東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第五十八話 もう歌は聞かない

 荒立つ地から見上げる蛍。

 彼女を見下ろす猫と羊。

 そうして三者を見比べる半人半獣。

 立ち位置や雰囲気からは三竦みと呼べそうだが、全員からそういった空気は感じられなかった。ココを襲おうとしていた虫達が消え守護者は当然安堵し、着いたばかりの八雲側の者達はそもそも展開がわかっていない為荒れようもない。唯一荒れていたのは、自身の巻き起こした土埃の中佇んでいた蛍の少女、リグル・ナイトバグくらい。

 魔法使いコンビに退治された上で地面ごと蹴り抜く力業を見せたからか、その結果止められなかった同胞達を散らしこの場から逃す事が出来たからなのか、何か安堵するような、力尽きるような表情を見せてすぐ彼女の意識は途切れていく。

 灯していた黄緑の光をだんだんと薄れさせると、彼女の側にいち早く掛けたのは橙。

 瞳から完全に意思が切れ、宿っていた緑色が消える前、膝から落ちて地に伏せかかる前に素早く動いてリグルの身体を支える。同じくらいの体躯だがそこは妖怪少女だ、問題なく抱え上げ、同行してきた羊を見上げた。

 

「どうしよう?」

 

 ここに至る途中で一度断られたというに再度問う橙。

 先程は問われても答えられないと返したアイギスだったが、橙の腕の中で眠る少女とそれを抱く少女の額に汗や、何か調子の悪さを見つけると、近くに降り立ちながら少しだけ進言する。

 

「一度戻られては? 現状の報告も必要でしょうし、その方を抱えたまま動くわけにもまいりますまい」

 

 噛まれた毒でも回ってきたのか、見上げていた橙の顔に少しの陰りが見え始めるが、でも、と、アイギスからの助言は聞き入れないまま言葉を濁す。

 そうして顔色も濁り始めると見上げる橙の顔が左右に動いた。

 

「リグルは私が預かろう。八雲の者も、どうするにしろ手当ぐらいはしよう。見た目から一戦交じえてきたのだろう? アイギス殿もそれで如何か」

 

 アイギスに続いて降りてきた半人半獣、上白沢慧音から提案がされる。

 けれど問われたアイギスは答えなかった、今の彼女は橙の付き人代わりに動いているのだ、これからどうするかといった決定権も橙にあると考え、それらしい返答しかしない。

 ただ口にはしない代わりに仕草は見せた。

 橙の抱えていたリグルを預かってから橙のおでこを軽く小突く。

 それだけでフラつき尻もちをついてしまった。

 

「なにすんの!?」

「逆に問います、その状態で何が出来ましょう?」

 

「ちょっとふらついただけでしょ!」

 

 体力は兎も角やる気だけは十分な黒猫、言い返しながら立ち上がり尻を払って文句を言うが、言ったところで黒羊の態度は変わらない。それどころか、再度猫の額に手を伸ばし、突いていこうとさえしている、その手を避けて半歩下がる橙だったが、今度は別の相手に肩を掴まれる。

 

「押された程度でふらついて、少し休むくらいしてもお前の主は叱ったりはしないぞ、きっと」

「上白沢様の仰る通りでしょうね。寧ろこのまま動かれて、何か大きな失敗でもすれば藍様から(げき)が飛ぶ事になるのでは?」

 

 肩を抑えふらつく身体を支える慧音が藍をダシに一度休めと話す。

 その話に乗っかってアイギスも藍の名前を出していく。

 連れ合いの黒羊だけの言い草ならばそんな事はないと言い返せた橙だったが、背を預ける慧音からも同じようなことを言われた為、少し悩んでしまい思わず張っていたモノが緩む。

 かくり、膝から力が抜けると支えていた慧音の腕に幼子の重さが掛かる。

 

「おい、大丈夫か?」

「あれ? なんか大丈夫じゃない……かも」

 

 一度緩むと早いもので、膝も笑い身体の力が抜けていく橙。

 頭だけは最後まではっきりとしていたが、慧音からの問いかけに答えた後は瞳を瞑り動かなくなる。狭い額に薄っすらと浮かぶ汗や子供の体温よりも暖かな身体、荒い息。それらを感じ取った慧音が橙の身体を揺する。そうしている内に頬や首筋、手足に残る朱色の虫刺され跡を見つけた。

 

「結構な箇所に‥‥毒か?」

「やはりあの場で抜いておいた方が良かったのかもしれませんね」

 

 息を荒らげる橙を見ながらも慌てない二人、毒気が回り虫の息になったとしても橙も妖怪だ、肉体的にいくら弱ろうともただの虫の毒で死に至る事はない、そう理解しているからこそ焦りはなかった。それに、今この場には治療に使えそうな薬などもない、あったとしても里に伝わる民間療法くらいのもので、その療法も人間に対してのものだけだ。

 今は本人の体力が戻るまでは手出しのしようもないと考える二人だったが、地底住まいの悪魔が一つ手を思いつく。

 

「橙様を連れて一度戻ります。藍様、お迎えを」

 

 自身が抱いていたリグルと慧音にもたれかかる橙を交換し、どこともない場所に向かって迎えを願うアイギスだったが、今見ているはずの相手から返事はなく、迎えのスキマも開かない。

 十数秒待っても空間が割れることはなく、これはあちらでも何かあったのかと頭を捻るが、そうこうする間に少しずつ陰っていく橙の顔色。

 

「迎えが来ないのですか? それに式の方の名前など、八雲紫は動いていないのでしょうか?」

「いえ、珍しく動いているからこそ藍様が代わりをなさっていたのですが‥‥不測の事態でもあったのでしょうね。致し方ありません、正攻法で戻るとします」

 

「戻るといってもどちらへ? 大事はないと思いますがあまり動かすのも……」

「地底に帰るだけです。こういった事に長けた友人がおりますので、少し頼ろうかと」

 

 月の魔力に当てられている部分もあるようだが、大元は虫の毒が原因で転じた病、であれば病を操れる友人ならこれを取り除くのも強めるのも思いのままだろう。そのような思い付きで動こうと仕掛けた黒羊だったが、踵の高い蹄が地を駆ける前に呼び止められた。

 

「あー?‥‥山の穴を抜けて戻るつもりで? なら今は通れそうにありませんよ」

「通れない? 埋まりでもしましたか?」

 

「伝聞ですが、妖怪の山もこの月に当てられた者が多いようで。これ以上荒れる事がないよう、天狗の指揮の元に厳戒態勢を取っているはずです‥‥」

 

 だから通れない。

 沈まない月の下、大きな存在感を見せる山を眺め語る慧音だが、言い切る前に声を被せられる。

 

「それと通れない事と何か繋がりが?」

「いや、行けば天狗と事を構える事になると‥‥」

「ですから、それが何か?」

  

 通してくれない理由は聞いたが、通れないわけではない。進むのに邪魔、子守という自分から言い出した手伝いの邪魔になるというのなら蹴散らすなり、好きに穿ち掘り抜いて、全てをなかった事にすれば良い。アイギスの考えはそのようなものであったが、雰囲気からそれを察している慧音もおめおめと行かせるわけにはいかないと、気にせず歩もうとする羊の腕に手を掛ける。

 ここで進ませれば異変の騒動が拡大する、天狗はわざわざ今は来るなと忠告してくれた、厳戒態勢が敷かれる中抜け出して知らせてくれるくらいに今の山はピリピリとした空気が流れているはずだ。知らせた記者からすれば人間が山に踏み入り妖怪に喰われたり、天狗に処断される事になれば購読者が減る恐れがある、なんてそれらしい打算からのお知らせだったようだが‥‥相手の立場は兎も角、イタズラの騒ぎが大きくなれば自身の能力でなかった事にしている里に被害が及ぶ可能性が増える、そうなっては一人では守りきれなくなるかもしれない。

 天狗の打算から得られた情報を元に、自身も打算的な動きを見せる里の守護者。言い方は悪いが人間の里の安全を考えれば当然の考えで、人道に則る行いだと思えるが、そんな人の道理はこの相手には通らなかった。

 

「そろそろ離していただけませんか? 急ぎますので」

 

 抱える者が人間で、こうなったのが自身の仕業からであれば苦しみから生まれるモノを糧とするアイギスであるが、今の橙の意識は恐怖こそあれどアイギスには向かっていない。いいところで失敗してしまい、主に窘められるかもしれないという恐怖と、身体を蝕むモノに対する憤りしか発せられていない。

 そんな感情を顔色に浮かばせる左手側、抱える橙を見てから、掴まっている右腕のほう、肘に掛かる慧音の手へと視線を流して少し引く仕草をするが、それでも離されない手。致し方なしと捉える手に向かい左の指を合わせて見せる、後は打ち鳴らせば剥がせる状態となったけれど、指は鳴らずに腕は解かれた。それから駆け去る黒羊、向かう先は当然妖怪の山、だが見られる景色は普段よりも暗い。それでも動きは変わらずに、背中に視線を受けて暗い夜道に姿を沈めていくと、背を眺めていた瞳が空に流された。

 

 忌々しい月を少し見上げ、これが本物なら私でもそれなりの戦力となれて里を守れる、隠すだけではなく万一に備えられるのに。そう憤る守護者の視界の縁に黒い監視の目が映る。

 黒い翼で風を置き去りにして、愛用のカメラと手帳を片手に、消えた黒羊を追う者の影だけを捉えた。その陰影に思うのはこれ以上の広がりがないようにという思いと、荒らげるのであれば里から離れた地で願うといった人としての切なる願いであった。

 

~少女移動中~

 

 僅かな距離を移動したアイギス、身に浴びる視線とよくわからない違和感を覚え、進んだ夜道でふと立ち止まる。なんとなく呼びかけられているような、何者かに見られているような、暗い雑木林の中では確実にこうだとは言い切れないようだが、何かを感じて後ろを振り向くが見られるのは変わらない景色‥‥のはずだった。

 

「なんでしょうか、この感覚は?‥‥今し方通ってきた道が……」

 

 見えない。

 赤黒い瞳に映るはずだったのはつい先程駆け抜けてきた獣道、人里から妖怪の山に抜ける為、踏み鳴らされた道を逸れ真っ直ぐに、雑木林を抜けてきていた辺り。

 本来の道程ではない為周囲も整っておらず、茂る林も背の高い藪もあるのだから暗い。そう考えればそれだけだが、彼女自体も夜に生きる者で、今日のような月夜は人間で言うカンカン照りの日中と変わらないくらい、だというのに酷く暗く感じている。

 

「向かう先を間違えた? いえ、真っ直ぐに進んできたはずですが……月も‥‥見えませんね」

 

 立ち止まり空を拝む、里から見れば北東に見られる予定の目的地、妖怪の山。そちらに向かって真っ直ぐに進めば東の空に浮かぶ月が見られるはずで、今向いている方角からすれば月が右手側に見えなければおかしい。

 ココでようやく何かにハメられていると気が付く。

 ただ突っ立っていた姿勢から、荒事の場に赴く体制へ姿を変える黒羊、小脇に抱えていた橙の身体をしっかりと抱きとめる‥‥汗ばむネコ娘の顔がアイギスの頬に近寄ると、とたんにその顔が見えなくなった。

 

「これはどういった事でしょうね、遠間どころか近くまで?‥‥一つ試しましょうかね」

 

 再度抱き上げ橙の身体を揺する、少女の重さと温もりは左手や左肩に感じられるがそれでも見えない。毒気でも移ってしまったのか、それを確認するように少しだけ顔をしかめて、自身の右目をえぐり取る悪魔。取り出した瞳を握りつぶし、血と瘴気に戻してから再度瞳にソレを纏わせ一瞬で姿を戻した。

 病であればこれで戻り、幻であれば少し痛めた事で晴れるはず。そんな読みからの自虐行為の結果、若干の視界が開けたようだが、見えるものは空で輝くお月様の輪郭だけであった。

 

「月明かりはぼやけて見える、ならば周囲の明るさは変わらない、か?‥‥ここだけを暗く感じているのでしょうか?」

 

 それでもしっくりくる答えではない、けれど他に思い当たる事もない、ならばこれ以上考えても仕方がないと月の見える方角へ再度足を踏み出した。真っ暗な視界の中数歩進んで、林に貯まる枯れ葉を踏む。サクサク、ヒールに数枚の葉を刺して歩めば遠く聞こえるチッチという音。

 聞きなれない音。テンポの良い音で、どこか鳴き声のようにも聞こえるが、だとしても聞き覚えのない声。思い当たらない事ばかりだ、そう思案してまた足を止めたアイギスが死にかけの視界を捨てて瞳を瞑り、聞き耳を立てる。

 そうして聞けたのは女の歌声。

 何事もない日であれば聞き入ってもよい。いや、聞き入り楽しむだろう。

 そんな誘惑的な歌声を耳に感じると、歌声から話し声に相手の音が変わっていった。

 

「こんな夜中に何処に行こうっての?‥‥女が子連れで夜歩きなん、ってまた妖怪の二人組か、白けるわ」

 

 姿を見せず声だけを届ける夜の住人。

 声からわかるのは耳を立てて聞けば聞くほどに惹かれる美しい声だという事くらい、静かで良い月夜に響く魅惑的な問いかけだった。

 何処かの暗がりから話しかけてきている誰か、今姿を見せても視力に死にかけているアイギス相手なら同義だと思えるが、それでも声だけで存在を示す相手。

 

「夜遊び帰り、帰路の途中というだけですよ。どちら様で、何用でしょうか?」

 

 問いかけに答えるアイギスだったが向こうからの返事はない、自分から聞いてきておいてこちらは無視かと、僅かに苛立ちつつも歩を進ませた。聞き慣れぬ声から顔見知りではない、それなら今は構っていられない、聞こえるネコ娘の息遣いから先を急ごうとするが、言葉の代わりに聞こえた、靭やかな物が羽ばたくような音に歩みを遮られた。

 

「もう帰るの? こんなに楽しい月夜なのに? 絶好の狩り日和よ?」

 

 遠くで聞こえた羽根の()が柔らかい音を鳴らして近づいてくる。小刻みに動かされる音符のような形の肩羽、紫色のその羽からは朱に染まる白い小翼羽(しょうよくう)が見られ、アチラコチラに切り傷や場所によっては血を流した跡があった。

 雰囲気から鳥の妖怪に思える、生憎今のアイギスにはその姿は見えないが、嗅げる好ましい匂いから手負いだとは理解出来たようだ。

 

「そうですね、確かに良い夜です」

「ね、良い夜よね。こんな夜は人狩りサービスタイムと洒落込むのが一番よ。そうだ、里に行って一緒に人間で遊ばない?」

 

 同意を得ると誘い文句が話される。

 口に合わせて伸ばされる手、五指の先は磨かれたような鋭さがわかる爪が光り、その両手の爪の先端を綺麗に合わせて手を揃える少女。楽しそうに微笑んで頭を斜めに傾けて、一緒にどうかと誘っているが……

 

「折角のお誘いですがお断り致します、そういった事は一人でしたほうが注目を浴びられて心地良いと考えますれば」

「残念、一緒に遊んであなたの瞳みたいな色に染まるのも楽しいと思ったのに」

 

 真っ向から断られたがそれでも楽しげな顔のまま、声色も誘うようなモノを崩さない少女。

 光の宿らなくなった濁色の瞳を例えに語り、クスクスと笑うが、次に聞こえた返答を受け、笑みと声を恨めしげなモノに変えていく。

 

「その手の事なら私は一人遊びが好みなのですよ。それに、狩り日和と仰いましたが‥‥貴女様からは狩られた後のような匂いが感じられますよ」

「見えてないはずなのに、鼻が良いのね。そうよ、楽しく一狩り! そう思ったのに‥‥あの人間と蝙蝠め! 次あったら絶対リベンジするんだから!」

 

 明るいテンポから転調して激しいリズムで語り出す少女。

 傷つけられた翼や裂かれている衣類を撫でて、憎らしそうな顔で次回は焼き蝙蝠にしてやるなどと喚く。それに対して嗤うアイギス、彼女を退治したのは愛する吸血鬼とその従者だとわかり、殺さずに異変を解決するルールは守っているのだなと微笑む。

 

「なるほど、お嬢様方にしてやられたと。退治されたのなら貴女様も巣に戻られては? 少女が夜遊びなどをして、取って食われても知りませんよ?」

 

 ふふふと控えめながら朗らかな笑い声が漏れる、吸血鬼だというのに月に惑わされない誰かを想い、思わず笑う。両者の態度が逆転すると立場も返り、先に言った煽りを返された上で笑われ気に入らないのか、鋭い爪が映える白い手を震わせ、声を荒らげた夜の雀。

 

「あなた、知り合いなのね。ならいいわ、あなたで鬱憤を晴らす事にする! 私が本当の闇夜の恐怖を教えてあげる!」

 

 象徴のような翼にも体にも切り傷が目立つ夜の少女、妖怪夜雀が勢いを付けて翔ぶ。

 人間など安々と五枚に下ろしてしまいそうな爪を光らせ、アイギスと抱える橙に向けて斬りかかった。突然に売られた喧嘩、それ自体に文句はない黒羊、彼女自身もこういった事をする場合があるため言う事などはない。が、時間が惜しい今、視界が奪われ攻め手がわからない相手との戦闘などする気はない、そうわかるような言い草をしてみせた。

 

「憂さ晴らし大変結構、わかりやすくて潔い。そういった事ならば私も手段を選ばずに済む」

 

 仕掛ける夜雀妖怪、ミスティア・ローレライに向かって賞賛し、こんな相手なら手段は問わないと言い切ったアイギスだったが、その顔はあさっての方向を向いていて迫るミスティアを捉えてはいない。

 

「見えないのに、強がらないで!」

 

 黒羊の宣言をただの強がりと聞いた敵がズタボロのジャンパースカートを靡かせて、千切れた袖から腕を伸ばす。右腕を大きく掲げ縦一閃と爪を振るう算段だったが、その爪が狙う先、アイギスの左肩から脇までを裂く前に彼女の指が打ち鳴らされる。

 爪が届くギリギリで右腕からも、幼子を抱く左手からも響く乾いた音。

 パチンと響くと穿たれるナニカや何処か。

 最早相手も回りも見ていないアイギスが、相手の攻撃も、発する音や空気の流れも無視して、当たり構わずに指を鳴らす。リズミカルに打ち鳴らされる両手の指、音が響き渡る度に周囲の林が真円に掘られていき、浮かぶ雲や足元の地面も、眼前に迫っていたミスティアも、何もかもを穿ち、削り落としていく。

 

「な!? ちょ、ちょっと待って~!!?」

 

 自身の足先や髪が穿たれる事も気にせず、周囲にあるだろうモノを片っ端から掘り返し、なかった事にしていく悪魔の羊。親指と中指を合わせ弾く、ただ無言で繰り返される無作為の穿孔処理の最中、大きなシャウトが耳に届いたが……ファルセット全開のその悲鳴はもうアイギスには聞こえない。

 ランダムに廻りを均していく、叫んだ相手が穿たれたのか、未だ生きているのか、そんな事も思考せず唯無心で穿ち尽くす‥‥しばらくしてから静かになる辺り、襲ってきた相手の声も、小さく聞こえていた秋の虫達の輪唱も。何も聞こえなくなった空間。

 その中央で佇む穿孔者。

 

「偶には好き放題にするのも良いものですね、均した結果が見えないのが残念ではありますが」

 

 鬱蒼とした雑木林から、ちょっとした広場になってしまった場所で口にされた独り言。

 満足気な声で語り、再度聞き耳を立てると、奥のほうでパサッとナニカの落ちる音がした、まだ生きていたのか、しぶとい。笑いながら音の方向を見るが、いるだろう相手からの声などは聞けず、音の原因だけが落ちていた。ソレに近寄り摘み上げる。

 

「布? 服? 帽子でしょうか? それなりに騒ぎましたが帽子が無事にある、なら本体も何処かに‥‥まぁ、いいでしょう。先を急ぐ事とします」

 

 雑に掴み上げたそれを指先で回す、クルクルと回して時折ふわりと浮かばせていた。その最中に鼻に感じた匂い、愛しい誰かの血の匂い。返り血なのか、触れた際に付いた血なのかわからないけれど、間違いなく覚えている吸血鬼の匂い。

 それを嗅ぎ分け少し考える。

 急ぎではあるが視界が開けない状態の今。

 呼びかけてもスキマが開かない現状。

 それらを里での話と結びつける。

 行けば確実に天狗と事を構える。

 私一人であれば如何様にもなる、してみせるが片手に抱いたお荷物が少し邪魔で、彼女の安否まで気を回す余裕はあるだろうかと少し悩む。白狼程度ならなんとかなるが烏天狗、里での話に出てきたあの記者辺りと出くわせば無事では済まないだろう‥‥であればと、見えないままに歩む先を変えたアイギス。向かう先は荒事の匂いがする方向、愛おしい者が血を流し、争っているだろう方向へと行く先を変えた。

 いるのはきっと異変の最中、そちらに行けばあの友人も、場合によっては式もいるのだろう、ならば無理を推して進むよりはまだ安全策か。と、珍しく安牌を選び、地を蹴る。

 その匂いを風に乗せ届けた誰か、気を失った夜雀を抱え、纏う風に自身の匂いとシャッター音を散らさせた天狗がいた事などには気が付かず、渦中へと進んでいった。

 


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