東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第三十八話 見る者達

 朱に染まる月を舞台背景に、激しく争う白い吸血鬼と紅白の巫女。

 同じく紅い屋敷の上空で、互いが放つ弾幕をヒラリと躱して戯れている。

 景色に映える白いドレスのレミリア・スカーレットが放った一枚目のスペルカードは突破され、今は一度通常弾に切り替えた状態のようで、口の端を僅かに開いて笑みながら大小の紅い光弾を巫女に向かって打ち続けていた。

 スペルが破られ尚笑う屋敷の主。

 押し付けた期待に応えた巫女を賞賛し、夜空に笑う。

 声高に笑い光弾を三発、六発と数を増やしながら巫女へと飛ばしていくが、打たれる側は涼しい顔でそれを躱していく。

 レミリアの派手な光弾を躱し、旋回しながら封魔針を浴びせていく博麗の巫女。

 翼を畳んで急加速するレミリアが逆方向へと旋回しそれを避けようとするが、回避方向からは破魔の札が迫ってきていた。

 更に勢いを増し飛ぶ夜の王だが札は猛追してくる。

 

「追尾するか、面白い弾幕を考える」

 

 が、脆弱。

 幼子の声でそう叫ぶと眼前に迫った札が体に触れる前に焼け落ちた。

 博麗の巫女が魔を払う際に用いる札、それが焼け落ちるなどそうはない、そうなる時は余程の手合が相手の時くらいだろう、今退治している吸血鬼が叫びと同時に周囲に魔力を垂れ流す。

 すぐに紅い霧となって散っていったが、それが発せられた瞬間に遠くに見られる森から野鳥がばさばさと飛び立った。

 飛んで行く鳥の群れに二人の視線が移った一瞬、レミリアの半身に深々と封魔の針が打ち込まれていく、破魔の弾幕を直接食らって少し表情を変えたレミリアだったが、一度体を霧へと変えると何でもなかった顔で元の姿で現れた。

 

「なんだ、幻想郷の少女というのはハリネズミにするのが好きなのか?」

 

 咲夜もそうだったなと懐かしみ、同時に元に戻った腕を一払いしてボヤく。

 言われた巫女からの返答はないがこれはレミリアの独り言に近いものだ、両者気にせず戦闘を続け、巫女から返答代わりに針が再度放たれる。

 真っ直ぐに放たれるを針の山、それをフンと鼻を鳴らして翼で受けバサッと払って弾く吸血鬼、パラパラと落ちる針を見てお返しだと二枚目のカードを手にした。

 

――獄符『千本の針の山』

 

 宣言すると共にレミリアの体が見えなくなる。

 レミリアから発せられた紅い針のような弾幕が体を覆うほどの濃さで放たれたからだ、ブワワと広がりを見せる円状弾幕が現れるとその外周に紅いナイフまでが現れた。

 仕えるメイドの弾幕と似通ったそのナイフがクルクルと廻り刃を光らせる、周囲に漂う針やもナイフが綺麗な円軌道を描くと、引力が切れたようにレミリアから離れ、巫女へと駆けていった。

 

 夜を裂くような勢いで吸血鬼の弾幕が盛大に広がる。

 四方八方へと飛び奔っていく刃物達、そのスキマを巫女が縫うように飛ぶ。

 前後の移動はほとんどせずに、左右の移動や体の捻りだけで回避しながら針を撃つ博麗の巫女。

 宣言の後から数度放たれただけの弾幕の軌道のはずが、まるで次に広がるスキマがどこかわかるといった回避行動。

 見た目こそ派手に展開されて広がり、逃げ場を埋めるようなレミリアのスペルだったが、軌道自体は大量の刃を模した弾幕が回転し動くだけのパターンである事を、この巫女は何となくこうじゃないかと尖すぎる勘から理解していた。

 

 運命を操る吸血鬼の攻撃をなんでもない勘だけを頼りに避け、攻める。

 レミリアの弾幕に帯びる魔力と巫女の持ち得る霊力が干渉し合い、カリカリという音がたつ中、グルグルと放たれる吸血鬼の刃を避けて確実に破魔の弾幕を浴びせていく今代の巫女。

 ばら撒かれる魔の針とは違い、封魔の針は確実にレミリアを削っていった。

 チクチクと全面に広げた翼に針を受け、見た目からダメージを受けていると分かる濃霧の吸血鬼、ある程度攻め追い詰めると陰陽玉を取り出した巫女がこれでもかと弾幕を集中させた。

 札や針がレミリアを包むと放ったスペルカード弾幕が白い煙となって消えた。

 

「なによ、針もナイフも見た目だけじゃない」

 

 今のでスペルカードブレイクだと確信を得た巫女がレミリアを煽る。

 左手に持ったお祓い棒を一度払って突きつけると、やる気が感じられない抑揚のない声色で語る。 

 

「見た目を真似ただけだもの、使い慣れない物を弾幕にしてもダメね」

 

 レミリアが穴だらけにされた翼を数度羽ばたかせ針を取り払う。

 バサッと空気を叩く音が鳴ると刺された針が周囲に飛び離れる、チッと口を尖らせてから大事そうに翼を撫でた。

 

「針は兎も角ナイフくらい使うでしょ?」

「斬るなら(これ)で十分、つれない人間と思っていたけど案外喋るのね」

 

 二枚目のスペルを破られた吸血鬼。

 鋭い爪でスペルカードを摘み巫女に向かって飛ばす。

 巫女の読み通り今のでスペルカードブレイクだったようで、人間のくせによくもやると関心してばかりのレミリアが通常弾幕に切り替えた‥‥が、その通常弾もナイフ弾であり、見慣れたといった顔で巫女が避けた。

 仕えるメイド長のスペルカードよりも苛烈で、大量だと思える弾幕量に見える通常弾を、斜に構え正面を維持しながら回避し博麗の巫女が反撃を放っていく。

 狙ってもバラ撒いても当たる気配のない人間を見つめ、レミリアが感嘆のため息を吐く。

 フゥと吐き気を入れ替えると同時に評価も改める、この巫女は全力で遊んでもいい相手だと認め、認識とともに難易度を上げた三枚目のスペルカードが封切られる。 

 

――神術『吸血鬼幻想』

 

 本気で行くと気合たっぷりのレミリアより、紅い球体が勢いよく放たれる。

 ゴウっと風を切って飛ぶ薄紫の光弾が間隔を開けて巫女を襲うが、量も少なくスキマも今までのものよりも随分と余裕のあるスペルに見えた。

 舐めているのかと巫女が睨むが、細めたその目には別のモノが映った、光弾の過ぎ去った軌跡には無数の紅い弾幕が残っていたのだ。

 滞空する魔力の弾幕が巫女の周囲に現れると、ニヤリと笑うレミリアが翼をバサリと動かす、その動きに呼応して紅い魔力が宙でうずを巻き始めた。

 

~吸血鬼奮闘中~

 

「楽しそう‥‥」

 

 自室で両足の内ももを床につけ、首を傾ける幼女が瞳を輝かせている。

 ソファーもベッドもあるというのに、姉かメイド長にでも見られれば窘められる姿でランランと瞳に楽を表す幼女。

 ペタンと座ったままジッと壁を見つめていた。

 

「貴女も混ざったらいいのよ」

 

 壁を見つめ、普段からキラキラと光る羽を感情の昂ぶりと共に特級の水晶へと化していく吸血鬼の妹、フランドール・スカーレットの背に話しかける落ち着いた声色。

 フランの見つめる壁にリアルタイムでの生放送をお届けしている妖怪が、似つかわしくない優しい声で話しかけた。

 

「混ざれるようになるかなぁ?」

「今出来ないのなら後で出来るようになればいいのよ、簡単な事でしょう?」

 

 スキマTVに映る人妖のお戯れを眺め、弾幕ごっこについて話す二人。

 混ざりたい幼女は視界に映る姉のように上手く遊べるか不安といった顔だが、その不安を払拭するように諭す妖怪の賢者。

 問われたことで少し悩むフランだったが、ちょっとの沈黙の後に幼子らしい笑みを浮かべてニシシと笑った。

 

「お姉さんも似た事を言うのね」

「も? 他にも応援してくれる者がいるのね」

 

「うん、アイギスが練習に付き合ってくれたよ‥‥でもまだまだダメだったわ、アイギスだから壊れなかっただけで加減がわからないもん」

 

 姉の遊戯を見ながらも俯くフランが初めての弾幕ごっこの感想を話した。

 戦う姉と自分の右手を見比べて、ニギニギと手を開いたり閉じたりしてう~と鳴き失敗を紫に話す。フランの放つ弾幕を自ら食らってこれでは死ぬと見せるアイギス、もっと抑えないと遊びとは呼べないと体現して見せてくれた、そんな事をフランが話していくと聞いていた紫がクスクスと笑った。

 

「お友達なのよね? なのに死んだ話が楽しい?」

「楽しいわね」

 

「そうなの? ホントは嫌いだったりするの?」

 

 さぁ、どうかしら?

 と、疑問を投げかけてくるフランに笑ったまま曖昧に答える紫。

 どっちなのと追い打ちされるがこの話の流れを逸らすように、あっちが盛り上がってきたわとスキマへと視線の先を逸らしていく、そうだったと再度生中継に食いつくフラン。

 見つめる先では三枚目のスペルカードを破られた姉の姿。

 だが唯破られただけではなく巫女のスペルカードも一枚使わせたようだ、白い枠線が広がり消えていく瞬間がフランの赤目に写り込んだ。

 

「嫌いではないけれど、不器用だとは思うわ」

 

 中継される弾幕ごっこの音で聞き取れないくらい、本当に小さな声で呟いた紫の独り言。

 この屋敷の主も自身の友も妹に対しては非常に甘い。

 けれど、どちらも直接内容を話したりはせずかいつまんだ話だけをして過保護に引き離してみたり、自身の死を持って体感させてみたりと、不器用にしか接しない保護者二人を笑む表情の裏で考える。

 そして更にその奥では自身の事も考えていた、姉と巫女の戦いをワクワク顔で見つめる妹の背を眺めて思う事、異変が始まる前までは一番のネックだと考えていたこの妹が楽しそうに弾幕ごっこを見つめる姿‥‥それを自身で確認し余計なお世話をしたかもしれないと、私も存外不器用だと感じていた。

 

「任せたのだから横槍を入れるべきではなかったのかもね」

 

「お姉さん、何か言った?」

「貴女のお姉様の槍が素敵と思っただけよ、気にしないでいいわ」

 

 こっそりと呟いた紫のぼやきにフランが反応する、振り返りはせずにスキマに映る姉の姿を見ながら返答をした。

 見やるスキマには姉の紅い魔力が固められた槍が揺らめいている。

『神鎗・スピア・ザ・グングニル』を手に巫女のお祓い棒と剣戟を重ねる姉の姿、あれを見て素敵というのだからこのお姉さんもそういうセンスなのかと、フランは一人納得していた。

 

「あの人間すごいね、お姉様と遊ぶなんて本当は人外なのかな?」

 

 姉やこの紫色の妖怪の独特なセンスも気になるが、フランのもっと気になるものがスキマの中で元気に戦っている。

 人間なのに空を飛び、人間なのに吸血鬼と正面から戦う少女。

 咲夜も飛ぶしじゃれ合う限り結構規格外な人間だと感じていたがここまで姉を押し込める事はない、今画面の中で姉と争う人間は、フランが生きてきた中で見た事がない種類の人間だった。

 遊びとはいえ空中戦で吸血鬼を押す人間がいるなど、引き篭もり吸血鬼のフランですらありえないと感じている。

 

「あの子は間違いなく人間よ」

「そうなの? でも人間ってあんなに強くないし飛べないよ?」

 

 顔を見合わせない二人の会話。

 両者ともに見ているのはスキマの映像。

 映しだされているのはフランが感想を述べた通りの状況で、レミリアの宣言したスペルカード『紅符・スカーレットマイスタ』が破られ、白いドレスも端々が千切れたりする痛々しい姿が見えていた。

 あの我儘で分からず屋の姉をここまで追い詰める人間がいるなんて、言葉にはせず内心だけで感心してみせるフランだった。

 

「外の人間は飛べないわね、それでもあの子、霊夢は人間よ。貴女のお姉様と遊べるくらい強くて、空も『飛べる』けれど」

 

 何者にも邪魔されず自由に、何処であろうとも好きに飛ぶ人間。

 それが日常生活でも異変の最中であろうとも、霊夢と呼ばれた巫女は飛ぶ。

 誰にも邪魔されず、邪魔をするならきっちりと叩きのめして空を飛ぶ博麗の巫女、曖昧でどこか歪なバランスで成り立っているこの幻想郷を体現するかのように、本来飛べない人間が飛ぶ力を備え華麗に飛び回る。

 幻想郷の危ういバランスを保つ為八雲紫が考えた『命名決闘法案』

 それを屋台骨として博麗の巫女が練り固めたスペルカードルール、幻想郷の新しい秩序とするルールを広めるための此度の異変だったが、この妹はその部分は聞いていない。

 だからこそ純粋に遊びを楽しんで、自身もやってみたいと瞳を輝かせているのだろう。

 異変の首謀者と解決に現れた人間の争いを真剣に、じっと見つめているフランドール‥‥こうまで興味を引けたのなら最初から箍など用意しなくとも問題なかったかもしれない、自身の思い描いた不安要素は的外れだったのかもしれないと考える紫が部屋の入口を見る。

 見つめる扉の奥の方からは、聞き慣れたカツカツというヒールの音が聞こえてきていた。不器用な友人が帰ってきたと理解すると、フランドールの肩を軽く叩いて手を振る妖怪の賢者。

 もう帰るの? と顔に書いてある幼い吸血鬼に、練習頑張りなさいと告げてから小さく笑んで一人スキマへと消える。

 必要のなかった枷が図書館で戯れている間、代わりとして自ら妹君と過ごしていた紫が消えると同時、頼まれていた本来の枷代わりが部屋に戻ってくる。

 ギィと開かれる重い扉。

 外に出る為の入り口が開くと、スキマから扉へと視線を移していたフランドールが立ち上がり、楽しそうな笑顔を見せて迎え入れた。

 

「おかえり!」

「ただいま戻りました、お目覚めになられていたのですね」

 

 ニンマリと笑うフランドールにアイギスが問いかける。

 弾幕ごっこの練習で加減に疲れ果て、電池の切れたおもちゃのように眠ったはずのフランドールが笑顔で迎えてくれた事に少し驚くが、機嫌がいいならそれでいいとそれ以上考える事をやめた。

 楽しそうに笑う妹君に更に楽しんでもらおうと、上で出来た事を話すとヨシ! と気合を入れ無地のスペルカードを見つめる悪魔の妹。

 

「用意されるのは良いですが、加減出来るようになりませんと使えませんね。うまく出来るようになれば遊びに付き合ってくれる者もおりますよ」

 

 アイギスとの練習ではテンションが上がりすぎて能力を使ったフランドール、その結果何度となく殺してしまったようだ。

 スペルカードを扇のように広げる幼子の手を見て、ちょっとだけ窘めつつも練習を頑張りましょうと、遊びを餌にフランドールを上手く煽てていく。

 付き合ってくれる者、先ほど逃した霧雨魔理沙の姿を思い出しつつ話しているが、あの時に追わず追い返しただけで抑えたのは追わなかったわけではなく、追いかけられるほど余力がなかったからなのかもしれない。

 それらしい理屈を述べて魔女は納得していたが、何度となくフランドールに壊されてからの追いかけっこは意外と疲れる物だったらしい。む~と悩むフランドールを余所にソファーに腰掛けて背を伸ばすようにもたれかかった。

 

「なんか疲れてる?」

「疲労感よりも別の方面で少々、もう少し怖がらせてあげればあの黒白から頂けたのかもしれませんが‥‥怪我もさせず壊しもせず、追い返すだけというのも難しいものですね」

 

 ソファーで伸びる黒羊の横に来るフランドール。

 両腕をソファーの背もたれに伸ばしているアイギスの腹に自身の顎を乗せて、腹の上で両手を伸ばし掴んでいるスペルカードを見て話している。

 

「そうよ、壊さないのって大変なんだから」

 

 気合十分のフランドールが頭を腹に乗せるとコロロと小さく鳴る腹。

 お? とアイギスの顔を見上げニヤリと意地の悪い顔を浮かべると、恥ずかしいので他の皆には内緒ですと苦笑するアイギス。 

 別の方面とは空腹感だったらしい。

  

「内緒にしてあげるから練習に付き合ってね?」

「お断り致します、空腹のままで壊されたらさすがに壊れるかもしれません。それにノーレッジ様が付き合ってくれると仰っておりましたよ」

 

「ケチ‥‥でも、パチュリーも付き合ってくれるの? だったら尚更頑張るね、応援してくれる人が三人に増えたんだもん!」 

 

 尖らせた口でケチと呟くがすぐに明るい笑みに戻る妹君、アイギスに続いてパチュリーが練習に付き合ってくれるとわかり尚の事気合が入った。

 やる気を見せたのは良いが三人? と、後の一人がわからずにもたれかかり後ろに下がる頭を傾げるアイギス。重たい角が傾くと少しだけ浮いた腹の上から悩みの答えが告げられた。

 紫色のお姉さんも応援してくれるの!

 つい先程までいた紫色の妖怪が帰り際に言った『頑張りなさい』をフランドールが話すと、応援してくれる事よりも態々来た事を気にして少し考えるアイギス。

 お願いしただけではなく自身でも確認する、それほどまでにフランドールを危険視していたのかと一瞬考えたが、なんか気持ち悪いのを開いて外のお姉様を見せてくれた、そう話す妹の顔を見て考えを改めた。

 不安要素と感じて首輪代わりに私を寄越した割には親切心を見せる八雲紫。

 姿を見せずに要所で動き、こちらのして欲しいように心を擽ってくれる‥‥相変わらず器用に立ちまわる者だと、愛しい吸血鬼を鼓舞してくれた友人に少しだけ感謝したアイギスであった。




書き起こしたら予定していた流れとは変わったけれど、これでいいやと開き直って投稿します。

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