東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第三十九話 解決する者達

 赤よりも黒が強くなってきた夜空。

 未だ争いの渦中にある紅魔館の上空だが、空を紅く染めた原因が追い込まれていくと、本体に習い広がっていた赤い霧も少しずつ掻き消え始めていた。

 普段の幻想郷の夜空が少しずつ戻ってくる。

 血の色合いに似た暗い朱色だった月も、だんだんと見慣れる月光のそれへと戻り始め、今赤いのはスペルを破られた異変の首謀者の体とそれを傷つけた人間の少女の衣服、後は眼下に建つ屋敷くらいだろう。

 このままでいけば直に異変は終わる。

 異変の中心地である霧の湖周辺や、人里などで夜空を見上げている者達がそう感じ取れるくらいに赤が消えた、宵の明星が綺麗に見え始めた幻想の空。

 

「楽しい‥‥楽しいな! 人間! 遊戯とはいえ私が、夜の王たる私が人間の少女に追い詰められるとは」

 

 思っても見なかった、最後に言うべきそれは言わず自身の胸の内で止めた夜の王。

 言ってしまえばこの人間に負けたと告げたようなもの、はなから負けの決まった異変とはいえど相手は真剣に、出来レースの事などは知らないだろう様子で解決に来た者だ。

 幻想郷を守るために私を退治しに来た人間の少女、博麗の巫女。

 そんな者との楽しい遊び、出来レースとはいえ真剣に争い戯れる相手に対して中途半端なままで終わらせたくはない、そんな状態で終わっては父から継いだ家督が廃ると、負け試合の中でも吸血鬼のプライドを見せる屋敷の主が最後のカードを手にする。

 

「これで打ち止め、最後のカードよ!」

  

 空の色合いが戻り始める中、纏う白のドレスが自身の血で汚れていく最中でも尚声高に嗤う吸血鬼が、空中で対峙する人間の少女に言い放つ。

 けれど反応は得られず、話しかけた巫女からは血塗れの吸血鬼レミリア・スカーレットを攻め落とすための弾幕が放たれるのみ。会話に興じてみたり完全に無視してみたり、掴みどころがわからない人間だなと感じつつ、描かれたスペルを放っていくレミリア。

 幼い体躯を一度屈めて翼で包む、そうして蓄えた魔力を髻を開き羽ばたかせるのと同時に全周囲に魔力弾を奔らせた。黒に戻り始めた空が再度赤へと染まっていく、夜空を埋め尽くすのは吸血鬼の魔力が込められた血のような鮮赤の弾幕群。今まで見せていた通常弾やスペルカードが微微たる物に感じられるほどの弾幕量、このままレミリアを放っておけば幻想郷の空が再度赤一色に染まってしまいそうな程の勢いで、周囲を染め上げ始めた。

 自身の流した血に染まる紅い吸血鬼が放つ魔力。

 掲げたカードには『Red Magic』とだけ表記されていた。

 今までのように独特なネーミングセンスからの名付けはされていないレミリアの弾幕、それが空中を覆い、黒くなった夜空を赤々と彩っていく。空を染め、対峙する巫女の姿を赤で埋め尽くしていく大量の弾幕は、まさにカードに示された『紅魔』と呼べる状態であった。

 薄紫の大きな魔力弾がレミリアを中心に広がっていく、水面を広がっていく波紋のように360度広がり、進んでいく軌跡には赤から白へと輝いていく魔の弾幕が残されていった。

 

「最後に派手ね、でもこれは見たわ」

 

 先ほど破られたスペルカード『吸血鬼幻想』と形だけは似ている今のスペル、レミリアが名付けるなら『紅色の幻想郷』とでも名付けそうなスペルを巫女が華麗に避けていく。  

 大玉は軽々と、漂い残る無数の小玉は身を翻して躱していく。

 ひらひらと空を舞い、踊るように避け弾幕を放っていく巫女だったが、少しすると動きに緩慢さが見られるようになってきた。逃げる巫女を追い詰めるようにレミリアが弾幕を操った結果、逃げ場らしい逃げ場が見られない状態になっていたようだ、それでもやまないレミリアの弾幕。

 逃げ場がないのはルール違反らしいが、逃げ場を作る術がある相手にはそれは適応されない‥‥ルールを作った巫女自身それを理解しているから、文句を言わず動きを緩めるだけに留まったようだ。

 

「濃いわね、どうしたもんかしら」

 

 辺り一面に広がる吸血鬼の弾幕。

 レミリアの羽ばたきと呼応して動き追い詰めてくる弾幕を眺め、抑揚のない声でボヤく巫女。

 追い込まれているというのに緊張感が感じられないが、これが彼女の在り方であり同時に彼女の強みでもある、普段はただの人間少女で焦りも慌てもするが異変となればそういった物は全て影を潜める異変の解決者。

 良く言えば冷静、悪く言えば無頓着というのが博麗霊夢という少女だった。

 

「考える暇があるならどうにかしてみせなさい! 異変を終わらせるのでしょう? ならば切り抜けて見事退治してみせろ!」

 

 激しい弾幕を放ちながらも霊夢のボヤキを聞いたレミリア。

 こんな所で吸血鬼の身体能力を発揮しなくとも、と感じられるがそれは兎も角として、間違いなく聞こえた言葉に対して煽りを入れていく。

 多大な期待が込められたレミリアの煽り。

 用意した最後のスペルカードまで使っても一度の被弾すらない巫女を賞賛し、自身を退治できる者だと認めた上での煽り、それが巫女の耳に届くと舌打ちしてからカードを取り出した紅白。

 

「煩い、言われなくとも退治するわ」

 

 悪態を吐いて手を伸ばす、伸ばした先には一枚のカード。

 

――霊符『夢想封印』

 

 宣言すると瞳を閉じる博麗の巫女。

 瞼を閉ざして少し集中すると、霊夢から色とりどりの大きな光弾がと飛び出して周囲に浮かび始める。クルクルと少女を取り囲んで一拍置くと、標的であるレミリア目掛けて真っ直ぐに空を奔った。空を覆う紅い吸血鬼の弾幕を弾き、かき消しながらターゲットへと向かう破魔の光弾。放った弾幕が浄化されていくのを見たレミリアが、どっちが派手なんだと愚痴を吐くと体に触れた光弾がド派手に炸裂した。

 弾幕ごっこ用に威力を調整された破魔の光弾だが、性質自体はほぼ変わっていないようだ。この光は妖怪や魔の者が最も嫌う破邪の光、触れれば問答無用で妖怪を封印してしまう事もある、博麗の巫女が培った妖かし退治の為の業である。

 それをまともに、真正面から身に受けた吸血鬼。

 頭を庇うように翼や腕で防御姿勢を取ってみせたが、触れる先から吹き飛ばされる四肢や翼、これはまた手酷いと感じつつ爆発の中へと体を消していった。

 

~吸血鬼墜落中~

 

 破魔の爆発が身を包む中、これで異変は終わりかと考える首謀者。

 美鈴や咲夜は存在感を見せつけた、パチェも上手くやっただろう、こういった(はかりごと)は私よりもパチェのほうが向いているし、私よりも的確にこなすはずだ。

 このまま落ちれば私も負ける、太陽を隠していた霧も完全に晴れる、そうなれば妹はまた引き篭もり続けるのだろうか‥‥爆ぜる破邪の光の中考えることは身内のことばかり。

 

「わかった、フラン?」

「わかりました‥‥」

 

「そう、いい子ね、貴女は終わるまで静かにしてなさい」

 

 不意に思い出される妹との会話。

 これは異変を起こす前の会話、紅魔館を訪れたアイギスの姿を見て思いついた、紅い霧を垂れ流し始める前の事だ。

 フランドールを外に出す。

 それだけのために異変を利用しようとしたレミリアが妹に向けて言った言葉、異変を起こすから終わるまでは静かに待っていてと伝え、フランドールが聞き分けよく頷いたものだからその時はこれでいいと思っていた。

 だが、今になってみればこれでよかったのかと考え始めていた。

 吸血鬼異変の際に、何も話してくれないと本音を言ってくれた妹にこれから行う事を話し、素直に頷かれた事でフランドールも納得したと考えていたが、本当に納得したのだろうか?

 言い切ってすぐに異変の準備に取り掛かったレミリア。

 思いついた事を成そうとそちらに思考がいってしまい、あの時のフランドールの顔までは見ていない‥‥あの時の妹はどんな顔で頷いたのだろう?

 外に出るためのお膳立てを整え、好きに遊べる場所を作ってやるのが姉としての優しさ、そう考えての行動だったが‥‥妹はどう感じたのだろうか?

 言いたい事だけを言って妹の話は聞かなかった。

 あの時の妹からの返事は‥‥

 あの時のフランの声色は‥‥

 地面に落ちる瞬間まで妹の事を考える姉、そのまま頭から地に落ちる瞬間に体を無数のコウモリへと変えて散らしていった。

 

~吸血鬼霧散中~

「メイドも主もしつこくて疲れたわ」

 

 地に消えたレミリアを見て終わりだと呟く。

 携えていたお祓い棒を肩に宛てがいトントンと二度ほど叩いて疲れたとぼやく、爆発が落ち着いていくのを見ていた霊夢が振り返り住まいの神社方向へと体を向けると、その背中に姿のないレミリアからの声が届いた。

 まだ終われない、巫女の耳に確かにそう聞こえた。

 本当にしつこいと少しだけ眉間を寄せる巫女、その視界には大量のコウモリが映りこみ一箇所に集まる光景が見えていた、唐突に現れたコウモリに封魔の針を打ち込むが標的が小さく当たらない巫女の弾幕。針も札もすり抜けるだけで、ダメージを与えられないとわかると撃つのを止めた巫女、霊夢の動きが止まると声の主が姿を現す。

 穴開きの翼でボロボロの体を包み込んで、数回の錐揉み回転の後にバサッと広げて見せる、紅魔館の主レミリア・スカーレット。

 

「まだって、ボロボロのくせに、まだやるの?」

 

 見た目からして戦闘出来るような状態には見えない、が、それでもまだ終わらせないと叫ぶレミリアに霊夢が問掛けた。

 勝負はついたと言ってくる巫女へと右手を掲げるレミリア。

 その手にはクルクルと回る天球儀が浮かんでいる、運命の操り手が今覗き見るモノは愛する妹のモノ、地下の部屋を出て幻想郷の夜空を飛ぶフランドールの姿がレミリアには視えていた。

 視えたそれが今夜の事とまでは消耗したレミリアにはわからない、けれど今夜かもしれないと考えるとまだ終わらせるわけにはいかなかった。

 

「まだだ、まだ翼に穴が空いただけ! きっちりと退治してみせるんだろう!? 夜はまだ終わらない、異変もまだ終わらせない!」

 

「しつこいわね、それにその輪っか? なにそれ?」

「コレは運命の輪、引き篭もる妹が外へ向かう運命が映るものだ‥‥コレが見える限り私は負けを認めるわけにはいかない、いかなくなった!」

 

 抗う力が無くなってから思い出した、この異変を起こした理由。

 八雲紫との盟約もあるが、それ以上に愛する妹を思って太陽を遮った今回の異変。

 既に負けは見えている、けれど思い出してしまった以上はここで素直に負けるわけにはいかないと、土壇場で我儘さを見せ始める吸血鬼の姉。

 思っていた以上に楽しめた遊戯に熱中し、このまま終わってもいいと考えていたが、当初の目的である妹の事を今になって思い出し、妹の為に諦めないと食って掛かる。

 

「妹? 身内の事くらい自分でどうにかしなさいよ」

「その為の異変だったんだけど、今の今まで忘れてたわ。妹は屋敷に引き篭もり、私は考えを忘れ押し込める、ダメな姉妹ね」

 

「ならダメな姉に教えてあげるわ、引き篭もりなら外に放り出せばいいだけでしょ、簡単じゃない」

 

 今までのような上から目線ではなく、同じような高さで話し始めたレミリアに巫女がまたボヤく。感情の見えない一本調子で妹を放り出せと簡単に話す巫女、他人事だと思って簡単そうに言ってくれると、小さな舌打ちをして返事するレミリアだったが、この案は思いの外心に響いた。

 妹の事を知らない他人から見れば簡単な問題、出ないなら出せばいい、出られるようにしてあげればいい‥‥此度の異変のようにお膳立てしての物ではなく、フランドールが自身で考えたままに外に出られるようにすればよかったのかと、今更になって気がついた。

 

「気軽にそう言わないで貰いたいが‥‥でも、そうね、それもいいのかもしれない……言われてスッキリしたしそろそろ終わりにしましょう」

 

 完全に荒事の気配が消えたレミリアから、終わりにしようと提案がされる。

 雰囲気から退治は済んだと感じている巫女が本当にまだやるのかと目で語るが、その目に映り込む紅い槍を意識すると表情を異変に向かうモノへと戻す。

 巫女がやる気を見せた事でニィと嗤う異変の首謀者。

 異変の終わりとするには穏やかすぎる今の流れを散らすように、逆手で握った槍を振り、紅い槍に流れる魔力を空へと飛ばし存在をアピールさせた。

 そのままギュッと握りこんで体を弓のようにしならせると、握っている右腕を伸ばして大きく振りかぶる、投擲する姿勢に入り巫女を睨みつけるレミリア。

 こないならこのままぶん投げる、仰け反った体から見下ろす形で霊夢へと視線で伝えると、巫女のスペルカード宣言が見られ、同時に二度目の光弾が放たれた。

 光り輝く光弾がレミリアの体を包み込む。

 光に飲まれていく最後、笑っていたように見えた妹思いの吸血鬼。

 その笑みは押し付けられた異変をこなしたからなのか。

 それとも愛する妹に対して一つの答えを得たからなのか。

 語らずに光へと沈んでいくレミリアの顔からは、後者だと感じられた。

 


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