ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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 前回の次回予告で最終回と予告したのですが、あまりにも文量が多くなってしまったので前後編に分けました!
なので言ってしまえば、今回は次回への布石で前座回です。

 遂にAqours編の最終回。だけど描かれるのはいつもの日常……?


【最終話】恋になったAQUARIUM(前編)

 とうとうこの日が来てしまった。

 

 そう、俺が教育実習を終えこの地を去る日だ。

 

 ここへ来る前はこんな田舎に3週間も拘束されるなんて嫌気が差していたのだが、自然豊かで住民たちも温厚で、想像していたよりも遥かに過ごしやすかった。都会の賑やかさも好きっちゃ好きだけど、こうした静かな田舎でほのぼのと暮らすのも将来アリな気がしてくる。それになにより、この地の女子校生たちは俺に興味がある子たちばかりだ。そんな子たちに囲まれるハーレム空間も悪くはない。ここへ来た当初は早く帰ってμ'sに求められる生活に戻りたいと思っていたが、今はその思いに加えてこの土地に残りたい気持ちも現れたので、それだけこの土地で思い出をたくさん作れたということだろう。

 

 それになにより名残惜しいのは、Aqoursのみんなとしばらくお別れになってしまうことだ。μ'sに負けずとも劣らない個性的な子ばかりで、これでも最初は上手く顧問として彼女たちを指導できるか心配だった。でも毎日を共にすることでいつの間にかその(わだかま)りもなくなり、今ではここを離れることを惜しく感じてしまう。アイツらも俺と一緒に東京へ来ればいいのにとワガママを抱いてしまうが、Aqoursはこの自然豊かな土地でこそ輝けるスクールアイドルだから無理は言えない。

 

 こうして思い返すと、3週間なんてあっという間だった。Aqoursのみんなとはほぼ全員最悪の出会いだったから、好感度がマイナスからのスタートなんて一時はどうなることかと思ったよ。だからこれから出会い頭で痴漢行為なんて絶対にしないようにしよう。それに初対面の女の子に手を出した事実を()()()()に知られると、みんなからどんな制裁(肉体関係的な意味で)が下されるのか想像もしたくない。

 

 

 うだうだ言っているが、結局のところナーバスになっている気持ちを紛らわせるのには至らなかった。やはり自分が幾多の修羅場や恋愛を乗り越えてきたと言っても、別れというものはあまり経験したことがない。生涯の別れではないのでそこまで深刻になる必要はないのだが、3週間という短い期間と言えど毎日を一緒に過ごしてきた彼女たちと別れるのは寂しいものがあった。そのせいかは知らないけど、今日は朝からぼぉ~っとしちゃってるんだよな。

 

 

「神崎君? 上の空みたいですけど大丈夫ですか? もしかして体調を崩している……とか? 教育実習最終日に風邪だなんて、締りが悪すぎますよ」

「山内先生……」

 

 

 職員室の隣の席から、俺の高校3年生の時の副担任であり、教育実習の指導役でもある山内奈々子先生が俺に声を掛けてきた。教育実習最終日に元気がないのはマズイため、さっき適当に取り繕っていた妄想から言い訳を引っ張ってくる。

 

 

「いや、女性の怒りは地獄よりも恐ろしいと再認識しまして……。同時に身体も激しく求められそうで……」

「また女の子たちに手を出したんですか? 相変わらず高校生の頃から懲りないですね神崎君は」

「それを職員室で言うのやめてくれません!? いや事実ですけど、最後の最後で俺がヤリチンみたいだという認識を他の人に植え付けなくてもいいでしょ!?」

「植え付けると言いますか、他の先生方はみんな知ってますよ。神崎君の性格だったら何もかも」

「へ……?」

 

 

 職員室中を見渡してみると、先生たちがウンウンと達観したように頷く。

 しかもその中には、この3週間俺と大して絡みがなかった先生まで含まれていた。やっぱり俺って見た目で分かりやすい性格をしているのだろうか? それか先生たちの見る目が鋭いからだろうか? どちらにせよ、俺の言動から人間性を察する社会人すげぇと思ったし、その人間性を身勝手に振舞う俺はまだまだ子供だなぁと思うよ。

 

 そもそも、俺がこの学院の生徒たちに手を出していた事実には誰も深く言及しないんだな。知っていたのに何も言ってこなかったということは、つまり微笑ましく見逃されていたということだろう。これも若気の至りかぁみたいな感じで……。なんだろう、俺の周りの大人たちって男女交友を認める楽観的な人が多くねぇか?? 秋葉といい母さんといい親鳥といい……まあそのおかげで今の立場がある訳だから、文句は言えないけど。

 

 

「あっ、もうすぐで教育実習最後の授業ですね。高海さんたちのクラスですから、最後にバシっと決めてくださいね!」

「なに? 俺に一発ギャグでも期待してるんですか??」

「生徒さんが欲しそうな顔をしていたら、場合によってはアリです♪」

「山内先生って、そんなSキャラでしたっけ……」

「私は好きですよ」

「えっ!?」

「想定外のことが起きた時の、神崎君の焦り様が♪」

「あぁそっちね……」

 

 

 ビビったぁ……一瞬山内先生が俺に告白してきたかと思っちまったじゃねぇか。まさか教育実習最終日になって、教師としての絆を深め過ぎた故の愛が抑えきれなくなった――――みたいな展開を想像してしまった。いくら女性好きとは言っても、流石に恩師を好きになるのはねぇ……。でも先生が本気だとしたら俺は応える義務がある訳で……。それに山内先生、おっとりとしていて普通に可愛いしな――――

 

 

 んっ!? ま、待て待て!! 俺が告白すべきなのは山内先生じゃねぇだろ!! 危うく先生の発言に騙されて今日の目的を見失いそうなるところだった。全く、先生ルートだなんて並のギャルゲーでも存在しねぇぞ……。

 

 そうだよ、俺が想いを伝えるべきなのはAqoursのみんな!! 教師恋愛なんかには決して興味ない!! 以上!!

 

 

「そ、それじゃあもうすぐ授業ですし、そろそろ行きましょう!」

「そうですね。教室の後ろから神崎君の授業を見るのもこれで最後かと思うと、ちょっぴり寂しいです」

「ッ……!?」

 

 

 な、なに!? ここから告白の流れに持ち込むようなセリフを吐かれて、どう返したらいいのか分からないんだけど!? ただでさえこれからAqoursのみんなに想いを伝えなきゃいけないっていうのに、変なところで緊張させないでくれよ先生!! 山内先生にフラグを立てた覚えなんてないし、もしここで先生ルートに入ったら激動の最終回として後世に語り継がれるぞこれ!!

 

 

「その慌てっぷり……。しんみりとした気持ちはちゃんと払拭できたみたいですね」

「あっ、そういえば……。もしかして先生、俺の考えてること最初から全部分かってたんですか?」

「さぁ、どうでしょう♪」

 

 

 高校時代も教育実習も、何かと俺を気にかけてくれた先生。普段はあまりふざけない先生がここまでお茶目に振舞っていたのは、思いつめていた俺の心を軽くするためだったのだろう。深夜の音ノ木坂に忍び込んで授業の練習をするくらいに小心者だった山内先生がここまで大人になった姿を見ると、自分の方が年下なのに子供の成長を見守る親のような感覚になる。

 

 それと同時に、親に優しく宥められた感覚にもなった。Aqoursと別れるのが寂しいとはいえ、さっきみたいにナーバスになってたら想いを伝えるどころの話ではない。Aqoursのみんなは俺との別れを絶対に悲しむだろうから、俺くらいは笑顔でいてやらねぇとな。

 

 

「山内先生、ありがとうございました」

「いえいえ。最後まで気を抜かずに、頑張ってくださいね!」

「はい!」

 

 

 思いがけずしんみりとしてしまったが、これまた思いがけない人に助けられた。先生は俺とAqoursが男女の関係に近しいものとなっていることは知らないはずなので、ここまで爽やかに背中を押されると申し訳ない気持ちは少しある。だが、それを踏まえてでも先生からの激励は確実に俺の心を前向きになるよう促した。

 浦の星に教育実習へ行くことが決まった当初は、俺の担当が地味に頼りないと思っていた山内先生だと聞いて若干心配していた。でも今になって思えば、先生が俺の担当で本当に良かったよ。おかげでアイツらを不安にさせることなく自分の想いを伝えられそうだから。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 そんなこんなで、教育実習最後の授業が無事に終了した。最後だから名残惜しい気持ちはもちろんあったのだが、山内先生の後押しのおかげでむしろこれまでよりも気合を入れて授業に望めたと思う。

 そして授業を受けていた2年生の生徒たちも、最後の俺の授業だからなのか全員がいつもより真剣に授業に臨んでいた。昼過ぎの授業なのに誰1人眠気でウトウトすることはなく、あの千歌でさえも真面目にノートを取っていたくらいだ。そんなみんなの姿を見て、最後の最後で初めて超エリート校の講師を努めた気分だったよ。こう言ってしまうと普段は浦の星の生徒が不真面目に捉えられてしまうかもしれないが、まあそこは言葉の綾ってことで。

 

 授業が終わったあと、いつものように空き教室で教育実習のレポートを作成していると、ポケットに入れていた携帯が震えだした。届いていたのは1件のメッセージ、差出人は千歌からだ。一旦レポートを書く手を止め、そのメッセージを開いて内容を見る。

 

 

『先生! レポートを書き終わったら速やかに部室へ来ること!!

 もし遅れたら私に2回も痴漢したこと、みんなにバラしちゃいますからね♪』

 

 

 おいおい、こんな強引な誘い方がこの世にあったのかよ……。教育実習という社会人の門を叩いた今なら余計に実感する千歌のいい加減な連絡の仕方。元から人にものを頼む態度がなってないと思っていたが、まあこうして挑発するほどに俺を求めているということだろう。むしろそうでないと若干だがイラつくこの感じを抑えられねぇ。それにだ、1回目の痴漢はまだしも2回目の痴漢はお前から誘ってきたんだろうが……。

 

 とはいえ、彼女たちに用があるのはむしろ俺の方だ。部室で待っているのが千歌1人なのか全員なのかは文脈から読み取れないが、普段はこんな催促の連絡を寄越さないので恐らく何か特別なことでもあるのだろう。最後だからこそ今まで横道に逸れがちだったミーティングを真剣にやりたいとか、練習をいつも以上に本気でやりたいとか、そんなところか。

 

 だったら彼女たちと一緒にいられる時間をレポートごときで潰す訳にはいかない。俺はPCを閉じてレポートを書く手段を完全に断つ。そして気付かぬ間に、身体が自然と部室の方へと歩き始めていた。

 部室に行くのもこれが最後だと思うと、いくら山内先生からファイトをもらったとは言えども寂しくなってしまう。廊下ですれ違う女の子たちに話しかけられるのも、窓の外から部活をしている女の子たちに手を振られるこの光景も最後。教師が異動や退職で学校を去る時に抱く気持ちが、たった今分かったかもしれない。

 

 

 そんな感傷に浸っている間に、いつの間にか部室の前にまで辿り着いていた。このドアを開けるのも部室へ入るのも最後、何もかもが最後で思わずドアノブに手をかけることすらも躊躇ってしまうくらいだ。

 でも、俺には想いを伝えなければならない子たちがいる。あくまで俺の身勝手な想いだから、彼女たちがどう反応するのかは考慮していない。場合によっては彼女たちの笑顔が揺らいでしまうかもしれない。だがいくら女の子の笑顔が好きな俺でも、相手のご機嫌を取るために自分の気持ちを偽ることはできない。そんなことをしたら何のための告白なのか、その意味が分からなくなっちまう。

 

 俺は再び決心をつけると、微妙に手をかけていたドアノブをしっかりと握ってドアを開け放った。

 すると、部室内の色とりどりの装飾に目を奪われる。そしてその直後、部屋中にクラッカーの鳴る音が響き渡った。

 

 

「「「「「「「「「先生! 教育実習お疲れ様でした!!」」」」」」」」」

 

 

 Aqours9人が一斉に声を揃え、呆気に取られる俺に全員が注目する。最後だから本気で練習をするものかとばかり思っていたので、盛大に歓迎された勢いで後ろに仰け反ってしまった。それにみんなから明るい微笑みを向けられると、女性慣れした俺でも流石に緊張してしまう。

 

 

「あっ、もしかして先生……照れてます?? ちょっと顔が赤いから照れてるんだぁ♪」

「もう千歌ちゃん、せっかくのお見送り会なのに主役を煽っちゃダメでしょ……」

「そうそう。俺のためにこんなサプライズをしてくれたのに、照れない方がおかしいだろ」

「うんうんそうですよね――――って、あれ? 先生照れてるんですか!? 私が抱きついてもあまり動じないあの先生が!?」

「俺はそんな完全無欠じゃないっつうの。それに女の子に抱きつかれたら誰だってドキドキするから」

 

 

 お疲れ様の後の開口一番に煽りの言葉が出てくる辺りが、まさに千歌らしい。他のメンバーもそれには苦笑いで、その様子を見ると恐らく当初の予定に千歌の出しゃばりは組み込まれていなかったのだろう。

 

 

「それにしても部室にこんな飾り付までして、よく学校が許してくれたな……」

「あぁ、そのことですか。許してくれたのは鞠莉さんですわ……」

「鞠莉が?」

「そうっ! なんたって私はこの学院の理事長ですから! この私にかかれば、部室で大声を出そうがパーティをしようが乱交をしようが大丈夫よ♪」

「えっ、このパーティって……マジでやんの?」

「都合のいい勘違いをしないでください!! 鞠莉さんも誤解を生む発言は慎むようにと予め言っておいたはずですが? 今日は先生にとって大切な日なんですから」

「ソーリーソーリー。ついテンションが上がっちゃって……ね♪」

「本当に反省しているんですか全く……」

 

 

 千歌と同様に鞠莉も平常運転でダイヤのSAN値が危ぶまれるが、逆に言えばいつも通りだからこそ安心できる。他のメンバーも特別なこの日だからなのか、俺が部室に入ってきた時は畏まった態度だったが、結局千歌や鞠莉がいつものノリにシフトしたせいでみんなの雰囲気も穏やかに戻った。まあ俺たちにとってはこのゆるゆるな雰囲気が一番似合ってるよ。

 

 ここで改めて部室を見渡し、部室が色晴れやかに飾り付けされていることを再認識する。ご丁寧に折り紙の輪飾りが施されており、普段の地味な部室が一転して華やかになっていた。そしてホワイトボードには俺と千歌たちの絵がデフォルメされて描かれている。いつもはダイヤのμ'sの誰かさんを模倣した無茶な練習計画が無慈悲に書かれているのだが、そういった意味でも部室の空気がいつもより浮き足立っている気がする。

 

 

「この絵、可愛くできてるじゃん。誰が描いたんだ?」

「あっ、ル、ルビィです……」

「へぇ、お前にこんな特技があったなんて知らなかったよ」

「そ、そんな特技というほどでは……!! それに絵なら曜さんの方が!!」

「いやぁ私は衣装とかコスプレの絵なら描けるけど、こんなに可愛いちびキャラの絵はルビィちゃんにしか描けないって! まあこの絵だけは別のインパクトがあるけど……」

「えっ? この絵って――――あぁ、そういうことか……」

 

 

 俺たち10人のちびキャライラストの中で、一際異彩を放っているのが黒い翼の生えた女の子の絵。ちびキャラと翼の絵のタッチが違うことから、多分あとから誰かが描き加えたんだと思うが、その犯人はこの絵を見れば一発で察せた。それにその犯人、既に俺の横で得意げに不敵な笑みを浮かべてるしな……。

 

 

「フッフッフ、この絵にインパクトを感じるなんて、眷属としては中々の闇の波動を持ってるわね。本来なら、人間風情にヨハネの気高き翼が見える訳ないもの」

「いや、水性ペンで描いてあるだけだろ。こうして指で拭えば消えちゃうし」

「ちょっとちょっと何勝手に消してるのよ!! それに最後なんだし、少しくらいは乗ってくれてもよかったんじゃない!?」

「お前の中二病に乗った時点で、俺の信頼から社会的地位まで全て失うからヤダ」

「真顔で否定するんじゃないわよ!!」

 

 

 俺はな、中二病関連でヒドく心を抉られたトラウマがあるんだよ。5年前、穂乃果や凛の中二病に釣られてしまい、粋っていたところを真姫に冷たい目で見られるという人生ベスト3クラスのトラウマがな……。善子と一緒にいると、毎回このトラウマが記憶の奥底から蘇ってくるので早く忌まわしきこの呪いを封印したいんだよ。あっ、このセリフが中二病なのか……中々抜けねぇな俺も。

 

 ここでふと、俺の鼻に甘い匂いが舞い込んできた。

 振り向くと、果南が白いクリーム(意味深ではない)とイチゴをふんだんに使ったホールケーキを抱えていた。

 

 

「それは……?」

「せっかくパーティを開くんですから、1つくらいは摘めるモノがあった方がいいかなぁと思いまして。流石に学内なので、そこまで大層なモノは準備できませんでしたが……」

「なるほど、それじゃあ俺のためにお前が作ってくれたのか?」

「そうですけど、発案したのは花丸ちゃんです。私はケーキ作りをサポートしただけですから」

「花丸が?」

「は、はいっ! 先生に一度、マルの手料理を食べてみたいとメールを頂いたので、それからコツコツ練習してました!」

 

 

 け、健気すぎる!! 前々から知っていたことだが、性的なことに純真なだけで全体的にピュアなのが花丸なのだ。恐らくメールというのは俺の勘違いが大爆発した時に送ったものだろうが、それを今となってわざわざ実行してくれるあたり相当殊勝な子だ。

 

 

「ケーキ作りは初めてなので、美味しくできたかは分からないですけど……」

「いや、こんなにいい匂いなのに美味しくない訳ないだろ。早速もらうぞ」

「ちょっ、ちょっと待ってください!! 一旦マルが毒味してからでもいいですか!? 塩と砂糖を間違えている可能性がありますし、そもそも味をもう一度確認しないと安心できないというか……」

「作ってる時も散々味見して確かめてたでしょ。思わず先生に食べてもらう分まで食べちゃいそうな勢いでね♪」

「か、果南さんっ!! 余計なことは言わないで欲しいずら!! 恥ずかしい……!!」

「ちょっとくらい食いしん坊でもいいじゃねぇか。そういうところも可愛いから」

「も、もう2人してぇ……」

 

 

 俺の追い出し会のはずなのに、花丸が顔を赤くしてどうすんだよ……まあ俺たちのせいなんだけどさ。でも心配せずとも、匂いフェチの俺がいい香りと評したモノに不味いモノなんて存在したことがない。幾多の女の子を匂いだけで嗅ぎ分けて判別してきた俺だからこそ下せる評価だな。

 

 そして俺を皮切りに千歌たちが一斉にケーキを食べ始めたが、花丸の心配は案の定杞憂に終わった。あのツンデレの善子も絶賛するくらいで、その様子を見て花丸の緊張もすっかり溶けてしまったみたいだ。

 

 

「おかわりーーーーっ!!」

「太るよ千歌ちゃん……」

「むっ、梨子ちゃん! 女の子に向かってそのセリフはどうかと思うなぁ!?」

「あはは、今日は先生のためのパーティなのに千歌ちゃんがバクバク食べちゃってどうするの……」

「曜ちゃんまで……。それにバクバクって、それじゃあ私が食い意地張ってるみたいじゃん!!」

「「いや張ってるから」」

「今度は2人してっ!?!?」

 

 

 パーティを開いてくれるのは特別なこと極まりないが、結局みんなと一緒にいると会話の流れが自然といつも通りになってしまう。誰かがバカを言って誰かがツッコミ、そして周りの人が笑い、そして次第に全員が笑顔になっていく。この一連のフローチャートは俺がAqoursの顧問になってからずっと繰り返されてきた処理で、どんなに練習がキツかろうが歌やダンスが上手くいかなかろうが、最終的にはみんなが手を取り合って笑顔になる。俺が浦の星へ来る前に一致団結して苦難を乗り越え、絆を深めてきたことが見ているだけでも分かり、俺はそんな日常が大好きなんだ。

 

 

「全く、相変わらず騒がしい方々ですわ……」

「いつもはお前も十分うるせぇけどな。千歌や鞠莉と同じくらいに」

「な゛ぁ!? 私はミーティングの時に話題をすぐ逸らそうとする人たちを咎めているだけですから!! それに今日は特別な日なので、ふざけずしっかりしてもらわないと」

「別にいいよ。むしろ俺にとっちゃいつものお前らを見せてくれる方がお土産になるから。もちろんこうしてパーティを開いてくれたことも嬉しいし、花丸と果南がケーキを作ってくれたことも嬉しいけどね」

「まあ先生がいいのならそれでいいのですが……」

 

 

 俺にとって何が一番のご褒美かって、いつも通りみんなと馬鹿騒ぎすることなんだよ。一緒に心の底から楽しく騒げるということは、お互いがお互いを気兼ねない存在だと認識しないといけない。だから俺はAqoursとの出会いが最悪だった分だけ、こうして一緒に日常へ溶け込めるだけでもご褒美なんだ。それに馬鹿騒ぎして自然と溢れる女の子の笑顔は、笑顔厨の俺を十分に満足させてくれる。特別なパーティを開いてくれるのはもちろん嬉しいけど、何気ない日常こそが俺の一番の宝だ。

 

 

「まさかあの花丸が誰にも内緒で花嫁修業をしていたなんて……ノーマークだったわ」

「は、花嫁修業って、そんな先生のお嫁さんなんてまだ早いずらぁ~♪」

「って言ってるけど、顔がとっても嬉しそうだよ花丸ちゃん」

「ふぇっ!? ル、ルビィちゃんも善子ちゃんも見ないでぇ~~!!」

「珍しいわね、ズラ丸がここまで恥ずかしがるなんて。ハッ、これはいつも馬鹿にされている日頃の恨みを晴らすチャンス!?」

「やめなよ善子ちゃん、どうせいつもの不幸で空回りして終わりなんだから」

「…………ルビィって、いつもはオドオドした感じなのに、私にツッコミを入れる時だけやけに辛辣じゃない……?」

「好感度が高いからこそだよ。多分ね」

 

 

 いつもは基本的にマスコットキャラとして場を和ませる花丸とルビィだが、善子と絡む時だけはやたら冷たいツッコミを入れるのがもはや日常となっている。まあ今日は花丸が羞恥に悶えているため、善子の掃除役は全てルビィに一任されている訳だが、そうなっても普段と何ら会話が変わることはなかった。善子には悪いけど、1年生組から雑な扱いを受ける彼女を見ると安心できるよ。これがいつもの日常だからさ。

 

 

「それにしても、よかったわね果南!」

「鞠莉……。よかったって、何が……?」

「隠さなくてもいいのに。サポートとはいえ、先生にケーキを褒められて嬉しかったでしょ?」

「ま、まぁそうだけど……。でも私がやったことと言えば、花丸ちゃんにケーキ作りの工程を指示したくらいだよ」

「それでもお前も一緒に作っていた事実には変わりないだろ? それに俺は嬉しいよ、お前が俺のために何かをしてくれるってだけでもさ」

「そう、ですか……」

「あぁ~果南、顔が赤くなってるぞ♪」

「う、うるさいっ!! あぁもう、先生と一緒にいると本当に調子狂いますね!!」

「お前なぁ……珍しく恥ずかしがってるかと思えば、いきなり俺のせいにすんな!」

 

 

 そもそも果南が取り乱すこと自体が希少なのだが、俺とお風呂を共にした一件以降はある程度心の整理ができて落ち着いたのか、こうして女性としての感情を押し出すことも多くなった。出会った当初は俺にあまり興味がない感じで、着替えを覗かれても嫌な顔1つしかなったあの頃と比べれば女々しくなったもんだ。それに俺に興味がなかった彼女が、門出を祝うためにケーキを作ってくれた事実だけでもこちらから積極的にコミュニケーションを取りに行った甲斐があったよ。μ'sとの経験で女心を掴むことには慣れているが、やはりこうして行動で好意を示してくれると俺も安心できる。

 

 そしてそれは、俺のためにこの場を盛り上げてくれるみんなだって同じだ。ここには俺との出会いが最悪の子たちも何人かいるのだが、そんな忌まわしい過去を顧みず、みんなが俺を明るく笑顔で送り出そうとしてくれるのが心に響く。たった3週間、されど3週間。この期間に俺たちが育んだ絆と愛が、それほどまでに大きかったってことだろう。

 

 

「あっ、そうだ! 私たちと写真撮りましょう先生!」

「どうしたいきなり……」

「だって先生って、いつも私たちを撮影する側だったじゃないですか、ブログの写真やPVを撮影する時も。気付きませんでした? 私たちと先生が一緒に写っている写真、実は1枚もないんですよ?」

「そうだっけか? まあ顧問の俺からしたらお前らが主役だから、それもそうだろうけど」

「だからこその写真1枚に思い出をたっぷりと込めましょう! さぁ、こっちです!」

 

 

 千歌に手を引かれ、俺たちのちびキャライラストが描かれているホワイトボードの前に全員が集まった。そしていつの間にか机にはお高そうなカメラがスタンバイ状態であり、あと数秒でシャッターが切られるようだ。

 俺は千歌によって最前列の真ん中へと促され、周りにみんなが集まる形となる。このままいけば自分もまるで青春時代に戻ったかのような思い出作りができる――――と思っていたのだが……。

 

 

「先生の隣、も~らった!!」

「わ、私だって先生の隣に!! なんならまた膝枕しますから!!」

「だったら私も理事長特権で先生にハグしながら写っちゃおうかなぁ♪」

「そ、それじゃあルビィは先生にギュッとされたいです……」

「私は後ろから先生を抱きしめちゃう! ヨーソロー!!」

「ア、アンタたち先生に引っ付きすぎよ!! 私だって……!!」

「だったらマルは……マルは……もう場所がない!?」

「みんな相変わらずいつも通りで安心するよ」

「感心してる場合ではないでしょう果南さん……。こんなに密集しなくても写真には収まりますのに」

 

「お、おいお前ら!!」

 

 

 もうね、もはや誰からツッコミを入れていいのやら分かんねぇ。ただでさえ部室の人口密度が女の子に支配されているのにも関わらず、前後左右からここまで密着されると女の子特有の甘い匂いがいつも以上に半端ではない。今日ぐらいはいつも容易に切れてしまう理性を抑えようと思っていたのに、これではいつも通り興奮していつも通り手を出してしまう羽目になる。

 しかもコイツら、もう何の羞恥もなくおっぱいを俺に押し付けてきやがるので男の恐ろしさを身をもって教えてやりたくもなる。まさか最後の授業が保健体育の実技だなんて、ある意味で思い出に残るかもしれないな。想いを伝える感動のシーンの前にR-18を挟むとか、エロゲー界隈でも稀に見ない展開だぞ。まあ流石にこの特別な日にそんなことはしないけど、一歩間違えば最初に鞠莉が言った通りの乱交展開もありえたかもしれない……。

 

 そして馬鹿騒ぎしていたせいか、カメラのシャッターが切られるまで俺たちは集団密着している本当の目的を忘れていた。そのシャッター音を聞いて、俺たちは一斉に無言でカメラを見つめる。どんな写真が出来上がっているのかは想像もつかないが、見る人が見たら『リア充爆発しろ』なり『教師と生徒の売春現場かな』なり色々勘違いされてしまいそうな写真には違いない。

 しかし俺たちから見ればいつもの日常の風景が如実に現れている写真なので、これはこれでアリかなぁと思ったんだけど、学院の部室に飾る写真だという理由で撮り直しになりましたとさ。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「最後の最後でも結局いつもとやってること変わんねぇなオイ……」

「私は楽しいからいいですけどね♪」

 

 

 一通り騒ぎに騒ぎ倒して閑話休題。さっきの騒動で無駄に体力を使ったのか、みんな椅子に座って若干ぐったりとしていた。それと同時に陽気な雰囲気も落ち着き、悪く言えばテンションが下がり、良く言えばようやく本題に差し掛かることのできるムードだ。

 

 俺は賢者モードが漂う雰囲気の中、みんなの顔をざっと見渡して話を切り出す。

 

 

「なぁ、みんなで屋上に行かねぇか?」

 

 

 突然話題が別ベクトルに切り替わったためか、千歌たちは頭に"?"マークを浮かべる。

 だが俺の真剣な表情を汲み取ったのか、9人は何も言わずに頷いた。

 

 

 

 さて、これからが本番。今までは千歌たちに告白されるだけの俺だったが、今日はこちらからの反撃って訳だ。ただ気持ちを受け取るだけでここを去る選択肢もあったはあったが、それでは俺も彼女たちもスッキリしない。それに女の子からの好意をなあなあで済ませてしまうとどうなるのかは、μ'sとの関係で痛いほど思い知らされているから絶対に無下にできない。

 

 一度ここを去るだけ、また会える日が来るはず。

 だけど俺とAqoursの関係は、ここで一旦ケリを着けたい。彼女たちの本気の想いを無駄にしないためも。そして俺の中で、彼女たちの存在をより確固たるものにするためにも。

 

 

 遂に、この時が来た――――――

 

 

 

 

To Be Continued……

 

 




 最終回だからといって怒涛の展開や感動的なシーンになるのではなく、最後の最後までいつもの日常を貫き通すのが零君たちかなぁと勝手に解釈しています。その中でちょっと恋愛が含まれているくらいが、この『新日常』の小説としては似合ってると思います。

 そして、次回は本当に本当の最終回です!



新たに☆10評価をくださった

永遠の願渡@アルトさん、 星守銀河さん、銀翼のイカロスさん

ありがとうございます!

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