東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第五十一話 優美に散らせ、冥惜しみ月

 綺羅びやかな物など何一つない空。

 あっても転生を待つ魂が浮かび漂うか、それに似た雲がかかるくらい。

 見られる色もその魂の青白い色や、長い階段の両脇に咲く桃色の花くらいだろうか、そうやって散った後の者や、これから舞い散るモノしかいないようなこの世界、冥界。

 それが空も地上も花びらが覆ってしまい、今や絢爛さの見られる世界となっている。

 見た目だけならなんということはないただの桜吹雪だが、この花弁には魅了される何かが充満していた。誰しもが(いず)れ迎えるだろう生の終わり。そこへ向かって(いざな)う、死への誘いが花弁には感じられる。ただの生き物が触れれば一瞬で死に絶えることが出来る。それくらい強い怨嗟が花びらの一枚一枚に込められているように見えた。

 そんな花びら舞う中を華麗に飛んでは翻る少女達。

 それぞれが違った色合いのツートンカラーを纏い、それぞれが自身を特徴付ける弾幕を放っていくが、身体を透かし、どこか機械的に死の蝶々を放つ亡霊姫には攻撃足り得なかった。

 

「なんなんだよあれ! 当たっても反応がないのは幽霊だからだってのかよ! 弾幕ごっこだって言うにはズルいぜ!」

 

 ひらりひらりと舞う花弁の嵐。

 その中を箒に跨る少女が、小さな肩掛け鞄から色鮮やかな薬瓶を取り出しては放り、火線を引いて縫うように飛ぶ。黒いトンガリ帽子を抑えては横に回ってみたり、制動をかけて周囲の花弁を撃ち落としてみたりと、忙しなく空を翔ける普通の黒魔術師、霧雨魔理沙。

 

「さぁ、多分耐久スペルってやつでしょ。時間が経てば勝手に落ちるわよ」

 

 返事をしたのは紅白カラーの巫女少女。

 冥界に似つかわしくないおめでたいカラーリングで考えなしにそこらに飛んで、テキトーに花びらを回避していく楽園の素敵な巫女、博麗霊夢。

 

「庭師には弾幕が通ったけれど、あれは半分幽霊だから? 多分って、貴女が考えたルールなのでしょう? 随分テキトーね」

 

 誰かが話すと同時にカチリと音が鳴る。

 そうしてスペルカードだけが二人の視界に収まった。

 

――幻符『殺人ドール』

 

 忙しない黒白の周囲で漂う花びらが、クルクルと回る銀のナイフ群に断ち切られていく。ナイフをすり抜けた反魂の蝶も、突然現れた少女と紫色の球体から発射された銀のナイフで寸断された。弾幕群が消えると少女達が滞空するスペースが出来た。

 その空いた空間に二人が近寄ると、並び立つように現れたのはメイド、蒼に白を差し色としたツートンカラーの侍女、紅魔館のメイド、十六夜咲夜。

 

「私『も』考えたルールよ、大本は決まっていたし私は枠を確かなものにしただけ、だからテキトーではなく適当よ」

「そう、まぁそれはいいですわ、取り立てて重要だとは思えませんし」

「自分から振っといてそれか、主に似て我儘な言いっぷりだな、メイドさん」

 

 三人が纏まって話す、するとその会話を聞きつけたように皆に向かって風が吹く。

 意思でもあるのか、そう思えるくらいに真っ直ぐに三人に向かって奔る死の桜吹雪、それに合わさって反魂の蝶も飛び漂ってきた。

 

「ガールズトークに花咲かしてる暇はなさそうだ!」

 

 右手に携えるマジックアイテムを握りこむ魔理沙、くっと握ると描かれた八卦の陣が僅かに光る。ぼんやりと魔光が灯ると器用に箒の上に立ち上がり、そのまま両手で八卦炉を構えてみせた。合わせた両手の外側、左手の指には七色に輝く魔砲の絵が書かれたカードがある。光が彼女の手に集うと、その絵の物が迸った。

 

――恋符『マスタースパーク』

 

 スペルカードの宣言と共に魔法使いの魔砲が奔る。

 真っ直ぐに突き進む魔力の波動が、三人に向かって伸びる無数の花びらを焼き落とし、命を吸う蝶の羽も焦がし散らしていった。そうしてそのまま半透明の亡霊姫をも飲み込むが、魔理沙の収束した魔力が終息を迎えても傷ひとつない西行の姫。

 

「あ? 無傷だってのか? これじゃ私が傷つくぜ」

「言ったでしょ、そういうスペルだって」

「なんでもいいけれど、そういうスペルだと言うのならいつまで耐えればいいのかしら?」 

 

「そんなの、終わるまでよ」

「なぁ、やっぱりテキトーでいいんじゃないか?」

「そうね、やっぱりテキトーでしたわ」

 

 迫る死が消えた事で少し余裕が生まれたのか、軽口を叩き合う少女達。

 一歩間違えれば傷つく、まかり間違えばそのまま現世とおさらばしてこの地の住人となるような状況なのだが、随分と明るい彼女達。この余裕は自分たちの放つ弾幕やスペルでどうにかなると見られたからであった。

 が、その考えは間違いだったと少し時間が過ぎた頃に気が付く。

 

~少女軌道中~

 

 輝く汗を散らして飛び回っていた少女達。

 華麗に花びらや蝶を撃ち落としていたのはつい先程までで、今では少しバテていた。真っ直ぐな視線を亡霊姫に向けていた魔法使いは僅かに速度が下がり始め、瀟洒な従者も姿を消して次に現れるまでの距離が近くなっていた。

 唯一元気だったのは最初から今まで自分のペースを崩さない、のんきに避けて飛び回る巫女さんくらい、それでも見た目は少し変わっていて、最初はなかった博麗の秘宝が巫女の両脇で回っていた。

 

「おい霊夢、これ本当にスペルか!? 耐久するにしてもキリがなさすぎるって!」

 

 再度のスペルカードを宣言し、冥界の空に星空を描いた魔理沙が疲れた顔で愚痴る。

 魔法使いの流星雨に飲まれ一時消えた死の弾幕群だったが、綺羅星が消えると再度怒涛の勢いで妖怪桜から舞い散り始めた。

 

「知らない、多分って言ったでしょ。それよりも、どうしたらこの異変が終わるのかって事を考えなさいよ」

 

 研究するの好きなんでしょ?

 そんな文句を言い切ってひらりと花弁を避ける巫女。彼女の持つ術の一つ、結界術をもってしても届かなかったほど無量な桜吹雪、さすがにどうしたもんかと悩み、晒している二の腕をかいて考える霊夢。

 

「ごもっともだけれど、そもそも終わるの、これ?」

 

 思考し動きを緩めた霊夢に向かう花びら、それを右手のナイフで切り伏せ、左手に持った銀時計で時間を確認する咲夜。

 

 この場でこう動き始めてから小一時間は過ぎている、ここまでの長丁場はこの三人の誰もが経験していない、終わりはあるのだろうかと考え始めても仕方がないことだろう。三者三様で異変の元凶を眺め、何か手はないかと思考を巡らせ始めた頃、白玉楼の入り口で動きを見せ始めた者がいた。

 左腕や左腿にナイフを飾るように刺し、焦げた右の袖やスカート部分には破魔の札の欠片を貼り付けた半人半霊の剣士、少し前に彼女も目覚め今の光景を見つめていた。

 

「幽々子様、今のお姿は一体‥‥」

 

 弱々しく漂う半霊を支えにする妖夢、遠く斜め上を見上げ、よろりと片膝ついてどうにか立つ。視界に移る主、すっかりと影を薄くした幽々子を見つめ、今の状態はどういう事かと思案するが、腕や足に奔る痛みが邪魔をして集中は仕切れない。痛みを発生させている原因、解決に現れた人間が放った銀のナイフをしかめっ面で引き抜くと、雑に放り投げ、眉を寄せた。

 顔に出した我慢を全身にも向けて、傷ついた左足に少し力を入れて地を踏み込む。痛みは当然感じるが短時間ならば我慢できなくもない、祖父やあの練習相手からもらう一撃に比べればこんなものは痛いうちには入らない、そう自分を誤魔化して奮い立つ。

 

「このまま長引けば西行妖が、そうなれば‥‥お祖父様はきっと悲しむ」

 

 背負う二頭の柄頭に手を添え、今はいない祖父を思う。

 幼い頃の記憶。妖夢の祖父、魂魄妖忌から話された事。まだ剣術を教わる前の、本当に小さかった頃の記憶で、確実な記憶とは言いがたいが、それでも忘れずにいたのは祖父の顔。

 白玉楼の庭から見える大きな桜の木、あれが咲いたら凄く綺麗ねと笑って祖父を見上げた妖夢に、祖父は悲しい顔を見せた。あの厳しくも優しかった祖父が唯一見せた泣き出しそうな表情、何故そんな顔を見せたのか、今となっては知る由もないが‥‥もしこの場にいればまたあの顔をしそうだ、そう気が付いた妖夢は自身を奮い立たせた。

 背の二刀をチャキッと鳴らす、その音が響くと妖夢の背後でカツンと音がした。

 

「妖夢殿もお目覚めですか、春は近いという事ですかね」

「アイギスさ!‥‥殿!?」

 

 突如現れた黒羊に驚くも、平静を装って受け答えようとする庭師。

 それでも冷静さなんてものはなく、普段使いの『さん』を言いかけてから、祖父と同じように言おうと考えていた事を思い出し、慌てて『殿』と言い直していた。

 

「妖忌殿の真似をして無理に言わずとも、敬称などなんでも構いませんよ。それよりも今はこの場をどうにか致しませんと」

「う‥‥そう、そうなんですけど‥‥情けないことに何がどうなっているのかわからなくて」

 

 二人で見上げる冥界の空、未だ続くは桜の吹雪。

 異変の解決に現れた三人の少女も健在ではあるが、緩慢に見え始めた動きから疲弊しているのがわかる、その少女達と敵対する白玉楼の主も僅かずつだが気配が薄くなってきていた。

 それらに変わって存在を大きくしていくのは西行の妖怪桜。四人の命、一人は既に事切れているがそれは言葉の綾として、空にいる四人の生命を吸い取ったかのように、彼女たちの弱り方と比例して蕾を開いていく化け物桜。

 それぞれに視線を流し、どれに何をすれば良いのか分からない妖夢が困惑顔で空の主を見つめる。切り裂かれ歪な形になっているリボンを風に吹かせ、背負う二刀に似た姿勢で凛と眺める姿は何処か祖父に似た荘厳さが見えた。

 

「わからない、ならばそれでいいではないですか。大事な事だけわかっていれば宜しいかと」

 

 華麗とは言えなくなってきた弾幕勝負を見上げる妖夢の頭、綺麗に切り揃えられた前髪が揺れると、隣に立つボブカット仲間の悪魔から声がかけられる。

 

「大事な事ですか?」

「左様です、考えてわからない事は斬って理解されればよいのです、妖忌殿ならそうされたはずですよ」

 

 見上げる妖夢の瞳からその背、二刀の内の花飾りのない、短い方を見つめ話すアイギス、視線が動いたことに気づく妖夢がその白楼剣に手をかける。

 魂魄家の者しか扱えないという家宝。斬られた者の迷いを断つことが出来る刀に手をかけると、妖夢の表情が変わった。

 

「大事な事‥‥お祖父様……幽々子様!」

 

 冷たさを感じさせる青の瞳、迷いなく澄み渡る瞳に火が宿ると同時にもう一振りにも手を伸ばす剣士。

 迷いを断つ刀を抜き放つ事無く自身の迷いを断ち切った魂魄の跡取り娘、斬ることに特化した家系らしい切り替えの早さをアイギスに見せると、再度自身の主を見つめた。 

 

「理解されたのなら向かわれては? このままではあの桜が満開となってしまいますよ?」

「はい!」

 

 妖夢とは別の場所、幽々子の奥を見つめ、もうすぐに満開を迎えてしまいそうな桜を眺む黒羊。咲き誇る勢いは更に増しており、二人のいる辺りにピンク色の花びらが舞い飛ぶようにもなってきていた、ひらりひらりと漂うそれらを返事をしながら妖夢が断つ。

 振るう刃の長さよりも遠く、二百由旬とまでは言えないが、それでも視線の先までを一閃すると飛び上がり振り返った。

 

「なにやらボロボロですけど‥‥アイギスさんはわざわざそれを伝えに?」

「じゃれ合いを楽しんでおりましたが、途中からお仕事となりまして。それよりもあちらを、私もすぐに合流します故構わずに、どうぞ主殿の元へ。それほど時間も残されていないのでしょうし」

 

 たまに来る手合わせの相手、祖父ですら斬り伏せる事が叶わなかった悪魔を見据え、アドバイスだけしに来たのかと庭師は問うが、今日は仕事で来たと偽りなく真摯に語る商売人。

 丁寧に問いに答え、話はこの辺りで切り上げて行くべき所に行けと、右手で亡霊少女を指して促す。

 

「そうでした! では先に!!」

 

 傷を気にせず真っ直ぐに、使える主の側目指して飛んで行く妖夢。小さくなっていくその背中を見つめ、心の迷いは一度断ち切ったが、他に気を取られる気の迷いは切れていないなと、祖父よりも華奢で細い背中を眺め思うアイギス。 

 それでもあの切り替えの早さは師匠譲りかと、かつて彼女が埋まっていた腿の辺りを撫で、別の部分で妖夢の評価を改めると感慨深そうに頷いた。

 

「お孫様は立派になられましたね……あのように姿を変えて後世に残るというのも、案外悪くないのかもしれません」

 

 少女が進む冥界の空、白玉楼の長い階段からそれを見上げ呟くと自身も緩りと宙に舞った。

 先に空にいる少女達と同じく疲弊した身体、それでもあの場で踏ん張る彼女たちよりはまだまだ余裕が見られる悪魔の肉体、随分と血や土埃で汚れているが名の通りになるには十分と言える肢体に軽く力を入れる。

 雇い主と愛するお嬢様のお気に入りが二人。

 好ましい男の忘れ形見が一人。

 そして自身が紫に対して推した者が一人。

 彼女達の奮闘する姿を眺め考えるアイギス。

 手段は問わないオーダーを受けているけれど、これは人妖が争う異変の一部だ、それならば私は戦を収める矛ではなく、それぞれを守る盾となるのが良い。思いついた考えに一人頷き、未だ収まりの見られない渦中の陰りへと身を進めた。

 

~黒羊潜行中~

 

 はらりはらりと散っては風に乗る死の花。

 少し前から数も勢いもそれほど変わりはないように見えるが、これが嵐の前の静けさだという事はこの花弁を避け続けている少女達が一番良く理解していた。

 元気よく飛び回っていた箒も今ではすっかり速度を落とし、跨る姿も可憐な横座りとなっていた。冥い空に輝いた薬瓶はとうにストックを切らし、代わりに額に汗を輝かせる普通の人間の魔法使い。

 

「さすがに‥‥ちょっと疲れた」

 

 息を切らしてはいないがジットリとした汗が帽子の色を濃くする。

 独り言のつもりでいった言葉が近くにいた巫女の耳に届いたのか、若干の汗が滲む白い袖を風に流して飛翔する楽園の素敵な巫女が舌を打った。

 

「キリがないわね、しつっこいのよ」

 

 利き手である左に持ったお祓い棒を振り、近くを舞っている蝶や花弁を祓う巫女。

 勝手に怪異を追い掛けてくれる便利な破魔の札は後数枚で売り切れ御免となる、もう一つの破邪の武具、封魔の針もまだ使い時ではないと、囁いた勘を頼りに出し惜しむ巫女。

 

「そうね、終りが見えないというのがこれほどキクとは‥‥結構辛いのね」

 

 他の二人よりも少しだけ余裕そうな声色の三人目が同意する、先の者達と同じように、輝く首筋の汗を門番から預かったマフラーで拭う完全で瀟洒な従者。

 彼女だけは残弾に余裕があった、投げては止めて拾い集め、それを繰り返しているからだ‥‥そのせいで体力面では一番消耗しているが、それを気にしている余裕はなく、動けるなら動くと、何処か人間離れした思考で動いていた。

 

「参るな! これは! あのお姫様ルールわかってないんじゃないのか!?」

 

 少し落ちかけていた気を持ち上げるように声を上げる魔理沙、そうして視線も上げていく。

 見つめる先に浮かぶのは虚ろな瞳を薄く開け、両手は広げて全身を透かしている者、透ける身体を怪しい花びらの色に染める西行の姫。

 その姫様に対して愚痴を吐いて舌を出した魔理沙、それを見ていた咲夜が余裕もないのに余裕を見せてとクスリと笑った、その瞬間に西行妖に動きが見られた。

 突然に強く吹く風、冥府へ誘う桜の香りをノセた強風が吹き乱れると、化け物桜に桃色の光が煌々と灯る‥‥それと同時に幽々子の背にあった扇が消えていく、蝶が鱗粉を散らすように端から霧散していくと、その本体にも同じ徴候が見られた。

 

「おい! あれヤバイんじゃないのか!」

「どっちの話よ? 桜、幽霊!?」

「両方でしょうね……魔理沙! 前見て!?」

 

 変化に気を取られ動きを止めた三人、強風に煽られ幾分飛行にも乱れが生じる。

 その中でも帽子が飛ばないように、深くかぶり直した魔理沙が一番危うい状態となっていた。腰掛ける箒も帽子も風に煽り負け滞空位置がズレる、風に流され魔理沙が動くとその風の流れに乗ってくるは当然死桜の花弁。

 気が付いた咲夜が懐中時計のチェーンに手を伸ばすが、汗と風に邪魔をされ掴み損なう。時間停止するまでに僅かなタイムラグが出来ると、魔理沙が花弁で見えなくなる。

 

「魔理沙!?」

「ちょっと?! 無事なの?」

 

 過去の紅霧異変で起きた騒動から、出会った当初は険悪だった巫女とメイド。

 それでも一緒に行動する内に異変に当たる仲間意識が若干ながら芽生えたようで、見えなくなった黒白を心配するくらいの共同性は見られるようになったようだ。それぞれにも迫る花弁をそれぞれが切り祓い、唯一まともに食らったように見えた者に急行する……

 が、二人が近寄る前に剣閃が奔った。

 ランダムに飛ぶ花吹雪を一刀で断ち切った剣士、彼女も同じくツートンカラーであった。

 

「助かった、えぇと」

「魂魄妖夢です! 倒された時に名乗ったでしょう?」

 

「聞いたのはその楼観剣って刀の銘だけだぜ」

 

 そうだっけ、と頭を掻いてリボンを揺らす半人剣士。

 文字通りの助太刀となっておきながらイマイチ締まらないが、この三人も似たような締りのなさなのだ、混ざるにはこれくらいで丁度いいのかもしれない。

 

「そこの半分幽霊、いいの? あんたはあっち側でしょ?」

 

 親指で薄れる幽々子を差す霊夢。

 仲間を裏切るような真似をしていいのか、そう問うが、妖夢に真っ直ぐ見据えられて返答を待たずに視線を桜に戻した。

 

「なんにしても手数が増えましたわ、これでどうにか‥‥」

「お三方にお願いが、幽々子様をお助けしたい。あの方は西行妖に操られるだけになってしまわれたようなのです…‥お力添えをお願いします」

 

「いきなり何の話?」

「わかりません、でもそう思うんです、なにか惑わされているような‥‥兎も角お願いします!」

 

 え? と呟く三人娘だが、その言葉は妖夢には聞こえていない。

 言い切ると集中し、一人で真っ直ぐに突き進んでいく剣士、この場では一番長く共に過ごしてきた者、寝食から、時には泣き縋る事もした主。その変化には気が付いたようで、確信はなくとも迷わないくらいには思い込めているようだ。

 事実、今の幽々子は本人の意識ではなく、あの桜に動かされていた。最初は自身の興味のために起こした異変であった。けれど、春を集め春を浴びて、桜として、元々の形を取り戻しかけている墨染の冥界桜が、根に埋まる幽々子の亡骸をを自身の支配下に置いたらしい。生きもせず逝きもしなかった彼女、彷徨いはしないが、何故記憶がないのか?

 その部分では多少迷っていた為、記憶を持つだろう遺体は桜の誘いに惹かれ、亡霊姫と成り果てた今も、それに引っ張られる形でこの桜の呪縛に囚われていた。

 

 両手に桜の銘がある刀を握り締め、背後の少女達を先導するように突き進む。近寄るモノは全て切り伏せ、冷えた眼差しで主を望む庭師。その背には勢いに乗った少女三人が連なっていた。妖夢が蝶を絶ち道を切り開く、連なる少女が撃ち漏らした花びらを撃っていく。打ち合わせなしのぶっつけ本番にしてはコンビネーションのいい少女達‥‥だったが、ある程度近寄ると突貫速度ががくんと落ちた。

 西行妖に近寄れば寄るほどに密度の濃くなる花弁の雨、幽々子の元へたどり着くにはまだ遠い、けれど手を伸ばせば掴めそうな近さ。歯がゆい距離で止まる従者が歯を食い縛るが、西行妖の花弁に押され少しずつ後退していく。ゴリゴリと下げられる中分断される少女達、紅霧異変を解決したコンビと、異変を起こした側にいる二人に分断されると両方に花弁が舞い寄る。

 そんな中チラリと見えた幽々子の顔、普段見るような穏やかな顔で声なく口を開いた。

 

――身のうさを 思ひしらでや やみなまし そむくならひの なき世なりせば――

 

 音にはせずに呟いたソレ。

 操る桜が言わせた辞世の句を言い切ると、瞳を瞑り姿を消していく幽々子。扇も消え、最早黒い輪郭だけの幽々子となった状態になると、今まで以上に苛烈な弾幕を放ち始めた。全周囲に奔るレーザー、ソレと同じく360度に放たれる紅と蒼の弾幕、今でギリギリだった少女四人がその弾幕の吹雪に飲まれかけると、ようやく姿を見せた悪魔。パチンと指を鳴らし迫る弾幕の嵐を穿つと、右肩に篝火のようになったスコップを担いで現れたアイギス。左側にも燃え盛る角を数本現して、巫女達の前に回転させて展開させる。

 あれで暫く保つと横目に見ると、妖夢達従者組達の前に割り入った。

 

「貴女方を囮に私一人でどうにかと思いましたが‥‥中々良い事を仰いますね、妖夢殿」

「アイギス様!? 何故ここに?」

「一人でどうにかって、出来るんですか?!」

 

 心にもない事を挨拶代わりの軽口で述べるアイギス、どうやら混ざりやすい空気になるまで陰間で伺っていたようだ。突如現れた悪魔に対して、顔を合わせていない巫女は誰だコイツと睨み、以前のやり取りからバツの悪い魔理沙は無言、そうしてメイドは驚いて、剣士だけはアイギスを見ずに前を見て話す。

 一人だけ歳を重ねているからか、いや、覚悟を決めているからか、と横長の瞳孔でそれぞれを見たアイギスが燃え上がるスコップを眼前に構える。

 

「少しお手伝いして差し上げます、妖夢殿、これを」

「これはスペルカード? でも色が」

 

 アイギスの懐から取り出されたソレは確かにスペルカード、けれども色合いが通常の物とは違っていた。普通は白無地タイプで何かを書き入れられるようになっているが、妖夢に渡されたソレは緑一色で、でかでか『B』と描かれていた。

 

「さてお立ち会い、スペルカードを初披露するのが貴女方というのは中々に心地よいですね」

 

 肩に担ぐスコップを撫で、愛おしげに見つめるアイギス。

 その視線のままカードを押し付けた妖夢を促し宣言させる。

 

――突盾『スペード・ポリウーコス』

 

 妖夢が宣言するとアイギスのスコップが肥大化する。

 刃先だけがやたらとでかくなり、中世の騎士が構えるような盾となると、表面に頭から蛇を生やした美しい女の横顔のような紋章が浮かび上がる。そのまま三人の前に掲げられ持ち手が擦られると、閃光と音を立てて燃え上がった。

 

「参ります」

 

 言葉とともに突貫する羊の悪魔、妖夢が切り開く速度とは比較にならない早さで進み、近寄る花弁を焼き落とし、迫る弾幕も触れるそばから穿つ、怒涛の勢いで距離を詰めていくオプション装備役。盾となったスコップをほんの少しずつ削り取られながらも、押し戻された位置を超え、一気呵成に詰め寄った。

 そうして輪郭だけとなった幽々子に肉薄すると、一度速度を落とし妖夢を睨む黒羊。

 

「暫くは保たせるとお約束いたしましょう、その間にどうぞ、ご自由に」

 

 眼前の幽々子から放たれる弾幕、その全てを、発生する側から受け穿ち続けるアイギスの盾。

 端の方から黒い瘴気を上げ、少しずつ小さくなっていくが、彼女は種族柄約束を破れない。言う通り暫くは耐え忍ぶのだろう、そうする中で妖夢に向かい言葉を投げる絶対の盾。 

 

「ご自由にって、どうすれば‥‥?」

 

 アイギスの赤黒い瞳に横目で見られるが、それでもこの場でどうすればいいかなどわからない妖夢。異変で集めた春のせいで力を増した西行妖に飲まれ、今や傀儡に近い姿となった主を救いたい、その一心でここまで来たが救う手立てなどまるで考えていなかった、が……

 

「その刀も腕も飾り? 貴女、私達になんて言ったか覚えていないの?」

 

 言いながら、目が泳ぐ妖夢の左頬に銀のナイフを当て、薄い線傷をつける咲夜。

 スッと赤い筋が妖夢の頬を伝う、その血が妖夢の左腕に落ちる。

 

「斬れぬものなど、殆ど無い‥‥」

「なら斬ったらいいじゃない。主の迷いでも何でも、私が貴女だったらそうするわ、迷わずね」 

 

 段々と小さくなる絶対の防御壁、その中で会話する少女二人。

 主を救いたいと突貫してみせた従者も、紅魔の屋敷を取り仕切るようになったこの従者も素晴らしい者達となった、コレならば守り甲斐もあると、薄くなった盾の部分に左手を添える黒羊。

 咲夜の前に空いた穴をカバーするようにアイギスが手を伸ばし、その腕で弾幕も花弁にも直接触れて穿つ。いくら終らないとはいえ直接の死を浴び続ければ長くは保たず、指の先から瘴気となり消えていく悪魔の身体。

 それを見ていた妖夢が再度呟く。

 

「斬れば理解(わか)る」

 

 妖夢の小さな声が確かに響く。

 声が消えると瞳を瞑り、流れるように白楼剣を構える。

 幽々子に対し真正面。

 正眼で構え、眼を開くと、一枚のスペルカードを取り出し宙に放った。

 

――断迷剣『迷津慈航斬』 

 

 ひらり、花弁のように漂うカード。

 それが一度回転すると白楼剣が妖力を得て青白く灯る。

 更に回転し落ちるスペルカード。

 ソレが幽々子とアイギスを繋ぐ空中の点となり、一筋の線が視えると、迷いなく刀を振るった。

 音なく奔る魂魄の剣閃。

 縦に一筋奔ると、輪郭だけの亡霊に色が宿る。

 ガラリと幽々子に色が差すと見慣れた姿のまま落ちた。

 咲夜が気が付き手を伸ばすが、ピンと張る指の先でパクリと空いた空間に幽々子が拾われる、それを確認した後でその手を別の方向へ向けた。同じく断ち切られたはずのアイギス、そちらに向かって手を差し伸べるが、羊の悪魔は健在で同じくカードも傷一つなかった。

 

「見事、迷いだけを切り伏せましたか」

 

 アイギスが褒める、手合わせの中でも正面切って褒めることはあまりなかった、が、集中し切って何も耳に入らない妖夢にはその言葉は届かなかった。自身の修める(わざ)以上の事を土壇場で成しそのまま気を散らした剣士、落ちかけたその体を軽く蹴り、咲夜に預けると視線で離れろと促すアイギス。ボロボロに千切れた指を強引に鳴らして退避路を穿つと、咲夜をそちらに押し飛ばした。数本指の欠けた真っ赤な手形が咲夜の肩につく。

 

「さて続いてはあの桜、西行寺様の起こされた異変は終わりましたし、後は正しく八つ当たりを。これが春を求めなければ私の我慢などなかったのでしょうし、であれば少しの報いくらいは……巫女殿」

 

 花弁を祓いながら、遠巻きに一部始終を見ていた者二人に声をかける。

 見知らぬ妖怪から声を掛けられ、若干機嫌が悪い顔の博麗の巫女が目だけで振り向いた。

 

「露払いは致しますので、後の封はお任せ致しました」

「え、ちょっと」

 

「では、お先に」

 

 巫女にも二枚目の『B』を投げ預け、返答待たずに翔けるアイギス。

 先ほどのように三本目の角を巨大化させ自身の前に展開する、だが先とは違い今は横向き、切っ先を化け物桜に向けている。そうして突き進みながら端を蹴り回転させた。

 激しい回転から銃の弾丸のような形となると、そのまま真っすぐ西行妖の幹へと突き進む。止めようと流れてくる花弁は全て焼けていく、死を漂わせる桜の妖気も回転に飲まれ散らされていく。そうしてアイギスの背中側に一直線の道が出来ると、霊夢が封魔の針を投げ入れた。

 アイギスが幹に着弾し丸い傷跡を穿つと、数瞬遅れて刺さる針。針の先には霊夢の御札が刺されており、針が刺さると穿たれた円に『~』と列を成す。巫女の側で回る陰陽玉と同じような柄が描かれ、それを目印にスペルカードを宣言する。

 

――夢符『封魔陣』

 

 霊夢を中心に真っ赤な札が乱れ飛ぶ。西行妖の花弁に負けない程の量が空に舞うと、幹に刻んだ印に向かい滝のように奔った、先に突っ込んだ黒羊の事など構いもせずに叩きこむと、緩く握っていたお祓い棒を2度払う巫女。

 魔を打ち祓う棒の先に結ばれた紙垂がシャランと鳴る。

 清浄な調べが西行妖の幹に届く。

 音が届くと印を起源に破邪の光が幹に奔る。

 印から根へ、印から枝へと浄化の光が伸びるとブワッと花を散らし、一瞬にして墨染の幹だけに戻った西行の妖怪桜。

 不意に訪れた静寂。

 チラチラと散り始めた花弁には最早死の気配などはない。

 それでもこの花弁を放置できない、したくない者が箒に立ち得物を構えた。

 

「いい所で出番なかったしな! 後処理くらいはしていくぜ!」

 

 ユラユラと冥界の空を漂うピンク色、それが空を焼く魔光によって灼かれていく。

 横薙ぎに払われる魔力の奔流が、暗かった冥界の空に光を戻していく。

 明るくなると共に感じる暖かさ。かかっていた暗い雲も散り始め、人間の放った魔砲に裂かれた雲間からは薄い光芒が差して白玉楼を照らす。

 その暖かさと輝きが、冬の終わりを告げた。


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