東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第七話 認める時

 夜であれば梟など、夜の住人が鳴いて少しだけ賑やかさを見せる森。

 その森の中、先にある建物へと近づくにかけて太く大きくなる木々が並び立つ森の中、昼間は静かなお屋敷が建っている。

 今現在住まう者達の上背を考えれば随分と大きな門扉を、褐色の肌をした女と日焼けなどしたことがない様な白い肌の少女が、固く手を結び離れないようにしながら潜り抜けていった。

 昼に見ると朱色に近い壁の色をしたお屋敷。

 屋敷の主の名を冠した外観を持つ紅魔館へと、褐色の肌をした女アイギスに連れられて無事に辿り着いた少女。

 種族柄あまり体の強い方ではないため、来る途中何度か息を切らしてしまい、休み休み動いたために紅魔館へと足を踏み入れたのはもうすぐ日が暮れ始めるかという時間であった。

 

「さ、この扉を開けて中へと歩めば、貴方様も屋敷の住人となります」

 

 正面の玄関扉前で立ち止まり、屋敷の内にはお一人で。

 そんな事を態度で示すように固く繋いでいた手を離すアイギスだったが、解いた指は再度魔法使いの少女に取られてしまった。

 既に話は通っていて、屋敷の主も使用人にもこの少女の事は伝わっている、であればお連れするという仕事はここまでのはず、そう考えて手を離したように見えたが魔法使いの少女からすれば少し違うようだ。

 

「屋敷の主様とお目通り叶うまで一緒にいてもらえませんか?」

 

 浅黒い手を取りながら、帽子に付けた月の飾りを斜め上に向けて懇願するあどけない魔女。

 屋敷までの道中ではアイギスに向けて怯えや畏怖といった感情を向けていた魔法使いのこの少女、追いかけてきていた者達の最後を見て、あの惨状を垣間見て怯えや畏怖といったモノを持たない方がおかしいとは思う。

 けれど手を取られながら一緒に歩む中で少しずつ心境に変化があったらしい、父と母が何度も少女に話をしては崇拝していた者、両親の話の通りに商売人としては気安いアイギス。

 そんな商売人に依頼の延長を願い始めていた。

 

「構いませんが、ご当主への謁見やその後のお話し合いはノーレッジ様でお一人で、という条件を出させて頂きますが宜しいですか?」

 

 この少女、パチュリー・ノーレッジの窮地を耳元で騒がしくなった羽虫を払う程度の感覚で払った商売人。

 生まれて二桁程度の箱入り娘が見るには少し、いや、随分と刺激的な光景だったはずだがそれが功を奏して、かつて母が向けていた畏敬の念というモノをこの少女からも感じているアイギス。

 悪魔らしく真っ正直に崇拝されるならそれを報酬として少しだけの依頼延長としたようだ。

 

「そこまで甘えられませんし大丈夫です、ありがとうございます」

「礼は結構です、あくまでもお仕事ですので。それよりもお屋敷(新居)へと入られては? このまま冷やしていては御身体に触ります」

 

 パチュリーに取られている手でそのまま屋敷の扉を開く。

 二人で開けたというよりもアイギスがパチュリーを促して開けさせたという方が正しいだろう、未だ顔を合わせていない吸血鬼の姉妹に屋敷の使用人。

 その者達が本当に受け入れてくれるのだろうか?

 立ち入ったこともない屋敷の見知らぬ相手達に対してそう考えても当然ではある、が一度受け入れると約束したのだからその約束が反故にされる事はないだろう。 

 約束を反故に、見逃したり甘えを見せた結果どうなったのか、屋敷に住む吸血鬼達は知っているはずだから。

 

~少女入館中~

 

 近くの立ち木に止まる梟が静かに鳴く夜になった頃。

 鮮血に染まる屋敷の中では、誰かが誰かに剣を向けて激しく争う音がしていた。

 この世に生まれ落ちて200年は経とうかという屋敷の主に見守られ、黒いネクタイを揺らしながら主の妹君と激しく争うアモン角を生やす女。

 赤々と燃える妹君の捻くれた剣を、同じく()()を灯したスコップで受けて、交差する火の粉と高音の金属を周囲へと散らしている。

 強大な力を持つ人外の者同士。

 夜の闇を味方にしこの一帯を統べる吸血鬼と、それらが生まれる以前にこの地へと渡り長く生きている羊の悪魔。

 そんな、人からすれば恐れとしか言えない者同士がぶつかる度に火の粉を散らして、時には床や壁のような高さはある本棚を焦がしながら一方的な力のぶつけ合いが始まっていた。

 

「ヤダって言ってるでしょ!」

 

 羊の悪魔アイギスが盾役という仕事を終えてから、日中に紅魔館に来る事はあっても吸血鬼の活動時間に訪れることは本当に少なくなっていた。

 今晩は昼間に交わした約束の通り、久しぶりにお屋敷で夜を明かすつもりだったのだが、ある事を妹君に伝えてからは今のような荒々しい状況になってしまっているようだ。

 

「アイギスのおバカ! わからず屋!」

 

 紅魔館の地下部分に広がる一室。 

 数百数千では留まらない蔵書量を誇る書庫内で炎の魔剣を振るう妹君、以前の姉妹喧嘩で姉に向かい言っていた事と同じような言葉をアイギスに向けて放つ、紅魔館の問題児フランドール・スカーレット。

 姉であるレミリアからの許しを得て初めて一人での狩りに出た今宵、初日から上手く狩れて腹も気分も満ちている、そんな嬉しい晩にアイギスの姿を見たものだから、高揚したままアイギスに飛びついていたのだが…

 

「また我儘を申されて、出来れば笑って送り出して頂きたいのですが」

 

 ほんの少しだけ眉尻を下げて笑み返答を述べるのは、フランドールからおバカ! わからず屋! と言い切られたアイギス。

 狩りの成功と姉との喧嘩に勝つ(許しを得る)という、フランドールの確かな成長を日中館内で美鈴から聞き、そこまで成長したのなら過去に預かったモノを返してもいいだろうと考えて今晩伝えるつもりのようだった。

 

「これ、本当に放っておいていいの?」

 

 レミリアと共に二人の争いを見上げている屋敷の魔女、パチュリー・ノーレッジ。

 魔女と並び座る屋敷の主レミリア・スカーレットに向かって気安い口を吐いているが、これがこの屋敷に住む条件の一つらしい。

 客人扱いはしない、住むのなら身内として扱ってやるから態度も言葉遣いもそれらしくしてみせろと、昼間のお話し合いの中で二人話していたようだ。

 

「いいのよ、唯の喧嘩だもの。それにフランでは、いや、私ですら未だ勝てた事がないもの」

 

 年若い魔女が腰掛ける椅子の手すりに腰掛けて、魔力満ちる大図書館の宙を見上げるレミリア。

 二日ほど前に自身との喧嘩に勝ち、約束として今晩獲物を狩り出して見事に得てきた妹を見上げながら、少しだけハラハラとしている。

 今はまだ腕力に任せて炎の魔剣を振るっているだけだが、いつ気が触れて掌に瞳を浮かばせるか、それが気掛かりとなり言葉では余裕を見せながら瞳には真剣さが浮かんでいた。

 

「久しぶりに会えたのに! なんでまた出てくとか言うの!」

 

 魔剣で燃え盛る炎の勢いが増す、熱量と温度がグンとあがり炎というよりも赤い筋、光線のように細く纏まりフランドールの回りの空気を焼いていく。

 赤々と灯る魔剣が宙にいるフランドールを映し出す。

 剣を確かめるように、二度三度とフランドールが軽く振るう度に赤い線が視野に残る程の光量を持つ炎の魔剣『レーヴァテイン』姉の携える槍『スピア・ザ・グングニル』を真似てフランドールが名づけた自身の剣。

 

「またも何も、私は最初から…」

 

 それでも駄目! と叫びつつ北欧神話の神器を冠した獲物を振るうフランドール。

 名の通り地を焼くほどの熱量がアイギスへと迫るが、特に焦ることもなく同じく燃え盛るスコップで受け切っていく。

 チリチリと空気を焼いて、そこにあるだけで周囲の温度を高めていく、炎の化身と化したレーヴァテインを受けるなどアイギスのスコップでも長時間は耐えられない…はずなのだが、特に形も変わらずに平然と受けている。

 

「逞しくなられましたが、無駄遣いが多い。長丁場には向きませんね」

 

 変形も溶けもしないアイギスのスコップに向かい何度も剣を振るうフランドールだが、振るう度に刀身の炎が小さく弱くなっていく。

 さすがにおかしいと気が付いたフランドールがスコップに向けて渾身の力で剣を振るった時、アイギスの獲物が大きく歪み直ぐに元に戻る瞬間がある事に気が付いた。

 アイギスは一本で耐えていたわけではなく、何度も壊されてはその都度同じ様に顕現していただけで、フランドールの剣戟は確実にアイギスを消費させてはいた。

 だが、打ち続けているフランドールのように汗を見せたり疲労しているとは感じられない、浅黒い頬は緩み眉尻はほんの少しだけ下がったままで変わらない顔色のアイギス。

 単純な話で年齢差がこうさせているようだ、たかが数百年生きただけの魔の者とその十倍ではきかない時間を生きている魔の者、蓄えたモノが違うらしい。

 

「駄目って言ったらダメナの! おとう様の事なンテどうデモイいノに!」 

 

 言葉遣いこそ変わらないが語句に乱れが生じるフランドール。

 レミリアが掌を妹に向けてかざすが、その掌はアイギスの指から鳴った音で穿たれて運命を操る力の発動は成されなかった。

 代わりに発現したのはフランドールの掌の中の瞳。

 世を恨むような恐ろしい瞳、アイギスの瞳に近い瞳孔が横方向に伸びる瞳が掌に現れて、かつて悪魔と呼ばれた妹の手によって躊躇なく握りつぶされた。

 

「当たっタ? アイギスがコワレた?」

 

 掌の瞳を握り潰し、宙から床方面を見つめるフランドールの赤い瞳。

 見つめる先には半身以上を破壊された黒い悪魔、左の鎖骨から右の脇腹までを残し、上半身だけが床の上に残る、アイギスだったモノ。

 いつかの父のように、全てを血飛沫に変えるまでには至らなかったが、それでもフランドールの破壊の力がアイギスに届いた……初めての事で実感がなく、嬉しいよりも何故当たったのか?

 何故掌の瞳が穿たれなかったのかと、次第に冷静さを取り戻していくフランドールであった。

 

「見えるモノを壊すだけでは駄目だと、そうお教えしたはずですが、練習不足ですね」

 

 レミリアやパチュリーの声色でも口調でもない声、今まさにフランドールに討たれたはずの、アイギスの少し低い声が書庫内で響く。

 破壊が免れた上半身が伏せる下辺り、その床面の部分に逆五芒星の方陣が現れる。方陣の中で浮かび上がる死に体の上半身、黒い魔力のような、瘴気のようなモノが方陣内で蠢いて、残ったアイギスの身体を包んでいく。しばらくすると吸収され消えていく瘴気、黒い濃霧となっていたソレが晴れると、上半身は自身の血に濡れているが、見慣れた姿を取り戻している黒羊が立っていた。

 満月の夜の吸血鬼であれば失った部位の復元など簡単な事だが、彼女は種族悪魔でありそういった事まで出来るとは、書庫内の誰も聞かされていなかった。

 

「私を滅するのであれば私を、バフォメットを崇拝する者達全てを討ってからでないと意味がないのですよ。今は海の外、アメリカという遠き地にもいるようですし些か手間ですね」

 

「あめりカ? 海? なぁにそれ?」

 

 父と同じ様に壊したはずのアイギスが再度現れて、今まで通りの口調で穏やかに話し始めると、少しずつ昂ぶる感情が戻っていくフランドール。

 驚いたままで止まり、滞空しているフランドールに向かい両手の指を鳴らすアイギス。

 輝く宝石の翼、その根本を穿ち宙から地へと妹蝙蝠を落とす黒羊、そのまま一瞬で落ちた妹蝙蝠の元へと奔り両の手首をスコップで断ち切った 

 

「海は大きな水溜りと言えば伝わるでしょうか、フランドールお嬢様が吸血鬼である限り渡れない所、そう記憶されるのが宜しいかと」

 

 体を地に落として手首も落とし、今日の喧嘩もフランドールの負けだと言葉以外で示すアイギス。

 能力で穿ったわけではなくフランドールの力のみでも直ぐに復元できるはずだが、困り顔から見慣れていた瀟洒な笑みへと変わっていたアイギスの顔を見て癇癪を治めたようだ。

 フランドールがペタンと床に座りゆっくりと手首を復元させる中、穿たれた翼の根本へとスコップで自身の魔力を掬い穴を埋めていくアイギス。

 少々熱く、少々派手だった年の離れた少女たちの喧嘩は終いを迎えたのであった。

 

 この喧嘩で一番の驚きを見せたのは、初めてアイギスの能力を見たパチュリー。

 昼間の騒ぎ、下手をすれば死ぬかもしれないと考えていた追手達に見せたアイギスの力。

 あれは本当になんでもない、この屋敷の者達にとっては戯れにもならない事で、店の外が静かになったのは指を鳴らしたアレで審問官の姿毎消したのかと、椅子に腰掛けたまま小さく頷いていた。

 

「それよりもお父様の事ですが…思い出されていたのですか、いつから?」

「少し前、アイギスの掘った燭台を見えるようにしようと思って…出来るようになったのよ? アイギスの掘った穴だけ壊してまた見えるようになったの」

 

 冷静さも取り戻し、床に無理やり降ろされてから、以前のようにアイギスに抱きついてきたフランドールがそう述べる。

 屋敷で使用人として働いている美鈴が訪れた夜、その夜にアイギスがフランドールに見せた力の応用方法、壊さぬように壊せるようになりなさいといった言葉を覚え、知らぬ所で練習していたようだ。

 

「壊れていない狩りの獲物を見てお姉様が言ったのよ、おとう様やおかあ様が見れば喜んだだろうって。おとう様って何だったのか、考えていたら頭が痛くて」

 

 姉と魔女の二人に見守られながら穿たれた記憶の事を話し始めるフランドール。

 いつか必ず返すという約束から数百年、力も知識も自己を抑える理性も見せ始めたフランドールに対して、そろそろ返しても大丈夫かもしれないと考えていたアイギスだったが、これには驚いたようだ。

 穿った記憶を埋めて返すという形を想定していたが、まさか自身で記憶を取り戻すとは考えてもいなかったようだ。

 

「頭が痛いから痛みを壊そうと思ったの、燭台には成功したから出来ると思ったのよ‥そうしたら全部思い出しちゃった」

「全て思い出されたのですね、記憶を取り戻しながらも今のように穏やかに話されるとは…アイギス、いえ、私は余計な事をしていたようですね」

 

 自身の事を言い直し、フランドールを幼子から一人の吸血鬼として扱う事にしたアイギス。

 笑んだ表情はそのままだがほんの少しだけフランドールを抱く力が強くなる、ギュッと抱きしめている間にフランドールが小さく、二人にしか聞こえない声でありがとうと呟いた。

 言葉を受けてまた少しだけ抱く力が強くなるが、腕の中の妹がちょっと痛いとまた呟くと抱いていた体を下ろして手を繋ぎ姉達の元へと向かい歩み始めた。

 いつかレミリアの言っていた運命。

 互いに血を流し衣服を汚してはいるが仲良く手を取る姿。

 今日の事であればどれほど良いか、右手の先にいる妹を見つめてそんな事を考えていた。

 

「フラン、もう我儘はいいの?」

「負けちゃったもん、言う事聞くわ。でも今晩は一緒に寝るの! じゃなきゃ駄目!」

 

 喧嘩に負けた妹を慰めながら諌めるレミリア。

 腰掛けていたはずの手すりからは降りていて、パチュリーの向かう机から乗り出すような姿勢のままで目上の者らしい言葉を吐くが、パチュリーから見てもアイギスから見ても不遜さなどは見られない。

 アイギスを妹が殺めたと感じた瞬間は両者の事を泣きそうな顔で見ていたのに、と考えながらも口には出さないパチュリー。

 屋敷に来てからまだ数時間程だが、それなりに濃い時間を過ごすことが出来てこの屋敷の内情もなんとなくだが理解できたようだ…知を求める種族らしい洞察眼だと感心できる程であった。

 

「致し方無いですね、今晩だけですよ。明日の朝には出立致しますので」

「出立? 帰るではないの?」

 

 レミリアやフランドールが思っていた返答とは違ったモノが聞こえてきて、二人とも瀟洒な笑みをたたえたままのアイギスに向かい少し詰め寄る。

 詰め寄る二人に向い態度を変化させる事なく、出立ですと言い切るアイギス。

 フランドールとの喧嘩の原因となった『明日にはまたいなくなる』という言葉から、一旦帰るだけで店に行くなり、依頼を出すなりすればいつでも逢えると考えていた姉妹に少しだけ動揺が見られた。

 

「すぐ帰ってくるでしょ?」

「帰ってくるつもりではありますが、フランドールお嬢様への心残りもなくなりましたし、すぐにとは言い切れませんね」

 

 生まれた地を出立してから数千年。

 欧州のあちこちを転々としていた為、何処が故郷というような強い郷愁を覚える事などないが、この屋敷の居心地の良さは気に入っているようだ。

 その居心地の良さを与えてくれる、上客以上に見てしまう者達へアイギスはしばしの別れを告げ始めた。

 

「行き先を聞いてもいい?」

「東方の地へ、紅様の名にもあるカンジというものを覚えようと思いまして。ちょっとした語学留学ですよ、いずれ戻って参ります」 

 

 フランドールの問掛けに答えた後すぐにレミリアからも質問を受けているが、矢継ぎ早に問われた事に対して焦る事もなく答えるアイギス。

 名を間違えるという失礼をした為に、今後はそういった事にならぬようにと珍しく遠出をしようと考えているらしい。

 美鈴が屋敷内で仕事をしないで済む時間帯、主達が目覚めた夜間の休憩時間に少しだけ教わったようだが、そう何度も休憩を潰してしまうのは同じ仕事人としては気が引ける。

 それならば直接赴いて現地で言葉や文字を知り、弔う際には正しく名を掘り刻めるようにしたいという、墓守としての少しの矜持から考えられた、勉強旅行のようだ。

 

「紅様より『素晴らしき穿孔者』『穿孔の黒羊』というカンジでの名まで頂戴しまして、カンジというものに少し興味が湧きました」

「また急な…急ぐ理由なんてないでしょう?」

 

 態度で反論するようにアイギスの体にくっついて離れないフランドール。

 文言に対して反論してきたのはレミリア。

 机に開かれた本の余白に、自身を表す漢字を辿々しく書いていくアイギスに向って明日だなんて急だと素直に言葉を述べる。

 パチュリーの為に用意された羽ペンをインク瓶の横、羽ペンが本来戻るべき位置へと戻しながら、お屋敷の幼さ残る主に向かい表を上げる黒羊、その表情はレミリアのよく見ていた、叱る時も褒める時もよく見せてくれていた淑やかな笑みであった。

 

「研鑽し御力は強大な物と成りました。今や貴女様を落とそうと考える者を探す方が手間、妹君も成長され従者も友も得たのです。最早私は必要な…」

 

 言葉の途中で机を叩き、全てを言い切らせる前にアイギスの口を止めたレミリア。

 吸血鬼の腕力で叩いても壊れない机。

 この書庫を任されるだろうノーレッジ家の一人娘、パチュリー・ノーレッジの両親からの依頼でアイギスが誂えていた、辞書以上の厚みはある一枚板の天板が少しだけ揺れた。

 それほど大きな音は鳴らなかったが、静寂に包まれたこの書庫内ではレミリアの小さな手で鳴らした音でもよく響いた。

 

「紅魔の主として依頼するわ、帰ってきたら顔を見せて…その時には手厚く迎えるから」

「畏まりました、後の再開の為に色々と学び私も研鑽致しましょう」

 

「二人でお決まりの所申し訳ないけれど、燃やしたり本に落書きはしない事。それも学んで下さると嬉しいわ」

 

 フランドールを背に乗せて笑むアイギスと対面する紅魔の主、レミリアに向かい一人だけ視線を交えず淡々と言葉を述べたのは書庫の主となったパチュリー。

 畏敬の念はあれど書物に対する扱いは誰が相手でも変わらないようだ、昼間は怯えを見せていたアイギスに対してピシャリと言い放つ魔女。

 力こそ酷い物だが会話の通じる相手ではあると認識し、書庫の主としての文言を述べると申し訳ありませんでしたと頭を垂れる黒羊。

 

 そのアイギスの背にいるフランドールだけが一人、心中で考えていることがあった。

 私が出掛けて狩りをして、お姉様に認めてもらって、力を上手く扱ってアイギスに認められたから心残りがなくなった…だから遠くに行ってしまうなどと言うのだと。

 だったらもう出かけたりはしない。

 外に出ない事にしよう。

 力の扱い方も練習しないようにしよう。

 そう強く誓っていた。

 明日には外へと出る者の背で、明日からは外に出ず引きこもろうと誓うフランドールであった。  


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