいに顔を沸騰させて混乱しているのだろう。だって本人からの熱がこっちにまで伝わってくるくらいだし。
「先生、答えてくれるかな……」
そうか、何か反応してやらないといけないのか。とは言ってもどう返事をするべきか。無言を貫くのが最善手かもしれないけど、いくら俺が眠っている設定とはいえ勇気を出して質問をしたかのんの気概に応えてやりたい欲もある。現に本人も本音を聞きたい欲と、でもやっぱりまだ聞きたくない抵抗感が半々くらいだろう。目を瞑っているけどコイツがそわそわしているような雰囲気が伝わって来るからな。
しゃーねぇ。多感な思春期女子に華を添えてやるか。
「…………好き」
「ふえっっ!?!?」
「か、かのん!? いきなりどうしたのデスか……?」
「えっ、いやなんでもないよなんでも! あはは……。せ、先生、もう一回言ってください……」
なんだコイツ欲しがりかよ……。
俺に話しかける時はひそひそ声なので可可には聞こえていないらしい。これは『好き』という言葉を自分だけが聞きたい、自分だけに向けて欲しいという現れだろうか。なんにせよ今のかのんは心臓バクバクで息を飲みながら俺を凝視しているに違いない。まるで思春期男子がお目当てのエロ動画を見つけてドキドキ半分、緊張半分で再生ボタンを押す時のような、そんな感じだ。
「…………好き」
「ぴゃぁっ!?」
「かのん!? 本に集中できないので変な声上げるのやめてくだサイ!」
「ゴ、ゴメン……。先生、本当に私のことを……私を……あぁあああああああああああああっっ!!」
動揺しまくってるけど大丈夫かよ……。
好きかどうかって言われたら好きと言わざるを得ない。だって『恋愛的』に言われてないから人として好きってニュアンスでもOKってことだろ? コイツのことは我が子のように半年も近くで見続けてきたからな、それなりの情ってもんがあるんだよ。
もちろんそんな俺の意図はかのんには伝わっておらず、ガチで告白されたと思い込んであたふたしている当の本人。さっきから荒い息遣いが聞こえるので目を開けていなくても彼女の様子が伝わって来る。てかさっきから全然声が聞こえてこないんだけど、かのんの奴なにしてんだ……?
「よし、次はこの方法で――――って、かのん!? 顔真っ赤になってマスよ!? というよりショートしていマスけど大丈夫デスか!? それにどうしてそんなにいい笑顔で……」
「ふにゃぁ……す、好き……先生が……私を……」
「先生? 好き? 一体何があったのデスかかのん!? とりあえずそこに寝かせておきまショウ……」
どうやらかのんは沸騰のし過ぎで気絶してしまったらしい。笑顔ってことは、さぞ高揚感のある幸福に包まれてぶっ倒れたのだろう。『好き』というたった2文字で女の子をここまで悦ばせられるなんて超安いな……。
「好き……。そういえば、これを使えば先生に好きって言ってもらえるのデスよね……」
同じこと考えてやがるコイツ!? てか可可も俺に好きとか言ってもらいたい人種だったのか?? ほぼ毎日飽きもせず顧問に勧誘しに来るし、その流れでたまに昼飯を一緒に食ったりもするから意識はされてるとは思ってたけどここまでとは……。
「先生、可可のこと……好き、デスか……?」
さっきまでのテンションの上がり具合はどこへやら、急にしおらしくなって俺に問いかけてきやがった。未だに目を瞑ったままなので表情は見えないが、心の目でなんとなく分かる。じんわりと頬を染めてまるで恋する乙女かのような、人には見せられない羞恥に負けた顔をしているのだろう。
そこまで期待を込められたら応えてやるしかないだろう。まあ繊細なかのんとは違って気絶することはないだろうからな。
「…………好き」
「ふみゅっ!?」
なんだその異世界のマスコットキャラのような声は……。
「い、意外とダメージを受けマスね……。でも可可を倒すには至らなかったようデス……」
「…………好き」
「ひぎゃっ!?」
「…………好き」
「ひゃんっ!? はぁ、はぁ……顔が熱い……胸がドキドキするデス……。でもどうしていきなり連呼を……」
「…………好き」
「うひゃんっ!? あ、あぁ……」
ダメだ、反応が面白くてつい連発してしまった。いや今の可可の表情がどうなってるのか目を開けて見てみぇよ! 実はドッキリでしたって言った瞬間の驚く顔、羞恥に染まる顔が見てみたい! でも本人は幸せそうなのでこのまま気絶させてやるってのが一番の優しさだろう。ここまで好き勝手弄んでおいて優しさもへったくれもあったものじゃないけど……。
「先生が可可のことを……好き? 可可も先生のことを……うぅ、うぅぅううううううううううううううう!! かはっ!?」
「えっ、おい可可!? ってここで気絶するのか……」
俺はようやくここで目を開ける。まるで吐血したかのような声だったが、頭から煙を出しているのでただ心の熱さの限界に耐え切れなくなっただけのようだ。もちろん苦しみながらではなく幸せそうに気絶しており、隣に転がっているかのんも頬を紅潮させたままいい表情で眠っていた。自分で『好き』って言わせておいて自爆して気絶するって、どれだけ恋愛クソ雑魚なんだよコイツら……。虹ヶ咲の奴らとは特徴がまるで違って面白くはあるけどな。
このまま2人を床に寝かせておくと身体を痛めそうなので、とりあえず部室に運んでソファに寝かせてやる。未だに顔を赤くして息も荒いので、傍から見れば事後風景に見えなくもない。ていうか普通に勘違いされるよなこれ。千砂都たちが来る前に目を覚ましてくれると助かるのだが―――――
「こんにちはーーっ! って、あれ? 先生だけ……あっ」
「お疲れ~。ん? 先にかのんと可可が倉庫の片付けをしてたはずだけど……あっ」
「お疲れ様です。先生、いらしていたのですね……あっ」
「あっ……」
部室に千砂都、すみれ、恋の3人がやって来た。
催眠なんてかからねぇだろ~って言って実際にかかってしまうというフラグは回避したのに、どうしてエロハプニングに関わるフラグは毎回回収しちゃうかな俺……。
無駄だと思うけど一応弁解しておくか。こうして冷静でいるあたり、やっぱフラグ回収に慣れてるのだろう。慣れたくねぇけど……。
「な゛っ、な゛ななななな!? 先生あなたって人はまた学校の風紀を乱すことを!!」
「いや誤解だ」
「どうしてそんなに冷静なのです!?」
「アンタって意外とヤリ手だったのね……」
「人は見かけによらないってな」
「どうしてそんなに淡々としてるのよこわっ!? まさか他の子にも手を出してるんじゃないでしょうね!?」
「ビッグニュースビッグニュース!! 先生が部室でかのんちゃんと可可ちゃんを――――!!」
「おい学内で言いふらすのだけはやめろ!! 女子高生の噂の攻撃力知らねぇだろお前!!」
その後、なんとか噂が広がることだけは阻止することができた。この3人の納得を得るのは難しかったが、催眠術で遊んでいる最中にテンションが上がって興奮し過ぎたってことでこじ付け気味に説明して何とか理解を得た。俺に『好き』って言われて気絶したなんて俺からは言えねぇしな。それにコイツら自身も自分の恋心をまだ誰にも知られたくないから、恐らくこの説明で良かったんだろうな。
その間も、2人は幸せそうな顔をして眠っていた。
この小説でのLiellaのキャラは虹ヶ咲のキャラとは違って明確に恋愛下手なので、今回のようにたった一言で悩殺されるほど弱かったりします。そういうところが可愛かったりもするんですけどね(笑)
メインキャラの数が虹ヶ咲編の半分なので、1人1人の色々な反応を描くことができるため、キャラ個々人により深みが増すと思います! もしかしたらスーパースターのアニメ2期で追加キャラが来る可能性がありますが……