東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第四十六話 少女起動中

 雪にも負けず、寒さにも負けず、忙しさにも負けずに動く誰か。

 金の瞳に力強さを込めて、ギョロギョロと蠢く瞳の世界から幻想の世界を覗き見ている。

 身に纏う道士服、その膨らんだ袖口に両手を収めて佇む女。

 身体よりも大きな9本の尾を僅かに垂らして静かに正面のスキマ、冥界の妖怪桜が写っている一際大きなスキマのリアルタイム映像を眺めながら、その回りに配された別々のモノが映るスキマにも目を配っている。

 

「未だ動かずか、このままでは困るのだがな」

 

 呆れも伺える声色でポツリと呟いた狐、八雲藍が視線を左に動かす。

 白玉楼を捉えるスキマの周囲にある一つ、魔法の森を写しているモノへと視線を流した、目だけで望むそこは小さく纏まった、悪く言えばこぢんまりとした建物。

 建物の中はこれ以上ないくらいに雑然としていて、僅かな揺れでもあれば建物内のあちこちに積まれたアイテムが雪崩てしまいそうなほど。少しは捨てるなり整理するなりすればいいと誰が見ても感じられるが、白い雪景色の中でも目立ちそうな色合い、見方によっては盗人のようなカラーリングを好むここの住人の蒐集癖が酷い為、物は増えるばかりである。

 自身の興味を惹くものであればどうにかして手に入れる、それが他人の物であれば死ぬまで借りるなどと言って盗み出す黒白のシーフ、もとい魔法使いがこの建物の主。

 今日もいつも通り、うず高く積まれ、今にも崩れそうなほどの魔導書の上に愛用の帽子を投げ置いて、パチパチと音を立てる暖炉のオレンジを柔肌に写し、なにやら制作中のようだ。

 

「まずはこの人間にキッカケとなってもらうか」

 

 組んだ腕を説いて、自身の尾先に触れた。

 数本ほど自慢の金毛を抜いて、覗いているスキマに放つ藍。

 ヒラリと霧雨邸の前を漂うと瞳を光らせて変化させる、狐の変化術が作用して細く輝いていた毛が淡い暖かさを見せるピンクの花びらに変わると、魔理沙の座る位置から見えるように窓に張り付いた。

 

「後は好きに気がつけばいい、次は‥‥」

 

 見つめる先を変える獣の瞳、次に見やるは寂れた場所。

 朱色の鳥居が目立つ神社が見える。

 スッとスキマを動かしてこたつで茶を啜り、茶菓子をかじる巫女を見るが、その巫女と目が合ってしまいそうになりすぐにスキマを閉じた。

 

「相変わらずの勘か‥‥紫様、あの子は私の悪戯には乗ってきそうにありませんので‥‥流れに任せます」

 

 今は深い眠りの中にいる主を思い、式がまた呟いた。

 まだ霊夢に顔を見せるつもりはない、紫がそのように言っていたことを忘れず自身も直接関わろうとはしない藍、未だ続く終わらない冬の異変よりも主の考えに重きを置く忠実な式。

 この九尾がスキマを操る事は本来できないが、紫が冬眠という名の惰眠を貪る季節だけはある程度操作出来るらしい。

 主に変わって冬の間‥‥暖かな季節も大概は藍が仕事をしているがそれは兎も角として、今時期の結界管理維持などは藍が行っていた、先ほどの人間達にした事も幻想郷に関わる事である。

 単純な話、この管理人代理が成そうとしているのは、長く続く冬の異変を誰かに解決させようというものだ。以前の異変、紅魔館の者達が仕掛けた霧の異変に続くものとして次に紫が利用したのは友人、冥界の管理者西行寺幽々子。

 彼女が見たがっていた物を見せ、興味を示したところを上手く乗せて、なにかしらの異変を起こしてもらう算段であったが‥‥起こされた、春を奪う異変を解決しようと動く者が未だおらず、致し方なしと異変を起こさせた側から動けとアプローチをしているところだ。

  

「前回は先の二人だったがどちらも動きが悪いか、ならば保険も用意しておくのが懸命」

 

 閉ざしたスキマを再度開き幻想郷の色々な場所を覗く。

 次に開いたのは旧地獄の長屋だったが、ここはよく見もせずにすぐに場面を変えていった。ここの店主は誘ったところで乗ってこないのはわかっているし、彼女は異変を起こす側で今回の事には使えない‥‥場合によっては想定以上に荒れる事にもなりかねない、それは困ると敢えて知らせない事にしたようだ。

 敬愛する主であればどうにかこじつけて動かすのだろうが、私には扱いきれそうにないと過去の一幕を思いつつ笑った藍‥‥図書館の本棚をなぎ倒していく姿を思い出し、そこにいる悪魔と同じく手篭めにしようにも、軽く楽しまれて終わりそうだと尾を揺らし、スキマの写す先を変えた。

 

 次に映る先は神社と別の赤。 

 新たに開かれたスキマには頭や肩に雪を積もらせた門番の姿が映り込む。

 まるで時間でも止まっているかのように動かない門番妖怪、またここを使ってみるかとふと開いたスキマだったが、屋敷内に目を向けてみると和やかな日常生活が映り込む。

 白い息を吐きながら館の掃除をしたり、妖精メイドに指示を出してしたり、それが住めば料理という名の解体作業をしてみたり、そろそろ起きるだろうお嬢様の世話準備をし始めたり、見るからに忙しそうな少女。

 外に出る暇もなさそうだなと、スキマを閉じかけると少女が不意に消えた、どこへ行ったのかと再び画面を広げると屋敷の中ではなく外にいるメイド長が見られる。

 この屋敷の住人にあって唯一の人間が音もなく門前に現れて、少し大きめの傘を差し出し、からかわれている姿が映った。

 

「そうか、あれも人間だったな。それもあの巫女が褒めるくらいに出来る人間……保険とするには丁度いい、か」

 

 門番の肩に傘を乗せ立ち去ろうとする人間が、その門番に捕まって少し騒いでいる風景、こうして見ているだけであれば外で働く姉に差し入れをしに来た妹‥‥いや、門番の開いた瞳には母性といったモノが感じられるか。

 また仕事を抜けだして、と話す門番が傘を受け取り笑いかける、それに対して傘くらいと顔を背けて話す人間少女。関係性はどうにせよ、慕う誰かに要らぬお節介をして、そこから少しからかわれ寒さ以外でも頬を染める人間がそこにはいるようだ。

 あれで大丈夫かと一瞬不安になった藍だったが、他に思い当たる人間もいないわけだしと、今回も役立ってもらう算段でスキマの中へと身を沈めていった。

 

~傾国行動中~

 

「で、咲夜を貸せと?」

 

 うっすらと青く見える紅茶を口に含み、友人である魔女と子飼いの従者を背に従えて、私が主だとアピールする者。少し早めに起きだして、降り止まぬ氷の結晶、それと日光を遮ってくれる厚い雪雲を眺めていた吸血鬼が、日の差さない窓を眺めたまま口を開いた。

 

「はい、貴方のような強力な妖怪に仕える従者なら、此度の異変も簡単に解決出来るかと思いまして」

 

 足を組み優雅にティータイムを過ごしていたレミリア・スカーレット、彼女が会話をしている相手は、先ほど屋敷の正面に姿を見せた八雲藍。門番とメイド長のやり取りを少し茶化した後、すぐにクソ真面目な顔を浮かばせ『御屋敷の主殿にお伝えしたい事がある』と、深々と頭を下げて入館していた。

 

「異変ねぇ、前回は起こせと言ってきて今回は解決しろと言ってくるか、随分と勝手だな」

「前回は私の主との盟約でしょう? 今回は私個人からのお願い、といった形です」

 

「ほぅ、お前の独断? 主の命には逆らわない忠実な式様が勝手をしていいのか?」

 

 構いません、今は。

 下げた頭を上げ、目線を交わしつつ語る藍。

 紫が眠っている間であれば藍が代理人となり幻想郷を維持管理している、紫からも余程のことがない限りは藍の考え通りにしてもいいと命じられている為、はっきりとそう言い切った。

 

「面白い話だとは思う。手を貸せと言われるほどお前たちに認められたというのも悪くない、正直良い気分だ‥‥が、それだけでは弱いわ。私は今の気候に文句はない、寧ろ好ましいとすら感じている」

 

 だから咲夜を貸し与え、異変を解決させる理由がない。

 後に続くだろう言葉は言わずにふん反り返るだけの小さな主。

 私の気分や考えをひっくり返す、納得出来るだけの言い分はあるのかと、口元を僅かに歪ませて藍からの返答を待っている。

 

「前回の異変は約定通り、弾幕ごっこを広めるのに良い異変となりました。同時に紅魔館の存在も確かな物となった、それは私達も認めるところ‥‥ですが、まだ弱い」

 

 言われた言葉をそっくり返す八雲の式。

 悪戯に笑うレミリアに、妖艶さの見える笑みをわずかに見せて言い返した。

 

「弱い? 天狗の新聞や里の反響を聞く限り十分アピール出来たはずよ?」

「外に見えるモノはアレで十分、ですが私達との盟約を守ったというには弱い、という事です」

 

「弾幕ごっこは広まった、そう感じられるが?」

 

 幻想郷で名を轟かせる八雲の名、それを匂わせずに紅魔館だけで動き、異変を起こして弾幕ごっこを魅せる、紫との約束をざっくりとまとめればこの様な形になる。

 確かにレミリア達紅魔館の面々は己の力だけで異変を起こし、弾幕ごっこを武器にして解決者と争い見事に散った‥‥結果、力のない人間でも妖怪に勝てる弾幕ごっこは急激に流行り始めて、血で血を争うやり取りは随分と減ったように感じられた。

 ここまでは前述した通り紫も藍も認めている……だが。

 

「そこも十分、私が言いたいのは異変の最中の事ですよ、主殿‥‥解決に来た人間のうち一人は追い返された、そして追い返したのは屋敷の者ではなく部外者だったと聞いています」

 

「パチェとフランが遊んだという人間の魔法使いか、確かにあれを追い返したのは屋敷の者ではないが‥‥」

「わかっておられるのなら私の言いたい事も理解されているでしょう? 紅魔館だけで行うと交わした約束なのです、それなのに部外者の手が入った形で終わっている‥‥あの形ではまだ不十分、盟約は果たされていないと私は考えています」

 

 最初は謙虚な態度を見せていた藍だったが、今ではクックと小さな声を漏らしている。

 言い放った自分でもこれが暴論ではあるとわかっている、わかってはいるがそれでもここの主であれば断れないだろうとも読んでいた。

 藍の読み通りに少しだけ表情が陰るレミリア、彼女もこれが詭弁にもならない言いがかりだとわかっている、だがそれを払拭するための言葉はすぐには言えなかった、邪魔をする者が彼女の内にあったのだ。

 不遜で高慢な夜の王。

 外の世界に在った頃は、その地域の最後となるまで消える事なく、化け物としてあり続けた吸血鬼、プライドも高ければ力もそれに見合うものがある悪魔だが、悪魔だからこそ約束には少し煩い。

 

「私達は貸しつけたままでも一向に構いませんよ? 主殿のプライドがそれを許すというのであれば」

 

 言葉を選ぶ屋敷の主に傾国の妖怪が追加をノセる。

 煽りを入れられ傾いていくレミリアの機嫌とプライド。

 八雲が気に入らない、それは強く思ったままのレミリアだが、異変を起こし弾幕ごっこと自身の存在をアピール出来た事でそれなりの満足はしていたはず、そのはずだったが、煽られる要素を残したままにいる事もプライドが許さない。

 強く偉大で我儘な500歳児が表情にまで不機嫌さを見せ始めると、静かに話を聞いていた魔女が代わりに返答をした。

 

「咲夜でなければダメなのよね? 私が代われるのであれば乗ってあげても構わないわ」

 

 図書館から出てくることすら珍しい魔女、パチュリー・ノーレッジが思いがけない案を言い出す。まさかそんな事を言い出すとは友人であるレミリアも、話を振った藍も予想出来てはおらず、パチュリーの顔をそれぞれ抜けた顔や神妙な顔で見つめた。

 

「そう不思議そうな顔をされても、個人の考えで来たのでしょう? なら私も個人的に動くかなと思っただけよ、貴女個人には少しだけ感謝もしているし」

 

 一度目の異変では藍に主従もろともやられた魔女。

 今回動く事であの時見逃された、殺さずに見逃してくれた借りでも返すつもりだろうか?

 魔女を見る二人はそう読むが、実際はそうではない。

 あの異変で藍が操り見せた符術、あれは東洋の魔法ともいえる五行の力である、洗練されたその業を直接見せ放ってくれた事でパチュリーはソレを吸収出来た、自ずと操る魔法も極まった。

 自身の研究では四色が限界だったクリスタル、アレに一色追加できるようになったのは、言うなれば藍からの手酷い教育があったからであり、あの時は手荒な授業となったが今は言った通り少しだけ感謝しているようだ。 

 死にかけて感謝するのもおかしな話だと思うが、自身の命よりも知識を求め研究する種族らしいと言えばらしいのか。

 

「ありがたい申し出だが魔女殿ではマズイですね」

「人間ではないから、ね。見た目も肉体的な強さという意味でも人間と然程変わらないけれど、それでもマズイと?」

 

「人間という種族は貴女が思う以上に厄介なのです、少しでも人の域から外れているならそれは味方ではない、恐れる側の者なのですよ。そんな者が異変を解決し、広まったところで意味がないのです」

 

 反論しながら、魔女、次いで主、最後にメイドへと視線を流していく九尾の妖かし。最後の人間とだけ長く見つめ合いその心を伺うが、目を見なくともわかるくらいの雰囲気をメイド長は纏っていた。

 今は完全な従者であろうと口も挟まず静かにしているが、異変の際に巫女に敗れ、暫く悔し涙を流していたのをこの九尾は知っている。主が地下で不安要素の相手をしている間、代わりに霊夢の動きを見ていたのはこの藍なのだから。

 けれども瀟洒でありたい、あろうとしている従者には何も言わず、それぞれを一瞥してからスッと席を立つ八雲の式。まだ話は終わっていない、紅く幼い瞳からはそう感じられるが藍が考えていた事は伝えた、後は好きにしてくれていいと、スキマを開いて一瞬でその場から去っていく。

 

「主が主なら式も式で胡散臭い、けれどまぁいいわ、咲夜が行きたいと言うのなら私は止めないから‥‥好きになさい」

 

 藍に向けていたモノとは違う、少しだけ穏やかな目で従者を見る主。

 負けず嫌いな咲夜が負けて泣いていたのをレミリアも知っている。鈴に泣きついて機、会があればあの巫女を見返すと泣き言を言っていたのも知っている。

 今回の誘いはそれに都合がいいかもしれない、そんな事を考え語る。

 

「私は何も‥‥」

「折れない私の代わりにパチェが動いたのよ? わざとらしく感謝なんて理由まで言って、友人に恥をかかせる者はこの屋敷にはいらないわ」

 

 言い切ると立ち上がり、先に部屋を出るレミリア。 

 それは自分にも言っているのか?

 バタンと閉じたドアを見ながらパチュリーが思いつくが、言葉にはせずに少し笑うだけで済ませる事にしたようだ、素直に言えない主の可愛さを笑い、残された咲夜を見る七曜の魔女。

 主から言われ、その友人からは見られ、いたたまれないが二人が自分の為に折れてくれたというのは雰囲気からわかっているらしい。

 門で見せたような頬の色になると、また魔女が微笑んだ。


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