東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第五十六話 幻視する月夜

 相も変わらず賑やかな地獄。

 一番栄えているメイン街道からは笑い声と怒鳴り声が止まず、一本奥の通りからは少しの悲鳴や喘ぎ声など、いろいろな意味が含まれた黄色い声が飛び交い町並みを彩っている。

 各々がワライそれぞれがナク、感情の表現も、体で表す表現も豊かな、忌み嫌われる連中が思い思いに暮らす地底世界。暗く楽しい旧地獄、その中心をはしる旧地獄街道。

 地上の道理が通らない地底のメイン通りを、酒樽担いで歩く鬼一人。

 半透明なロングスカートを秋風に靡かせて。腰に括った紐の先にある升を揺らして。

 通りの中央を一人歩むは星熊勇儀。

 肩に担いだ酒精満タンの樽を時折撫でながら、肩と樽で風を切って歩いている。通りの両脇に並ぶ住人達に声を掛けられたり、深々と頭を下げられ視線を外されたりしながら進む旧地獄のど真ん中、向かう先は当然自分が根城としている場所だ。

 彼女が歩いて下駄を鳴らす、そうするだけで普段よりも騒いでいる者達、通りを屯している悪鬼共が両脇へと引いていく。古典にある雀の子、もしくはこの地底らしく、蜘蛛の子が散るように通りの喧騒が割れていく中、すぐに着いた地獄の酒場。

 それでも中には入らずに、裏手にある外階段を登っていく勇儀。

 和風な作りの店舗には似合わない外階段。いつだったかの争いで物見櫓の代わりになった事から今後も必要かもと思われ、急遽作られた階段を登っていくとそこにいた飲み相手達。

 

「なんだ、今日も始まってんのか。お前らは待つって事を知らないのかい?」

 

 酒場の狭い屋上に腰を下ろす三人。

 それぞれがグラスを持っていたり、何かを飲み進めていたりしていて、それが気に入らないらしい鬼。全員の背中やら後頭部やらに向かって勇儀が悪態をぶつける、全員引っ括めて言った愚痴から数秒、ぶつけた内の金髪ポニーテールが揺れると、聞き慣れた朗らかな笑い声が響いた。

 

「ひっかかったねぇ勇儀ぃ」

「あぁ? ひっかかったぁ? なんだってんだい?」

 

 ヤマメがおどけて勇儀を嗤う、どういう事かと鬼が歩み寄る。

 抱えた樽ごとずずいと近寄ると空いている片手を伸ばした。金髪二人が腰を下ろす逆側、丁度いい位置にあった羊の角を取っ手代わりに捕まえると、軽く引いて身をねじ込んでいく。鬼の力で引かれた頭、軽くとはいっても鬼基準の力だ、当然のように頭も体も僅かにぐらついて、持っていたグラスの中身も派手にこぼれた。

 

「おっと、悪いね」

 

 こぼれた液体が地面で跳ねて、アイギスの足元を濡らす。

 床と足それぞれを湿らせるのが見えた加減知らずの鬼、ちょっと雑だったなと、溢れてしまった酒と濡らしてしまった飲み仲間に軽く謝るが、謝罪した相手も薄く笑うだけで、全く気にしていなかった。

 

「お気になさらず、中身はただの水でしたので」

 

 角を掴んでいる手に話しかけながら、グラスに残る液体をわざとらしく自分の足に垂らす。組んでいる上側の足先が濡れ、雫がヒールまで伝った頃、薄笑いを浮かべたままのアイギスが勇儀に答えを教えた。

 

「水だぁ?‥‥引っかかったってのはそういう事かい」

「そういう事、綺麗にかかったわね。勇儀」

 

 ケラケラと騒ぐヤマメを筆頭にしてクスリとアイギスも笑う、ヤマメが仕掛けたイタズラが綺麗にハマって楽しいらしい。そうしてやられた事に気づいた勇儀も笑うと、先の二人を肯定するように、ヤマメの左隣にいるパルスィもグラスの中身を軽く放った。

 皆の手元が空になると待ってましたと置かれる樽。三人が座る前に降ろされると、天板に勇儀が指を指す、そのままちり紙でも捲るような仕草で剥がすと、待っていた者達が使っていたグラスを差し出した。

 

「おぅおぅ大人気だ、モテる酒虫で妬けるねぇ」

「私より先に妬まないで、口が軽くて妬ましいわ」

「それは、妬ましいものですか?」

「妬みでも僻みでもなんでもいいじゃないか、早いとこ寄越しなよ」

 

 澄み切った鬼の酒が満ちる樽、その底の辺りで静かにしている酒虫を覗きこみ勇儀が明るい声で話した。言い切って升を突っ込むと水面が波打ち波紋が広がる。タプン、五合枡が酒で満ちるとそれぞれのグラスに注いで回る勇儀。

 全員に行き渡ると升を掲げてからグイッと煽り、喉を鳴らして飲み切ると瞳を瞑って黙る鬼。

 

「う~ん‥‥」

 

 黙っていた鬼が声を漏らす。

 何かを言いたそうな、それでもなんと言ったらいいかわからないような、持ちうる力に似たモノを顔と声色に乗せている。

 

「なんだろうなぁ、この前の酒よりはウマイ気がするけどさ、なにか足りないような気がするねぇ」

「そうですね、美味しいお酒ですがなにか、こう」

 

 前回の酒虫の味を知っている三人が何かが足りないだとか、言うに言えない何かを考え頭を捻ったり真っ暗な空を見上げてみたり、思い思いに悩んでいると一人、前回の味を知らないパルスィがすんなりと言い放った。

 

「美味しいけど軽いわね、鬼の技術の結晶といえど、養殖物だとこんなものなの?」

 

 意外といける口のパルスィ、グラスを一息で飲み干して口にした酒の味を体現するようサラリと問いを述べていく。場にいる三人、主に勇儀に向かって問い掛けるとそれぞれが、あぁ軽いのかと同じタイミングで頷いた。揃ってなんなの、と一人わからないパルスィを眺め三人がらしく笑うと、自分が笑われているようで面白くないのか、エメラルド色の瞳を揺らし、ツンと何もない空を見上げた。

 

「お、一人見上げて月見酒かい? 風流だねぇ、パルスィ」

「つれない態度で空見上げ、見えない月を惜しみ妬むってかぁ。絵になるじゃないか」

「うるさいわね、あんた達」

「月がなくとも月見酒と言うのでしょうか?」

 

「あん? 月を想って飲めばそれで月見酒さね」

「実際に見えなくてもいいのさ、雨で見えなきゃ雨月(うげつ)、雲で見えなきゃ無月(むげつ)とかこじつけて、なんやかんやで月見酒にすりゃあそれでいいんだよ」

「こっちでは元々見えないし、これも無月って事になるかしらね」

「ふむ、色々とあるのですね。まだまだ覚える事が多くありそうだ」

 

 飲みくちの軽い酒を味わいながらのガールズトーク。

 話す内容は見た目のような若々しい女性陣らしくない、日本の風習といったものではあるがそれぞれ和の化け物だ、知識も当然持ち得ている。 談笑してはリアクションを見せる女達、和やかな雰囲気が見られる空間。鬼に橋姫、土蜘蛛と悪魔なんて物騒な種族しか集まっていないというのに、なんとも平和な空気が流れているが、ついついと話題に出してしまう辺り、それぞれ違和感には気が付いているようだ。

 

「それで、いつまで眺める事になるの? 仰ぎっぱなしは首に悪いわ」

 

 そういいながらも天を仰いだままのパルスィ。

 なにもないはずの地底の空を眺めながら、ポツリ呟くと顔の角度を変えていく。斜めからゆっくりと正面に、そのまま少し横に流した。視線の先にいるのはこの場で唯一の黒髪。

 

「私に聞かれましても、此度も何も聞いておりませんよ?」

「まだ、だろ? アイギスちゃんよ」

 

 パルスィに見られるも心当たりがないアイギス、それを伝えるようにヤマメの方に顔を向けるが、こちらからも余計な事を言われてしまった。

 誰かが異変を起こそうと、その異変がどのようなものであっても然程気にしていない黒羊。眺める分には好ましく場合によっては死に至る過激な遊びだ、彼女の求める物に近い物ではある‥‥けれど、自分でその場に混ざるには少し微温く感じてしまっている、それ故の無関心だったようだが‥‥

 

「お、いつものお迎えが来たみたいだねぇ」

「八雲専属の桶屋は大変だなぁ。毎回独占してくれて、妬ましいったらありゃしないわ」

「またそうやって。人のアイデンティティを奪わないで、強欲で妬ましいわね」

「寄って集って茶化さないでいただきたいですね。贔屓の一つではありますが、専属というわけではありません」

 

 喧嘩仲間の二人に茶化され、体裁の悪い桶屋がすっくと立ち上がると、それぞれに訂正のような物言いをして返事は聞かずに歩み出す。数歩進むと床がなくなり、そのまま下へと落ちていった。三人の視界から消える瞬間にヤマメがいってらっしゃいと伝えると、床と平行して開いていたスキマが、大げさな音を立てて閉じた。

 

~桶屋召喚中~

 

 呼ばれて何処かに飛び出ることはなく、スキマの中に佇む羊。

 少し待つとスキマの主ではない八雲、体よりも目立つ九尾を揺らす者がアイギスの視界に降り立った。仰々しく頭を垂れて、言葉にするよりも早く主の不在を姿で見せた藍。丁寧な式が端折る辺り、少し急ぎの用事らしい。

 

「急なお呼び出し大変失礼、ですが紫様は手が離せない状態でして」

「もう慣れました、紫様はまたお仕事をなさっておいでで? 月といい紫様といい、珍しい事が多い日ですね」

 

 周囲に浮かぶスキマの一つが紫の背中を写している。

 逢魔が時を過ぎ、すっかりと暗くなった地上の端、博麗神社の境内でその地の巫女と語らう姿が写し出され、いつもの様に顔の前を扇で隠しているような後ろ姿が、藍とアイギスの立ち位置の間に映しだされていた。

 

「お気付きとは、鼻が利きますね」

「私でなくとも、化け物であれば気が付くものでしょう? 月光こそ届きませんが、流れてきていた魔力は心地良いものでしたので。お陰様で地底も好ましい空気に包まれて、過ごしやすくなりました」 

 

 旧地獄の住人達が普段よりも騒いでいた理由がこれである。

 深い深い地の底にある旧都。

 当然月光は届かないが、地上の空には間違いなくお月様が登っており、何がどうなっているのかはわからないが、夜に生きる者達がいつも感じている月光よりも強力な、それでも心地良い魔力が光を通り幻想郷全体に降り注いでいた。

 魔力が地面に降り注げば続く地下にもソレは降りる、空代わりの空間こそあるがこちらも間違いなく地続きなのだから、地底の住人達が伝わってきたモノを感じても当然だろう。

 

「確かに我々には心地良い程度なのですが、それが問題なのです」

「心地良さが問題とは、そういった堕とし方をなさる藍様らしくないお言葉ですね」

 

 大真面目な対応をしている藍に対して、少し入った鬼の酒の力か、スキマに落ちるまで浴びていた月光の魔力に影響されたのか、どちらにしろ普段よりも意地の悪い言い方をするアイギス。

 実際はどちらに飲まれる事もなく、浴びた二つのお陰で機嫌が良く普段よりも饒舌というだけだ、紫に次いで付き合いの長い藍もソレには気が付いているようで、付き合っても実がないと理解していた。

 軽口に対して反論はせず、あくまでも呼び出した理由のみを話そうとする八雲の式が、言いながらスキマに視線を流す。

 

「アイギス殿、失礼を承知での話となりますが、主に代わり仕事のご依頼をいたしたいと‥‥」

 

 藍の瞳に映る先は地上の世界、パッと見から正確にココだと明言できないような場所ではあるが、近くに見える人工的な灯りと、夜間でも目立つ黄色が印象的な地域のようだ。自身の式を斥候に出した藍が暗い竹林を眺め言いかけるが、アイギスが途中で口を挟んだ。

 

「先日の春雪異変での報酬も頂いておりません、ですのに貸し付けたままで追加の依頼ですか‥‥式が身体で払ってくれる事もなかったというのに」

 

 促されたスキマを赤黒い瞳が見つめる。その目には藍の式である化け猫が興奮しながらも黒い群体と争ったり、時折集られたりする光景が映る。尻尾の太い式の式が頑張る映像を眺めつつ、藍にそっと寄り添うと一尾を摘んで軽く食む元草食動物。

 中身のない尻尾の先を甘咬みして、そのまま尾の付け根に手を滑らせていくが、今は真面目な話且つ主の命の元動いている式は全く相手にしない。軽く尾を払って食む羊を追い払う。

 

「あれは冗談だと仰ったのでは?」

「勿論冗談です、今のお話も冗談と捉えて頂いて結構ですよ」

 

 藍の口調は冷たい、真摯な対応を見せて茶化されたのだからそうなって当たり前ではあるが、良くも悪くもしつこさに定評のある黒羊も、一度ふられたくらいでは諦めたりはしないようで、機嫌の良さに任せ手を出したらしい。

 はなっから相手にされないとわかりながらも手を出すのは単純に欲求不満なのか、やはり月に当てられているのか、よくわからない思考回路だが、元より矛盾した存在の彼女だ、このくらいの事も長い付き合いの中でよくあることらしく、藍は然程気にしていない。

 

「そろそろ真面目に取り合って頂けますか?」

「少々遊びすぎましたね。して、此度の依頼とは?」

 

「紫様からは異変の解決に当たらせろと命ぜられ‥‥」

「お断り致します」

 

 即答、先程までの機嫌の良さは消して仕事に当たる姿を見せたアイギスが真っ向から断る。八雲(友人)から話される依頼であれば大概断らず、何かしらこじつけて請け負う彼女だったが、今日の依頼は即断った。

 

「アイギス殿が好む荒事に向かって欲しい、そう言った依頼なのですが請け負って頂けない理由がおありで?」

 

 それでも主の命を受けている者も引かない、というよりも引けなかった。自身のプライドから引けないというものもあるにはあるが、今起きている月の異常さを放っておけばどうなるか、紫から説明されてはいないが藍自身でも読み切れていたからだ。

 放っておけば月に当てられた者達が狂う。

 月から流される影響を受けない人間や、ある程度の力を持った妖かし連中にとっては何の問題もない状態、寧ろ心地良く過ごせる状態で悪くはないが‥‥藍の式が相手にしている者などそれほど地力がない相手にとっては、委ねるに好ましい力の源になり同時に身を蝕む毒となる。藍の指揮下にある橙ですら多少の影響を受けているのだ、何の枷もない妖怪連中が月の光を浴び続ければどうなるのか、箍の外れた人喰いが好き放題にし始めればどうなるか、すぐに察する事が出来ていた。

 

「紫様は異変と仰ったのでしょう? それならば解決に当たるのは人間では? 私は人の範疇にはおりませぬ」

「言い分はご尤もですが、今回はそうも言っていられないのです」

 

 八雲の定めたルールに則り持論を述べる悪魔。少し前に人里を訪れ、その際に自身の立場を示したばかりのアイギス、彼女は約束事にはうるさい羊の悪魔なのだ、そんな悪魔からすれば敷かれたルールを破るのは自身のプライドが許さない。

 が、藍も素直にそれを飲めない。放っておけば人が死に、人が死ねば妖かしも死ぬ。そうなれば幻想郷も死んで、愛する主の心も死ぬだろう。それくらい紫がこの地を愛している事を一番近くから見続けていたのがこの藍なのだ、それ故仕える手札を使わずにはいられなかった。

 先に見せた博麗神社が映るスキマの周囲、それぞれ半人半霊の庭師や黒白の魔法使い、瀟洒な従者が映るスキマに指先を伸ばしてそこを見ろと、強い態度で表す。

 

「妖夢殿に霧雨様、十六夜様も動かれるのですね」

「はい、それぞれ主や親しい者と共に動き始めました」

 

 主、とアイギスの声が漏れると三人娘の奥や隣にそれぞれの主や親しい相手が映る。

 白玉楼の亡霊姫に始まり魔法の森の人形遣い、最後に見えたのはアイギスの愛する吸血鬼の姉が、紅魔館の屋上で白い皮膜を広げ、歪な満月を見上げている姿だった。

 

「これはどういった意味合いでしょうか?」

「見たままの通り、此度の異変は人妖共に動いて解決に当たる事となりました。紫様も術式を構築し終えた後に博麗の巫女と同行される手筈となっています、紅魔館の主も幽々子様も互いの従者と共に行動されるようです」

 

「……つまりは私も誰かと組んで異変に当たれ、というのが今回の依頼内容だと」

「紫様はその様にしてほしいと話されていましたが‥‥」

「無理なお話ですね、人と馴れ合うつもりはありませんし、組むような相手にも心当たりがありませんので」

 

 幽霊と半霊が何かを話しながら白玉楼の階段を下る姿、雑多な物に溢れた部屋の中で語り会う魔法使い達、月を拝む吸血鬼の側で静かに佇む従者。それぞれの景色を見比べた後でも以前断り続けるアイギス。

 今夜の特別ルールは理解したが、話した通り組むような人間がいない事もわかっている。仮に同行するならば見知っている相手、例えば名刺を預けたような‥‥一人思い当たるが、病弱な彼女では無理だなと薄く笑った黒羊。淑やかさの浮かぶその顔のままで、誘いを諦め、自身の式を見つめている藍に少し語る。

 

「異変には関わりませんが、少しのお手伝いくらいは致しましょう」

 

 再度藍の尾を掴む、その尾先を一つのスキマに向けるアイギス。

 手伝いと言いながら尾を差し向けた場所には、黒い群体、群れて動く蟲達に押され始め、だんだんと明かりが消えていく人里から離され始めた橙が見える。踏ん張りをみせこらえているが、蟲の勢いに飲まれ何度か姿が見えなくなったりして、その度に藍の尾先が跳ねる。

 

「橙様も大変なようですし、まずはそちらへ。主の命に逆らえない御方に代わって子守をして差し上げますよ」

「ありがたい申し出ですが、宜しいので? それは……」 

「紫様であったならこれ以上詮索致しませんよ、ここは主を習ってお静かに」

 

 案を伝えると何かを言いかけた藍だったが、掴まれている尾を引かれ体制を崩したことで言葉を濁された。そうして少し身体が揺れるとそのままアイギスに引かれ、強引に唇を奪われる。突然過ぎて逃げも構えも出来なかったようで、好き放題にされる傾国の美女。

 互いの口が離れ透明な糸が伸びると、微笑んだままで襲った悪魔がまた話す。

 

「先払いで頂戴しましたし、お仕事に当たると致しましょう。長居して疼いても困ります故」

 

 互いの唾液で僅かに濡れる唇を舐めた後、大きなアモン角とサイドの長い髪を垂らして前傾する悪魔。別れの礼を済ませ軽く跳ねると、奮闘する橙が映るスキマへ身を沈めていく。向こう側に出現すると同時、両手に現したスコップを燃やし、蠢く群体を散らし橙と合流したアイギスが見えた。

 

 式の元に信頼の置ける相手が現れると、一人胸を撫で下ろす藍。

 解決に動く主に代わって個々の状況を見るように言われている彼女、この空間から動けない自分に代わり使役する式を動かしていたが、月の魔力を受けて普段よりも力強く、少し荒れ始めている橙が心配でもあった。

 

「慣れているという話は聞いているし、これも見ようによっては子守になる、か‥‥動いてくれた理由がわからんが、黙れと言うならもう考えるまい」

 

 呟くと勢いで奪われた唇に指先を当てていた指を舐める、隠微な舌を指に這わせ二人の姿を眺めながら、思考を切り替えていく傾国の九尾。先ほどまでは口を閉ざされた理由を考えていた。 異変の誘いに来た藍、彼女が配する式、異変に当たる橙に肩入れするという事は間接的だが解決に関わる事になる。それ即ちアイギスが異変解決に動くような事で、見方によってはルールを破るような事になるだろう。 そのような考えを巡らせていたが、敬愛する主なら使える者は使うだけで、原因究明は出来る暇を作ってから行うだろうと、そのように思考を切り替えた……ようだが、紫ほど上手な切り替えは出来ないらしい。

 炎を宿す黒羊と勢いを取り戻した化け猫を眺め、若い内に知れば癖になるから万が一にも奪われてくれるなよと、舐めていた指を唇に這わせた藍であった。


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