燦々とした日差しが凪いで、空に浮かぶ灯りが交代をするかしないかという頃合い。
暮れ落ちていく幻想の大地を四足ついて走り回る少女、日中の明るいうちは小さな身体を丸くして住まいの日向で丸くなっていたというに、暗くなり始めてから急に忙しくなってしまった彼女。
立てていた穏やかな寝息から、暑い日の犬のような息遣いに切り替えて、尾先の割れ始めた同胞とともに地を駆け、命ぜられた任務をこなそうと、靭やかな身体を伸ばしあちらこちらと駆けずり回っている。野を抜け、藪を抜けながら、共に進む同胞達に時折指示をするように、二つの尻尾を左右に振るネコ娘。右の林を見ては同胞を走らせ、左の茂みを見ては同じく仲間を散らして。一見する限りでは、二股の尾を持つ少女を中心にしっかりとした命令系統が出来上がっている部隊に見えたが、得てしてそういうわけではない。
その証拠に散っていった猫又達は散った先で他の物に興味を惹かれてしまったり、木陰に隠れている小動物や蟲を狩り始めてしまったり、酷い者は浮かぶ月から発せられる力に当てられ、発情期のような声を上げたりしていた。
「あぁん! もう! こういう時くらい言う事聞いてよ‥‥橙は我慢してるのに!」
誰ともなく嘆くのは先頭を奔る化け猫。
慕ってやまない九尾の主様より『私の代わりに動け。何かあればその場で判断し、それでも対応仕切れないなら呼ぶように』と重要な任務を任された、すきま妖怪の式の式、橙。
「藍様が忙しいの、だから橙が頑張るんだから! ちょっとは手伝ってよ!」
走りながら後ろに叫ぶ。
単純な力だけなら彼女を上回る猫の化性はこの場にいない。
そこから考えれば彼女が叫ぶような事態にはならないはずなのだが、連なっている猫又達は彼女の部下や配下という者達ではなく、どちらかといえば一緒に日向で丸くなる仲間、友人のような者達ばかりだ。それ故呼び出しには応じて一緒に駆けているが、飽きたり他に目移りすればすぐにいなくなってしまうようだ。橙にとっては頼りない仲間に思えるが猫なのだから致し方無いだろう。
「!? 止まって!」
今までのような困り声ではない、同胞を率いる者として正しい、力強い声で指示を飛ばす凶兆の黒猫。引き連れる皆の音が静まると左右の耳をぴくぴくさせ、器用に別方向に動かして周囲の音を聞き分ける。気が付いた時には小さかった音、大きなナニかが地を這うような、ズリズリとした音が橙の耳に届く。聞こえてくるのは先に分けた仲間達の方、一瞬音が途切れるとやたら激しい猫の声が響いて、またすぐに静かになった。
同時に皆の背が丸くなる、身を屈め毛を逆立てて、猫らしい威嚇体制がどの猫又にも見られた。
「来る!?」
がさり、左右の林と茂み両方から何者かが動く音がすると、感じた音の方向に同時に動く猫又達の耳と意識。それぞれがフシャアと声を立て、未だ見えない相手、敵と認識した者に向かって威嚇を示しているが、すぐに無駄だとわかった。
茂みの奥が揺れ倒れる。そこから伸びてきたのは無数の黒い節足。
化け猫少女が見上げるほどのサイズ、足の一本だけでも橙の腰回り以上はありそうな大型のナニカが、ざわつく音を全身からかき鳴らして、仄かに灯る黄緑の瞳を猫部隊の前に現した。
「でっかい……む、かで?」
橙が見たままの感想を口にすると
触覚に当たる部分や口に当たる部分、その先端から垂れ下がったり、蠢いて登ったり。苦手な者が見れば目を瞑りたくなるような状態で威嚇する猫達の前に現れ、形を僅かに歪ませながら草も細枝も飲み込み突っ込んできた。
「ち、ちょ! 散って!?」
言うが早いか逃げ惑う橙と仲間達。
ただ遊び半分でついてきただけの仲間達だ、橙が散れと言う前から既に逃げる算段を見せていたのだが、先に逃げ出した者達も姿を潜めさせた林の奥で断末魔を上げた。
「やられた!?? まだいるの!? 皆逃げ‥‥ううん、ここは‥‥逃げない!」
同胞の最後を聞き、逃げの姿勢を強めるが頭を振って思い直す。
藍から貰った耳のピアスがぶつかりあい、チリンと静かな音を立てる。慕う主の声色に似た凛とした音が聞こえると、逃げから一転、追われる同胞と群体の間に割って入り一人正面を切った。
「怖くなんて、ないんだから!」
追われる獲物から追う捕食者へと目の色を変える化け猫。
自身を鼓舞して妖気を練り、敵対者に向けて放っていく。赤とオレンジ色の輪が橙の周囲に広がると輪の輪郭が崩れ、アチラコチラに飛ぶ弾丸となった。ランダムに放たれた妖気弾が地面や蜈蚣の身体で弾け、大きな昆虫の足が少し止まる。
怯んだその瞬間に背を丸め、加速しながら回転する。オレンジ色の球体にしか見えなくなるまで回転速度を上げ、顎の舌へと潜り込み全身のバネを活かして跳ぶ。鋭く伸ばした両手の爪に渾身の力を込めて、一撃で顎と胸に当たる部分を両断した。
「やった!? 今のうちに逃げ‥‥」
頭を落として一安心と完全に油断している橙が、姿の見えない仲間に向かって逃げろと言い切るその前に、足に這い寄る違和感に気付く。くすぐったいような感覚から一気に鋭い痛みへと変わる感覚。目を落とせば、断った頭と胸だった者達が橙の両足を這い登っていた。
堪らず泣き叫び地面に転がる橙だったが、伏してしまったのは悪手。腕や肩からも集られて、小さく鋭い痛みが全身を奔る。それでも主の力のおかげか、僅かに残る冷静さで使役する子鬼二匹を呼び出して、自分の身体を強く握らせ地面に打たせて虫を払う。
打ち付けられるダメージも気にせず、地面を跳ねてそのまま滞空し、どうにかその場を離れる事には成功したが‥‥呼び出した青鬼も赤鬼も蹂躙され、媒体である形代の姿に戻されて、黒い渦に飲まれていった。
「なんなのこれ!? なんですか!? 藍さ…!!」
主の名前を言いかけて思わず自分の口を塞ぐ、今は事態の把握も打破も出来ないような状態で、すでに橙一人の手に余る状況だ、橙一人では対応しきれていないのだから藍にすがってもいい状況ではある……けれど、橙はそうしなかった。
今の藍には紫から仰せつかった命がある、それに当たっている間は極力そちらに集中してもらいたい。私は未だ未熟で力も弱いが主を敬う心くらいは誰にも負けたくない、幼いながらも見せた再度の意地が主の名前を呼ばせなかった。
それでも現状は変わらない、寧ろ橙の瞳には嫌なモノが写ってしまう。
「あれ? 形がさっきよりも……なが!?!?」
黒い団子から触手のように伸びる虫達、形も太さも歪ませ空に向かって伸びる。空を這うように伸びてきていた虫達から逃げるように高度を上げた橙であったが、距離を取れた事で油断をしたようだ。
離した距離を詰められ、一気に黒の中に飲まれ沈んでいく。脚や腕くらいならまだどうにか落ち着いていられたが、身体にまで這い寄られれば冷静さなど保っていられず取り乱してしまう。
ザワザワとした感触が服の上から次第に素肌へと移っていく。
妖気で弾き飛ばしたり、身体を丸め逃げようと空を動こうとするが、橙の小さな体躯では巨大な集合体の拘束を解く事は出来ず、何度か姿を見せては再度飲まれる攻防が続く。
飲まれる度に感じる刺すような痛みの範囲も広がり、もう耐え切れない。
最後の手段である主の名を呼ぼうと口を薄く開きかけた時。
主の操る炎、尾先で揺らめき灯る狐火のような焔が、橙を捕らえる虫達を断つ。
集られ齧られる中見えたモノ、着ているワンピースも虫食いだらけにされて、あられもない姿になりかけている橙の瞳に、藍の操る焔とは違う、焦熱さを宿すスコップが縦横と奔り、身体に自由を与えてくれた。
「猫が虫に喰われるなど、立場が逆転しておりますね」
スキマより現れた瞬間から臨戦態勢のアイギス。
一振り、二振りとスコップを振るい、纏わせた焔を夜空に軌跡として残らせる。
そうして描かれた軌跡が虫を払い焼いていく。
地上で蠢く黒団子にも現した焔の刃をぶん投げて、虫達を囲う檻のように自身の獲物を突き立てる。熱気に焼かれ逃げ場を失った虫達、唯一の逃げ場である空へと向かい伸びようと、形を
「チクチク痛いし……あぁ、もう! 怒ったんだから!」
何かに統率されていたような動きから、虫らしい、本能で動き、逃げるだけとなった者達に余裕と勢いを取り戻した橙が叫ぶ。
犬歯を見せて吠えると、背を屈め、身体をバネのように縮めてから一気に迫る。
高速回転しながら妖気を纏い、全身でぶつかっていく猫弾丸。
対象との衝突から肌が擦り切れるのも気が付かない勢いで回り、天へと伸びる黒い列の先端から地面まで、回転速度を緩めずに突っ込んで派手に仕返しを決めた。乱れた姿で豪快に突っ込んで数秒後、静かになった爆心地でしたりと月を拝み、鬨の声を上げる橙。
「何やら吹っ切れましたか? いや、興奮気味という話ですし、はしゃいでいるだけ、か」
ニャアというらしい咆哮を聞き、下方を眺めるアイギスの独り言。
土埃と轟音を巻き上げて成した小さなクレーターの中心ではしゃぐ橙を論じる。似たような体躯の誰か達、尾と皮膜の翼と、身体から生やすモノこそ違うがはしゃぎっぷりが似ている者達を脳裏に浮かべ、何処の幼子も興奮しやすくて落ち着きがないと考えているようだが、こうやってはしゃげるのも若さの特権かと、軽く頷いてから鎮め始めた。
「一時の勝利に酔うのも結構ですが、そうはしゃがれては‥‥誘われているようでなんとも」
「にゃ、ぁ?‥‥あ!!!」
語りかけながら、燃え立つ盆地の中央で悦に入っていた橙の真横に降り立つと、高く掲げる右手を取って慎ましい胸を晒している身体を抱く。
藍からお代を頂戴した時と同じように、藍よりも華奢で小さな身体を抱きとめる。興奮からか、怯えのような期待のような色々な思いが重なる瞳に見られながら、擦り傷が目立つ腕に口を添える。そうして軽く吸いながら、腕から肩、鎖骨から首、頬から口元へと悪魔の口吻が動いていく。
知らない感覚を身に覚え、思わず尾や耳の毛を逆立てる猫の小娘。
「ん……待っ‥‥て‥‥」
小さな吐息と声にならない声を漏らす彼女。
覚えていた興奮とは違った興奮を感じると、堕とす悪魔の唇が離れ、赤色が身体に残る。
「何を待てば宜しいので? 毒気を抜くのなら早いほうが宜しいと存じますが?」
プルプルと尾を揺らす相手に少しだけ血が滲む舌を出して見せ、吸い出したのはこれだと伝える仕草。唾液と混ざり薄まっているがそれは橙の血液で、言い草からすれば毒が回り切る前の処理となるのだろう、アイギスの表情に僅かながら見える淫猥さを無視すれば言葉通りの処理と思える。
吸われながらも血色良い橙が、その舌を見つめ素直に聞く。
「どく、け?」
「左様です、ただの虫とはいえ数がいればそれなりとなりましょう? 必要ないなら致しませぬが」
呆けた顔で問い返す猫、それに淡々と返す羊。
からかい半分処理半分だと年若い少女は気が付かず、オウム返しをするしか出来なかった。事実アイギスの表情はただの悪戯で、戦闘で興奮した頭を覚まし、ついでに体調を心配するような、藍に伝えた通り子守役としての仕事をこなした
アイギスがクスリと笑う。
静かだが可笑しなモノを笑うような声が漏れると、遊ばれた事に気がつき始めた橙がぶすくれて突き放すが、そのせいで露わになる慎ましい体。その肌を隠すように、上着を脱いで橙にかけ、悪戯をしかけた悪魔が問いかけた。
「さて、そう呆けている暇もございますまい。今後はどの様に動かれるのでしょう?」
「うご‥‥あ、取りこぼしがいるの! 多分2つ!」
「取りこぼし、それぞれどちらへ向かったかおわかりで?」
「あっちと‥‥ん~、多分あっち!」
問いかけに姿で教える化け猫少女。
余る袖の中に隠れた手をそれぞれに、今いる位置から東と南東に向けて上げる。二人がいる辺りから考えれば左手の先は人里、そうしてそこから南となれば‥‥
「まずはどっちに行ったらいいかな?」
「私に問われましても、藍様より命を仰せつかっていらっしゃるのは橙様では?」
橙一人で判断するには悩ましいから聞いている、だというのに答えないアイギス。
随分と気軽に話す若い化け猫と、それに対しても特に気にしていない年を召した悪魔、年齢以外でも結構な違いのある二人だがこれが通常会話である。
白玉楼やマヨイガで何度か顔を合わせている二人で、互いに金毛九尾を藍様と敬って話す二人だ。橙から見ればアイギスは自分と同じような立場にいるのだと思っているらしく、先程からのフランクな口調はそこからくるものであった。紫に膝を叩かれても拒否せずに橙を乗せたり、藍に向かって頭を垂れる姿を見ていればそう捉えても妥当だろう。
「わかんないから聞いてるの! アイギスはどっちだと思う?」
頭の上から蒸気でも出しそうな、先ほどとは別の意味で興奮して問う。藍に直接見られていたら窘められても仕方ない態度とのぼせ具合だが、問われた相手は微笑むだけだった。
態度はともかく、式として主の命を忠実にこなそうとする姿は好ましく映り、あどけなさを強く残しながら背伸びする気概も同じく好ましく感じているらしい。逸る橙に煽られたアイギスが、笑みを少しだけ抑え返答する。
「お好きな方へ、と返答したいところですが偵察が目的でしたね。であれば東、人里方面に向かわれるのが得策かと」
「なんで?」
「もう一方は視る前に終わってしまいそうな場所ですので、あちらには虫嫌いがおりますれば」
アイギスの話す相手、それが誰かと問いかける前に橙の眼に光が奔る。
とっぷりと暮れた幻想の空を焼き、自身の愛する花以外の全てを灼きそうな勢いが見られる魔光。空に浮かぶ怪しい月にも負けない明るさを宿す魔砲が南東から発せられていた。
「アレを偵察すると仰るのであれば止めませんが、お薦めは致しませんよ」
「……うん、里に行く。アイギスはどうするの?」
「行く宛もございませんし、宜しければこのままご同行しても?」
一緒に行動する事を願いアイギスの右手が差し出される、けれど、その手が近づいた分だけ橙は後ろに下がってしまう。先程はこの手に助けられたが、その後に首やら頬やらに赤い跡を付けられる原因となった手だ、避けようとしても無理は無い。
「いいけど‥‥もうしない?」
「当面は致しませんよ、疑うのであればお約束しましょうか」
話し合うには遠い間合い、距離と言い換えてもいいくらいに離れた二人が語り合う。
先に問いかけた橙がアイギスの手を眺め、さっきのような悪戯はもうしないかと問いかければ、当面はしないと口にして、差し出している右手の小指以外を握りこむ。この国の子供なら知っている約束での取り決め、それを先にしてみせるとそれならいいよと元気に寄ってきた。
立っている小指に爪だけが立派な小指を絡め、指切りしてから動き出す二人。
ブカブカな上着で身を包み、耳のピアスをチャリチャリと鳴らして飛び翔ける橙。少し進んで早く行こうと振り返る。異変の最中だというに何処か楽しげな姿、満足気な表情。それは一つの勝利に気を良くしているからでも、月に当てられたからでもない。
主の名を呼ばずに解決出来た。
一人ではなかったけれど同じような立場の者と協力しこの場を収められた。
その事が嬉しくて堪らない。そう体現するように耳を跳ねさせ、ピアスを鳴らす式の式だった。
~少女移動中~
猫対虫の生存競争に決着が着いた頃、別の場所でも小競り合いが始まっていた。
夜空に上って動かないお月様の灯りの下、自身の外羽根代わりを翻らせて飛ぶ少女、アチラコチラに切り傷や火傷の跡を残す身体で奔る身内を追いかける。
「待ってって! ちょっと、止まってよ!」
静かに降る月明かりに浮かぶ黒い群体、先の争いから逃げ、戦う相手を猫から人へと変えた蟲達に向かい叫ぶのは虫の妖怪少女。
その隣には人間を好む誰かもいるようだ。満月の夜というに、未だ人間の姿のままでいる人里の守護者が、変身後の髪色に似た弾幕を放ち、硬い表情で周囲を見つめ牽制している。
「止められないのか!? リグル?!」
虫達の羽音に混ざり聞こえるのは夜に通る声。
静かな月夜に似合う澄んだ声色でもう一人に問いかける上白沢慧音。
争う相手や隣に連れている、というよりも捕まえている妖怪少女の事よりも何もなさそうに思える辺り、場所で言えば人里の出入口があったはずの空間を凝視し問いかけた。
「止めようとはしてるの! 落ち着いてってば! 言うこと聞いて!」
名を呼ばれた少女も言い返す、夜間に浮かぶエメラルドのような瞳を揺らし、生やす触覚を蠢く虫の塊に向け、強めに睨む少女であったが今までの流れから察する通り、大きな群体は全く言う事を聞かない。
「貴様、それでも虫の妖怪か!」
再度の叱責。
あちこちが焼け焦げ、ついさっき魔光を浴びましたと姿で見せる少女に向かい、強い口調で言葉を飛ばす慧音。連れ合いのマントから手を離し、あれをどうにかしろと言うが‥‥言われた少女もどうにも出来ていないようだ。
「そんな事言われたって! 私も本調子じゃないの!」
普段の夜であれば彼女、リグル・ナイトバグの命令を聞いてくれる身内だというのに、何かに操られているような動きで暴れ、この場所にいるだろう者達の事を探しまわる虫達。
いくら呼びかけても応えてくれない身内、このまま暴れ続けいずれ隠された里にでも到達すれば退治されてしまう。何故こうなったのか、考えるように顔を上げたリグル、視界に映り込むのは当然お月様。
そうだ、私もアレのせいで気が大きくなった。そのせいで魔法使いのコンビにしてやられたのだったと、夜風に揺れる端々が千切れたマントを眺め、顔つきを凛々しいものとしていった。
焦点の定まった瞳でこれもアレのせいかと、睨む先を愛する同胞達から浮かぶお月様へと変えた少女。そうして少し見上げた頃、何か決心をしたように、頷く形で下方を眺め、空を蹴りこみ、動く。
「いい加減にぃぃぃ頭を冷やせぇぇぇ!」
話を聞かない仲間へ吠えて、一気呵成に急降下。その勢いを殺さずに右足から突っ込む。
摩擦熱ではない光。
淡い蛍火に似た光を足先に灯らせて、空に咲いて同胞を散らす。
ガリガリと地表を滑っては地面を捲り虫の団体をアチラコチラに弾き飛ばす。
橙と変わらないくらいの、人の子供と同じような体躯をした蛍の少女が沸き立つ土埃の中一人黄緑色の髪や瞳を光らせる。蜉蝣のように灯り揺れる光、まるで地面はここだと知らせるような淡い明かりが埃の内より漏れ見られると、それを目印に飛行してくる二人の妖怪。
身内にキツイお灸を据えて腕組みしているリグルが見上げる相手、それは先ほど別の場所で争っていた者達。穿孔の黒羊と凶兆の黒猫が、落ち着いた騒ぎの現場に姿を見せた。