東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第四十九話 燃ゆる地に訪れるは

 享楽と悪徳に塗れた街、自身の欲のままに動き、喚く者達が蠢く地底世界の繁華街。

 一丁目は美しく作り替えられた温泉街といった様相の温泉街、実質は綺羅びやかな風俗街というような店しかない元地獄の二丁目。

 普段のここなら酒や色を楽しむ男どもの胴間声(どうまごえ)や、その男達を自分の胸元へ引っ張りこもうとする女郎達の猫撫で声が聞ける旧都だったが、少し前に始まった鬼と悪魔の小競り合いがその視界に入ると、皆が皆またかと伝声(でんせい)を上げ始めた。

 一つの方向を見る住人達の視線には土煙と舞い飛ぶ屋根瓦が映り、立てられている耳には豪快に何かを殴打する衝撃音等が届いていた。

 

――この雰囲気からすれば以前のような事になりそうだ‥‥

 

 盛大な音と土煙が舞い上がる中、誰かが発したその一言。

 旧都のほぼ中心で沸き立つ荒事の狼煙、それを見つめる誰かが不意に漏らした一言。その呟きが何かを崩壊させる音にかき消されると、聞き耳を立てていただけの者達がそれぞれに動き始めた。

 ある男は自身の営む店から客を追い出し閉める。

 ある女は開けて見せていた谷間をしまい、いそいそと暗がりへと姿を消した。

 モウモウと立ち上る煙や埃とは逆に、誰もが下を向いたりあらぬ方向を見たりして、我関せずという態度を見せ始めた。

 そんな中誰かがまたぼやく。

 

――旧地獄が地獄に戻った時のあの景色がまた‥‥

 

 通りに残っている誰かの声が、静かになり始めた町中を通り過ぎて行く。

 それを聞いていた店仕舞いの男は、また儲けのない仕事かと嘆く。

 影へ消えた女は、また商売どころじゃなくなるのかと袖を振った。

 楽と悪を楽しむ者達が諦観する姿を晒け出す、少し前までは湯煙と喧嘩が地底の華、そう言い切る者しかいない世界であったが、弾幕ごっこが広がりを見せ浸透した今は血と喧嘩の気配が薄まり、底世界の花型名物だったものは今では中々見られないものとなっていた。

 そんな過去のお楽しみを現在進行形で楽しむ者達がいる。

 一人は新参者だが、街の顔役である星熊勇儀と盛大に殺り合い、旧都を火の海と化したあの悪魔。霧と化した喧嘩相手と楽しげに殴り合いをするアイギスが、この争いを楽しむように嗤っては殴り飛ばされていく。

 先程から殴り飛ばされ建物を抜いていく彼女、焼け千切れたスーツの上着やネクタイをたなびかせ、今も瓦礫を増やしていっている。 

 

「しつこいってのは見知っていたが本当にしつこいなぁ!」

 

 飛ばした相手に向かって罵声浴びせる鬼、伊吹萃香が言葉と共に火球を滾らせる。

 萃香の手の平の上で躍る橙色。数瞬揺らめくと、激しく燈りながらアイギスに向かって放たれる火線となった。瓦礫に埋もれ姿の見えなくなったアイギスに鬼の炎が奔る、発する熱から表された時のように周りの景色を揺らがせて進む火の玉が瓦礫を焼き焦がす。

 

「これで何度目だ? てぇか何回殺せば死に切るってんだ?」

 

 焚き上げられる瓦礫を見つめ再度悪態を吐く、アイギスから寄越された煽りの通りに黒羊を焼き上げる萃香。

 建材が焼け落ち炎の高さが低くなると、チリっと小さな音が鳴る。

 何かに火が入るような、着火したような音がすると、耳に入ったそれを確認するように二本の角が僅かに前傾する。すると、その角のど真ん中目掛けて宙を裂いてくる物があった、硬い何かが空気を裂く高音ともに萃香の赤い瞳に収まる。

 

「ようやく暖まったってのは嘘じゃなかったみたいだねぇ!」 

 

 激しい回転から金切り声を上げるアイギスの三本目の角、纏う炎をそこいらに撒き散らし数本のスコップが萃香に目掛けて宙を切り巻いた。それを見据える萃香が吠える、歪んだ笑顔のままに迫る炎刃に対して愛用の瓢箪を構えてみせた、鬼の豪腕を以って横に回転する紫色の大きな瓢箪、その口部分から繋がる鎖をぶん回し、こちらも回転速度を上げていく。

 鬼の秘宝が紫色の輪にしか見えなくなると、そこ目掛けて迫るアイギスの回転ノコギリ。

 

「これも知ってるんだよ!」

 

 萃香が吠え嗤う。

 瓢箪を振り回し、放られるスコップを何本も何本も弾き返しては声を荒げる、同格であるあの一本角と黒羊の争いの始終を見ていた萃香が怒号に近い嗤い声を上げ、弾く。

 カンカンと折れたり、アチラコチラに弾かれていくアイギスのスコップ。

 十数本がスコップからただのガラクタになった頃、笑っていた鬼が瓢箪を煽った、二度ほど喉を鳴らした後で雑に瓢箪から口を離すと、鬼の酒が薄い放物線を描いて宙に舞う。

 

「手ノ内がバレてイル、コレは中々どウシテ‥‥ヤリ甲斐がありマスね」

 

 未だ鎮火しない炎熱の中から聞こえる声、普段通りの低めの声だが何処か歪な声色が萃香に向かって囁かれる。喉が焼け、掠れたように聞こえる声、煤けたその声が嗤っていた鬼に届くと声の主を探し強く睨む。

 並の者なら視線だけで凍りつく冷たさが見られる赤い瞳、それがガゴンっと崩れた元長屋の奥を見据えると、同じような赤い目と視線が重なった。

 

「ぁん? なんか言ったか? ぶつくさ言ってるなら出てこい! 口数が多いって煽りはてめぇがくれたもんだろうが!」

 

 鬼火で焼かれたアイギスの喉から出た言葉、内容はただの独り言だったのだが、対面する萃香は何かを言われた事だけに気が付いたようだ、視線には正しく気が付いたがなんと言われたのかまでは聞き取れていなかったらしい。

 子供のような身体を大きく仰け反らせ、私が上だと見せつけながら顎を上げ、下げた目線で傲慢さを見せる萃香が、再度酒で喉を潤し、未だ炎の渦中にある悪魔を睨む。

 灼けるような度数のアルコールで喉を鳴らす伊吹童子、かつて酒が原因で外の世界でしてやられた鬼が瓢箪を高々上げてはふらつく姿、軍場にそぐわないその姿が見られるとカラァンと金属がぶつかり合う音がする、鳴り響くその音は声の出にくいアイギスからの返答。

 スコップが打ち鳴らされると炎や煙が漂う瓦礫が吹き飛ぶ、そこから現れるは、煤けて黒さの増した羊の悪魔。

 姿を見せると両手に得物を握り奔る。嬉々とした顔で鬼に向かって迫る黒羊、二本の炎の刃を振り上げ攻め立てるがその攻撃は届かず、薄れ散りかけている鬼の霧を辺りに広げるだけであった。

 

「物理的な攻撃は届かない、そう考えるべきでしょうか?」 

「届かなくはないさ、さっきから少しずつ焼き切られて気に入らんよ。まぁそうだな、ソレだけで全て焼くってんなら‥‥何年かかるかわからんがな」

 

 空を切ったアイギスに萃香からの返答があった。

 姿は薄れ最早見られない、声だけはっきりと聞こえる状態、疎密となった鬼の四天王が自身の持ち得る能力でもってアイギスの攻め手を無効化したようだ。

 返事と動きからふむと、何かに納得し焼ける角を放り投げた黒羊。

 そのまま両手の指を合わせ、音を鳴らす。

 乾いた指の音が辺りに響くと、鬼の霧が晴れていく。

 

「この方が早いですね、見えなくともそこかしこにいらっしゃるのでしょう? であれば回り全てを平らに(なら)せばその内に終わりもあるはず‥‥何年でも消し続けて差し上げますとも、終わりまでお付き合いくださいますか?」

 

 パチンパチンと両手が鳴ると周囲に感じられる酒気を帯びた霧が消えていく。

 数度かき消されアイギスの能力を体感すると、萃香の拳だけが具現化し指を合わせる腕目掛けて暴威となって動き始めた‥‥が、その拳もアイギスに穿たれ、暴力となること無く消えていった。

 が、消えたはずの拳はアイギスの視界の外、背後側から再度振り回される。

 幾分小さな鬼の拳、最初の一撃に気が付いたアイギスが微温い温かさと湿りを感じる腹を見る、そこには背から抜いている鬼の拳が生えていた。

 

「これは? 確かに消し‥‥」 

 

 言い切る前に口内を血が満たす、腹から生える幼女の腕が数本に増え、中にはアイギスの中身を握り外へ露出させている拳までもあった。

 赤黒い内腑をつかむ腕が強く結ばれる。

 後から追加された萃香の拳が後ろから前へと白い骨を抜き貫いてくる。

 穿ち消したはずの拳に逆に穿たれて、歪な点線を見せるアイギスの腹を一番大きな身体をした萃香と、それよりも小さな萃香の群隊が上下に断った。

 血飛沫と中身を散らせ分けれる黒羊、それでも上半身だけで動きを見せ、両手の指先を合わせるが、その指がはじかれる前に漂い広がる霧より現れた新たな萃香に指を捩じり切られた。

 

「こんなもんかい、羊の悪魔さんよぉ? この程度で私に喧嘩を売ったってのか?‥‥舐めるなよ! 我が群隊は百鬼夜行、鬼が萃まる所に人間も妖怪も! 居れるモノなどいないってんだ!」

 

 上下二つに分けられたアイギス、下側は踏みつけられて、その上側は本体らしい鬼に持ち上げられ掲げると、死に体の悪魔に口上を言い切って上半身を投げ捨てた。

 雑に放られ血も、そのナカミも周囲に零しながら地に伏せる黒羊。

 それでも未だ終らず、上半身だけで嗤ってみせると、裂かれた下半身が萃香の霧よりも濃い、黒い瘴気となり始め上半身の元へと伸び漂っていく。

 本当にしつこい、が、殺し甲斐はある、決め台詞を言い切り眺めていた鬼の四天王も、羊の悪魔と似たように嗤って大きく萃まり『育ち』始めた。

 

~少女闘争中~

 

 再度の炎上を見せ始め新たな争いの火種となっている地底世界。

 熱風に血煙混ざるソコとは別の場所で、従者に揺り動かされ穏やかな眠りから目を覚まそうとするものがいた。夢の中なのか現の世なのか、よくわからない雰囲気を持つこの世界。その地に建つは一軒の日本屋敷。広すぎず、けれど狭くもなく、まるでこの屋敷に住まう主人のような佇まいを見せるお屋敷の奥、従える式の尾にも負けない柔らかさと温かさがありそうな布団の中で眠る屋敷の主。

 

「紫様‥‥」

 

 ゆっくりと上下する上掛けに手を添えて、小さな声で主を呼ぶ八雲藍。

 2度ほど肩の辺りを揺り動かすが主からの反応はない、致し方ないと触れる場所を変え、冷えた指先を紫の首筋に差し入れた。暦の上からは感じられない、冬のような冷たさがある藍の指が紫の鎖骨を撫でるとピクリと動き、薄ぼんやりと目を開いた。

 

「……おはよう藍、貴女から私を起こすなんて、何かあったの?‥‥着崩れているわね、どうしたのかしら?」

 

 布団から半身だけを起こし、透き通るような肌を露わにしながら問いかける紫。

 数カ月ぶりに寝床から出した右腕をスキマへ通すと、少し曲がっていた藍の帽子を綺麗に正す。少し着乱れた道士服と帽子を慌てて整えた跡が見られる自身の愛する式を愛でながら、左手では別のスキマを開き、さっと一枚軽く羽織った。

 

「はい、少々‥‥襲われはぐってしまいまして」

 

 直された帽子と、愛おしそうに撫でてくれる主の手に自身の手を添えて、問われた事へ偽りなく語る‥‥が、言葉では言いにくいのか、眉と耳の両方ともに僅かばかり斜めに傾いていた。

 

「襲われ?‥‥おいでなさい」

 

 撫でていた手が藍の後頭部へと回り、そのまま紫の顔へと引き寄せられる。

 何の抵抗もなく、するりと動く九尾の尾裂狐(おさき)

 母に呼ばれた幼子のように紫の元へ体ごと頭を預けると、二人の額が優しく触れ合った。

 

「まずは報告を簡潔に、現状はその後でいいわ」

 

 困り顔の藍に笑いかける紫。

 式と主という間柄の二人、会話でも当然意思の疎通が可能だが紫の寝起き時だけは毎回このように肌を触れ合わせ、情報のやりとりを行っていた。

 伝わる内容などは語る事とほぼ同じだが、こうして寝起きから式を愛でるのが恒例となっているやり取りであり、これが二人の確認作業であった。合わさる額部分から施した式を通じ、藍と自身の記憶の境を曖昧なものとして、手駒が見て感じた事を情報として仕入れていく紫。

 

「幽々子は、動いているのね‥‥もうすぐ霊夢達が白玉楼へ着くというところ、か」

 

 微睡む思考を藍の冷静さで補いながら、幻想郷の現状から読み取り始める。

 そうして目覚める季節にはなっていたけれど、目覚める気温にはなっていない理由を知る紫が僅かに頬を緩めた。

 

「このままであれば幽々子と霊夢達が弾幕ごっこをし始める、という感じかしらね」

「特に問題視すべき部分はないように考えます、幽々子様に限っては」

 

 読み通り、そんな顔で笑む主と答えを述べる従者。

 これは以前に紫自身から仕掛けたもので、寝ている間に起こっても問題ないだろうと判断した異変である、その為動揺などは見られない。

 

「限って? 何か別の問題でも?‥‥アイギスの方ね……萃香? 萃香が何故アイギスと争っているのかしら?」

 

 次に藍の引き出しから取り出したのは話しに出た友人の事、現状を知り読み通りだと微笑んでいた紫の顔に真剣さが見え隠れし始める。

 

「感謝すべき、アイギス殿はそのように話されておりました」

「感謝? 萃香に向かってそう言うのは‥‥二人に親交はなかったはずよね?」

 

「会話の流れ、そして見ていた様子からは初対面といった様子でございました、存在自体は知っていたようですが」

 

 段々と曇っていく主の顔、柔らかく微笑んでいた表情は冷たく妖艶なモノへと変じていく。

 敬愛する紫の大真面目な顔を間近で眺め、背に冷たいものが流れるのがありありとわかってしまう金毛九尾、それでも聞かれた事を言葉にして答えた。

 声と思考、両方で伝える場合は藍が紫に策を求める時であった。

 

「争いを止めもせず戻り‥‥いえ、あの二人相手では荷が重いわね、そこは不問としましょう」

「申し訳ありません、私一人では二人を止めるどころか手も出せず、不甲斐ない」

 

「不問に処すと言ったわ、それよりも何故争っているのか、それが問題ね。今二人のどちらかにでも消えられてしまっては、困ります」

「二人? 伊吹萃香が萃めている春、あれが保険だというのは理解できますが、アイギス殿には何か?」

 

 鬼の話を聞いて一度は落胆した藍だったが、今では思考を切り替えて、全ては主の考え通りになるようにするのが最優先だと考えているようだ‥‥そもそも自身の思考で読めるような事をこの主はしない、私で考えつく事しか成せないのなら式として慕う意味もない、取り戻した冷静さで藍が結論付けた事である。

 

「アイギスも保険よ、本当に最期の保険」

「伊吹萃香と同じだと?‥‥万一の場合は西行妖を穿ち、消し去る。そういったおつもりでしょうか?」

 

 真顔から一転、普段使いの笑みへと変わるスキマの女。

 自身の成したい事の為に友と呼ぶ者達を異変の元凶として、そしてその異変を抑えるための切り札として利用する、利用しようと画策する女の顔へと変わる‥‥以前にアイギスに見せた表情、利用し合うだけの関係などと言ったあれも嘘ではないが、今の紫の心情も嘘ではなかった。

 万物の堺を操る幻想郷の管理人、白にも黒にも成らず、同時に染まる事も出来る策士が、良い読みを見せた愛しい式に微笑み少し話した。

 

「それも手としてはあるけれど、それが無理だというのなら別の方法で風穴を穿ってもらおうと思っているわ、それだけの事よ‥‥さぁ、話は兎も角として二人を止めに行きましょう、お友達同士が傷つくなんて見ていられないもの」

 

 すっと立ち上がり全身を冬の気温に晒す紫。

 前も留めずにいた服を脱ぎ、輝く金の髪を一度かき上げた。春というには弱い日差しを受けふわりと髪が輝くと、一瞬で毛先がリボンで纏まり、透き通る肌の上にも多量のフリルが目立つドレスを着込んでいた。そのまま無言で藍に歩み寄り白いコルセットの赤紐を結ばせると、手先に向かって広がりの見られる白と紫の袖先を眼前に伸ばす。

 結ばれる紐の音だけがする部屋の中、音もなく口を開く異界への空間、その中へとブーツのつま先を進め、地底へと向かう幻想郷の管理者。いつも以上に胡散臭い、あからさまに作っていますという顔色で荒事続く地の底へと向かい始めた。




読んでくださっている方々へ。
お待たせいたしまして申し訳ありませんでした、再構成はまだ途中ですが流れ自体は思いついたので、また文字に起こして参ります。
ゆっくり更新となるやもしれませんが、またお目汚しにでも使っていただければ幸いです。

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