東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第三十四話 動きたい蝙蝠と動かない大図書館

 何もない天井を見上げる子供。

 暗く血の匂いが染み付いてしまっている室内で、ぼんやりと天を仰ぎ見ている。

 見つめる先は唯の天井だが、そこから続く何かを感じ取り、赤い瞳に楽しげな光を灯して見知った天井を見つめていた。

 

「なんか外が煩いね」

 

 キラキラと輝く金の髪を結い、左の側頭部だけで纏めたサイドテールを揺らす少女が見上げる先を天井から誰かの顔へと変える。

 少女の見る先にいるのは室内に溶け込むブロンズ色の肌をした女、足を揃えて座る女の膝の上で、対面するようにその少女は座っていた。

 

「気になるのでしたら見学にでも‥‥」

「行かない!」

 

 椅子代わりの女、アイギスから気になるのなら見学に行こうと誘われるが、強い拒否の姿勢を見せる部屋の主フランドール・スカーレット。

 争い事で感じられる門番の妖気や、誰かとじゃれ合う書庫の主からも魔力を感じ取り、瞳には私も混ざりたいと浮かばせているが変に我慢をして部屋から出ないでいるようだ。

 

「見るくらいでしたら止められる事もないように思われますが?」

「だって、見たら我慢できなくなるもん」

 

 門のある地表辺りから聞こえる爆発音や、近くの書庫から聞こえてくる、弾幕が地面や本棚に当たり弾ける音が響く度にピクリと揺れる金のサイドテール、音が聞こえてくる方向をちらりと見つめる赤い瞳。

 そういったフランドールの五感に届くモノから、外で行われているのはとても楽しい事だという事はわかる‥‥が、それでも我慢を続ける幼子がポツリとつまらなさそうに話した。

 

「知ってるわ、私は混ざっちゃダメなんでしょ?」

 

「そのような事はないと‥‥」

「じゃあなんでお姉様はカードくれないの?」

 

 俯くフランドール。

 見上げていたアイギスの顔から腹の辺りに視線を落とすと、視界に入った黄色のネクタイの先をむんずと強く握りしめた。

 以前の異変時に何も話してくれないと姉に文句を言った後から、この屋敷に住む吸血鬼姉妹は良く話すようになった、けれど話をするだけで今回の異変にはフランドールは関わらせないとも姉は言っていたようだ。

 

『こういった事をするから、貴女は終わるまで静かにしてて』

 

 姉から言われたのはそれだけ。

 言うだけ言われてスペルカードも渡されずに自室に追いやられた妹。

 きちんと話はされているから以前のように怒髪天を突くような怒りは見せないが、それでも一緒に遊べないことに不満たらたらといった雰囲気だ。

 俯いてしまったフランドールをどうにかあやそうと、下を向く頭に手を置いて撫でるアイギスだったが、それくらいではフランドールの不満は収まらず今度はアイギスに噛み付いた。

 

「アイギスだってなんで私といるの? また暴れたら困るから? あの紫色のお姉さんに頼まれたの?」

 

 ネクタイをグイグイと引っ張り文句を言う妹様。

 言っている内容はほぼ正解で、そのあたりの事は一切話していなかったが、騒ぎが始まる前にアイギスが来た事と屋敷内の雰囲気から察したようだ。

 利発で聡明になられたと、なにか納得するような顔で微笑むアイギスの頭が引っ張られる度に揺れていた。

 

「八割方は正解ですね、今回は頼みではなくお願いですが」

「お願い?」

 

「レミリア御嬢様には内緒ですが私のお仕事は終わっていまして、今回は友人からのお願いで訪れております」

 

 仕事では来ていない、正直に話すとフランドールの瞳が再度アイギスを捉えた。

 姉には内緒の事を話して秘密の共有でもできれば少しは機嫌が戻るか、と考えたアイギスであったが思ったほどの効果はなく下げた頭が上がる程度で、フランドールの顔に書かれた不満は消えない。

 

「お友達‥‥アイギスにはお友達がいるのね、私にはいないよ?」

「外出されないのですから出来る機会もありませんし、出来なくて当然では?」

 

「だって……外怖い」

「怖い? 吸血鬼である御嬢様が恐れるモノなどあまりないのでは?」 

 

「だって‥‥」

 

 再度下がるフランの頭。

 モゴモゴと口を動かしているがそこから先の言葉は出てこない、思う事を言って成す姉とは違い妹は我慢強く自分を外に出さない事が多い吸血鬼の姉妹。

 見た目といい性格といい本当に母親似だと、久しぶりにフランドールの親を思い出すアイギスだったが、考えている内にネクタイを強く引かれて頭を下げられた。

 下がった首にフランドールの両手が回されると、そのまま膝から浮いて抱きつく形になった悪魔の妹が耳元で囁いた。

 

「また壊したらお姉様に嫌われる‥‥」

 

 ぼそっと言ってから抱きつく力が強くなる。

 何の為の我慢か、それを一言で表すのなら今の言葉だけで十分だろう。

 ギュッとくっつく妹を片腕で抱いて、したくてする我慢などはなかったなと感じる黒羊がゴソゴソと胸元を探り出した。

 フランドールの腹の辺りで動くアイギスの手、くすぐったいと少しだけ明るい声で話す妹を余所に、スーツの内ポケットにしまってあった新品のカードを取り出した。

 

「よろしければお使い下さいまし」

 

「それって、スペルカード?」

「左様です、紫色のお姉さんから渡されたのですが何分私の性には合いませんので、御嬢様に差し上げますよ」

 

 押し付けた桶の代金として引っ越しの手伝いを。

 八雲紫からはそう言われていたが本格的に住まいを移す事はせず、地底にも住居を構えたままにする事にしたアイギスが、代金代わりに押し付けられたスペルカードを自身とフランドールの間に割り入れた。

 視界に入って数秒はマゴマゴと、躊躇するような仕草を見せていた妹君だったが、カード越しに笑んでいるアイギスの顔を見てからくっつけていた体を離しカードを受け取った。

 姉からは貰えなかった新しい遊びの道具、これがあれば楽しい遊びに混ざってもいいと決められている物がフランドールの手に収まると、嬉しそうに頬を綻ばせたが‥‥すぐに笑顔に影が差した。

 

「貰ってもつかえないわ、これって唯の紙なんでしょ? 私、加減出来ないもん」

「加減が出来るように、壊さずに済むように少し練習を致しましょう、私でよろしければお相手仕りますので」

 

 影が差したままの顔がさらに暗くなる。

 アイギスの申し出を受けて背に生やした宝石のような羽が爛々と輝いてしまい、眩いばかりの光を放ってしまったからだ。

 少し眩しくてアイギスが目を細めると、ちょっとだけ輝きに落ち着きが見られたが、それでも光り輝いて嬉しさを表す。くっついていた体を離し部屋の光源となっている羽を羽ばたかせると、アイギスに向かって正面を切り、早く早くと催促し始めた。

 つい先程まで我慢して、暗い顔を見せていた事などわからないくらいのはしゃぎっぷり。

 この程度の事でこうまで喜んでくれるフランドール、いらない我慢から開放されるかも、と見た目通りの幼女らしいはしゃぎ方を見せると、それを眺めているアイギスも少しだけ楽しそうに笑んだ。

 門番が幼かったメイドに感じたように、アイギスも可愛い生き物だと感じ、何も書かれてないカードを掲げ笑う子供と対峙した。

 

~少女練習中~ 

 

 ありとあらゆるものを破壊する妹が、何をどうしても壊れない、壊れる素振りが見られないアイギス相手に致死量たっぷりの弾幕を放ち始めた頃。

 妹の部屋から聞こえてきた激しい音を聞きながら5色の弾幕を放つ魔女が、対決する見習い魔法使いを見つめていた。

 争い始めてすぐはただの模倣者、見た目から入り携えたアイテムの力を垂れ流しているだけだと感じていたパチュリーだったが、どれだけ撃っても躱される状況から評価を改め始めていた。

 

「まだまだ未熟、そして荒い。でも伸びしろはありそうね」

 

 自身の周囲に浮かぶ5色の魔法石からそれぞれの色に似合った魔法弾を放つが、本棚の影に隠れてみたり軌道を読み制動をかけて逃げまわる人間少女を評し話す。

 きっとこの呟きは相手には聞こえていない、そう理解しているがこれはパチュリーの独り言。

 聞こえていようがいなかろうが構わなかった。

 呟いてから遠く広がる本棚の中に消えた少女を探すように目だけを動かす魔女、いつかもこうして侵入者を探したな、と少し余裕のある表情で探している。

 

「随分奥まで逃げたのね……でも、そこは危険よ」

 

 5色のクリスタルの一つが淡く輝くと、遠くで同じ色の赤い爆風が上がる。

 爆風と同時にうおっという女の子の叫び声が聞こえると、仕掛けたパチュリーからもフフっという楽しそうな声が漏れた。

 九尾の狐相手でやらかした失敗を元に配置していた魔法陣、試作中の自動制御が上手く動いたと自画自賛していると、爆風を利用し飛び進んできた侵入者が弾幕を放ち攻め寄ってきた。

 牽制用の弾幕の奥で、少女が携えた八卦の魔法炉に魔力を込める。

 

「それは見た、タメがいるのよね‥‥」

 

 向かってくる弾幕を魔法障壁で受け、輝くマジックアイテムだけに狙いを絞るパチュリーが一枚カードを提示した。

 手元には若葉の緑色に似せて塗られたカードが見える。

 

――木符「シルフィホルン上級」

 

 宣言と共にクリスタルが変色し、5色だったものが緑一色になるとパチュリーの背後弾けた。

 チュインという甲高い音を立てながら魔女の周囲から飛び出てくる、緑色の木の葉のような弾幕が黒白少女へと向かって一定方向から向かっていく。

 ふわりと一度広がった後敵対者に対して斜めに進んでいく木の葉。

 あまり速度がない木の葉乱舞の中を、黒白の魔法使いが縫うように飛び距離を詰めてくる‥‥が、一定距離まで近寄るとパチュリーが再度カードを提示した。

 次に見えるは青いカード。

 それを見せると展開していたクリスタルに変化が起きる。

 緑一色だった魔法石に青が混ざると、弾幕にも変化が起きた。

 

――水&木符「ウォーターエルフ」

 

 宣言とともにゆらゆらと舞っていた木の葉が消えて、パチュリーから緑と青の球体が発生し書庫内の空間を二色で埋め尽くしていく。

 魔女から放たれる多量の弾幕を見て、軽く口笛を吹いた後に初めて黒白少女が言葉を発した。

 

「二つの属性が混ざってるのか、器用な魔法使いもいるんだな!」

 

 パチュリー自身から発せられる魔力と弾幕から感じる魔力を肌に感じ、少女が素直に褒め称えた。

 魔法を操る事だけであれば確実にパチュリーに分がある、そういった事がわかりそうなほどの素直さを見せる人間少女がヘヘッと笑う。

 笑む余裕などないと言うようにパチュリーの弾幕が空間を支配していくが、ここで笑った少女もカードを示した。

 

――魔符「スターダストレヴァリエ」

 

 提示すると同時にタメていた魔道具を軽く放る少女。

 攻撃用のアイテムを手放すなど、と隙を見逃さずに弾幕を集中させるパチュリー。

 黒白の姿が見えなくなるくらいに弾を集中すると、放った先で何かに当たり弾が弾ける音が聞こえてきた。

 攻め手を見せるには遅かった、パチュリーがそう考えたと同時に放った弾幕が何かにかき消されていく姿が視界に映る。

 

「当たったはず、だけれど‥‥」

 

 スペルの効果時間が過ぎて、通常仕様に切り替えたパチュリーが喉元を数度撫でてから目を細める。

 息遣いと共に細くなった視界に映るのは自身の放った2属性の弾幕が何かに当たり弾けていく姿、何事かと訝しんでいると最後尾の弾が掻き消えて、その奥から黒白少女が真っ直ぐに飛び出してきた。

 跨る箒の先からは綺羅びやかな星を引いていて、自身も流星のような速度で真っ直ぐに突っ込んできた。

 慌てて通常弾で撃ち落とそうとする魔女だったが、続けざまに放った属性魔法の影響か、少し前から患い始めた喘息の症状が出てしまい、回避も迎撃の手も止まってしまう。

 勢いが緩み少なくなる魔法弾幕。

 その中を真っ直ぐに突き進む少女が、パチュリーに突貫し空中でハネた。

 派手に跳ね飛ばされて落下していくパチュリーを、速度を緩めずに拾いに回る侵入者、床に当たる前にどうにか掴んでそのまま床へと降りていった。 

 

「侵入者、それも見習い魔法使いに負けるなんて‥‥私とした事が」

 

 荒くなった吐息と共に負け惜しみも吐くパチュリー。

 この人間の魔法を扱うと語る見た目や、小悪魔に対して見せた極太のレーザー等から遠距離特化と考えていたが、先ほどのように突撃かまされて落とされるとは思っていなかった。

 種族柄か弱い人間に体当たりで撃墜されるなど完全に予想外で、思わず愚痴が出てしまった。

 

「お? 文句を言うならもう一回やるか? 何度でも退治するぜ?」

「遠慮するわ……」

 

「そうか、それよりお前凄いな。水と後はなんだ風か? 西洋魔術を混ぜるなんて思いついてもやろうと思わなかったのに、五行の相生(そうじょう)か?」

 

 水生木(すいしょうもく)、そう返事をしようとするが咳き込んでしまい言葉にならない。

 火力調節し加減までしている魔法をたかが数発放ったくらいでこれでは、と自己嫌悪するがこれは魔法を放ち消費したからではなく、少女がかかったトラップのせいで舞い飛んだ埃や塵のせいである。

 普段の冷静なパチュリーであれば空気の汚れ具合にも気がつくのだろうが、今の魔女殿はまさかの敗北に気を取られ気がつけずにいるようだ。

 

 そんなパチュリーを余所にして勝者となった魔法使いの少女が周囲を見る。

 邪魔者が静かになり宝探しするには絶好の機会となったが、周りの本棚に収まっている魔導書や禁書には横目で見るだけで留まった。

 チラチラと左右を周囲を確認してから気がついた一箇所へ向かって、ふわりと飛ぶと真っ直ぐに向かっていく。ただでさえ暗い書庫内で、更に暗い一角にある地下への階段、そこに向かって飛んで行く魔法使い。

 屋敷の地下にはお宝の山があった。

 ではその更に地下には何が?

 単純な発想と真っ直ぐな好奇心に動かされて地下へと続く階段へと入りかけた時、明かりのない下り階段の中で光る赤黒い目と視線が重なった。


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