東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第六十二話 狂気の瞳に宿すもの

 ミシリ、鳴るのは廊下の板。

 一点に体重の掛かるハイヒールに踏まれ、先程から軋む音を鳴らされている床。どこまで続いていそうな永い永い廊下に、点々と続く赤い染み。ソレを追い掛け視点を上げると先で佇むは侵入者。片手にはポタポタと赤い液体を垂らすスコップを、もう片手には兎の付け耳を着けられた妖精だったモノが握られている。一人先行し屋敷の奥へと進む黒い羊、先程から襲ってくる妖精達を処理しつつ、いつかは到着するだろう薬品の匂いの大元へと向かい進んでいる。

 

「拍子抜けもいいところ、これでは冷め切ってしまいそうです」

 

 持っていた四肢のないモノを放る、クチャリ、音を立てて転がるソレ。

 わざとらしく前に放り、わざとらしくソレを踏み抜くアイギス。

 もう息のなかったような相手からは何も届かず、それもまたつまらないと言わんばかりに踏み抜いた足を軽く捻った。爆ぜて霧散する妖精、サラサラと身体を消していき、一回休みに入っていくと、同胞がやられた仕返しに来たらしい、他の妖精が弾幕を放ち始めた。

 

「妖精といえど綺麗なものですね、お付き合いできないのが残念なくらい」

 

 放たれる青や赤の球体、暗い廊下を彩る弾幕が黒い悪魔に降り注ぐ。

 けれど当たる前に指を鳴らし、場合によっては手をかざして、近寄るそばから穿ち、消していくアイギス。 近間にいる相手に向かって駆けては掴み、握り、稀に獲物で叩き切る。

 一体仕留めては次、次、次。

 少しずつ数を減らし、廊下を埋めていく弾の膜が薄くなっていく中を、馳せる。

 最早戦いではなく処理に近い動きで敵対者に迫ると、弾幕を放ちながら後退していくうさ耳妖精。撃っても撃っても止まらない相手、弾幕ごっこだというのに被弾しても止まってくれない羊が、時偶に腹の辺りを撫で擦りながら逃げる妖精の後を追う。

 逃げ遅れた一人、最後まで弾幕をバラ撒いていた妖精に向かって微笑みながら右手を伸ばす‥‥が、その手は触れずに床を転がった。

 

 手首から先を弾き、断ったのは弾丸。

 赤い閃光を引いて、暗がりに線引く弾丸が、アイギスの右手を奪い背後へと抜けていった。

 

「一射目ヒット‥‥右腕部損傷、確認……続き、二射目」

 

 侵入者の腕を断ち切った者が呟く。

 誰にも聞こえない声量、己にのみ聞こえればいいくらいの呟きを一人静かに吐き捨てる。

 永く続く廊下の先、何も見えないような暗闇の床に寝そべり、右手を真っ直ぐに伸ばしている者が、左手を右腕の肘に当て、狙う。

 闇に目立つ、紅く発光する瞳を薄く開いて、遠くに見える黒いシルエットに向かい、人差し指を突き付け中心に捉えると、第一関節から折っている中指の第二関節を折り曲げて、トリガーを引いた。発射とともに迫る銃弾、初速から敵対者まで変わらない速度で飛んでいくソレが、狙い定めた相手の額を突き抜ける‥‥前に携えているスコップの腹で弾かれ、脇の襖を抜いていった。

 

「二射目は防がれた‥‥ターゲット‥‥移動開始、真っ直ぐにこちらへ来る、か」

 

 確認するよう、己に確認させるように語る妖怪。

 長距離狙撃(スナイピング)から索敵・分析など観測手(スポッター)役までを一人でこなした名狙撃手が場況判断を行い、今取れる最善の行動をしようと静かに寝転んだまま横に転がると、その勢いを利用して襖を抜いて立ち、走り出す。わざとらしい足音を立てて進む兎、輝く瞳もわざと見せて、自分はこちらだと侵入者を釣り出すような動きで屋敷の何処かへ姿を(くら)ました。

 

「姿は見られませんでしたが、お誘いが下手な御方のようですね‥‥そうちらつかせなくとも、追う事に変わりないというのに」

 

 あからさまに罠だと知れる動きを見せた元軍人、その姿は確認出来なかったが、立てられた音はしかと聞いている元棺桶職人。

 兎が引いた方向、屋敷の奥からは左に逸れた廊下の何処かを睨み、落とされた腕を回収せずに、軽く蹴って向きを変えただけ。そうしてから新たに腕を生やし、奥と兎の進んだ方向を見比べる。

 

「さて、奥からも匂いますが、今し方引いた御方からも臭います……果たしてどちらが本命なのか。考えても埒が明きませんし、まずは近場から明け放って参りましょうか」

 

 少し冷えたが未だ饒舌、つまりはまだまだご機嫌斜め。

 横取りされた恨み、晴らさでおくべきか、そんな心情で兎の消えた先へと動き始めるアイギスが、指を鳴らしてカツカツ進む。

 月も星も出ていなくとも見えるはずの暗がりが見えない、それならばここには何かあると、ソレを穿ち掘り抜いて。数枚の襖を開けても続く同じような部屋、それならばここにも何かあると穿ち、掘り返して。

 そうして用意された罠も気が付かぬまま、何もなかった状態にしてゆっくりと獲物を追う。

 その最中、仕掛けたモノが反応しない事に気が付いた相手が、三度目の射線を描く。

 

 アイギスが進む先で待ち構えていた屋敷の兎妖怪、鈴仙・優曇華院・イナバ。

 発射した弾丸がアイギスの右足を撃ち抜き、そのまま突き抜けていったのを確認し、再度の場況確認、見たままを述べようと薄めていた瞳を開き、場を読むが‥‥

 

「三射目ヒット‥‥右大腿部貫通‥‥ターゲット沈‥‥黙?」

 

 見ている相手は確かに右足を失っている。

 だというのに倒れない、単純にスコップを支えに立っているだけ、そのはずだが、姿を捉えた鈴仙にはそうは見えていないらしい。

 

「なんで倒れないの? 痛く、怖くないの?」

 

 放っておけば倒れる、妖怪がこれくらいで死に至るのかはわからないが瀕死か、出血多量からの麻痺くらいにはなるだろう、経験則から相手の侵攻を止めるだけなら四肢のひとつふたつを落とせば十分。そんな判断を下し、動いていた軍人兎だったようだが、読みは外れ、退治する相手は倒れないどころか打ち抜抜かれた事すら気にせず、嗤い、語る。

 

「何故と申されましても、この程度ではまだまだ足り得ないのですよ、兎さん」

 

 松葉杖代わりのスコップを持ち上げ挿し直して、床に突き立てながら足を戻す。

 語った言葉の意味を見て分かるように示し、このくらいではまだまだ止まれないと、視線をアイギス一点に止めてしまった鈴仙に語りかける。一瞬だけ沸き立った黒い瘴気が晴れ、何事もない姿に戻った羊が見られると、言葉ではなく銃口である指先を相手に向け、構える兎。

 

「沈黙、ですか。私からは聞きたい事がございますのに、こういった会話にはお付き合いして下さらないようですね」

 

 突き付けられている指に向かい、自身も合わせた指を突き付ける。

 妖精達に邪魔をされながらもたどり着いた相手、自身の獲物を横取りしてくれた匂いと同じ匂いを身に纏う相手に向かって嗤いかけ、相手が動き出す前にその指を打ち鳴らした。

 音と共に穿たれて消える鈴仙、語る舌は持たないと見せてくれた相手であればこれ以上構う必要もない、追いかけるべき匂いの原因はまだもう一人はいる。であればここで遊んでいるよりもそちらへと、そうした思考の元に打ち鳴らされた指。

 その指が、消えたはずの相手が放つ銃弾に打ち抜かれ、左手首ごと弾き飛ばされた。

 

「消えた?‥‥いえ、また見えないような状態にされているだけでしょうか?」

 

 飛ばされた手首を眺め、戻し、ポツリ呟く。

 今のアイギスに鈴仙の姿は捉えきれていない、それも致し方無い事だった。

 彼女は既に鈴仙の能力下にあったのだ、鈴仙が二射目を済ませ移動を開始した際に見せた瞳、あれは釣るための餌であると同時に、自身の能力を発動させる為の準備動作でもあった。

 この月兎が持ち得る『物の波長を操る能力』の力により、今の彼女はアイギスとは存在している位相がズレている。攻める一瞬だけは位相を揃えねばダメージを与えられない為姿を見せ、それ故居場所を嗅ぎつけられているが、気づかれ攻め落とされる前に再度位相をズラす事で、アイギスからの攻撃を実質無効化していた。

   

 消えては現れ、一方的に攻撃を放つ兎。

 こうして一方的に責め立てられるのは好まない、が、それでも焦りは見せないアイギス。弾の飛んできた方に向かっては、右手に持ったスコップを振り上げ駆け出す。一見する限りは何もない空間、それでも攻撃が放たれただろう場所に向かって走り、その周囲の床ごと叩き割る勢いで獲物を叩きつける。 弾け飛ぶ床板、壁や天上に向かって大小の木片が飛び刺さる。当然爆心地にいる悪魔の身体にも多少は刺さるが、多少の切り傷程度は怪我のうちにも入らず、そのまま勢いが衰えることなく、辺り構わず破壊の限りに逸る。

 そうした最中に飛んで来る兎の弾丸。

 振り上げられている右腕を狙い発射されたそれは、腕には当たらずに、動き続けるアイギスの角に弾かれ霧散した。

 

「次はそちらですか? どういったお力なのか存じ上げませんが、一瞬だけ見えたり消えてしまったりして、お忙しい御方ですね。何故貴女様が見えないのか気にはなりますが、お話しては頂けないようですし、このまま捜し物を続けると致しましょう」

 

 口を開いている間にも飛び交う弾丸と、僅かな瞬間だけ見える姿と匂いを頼りに走る黒羊。

 このままやり合っていては埒が明かないように思える争い、だったが、この均衡は少しずつ崩れていく、そして、先に崩れたのは優勢に見える兎であった。

 

――おかしい―― 

 

 ズレた位相の中呟き、眺む。

 ほんの少しだけ攻め手を緩めて、アイギスに叩き割られた床を見る。ここは不変の永遠亭だ、住まう主の力によって永遠の魔法が掛けられた変わらずの屋敷。だというのに叩き割られた床は戻らず、くっきりとした穴を開けたままで戻らない。

 これはなんだと考えるが、彼女もアイギス同様相手の能力を知らない。そこにあるのであれば何でも穿ち、掘り起こしてなかった事にする力を知らない為、今目の前で起こっている事がわからない。けれど他の部分ではわかっている事があった、このまま続けていれば被害は広がるばかりだと、そう理解していた。

 

――やらせない―― 

 

 ここは守る、敵も倒す。

 それが出来ずして何が軍人か、過去を引き摺ったままだからこそ強く感じる責任感。

 実直に思い込む強さ、もう一人の兎にそう評された心のままに、ヒット・アンド・アウェイから一転、攻勢に出る灼眼の少女。気概を変えると得物も変わって、真っ直ぐに伸ばしていた指を畳み、強く握りこむ。

 そうして次の手を待つ後手の羊に向かい馳せ、その拳を腹に当て、真っ直ぐに突き上げた。

 強い気持ちの宿る瞳で睨み、渾身の力が篭もる拳を振り上げ、撃ち抜く。

 それが腹部に触れた事でアイギスも感知するが、鈴仙の拳と自身の身体の間に割って入った悪魔の手も、拳から放たれた無数の散弾により散らされた。

 黒羊の腹から背に抜けた、月の魔力がノッた散弾が派手に飛び出す。

 羊の血糊と兎の力が廊下にばら撒かれる。

 そうしてアイギスの背を爆ぜさせて、土手っ腹には大きな風穴を開ける。

 迷いのない一手を撃った手、勝負を決めた震える右手。返り血を浴びたその手を左手で包み、次の相手はと思考を切り替えかけた時‥‥仕留めたと確信したその時に、包む左手が一つ増えた。

 

「やっと捕まえました」

 

 ニコリ微笑むアイギス。

 腹にデカデカとした穴を穿たれて尚嗤う相手、尚死なない相手。

 こいつはなんだ、そう考える鈴仙の頭は一気にブレて床で跳ねる。握られた手を振られ、全身を床に向かって打ちつけられたのだ。

 頭を打ち思考が止まる。

 背を打ち、一瞬呼吸が止まる。

 そんな中、今がどうなっているのか、どうされているのか、息が止められた事で怯み、回らない頭で考えこむ鈴仙だったが、強い衝撃を再度身に覚えるとすぐに思考を取り戻す。てゐが言いかけたのはコレだったのかと、仕留めたと意識を入れ替えた、油断した瞬間が怖いという事だったのかと一瞬で理解した。が、その結論に至るのは少し遅かったようだ。

 鈴仙の頭が床で跳ね、身体が壁で跳ね返る。

 派手な音を立て打たれる。

 打楽器のように叩きつけられる。

 ソレが続く。

 止まらない。

 止められない。

 抗おうにも両手は未だに掴まれたままで使いものにならない。

 足は振り回されて、壁や敵を蹴るどころではない。

 頭を打つ度にブレる思考と意識、背や腹を打ち付けられる度に止まる呼吸。

 延々とそれが続く。

 

 すっかりと静まる兎、息はあるが呼吸は途切れ途切れ。

 意識はあるが、思考回路までも途切れ途切れという状態。

 腕も足もだらしなく伸ばすだけ。

 そうなって、やっとアイギスの動きが止まる。

 

「静かになって頂いたところで、さて、美しい兎さん。少しお答え頂きたいのですが、貴女と同じ匂いを纏う者はどちら様で、何処にいらっしゃるのでしょう? ここでお話くださればこれ以上は致しませんが、あまり強情だと別の方法に切り替えてでも聞く事になりますよ?」

 

 左手で握る部分を拳から頭に変えて、長い紫の髪と耳を雑に纏め、右手は頬に添えて問う。

 憎き横取り相手、こちらの兎も面白い搦め手を仕掛けてくる相手ではあったが、竹林で横取りしてくれてアレはもっと冷たい、躊躇のない者だった、そのはずだと脳裏に浮かべて問いかける。

 それでも何の返事もない、意識でも飛んだのかと右手の爪で唇の端を薄く裂いてみる悪魔。ピクリと揺れる口の端、そうして垂れる赤い一筋、ソレを舐め取り嗤ってから再度問う黒羊。

 

「話せませんか? やり過ぎてしまいましたか? それとも兎らしく別の方法にご期待頂いているという事でしょうか? どうなのです? 意識はあるようですし頷くなり、視線で知らせてくれるなりすると‥‥」

 

 止まらない脅し、饒舌に述べながら鈴仙の顔を眼前に持ち上げる。

 似ているがもっとドス黒い灼眼に光を灯し、視線を重ねて聴き込んでいくが、鈴仙の瞳に僅かな明かりが灯ると、その口は途端に押し黙ってしまった。

 アイギスがベラベラと語っている間に少しは回復したらしい鈴仙、彼女も戦場に身を置いていたものだ、こうした、よく言えば取り調べに近い事は訓練でも実戦でも経験しており、多少は慣れていたようだ。それ故今のように目が合うのを、チャンスが来るのをじっと耐え待っていた。 

 兎の瞳に宿るは明かり、ソレは能力の一部にある狂気。

 相手の感情にある波長を弄び、感情の揺れ幅を好きにいじれるというもので、今はどうにかこの場を逃れる為に加減を忘れ、気をどうするか指定もせずに放ったらしい。

 ドサリ、落とされる兎。

 そうしてから動きの見られなくなったアイギス、これは気でも長くなって穏やかになったのか、そうも取れるがそうではなかった。

 落ちた兎が逃げようと少し動く、その瞬間に蹴り上げられ、奥の襖をぶち抜いて消えた。

 能力が効かなかったのか、などという事はない。

 今の彼女は間違いなく鈴仙の術中にあった、ただかかり方が少しばかりマズイ方向だっただけだ‥‥気が伸びたのではなく逆、短気を通り越して一時の狂気に染まっているだけだ。

 先の行動も目に付くモノを攻撃しただけだ。今の彼女の瞳の中で動く相手は全て敵、自身の獲物を横取りする恨むべき敵だ、そのように認識するようになっていただけ、単純である。

 

 自身が蹴り飛ばしたせいで手にかけるべき相手がその場からいなくなる、そうわかると動くアイギス。何処まで飛んだのかわからない鈴仙を追うように、暗い奥へとつま先を向けるが、放たれる反時計回りに翔ぶの弾幕と、やたらと赤い多量の弾幕に視界と聴覚を奪われて歩みを止めた。

 そうしている間に回収される鈴仙、その瞬間に恨めしい匂いが強まるが、視界に続いて聴覚まで奪われては追うに負えず、飛んでくる弾幕に向かって指を鳴らすだけとなった穿孔の黒羊。眩む瞳と痛む耳が戻ると、奥には進まず入り口へ、入ってきた方向に向かって歩んでいく。

 これも単純で、どこまで続くかわからない奥へと行くよりも、戻れば誰かがいるのを知っているからだ。廊下を滑っていった兎が誰かに回収され、いなくなった事で戻る理由は更に強まり、カツカツと歩く。

 虚ろな瞳を暗闇に輝かせ、笑みだけは変わらない矛盾した姿で、一人静かに後ろへと進む。

 

~黒羊反芻中~

 

 自身が描いた赤、妖精だった赤色をバックに、少し戻った辺りで出会う相手。

 それは胡散臭い友人でもその連れ合いでもない、かつて推薦した相手でも、いつかは手合わせしたいと考えている人形遣いでもなかった。

 彼女達はアイギスに続いて屋敷に押し入り今頃は何処か別の廊下を迷っている、そうして今出会うのは‥‥それぞれが争い多少の差はあれども消耗している四人。

 紫とは別の友人とその従者、そして抱きしめるべき相手とそのお抱えであった。


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