東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第七十四話 ポジティブフェイス

 無機質な明るさ湛える現世の灯りの下、語り合う狐と羊の化け物。

 彼女たちが話し込み、別れを迎えた頃、話題にされた相手の内の一人も同じく月下の中にいた。

 自身の根城である真っ赤なお屋敷に似合う姿、白に近い淡いピンク色のドレスを鮮血で真っ赤に染めてしまった館の主は破れた被膜が目立つ翼を弱々しく羽ばたかせ、見上げる天の星に向かってやる瀬のない表情を見せているようだが……

 

「お戻りですか?」

 

 何かを憂う顔付きの主にかかる声。

 背後より届いたその声と不意に現れた誰かの気配を感じ取ったレミリアがゆっくりと振り返る。

 

「一先ずは、な」

 

 腕組みしたまま空を望んでいた主に話しかけたのは彼女に仕える忠実なメイド。

 その手には紅い悪魔の二つ名通りになっている主人が召し替える為のドレスと月光を鈍く反射させる銀の懐中時計。この屋敷ではよく見られる立ち姿だが、太腿に備えているはずの銀のナイフの残弾は空っぽでヘッドドレスやエプロンの端にはなにかと争ったような千切れた形跡が見られる、仕える相手に見せるには少々乱れた出で立ちだ。

 

「もう一人の相手をしてもらったようだな‥‥日に日に癇癪が酷くなってきて困ったものだ」 

 

 ふわり浮かんでくるりと回り、傍に控える咲夜に寄り添うとレミリアは鼻を鳴らす。

 小さな鼻で嗅ぎ分けたのは主からの労いを受け頭を垂れて返す従者の衣服に残った少しの血の匂いと、派手に暴れ散らかした様が香る身内の魔力。夜空から舞い戻った主と同様に、迎えに出たこの従者も今の今までもう一人の主と戯れていたようで、二人の争う音響を遠くに聞いていたレミリアは困りものだと弱々しい息を吐いた。

 

「そうですね。美鈴も日を追うにつれて遠くまで探しに出るようになったみたいですし」

 

 そんなレミリアに合わせるよう、昨夜も小さな咳払いをしてから返事を済ませる。

 床を眺めて答えているが、望む先は自分がばら撒いたナイフが無数に突き刺さっているお屋敷の玄関とそこへ続く荒れたホールウェイだろうか。それとも玄関よりもずっと深く、ホールよりも手酷く散らかっている地下の部屋だろうか。

 

「今日の家出はこれにてお終いとしていただきたいですね」

「そうだな、可愛い妹に言うのは癪だがあまり暴れられてはそのうちに歯止めが利かなくなりそうで、そうなってしまったら……」

 

 咲夜の手には余るだろうな、続いたメイドの語りにそう返すお嬢様。

 明るい月夜にいるというのにその声色は暗く、どこか疲弊しているようにも聞こえる。

 胸を張る立ち姿はいつもと変わらない雰囲気だがその内側は人目を盗んでは抜け出して誰かを探しに出ようとする妹が心配でたまらず、そんな心を隠すために空元気を回して、いつも以上に背を正しているようだ。

 

「怪しい素振りを見かけたらまたお願いするわ」

「言われずとも」

 

 咲夜自身が時間稼ぎは得意だと自負しているくらいだ、この主命は問題なくこなせるはず、そんな思いを秘めた顔で頷き答えるメイド長。その返事から一呼吸おいて、顔を見上げてくるレミリアに向かって瞬きと目配せまでを済ませる。そうしてレミリアがその視線を当然と受け入れて両腕を持ち上げると、待っていましたと始まるお召し替え。

 

「隠れ方が日に日に上手になってきて困りますわ……美鈴も今日のような月夜には本当に苦労しているみたいですし、見つけられないまま雨にでも降られたらどうしようと気を揉んでいます」

「パチェの召喚が成功してくれればこうならずに済むのだがな……」

 

 苦い笑顔で話す門番を思い出しながらテキパキと着付けていくメイド、なされるがままの主。

 用意された御召物は見慣れた物は替えがなくなったのか着ていたドレスとはちがう赤いドレス、肩や胸元が露出したものへと袖を通すレミリアが腰の飾りである大きなリボンを結ぼうと少し屈んでいる咲夜の頭に手をおいて呟く。

 

 求める相手が姿を消してからほぼ毎日起きている吸血鬼姉妹の喧嘩、必ず連れ戻すから待てと言い含める姉にくってかかり力業で出かけようとする妹の派手な争いは求める相手がいなくなってしばらくしてから起きるようになり、今では日課と呼んでいいくらい頻繁になってしまった。当初は姉の言うことを聞いておとなしくしていた妹ではあったが何度繰り返しても成功しないアイギスの召喚にしびれを切らしたのか、日を重ねる毎にその激しさを増している。

 純粋な身体能力で押さえ込むレミリアや、依頼があれば屋敷の周囲に雨を降らせるパチュリー、姉の隙を突いて飛び去るフランドールの背を追いかけどうにか説得して連れ帰ってくる美鈴の活躍により今はまだ目の届く範囲にしか出られていないフランドールであったが、行き先を定めずに飛んでいく彼女を追う美鈴はそれなりにこたえているらしく、毎日食事を届けてくれる咲夜に愚痴が混じったぼやきの一つや二つを吐くようになっている。

 

「パチュリー様は努力されていますわ」

「知っているさ、パチェは私達のために色々と試してくれているよ。最近では忍び込んだ鼠の相手もしてくれていると聞くし、感謝しているわ」

 

 賑やいでいる此度の宴を探る傍らで、アイギスの再召喚についても動き続けている魔女について語る主従。お互いに似た思いを含み語ってはいるけれど腑に落ちてはいない、なにか考えているようなそんな表情を月に見せつける彼女達。

 

「けれど、ね。こうも毎回進展がないと愚痴の一つも言いたくなるじゃない‥‥気分転換のつもりでパーティーに招かれてもみたけれど誰も会っていないというし‥‥本当に、どこに行ってしまったのか」

「ご本人には言わないでくださいね、また猫根性を叩き直すなんて言われたくはありませんし」

 

 着替えの終わりを皮切りに再度始まる主従の会話。

 整えられた新たな出で立ちでパーティーの主役にも成り得るレミリアがどこに行ってしまったのかと落胆混じりの息を吐くと、側に控える咲夜もソレに合わせ、ひそめた声でポツリ呟いた。

 気がつくと誰ともなく集まってそこに違和感も感じないままに酒を飲み語らう。

 その日で変わる顔もあれば新たに増える顔もある、それでも気にせず皆で酒盛り。

 数日前から賑わいでいる此度の異変を一言で済ませるならばこうなるが、中には小さな違和感に気がついてこの騒ぎは異変だと、何かがおかしいと行動に起こす者達もいる。この屋敷の主やメイドもその気がついた者達に含まれていて、何かと忙しい合間を縫い異変の元凶を探していたりする‥‥のだが、そうした動きは他の者の中にもあり、例えば仕える主にそそのかされてこの異変に対面した庭師は向かう先で出会う相手と少々語らい、もとい斬ってわかろうと考えアチラコチラで辻斬り騒ぎを起こしているし、半人半霊に斬りかかられた紅白の異変解決者も既に神社を経ち魔法の森を中心に犯人探しを始めていて、その森に住んでいる別の人間も同じタイミングで動き始めていたようだが……

 

「異変の調査を御題目にあの黒白鼠がまた盗みに来ているなんてきくけど、その言いっぷりでは退治できてはいないようね」

「お恥ずかしながら逃げ足が早くて。でも盗難被害は出ておりません、散らかって困るというお叱りは受けておりますけど」

 

「屋敷だけでなく図書館まで掃除するようになったのか、うちのメイドは優秀だな」

「茶化さないでください……どこか別の場所で過ごされているというのがパチュリー様の見解ですが、心当たりは?」

 

「あったら既に顔を出してるわ……別の場所ね、冥界や幻想郷で見かけたという話も聞かないし、そろそろ地底にも足を運んでみるべきか」

「地底、アイギス様のお住まいがあるという地ですね。大丈夫なんでしょうか、地上と地底には取り決めがあるようですが」

 

「互いに干渉しないんだったか。なに、友人に会いに行くだけで不可侵云々騒ぐようなら纏めて相手をしてやるだけだ」

 

 物言いに似合うよう大袈裟に羽ばたくレミリアの翼。

 バサリと夜風をなびかせると、傍で佇む咲夜の髪が揺れた。

 

「ではその時には妹様の手を引いて向かわれるのがよろしいと思いますわ」

「それもいいのかもしれないな」

 

 揺れるお下げを抑えた返事に対しレミリアが言い切る。

 その気があるのかどうかは別として、はっきりと。

 流れに任せて言い返しただけに見えるがそうではない、以前のレミリアであればこの場のお話だけで済ませて変わらず一人で行動していただろう、だが今はそうではなかった。

 

「……そうする前に見つけてみせるさ」

 

 隣のメイドにも聞き取れないほどの小さな声は大きな決意だった。

 泣き腫らして眠る妹の為の呟き、考えなしに飛び出してしまう妹の為の決意。

 だが、それは誰に聞かれることもないまま夜空の闇に吸われて消えた。

 そうして静かな決意を新たにしたレミリアが頷くと、咲夜も同様にコクリ、頷く。

 

「しかしあのパチェが出掛けるなんて言い出すとはな」

気晴らしの(やんごとなき)用事で出かける事にしたから留守を頼むなどとも言われておりますし、なにかお考えがあってのことでしょうね」

 

 話し合いながら揃って小さな溜息まで吐く二人。

 先程から落胆の息に忙しいのは二人共忙しさにかまけて色々と疎かにしてしまう自分が少しだけ嫌になっているからだろう、レミリアは主催の見えない宴に繰り出し出会う相手と争いながら求める相手の影を追っているが成果はなく、咲夜は咲夜で独自に異変の調べ物をしながら毎日の喧嘩の始末もしている、お互いゆっくりと体を休める時間がない状況にあり、愚痴や溜息が重なっても致し方ない。

 

「お嬢様、パチュリー様に負担をかけ続けては――」

「言われずともわかっているさ‥‥この異変についてかアイギスについてか、それとも両方についてか。私にはわからないけれど、出かけるというならパチェに任せるだけよ」

 

 咲夜の物言いに被せるレミリアがいつの間にか現していた手元の天球儀、運命を映すというソレを眺めて語る。今しがた帰ってきたばかりのレミリアだが、乱れた衣服を整えながら主命を済ませると再度外出するようだ。彼女も彼女なりにアイギスの足取りを追うために出ているようだったが、これからの外出は黒羊に関わるものではなく自身のプライドに関係する物事である。

 これから向かうのは受け取るだけになっている生意気な招待状の差出人のもと。今までは怪しいところを虱潰しに飛び回っていたレミリアではあるが、一度出向いた冥界(さき)で聞いた話を基としてまた出掛ける算段らしい。

 

 余興には飽いた。

 だからもう終わりにする。

 余計なことを気にせずに妹のことだけに注目できるようにしたい。

 妹思いな姉としての考えがそれである。

 そして、屋敷の魔女のほうも鼠を狩る猫であるべきな咲夜に少しの八つ当たりをするくらいには煮え切らない様子だが、結った金髪を揺らす黒白の盗人、図書館の書物をどうにか盗み、出来るならば図書館の主の魔法すら盗んでやろうと画策しているツートンカラーの魔法使い(シーフ)を追い出しながらの研究に限界を迎えてしまったらしく、内に篭もって進展しないならたまには外に出てみようという考えでいるようだ。

 探されている黒羊本人は比較的ゆるりと、食事やその他に困っているがそれなりにまったり過ごしているというのに探す側は忙しいとは、まるで迷い子のソレそのままである。

 

「さて、私もまた出掛けてくる。遅くなるつもりはないがフランになにかあったら、その時はまたお願いするわ」

「畏まりました、次はどちらへ?」

 

「ちょっと博麗神社まで、得体の知れない奴に会いにね」

「それは、あの胡散臭い妖怪に会いに?」

 

「半分はね、冥界の幽霊は何かに気がついている様子だったし、あれと仲の良い八雲紫がこの異変を起こした可能性もなくはないと思うが……なんにせよ招待されるだけにも飽きたし今度は私から出向いてみるのよ。あまり遅くなるつもりもないからいつでもお茶を楽しめるように支度は済ませておいて、カップは四つでいい」

「畏まりました、お戻りに合わせてご用意致しますわ」

 

 一つは屋敷の主、もう一つは大事な妹。

 三つ目は出掛けるという主の友人。

 そして四つ目は今はいないが連れてくる相手のもの。

 

 そうした含みを持たせて紅魔の当主が宙に浮かぶ。

 ばさりと開いた白い翼を一度二度、大袈裟にはためかせてすぐに飛び去っていったレミリア。彼女から生じた風圧に揺れるおさげを抑えて見送った咲夜も主の姿が闇夜に消えた後、大きな時計塔を一瞥し、時刻の確認を済ませてから音もなく姿を消していった。

 

~少女移動中~

 

 夜に生きる者達が忙しく生きる夜。

 消えてしまった者を求め、自ら彷徨い歩こうとする妹に振り回されて特に忙しいのが紅魔館であり、その地下に広がる大図書館も忙しない様子だ。メイドの能力により際限なく広がっていく書の空間を掃除する為に上下左右と動き回っている妖精メイドも忙しいが、近頃はそれ以上に慌ただしく過ごす者がいて、彼女は今大きな書簡の前にいた。

 何冊も重なった書籍を両手で抱え、やる気のない表情で棚のあちらこちらへしまっていく彼女。

 屋敷の引っ越し騒ぎで起こした不手際の罰として幻想郷の管理人から外出禁止を言い渡された悪魔は今日も変わらず暇と本を重ね続けていて、秘書に近い見た目とは真逆な態度で過ごしていた。

 

「嫌な予感がしますねぇ」

 

 ピクリ、頭部から生やす羽を揺らして独り言。

 それからほぼ止まっていた作業の手を完全に止めて、小悪魔がある一点を注視する。

 見つめるは大図書館の床、その下より流れ出てくる大きな魔力。再度の家出のためその力を抑えに抑えた吸血鬼から漏れ出す魔の波動を小悪魔は感じとっていた。

 

「パチュリーは……いないの?」

 

 小悪魔の視界にひょこっと出てきた幼子の頭、その口が僅かに開き思ったままを声にした。

 自室へと続く下り階段から顔だけを覗かせて辺りを見回すのはフランドール、いつもいつも邪魔してくる面倒な姉の魔力が高く遠い天井の更に上、紅魔の屋上から離れたことに気がつくと近くの本棚まで移動し、身を隠して周到に周囲を伺う。

 

「ここにいないなんて珍しいけど、チャンスね」

 

 彼女もひっそり呟いて進んでいく。

 満月までもう間もなく、そのせいで意識せずとも膨れ上がってしまうその力を飲み込むように口を噤んで本棚の合間を行くが、並ぶ棚をいくつか過ぎたタイミングで近くにいた誰かさんと視線が重なってしまった。

 

「あっ!」

 

 思わず声を上げてしまったフランドールが一足跳びで駆ける、瞬く間に詰まる間合い。

 

「ん? 妹様? どうされたんですか? そんな真剣な――」

 

 とうに気づいていたはずだろうに、なに食わぬ顔で、今まさに気が付いたと話しかける小悪魔だったが、そんな声はフランドールに届かず。勢いに任せて飛び掛かった妹はその手で小悪魔の口を塞ぎ、勢いそのままに後ろへ押し倒した。頭から押さえ込まれて床に押しつけられた性悪悪魔からふぐぅと一言、大した痛みなどないのにわざとらしい声が聞こえる。

 

「……い、妹様、ちょっと……息が」

 

 押し倒された小悪魔がなにか言っているがフランドールはそんなことを気にしない、今気にするべきは他にあるからだ。注意すべきは己のお出かけを毎度邪魔してくる者、少し前に争い追い返されたメイド長か、毎回毎回水の結界でもって行動を封じてくるパチュリーか、明確な相手はともかくとして、浅い演技が見え見えな小悪魔の声は届かなかった。

 

「静かにして、じゃないとまた見つかっちゃう」

 

 口を塞ぐ手の力が強まる。

 どんなことも関係ない知らない。

 そう言わんばかりにフランドールが力を込める、その膂力は小悪魔の顔面を握り潰して物理的に静められそうなほどだが、締め上げられる襟元が意識を落としきる前に小悪魔がむりくり払うと、どうにかその手を除けることができたようだ。

 

「そ、そんなに慌てないで……心配されなくたって大丈夫ですよ妹様、私は騒ぎません。勿論告げ口したりもしませんよ」

 

 強引に取り払われ仰け反ったフランドールへ手を伸ばし、自身の腹にその体を押し付ける司書。強かに抱きしめる形になるとそのまま、慈愛を感じる声色で語りかける。

 

「……本当?」

「本当ですとも!!」

 

 パチュリーがいたら一緒になって邪魔してくるのに、留守を任されている咲夜や監視の目だけは厳しい美鈴ならばここはどうにかしてでも私を止めてくるのにと、予想していなかった優しい振る舞いに毒気を抜かれたのか、きょとんとした顔でフランドールが問い掛けたるも、本当です! と、ゆっくりだが小悪魔は力強く応じた。

 

「信じて‥‥いいの?」

 

 言葉だけ、態度だけでは疑惑の影を拭いきれないフランドールが再度問いかける。

 家族の目を欺く為に先んじて外へ飛ばした己の分身は一人目はレミリアに撃墜されて怒り、もう一人は咲夜の銀のナイフで貫かれて泣いた。残る三人目の分身はナイフの回収に忙しい咲夜の邪魔をしながら門を抜け、美鈴との追いかけっこを楽しんでいるはず。

 そして、そのような争いの音はこの大図書館にも響いていたはずで、今回も当然邪魔してくるはず、どうせ邪魔になるのなら先に私から仕掛けて潰してしまおう、苦手な水流をけしかけてくるパチュリーがいないうちに。そんな自身の案に乗り強気でしかけたのだ、おいそれと逃がすことは出来ないはず、そのはずだったが……フランドールは素直に小悪魔の言葉を聞き入れた。

 

「……痛くしちゃってごめんね?」

「いいんです、いいんですよ妹様」

 

 抱かれ、髪を撫でられて。宥められた子猫のように一転して落ち着く悪魔の妹。 

 小悪魔にこうまで素直な姿を晒すのは、荒々しい感情はレミリアに潰され、破壊を楽しむ心は今美鈴の元にいる事と、手出しはしないと言い切る小悪魔の姿勢を信じたからだろう。

 現していたやる気は削がれ、見た目相応の顔に戻ったフランドールは小悪魔に体を預けた。

 

「でも黙って逃しちゃうとお姉様にも怒られちゃうよ?」

「怒られても構いませんよ、 レミリアお嬢様のやり方には私もね……少しだけ思うところがあったりしますし」

 

 平静を取り戻しゆっくりとした口調で語る幼子と、その頬に手を添える侍女。

 そうやって目線を合わせ、年の離れた姉が妹を見るような形で口にするのは性悪女の狡い思惑。

 

「レミリアお嬢様やパチュリー様が頑張っているのは私も知ってますけどね、いつも妹様だけ蚊帳の外でお話が進んでしまうのはちょっと、面白くないんですよね。お二人とも妹様の為にアイツを呼び戻そうとしてるのはわかるんです、わかるんですけどね……もう少しお話に混ぜてあげてもって思うことがあるんですよね。仮に話し合いが無理だとしてもお嬢様達のお手伝いを妹様にしてもらうっていうのもアリなんじゃないかなって思うこともあって……だって一番に会いたいって思ってるのはきっと妹様なんだと思うんですよ、だから私は妹様の事を応援したいんです」

 

 抑揚は抑えめだが力強い、そんな口調でとうとうと語る小悪魔にフランドールはただ頷く。姉やその友人は私を思って色々と考えて試してくれている、そのくらいのことはフランドールも理解していてしばらくは任せるだけでもいられた。だが何の進展もないままに月日が過ぎていくとさすがに考えも変わり、お姉様達だけでどうもできないなら私もなにか、あの二人ではできないことしないようなことを探して試してみようというのが最近の家出騒ぎの発端である。

 レミリア達にしてみれば我慢の限界を迎えて飛び出しているとしか見られないのかもしれないが、今までにもそれなりの我慢に耐えて暮らしてきたフランドールの(たが)はこの程度で外れなくなっている……はずであるが、あちらこちら東へ西へ奔走している姉にはそこまで話し合う時間も、理解する余裕もなく、皆の目を盗んで抜け出そうとする妹を止めるだけで手一杯となっている。

 互いに相手を思う心があるのならもう少し言葉を重ねてもと考えられなくもないが、そういった触れ合い方、強引に引き止めて制する触れ合い方で数百年を過ごしてきた姉妹には歩み寄ることにも相応の時間が必要なようだ。

 

「それにですよ、嫌味な羊(アイギス)だって妹様が頑張ったってわかれば喜ぶはずです」

「そう!? そう思う!!?」

 

「勿論ですとも!……あの女とは私も長い付き合いになりますけど、アイツが誰かを大事だなんて言ったの一度だって聞いたことなかったくらいなんですからね」

 

 両手でフランドールの頬を抑え、視線を重ねてニコリ。

 言い切った小悪魔が優しい笑顔を浮かべると、負けないくらいにフランドールの顔も輝いた。

 ついさっきまでは邪魔者だった相手が実は自分の味方でした、そう言われて素直に頷く者は少ないと思われるが求める話し相手は求める者と同じ種族・今は肉体もアイギスの角を媒介としているから余計に似通って見えてしまうのだろう、そんな者に応援しているとまで言われれば子供は悩むことなくも喜ぶもので、重ねて言えばここにいるフランドールは先に敗れた『怒り』や『悲しみ』といった感情は鳴りを潜めている状態であり『喜ばしい』気持ちが強く出ているのだ、コロッと騙されてしまっても仕方がなかった。

 

 対して笑顔を崩さない小悪魔は、さも解っています私は貴女の味方なんですと言う素振りで話しかけていて、そこにはあからさまな怪しさすら感じられるがそれもそのはずだ、言うだけ言った言葉の大半はその場しのぎなのだから。

 頻繁に出かけるレミリアは帰宅する度に屋敷で起きた出来事を耳に入れている、今日もフランドールが家出を試みて阻止されたことを聞き入れ考えの内に入れている、だが異変に誘われて忙しく過ごしている彼女は聞くだけ、ただ「それだけ」で終わってしまうことが多いのだ。

 

 近頃ではなにか事が起きた際には姉妹で顔を合わせ、姉が妹を嗜める、宥める姿も見られるようになってきたのだがそれは妹が落ち着いた後の出来事で、暴れまわっている妹を追いかけて抑えたり散らかってしまった屋敷や図書館内を掃除してまわるのはあのメイド長やこの司書の役割となっている、それが小悪魔の不満なのだった。

 咲夜にしてみれば、フランドールが荒れて屋敷が散らかったとしてもいつもの仕事が増えた程度で時を止めて作業することに変わりもなく、追加の家事が増えただけ、手間はかかるが文句を言うくらいで済んでいる。しかし小悪魔からすれば随分と勝手が変わってしまう。仕える魔女があれこれ没頭しているおかげで普段は遠巻きに覗いてはちょっかいを出す程度で済んでいる盗人の相手も自分がさせられ、そのうえ外に出たい次女の相手もしなければならない状況に陥っていて、書庫の侍女一人では最早手が足りないといった状態なのだ。

 いつでも手抜きがしたい楽をしたいと考えてばかりのこの悪魔司書にしてみれば、相対すれば確実に怪我をするとわかっていながらフランドールの相手をしなければならない事態は間違いなく彼女の不平不満となるのだろう。

 

「そもそもですよ、私は妹様の味方なんです」

 

そこまで言って小悪魔が黙る、優しい笑みはそのままで。

 頬に添えていた手を自身の口元に寄せる小悪魔、そっと立てた人差し指にフランドールが目線をとられると今日一番の笑顔を浮かべてみせた。

 

「今まではパチュリー様に言われて仕方なく引き止めていました。でもそのパチュリー様もお出かけされてますし、私には本の整理しか命じていかなかったので他を見逃すこともできちゃうんですよ」

 

 一瞬の間を置いてから、立てていた人差し指を己の唇からフランドールの唇へ、静かに動かし触れさせる。

 だから内緒なんです、そう言いたい、見せたい素振りと語り口の小悪魔。その発言に向かってフランドールが何かを言おうとするが添えられた指に邪魔をされ思うように発言できなかった‥‥それから数秒後だろうか、緩い動きで小悪魔のが動きフランドールの脇へ、そのまま幼子を立ち上がらせた。

 

「……だから妹様のことはこのまま黙って見送っちゃうつもりです」

 

 穏やかさの後ろに隠した『見て見ぬ振りをするから私のことも見逃せ・早く出ていってくれ』という下種な思いは表さぬまま、小悪魔が同意を求めるように首を傾げてフランドールの動きを待つと、それに呼応するように支えられていた幼子晴れ晴れした顔を持ち上げた。

 

「……もしも怒られちゃったら言ってね」

 

 私が仕返ししてあげるから!

 フランドールの高い声が書庫内に響き渡り、同時に七色の輝きが遠い天井に向かって伸びた。

 

 向かう先は屋敷の外。

 行き先の見当などわからないがそれでも外へ。姉が心に決めた決意など知らぬ妹は、無事に送り出すことに成功した小悪魔の含み笑いを背に受けながら、七色の羽を輝かせて飛び出した。


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