東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第四十七話 風が抜ければ、桶屋が売りつける

 桜が散って若葉が萌える、力強さや生命力に溢れる世界。舞い散るものも白い結晶から桃色の吹雪、線のように降る雨へと変わる。例年であればそんな季節が訪れているはずなのだが、今年の幻想郷は未だに白一色で、どこもかしこも静けさしか感じられなかった。

 少し前に赤い屋敷の吸血鬼が起こした霧の異変から、ちょっとした耐性を付けたこの地の人間達もさすがに寒さには勝てず、人の生活音で賑やかなはずの人の里は静寂に包まれている。

 では妖怪ならどうか?

 人間よりもタフで、肉体的には逞しい者達なら、この銀世界も楽しんでいるのではないか?

 そう考える事も出来るが、人の動きが静かであれば心も静かであり、その者達の心から生まれた妖怪達もほとんどが静かになってしまっている。元気なのは、冬以外は寝て過ごし、寒さと共に全盛期を迎える低血圧症な低気圧妖怪と、この寒さを楽しむ湖住まいの氷精くらいか?

 もっとも、その二人も今現在は元気とは言い切れない、この寒さをどうにかしようと動き始めた巫女と魔法使いに、こてんぱんにのされた後のようだ。

 退治された二者は置いておいて、他にも元気な者を探すとするならば獣上がりの妖怪、例えば化け猫や化け狐であれば多少の寒さは問題ないが、幻想郷に住まうその二人は仕事や使いに追われ、別の意味で熱くなっているようだ。

 

 動き始めた人間達の動向を常に監視し、場合によってはまた発破かけなければならないと、気を休める時間もない八雲の狐。冬空を飛び始めた少女達の行末を覗く金色の瞳、その瞳孔には変わらず強さや聡明さが灯っているが、目頭には少しの熱さが見え、下瞼の辺りには血色の悪さが浮かんでいる九尾の化け狐。

 主以上に仕事熱心な姿勢を見せているが、今日は久々にスキマの外にいるらしく、誰かの店を訪れてそこから監視をしているようだ。

 

「お気遣いなく、少し休憩したらお暇しますので」

 

 丁寧に敷かれた三和土(たたき)の土間に足を下ろし、身体だけ畳の縁に腰を下ろしている者。

 僅かに肩を落とし、目には隈を作り始めた傾国の美女が、店の主から差し出された湯のみを断るように平手を見せる。チェック柄の赤いYシャツ、その袖から伸びる浅黒い手には湯気が揺らぐ湯のみ、心遣いはありがたいがすぐに発つのでとやんわり断る管理人代理だったが、言葉は聞かれず無言でコトリと目の前に置かれる。

『ゆ』の字が目立つ、店に置かれっぱなしの誰かさんの湯のみ、一度断ったが下げられないので、諦めて手に取り、フゥフゥと弱い吐息で冷ますと、鼻を鳴らして店主の顔を見た。

 

「これは‥‥酒、ですか?」

「なにやら疲労‥‥心労かもしれませんね、それらが見て取れますので少しだけ。なに、ただの卵酒ですよ」

 

 この地に住んで長い藍には嗅ぎ慣れない芳香。

 薄く立ち上る湯気に乗って香るのは甘い樹液のような木の匂い、疲れ顔の藍が店内に入り、少し話した頃から、奥の台所より漂ってきていた香りと同じ物が湯のみからも感じられる。

 見た目は白濁した茶色、以前に主に勧められ口にしたカフェオレという飲み物のそれに近い色合いで、よく知る卵酒とはかけ離れた物だと感じるが‥‥手に取り湯のみを見ていると、冷めないうちにと促される。

 忙しい最中に酒などと、仕事に響くと、そう考える頭もあったが‥‥卵酒というのならこれは酒ではなく薬だろう、それにもう断れる気もしないと、諦めと共にコレも少しずつ口に含み味わう。

 

「すこし甘い‥‥が、落ち着きますね、これは」

「お口にあったなら何よりです」

 

 藍が口にした卵酒、その原酒であるボトル二本をそれぞれ片手に持つ店主、アイギスが少しの飾りが見られるボトルを振って、中身はこれだと音で知らせる。

 タポンと揺れる濃い琥珀色。どちらも紅魔館に行った際にセラーから失敬してきた物で、片方は飾り気のないボトル、もう片方の帆船型のボトルの物は、現当主が生まれた時にアイギスが飲んでいたものと、年代こそ違うが同種らしい。日本酒も嫌いではない彼女だが、ラムやブランデーの方が口に合うようだ。

 

「なるほど、洋酒でしたか」

「牛乳と卵を合わせたものにこれらを少々、気晴らしにいらしたのなら少しのお酒くらい、と思いまして」

 

 例年通りに留守を預かっていた八雲の忠実な式。今年も主の冬眠期に東奔西走している。前回の霧の異変といい現在の冬の異変といい、自身の手には余る物を監視させられていてさすがに堪えていたが、どうにか暇ができたらしい。数日前に魔法の森で仕掛けた悪戯から動いた魔法使いと、話に乗って釣り上げる事が出来た吸血鬼の従者、その二人に誘われてやっと動いた博麗の巫女。

 此度の異変を解決しようと人間達が動き始めた事で、僅かな時間ながら暇が出来たようだ。

 空いた時間に不意に訪れたアイギスの店。

 人間達を覗いていた時に除いた場所に来たのは、ただの思いつきらしい。

 

「ふむ、メイドも動き始めましたね」

 

 暖かな湯のみを持ち、小さなスキマを覗き見ている藍の呟き。

 骨休めに訪れたが、スキマでの監視は終わる事はなく、アイギスと共にいる今も人間少女の動向を見つめている。本当なら一番やる気の見られない巫女を見なければならないが、敢えて紅魔館の従者を写す藍、これは彼女なりの気遣いなのだろう。

 

「左様ですか」

「初戦の相手は‥‥騒霊か、3対1になるようです」

 

 スキマに映る悪魔のメイド、十六夜咲夜とポルターガイスト三姉妹の弾幕ごっこを実況していく藍。

 咲夜の左右に浮かび追従する魔道具、魔女の魔力が感じられる星のマークが目立つ球体から、空を裂く銀のナイフが放たれると、対戦相手の姉妹達も白い騒霊を中央に陣形を組んで動く。

 鋭い弾幕を放つメイドに姉妹の牽制弾とそれに続くラッパの音符弾が放たれて、弾幕ごっこの開幕を告げた。

 

「それはそれは、初戦で泣きを見なければ宜しいのですが」

 

 生放送を見つめる藍に振り向きもせずそう話すアイギス。

 状況を語りながら見物するスキマの式が少し話しては横目でアイギスも見やるが、二人の視線が重なることはなく、他愛のない返答をしながら奥の部屋へと消えていく黒羊。

 

「‥‥やはりあの姉妹以外は気になりませんか?」

 

 台所へと消えた店主に向かって、少しタメてから別の事を問いかける藍。

 妖艶な目はスキマに、帽子の奥に隠した耳は黒羊に向けている藍が、少し冷め始めた湯のみに口をつけ、答えが返ってくるのを待つ。

 

「特別視はしておりますが、気にかける相手はあの者達以外にもおりますよ?」

「鬼や土蜘蛛などですか?」

 

「彼女達もお気に入りではありますが、もっと近くにもおりますね」

「他にも? あぁ、あの風見幽香もいましたか」

 

「もっと近い者ですよ‥‥例えば、普段は訪れて下さらない方ですとか‥‥普段の真摯な御姿も美しいが、今のような弱り姿も良いものかと」

 

 姿は見せずに低めの声だけが返ってくる。

 その場にはいないアイギスにご冗談を、と返す藍。

 最近は冗談も覚えてしまってからかい甲斐がなくなってきた、他者を欺いてばかりの主からそのように聞いている藍が、これもその冗談の一つかと考え、湯のみを飲み干す。

 コクンと僅かに喉を動かして少し笑む、結界の維持管理で張り詰めた気を緩めるには良いものだったようで、軽やかに立ち上がり姿勢を正すと、丁度そのタイミングで戻るアイギス。

 

「もうお帰りですか?」

 

 立ち上がり背を見せる藍の背後、輝き揺れる尾の後ろから近寄ってアイギスが囁く。

 もう戻りませんと、そう返す藍の尾に指を絡め、壊れ物でも扱うような優しい手付きで撫で付けて、そのまま尾の付け根、付け根から腰へと腕を回し、強かに引いて藍の細腰を捉えたアイギス。

 少し強引に腰を取られアイギスを見る藍、その目にはキッチリと閉められていたネクタイが緩み、シャツのボタンも二つ外されている姿の悪魔が映る。

 

「偶にもいらっしゃらないのです、もう少しゆっくりされては?」

「冗談の続き‥‥とは思えないのですが?」

 

「いいえ、仰る通りの冗談半分というやつですよ」

 

――残り半分の方をお見せしている形になりますが。

 藍の帽子を強引に脱がし、見えた耳に向かって吐息を漏らしてそう語る。

 吐いた息からは仄かにアルコールの臭いがする、台所で一杯引っ掛けてきたのかと感じる藍だったが、僅か一杯で酔うわけがない事も知っていた。

 では今のこれは?

 酔いからのお戯れではないとわかる今の姿、間に挟んだ九尾も気にされず身体を密着させ、酒と共に色香も香らせる悪魔からは、確実にそういった誘いだと知ることも出来た。

 けれども‥‥流れを変えこの場を離れるにはどうすべきか?

 思考をそちらに向けていく藍だったが、耳に温い息を浴びてこそばゆいのか、二度三度耳を跳ねさせると、それを合図にモゾッとアイギスの両手が腰を離れ、それぞれ上下に動き始めた。

 

「あの、それ以上は」

「何か問題が? 性別の事でしょうか? であれば問題ないかと、そちら方面でもご満足いただけるはずですよ」

 

 宴会の席で鬼や土蜘蛛相手に、抱かれるなら殿方の方がいいと言っていたタロットカードに載る悪魔だったが、今は誰でもいいのかもしれない。

 それもそのはず、今の彼女は欲求不満なのだ。

 最近は宴会の酒を浴びる事ばかりで、力を振るうことも拳を浴びる事もほとんどなくなっていて、好ましい争い事からはとんと離れている状態、一言で伝えるなら欲求不満といった状態となっていた。そんな時に姿を見せた傾国の美女、同族で淫魔なあいつ(小悪魔)を簡単に攻め堕とした狐、そちら方面でも確実に楽しめる美女を捉え、淫猥な笑みを見せる。

 

「いや、今はその」

「今は? 今でなければ宜しいと? ではいつ?」

 

 言い澱む藍に聞き返すが、手は止まらない。

 彼女が纏う白の法衣と青い前掛けの間にアイギスの手が伸びる、するすると下腹の先や胸の膨らみに指先が這い動く。

 焦らすように這いよる魔の手、その感触を感じつつ少し前にはこんな事を思った、そしてそれも悪くない、寧ろ楽しめるかもしれないとも考えた藍だが‥‥それでも今はマズイのですと、服の上を這う指から身体を逃がす。

 逃げながらスキマを見る。

 少し揺れる瞳で見ているのは、映るメイドの姿ではなくスキマの中。

 主の空間内に残した自身の式を見ていた。

 肌を触れ合わせる事自体は構わない、けれどもあの子にソレを見られるのは少し……式の前では凛とした姿しか見せない八雲藍、橙に別の姿を見せては主としての形が崩れると察し、どうにか逃げようと試行錯誤していた。

 

「いえ、逃げられそうにありませんし偽りなく述べます。今でも構わないのですが‥‥見られていては、その……困ります」

 

 変に逃げず真っ向から逃げる。

 這い寄る悪魔の手に尾を巻きつかせ、ギュッと締め拘束した。

 困る、本心を吐いた、素直に困ると話す藍。

 言ったところでこの羊の事だ、問答無用でくるのだろう。

 そう邪推し見られても構わない覚悟で逃げ口上を述べたが、藍が真面目な顔で話したのが利いたのか、前掛けの下にある、道士服の合わせ目を過ぎた指は止まった。

 

「ふむ確かに。魅せるつもりであれば別ですが、その気のない時に見られながらは困りますね‥‥橙様ならともかく、知らない相手に見られていては興も覚めてしまいます」

 

 藍の耳元から首筋へと場所を移していたアイギスの口、そこから彼女の思考が漏れる。

 何もない、長屋の梁だけがある天井の端を見つめ呟いた言葉。

 欲求をぶつけようとした藍に向かってではなく、何もない、何もいないはずの天井に向かって言葉をぶつけると、ナニカが動いてまとまり始めた。

 この動き、そしてこの感じは‥‥目には見えない程の薄さとなりながらもその存在は薄れない相手、曖昧にぼやける相手の事を藍は知っているはずだった。

 

「ほぉ、私に気付くか、中々目敏いな。羊ってのは目がいいのかね?」

「羊として言うならば目より鼻ですね、振る舞った酒とは別の匂いがするなと感じましたので‥‥ノックもなく来店されて、お客様でしょうか?」

 

 子供のような声色が店内に響く。

 言葉と匂いだけを表して姿は見せない相手に対し、少しだけ警戒するアイギスだったが、隣に立つ藍の雰囲気からその警戒はすぐに解かれた、どうやらこの声の主は藍の見知った相手らしい。

 アイギスが言い切ると店舗の内に霧が萃まり濃く纏まる、揺らぎ萃まる霞が輪郭をはっきりとさせていく、2本の角と長い髪、そしてその髪や腕から繋がる長い鎖、それらがくっきりと見えるようになるとすぐに人の形へと成っていく。

 

「伊吹萃香か、姿を見るなどいつ以来だ?」 

「久しいな紫のペット、月との争い以来か? そっちの羊さんは初めましてだ、伊吹萃香って鬼の一人さ、勇儀達から聞いてるだろう?」

 

 幻想郷にいる、それだけがわかっていた鬼。

 大昔に紫と共に月に攻め入った夜、その晩以来しばらく姿を見せていなかった、主のスキマにも長い間姿を映す事はなかった鬼、伊吹萃香が唐突に姿を見せる。

 

「アイギスと申します。貴方様が萃香様、お噂は常々聞き及んでおりますよ」

 

 不意に出てきた鬼の小娘、実際は鬼の中でも恐れられる四天王の一人なのだが、その見た目から小娘と言っても差し障りの無さそうな伊吹萃香。

 どこか下品さの伺える笑顔を浮かべ初めましてと挨拶をしてきた者に、名を告げて軽い会釈をしてみせるアイギス。

 

「それよりだ、続きはまだかい? 酒の肴に見ててやるから早いとこ始めなよ」

 

 床についても垂れ下がる、○△◇の飾りがついた鎖を鳴らし、右手は自身の顎へ、左手は見ている二人に向け、ドカっと胡座をかいて座る鬼。

 ジャラジャラと鳴らした後で、左の手はこの鬼のいつものスタイル、酒が無限に湧き出すという瓢箪を持ちクピッと一杯引っ掛ける。

 

「ほれ早く、獣らしくまぐわう姿を見せてみなって。それとも春がこないから出来ないってか? なんなら少し分けてやるぞ?」

 

 酒に酔った下品な笑い顔で話すのはやはり下の話。

 獣呼ばわりされた獣上がりの妖かし二人が、目を細め酩酊中の鬼を見る。

 視線が萃まるとどっちがタチでどっちがネコだ? などと言い出し更に話を掘り下げていく萃香、自分で言ったことに対してネコはお前の式だったかと言い始め一人嗤う。

 この酔っぱらいはいつにもまして、そんな事を瞳に宿す藍だったが、何か引っ掛かることがあったらしく、嗤う鬼に言葉をぶつけ始めた。

 

「少し分けるとは‥‥何を知っている?」

「なんだ、何も聞いてないのか? お前の飼い主から少し頼まれているだけさ、桜が満開にならぬように少し萃めて持っていて欲しいってな」

 

 問掛けた藍に萃香の右手の平が向けられる。

 強い視線を感じた鬼が笑うと、ポゥっと灯る鬼の手、淡い花びらのような形で現れたピンク色の光、輝きとともに感じられるのは暖かな温度と柔らかな香り。

 この鬼の手の平には確かな春があった。

 

「桜‥‥なるほど、私に全てを任せて頂けたわけではなかったのか」

 

 藍の主である八雲紫の友人、西行寺幽々子が仕掛けた現在の異変。

 幻想郷の春を奪い白玉楼を春で満たし、咲かない化物桜を無理矢理に咲かせるという異変、紫が眠り始める寸前に幽々子から話されたその内容を聞いて、紫は自身でも動いていたようだ。

 あの桜が咲けば亡霊の姫は‥‥咲いた後の顛末がわかる八雲紫だが異変を起こせと促した手前もある、ならば表向きには反対せずに好きに異変を起こさせて、まかり間違っても満開にはならぬよう裏で手を回しておく、そのような筋書きだったのだろうと藍は結論づけるが‥‥

 主の考えを読むと同時に、大きなショックも受けているようだ。

 眠る前に聞いた事、藍に思惑通りに動くようにと、命じる時間もあるにはあった、けれど何も言わずに眠りについた紫、そこから後の事を任せてくれたと考えていた藍であったが、自身の読みから肩と尾を大きく下げ落とす。

 

「集める、そう聞こえましたが?」

「あぁそう言った、それがなにさ?」

 

「一つお尋ねしても?」

「嘘をつかなければ構わんよ」

 

「ではお言葉に甘えまして、最近頻発している酒宴ですが、あれも貴女様に集められていたのでしょうか?」

 

 頻繁に開かれる地獄の宴。

 その宴会で度々名が上がる萃香。

 不自然に名前だけが出てくる者、それでも毎回姿は見せず話題だけで終わっていた者、その者に真正面から問いかけるアイギス。

 

「本当に鼻が利くなぁ羊さん、勇儀が気に入るのもわかる気がするねぇ」

「ご返答頂き感謝致します、そして別の事でも感謝致しませんと」

 

「別ってのはなん‥‥」

 

 してやったりという顔でアイギスを褒めていた萃香が、胡座姿のまま回り飛ぶ。

 返答を受けそれに返したアイギスが一瞬で詰め寄り放った渾身の右拳、それを額に受け、店舗の入り口をぶち抜いて向かいの長屋に飛び込んでいった。

 ガラガラと音立つ瓦礫の中に消えた鬼、それを追い掘り返すつもりの黒羊が一歩踏み出すと、藍に肩を掴まれる。

 今し方まで冷静に話していたアイギスが唐突に動いた、突然過ぎて藍にも動きが読めなかったようだが、このまま行かせては更にわからなくなる。

 主の腹積もりを知って衝撃に揺れていた頭脳明晰な式、鬼の言葉に思考能力を麻痺させていた九尾の狐だったが、肩をとらえ一言問うくらいは出来る。

 

「いきなりなにを!?」

 

 アイギスからの返答はない。

 あるのは笑みを浮かべ店外へと進む姿だけ。

 この状況はどういう事か?

 言葉なく始まった喧嘩、片方が理不尽に殴り飛ばしただけでまだ喧嘩とはなっていないが、この後どうなるのか‥‥脱いでいたスーツの上着を羽織り、タイもシャツのボタンもとめて歩き出したアイギスと、周囲の瓦礫を吹き飛ばし立ち上がる萃香が通りで睨み合う。

 抜かれた入り口から入る寒風を受けつつ、二人が正面切って立つ姿を見る藍。

 先ほどの感謝とは一体?

 言い残した言葉を考えても理解するには及ばない藍の思考回路。

 それでも一つだけ分かる答えがあった。

 また旧地獄が荒れる。

 鈍る頭でもそれだけはすぐに察する事が出来た。


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