東方穿孔羊   作:ほりごたつ

70 / 77
第六十七話 悪魔が見る少女の現風景

 ペコン。

 すっかり明るさを取り戻した一室で軽やかな音が響く。

 無機質で軽い音は冷えたスチール缶から発生していた。

 机の上にはプルタブが切り取られた細長い缶が置かれている。

 

 ソレを手にし、口元に運んでからすぐに置いたのは、今し方この飲み物を教わった者。

 少し前までは黒く厚いカーテンに覆われた部室、旧校舎の旧視聴覚室を強引に奪い陣取った秘封倶楽部の現部室内で、久方ぶりに外の世界に姿を見せた悪魔がソレを口にした‥‥が、一口飲んで無言で缶を置き、見つめている。どうにも甘すぎて口に合わないらしい。

 缶の縦方向に対して横向きに『coffee』と書かれた文字を眺め、今時の珈琲はこれほど甘ったるい物になってしまったのか、これならばこの国を訪れた時に飲んだアレのほうがまだマシだ。そんな事を顔に書き、対面する相手へと見つめる先を変えた羊。

 

 視界に入れた相手は人間、その顔、というか頭。

 アイギスが長く過ごしていた世界の外にいる人間、言うなれば現代人というべき者である。

 向かい側の椅子に腰掛ける彼女から手渡された黄色地に黒波模様が目立つ缶を置き、小さな咳払いをして、見つめてくれるだけで言葉を交わさない相手を眺む瞳。それは赤黒く濁り、この世のものとは思えない色合いを讃えているが、その目に映る少女も、何処と無く浮世離れしている髪色をしているように見えなくもない為、ついつい視界に入れてしまっていた。

 

 例えるならば、芽吹いたばかりの新緑に影を指したような髪色の少女。

 ぱっと見た風では黒髪だが、日光を通すと緑が透けて見えそうな、言葉通りの緑髪を背に流す少女。真っ直ぐでツヤのある髪を背に流し、左側の一房を真っ白な蛇という珍しい髪飾り、愛してやまない方々から頂戴した物で纏め、揺らす彼女も見られている事に気が付き、手にしていた缶ジュースを机に置いた。

 中身の無い金属音が小さく室内に響くと、顔を合わせ差し入れを手渡してから続いていた無言の空間がやっと崩れた。

 

「どうも‥‥初めまして」

「はい、お初にお目に掛かります」

 

 早苗から探り探りなご挨拶が言われ、座ったままでアイギスが軽く頭を下げる。

 大きく目立つアモン角が対面の少女、東風谷早苗の視線に嫌でも入り込む。顔を見合わせた瞬間には作り物、ハロウィンに被せて行われる文化祭用に購入した物でも付けているのか、などと考えていた早苗だったけれど、明るくなった部屋内でマジマジ見ると作り物には見られない。

 

「えっと、いきなりなんですけど、ちょっと、色々聞いてもいいです?」

「お答え出来る事であれば‥‥後ほど私の質問にもお答え頂けるのでしたら、お答え致しましょう」

 

 出会いからまだ十分弱の二人。

 だのに唐突に聞いてもいいですかと、直球勝負で話を振ってくる早苗。流石に失礼かも、そんな頭はあれど突然現れた見慣れぬ相手、よくわからないが、なんとなく良くないと感じる雰囲気を持つ相手に対し、警戒代わりに言ってみたようだ。

 最初は菫子の知り合いかと考え、向い合って、取り敢えずのコーヒブレイクを過ごしてみたようだったけれど、一息ついて冷静になってからはあからさまに怪しいと、彼女に宿るナニカが告げてくれたらしい。

 

「じゃ、あの、ALTで来日してたりとか、します?」

 

 挨拶を済ませての質問。

 全く知らない相手だが、もしかすると、万が一にもないだろうが幼なじみの知り合いかもしれない相手、そんな彼女アイギスに対して取り敢えずの挨拶を交わし、次いで浮かんだ疑問を述べる。

 少しだけ肩を竦めて、そうじゃないんだろうなと、漂う雰囲気や流暢に話される日本語から理解しかけている早苗が、探るように話しかけた。

 

「ALTとは?」

「英語の先生だったり、します?」

 

 今現在のように、過去には幾度も呼び出され、その度に力や知識といったモノを欲した輩がいた。そういった信者に近い者達に対して、見合う力や知識を押し付けて、その場で報酬というか糧として美味しく頂いてきたのがこの羊の悪魔である。

 今回も類に漏れずそのようになる。なるはずだったのだが、今すぐにそうなる事はないようだ。

 

 それもそのはず、今の彼女は腹も心も満ち足りていて、十二分に満足しているからだ。

 ここに呼び出される前までは鉄火場にいたはずの彼女。鼻に付く薬の匂いを追って兎と戯れていた、そこまではしっかりと覚えていて、その後の記憶が曖昧だが、気分は曖昧どころで晴れやかだった。乱れた記憶に残っているのは愛する吸血鬼と争ってそれが心地良いじゃれ合いになった事と、その場にいた、今までは歓談しかしてこなかった友人にトドメを刺された事だけであるが、それが非常に楽しく、同時に強く育ってくれた事が嬉しいらしい。

 争い、滅してくれた相手に向けて感じる気持ちとしては歪んでいるが、滅ぼされては呼び出されてを繰り返している悪魔からすれば歪みのうちには入らないのだろう。

 

「ないですね。授けろと、呼び出した者達からは多々言われ続けてきましたが、物事を教える立場にはございませんね」

 

 穏やかな物腰で返す羊、聞かれてもいない事まで言い返している辺りに機嫌の良さが伺える。

 前述の内心から上機嫌というのもあるが、話に付き合う理由は他にもあるようだ。その理由も至極簡単、呼び出された場所には召喚者がいなかったというのが一つ、そして変わりにいたのが美味しそうな少女だというのが二つである。

 前者についてはいないのだから仕方なしと、今は頭の隅に置くだけのようだが、後者に向けては、見た目も良く、何かしらを身に宿している事が髪色や、嗅げる人以外の匂いから察した黒羊が、堕としてしまえれば面白くなるかもしれない人間だと感じているらしい。

 多少慣れ合い、心の端にでも取り入る事が出来れば人の子を堕とす事など造作も無い、が、並ぶ本や室外から聞こえる他の話し声等から、呼び出し先(ここ)が見知らぬ地に成り果てた日の本の国であると察した今は、この地の少女と少し語らい情報を仕入れてから動こうとしているようだ。

 

「やっぱり、そうですよね……じゃ、その頭のって‥‥本物?」

(コレ)ですか? 間違いなく私の物ですが、気になるのでしたら触れてみますか?」

 

 前傾するアイギスの頭。

 気になっていたものが少しだけ近寄る。

 そうなっても動かなかった女子高生の食指だったが、微かな笑い声がアイギスから漏れ、再度なんなりとどうぞ、と聞こえた後で好奇心に負けたようだ。

 恐る恐る伸びる早苗の手、中指の先だけで微かに触れ、右巻きの羊角を薄く撫でた。

 その動きと触れ方に囁くような笑い声で返す黒い羊。

 

「あ、なんかダメでした?」

「いえ、殴られる事はあれど、繊細に触れられる事などありませんでしたので、少しくすぐったいだけにございます‥‥中々どうして、こういった触れられ方も悪くないものですね」

 

 おっかなびっくり触れる早苗にアイギスが微笑みかける。

 種族柄、魅了といった事が出来なくもない悪魔の微笑みが見えると、それに促され少し気が緩んだのか、少女の顔も僅かに緩む。表情が和めば空気もそれに見合った物になり、少しずつではあるが早苗から緊張感が抜けて、年頃の女子らしい活発さが動きを見せ始めた。

 最初は撫でるだけだった指が摘んでみたり、巻きに沿って爪を沿わせてみたり。巻きの根本に生えた黒髪に触れれば、くせ毛のふわっとした感触を楽しんでみたり、奥から頭を出した耳に驚いてみたりと、小さな事でテンションが上がっていく。

 そんな相手を窘める、つもりはないが話が進まないので、ここいらで切り上げる事にした羊が笑んだまま問う。

 

「堪能して頂けたのなら嬉しいですが、そろそろご満足して貰えると尚嬉しいですね。このままでは話も進みませんし」 

「え、あ、はい。ごめんなさい、もう大丈夫です」

 

 何がどう大丈夫なのか、テキトウで悩ましい事を口にした現代っ子。

 その顔にはもうちょっと触れてみたいと書いてあるように見えたが、挨拶代わりの触れ合いはここまでと目を細められ、考える先を変えていった。

 

「では私から伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 よろしいです、気を入れ替えるように纏め髪を撫で、見つめる早苗。

 流れからいいと返してみたようだったが、その実彼女にも質疑が残ってはいた。

 触れて確かに感じたモノ。動物でも人でもない異質な感覚。どちらかと言えば住まう神社におわす二柱に近い側の感覚を触れた指から感じ取っていた。少しだけ雰囲気に酔い遊んでいたが、彼女自身も人間の枠組みから少しだけ外れている者だ。今は自覚こそないが、実際手に取り触れれば異質さを感じ取る事くらいは出来るのだろう。

 

 少女が見せるハの字眉と愛想笑い。

 人外と知った相手から何を聞かれるのか身構えた、この表情にはそんな姿勢が含まれるのだろう、それくらいはアイギスにも読み取れなくもないようだが、そこまで気を使ってやるほど二人に親交などはない。故に聞きたい事だけを聞くつもりのようだ。

 

「まずはそうですね‥‥」

 

 笑んだまま、いつものように表情だけは穏やかなアイギスが語りかける。

 対して笑う少女の顔に、苦々しさが混ざっていく。

 ざっくりと、何を聞かれるのか?

 雰囲気からは会話の出来る相手だけれど‥‥少しだけ考え、思い出し、見る。

 横目で見たのは古い洋書、この悪魔が入っていたという書物をちら見してこれからどんなお話になるのかと、腿の上で揃えている右手に少しだけ力が入り、スカートに皺が入る。

 

「そう緊張されずとも、大した事は聞きませぬよ? 困らせるつもりもございませんので、落ち着かれては如何でしょうか?」

  

 全校生徒の前でスピーチでもし始めそうな早苗に微笑みかけ、少しほぐそうと話すアイギス。

 左手はこういった時に見せる癖なのか、おさげを纏める蛇のアクセサリーを自然と撫でている少女に伝え、微笑(わら)う。

 言われると、少し可愛い顔をした白蛇を一・二度撫でていた左手を膝に、両手を揃えて背筋を正した。そんな姿を見て、ようやく話が出来そうだと口を開きかけるが……悪魔の唇よりも先に部室の扉がバァンと鳴った。

 

「早苗ちゃん、おっそいよ! いつまで待たせるの!? って、誰? 外国人? あぁ先生か、帽子は‥‥あったんじゃない、もう! 見つけたならすぐ戻って来なよ! お陰で会議が進まないよ!」

 

 一度アイギスを見るが、すぐに早苗に向き直し聞く女子高生。

 拾われ、机の端に置かれた帽子に気付くと手を伸ばし取ろうとするが、手にする前に動きを止められる。勢いよくまくし立てたて彼女を止めたのは早苗の呆れ顔と指、人差し指で差される方にもう一度視線を流す。

 

「何? 先生がどうし‥‥ん?……んんん!?」

 

 二度見してから唸る菫子、取り戻した帽子を取り、斜めにした頭に乗せ、一人騒ぐ。

 一通り唸ってから、こいつは誰だ、いつからここにいるの、等と早苗に聞いているが、正しい答えは当然返ってこない。

 返事がないと余計うるさくなる年頃の女子。

 静かだった部室が賑やかになる。一人増えただけで随分と騒がしい。背負うマントはひらひらと、目元と口元は二人の間をキョロキョロと。見た目から忙しい少女が驚いたままでアイギスに近寄り、角に触れたり、顔を寄せて目と目を合わせる。

 

「うん、違うね、今期の先生はアングロ・サクソン系っぽかったし……っていうかその、角! 角! その目も! あれ!? もしかして、本当に召喚出来ちゃったの!?」」

 

 覗きこむ菫子の眼鏡にアイギスの目が反射し、映り込む。

 それほどの強制力はないのだろう、変に歪んでしまったり、伸びてしまったりはせず、綺麗に淀んだ赤の瞳が反射した。

 

「はい、召喚に応じ参上仕りました。一介の悪魔にございます。以後お見知り置きを」

 

 ニコリ、久方ぶりの営業スマイルを見せる黒羊。

 ぱっと見た雰囲気は気安くて話しかけやすそうな笑顔、商売人が客に見せる下心満載の笑い顔といった風合い。そんな顔のままで存在を伝え、返答を待っているが‥‥召喚した側からは喜びよりもなんというか、困惑満載の反応が伺えた。

 

「あ~、あのさ、本当に来ちゃったの?」

 

 バツが悪い、亜麻色の髪を雑にかく少女が仕草で語る。

 対してはいと、一言に言い返すアイギスであったが、ソレにも苦笑いで返す召喚者、宇佐美菫子。

 彼女がこんな顔になってしまっても無理はないだろう、あのくらいの事、どこかのマンガやアニメで聞いた言葉を唱えたくらいで本当に召喚出来るなど夢にも思っていなかったのだ。

 

「えっとね、呼び出しちゃった私が言う事でもないんだけどさ‥‥あんな漫画の呪文でいいの!? それでいいの!? ねぇ!?」 

 

 何かに憤る女子高生が騒ぐ。が、それで構わないと言い切られ、更にやかましくなった。

 もうちょっと悪魔としてのらしさを持てだとか、あまりにあっけなさ過ぎて暴くつもりが拍子抜けだとか、自分に都合のいい事を喚く。

 聞く限り、召喚出来ると考えてはいなかったが、どうやら秘密を暴くつもりもあったようだ。

 古本屋で見つけた悪魔辞典っぽい書物。古書と呼んでいいレベルのそれに描かれたアイギスの挿絵を見て、悪魔なら山羊だろ、羊ってなんだよ、面白いなと気に入ってしまい、慣れない短気アルバイトまでして買ったのだから多少は苛立っても致し方無い事であった。

 

 それから暫くの間、ピーピー文句を吐き続ける菫子。

 目にも耳にも喧しい女子高生、言われる文句に対し途中で言い返そうと口を開きかけるアイギスであったが、何かを言い返そうとする度に新しい文句が投げつけられ、返そうにも返せないような空気に場が包まれていく。

 こうなってしまっては情報を仕入れるどころではないが、だとしてもアイギスには手が出せない状態であった。騒がしい相手は呼び出した召喚者である。呼ばれた悪魔からすれば煩いと窘めたり、場を離れるなど無碍にしたりも出来ない存在である、契約を果たし仕事を終えるまでは。

 致し方なし。

 先ほどとは別の苦笑いを浮かべる早苗を視界の端に捉え、瞳の中心には喚く召喚者を収めながら、穏やかな笑みのままで文句を聞き続ける悪魔が少し思う。あちらの世界でも、こちらの世界でも。昔も今も、青々しい少女が騒がしい事に変わりはないのだな、と、笑顔の裏で何かに納得していた。

 

~少女喧騒中~

 

 賑やかな学内とは打って変わって静かな建物。

 その手前で一台の車が数秒止まった後、Uターンし、去っていった。

 背が高く、ルーフにはボードキャリアを搭載した一台の自動車が先を曲がり姿を消す。

 雪を楽しむには少し早い今時期、きっと彼らは今期の下見にでも来て道を間違えたのだろう。強めにアクセルを踏み込んで遠くに望める山方面へと、賑やかなエンジン音を鳴らし離れていった。

 

 この場所を訪れる者は少ない。

 昔は多くの人が訪れ、頭を垂れては願を唱え、時には童子どもの格好の遊び場となっていた人の集う場所、集うべき場所だった‥‥が、今では日に日に廃れていくのが目に見える場所である。

 今のように、極々稀に誰かが来訪したとしてもこの建物を目指しての来訪ではない、偶々入り込んでくる連中の大概は先のような雪目当てのスキーヤーか、スノーボーダー。秋めく今であれば近くの野山に自生する山菜や紅葉目当ての連中ぐらいだろうか。

 そういった連中、遊興を求めて来た若者連中にも一応見られはする、が、この建物がどれほどに立派なお社に見えても、同じく立派にそそり立つ御柱が目に留まっても、立ち寄って参拝しようとはしなかった。

 

 造り自体は大層立派だが、ここは人の気配がしない神社なのだ。

 一人娘が頑張り、日々掃き清めているがそれでは賄い切れず、参道の端々は苔生して滑りそうなほどで、本殿で目立つ注連縄にもほつれた部分が見られるような場所なのだ。そんな所、評するならば人々から忘れられてかけている神社、こんな所に他所から遊びに来ただけの人間が興味を示すことなどはなかった。

 

 誰もいない参道に葉が舞う。

 細く、力強さの感じられない風が木の葉を散らす。フワリ舞った紅葉樹の葉が散らかると、誰もいなかったはずの神社に人影が見られるようになった。

 

「今年も嫌な季節が来たねぇ」

 

 一人語る影。

 現れた位置から少し歩いて、木々の間から姿を見せる。

 逃げるように去っていった車の方向を眺めるその影は女性だった。

 日の入りが早くなった神無月の日を浴びて、紫がかる髪を薙ぐ風に靡かせる女性。

 その背中にある、本殿に見られる注連縄と同じような、神錆びたような縄から伸びる紙垂も、髪と同じく揺らしている。

 

「来ないなら来ない、そうしてくれた方が諦めもつくんだが、この季節は糠喜びさせられるから嫌だね」

   

 続く独白。

 言い切ってから嫌だ嫌だと、自分に向けての愚痴を吐く。

 誰が聞いているわけでもないのにボソボソと、組んでいる腕を僅かに緩めて。 

 

「また文句かい? 諦めが悪いなぁ、神奈子は」 

 

 誰かの話声。

 姿はない、が、口振りから独り言を聞いていたらしい。

 愚痴を吐いた女、この神社に祀られる、本来であればこの社におわす祭神として人々に崇め奉られて然るべき神に対して気安く、まるで家族に言うような声色で、あっけらかんと言い返される声だけが聞こえた。

 

「ただの愚痴さ、覚悟は済ませているよ。それよりも今日はどうしたんだ? 早苗ならまだ帰ってこないよ、諏訪子」

 

 姿なき相手に語る神。

 見えない者相手に語る事も神であれば容易いのだろうが、今の会話相手は見えない者ではなく、今は見えなくなってしまった者だ。

 返事を寄越したのはこの神社に祀られるもう一人の祭神であり裏の祭神である、洩矢諏訪子。元々は彼女が正当な祭神であり、神奈子は別の地より来た神ではあるのだが、それは今必要な事でもない、割愛する。

 

「帰ってこないだけならいいんだが、どうにも悪い予感がしてね、何かに起こされたのさ。お陰で気分まで悪いよ」

「なら二度寝するなりしたらいい。帰って来たら起こしてやるから、その後で久々に卓を囲もうじゃないか」

 

「そうなればいいねぇ‥‥帰ってこれない、にならなけりゃいいんだが」

「それは、どういう意味だい?」

 

「さぁ? 明確な相手まではわからんが、あの娘は良くないのに触れたみたいだ。こいつは今時珍しいね、真っ黒なモノを腹に貯めこむ輩なんていつ以来だ? あの気に入らない妖怪が姿を見せた時以来か?」

「胡散臭かったあいつか、あれも腹に一物どころじゃない様子だったが‥‥なんだい、そんな奴がこの現代に残っているってのかい?」

 

 誰かを思い出し、話す二柱。

 話題の妖怪がこの神社を訪れたのは今より数年くらい前、早苗が小学校に上がるか上がらないかといった頃合い、この二柱が口にした『覚悟』を済ませてすぐくらいの事だったようだ。

 

 口に出すと思い出される夜。

 これまで過ごしてきた毎日と変わらない、何の変哲もない夜に、あの妖怪は降りてきた。

 言われた通り胡散臭い笑みで、その顔を扇で隠して。

 

~二柱想起中~


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。