東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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閑話 付き従う者の集い

 暖かな日差しを背に顕界へ戻るツートンカラー。

 春風にふかれる帽子をやれやれと押さえる魔法使いと、ぶっきらぼうに棒を担ぐ巫女、その二人が並んで飛ぶすぐ後ろをマフラーで口元を隠すメイドが続いていく。

 冥界住まいのツートンカラーはそれを見送り空を見上げ続けていた、穏やかさを取り戻した冥界の空。少し前まではそこに浮かび、空一面に弾幕を放っていた主のことを思う。

 主の古い友人が回収してくれた事はメイドから聞いた、それでも無事な姿を見たい、弱り臥せっているのなら傍に寄り添い見守りたい。いなくなった祖父に代わり近くで自分を見続けてくれた白玉楼の主。彼女の事を考えると、異変が終わった今でも心静かに、とはなれずにいた。

 

「幽々子様‥‥」

 

 上の空でポツリと呟く。

 その声に呼ばれたように風が流れる、するとガサリと鳴る階段横の桜。

 異変を終えてすぐ、ピリピリとした雰囲気が抜けきれないここの庭師が二刀の柄頭に手をかけ、目を細めて凝視し動く。音の聞こえた木の裏手に忍び寄ると、そこにいたのは見慣れた相手。

 

「容赦のない方だ、人間に対して死を感じるなど何年ぶりなのか」

 

 寄ってきた妖夢の足音、それが聞こえると声を発して存在をアピールするアイギス。穏やかな桃色の合間に寝転がるのは、同系色だがもっと物騒な色合いに染まる羊の悪魔。

 桜色に映える黒スーツと黒髪、褐色の肌までもドス黒い血で汚し、固まった血の結晶を大きなアモン角から剥がしてポイっと捨てる黒羊。苦笑しながら身体を起こし立ち上がるが、フラリと桜にもたれかかる。音の正体が誰だったのか、わかった妖夢がふらつく女に駆け寄った。

 

「アイギスさん!? なんでそんな、異変で見た時よりボロボロじゃないですか!」

 

 本来の象牙色よりも赤黒い部分が多い角から見て嫌な顔をし、スーツの布地と腕の肉が混ざる左手に視線を下げると、自身の横に浮かぶ半霊のような顔色になる妖夢。

 異変の最後を迎える前に気を失った彼女はあの後どうなったのか見てはいない、ざっくりとした流れを紅魔のメイドから聞いただけで、突っ込んだアイギスごと封じる勢いで巫女が弾幕を放ち、そのまま西行妖を封じたとは聞いていなかった。

 

「人間が怖い、こう思うのは家畜だった頃以来ですね。しかし妖夢殿、そう青白い顔をされますと、悪戯したくなってしまいますよ?」

 

 血塗れのアイギスが青っ白い顔を眺め、悪戯な笑みを浮かべる。

 淑やかに微笑みながら左腕に食い込む袖を千切って、腕の形をどうにか残している部分を露わにし、少し持ち上げた。黒い瘴気を漂わせ少しずつ修復してはいるが、西行妖の力を浴びて壊死している部分もある腕。それを視界に入れられて、ヒィッと小さな悲鳴を上げる人外。妖怪、それも半分は霊体だというのに、ホラー要素の強いものにめっぽう弱い半人半霊の庭師が怯む。

 

「あまり見せないでいただけると‥‥その‥‥」

「少し調子に乗りましたね、互いに本調子でもないというのに、失礼致しました」

 

 妖夢の目が揺れると、指の欠けた左手で腹を撫で(さす)るアイギス、大した苦労もなく恐れを抱かれたおかげなのか、いくらかは糧として得られたらしい。悪戯心の感じられる雰囲気から満足気な笑みへと変わると、調子に乗るなと自身の足元にまで窘められ、ハイヒールのヒール部分がパキンと割れた。不意に折れたためぐらつくと、遠のく右手に妖夢が手を伸ばす。

 

「助かりました‥‥レディ」

 

 引かれる手を懐かしく思う黒羊。

 雰囲気も姿形も違う、性別も違うのに感じる祖父の気配。あの時は砂利に足を取られたのだったなと、階段の上で静かに建つ屋敷の門を見つめた。異変の最中に考えた後世に残るという事、これもその一部なのかと小さく笑って妖夢に呟いた。

 

「え? なんと?」

「なんでもありませんよ。よろしければこのまま肩を貸しては戴けませんか?」

 

 折れた左のハイヒールを脱ぎ、そのまま足元に注意を促す。

 妖夢がそちらに目を向けると、再度顔色が悪くなった。封魔の針が数本刺さる腿はまだいい、それより下、膝から下は外側半分が赤く爛れて黒煙を吐いている。あの巫女が放った破邪の光、それの間近にいた割りにはマシな姿だと本人は思っているが‥‥妖夢から見れば結構な傷跡に見えたらしい。うわぁと目で語ると、アイギスが再度腹を撫でた。

 

 身長差のせいで肩を借りるというよりも妖夢を松葉杖の代わりにして歩く形、それでも飛ばずに歩くアイギス、飛べば早いと思える光景だが、先に浮いた妖夢を昔を懐かしむアイギスが引き止め、いや、引きずり下ろした事から素直に歩く事となっていた。

 仕事中は真面目な彼女だが、ソレが終われば悪魔らしい我儘さが見え隠れする羊。相手が幼い頃から見ている者だから余計に素を出しやすいのかもしれない。

 そうして枯山水を歩き、外廊下に腰を下ろす二人。

 

「取り敢えず着替えか何かと、あと拭く物でも持ってきます」

「お気遣い感謝致します」

 

「いえ、これくらいは、お待ちくださいね」

 

 腰掛けても繋いでいた手を離し、パタパタと屋敷の奥へと消えた庭師。

 着替えといっても彼女の服か、今はいないこの屋敷の主が着る和服くらいしかないだろう、ここのご令嬢は兎も角あの子の服ではサイズに無理があるだろうなと、脱いだ上着と破れたシャツに目を落とすアイギス。そのまま視線を流水の描かれる砂利へと移すと、少し先で開くスキマ。

 

「汚れましたね」

「そうですね、ですが問題はなくなりました」

 

 現れたのは八雲の式。

 すっかりと整えられた道士服の袖に両手を組んで隠すいつもの姿、ペコリと頭を下げてから小さなスキマをアイギスの隣に開く。

 ふわりと音無く落ちるのは三つ揃えのスーツ一式にシャツとネクタイ。デザインもサイズも今着用しているものと同じ物で、アイギスの住まう長屋にいる唯一の同居人が営む店で誂えられた物らしい、タグに描かれた、ほつれたボタンホールの絵がその店のシンボルだ。

 

「袖を通すなら傷を癒してからの方が良いのでは?」

「確かに、今のままではまた汚してしまいますね」

 

「アイギス殿、問わないのですか?」

「何を問えば宜しいのでしょうか?」

 

 思いがけないところで腹が満ちてそれなりに機嫌のいいアイギス、真面目に問いかけてくる藍に対して、何を聞いて欲しいのかわかっていながら意地悪に返す。暴れている間にいつの間にかいなくなっていた抱こうと考えていた相手、言うなれば逃した魚が再度現れたせいで、つれないのなら自分もそうして返そうという、彼女なりのブラックジョークのようだ。

 クスリと漏らす低い声、それを聞くと少し砕ける藍の顔。異変時の硬い雰囲気に近かった顔が緩むと、やっと答える少し意地の悪い悪魔。

 

「では問いましょう、この服はいつ、どなたが用意してくださったのでしょうか?」

「紫様が眠りに着く前に用意した物ですが、そこを問うのですか?」

 

 あまり汚れていない右手で新品の衣服を撫で問いかける、それに対しての答えは返ってきたが聞いてほしかったのはそこではないと、藍の苦笑いからわかる。

 それでも答えは得られたと納得顔の黒羊、直接姿を見せないのは二度寝をしたからとわかり、それなら無理に起こす事もないだろうと、眉を下げる藍を見上げた。

 

「紫様はお察しされた通り、と答えておきますが‥‥伊吹萃香の件は宜しいのでしょうか?」

「構いません、気に入らないのなら今頃再戦となっているでしょう。私から売った喧嘩なのです、弱った所を襲われても卑怯とは思いませんし、鬼もそうは考えないでしょう。ですのに現れないのです、であれば気にかけません」

 

 紫が眠りに落ちたのなら、あの鬼もスキマの外に出ているだろう。

 霧となり広がっているというのなら、今の会話も聞いているだろう。

 場合によっては記憶か思考の境界でも操られて、あの時の考えが伝わっているかもしれない。

 そのように邪推して、わざとらしい説明口調で語るアイギス。この言い草に文句があるのなら出て来いという煽りも含まれているが、これは彼女の本心でもあった。何かを残して終わるのもいいかもしれない、そう考えた自分がいて、それも悪くないと自覚する悪魔‥‥終われるのなら終わってみるのも一興かと考える、終われない古年寄り。

 特別それらしいモノを残しているわけではないが、吸血鬼の姉妹がそれぞれ手に持つ炎の杖と神の槍、二人が振るうアレの発想元は自分のスコップかもしれないと思うと、遺せたと思い込むにはいい相手がいたとも感じているらしい。

 

「お待たせし‥‥藍さん、いらしてたんですか‥‥その、幽々子様は?」

 

 手桶にタオルと薬箱、自分が怪我をした時に用意する安心の3点セットを持ちだして奥より現れた屋敷の者。アイギスであれば前の二つだけで十分なのだが、最後の一つまで持ち歩くのは幼い頃から続く習慣のせいだろう。

 そんな妖夢が庭に現れたもふもふに気が付き、顔に少しの陰りを浮かべる。

 

「ご無事だ、今は我が主と共にお休みになられているが直に目覚めるだろう。お目覚めになられたら送り届ける、そう心配するな」

 

 藍の口から無事と聞けたことで表情に明るさが灯るが、それでもイマイチ抜け切れない暗さというか、不甲斐なさ。仕える者としては大先輩、それこそ祖父の代から紫とともにいる藍に任せておけば問題などおきようもない、それはわかっているが‥‥

 

「今すぐ送り届けて差し上げては?」

 

 前門の狐と後門の霊をそれぞれ見比べ語るは羊。

 異変の時に話した思いと、今の妖夢の顔からなんとなく読み取れる感覚。それに気づいて少しのお手伝いをしてみているようだ、預けっぱなしのスペルカード、ボムというべきか。それを持った相手だからオプション代わりに僅かな助言(横槍)を入れるアイギス。

 

「構いませんが、今動かすよりは‥‥」

「そうですね、もし傷つき倒れた紫様の面倒を私が見ていたとしたら、藍様は嫉妬してくださいますか?」

 

「……ふむ、合理性にばかり気を取られ配慮不足でしたか、半刻後にはお連れしよう」

 

 考える素振りの藍にアイギスが問う。日焼け肌に白い歯が見えるようなニヤリとした顔、腹に一物含んでいますとまるわかりの悪い笑顔で藍に問い掛けると、表情から察した傾国も同じように笑ってから妖夢に向かってそう告げた。

 

「しし、嫉妬!? べ、別にそんな感情は!」

「ないのでしょうね」

「ないのだろうな」

 

 桶に組まれた水を暴れさせる白玉楼の従者、それを見ていた八雲の現役従者と短期契約者が同時に言い返して笑う。

 完全にからかわれたと、嫉妬とは別の意味で頭を熱くし始めた妖夢が、背負う刀の切っ先に似た態度を見せると、それも含めてクックと笑う年配組。何をしても笑われるのかと諦めた半人前が、両膝を付いてタオルを絞った。

 そのまま紅い血塊がこびり付くアモン角を拭いていく。

 

「手慣れたな」

「散々やられましたので、剣術より得意かもしれません」

「そうしたい相手は私ではない、自分からそう仰れば笑われる事もありませんのに」

 

 アイギスの頭を若干揺らしつつ角を磨く妖夢に、穏やかな顔で語る藍。彼女も妖夢が幼い頃から見ている者の一人だ、言い訳を聞かずとも何故手慣れたのかくらいはわかる、今のは合いの手代わりだろう。

 その合いの手に合わせて話すのは散々にした相手、磨かれていく角とその延長線にある妖夢の顔を見ながら話す。祖父のような立派な従者とは言い切れない、言えるほどの腕もないけれど、看病くらいは上手に出来る。

 そう言えばいいのにと、年配者二人の老婆心が動いたようだ。

 

「あの‥‥藍さん」

「なんだ?」

 

「幽々子様を回収してくれた、そこまでは覚えているんです。でもその後は覚えていません‥‥そんな半端者なんですけど、主の看病くらいはしっかりとこなしてみせます。だから……」

 

 しばらく待つが言い切れない妖夢、後一節と待つアイギス‥‥だったが、誰も話さない中で屋敷の奥で音がした。柔らかいナニカがファサッと擦れる音と、それの横に降りた誰かの足音。

 その足音が大きくなると、小さな二本尻尾の少女が廊下から姿を見せた。

 

「さっきは半刻と言ったが済まない、あれは間違いだった」

「間違い?」

 

「私の主は手がかかってな、紫様一人のお世話をするのに猫の手も借りるほどなのだ。幽々子様を見きれないので後は妖夢に任せるとするよ」

 

 藍の元に駆け寄ってきた少女、九尾の式、異変で敗れて結構傷だらけの橙がよくわかっていないという顔で主を見上げる。その顔を見てから妖夢の顔へと視線を流し、行ってはどうかと金の瞳を泳がせた。

 角を磨く手が止まり、手当をしていた者の顔を見る妖夢。こちらの黒羊も藍と同じような表情で見上げていた、日焼け色の右手でタオルを奪い、後は自分ですると態度で示したアイギス。

 二人に見られる白玉楼の庭師が綺麗な座礼を見せてから屋敷の奥へと駆けていく。

 

「真っ直ぐで宜しいですね」

「そうですね」

 

「先ほどの、告げ口しても?」

「出来れば、他言無用で」

 

「では一晩お付き合いくださいますか?」

「今はその、お答え出来かねます」

 

「お二人共、何のおはなしですか?」

 

 アイギスは穏やかになった冥界の空を、藍はなんの話をしているのかと見上げてくる橙を、それぞれ別のモノを見ながら話す。

 言葉も態度も濁している傾国の美女は見ず、空を拝んだままアイギスがクスクス笑う。

 その声だけを聞いていた藍が、鬼との喧嘩前に言ってきた事、あれは冗談半分ではなく全て本心だったのではないか? と、橙の傾いだ顔を見ながら悩んだ。


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