東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第六十話 吠える孤独な獣、忌避すべき相手と出会う

 けたたましく鳴る音、ランダムに打ち鳴らされるは祭りの鳴り物のような音。

 地形柄斜めに生えている竹が強く吹き荒れる風に撓らされ、ぶつかり合いながら響かせる音だ。

 この風に乗るのはほとんどが弾幕からなる衝突音。この場で争う少女達がそれぞれを示す弾幕を撃ち、別の場所でも始まっている争いと同じような音を周囲に響かせていた。

 

 一番派手に弾幕を放つのは、器用に箒に立ち乗りし、速度を緩めずに対戦相手を追いかける普通の人間の魔法使い。霧雨魔理沙が、ユルユルと動く普通の亡霊の姫に向かってスペルカードを宣言して、力の限り魔砲を放った結果からの風と音。

 耳を(つんざ)かんばかりに重い魔法の音と竹の音、それに無数の人形達が構える槍や剣の剣戟音と、人形達と剣舞を踊る庭師が立てる金属音までが周囲に響く。

 

「あぁもう! 異変の時は動かなくても当たらなかったし、動かれても当たらないなんて相変わらずズルいぜ!」

 

 弾幕に声がかき消される中の悪態、というか厭味を追う相手にぶつける。

 当たらない弾幕に代わり言葉を当てる相手は、前回の異変で首謀者を務めた華胥の亡霊、西行寺幽々子。既に一枚目のスペルカードは宣言し、それを軽やかに避けられた魔理沙が苦い笑顔で追撃していく。今宵連れ歩く人形遣いの色合いに似た青い魔力の弾頭、鋭角で突き刺さるような弾幕を真っ直ぐに、幽々子に向かって真っ正直に放っていくが対する相手はひらりと避ける。

 

「撃たれたから動いているのよ? それにあの日の事は私も覚えてないの、だから言われても困るわぁ」

 

 避けながら言葉を返す幽々子。

 まるで自身の描く反魂の蝶々を真似るようにひらり、高速で飛び込んでくる魔理沙の弾幕を緩い動きだけで躱していく。幽々子からすれば決して速い動きではない、単純に無駄のない動きをしているだけで、魔法使いの弾幕はいとも容易く過ぎていくだけとなる。

 

「動くのは私達だけでいいんだ。お姫さんだってんなら動かないのが決め事だろ! 忙しく動くのは私みたいな普通の人間や、従者だけってのが相場だと思うぜ!」

 

 いくら撃っても躱される、もう少しで当たるかもという弾幕は近くを翔ぶ従者の弾幕により断ち切られる。姿を見せながらも自身の弾幕を魔理沙に向かって放たない幽々子。

 先に魔理沙が言い切った『動くと撃つ!』という言葉を冗談交じりに返すだけで、彼女自身は避けているばかり、放ったとしても明後日の方向に蝶を飛ばすだけだった。

 そんな亡霊姫に向かい、小さな刃を光らせた人形からも弾幕が奔る。

 が、それらの弾幕も放った人形毎庭師の二刀に切り伏せられた。

 

何人(なんぴと)たろうとも、幽々子様に寄らば切る!」

 

 バサリと切り伏せた人形に向かい口上を述べ、正面を切るは半人半霊、魂魄妖夢。

 祖父から譲り受けた刀、白楼剣をキラリ、月夜を反射させる。 

 

「上手に言うわね」

 

 操る者達が切られたというのに慌てない女、静かに返すのは七色の人形遣い。

 断たれた人形達が落ちていく様を見て僅かに眉を動かした。

 そうして瞳の色を蒼から金へと変えていく、アリス・マーガトロイド。

 

「おいおい、アリスまで馬鹿にしないでくれよ、また傷つくぜ」

 

 この場にいる唯一の人間がついた悪態。

 それが場に響くと魔理沙以外の三人全員が少しだけ笑った、言ったアリスは洗練された返し、組んでいる未熟な魔法使いに対する黒さも少しだけ交えたジョークのつもりで笑い、それを正しく理解している幽々子も同じく、上手に立場を入れ替えて言うものだと笑った。

 最後に残る寄らば切るを茶化された妖夢だけが二人とは別の意味合いで笑っていた、前回の異変では後れを取った魔理沙相手に傷つくと言わせた、それが嬉しく思わず笑んだ。

 

「では、次はこちらから‥‥参ります!」

 

 一番最初に真顔に戻った者、鋭い刃物を振るう剣士が言葉と共に動き出す。

 狙う相手は好敵手、遅れを取りいつか借りを返すと誓っていた相手、春雪異変では身を焦がしてくれた魔理沙に向け、その切っ先と焦がすような思いを向けて空を切り、心意気を飛ばす。

 振るわれる剣閃と全く同じ弾幕が空に現れる、一瞬のタイムラグの後で半霊からも同じような弾幕が飛び、二方向から魔理沙を狙うが、その剣閃は難なく躱され、代わりに赤いレーザーが妖夢に向かって照射された。

 

「さっきから、邪魔ばかり‥‥横槍無用!」

 

 邪魔した相手に向き直り、邪魔をするなと手を背に回す。

 振るっていた白楼剣を鞘に収め、柄頭に目立つ白い房を揺らすもう一振りに手を掛けた。祖父のように腰には()かず、背に背負った鞘を引いて、腰の辺りにずらすと、鞘の先に見えていた一輪挿しが背に隠れる。

 

「邪魔ばかりって、魔理沙の邪魔をしているのは貴女じゃないの? 半人さん?」

「むぅ、減らず口を言わないで下さい!」

 

「揚げ足と言うのよ、これは」

 

 クスリ、そんな声が漏れそうな顔がアリスの横に浮かぶ。

 言い返した本人は涼しい顔から全く変わらず、代わりに操る人形達にあざ笑うような表情を作り見せる。そうして瞳だけを金に輝かせ、他の人形よりも一回り大きく、最も愛している人形に手をかざした。

 そこから放たれる魔を帯びた光、竹林の夜を彩るような美しい魔光が人形より発射される。それを受ける妖夢は刀を構え断ち切り迫る。一気に詰め寄ると袈裟から斬り掛かり刀を振り下ろす。

 が、その剣は振るわれる前に弾かれた、青くたなびくスカートから伸ばされた足が、鍔を蹴り上げいなしたらしい。魔法使いだというに体術もイケるアリス、指は人形を操るのに忙しいが、その足にもそれなりに自信があるらしい。

 攻め手弾いての攻防、互いに引かない連れの者達。

 妖夢には荷が重い相手に見えるが、眺める主は焦らない。

 

「あらぁ、あっちの光線も綺麗。魔法使い同士お揃いで、仲良しなのね」

 

 余裕綽々、そんな動きと言葉遣いで追手に語る亡霊の姫。

 大量の星形弾幕や、通常弾に追われながらもゆるゆると、舞い散る花弁のような動きを見せて避けていく、こんな態度で受け流されて対する魔法使いは興奮しっぱなしだ。見られていないわけではない、避けるのだから見られている。けれど、別の争いを眺めながら躱されて、あしらわれているとまるわかりの状態。

 さすがに気に入らないと、本腰入れて愛用のマジックアイテムに魔力を込めた。甲高い音と眩い光が魔理沙を包む、後は垂れ流すだけとなると、帽子にしまうスペルカードを取り出し、チラ見せした。

 

「いい加減、私だけを相手にしろってんだ!」

 

 光と共に奔る轟音。

 辺りの竹を焼き払い、狙う幽々子も焼き落とそうと片目を瞑り動きを追う。

 薙ぐ閃光がもう少しで届く、そんな中パチンと音がなり、魔砲の威力が殺される。

 

「そうねぇ、あっちはあっちで楽しそうだし‥‥そうした方が手っ取り早いかもしれないわね」

 

 扇を閉じて向き直る、魔理沙の魔法と干渉した自身の力が漏れ出て、目に見えるような状態。

 そのままでくるりと回ってそれを撒く、蝶が飛び鱗粉を撒くように自身の回りに操るモノを漂わせる幽々子。誰かのような音を鳴らし、迫る力を殺した扇を再度開いて魔理沙に向けた。

 そうして先に光が灯され、今し方人形遣いが見せたような美しいレーザーが、扇の骨の数と同じだけ発射された。冷たい光が魔理沙に迫る、一本にでも触れれば勢いを殺されて落ちる、それがわかるくらいの冷ややかさが目に見え、黒白の心中を冷たくしていく‥‥それでも魔理沙の熱は冷めず、八卦炉を箒の穂に埋め込むと、柄を握って力を込めた。

 発射方向を真後ろにして流される魔光、その勢いを利用して、幽々子に向かって突貫する黒白少女。反魂の蝶をアチラコチラに飛ばし、攻め手はそれ以外の緩いモノしかしてこない相手に向かい、奥歯を噛んで突っ込んだ。

 

~少女達遊戯中~ 

 

 それぞれの笑い声が静まると再度動き始めた少女達。

 苛烈に攻める黒白と、華麗に捌く亡霊の姫。

 召喚した愛する手駒達を再度幽々子に向ける人形遣いに、それを断ち切る半分庭師の半分剣士。思い思いに動いては美しい月夜を更に彩っていく四人。その全員を静かに、息を殺して眺める者が竹林の影に身を潜めていた。

 暗い中に目立つピンクのワンピース、胸元からは愛用の人参型の飾りを垂らし、それを握って荒事の流れを見つめる者‥‥それは今夜の異変を起こした側の者で、正しく四人の敵であった。

 

「解決に来たのか、争いに来たのか、あれじゃわからんね。その御蔭でウチにたどり着いてないってのがまた皮肉だが‥‥悪い流れじゃないな」

 

 ニヤニヤ、幼い身体に似合わない笑みを見せる妖怪。

 嗤う度にふかふかの垂れ耳を揺らして、もっと争って潰し合ってくれと願う兎、名を因幡てゐ。

 身を潜めて笑い声を立てるなど愚かな行動にも思える、けれども彼女の場合は何の問題もなかった。ここは彼女の庭であり、同時に自身の物だと主張するほどに慣れ親しんだ場所だ。ここまで迷い込んで来た四人、顔を合わせてからすぐ争い始めるような四人をまく事など、彼女には造作も無い。

 

「さっさと潰し合っとくれよ、あたしゃそれを待ってるだけでいいんだし」

 

 ケラケラ笑う妖怪兎。

 先程から亡霊の姫や人形遣いの二人とは目が合っているが、攻め立てられはしない。

 自身の持ち得る能力により運が良いから、というわけではなく、幽々子とアリスの二人は竹林にいるという兎の話を知っていて、敢えて手を出さず、姿が見えるギリギリのラインで争うだけで抑えていた。場所から敵、それはわかっているが二人共に狙いがあり、それ故性格の悪い狡猾兎は見るだけとしているようだ。

 アリスはその兎の性悪さから、何か手を出されたらすぐに対応出来るようにだけして、まずは一番厄介な幽々子を落とす考えでいた。出会いから攻めてこない相手、自身もそうだが実力の殆どを隠すように手の内を見せない相手。こういった手合は手強い、と、己自身も本気を出さないアリスらしい思考の元動いている。

 

 それに対して幽々子は別だ、彼女の場合は単純に兎に動いてもらいたくて、近寄っては離れてを繰り返している。相手は年季の入った妖怪兎。詐欺師と名高い神話のう詐欺だ。そんな相手からの手を待つよりは、何もさせずに操る死の匂いを僅かに嗅がせて、あわよくば引いた所で道案内をしてもらおうと、少し近寄っては操る能力を程々に漂わせ、巣に帰れと促していた。

 仮に逃げずに死んでもいい、当たらないようにはしているが、長く近くにあれば確実に蝕むだろう死の蝶々。てゐの近くを舞っては、大きく伸びる竹を殺していく反魂蝶。

 青と赤の鱗粉を撒くその姿は美しいが、それでもてゐの身体を動かすには至らなかった‥‥

 が、耳だけはピクリと跳ねる。

 また別の相手が原因ではあるが。

 

「元気に盛っちゃってまぁ‥‥ちょっと近いね、少し動くべきかな?」

 

 跳ねた垂れ耳で聞いたのは遠吠え。

 空で踊る少女達が囃し立てる音とは別、四人よりは遠い位置だが吠えた相手の足を考えればすぐに辿り着くくらいの距離、今彼女と出会うのはちとマズイ、そのような思考で四人から一旦離れようとしたう詐欺だが、少しばかり遅かったらしい。

 振り返り僅かに進むと嗅げる匂い。

 血を好み肉を好む肉食獣の匂いを、その鼻に嗅いだ。

 

「あぁ、いたわぁ」

 

 匂いが強まると声も聞こえた。

 上ずった、欲情に狂ったような声が、姿を見せた女から聞こえる。

 がさりと落ち葉を鳴らし、手を掛けた竹に深く鋭い爪の跡を残した相手、てゐの仲間、というか師匠と呼んでいるらしい者がお月様に細工をしたせいで、色欲から食欲から留まらない月の眷属が現れる。

 

「可愛い可愛い兎さん、貴方にお願いがあるの」

「なにさ、喉に骨でも詰まったかい? それくらいなら取ってあげるからウチに来なよ、影狼」

 

 腕組みし、胸を張る兎。

 小さな身体でふん反り返り、何かを願う相手の名と軽口を吐く。

 それでもその言葉は聞かれたのか、聞かれていないのかわからないような有り様。

 口調だけは会話が出来るような雰囲気の女。

 今泉影狼という狼女だったが、どうにも兎の売り言葉は聞こえていないようだ。

 返事代わりに竹を裂き、がなる。

 

「もう耐えられないの‥‥もう、耐え切れないのぉ!!」

 

 裂いた竹の端を少し、いや、随分と毛深く見える指先に刺したままてゐへと駆け出す。

 数歩で間合いを詰めると地面ごと、てゐのいた辺りを切り裂いた。五本の爪痕が地面に描かれるが、裂かれるはずだったピンク色のワンピースは布切れすら残していない。

 どこに行ったのか、尋ねるように遠吠えをする影狼。

 大きく天を仰いで咆哮すると、隠微な赤を宿す瞳に、背の高い竹を蹴りこみ激しくしならせている兎が映り込む。

 

「狼相手なんて簡便だね、一人で慰めたらいいウサ」

 

 ニシシと嗤う顔がブレて伸びる、撓る竹からミシリと鳴ると一気に飛び去っていく竹林の覇者。

 先ほどまでの少しずつ距離を取るような動きから一転、一瞬にして夜の竹やぶへと消えていった。ここで出会ったのが影狼でなければ素直に走り去ってまくか、周囲に配したトラップにでも掛けてから移動しただろう妖怪兎。

 ここは彼女の庭であり、彼女の仕掛けた悪戯がそこら中にある罠籠のような場所だ。

 だがこの狼女も竹林に住む相手で、てゐ程ではないがこの地を知る者。

 そんな相手から逃げるのに走っていては手間がかかる、こいつに時間をかけているほど余裕はない。余計な連中がいつまで争い続けてくれるか分からない為、今は強硬策を取り、狼女の手から脱したようだ。

 

 一人残された狼女。

 再度大きな叫びを上げて、両手で身体を抱きしめる。

 自分が着ているドレスの胸や脇腹部分に爪を食い込ませ、血が流れるのもわからないくらいに力を込めていく。兎に言い逃げされての自傷行為、もしくは激しい自慰‥‥では無く、僅かに残る理性の部分でどうにか落ち着こうと必死のようだ。

 傷つけた事で多少は戻る自我、それでも浴びせられ続ける月の魔力、そのせいで高ぶる心が抑えきれない影狼。今まで以上に悲痛な、甲高い遠吠えを轟かせて、顔に色気を灯していく。

 同じく月に影響される吸血鬼や白鐸は冷静で、理知的さを残したままだというに、何故彼女だけがと思えるが、それは種族として変じてしまう部分と、白鐸よりも大分年若いという部分が作用する。彼女は少し前まで外の世界にいたニホンオオカミの妖かしであり、外で絶滅する流れから幻想郷に来た、いわば妖怪世界では新参である。

 幼い見た目だとしても500年程生きている吸血鬼姉妹や、そこまでの年を重ねているのかは分からないが年配の気配漂う上白沢(ワーハクタク)のように、月の魔力に抗える程彼女は年を重ねても、力を宿してもいなかった。  

 

 また轟く泣くような叫び、その遠吠えを聞いた者が、声に釣られて現れる。

 咆哮から竹が細かく揺れる中、この月夜でも揺らがない相手が歩み出てきた。

 

「痛々しいお声、ライカン・スロープですか。幻想郷にもいらしたのですね」

 

 影狼が現れた時のように竹に手を掛け話す者。

 この魔力を心地良いだけだという悪魔が、身を捩る人狼に向かって話しかける。

 が、言葉は返ってこない。代わりにその爪と牙がアイギスに届けられた。満たしてくれそうな獲物(てゐ)を逃した事がよほど辛く悔しかったのか、無言で、眼の色だけを輝かせて迫り、羊の身体に狼の爪を食い込ませていく。身体の前側を縦3つに抉られた見えぬ羊、血飛沫を飛ばしよろめくと、そのまま首筋に牙を突き立てられて押し倒される。

 裂き、露わにされたアイギスの身体、首を咥えられ強引に振るわれ、滴る血をそこいらに撒き散らされる。そうして血塗れになった左胸に腕を通してそのまま引き裂いていく狼女。クチャリ、生々しい音を羊の首から立てて牙を抜き、別の場所から抜いたモノを握り血肉を味わう。少し咀嚼し喉を鳴らすと天を仰いで数度目の咆哮。

 食い慣れない、が、好ましい味を覚えての興奮と高揚感からの叫びを上げ、上気したまま、続けて縦に開く腹に顔を寄せるが、仕留めたと思った獲物が血を沸き立たせ、吐き出しながら語る。

 

「‥‥困りますね、ここでも立場が逆です。腹を裂かれるのは狼さんですのに」

 

 先に預けた猫、あの者が襲われていた映像を例えに、自身の臓腑を咥える狼の頭を掴む。雑に掴んだその長い髪を持ち上げ、自身の腸を千切りながらも強く握り持ち上げる。そうして片手だけを振るい、太い竹が続く辺りにぶん投げた。

 靭やかな竹に打ち付けられて犬のような悲鳴を上げる影狼、背を打ち息を吐くと、咥えていたモノも離してしまう。撓った竹の反動分だけ体も跳ね動き、再度アイギスの方へと飛ぶと、中身を垂らして立ち上がる彼女の高いハイヒールで腹を蹴り抜かれ、歓迎される。

 

「さて、怖い怖い狼さん。私の味は如何でしょうか? お口に合えば恐悦至極なのですが」

 

 少し揺れて立つ彼女、本気ではなく加減している黒羊の物言い。

 妖怪同士の争いは小さな幻想郷の死に繋がる、そんな友人のお小言を思い出してしまい、このまま仕留めてしまいたい気持ちを抑えての問い。語りながら足を捻り、深く突き刺しているヒールを捩る。これで止まるか逃げるかしてくれれば要らぬ加減をせずに済む、出来ればそうなってもらいたい‥‥もらわないと、ルールを破りそうで困る。

 数千年前に追われ、食われかけた経験からあまり好きではない狼、それに食われてしまった事でご機嫌斜めになり始めた元羊が、刺したヒールを抜いて首を掴む。 

 

「美味しいわ、とてもオイシイ。貴女、何? わからないけど、なんだろう? そうか、きっとそういう相手なのね?‥‥だから煩いのよね?‥‥もっともっとって囁くの‥‥貴女で満たせって、そう囁くのよ、私の本能が!」

 

 抜かれた腹から血を流し、首を捕まれ指が食い込んでも牙を剥き、尚叫ぶ。

 褐色の指の第一関節が埋まる自身の首、わざと立てられていない爪が刺さろうと耐え、に両手を添えて強く握り返し、その狼の爪を突き立てる。ミシリと腕から音がして、これで解けると笑むけれど……

 

「お口に合ったならば何よりですが、叫ぶほどに囁かれていてはお辛い事でしょう‥‥良ければ私が気を紛らわせて差し上げますよ。代金代わりにそうですね、いい声で鳴いて下されば結構、満足しましたら逃がして差し上げますので、しばしお付き合いを」

 

 追い込まれながらも諦めない、それどころか嗤う相手。これで狼でなかったら好ましい相手だが、狼女だという事実までは覆せない。勿体無い手合だなと握るその手に力を込める。

 触れているのだから穿ち、掘り返せば一瞬で終わる状況。だがそうはせず、ゆっくりと調理するように空いた左手で腹の穴を抉り、その穿孔跡を広げていく。そうしてそこから溢れてくるだろう自身の糧を求める彼女。口の端から垂らす血を舐め、それを唇全体に伸ばしていくと薄く微笑み得物を見つめる。

 アイギスの腕から鳴った音が影狼の首からも小さく聞こえ、深い息を一度吐いてからは最早叫ぶ事も出来なくなった狼の喉。もう少し力を込めれば息もしなくなるだろうが、ギリギリの線で止められて、意識を落とすことも出来ず、満足に呼吸も出来ないでいる影狼。瞳の端には薄い涙も見えるようになってきたウェアウルフ。

 そうして足がつかない程度に持ち上げられると、先ほど貪った腹に向けて足をバタつかせ蹴りこむが、開いたままの腹を蹴られるも力を緩めず、釣り上げたままの悪魔‥‥すっかりと立場を返して、食われた中身を戻すのには十分なくらい糧を得たと笑う。

 それから僅かな静寂の時間、吊るす獲物の動きも、声も静かになり始めた頃。

 伸ばし、捕らえている羊の腕の肘部分に数本の矢が刺さり、そのまま抜かれ断たれた。

 

「横槍? どな‥‥」

 

 矢の飛んできた方に向き直り問う、がそれ以上はアイギスも会話出来なくなった。

 質問をしたというのに返ってきたのは鋭く奔る矢。

 腕に続いて首にも何処からか飛ばされた矢が突き刺さり、影狼とは別の理由でアイギスの喉も閉ざされた。持ち上げていた相手も、地に伏せる前に足や肩を撃たれ、その勢いから離された。

 

 ドコのダレが邪魔を?

 得物を奪った相手を未だ見えない瞳で睨み鼻を鳴らすが、周囲に漂う自身の血の匂いが邪魔で、相手の特定までは出来なかった彼女。次いで射られた膝から落ちて沈むが、高さや姿勢が変わっても続く矢は彼女を襲う。

 両肩や残っている片膝・肩肘、関節の継ぎ目と言える部分全てに突き刺さり、まだ繋がっていた左の腕や膝は関節から先も同じように打ち抜かれ、切り離された。動きを制限されては致し方なし、と、残る右足で足元を穿ち掘り起こすと、敵だろう相手から姿を隠す。

 それでも攻め手は終らずに、窪んだ地面全てを埋め尽くすよう、放物線を描く矢の雨が降り注ぎ、その全身に浴びた。

 

 ぴたり、静かになるその場。

 近くの空では未だ四人が争う音がする。その喧騒とを聞き分けて、矢を放った獲物が絶命したのを感じると、新たに現れた誰かは、見せてすらいなかった姿をあるべき場所へと向けていった。

 そうして静けさが強まると、音を立てずに復活を果たすアイギス。

 全身を瘴気と化し、黒い渦となった中で一人佇み、取り戻した視力で見つめ、鼻を鳴らす。

 

「茶々を入れてくれたのは薬品の臭いを纏う誰か、覚えのない匂いなら‥‥場所柄異変に関わる者、でしょうか?」

 

 すっかりと見えるようになった瞳、焦点の合わさる位置にはつい先程射抜かれた矢の羽がある。

 そこから嗅げるのは嗅ぎ慣れない匂い。

 刺激するような強いものではないが、清らかさや透明さが乗るような匂い。

 それを嗅ぎ分け望むは奥地、暗く茂る竹葉の奥。

 なんとはなしに首を擦り、淑やかに笑んでそちらを見つめる黒羊。

 その視界には先に別れた者が操る割れ目が開く。

 迎えに来たとでも語りそうな瞳達が睨む羊の瞳を見つめる。

 今は仕事中でもないというのに、またか、一言呟くとすぐに進み出す。

 視力を取り上げられ、つい先程は獲物まで取り上げられたアイギス。

 表情はいつも以上に淑やかな顔色、それ故本格的に機嫌を損ねたとわかる状態のままで、スキマの主に似た笑みを浮かべて、胡散臭い空間へと身を投じていった。


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