東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第六十一話 囚われた兎

 四組の少女達が楽しく弾幕遊びに興じたすぐ後の事。

 争っていた四組の内の、一応の決着が着いた二組が、突然に現れた日本屋敷の前にいた。

 ツートンカラーの少女が三人、紅白、黒白、青金と、それぞれのカラーリングを身に着けている少女達が二手に別れ、屋敷の周囲を彷徨いていた。建ち方や雰囲気から、ここが異変の中心地だとわかる、だというのに中には入らず周りを飛び回るだけ。

 小さな明かり取りや締め切られた障子を睨み、中を伺うように覗いたり、どうにか侵入しようと少し高度を上げてみたりしているが、入ろうとする度に何かわからないものに阻まれ、反発するような動きで弾かれる三人。

 遊んでいるようにも見えるが、一体何をしているというのか?

 

「あ?」

「お?」

 

 最初に声を発したのは紅白。

 連れ歩く八雲の主従を正面玄関に置き、あいつらは前から侵入、自分は後ろから挟んで中に入る‥‥という(てい)で動き、隙あらば一人で突っ込んで異変をさっさと終らせようとしていた巫女が、自分の利き腕側から回りこみ屋敷に入ろうと進んでいた。はずだった、真っ直ぐに向かっていたはずなのに、別の相手、逆の右方向に進んだはずの魔法使い達と顔を合わせていた。

 

「なんであんたらが前から来んのよ」

「霊夢こそ、なんでそっちから来るんだ?」

「これは、こうなるように仕向けられているって事でしょうね、堂々巡りか」

 

 顔を寄せ合って文句をいう人間少女達。

 二人して、なんでお前がそっちからとわかりやすい文句を吐いている中、一人冷静さを見せる魔法使い、アリス・マーガトロイド。先を飛んでいた連れ合いの少女、霧雨魔理沙の進む軌道を見つつ、何か可笑しいと踏んではいたが、こういう事だったかと気が付いて一人頷く。

 

「仕向けって‥‥面倒臭いなぁ、さっさと首謀者のところにいかせなさいよ」

「真っ直ぐに行ってもダメだったな、どうするんだ? 上にでも行ってみるか?」

 

「それで地面の下に出たら嫌だわ」

「違いないな、なら‥‥何かないか? アリス?」

「こういう事は私よりも向いているのがいるでしょ?」

 

 問われたアリスが魔理沙に言い返し、霊夢を見る。

 顔に面倒だと書いている巫女さんが魔法使い二人に見られると、あいつらを使うのも面倒臭いけれど、こうしてグルグル回っているよりは面倒がなくて済むか、なんて下心というか、近道を求めて名を呼んだ。 

 

「紫、こっちはダメっぽいわ」

「でしょうね、行く前にも多分入れないって言ってあげたのに。兎も角一度戻ってらっしゃいな」

 

 霊夢が虚空に向かって話しかけると、そこに開く小さなスキマから、反対側に待たせいている相手の声だけが返ってきた。 

 窘めるような口が聞こえて、思わず舌打ちしてから飛び立つ紅白。その後を追って魔法使い達も動く。戻りは問題なく戻れたようで、正面玄関前でスキマを開く妖怪とその式の近く、裏を取ろうとしていた三人が合流する。

 

「おかえりなさい、やっぱりダメだったでしょう?」

「うるさい、いいから早くどうにかして」

「そうだぜ、呼び戻したんだからどうにか出来るんだろ?」

 

 僅かに首を傾げ、戻ってきた者達に語りかける紫。

 よく見られる扇越しの顔で挨拶ついでに確認すると、先ほど窘められた巫女からは文句が、一緒に戻ってきた魔法使いからは問いかけが飛んできた。

 すると背後で待つ九尾の式が僅かに尾を揺らす。何も出来なかった人間風情が主に対して偉そうに、そんな思いが伝わる動きだったが、それを制するようにふわりと浮かぶ人形と、開かれるスキマ。

 

「それが私でもダメなのよね、入れなくはないのだけれど」

「あん? どういう事よ?」

「入って進んで、中の誰かさんを倒せば終わるだろ。なら入れればいいんじゃないのか?」

 

 曖昧な物言いのスキマ妖怪。

 入れるけれどダメとはどういう事か、よくわからないからさっさと話せ、霊夢と魔理沙からはそんな物言いをされれいるが、残るもう一人のツートンカラーは別の事を口にした。

 

「そういった魔法、もしくは能力が行使されている。いえ、行使され続けている。だから侵入する為の境目を開いてもそれは閉じてしまう。そして術者を止められたとしても、その術が止まる事になるのか読めない、そんな所かしら?」

「ご明察よ、人形遣い。どういった力なのかはわかりませんが境界を弄んでもすぐに戻ってしまうの、まるで変化を嫌うように元通りに、ね。それが中には入れるけれど終わらない、終らせる事が出来ないと考える理由」

 

「なにそれ、異変なら首謀者を倒しておしまいでしょ?」

「それは幻想郷にいる者が起こした場合に限ってなの、今夜は少し違うわ、まだね」

 

「ん? 幻想郷にいるからここで異変が起こせたんだろ? 言ってる事までよくわからないぜ?」

「最後まで聞きなさいな、幻想郷の事であれば私にわからないことはありませんわ‥‥だというのに、この竹林にこんな屋敷があると私は知りませんでした、つまりはこの屋敷はまだ幻想郷に馴染んでいない、それ故今までの異変とは少し違っているのよ」

「管理人が知り得ない場所は幻想郷ではない、と。無理がある物言いだけど、実際知らず入れずなのだからそれでいいわ、そこは」

 

 紫の説明にアリスからの補足、その2つを聞いて尚わからない二人。

 正しくは諦めたのか、正確に理解するのが手間だからこれ以上はもういいやと、ある意味で開き直って屋敷と紫を交互に眺めるだけにした異変解決コンビ。

 御託はいいからさっさとしろ、そんな仕草をとって見せるとスキマに映る誰かが現れる。姿を見せた瞬間から、いつもよりも明るい笑みで、普段よりも明るい声色で、ぱっと見は上機嫌な黒羊。

 

「これは皆様お揃いで、出待ちをされるなど嬉しく思えますね。急なお呼び出しでしたが、悪くないものです」

 

 ニコニコと、場にそぐわない顔で語るアイギス。

 少し前に顔を合わせた時はもう少し落ち着いていたような、と、語らぬ藍は感じているが、呼び出した張本人は何も言わずに扇で屋敷を指すのみ。

 

「げ」

「アイギス=シーカー? 何故ここに現れ‥‥呼び出したの?」

 

 何か嫌なモノを見た、そんな事を一言で表す魔理沙は兎も角として、当然浮かぶだろう疑問を述べるのはもう一人の魔法使い、アリス。

 最初は不意に出てきた相手に問いかけようとしていたが、雰囲気からアイギスではなく紫に問う。彼女は一度顔を合わせただけだがあの時とは纏う雰囲気が違う、アリスの住まいを訪れた時にはもっと落ち着いた手合だった、今のような、あからさまに機嫌を見せるような事はなかった羊。

 これは少しおかしいと感じ取り、そちらには触れずに召喚者に聞く‥‥がパチンと鳴る音がすると、視線はそちらに向けられてしまう。

 

「ここで語らうのも良いのですが、先約がありますので私はこれで。では、失礼致します」 

 

 急に来てはいなくなる悪魔。

 紫の扇が指している先、永遠亭の正面玄関を穿ち、くり抜くと、一人で中へと消えていく。

 何しに来たのかと見ている者達の中で一人、紫だけが読み通りだと小さく頷く。

 あるモノ、境界は弄んでも元に戻ってしまう。

 ならばその部分を(えぐ)り抜いてなかった事にしてしまえばどうか?

 そういった思い付きから急に呼び出し、読みは見事に当たったが、友人の今の表情が何を原因にしたものなのかは読み切れないでいた。あんなに楽しそうで、あんなに薄気味悪い笑顔のアイギスは見た事がない。

 八雲紫はアイギスを幻想郷に引っ張りこんだ張本人であり、この地では一番付き合いが長い者だ。藍も同じく時を過ごしているが紫に比べれば関わり方が少し薄い。それ故他の者に比べればある程度の予想は出来るが、そうした考えを巡らせる前に屋敷の中で争う盛大な音が紫の頭に響いた。

 

「さぁ、ノックも済んだようですし私達も続きましょ」 

 

 それでも笑みを絶やさない紫。

 既に入り口は開いた、ならばここはもう敵地であり未開の地だ、そんな所で突かれるような姿を見せるほど甘い妖怪でもない彼女。期せずして露払いとなった友人に少しだけ感謝し、出来ればここだけですっきりして欲しいと願いつつ屋敷の廊下に歩を進めた。

 先に消えた悪魔、奥にいるだろう獲物を横取りしてくれた薬臭い相手を狙うアイギスが鼻を鳴らして消えた後を、彼女に続いて屋敷内へ侵入していく少女達。神妙な顔で内部を伺う皆の中で一人だけ笑う紫の事を、付き従う式は眺め、進んだ。

 

~少女移動中~

 

 さらさらと流れるような音に包まれる場所。

 この鳴り物は周囲の竹、その葉音、それだけが鳴り聞こえている。

 自ら迷い込んできた少女達がアチラコチラで弾幕遊びに興じ始めて、本当なら同じ竹林にあるこの屋敷もその戦闘音が響いていて当然。だが、この屋敷の空気からはそういった争いの音はしない。聞こえてくるのは屋敷の廊下を歩む誰かの足音くらい、音の主が向かうのはこの建物の奥まった辺り。

 周囲の景色を描いたような、雅な竹が描かれた襖を開き進む少女。

 少し前には描かれている竹を強く撓らせて逃げるための手段とした兎の少女が歩く。

 

「何人くらい来ると思うよ?」

 

 歩きながら語る兎の妖かし、因幡てゐ。

 話しかけた相手の顔を見上げ、この屋敷に足を踏み入れられるのは何人かと尋ねる。

 

「何人でも構わないわ。ここに侵入する、ここを荒らすというなら、私は……」

 

 ちょっとした遊びだというように、茶目っ気のある声で話しかけたてゐ。

 竹林で逃げ去った時と同じく、白い歯を見せて笑う。けれど、語らう相手のは反応は遊びからはかけ離れたもので、てゐとは違い、淡々と返しては、右の手首を左手で握り締めたりしている。

 着ているブレザーの袖に深いシワが寄る、それ以上力を入れれば袖のボタンが飛んでしまいそうな程の硬さが、その仕草には見られた。

 

「私は? なんだって言うのさ? 死んでも阻止するとでも言うか? これだから軍人ってやつは‥‥もっと気楽に考えたらいいんじゃないかねぇ、鈴仙」

 

 覚悟に近い言葉を言った相手、自分と同じく兎の耳を垂らす、鈴仙と呼んだ少女に向かって、悪態とも取れる言い草で話す小さな兎。先ほどの、遊び心いっぱいといった声色のままで話かけているが、軽口を吐かれた鈴仙の態度も悪戯兎と同じく変わらない。 

 

「気楽にって、ここは私を拾ってくれた場所なのよ、ここがなくなったらもう行く場所がないの」

「それなら心配ないさ、姫様も師匠も絶対になくならないウサ。ついでにこの屋敷だってなくならないような名前なんだから、心配するだけ無駄な事だよ」

 

 でも、と言いつつ手に力の入る鈴仙。

 立てていた右手の人差指が僅かに内に入り震える。

 覚悟はある、恩もある、そして並の相手なら蹴散らせるくらいの腕もある。この屋敷に拾われる前は別の地で軍畑にいたのがこの鈴仙だ、日和ったこの地の妖怪程度なら私の経験と能力でどうにでも出来る‥‥はず、と考えた頃、思わず手を震わせた。

 

「格好つけて震えてちゃダメだね、格好がつかないよ?」

「うるさい、これは武者震いよ」

 

 否定したが、これは武者震いではない、これは唯の恐れだ。

 鈴仙自身にもその自覚はある、敵を恐れ逃げ落ちた過去、苦い経験からくる身震い、この屋敷がなくなればもう逃げる先がない、ならば全力でここを守らなければならない。

 だというのに止まらない‥‥戦えるのか、また私は逃げてしまうのではないか?

 そんな考えが頭の中を占めていく、が、小さな手が触れ、震えを抑えてくれた。

 

「心配するなら自分の事だけにしときなって、あたしゃそうしてるよ」

「てゐ、あんたは‥‥それでいいの?」

 

 足を止める兎、そうしてもう一人の手も離れた。

 暖かだった小さな手が離れると、また握り締める力が強くなってしまい、少しだけ右手の血色が悪くなったように見えた。何をそんなに思い詰めているのか、鈴仙の心情をわかった上で尚問いかけるてゐ。返ってくるのは先の言葉に似た物言い。帰る場所が、と言いかける鈴仙だったが、それは被せられ、長く続く廊下に消されていった。

 

「そうやってなんでも背負うから重さに負けるんだって、心配ない連中気遣ったって仕方ないっての。鈴仙やあたしはあの二人とは違うんだから、そっちにだけ気を配っておけばいいのよ」

 

 立ち止まったままの元軍人、そのすぐ横に戻ってきて、ペシンと軽く尻を叩く。

 軽やかな、てゐの態度に似た音色が廊下に響く。そうしてから数秒経つとやっと歩を進めた鈴仙、先程までの張り詰めた雰囲気は少しだけ薄れた顔で、それでも固い決意は覗かせたままで。

 一人進むその背を見送る悪戯兎詐欺、並び歩いていた先ほどとは立ち位置が変わるが、それは心情も立ち位置通りに別に向いているからであった。事実彼女は屋敷の者達に対して心配はしていない、一緒に住んでいる事からなにかしらの情は感じている、けれども鈴仙のように守るだとか、今度こそ逃げないだとか、そういった硬い心は持ち合わせていなかった。

 実直に思い込むのも強さではある、が、それは崩れると脆い。それを知っているのがこの年経た兎詐欺であり、それ故過去を振りきれずに立ち止まる事が多い同居人に対しては、先ほどの様に尻を叩く事も多かった。

 

「そうだ、鈴仙、ちょっとだけ教えておいてあげるわ」

 

 廊下の角を曲がりかけ、その肩と背中くらいしか見えない相手に投げかける言葉。

 今度はどんなお節介が飛んで来るのか、思わず足を止めた鈴仙。

 今夜の敵の情報を知っているのなら全て渡せ、そんな思いを真っ赤な瞳に込めててゐを見返す。

 

「外で観てきた事なんだけどさ、ここに向かってくる連中は大概二人組だったんだ」 

「さっき聞いたわ、それ。三回目よ」

 

 年寄りが語るような繰り返し、既に二度ほど聞いている話がされる。

 相手は人間と妖怪が組んだツーマンセルで動いている、一部半分人間も混ざっているが、目に付く四組の内三組は人妖でのコンビだと聞いている為、半分も人間なら一緒くたに考えても問題無いだろう。

 そう考えたのが一度目、二度目はそいつらが綺麗な弾丸を放ちながら、争いながらもこの屋敷に向かっているという事だった。互いに争い消耗してくれている、これは鈴仙にとって都合が良く、悪い情報ではなかったが、それだけであった。

 相手が何処の誰であろうとこの屋敷、永遠亭を落とそうとする者なら容赦はしない。

 唯一屋敷の外と接点を持つてゐから仕入れたこの地のルールを破る事になったとしても……と、そんな引き締まる思いが顔に込められる。

 

「まぁ聞きなって、そんな連中ばっかりだったならあんたの能力でどうにでも出来るんだろうさ。でもね、中には一人で行動してるのもいるみたいだ、そういう相手には近寄らないほうがいい」

 

 既知の情報ならいらないと、廊下を鳴らし始めた鈴仙だが、後半の部分が引っかかり歩みを遅くした。そうして少し距離が開くと立ち止まり、頭の上でしなだれる耳を語る兎に向ける。てゐの耳は天然物だが彼女の耳は今ではただの飾りだ、音を聞く為の器官ではない。それでも向けてしまったのは新たに追加された情報に疑問を持ったからだろう。

 

「どういう意味? 一人の方が御しやすいんだけど」

「だから聞けって。こんな月夜に一人歩きをするような輩なんだ、どんな奴かわかるだろ?」

 

「手強い、って事でしょ?」

「違うねぇ、そういうのは怖いのさ」

 

「怖い?」

 

 話しながらわざとらしく震えた口達者、両手で両肩を抱いてブルブルと、少し前に竹林で出会った狼女がしていたような仕草をしてみせる。まるでその場を見ていたかのような真似で、実は逃げていなかったのかと思えるほどだが、この兎詐欺は実際に逃げ切っていた。

 これは従える兎から聞いた話を元に再現し、見せているだけだ、体も、フカフカな耳までプルプルと揺らしあの狼は怖かった、そうとられそうなジェスチャーを続ける兎。しかし、伝えたい相手というのは狼女ではなく、その場にいたもう一人の事らしい。

 

「連れ合いがいれば互いにカバーしたりするもんだろう? それが一人なら?」

 

「隙ができ‥‥」

「これだから軍人さんは、セオリー通りに考え過ぎだ、頭が硬いウサ」

 

「余計な事はいいから、何が言いたいの?」

「一人って事は自分以外気にかけないで済むって事さ、それにアレがあたしの知っている話通りの妖怪なら、仕留め……」

 

 語る途中で揺れるうさ耳、今度は揺らしたわけではない。語る側の耳も、聞いている側の耳もしたたかに揺れている事から、この屋敷自体が僅かに揺れ動いているとわかる。

 住まう主の力を受けて外部とは切り離されているこの屋敷、本来ならば不変の屋敷となっていて揺れる事などは有り得ない。そうした変化を感じ、おやおやと笑う年長の兎と、真っ赤な警戒色を瞳に宿す若い軍人兎。

 

「振動?……まさか、侵入者? ここを揺らすなんてどうやって‥‥」

 

 浮かんだ疑問を口にした鈴仙だったが、言い切る前に走り始めた。

 侵入する為の手段を考えている暇はない、済んでしまった事は取り戻せない、そんな思考回路が動き前傾姿勢で屋敷の正面へと駆けていく。

 その背を眺めるもう一人は、再度微笑み、悪態をつく。

 

「だから気張り過ぎだってのに、月産まれってのは面倒な事ばっかり背負い込んでしょうがないウサ‥‥お師匠様もそうは思わないかい?」

 

 先に動いた元月の尖兵を評する、地上の兎の纏め役。

 一人になったというのに誰かに向かって話しかける、すると返ってくる言葉。

 

「一枚噛んだのだから貴女も働きなさい、てゐ」

 

 空に浮かぶ月のように美しく、輝きを放つような声ではあるが感情をまるで感じさせない声色でてゐに語りかける女。

 口ぶりは穏やかな雰囲気だが、この口調に込められたモノは脅しや命令に近いモノで、有無を言わせずに他者を納得させる凄みが含まれていた‥‥けれど、相対する兎は慣れたもので、その意図に気づきながらも動かず、それどころか軽口を返していく。

 

「斥候は務めたし、知っている事も大体話したわ。これ以上何をしろってのさ? 戦えってのなら簡便よ? あたしゃただの兎さんで、か弱いんだから」

 

 あんたらとは違ってね、と、続く言葉は言わずとも伝わったようで、そちら方面では期待していないから大丈夫、なんて返事がてゐの耳に届いた。それならばそれ以外ではまだ期待されているのか、話す事などもう残っていない、そんな顔で師匠と呼ぶ女、八意永琳の顔を見上げる。

 

「聞き足りないって顔をしてるよ、話し足りない事なんてあったかい?」

「竹林で見たあの妖怪達の事よ、他の連中の事は聞いたけれど、アレらについての報告はなかったわね。あの者達は何者だったの」

 

「あぁ、影狼達の事か」

「名などは省略しても構わないわ、私が知りたいのは何故話さずに隠したままだったのかという部分よ。この地の者が竹林に踏み込んだら報告しろと、私は伝えたのだけれど?」

 

 静かに問う永琳。

 何故隠蔽していたのか、隠していた内容自体は気にかけず、その部分を問いかける。中身については、イマイチ信用し切ってはいないてゐの動きを読み、自身が自ら動くことで確認する事は出来ていた為どうとも思っていなかった。

 あの場にいた二人の内一人、報告になかった狼女の方は虫の息で深手を負わされてもいた。それでも妖怪で、月の眷属といえる狼女なら少しすれば動けるようにはなるだろうが、本来獲物であるはずの羊に追いやられ、瞳に涙を浮かべるほどの状態ともなれば内面での復活はないだろう。

 残るもう一人、嬉々と隙だらけでいたところを撃ち抜いて絶命せしめた相手の方も、アレが誰だったのかとは聞かない、自身がトドメを刺した相手だ、終わった相手の事まで思案するほど今晩は暇ではなかった。

 

「そうだね、そう聞いているよ。だから言わなかったってだけウサ。影狼は元々竹林にいる、もう一人はこの地の者ではなくなったって話だよ」

「貴女にしては歯切れの悪い言い方ね、まるで知らない相手だと言いたいみたい」

 

「実際詳しくないからね、厄介者だって事だけ知ってるわ」

「厄介者ね、どう厄介だったのかしら?」

 

「なに、やたらねちっこいって聞いててね、師匠達みたいにしつこ‥‥」

 

 会話の最中に感じる再度の揺れ。

 てゐの耳が僅かに動く程度の小さな物だが、永遠に変わるはずのない屋敷が二度も揺れ動いた事で、話していた二人の顔色が変わる。人間は触れれば指がひりついてしまいそうな表情を見せてから、屋敷の奥へと消えていった。

 残された兎も、珍しく真剣さを瞳に宿して駆ける、向かう先はもう一人の兎が進んでいった方向、永遠亭の正面玄関。少し前に駆けていったもう一人の兎を、思い詰め過ぎて夜明けの晩にドジを踏むなよ、と普段は見せない老婆心を覗かせながら、攻め入られ、今や逃げ場のなくなった鳥籠のような屋敷の中を走った。


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