地下も地上も騒がしい紅魔館のすぐ外で始まった弾幕ごっこ。
地下の方は一旦の終わりを迎えていたが、地上の方もそろそろ終幕といった雰囲気を見せていた。門を堺に始まった人妖の争い事が紅魔館の窓から見える、門を守る者に向かって放たれるのは少し大きめの破魔札と、同じく長めの封魔の針。
継続的に放たれるそれらが一箇所に集中して奔っていた。
撃たれているのは屋敷の門番。
美鈴が放たれる弾幕を避けるように動いても、どう逃げても正面から間違いなく飛んでくる破邪の弾、体に触れる寸前で気を発し散らしてみたり、両手で捌いて相殺してみたりしているがもうすぐに決着がつきそうな気配がしていた。
「思った以上にキツイですね!」
随分と身形の煤けた門番、紅美鈴が弾幕を浴びながら声を上げる。
怒声を浴びせた相手は一度争った相手、紅白の巫女。
霧の湖上空で一度対峙した後、屋敷の前で二度目の出会いを果たし、美鈴の持ち場である紅魔館の正面上空で再度争っているが‥‥
争いといってもほとんど一方的な物で、美鈴は避けながら偶に弾幕を放つだけしか出来ないでいるが、対峙する巫女は舞うように飛んで回避しながらも常に攻める姿勢を見せている。
本当に手厳しい、と弾幕を浴びながらも抗い屋敷を守る美鈴の呟き。
どれほどの妖気弾を放っても全て避けられる。
ルールの範疇内であれば肉弾戦に近い事もアリだと聞いてはいるようだが、不慣れな弾幕ごっこでは力加減が上手く出来ず、格闘戦はまともに出来ていない。偶に仕掛けてやり過ぎたと思う事もあったが、それは杞憂に終わってばかりであった。
やり過ぎたと思った美鈴の弾幕も、体に触れそうな物はお祓い棒で払い当たりそうにないものは気にしない空飛ぶ巫女、随分と手馴れている少女に向けて手厳しいと素直な愚痴を吐いていた。
「こうまで追い込まれるとは‥‥」
蓄積されたダメージから動きを鈍らせていく美鈴が再度ぼやく。
向けられる針はどうにか受け流し、ダメージの少ない御札は体力で受け切ってみせているが、確実に追い込まれていると感じているようだ。
一度は落とそうと考えた紅魔館。
攻め入った際には雇われていた臨時の従者に手酷くやられ、紅魔館で雇われてからこの地に引っ越してきた際にはわからない内に腕も意識も狩り落とされた。
門番として、一番最初に敵と対峙する屋敷を守る屋敷の守護者としての矜持から今日は通さない、そう心に誓っていたがこのままでは負けるだろうと自身の敗北も感じ始めていた。
それでも今回は最後まで意識あるまま戦い負けよう。
立てた誓いを破る事になるが、私が負けたとしても屋敷の誰かが死ぬようなことは多分ない‥‥それならば精一杯楽しく遊んで、精一杯派手に負けようと誓いを新たにした美鈴がカードを一枚提示する。
「最後の一枚! 避けて見せてくださいね!」
敵として言うにはおかしい言葉を言うが、話しかけた相手である巫女は位にも介さず弾幕を放つのみで返答はない。
それでも精一杯の笑顔と気概でカードを見せ、描かれたスペルを放っていく美鈴。
――虹符『彩虹の風鈴』
提示と共に美鈴の四肢の先が虹色に輝く。
赤い霧に包まれた夜の中異彩を放つ華人小娘。
練り上げてキラキラと輝かせた美鈴の妖気が動きと共に放たれた、右回り左回りと規則的に回転と制動を繰り返す武闘家が紅い夜空に虹を描いていく。
何が来るのかと身構えた巫女が美鈴の放つ弾幕を見て、一瞬だけ目を大きく開いてからすぐに動き出した。一定のリズムで放たれる虹弾幕の間を縫うように避け、その間から封魔針を集中して浴びせていく。
避けるよりも最後まで攻める事を選んだ門番がその針をまともに受けると、ある程度の時間が過ぎてから派手な爆発を起こし動きを止め地に落ちていった。
けれど地に伏せる事はなく、地面ギリギリで体を動かして両足で立つ美鈴。
ダメージの酷い両腕を抱えて、降りてくる巫女を見つめていた。
「お強い、お見事でした」
自身を落とした巫女が正面に立つと素直に褒める美鈴。
賞賛してから破られたスペルカードを差し出すと、無言で歩み寄りそれを受け取った少女。
そのまま何も言わずに過ぎていくかと思えたが、屋敷の正面扉に手をかけてから一言だけ話した。
「最後の、綺麗だったわ。また見たい」
言葉の最後は扉に閉まる音と被っていたが確かに美鈴に聞こえた言葉、褒めた相手から綺麗だったと褒められてこういった戦いも悪くないかもしれないと感じていた。
入り口を守る役目は果たせなかったが、紅魔館の門番として恥じない戦いは出来たかな、と巫女を見送り庭で大の字に倒れた。
死にはしないが結構疲れる、最後に感想をぼやくと笑ったまま瞳を閉じた。
~門番昼寝中~
地上と地下、両方の争いが落ち着いた一瞬の静寂の中、屋敷の主が手の平に浮かぶ輪の連鎖を見つめていた。
謁見室の専用椅子に腰掛けてクルクルと回る輪を見ていると、音もなく現れたメイドが状況の報告をし始めた。
「美鈴もパチュリー様も敗北されたようです」
「そう、まぁそうでしょうね」
回る運命の輪から目を逸らさずに横のメイド、十六夜咲夜に返答し、そのまま手の平で回る輪を握り潰すレミリア・スカーレット。
操る運命の輪に二人の負けが現れていた、だから叱責する事なく受け入れたと咲夜は考えるが、レミリアの返答はそういった意味合いは含まれていない。
「どちらもただ負けただけではないだろうし、後で直接聞くわ。それよりもフランは何をしてる?」
「アイギス様と弾幕ごっこの練習をされております」
「ふむ、アイギスが付き合っているという事は、あのスキマに妹も混ぜろと言われて来ているのか? ‥‥いや‥‥あの子の力を知っているのならそうは‥‥」
「何か思われるところがおありでしょうか?」
「今回の異変には不安定な要素はいらないはずなのよ、今回は結果がわかっている異変だからね」
そもそもが出来レースに近い今回の異変。
スペルカードルールを広めるために八雲紫に利用されているのだから、結果も負けて当然とレミリアは考えている。
だが負けるにしても派手に、幻想郷に紅魔館ありと知らしめられればいいと考えているレミリアは勝ち負けに拘ってはいなかった。
拘るのはあくまでも身内、それも妹の事だけ。
紅魔館が知られ、過去外の世界で恐れられていたくらいの認知度を得られれば、すっかりと引き篭もった妹も昔のように外に出て狩りにでもでるかも‥‥そういった確証などない考えの元に妹を遠ざけたのだが、アイギスがフランを混ぜる理由がわからなかった。
「まぁいいわ、それよりそろそろ出番よ。どちらに行くかは任せるから好きな方と楽しんできなさい」
侵入者は二人、その内にどちらと遊んで来ても構わないと従者に述べる屋敷の主。
普段であればあちらの相手をしてこいと傲慢に話すレミリアだったが、今回は負けの決まった遊びでそれほど気合を入れてはいない。
それ故判断も咲夜に任せていた。
「命じてはくださらないのですね」
淑やかに頭を垂れたまま、レミリアの顔は見ずに咲夜が問いかける。
問掛けを受けてレミリアが少し笑うと、下げていた頭を上げて仕える主の方を見るメイドだったが、目と目が合うとニヤッと笑われてしまい少しだけ恥ずかしげな表情を見せた。
回されるのなら地下だろう、不安要素であるフランドールがいる地下の方が騒がしくなりそうだと咲夜も考えていた‥‥が、心情としてはそちらよりも……そんな可愛い悩みを浮かばせているとレミリアから追加の言葉が伝えられた。
「遊んで来いって命じているわ、聞き分けよく好きな方に行きなさいな」
「‥‥では手練だと思う方に向かいます」
見本のような礼をして忽然といなくなる咲夜、一瞬で消えた従者を見送り、手練などとさもありそうな理由を言わなくてもと笑うレミリア。
慕う美鈴を敗った相手に向かう、運命を読まずともそうわかっているレミリアがニヤニヤと笑み、感情を表に出さず冷静さだけを見せるようになったが、中身は可愛い生き物のままだと咲夜を評し席から立った。
立ち上がりバサッと翼を開くと窓の外を仰ぎ見る。
今も何処かから見ているだろう妖怪の賢者に向かい、利用されるだけでは終わらせず何かしら感じさせてやろうと、牙を剥いて狡猾に嗤った。
~少女達行動中~
それぞれがそれぞれの場所で動き、勝負を決めたり勝負を挑みに再度動き始めた今、地下の大図書館では新たな動きが見られた。
地下へと続く階段を進もうとした黒白少女が地下から現れた者に阻まれて、箒ごとぶん投げられ、奥の本棚に向かって叩きつけられようとしていた。
勢い良く投げられた少女がクルクルと飛ばされると、本棚に当たる寸前でなんとか静止する。
「いきなり何を!‥‥って、お前は確か」
静止した少女が地下から歩み出てきた者、アイギスに向けて知ったような顔をする。
見られている側は思い当たる相手がおらず、首を傾げていた。
「はて、どちら様でしょうか? 人間に知り合いなどあまりいないはずなのですが」
「うちと香霖の店で何度か会ったな、覚えてないのか?」
「うち? それと香霖の店と仰られますと‥‥髪色や雰囲気からすると霧雨のお嬢さんでしょうか? 暫く見ない間に随分大きくなられたようで、確か魔理沙様と仰られましたか?」
正解だ、と朗らかに笑う黒白少女もとい霧雨魔理沙。
笑みを見てようやく合点がいった顔になるアイギスだったが、確かに数回は会っているなと思いだしたようだ。
種の買い付けやらで訪れた霧雨の大道具屋の中、はしゃいで遊びまわる小さな子どもと、それを見ながら店番をする香霖堂の店主の姿を思い出し、あの子供が少女になったかと少し懐かしんでいた。
「思い出したならいいんだが、それよりいきなりぶん投げるってなんだよ!」
「そっくりお返し致します、いきなり通路に飛び込んできたのは貴方様でしょうに」
「そりゃそうだが‥‥それでもだ、出会い頭で雑な扱いをしてくれたんだ、やり返される覚悟はあるんだろうな?」
アイギスに問い掛けながら持つ魔道具に力を込めていく。
耳の奥まで響く高い音が鳴ると一枚のスペルカードを取り出してちらりと見せる魔理沙、提示後すぐに光を宿した八卦炉から極太のレーザーが放たれた。一瞬でアイギスの眼前にまで迫り光が全身を飲み込もうとするが、アイギスの指が鳴るとレーザーの照射部分の殆どが穿たれ消えた。
「おいおい、そりゃあ反則だぜ?」
「反則とは?」
「弾幕ごっこなら避けるかスペルカードでどうにかするかしないと‥‥」
反則だと言った魔理沙が反則理由を話す最中でも構わず鳴るアイギスの指、動きを見せた黒羊を警戒し速度を上げて飛ぶ魔理沙。
つい先程までいた辺りの本棚が綺麗に円を描いて消えるのを見ると、弾幕はどうしたともう一度文句を述べるが、そんな事はどうでもいいというように瀟洒に笑むアイギス。
「いつ私が弾幕ごっこにお付き合いすると申し上げました?」
「何言ってんだ? 異変での争い事はスペルカードルールで‥‥」
「異変を起こしたのはこの屋敷の者達でしょう? 部外者である私には関わりない事。今回は付き合えとお願いされてはおりません、願われた所で付き合う気もありませんが‥‥霧雨様こそ何かお忘れでは?」
魔理沙が全て言い切る前にアイギスが言い返す。
魔理沙からすれば異変の最中で出会った妖怪であり、異変を起こした連中の一味と考えられなくもないがアイギス自身は部外者であり、楽しい弾幕ごっこに興じるつもりもなかった。
見ている分には美しく楽しい物だが自分でやるには温い、好ましいのはもっと血生臭い争い事だと自認している黒羊が笑んだまま魔理沙を諭す。
「忘れてるってなんだよ!?」
「里の外で出逢えば身の安全は保証しない、私はそのようにお伝えしております、だというのに貴方様は勝負を挑んでこられた……お言葉をお返し致します、死ぬ覚悟はございますね?」
幻想郷縁起に記された自身の内容を話すアイギスが、いつもの様に愛用のスコップを顕現させ周囲に展開し派手に回転させる。形だけは弾幕ごっこ用の物に見えるが、ちょっとでも触れれば人間の少女など捩れて切れる勢いで回る切れない刃、時々わざとぶつけて火花を立てると、火花立つ回転ノコギリの奥で悪魔が笑む。階段で魔理沙に見せたように赤黒い瞳を輝かせると、少女の後を追うように空中へと飛翔した。
笑んだまま獲物を狙う羊の悪魔。
不安要素であるフランドールの箍にしたつもりのアイギスが、今回の異変で一番の不安要素になろうとしている事を、喉に手を当て咳き込む魔女が見ていた。