東方穿孔羊   作:ほりごたつ

52 / 77
第五十話 火中に敷く境界線

 空のない地底世界。

 見上げても黒、もしくは濃い茶色くらいしか見られない空に、今は灰と赤が立ち上っていた。

 モウモウと立ち上るは荒事の空気。

 敵対する悪魔を焼いた鬼の焔、それと悪魔の角から発せられた炎熱が、綺麗になった地底の町並みの一角を昔の荒れた街へと焼き戻していった。

 旧都に住む物は当然として、以前の荒事で地底の外れに仮の住まいを建てることを許された、地霊殿の下に封印されていた者達がいる辺りからも、街がどうなっているのか一見するだけでわかるような状況。だというのに、地底の者達は見に行く事よりもその後に備えるようと聞き耳を立てるだけとなっていた。吹き飛ぶ建物や、飛び交う炎、漂う煙を眺める住人達がものも言わずに聞き耳を立てる‥‥が、耳だけで状況を視ていた者達の視界にむりくり入ってくる者がいた。

 その者が叫び、地底の妖共の耳に一際大きな音を届ける。

 

「おぉぉぉらぁぁ!」

 

 幼さを見せる鬼の体型に似合わない豪快な声。

 けれど、今の彼女の大きさには似合いの声を腹から放つ萃香。凹凸のない体型はそのままだが、今の彼女の体格は立ち並ぶ長屋の屋根よりも大きく、角の先端を含めれば一番大きな地霊殿の屋根に届くかというサイズの鬼。幻想郷中に散らしていた自身の『霧』をより萃め、本来の大きさとなった鬼の四天王、息吹萃香が吠えた。その咆哮が響き渡ると、数瞬後、声に似合いの衝撃音が轟いた。すでに地の底だというに、それすらも割る勢いの拳がただ一人に向かって放たれる。

 巨大な幼子の豪腕が向かう先、その狙いは当然敵対者。

 

「見た目に似合わず猛々しい拳ですね‥‥ですが‥‥」

 

 猛然と迫る拳に対し左手だけを伸ばして語るアイギス。

 アイギスの身長よりも大きな拳、暴威の塊となったソレが今まさに眼前に迫るが、伸ばした左手と拳が触れ合うと、両方が一瞬で掻き消えた。

 

「私の拳を!? って、てめぇの腕もねぇのかい!」

 

 振るうはずの拳が消され、一瞬戸惑う萃香。

 アイギスに向かい文句を垂れてから、再度霧を萃めて拳を成す。

 

「文字通り命の削り合い、これもまた一興ですね、萃香様」

 

 左腕の付け根を含む半身、肩から背中の肩甲骨までを吹き飛ばされたアイギスが、僅かながらも戸惑いを見せた鬼に嗤いかける。

 黒羊が過去の鬼退治で見せた『触れれば穿つ事叶う』という事。

 それをこの鬼に対しても実践した結果が現状のようだ、自身の身体を自由に霧へと変え物理的な攻撃は効かない萃香。それに対し、相手が私を消そうと実態を成した瞬間であれば触れられ穿てるのではないか?

 その考え通りに動き、読み通りになった事が面白く、たまらないと嗤う穿つ者。

 

「楽しそうだなぁ、えぇ!?」

「楽しいですよ、この上なく。形こそ違いますが同じく終わりの底が見えない者相手‥‥どこまでやれば壊し切れるのか、それを考えるだけで堪りませんね」

 

「壊し切る、ねぇ。ならば先に壊れてくれるなよ! 削り合いなんて言った事、嘘としないでくれよなぁ!」

 

 嗤うアイギスに言い放ち、一瞬で姿を薄れさせる萃香。

 目を細める黒羊の視界からは消えていたが、遠く街の外れから見ている者にはその姿が見えていた。何も言わず無言で見ていた者が見上げる、錨を背にした少女が帽子を脱いで地底の空を拝むと、その先には大きな鬼が小さく見えていた。

 水夫帽の少女が見上げる空を隣の頭巾も見上げ、少しずつ視線を降ろしていく、その先には黒いスーツに斑な赤を差し色とした悪魔が、失った左側を取り戻す姿が映った。

 

「何処に行ったのかと思えば‥‥触れられなければ問題ない、とでも?」

 

 左右から上下へと瞳を動かすアイギスが、上の空といった表情で呟く。

 遠くの空で見つけた大きな幼女の足の裏を眺め、右手の指を合わせそちらに向ける‥‥そして背後から忍び寄る小さな鬼の軍隊にも空いた左手を向けた。

 

「これは知っている、でしたか? 私もソレは知っております」

 

 静々と語るアイギス、萃香に言われた売り言葉を買い取って自身の言葉とし、低い声で売り手に返却しながら指を打ち鳴らした。自身のドス黒い血に濡れ滑りの良い指先、それを力で擦り合わせ、指が折れんばかりの力を込め鳴らす。

 音が響くと消える鬼。

 空に在る巨体も、背後に現れていた小さな百鬼夜行も、その空間毎削り取るように穿つ。

 

「やってくれるなぁ!」

 

 上と裏、両方の自分を消された鬼がアイギスの真横、大きなアモン角に隠れ見えない角度に現れ、返事と共に拳を放つ。錐揉み回転し、勢いと腕力を右手一本に全ての力を込めた一撃を放つ‥‥がそれは届かずに終わった。

 

「そこからも来るのだろう、これも読めておりましたよ?」

 

 全身をバネに殴りつけようとした鬼、その頭にアイギスの腕が伸び身体を捕らえる。

 単純な話、小さな萃香の腕よりも勇儀と同じくらいの体躯を持つアイギスの方がリーチがあるというだけの事で、鬼の拳は届かなかった。

 

「くぉっ! てめぇ、見えて‥‥」

「おりませんよ? ですが、この手も知っておりますので」

 

 過去レミリアや妖夢が攻めた角度、相手の力量や年季こそ違うが、同じく死角より狙ってきた者達と同様にこの鬼もそこから来る。そんな読みはあったが‥‥軍事(いくさごと)に長けた相手がまさか声まで発するとは、と、些か面食らいつつも反撃に移る黒羊。

 眉間を潜め何かを言いかけた鬼の頭、それをムンズと捕まえて地面に叩きつけ、言い切らせる前に静かにさせたアイギス。茶色の頭を似た色合いの地面に埋め捕まえた理由を話すと、ヒールで以って踏みつけ穿つ。音もなく穿たれ掻き消えた連携する群体の一部、次は何処からと、血に濡れた髪を揺らして周囲を眺む黒髪の羊。

 

「舐めるな、とも仰っておりましたね。そのお言葉もそっくりお返し致しましょう、まだ片手で余るくらい殺されただけの事、この程度で私を仕留め切れるとは思わないでいただきたい」

 

 姿を見せない鬼を挑発するように、身体を二つに分かたれた瞬間に言われた言葉を返す。

 ハスキーで小さな声、それでも地を這って遠くまで響くような低い声色で語るアイギスが、霧の濃い部分に向かい顕現させたスコップの刃先を向ける。

 主の声色に似て綺麗とは言えないが、玄人が好むように鈍く光るスコップの刃先で一度(くう)を切り、その摩擦から悪魔の炎が刃に灯ると、切っ先に好敵手が姿を現した。

 向けられる切れない刃を眺め、腰に縛った鎖へと手を伸ばすと、その先に繋がる瓢箪を煽ってげふぅと酒精を吐き出す萃香。

 

「ハッ! 派手な挨拶といい今の物言いといい、身体に似て態度も口もデカイなぁ!」

「口は兎も角、身体の方は貴方様が小さいだけかと。同じ鬼ですのに、随分と‥‥慎ましやかなお体ですね」

 

「ぁん!? うるせぇ、あいつらが無駄にデカイんだ!」

「あいつ『ら』というのが気になりますが、それは後で伺うとします。言葉よりも別のモノで語らう方がこの場には似合いでしょう?」

 

「そうさなぁ! 理由は知らんが売られた喧嘩だ! 買い占めてやらにゃあ鬼の名が廃るってもんだぁ!」

 

 アイギスが空を切った事で仕切り直しといった空気が流れる、闘争の空気が流れる前のように少しの会話をしてから、再度血を流す雰囲気を醸し出す二人。

 その空気を裂くように、悪魔と鬼の間が割れた。

 コトンと響く可憐な足音、ふわりと輝く金の髪が割れたスキマより現れる。

 

「その理由、私にも教えて戴けないかしら?」

「お、紫ぃ? まだ寝てると思ったが、あっちが佳境だもんなぁ、さすがに起きてきたか」

「お目覚めとなるにはまだ寒いようですが‥‥おはよう御座います」

 

「おはよう二人共、なんだか楽しそうだけれど、寝起きから血生臭くて嫌になるわね‥‥寝覚めが悪い気がしますし、ここは預からせてもらいますわ」

 

 突然に現れた紫。

 何を? と、間に立つスキマ妖怪を見て二人が同じ事を考える‥‥鬼がしかめっ面になり、悪魔の頭が傾いだ瞬間、二人に足元に胡散臭い空間への入り口が開いた。落ちかけた二人がそれぞれに浮かび上がろうとするが、落とされた空間より全身を出す前に一方通行な出入口は閉じていった。

 

「取り敢えず二人が消える懸念は消せましたし、後はそうね、やっぱり聞いておこうかしら」

 

 パンと鳴らして開かれる扇子、紫色の蝶が描かれる愛用の品を開き、先に沈んだ二人と同じくスキマに消えていく妖怪の賢者。炎上し荒れた地底の町並みをゆるりと眺めてから、問い正したい者がいる空間へと沈み消えていった。

 

~少女達潜伏中~

 

 音がするのであればギョロギョロ、そんな動きを見せる瞳が連なる空間で一人不機嫌を露わにする悪魔。鬼に向けていたスコップの先を視界にある気持ち悪い瞳に向かって掲げている、2個、3個目と切っ先を流していくと5個目に差し向けた辺りでここに落とした者が姿を見せた。

 

「取り上げるとは酷いですね、折角温まってきたところですのに」

「丁度仕切り直したところだったのでしょう? なら続きは後日にして頂戴」

 

「それはお願いと考えても良いのでしょうか?」

「構わないわ、必要だというのなら三指付いて言い直してもいいわね」

 

 扇は開かれたまま、けれど顔を隠しはせず、合わせた指先を隠してゆるりと膝をたたみ始める紫。両手でふわっとドレスを畳みその膝が地面代わりの空間に触れそうになる、その前に、アイギスからお待ちを、という返事があった。

 

「あら、何故止めるの? 強引に喧嘩を止めた詫びはいらないと?」

 

 紫が床面に膝をつく前にアイギスの手が伸びる。

 すっと伸ばされた手は紫の身体を支え持ち上げた。

 

「えぇ、そうまでする理由をお話くだされば結構です」

「‥‥理由ね。私もソレが聞きたいのよ、何故萃香と闘うことになったのか、問えば答えてくれるのかしら?」

 

 見下ろす形で話すアイギス、髪に残る自身の返り血がポタリと垂れる。

 鬼と自身の熱により水分が飛び、赤黒く変色した悪魔の血が地で弾けると、顔を持ち上げ大きな帽子で隠していた表情を見せた紫、あまり見られない真面目な顔をしていた。

 

「それも先にお話くださればお答えしましょう、少しでも悪かったと思うのであれば、譲歩して見せてほしいものですね」

 

 真剣な表情を見せた紫に同じく、アイギスも誤魔化さずに真剣に返す。

 楽しい楽しい闘争の邪魔をしてくれた相手、これが紫でなければ代わりに相手をしてくれと言い出すくらいに苛ついてはいる黒羊だったが、相手は元雇い主であり、この楽しい土地(幻想郷)に足を踏み入れる理由をくれた者だ。邪険にも出来ず、かといって素直に許す事も出来ず、ならば好ましい荒事の代わりに興味を惹ける理由を話せ、そう伝えるアイギス。

  

「私のは単純な理由よ、大事なお友達が三人も消えてしまうかもしれない、それは避けたかったというだけ」

 

 問われた理由を語りながらスキマを複数開く紫。

 髪を結ぶリボンと同じ色合いの物が数個宙に浮かぶと、それぞれ二個ずつタテ・ヨコ・ナナメに繋がってパクリと開く。小さな物には先程まで争っていた鬼や、偶に手合わせをしている半人半霊の剣士が映っている。鬼は諦めたのかドカリと座り込みまたも瓢箪を煽っている、そして剣士は瞳を瞑り、半身である白い浮遊体と並んでぐったりと地に伏していた。

 

「妖夢殿? 彼女が傷ついているということは異変はもうすぐに‥‥」

「終わるはず‥‥でも見て欲しいのはコレではないわ」

 

 二人の姿を確認させると並ぶスキマの位置をずらす、次にアイギスの目に留まったのは一番大きなスキマ、そこに移るは桜吹雪が風に舞う枯山水の庭園。

 見慣れた庭には明るさはなく、冥界の名の通りに暗く見える場所、そこには艶やかに羽ばたく蝶が花嵐と共に舞い飛ぶ景色が広がっている。その映像の中央で小さく移りこむのは、紫と同じ柄の扇を背負った西行寺のお姫様。優雅に死界の空を舞い、対峙する三人の少女と弾幕勝負に興じている。

 

「楽しそうにされておりますね、心配する必要などなさそうに見られますが?」

「理由は幽々子でもないのよ、あの子の奥で花開くモノが問題なの」

 

 映る映像の焦点が変わる、幽々子を捉えていたピントがその奥、今まさに満開となりかけている大きな大きな桜の木に移る。幽々子と大きな桜の木、桜吹雪が舞う最中だというのに、その間が不自然なくらい何もない景色。まるであの者達の間には割り入れられない何かがあるとでいうように不自然に、そこだけ呪われているように空いた景色のスキマ。

 それを見ていた紫の顔に一瞬だけ暗い影が差し、その陰りを横目に見ていたアイギスが問う。

 

「いつかも気にされておりましたね、あの桜になにが‥‥いえ、咲けばどうなるというのでしょうか?」

「西行妖が満開となれば幽々子は消えるわ」

 

「消える? 亡霊となって幾久しいあの方が消えるなど……白玉楼で見せられた表情の理由はそこでしたか」

「あの時はありがとう、アイギス。そしてもう一度感謝を述べる事になったら……その時は手伝って頂けるかしら?」

 

 少しの会話と以前の流れから、紫の話す理由のほとんどを察したアイギス。そして少しの動揺をフォローしてくれた事に謝辞を伝え、それとは別の理由で頭を深く下げる紫。

 そのまの姿勢でもう一度感謝を述べるような状況、あの化け物桜が完全に花開く事になったのならば『その時』の『ソレ』を『どうにか』したい事を言葉に含ませる。

 大事な部分は何も言わず、ぼやかしたままに万一の際には手を貸して欲しいと話す妖怪の賢者。

 

「その際にはお仕事としてご依頼くださいまし、お客様」

 

 白い帽子が落ちそうなほど腰を曲げる紫を起こした後、順番待ちでもしていたように次はアイギスが頭を垂れる。鎖骨よりも少し上くらいの長さがある、揉み上げ辺りの癖髪と、大きなアモン角の先からポタタっと粘りのある赤い雫が落ちる、その数滴がアイギスの頭を起こす紫の袖に飛び付いた。

 

「わかりましたわ。さぁ、私の話は終わり。次はアイギスの番ではなくて?」

「私の理由はもっと単純にございます、ただ気に入らなかったというだけの事ですよ」

 

 紫の袖に飛んだ自分の血を眺めつつ、気に入らなかったと一言だけ話す。

『何が』と問われればこたえるつもりにいたアイギスだったが、返答を受けた紫からは気に入らない、というオウム返しが小さく聞こえたのみで、それ以上の詮索はなかった。

 アイギスの語るこの理由に嘘偽りなどはない、本当にあの鬼が気に入らなくて喧嘩を売っただけである。この黒羊の楽しみである力ある者との小競り合い、春が来ればあの花の大妖怪とやりあえるだろうお楽しみを、あの鬼が春を隠し持っていたことで遠のけられていた事が気に入らないというのが一番の理由。

 他にも一時は同じ相手に仕えた相手、欲求不満を解消するに丁度いいだろうと思えた金毛九尾を落胆させたのも気に入らない。そして知らぬ内に萃められ、毎日に近い頻度で酒盛りをするように操られていたのが気に入らない、などもあるが、一番の理由は我の強い悪魔らしい、酷く自分勝手な物であった。その溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのに都合が良い、いいタイミングで来てくれた事にアイギスは感謝という言葉を宛てがっていた。

 

「内容は問わず、でよろしいのでしょうか?」

「いいわ、聞いたところで私には関わりない事でしょうし。それよりも‥‥今のアイギスにあの桜、穿つ事叶うのかどうか聞いておきたいわね」

 

 互いに胸の内を話しスッキリとしたところで普段通りの顔使いに戻る。

 胡散臭い笑みを貼り付けた妖怪の賢者が、袖に出来た赤く小さな染みを撫でて、瘴気を纏い自身の怪我を癒やした瀟洒な悪魔に問いかける。

 

「以前であれば出来た、というところでしょうか」

「過去形なのね‥‥幻想郷で長く過ごして弱体化したから、という事かしら?」

 

『以前であれば』など、昔ならそういった飾り言葉は付けずに話しただろう穿孔の黒羊が、右手の指を合わせて目線の高さにまで上げると、鳴らさずに音なく滑らせた。

 紫の語った通り確かに弱体化しているアイギス、幻想郷に移り、住み始めてすぐであれば外と変わらない力があったが、受けなくなって久しい悪魔崇拝の心と、幻想郷縁起というこちらの書物にそう書かれた事から随分と弱体化していた。

 本に記された小悪魔があのような状態であるように、近い立場のアイギスも書に記されればそうなっていくようだ。

 

「正確にお話いたしましょう。あの桜自体は穿つこと叶いましょう、ですが今のような、西行寺様と強く結ばれている呪縛のようなアレは難しいかと‥‥全盛の力を持ってすればそれも可能だったのですが」

 

 いつもの顔、いつもの表情を作った紫に偽りなく述べるアイギス。

 全てがこの賢者の術中にあるのなら先のように顔色を変えたりはしない、最初から胡散臭い笑みを浮かべ、最後までその顔のままに話すのが八雲紫というスキマ妖怪だという事を、この悪魔は仕えてきた時間から見知っていた。それ故今が危うい、切羽詰まっている状況だというのも自ずと理解し、欲しいだろう答えを整然と述べた。

 

「そう……不便な力ね、ソレ」

「紫様ほど難儀ではございません」

 

 静かに聞いていた紫が少しの軽口を吐く。

 それに対してアイギスも返す。

 地底世界を訪れる前に話した会話の流れ、あの頃を彷彿とさせる言葉を話す二人。

 アイギスの能力は先ほど彼女が述べた通りだが、紫も今回の状況では手を出せずにいた。万物の境を操れる彼女が手が出せないなど有り得ない、が、今紫が瞳の中央に捉えている者を思えば手が出せずとも当然であった。幽々子と西行妖の繋がりを弄び、切り離してしまう事は出来る、されどそうしてしまえば幽々子が幽々子でなくなってしまうかもしれない‥‥西行妖を封じているのは彼女の遺体なのだ、それとの繋がりを断ってしまえば親愛なる友人が、その皮だけを被った別人に成ってしまうかもしれない。

 そう考えると手が出せずにいた紫。

 だからこそ、そこにあるモノを穿つ『だけ』のアイギスを最後の保険としていた。

 彼女の能力であれば、今の在り方を歪めずに繋がりだけを穿ち断ち切る事が出来る、桜の下に埋まる遺体が自身の物だとは知らない幽々子、彼女がこの繋がりを立たれたと気が付いても存在に影響はないだろう‥‥そのような判断からの保険であったが、どうにも思惑通りにはいかなかったようだ。

 扇の奥に難しい顔を隠し、瞳だけは笑んで見せる紫が、激しく飛び交い始めた反魂蝶や破魔の札、綺羅びやかな星、銀のナイフが乱れ飛ぶ空を眺む。このまま華麗な弾幕勝負だけで終わってくれれば、そう願いスキマを見つめる空間の主だったが、並び立つアイギスはそんな変化を隠そうとする紫を眺めていた。

 

~少女見物中~

 

 やや暗いスキマ空間の中、色取り取りの弾幕が灯り代わりに映り込んで紫の横顔を明暗とさせていく。そうしてしばらく眺めた頃、幽々子を見つめる紫の瞳に力強さが宿った、幽々子が少女三人の連携弾幕を浴び今にも落ちる寸前となると、その背で揺れる桜の大木が妖しく輝いたからだ。

 このままでは‥‥そう認識した瞬間には口を開いていた。

 

「アイギス、お仕事よ」

 

 ギリっと扇の要を鳴らし、憤りを音として表してから一度目を伏せて視線を流す、憂いを帯びる決意の眼差しでアイギスを見つめて話す幻想郷の管理人。

 

「此度のオーダーは?」

 

 仕事を受ける、そういった物言いは省略し紫からの願いを依頼として請け負うと、強い瞳のままで見つめる紫を見据えるアイギス。

 何をどうして欲しいのか、それを話す前に依頼を聞き入れてくれた友人の前で、ほんの少しだけ強さからやり切れなさが強くなる紫の瞳‥‥自ら動き異変の元凶として利用している幽々子を助けて欲しい、土地の管理人としては言いたくない偏った言葉だが、今の光景とアイギスの在り方を考えると言わずにはいられなかった。

 

「幽々子をお願い、手段は問いません。私が出て行っては‥‥」

 

 普段使いの妖艶で気丈な声で仕事内容を語る、けれど後半になり僅かに声色が弱くなる。

 紫自身が出て行っては幽々子を利用してまで起こした異変に意味がなくなってしまう。異変は妖怪が起こし解決は人間が行う、その形が提唱者の一人である紫の介入によって崩れてしまっては流行り始めた物が崩れる、それでは意味が無いのだ。

 それを伝える前に依頼を受けた側から声がかけられた。

 

「スペルカードルールが、という事ですね? 本当に、難儀なお客様です‥‥心得ましてございます、報酬の話は事後に」

「えぇ、頼んだわ、アイギス」

 

 右手を胸に当て粛々とした礼を見せるアイギス。

 紫の視点からその右手が見えなくなると一度強く握りこむ、自身の爪が食い込むほどに力を込め何かを確認する黒羊。その傷からは鮮血と黒い瘴気が僅かに漏れてゆっくりと傷を塞いでいく、全盛期は当然として今の平常時よりも戻りの遅い傷を眺めるアイギス。当然だろう、鬼と争ってすぐなのだ、種族としての不死性だけでは減った体力は戻りきらず、自身の魔力で補い手を修復した。

 数度殺され消耗している悪魔、紫の話した通り以前よりは随分と弱体化しているアイギスが、それを知られる前に眼前に浮かぶスキマへと身を投じた。

 

「頼まれました‥‥では、後ほど」

 

 コツンとヒールを鳴らし、後ろ跳びでスキマへ消える瞬間にアイギスが言った言葉。

 変わらない低い声色で言った言葉だが、何故か紫には強く言われたモノに思えた。願いではなく仕事として受けてくれた事で『絶対にやり遂げる』というような決意が見えたからだ。

 紫の耳に届いた強い決意、それを信頼し黒羊を見送った依頼人。

 アイギスの沈んだスキマに向かって指を合わせ、パチンと鳴らすと、映る西行妖が風に吹かれて花弁を散らした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。