東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第三十七話 見られたい者達

 やたらと広く感じられる真っ赤な屋敷。

 外観から見た感覚でもそれなりに広く見える紅魔館。

 だが、館内は外から見た以上に広く入り組んでいるように感じられる。

 壁も床も赤く塗られていて、灯る燭台のオレンジ色くらいしか赤以外見られない目に痛い空間。そんな空間が何者かに無理やりらませられているように歪に広がり、屋敷内を大きく広くさせていた。

 それこそ屋敷の主達が翼を広げて飛行し、楽しく戯れるには十分な広さがある館内で、今争うのは主達吸血鬼ではなく人間の少女二人。

 

「強い‥‥美鈴が負けるだけの事はあるのね」

 

 その人間少女の内の迎え撃つ側の呟き。

 スペルカードは撃ち切って後は4つの魔法陣と、自身の放った銀のナイフを回収しながら弾幕ごっこに興じるこの屋敷のメイド長、十六夜咲夜が愚痴を吐く。

 広く赤い廊下で対面する巫女に用意してたスペルカードは全て打ち破られていた、ここまで出来る人間が私以外にもいるのかと、感心しながらもまだ諦めていない様子。

 

「そろそろ終わりにしない? スペルカードも打ち止めなら後は負けるだけでしょ?」

 

 飛ばされるナイフをロール飛行しながら躱す巫女。

 距離を詰めようとする咲夜に対して一定の距離を保ったまま、札や針を続けざまに打ち続けている。

 

「貴女も打ち止めに‥‥なりそうにないわね、どういう理屈?」

「ああん? 企業秘密よ」

 

 回収しながらの投擲を続ける咲夜とは違って、巫女から放たれる弾幕には限りが見えそうにない、それほどの勢いが感じられる博麗の巫女が打つ弾幕。

 自分のように時間を止めて回収しているわけでもないのに、と戦闘時だというのに余計な事まで考え始める咲夜だったが、少し考えた辺りですぐに思考を切り替えた。

 遠距離戦では向こうに分がある、ならば接近できれば‥‥

 話す時以外は口を結んだままの瀟洒な従者が珍しく舌打ち鳴らし時計も鳴らす。

 カチリと止まる巫女に咲夜が迫るが、その勢いはすぐに止まった。

 

「なにかしら、この珠? いつの間に?」

 

 咲夜がナイフを逆手に構え時計に手をかけると、巫女から二つの球体が放たれていた。

 今までの戦闘では見せなかった魔道具らしい物が、咲夜の前後で時を止め静止していた、再度の思考時間を取られた咲夜が紅白の珠を見ながら時を動かす。

 何もせずに能力を解除したメイド長、そのまま攻めれば楽に勝てるのかもしれないが此度の争いは遊びであると主からも言われている、能力を使いはすれど対等とはいえない使い方を今の咲夜は好まなかった。

 負けても死にはしないというのも理由だが、慕う門番が正々堂々を好むと知っているから、遊びではそれを習って行動すると心に決めていた‥‥けれどその心意気が仇となる。

 時が動き出すと巫女本人と紅白の珠2つからこれでもかと弾幕がばら撒かれる、取り敢えず回避と感じた咲夜が再度時計に手を伸ばすが、時は止められなかった。

 

「本当に唯の人間‥‥なのよね、参るわ」

 

 三方向から発射される針と追尾性のある破魔の札、それぞれがスキマを埋めるように周囲に広がりながら放たれる光景。

 今止めれば全て止まる、そうなれば逃げ場がない。

 そう理解していまい能力は使えないものとされた咲夜、本来なら時間停止を阻害するなど不可能。

 時計をカチリと鳴らすだけで咲夜以外の全てが止まるのだから、そうされては誰も動けない、誰でも考えつく無理難題だがこの巫女はそれを逆手に取って弾幕の結界を展開してみせた。

 

「せめてもう一枚くらいは無駄撃ちさせないと」

 

 スペルカードは破られ能力までも封じられた咲夜、自身の負けを認めつつ後の事へと気を配る考えへと再度頭を切り替える。

 美鈴を打ち倒した巫女を狩る狩猟犬から主に尽す忠犬へと立場を変えると、巫女から放たれる弾幕を急旋回や急制動など動きだけで気合で避けて突破し接近する。

 上方から一気に近寄るメイド長が最後に残るナイフを逆手に握り、巫女へと刃を光らせる。真っ直ぐに突かれる銀のナイフだったがそれが巫女へと届くことはなく、お祓い棒の柄部分で受け、そのまま真っ直ぐに突き返された。

 

「まだ終わらせない!」

「しつっこいのよ!」

 

 少しの押し合いを経てから攻め手をかけるメイド長。

 お祓い棒に刃を埋め抜けなくなった武器に懇親の力を込めて棒を弾くと、門番仕込みの徒手空拳へと移行する。東洋武術を学んだ弟子が平手での裏拳を放ち巫女の体を打ち床へと落とす、それを追って流れるように二連の裏拳から右の回し蹴りまで出した咲夜だったが、蹴りは巫女を捉えなかった。

 胸部狙いの回し蹴りを屈んで避けた巫女がその位置から蹴りあげる。

 お返しとばかりに体全体を使って蹴り上げる巫女。

 伸ばしきった足を戻す前、隙だらけのメイド長に向かい空中で後方宙返りするよう蹴られると、咲夜の顎先を掠めていった。

 掠めただけ、まだやれる、顔にやる気を見せたままのメイド長が動こうとするが、掠めただけの攻撃だというのに咲夜は動けなくなっていた。

 

「顎って弱点らしいわ、私の勝ちね」

 

 空中でくるっと回転し、床で膝つく咲夜に勝ちを告げる巫女。

 言い切ってからすぐに飛び去った。

 消えていく巫女の背を眺めて尚追いかける素振りを見せた従者であったが、最後に受けた蹴りを考え追いかけるのはやめたようだ。

 屋敷に籍を置いてからずっと習ってきた武術でも負けた。

 真正面から挑んでそれで負けたのだからお嬢様も美鈴も叱ってはこないだろう。

 寧ろ、楽しく遊べたのか?

 満足出来るまで遊べたのか?

 見てもらいたい二人から、そんな事を聞かれそうだと少しだけ笑う咲夜。

 クスっと笑ってから、頬を伝った悔しさを拭った。

 

~従者しんみり中~

 

「善戦しそうだけど、負けて泣いていたりして‥‥誰に似たのか、負けん気だけ強くて困る」

 

 紅魔館の屋上で空と月を見上げる幼女が、誰かを思って頭を軽く振っていた。

 態度ばかりは一丁前の瀟洒な従者だが中身は可愛いままの生き物の事を考えて、まるで見ていたかのように話すが今の彼女は運命を覗いてはいなかった。

 見なくとも結果がわかるとまでは言わないが、今回の異変の成り立ちを鑑みれば負けは読めるし勝つわけにもいかない、はなっから箍の付けられた者達では解決に来る者には勝てないだろう。

 そんな事を考え優雅に空を見上げていたが、見つめる空に自身の放った霧以外の赤が見られると翼を開き宙へと舞った。

 

「ようこそ人間、うちの者は皆使えなかったけどあなたは違うみたいね」

「人間ってさっきのメイド? 門番よりは手強かったわ、弾幕は門番のが綺麗だったけどね」

 

 赤く陰る月を背に、赤い空の中映える白い皮膜を大きく広げるレミリア・スカーレットが、目の前に現れた紅白の人間を煽るように身内を下げる物言いをする。

 言われた人間の巫女がそれに対して返答すると、幼い吸血鬼の顔に笑みが零れた。美鈴も咲夜もこの人間に対して十分に印象付ける事が出来た、負け試合の中でよくやったと語らずに表情だけで褒めるレミリア。

 

「それで迷惑なのよね、サッサとやめるか退治されてくれない?」

 

 紅い霧の供給をやめるかさっさと死ねと簡潔に、言いたいことだけを言った巫女。

 気持ちが良いくらいにすっぱりと言い切ってくれて、人間の、それもまだ少女くらいだというのになんとも堪らないと笑えてしまってこらえ切れないレミリア。

 一笑いしてから理解を見せずに答えた。

 

「短絡ね、しかも理由が分からない」

「言われないとわからない? 見た目ほど子供じゃないんでしょ? とにかくここから出て行ってくれる?」

 

 

 

「ここは私の城よ? 出て行くのはあなただわ」

 

 翼を数度羽ばたかせて腕を組み、体と自身の力を大きなモノだと見せつけるレミリアが巫女に返答をする。クックと嗤い高慢さや不遜さを表しているようだが、巫女には唯の我儘な娘っ子としか映らない、小さくため息をついて目を瞑った紅白が言葉を追加した。 

 

「子供だったならいいわ、わかるように言ってあげる。この世から出てってほしいのよ」

 

 閉じた瞼を開きレミリアに言い放った巫女。

 屋敷の主を巫女が見上げる形で対峙する二人。

 この世から出て行けという物言いを聞いて、小さく嗤っていたレミリアの顔が更に酷い笑みへと変わっていった、ニィっと笑って巫女に牙と舌を見せつける。

 

「しょうがないわね、今お腹いっぱいだけど‥‥」

「私を喰うって? 護衛のメイドもいない箱入りなんて敵じゃないわ」

 

「勘違いをしているわ、咲夜は優秀な掃除係。おかげで首一つ落ちてなかったでしょう?」

「咲夜って言うのね、あのメイド。あれよりあなたのが強いの?」

 

 質問しながら紅白の陰陽玉を浮かばせる巫女が少しの針と札を放つ、パラパラと打たれたそれを避けもせずに、周囲を漂う赤い霧を集めて防いでみせたレミリア。

 異変の首謀者を中心に霧が渦を巻くと赤い球体バリアのように展開される。

 

「さぁ? 私は日光に弱いからあまり外に出してもらえないのよ」

 

 自身の魔力が満ちる空間の中、自分の弱点をネタに話を振る吸血鬼。

 展開した霧を散らして返答ついでに弾幕も返していく、レミリアから放たれた赤く大きな魔力弾と皮膜の色に似た白い魔力弾。

 両手を広げてバラバラとばら撒くように周囲に放っていくが、表情を変えずに巫女がそれを避けた。

 

「‥‥中々出来るわね」

「避ける相手に褒められてもね、まぁいいわ、楽しい夜になりそうだしそろそろ始めましょ?」

 

 赤く見える月を見上げ楽しい遊びに興じようとレミリアから誘いが述べられた。

 話しながら両手を胸元で畳み指を小さく丸めて見せる、初めて訪れた社交界でダンスの誘いを待つように手を畳んで巫女からの返答を待つ。

 

「そうね、さっさと退治するわ」

 

 異変の解決者が待つ姿勢を見せた吸血鬼にお祓い棒を突きつける。

 差し出して欲しいのは誘いの手だが国が違えば誘いも変わるか、と構えたままのレミリアが巫女に向かって台詞がかった言葉を言い切った。

 

「こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ」

 

 異変を始めた当初から考えていたキメ台詞を正面切って言い放つ。

 誰にも言わず今まで内緒にしていた台詞を言ってから動き始めた屋敷の主。

 開幕からスペルカードを一枚取り出すと巫女に向かって宣言した。

 

――天罰『スターオブダビデ』

 

 カードを見せると巫女へと投げつけるレミリア。

 スペルカードを受け取ったのを確認すると、幼い体を中心に紅く大きな魔法陣を背負った。魔法陣を描いている細く紅い筋が輝くと、示された筋道通りに紅い魔力が込められたレーザーが照射される。ブワッと周囲に奔っていくレーザーが巫女の行く手を阻むと、筋の接点が成長し青白い魔力球となって爆ぜた。

 

「一枚目くらい余裕で避けて見せてくれよ? その為に押し付けたんだから」

 

 紅いレーザーと青白い弾を掻い潜る巫女に期待いっぱいの言葉を呟く首謀者。

 先に渡すなどルールの概要になかったが、結果破られれば同じ事だとその姿に似合ったワガママっぷりを見せる‥‥昔言われた、先にそうしてしまえばそうならざるを得ないというのを実戦で試した御嬢様、幻想郷を異変から守るために現れた敵対者の姿を見て少しだけ考えていた。

 いつまでも守られる側ではなく、愛する妹や慕ってくれる屋敷の者を守る側に少しは成れたと見せつける為、その為に巫女を利用し大げさに魔力を迸らせ見ている者達全てへと力を示し始めた。




あとがき部分を利用しちょっとしたご報告。
プロットや推敲途中・執筆途中の続きを保存していた外付けHDDが死んでいしまいました。
読んで下さっている方には本当に申し訳ないのですが、ちょっと泣きそうなので更新遅れます。
すみませぬ。

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