東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第四十八話 地底の売りを捌く商人

 鬼や土蜘蛛の働きから美しくなった地獄の町並み。

 地上との相互不可侵条約など無ければ十分に観光地として見られる。

 整えられた石畳の街道に、綺羅びやかな灯りが地底世界の中心地、地霊殿まで続いていく旧地獄街道。絢爛豪華とは言えないが、古き良き時代の名残も見せながら真新しい長屋や出店、酒場や娼館などが見られる幻想郷の温泉地といった町並み。

 街道の入口である橋にでも『おいでませ』と掲げれば、完全に客を呼び込める造りとなっただろう、その橋に現れる妖怪がそんな物は掲げさせてくれないだろうが。

 

 綺麗で楽しい地獄の繁華街。

 一丁目はメイン街道に面した部分で活気にも満ちた場所だが、一本通りを入ってみれば昔の暗く、オドロオドロしい雰囲気を残したままの建物も見られる。

 血塗れ乾いたような赤黒い壁等が目立つ長屋もその一つ。

 綺麗に生まれ変わった一丁目と合うように後々取り壊して建て替えられる予定もあるにはあるようだったが、それを指揮する者もいざ建て替えに動く者もどちらも地底に住人だ、話だけで一向に進まない計画であった。

 このまま話は流れるだろう。

 そんな計画があると聞いた地底の住人達が話を忘れ始めた今になって、その一辺が瓦礫と化した。最近流行り出した弾幕ごっこ、その流れ弾程度では傷つかないくらい丈夫な、土蜘蛛の編んだ糸を練り込んだ壁をぶち抜いて、ガラガラと周囲に広がる瓦礫。

 今し方誰かが殴り飛ばされた場所がそこである。

 

「派手な挨拶してくれるじゃないか、あぁ?」

 

 瓦礫の奥で声だけがする。

 二次性徴を迎えてすらいないような子供らしい声。

 見た目も同じく幼女としか言いようのない者、声色に似つかわしくない凄みのある口調で語る鬼。ぶち抜いてゴミの山となった周囲と近くの長屋を気合一発で吹き飛ばすと、向かいの店舗入り口を睨む。

 

「殴り飛ばしただけですので、取り立てて派手な事はないかと。そういった物はこれからお見せ出来ると考えております」

 

 カツカツと踵を鳴らす店舗の主、鬼を殴り飛ばしたアイギスがドスの利いた口調の鬼に語る。

 返答が返ってくると、スカートや袖の破れた上着の誇りを払い、四肢から垂れる鎖を鳴らして土埃に塗れた髪を払う伊吹萃香、前髪を掻き上げついでに殴られた額も撫でる。

 僅かに赤みを帯び、ほんの少しだけヒリヒリと感じるおでこを撫でてから、腰を曲げて前のめりになる鬼、突き出された顔には当然浮かぶはずの表情が浮かんでいる。

 

「そう睨まないでくださいまし、元はといえば貴女様が悪いのですよ?」

 

 メンチを切って見上げる幼女。

 前のめりになり過ぎて身体が倒れそうになると不意に後ろに仰け反って、まるで大陸の人間達が編み出した、酔えば酔うほど強くなるという拳法のような動きに思える姿。

 フラフラと前後に動いては、手にする瓢箪を煽り燃料を補給し続けている。

 

「私が悪いだぁ? ヤることヤれなかった腹いせとしか思えんが、まぁいいさ。鬼に喧嘩を売ったんだ、どうなるのかわかっての事だろう?」

 

 アイギスの言い分に殴り飛ばされる前の流れ、それを加味すればそうにしか見えないだろう。

 少し強めの洋酒と少々強引な誘いから僅かに色付いていた店舗内の空気、この鬼も述べた春色めいた空気に乗せて藍で欲求不満を解消しようとしていたアイギス。

 八雲の式が困り果てたところで二人で果てる事は諦めた黒羊だったが、折角作った雰囲気をぶち壊すような鬼が気に入らない。

 そんなところだろうと踏んだ幼女が一人頷く。

 煽った瓢箪を肩に下げふんぞり返って返答を待つが‥‥

 

 黒羊から放たれたのは口撃ではなく、またしても攻撃であった。

 返答をせずに一足飛びで強襲したアイギス。

 私は開戦を告げた、だというのに未だ語るだけの鬼。

 勇儀であれば先の拳だけで伝わるはず、だというのにこの子鬼は動かない。

 ならばもう一度教える、そう言わんばかりにスコップを現し振り抜く。

 カコォンと軽い音が鬼の頭とスコップから鳴ると、再度地面を跳ねた鬼。

 二・三回ほどバウンドし、瓦礫から通りに身体を飛ばされる萃香。

 側転するように横に転がり、頭から落ちたが勢い良く飛び起きる。

 軽く頭を振って敵対者を赤い瞳で捉えようとするが、眼前には投げられたスコップが迫る。

 けれどそれが身体を裂くことはなかった。

 萃香の身体が薄れていたのだ。

 自ら実体を薄く、疎密とさせてスコップをやり過ごした鬼。

 萃香の身体を通り抜け、遠くでカランと鳴るアイギスの角。

 その音が鳴り終えると言葉少ない桶屋の店主から、少なめの売り言葉が追加された。

 

「鬼だというのにおかしなものです、売ったのではなく既に売りつけているのですよ?」

 

 言い切ると片手の甲を見せる悪魔。

 鬼の赤目。

 顔を歪め大きさが不揃いになっているその目に向かって、真正面から甲を手前に折って見せる。

『かかってこい』という煽り。

 いつまでも話し込むな。

 鬼だというのなら口ではなく拳で語ってみせろ。

 そのような思いを込めて珍しく、自分から煽っていくアイギス。

 らしくない事は自覚しているが、今日くらいは悪乗りしてもいいだろうとも自覚していた黒羊が差し出した右手、ソレに向かい萃香が駆ける。地面を蹴り抜いた一歩目で加速し、二歩目でアイギスの視界から消える。一瞬で身体を霧と化して、再度現れた時には煽りに使われた右手をミシリと音を鳴らして掴んでいた。

 メリメリと鳴る羊の腕、ソレを右手で握りこんでいく鬼。

 軋む原因を絶とうとアイギスが左手に獲物を構え振り下ろす。

 が、こちらも鬼の拳に止められた。

 スコップに綺麗に残る幼女の拳跡、あちらの鬼であれば殴りぬかれ、その奥にあるアイギスの顔も消し飛んでいた今の角度、その形から勇儀ほどの力強さはないと感じたアイギスがスコップを放り指を合わせるが、パチンと響く前に右肘を殴り抜かれた。

 もう一人の鬼、星熊勇儀のように瞬間でその場からモノがなくなるほどの威力ではない萃香の拳だが、それでも鬼の暴威には違いない。

 ブチブチっという音を立てアイギスの右腕を左拳で殴り断つ。

 握られていた腕が断ち切られても意に介さず、萃香に向けて血飛沫と指を向けるアイギスだったが、それは見ている、知っていると言わんばかり萃香の足が悪魔の残る左手に奔った。

 指が合わさり弾かれる数瞬前、小さな足がアイギスの左腕を蹴り抜き、前腕をひしゃげさせた。

 

「煽る割には軟じゃないか、羊さんよぉ! 鬼相手に喧嘩をう‥‥」

 

 アイギスの右腕をもぎ取り、左腕は潰した。

 同族が苦戦した手口はこれでしばらくはこない。

 してやったと煽りを返そうとした萃香だったが、それでも鳴る指の音を聞いてしまい一瞬動きを止めた。折れ尖る骨が露出し、見た目には動きそうにない左手、その指が合わさりアイギスの穿つ力が発動する瞬間を見てしまったのだ。

 そういえばデタラメだった。

 勇儀と殺り合う姿を再度思い出した萃香だったが、これくらいではまだデタラメの範疇にもならないかと軽く嗤って、指を鳴らした悪魔の頬に向けて愛用の瓢箪をぶん回した。

 

「やられっぱなしは性にあわんでなぁ!」

 

 会話の途中で殴り飛ばされ、転がされた意趣返しのつもりなのか、通りの石畳に向かって転がるよう、角度を調整してアイギスを飛ばす萃香。

 頬を抜かれ、石敷きの地面を割りながら小さくなっていくアイギスに向かって煽り返す言葉を放ったが、頬を抉られ小さくなりながらも嗤っていたアイギスの視線の先に気がついた。

 少しだけ軽くなった自身の頭。

 それを撫で気が付くと強い舌打ちを響かせる鬼。

 

 ひしゃげた腕で鳴らされた指。

 本来であれば萃香の身体を狙った穿つ力だったが、狙いの定められない腕では萃香の頭に生えた捻くれた角の片方を穿つだけで、狙いは外れてしまったらしい。

 短い腕で頭から角を撫で、片方の角が僅かに短いことに気がついた二本角の鬼。

 触れた手を握りこみ、震える程力を込めると、飛ばした悪魔の後を追い掛ける。

 少し先の方、ひん曲がる左腕を地につけ、片足立で止まっているアイギスが見えると腕から下げる重石付きの鎖を振り回す、触れたモノを肉塊として弾く勢いとなった鎖分銅をアイギスに向かい奔らせた。

 が、その万力鎖はアイギスの身体を散らす前に二人に間に現されたスコップで巻き取られる。

 

「私の角を‥‥やってくれたなぁ!」

 

 力強さを魅せつけるように片手だけで鎖を引く萃香。

 失った右手からはどす黒い血を流し、ろくに握れないような、歪んで残った左手のみでスコップを引くアイギス。

 

「小さな身体で随分と力強い御方だ、その角は伊達ではなかったのですね」

「てめぇ‥‥こっちが合わせてやれば!」

 

「合わせてくれなどと誰がお願いしましたか? 本当に口数の多い御方でいらっしゃる」

 

 ギリ、ミシと音を立てる二人。

 一見すれば釣り合いの取れた形に見えるが、今の形は鬼の余裕から見られる形だ。

 潰れた腕ではろくに対抗できない、それがわかっている萃香が短くなった側の米噛みに不快の証を現す。それでも減らない減らず口、力だけでは萃香に当然分があるが、言葉のほうではアイギスに余裕が感じられた‥‥というよりも普段以上に饒舌にすら思える黒羊、それもそのはずだ、欲求不満を解消するのに打って付けの相手が構ってくれているのだ。

 眉根を寄せ怒りと力をを魅せる不羈奔放の古豪、古兵と呼ぶに相応しい鬼を相手に同じく古い悪魔が嗤う。

 アイギスがニィと笑みを見せると、萃香の腕に力が込められる。

 

「その顔‥‥気に入らないねぇ! 追い込まれているって自覚はあるのかい!?」

「ございますよ? 私は羊ですので、追い込まれる事には慣れております‥‥それ故この程度で慌てる事などもございません」

 

 余裕の表情、アイギスの顔をそう見た鬼が言葉を投げつけ、空いた左手も伸びる鎖に添えた。

 鬼に気に入らないと言われた笑顔。

 瀟洒な笑みのまま軽口を返すアイギスだったが、その顔は一瞬でブレた。

 舌打ちを響かせた鬼が鎖を両手に持ち替えて引いたのだ。

 それだけで崩れる二人の均衡。

 ラクラクとアイギスの獲物を取り上げ身体も寄せる萃香が一発顎を殴り上げた。

 黒羊の長身が仰け反り、血を吐いて浮かび上がらせる。

 殴った勢いが余る鬼だが、そのまま後ろに仰け反ると勢いを利用して大きく息を吸った、そうして身体を戻しながら地獄の火炎を吐き出す。

 僅かな時間焼かれただけで地面の石が赤く染まる鬼の炎、火の手の見えない範囲でも周囲の景色が揺らぐほどの温度が感じられる猛炎、アイギスの赤黒く淀んだ瞳の色合いに近いソレが、その瞳を持つ者の全身を包んだ。

 

 鬼の炎がアイギスの身を焼き、焦がす。

 黒羊の血が湧き肉が炭化していく。

 足元から頭髪の先まで一気呵成に燃え上がり、煙となっていく悪魔の身体。

 これがアイギスではなくただの羊で、炎も調理用のそれであればBBのような食欲をそそる肉の匂いが辺りに満ちるだろうが‥‥この炎は地獄の業火、焼かれる肉も悪魔の血肉だ、周囲に満ちるのは嗅ぎたくない匂いだけだろう。

 プスプスと片足立ちの形で残る焼死体。

 元から黒かったアイギスの身体が完全な黒に染まると、鬼の劫火が消えていった。

 

「鬼を馬鹿にするからそうなるんだ!‥‥さぁ、さっさと復活してみせろ! この程度じゃあ死ねないんだろう!?」

 

 人型の炭と化したアイギスに言い放つ萃香。

 姿を見せずにいながらもこの地底や地上で起きたことは全て見ていた鬼、霧となり広がって幻想郷中で起きた事の殆ど全てを観てきた鬼がさっさと身体を戻せと煽る。

 花妖怪とのお戯れでも、吸血鬼異変でも、地底で勇儀やヤマメと争った際にも終わりを迎えずに、相手にしつこいと思われ疎まれるくらいには蘇り嗤った悪魔。

 その死体を萃香が蹴るとドシャッと崩れた。

 焼け残る芯の部分だけが地に伏せると、その地面と遠くで残された右腕の元で方陣が輝く。

 モヤモヤと集まる瘴気。

 遠くに消えたスコップや漂い消えた煙を元にしたソレが焼け残る身体に集まると、再度現れる終われない悪魔。

 

「仰る通り、この程度ではまだまだ。さぁ、もっと‥‥やっと温まり始めたのです、もっと身を焦がして頂かないと」

 

 復活するやいなや藍に見せたような顔を萃香に向けるアイギス。

 久しく感じていなかった憎まれる感情、自身が糧とするモノに近い想い。

 そこから見られる憤怒の表情、向けられる怒りの宿る視線。

 忘れかけていた身体の痛み、流れ落ちていく暖かな血、そしてその匂い。

 

 自身が纏う焦げた血の匂いに頬を緩めるアイギス。

 最近は角が取れ丸くなったと感じていた悪魔だったが、やはりこういったモノは好ましい。

 血で血を洗う命のやり取りは楽しいと心の底から歓喜していた。

 高ぶる何かに自身が散らされる。

 昂ぶる何かを自身が散らす。

 これを楽しまずに何を楽しめというのか?

 ソレを萃香に伝えるように、声を漏らして嗤う悪魔。

 終らない冬が続いてすっかり冷えた思考と身体。

 冷えきってしまったコレらを暖めるにはピッタリの相手が現れた。

 ここ地獄の売り物を買ってくれた相手、良き客となりかけてくれている鬼に向かい強く感謝する商売人が、瀟洒に微笑み鬼に向かった。


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