東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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~広がる赤い霧~ ―紅霧異変―
第三十三話 動き始める者達


 満月の訪れと共に、太陽の見えない暗い日が続いた。

 昼間は少しだけ明るいが、今のような夜間になると暗さと視界の悪さから晴れているのか曇っているのか、わからないような天気が幻想郷を包み込んでいる。

 陰りの原因は霧の湖にある。

 この地に建ったお屋敷の主が、今は見えなくなってしまった月に向かい両手を広げ何かを撒いて以降数日、この様な赤暗いような天気となっていた。

 たった一晩でお日様の光も空模様も読めなくなってしまった幻想郷の空。

 夜を生きる妖かし達は昼間から元気に過ごしていたり、霧に含まれる魔素に感化され少し騒いでしまったりと、一部分を覗いてそれぞれがこの異様な空模様を楽しんでいた。

 その一部分に含まれないもが紅魔館近くの湖上空を漂う、この妖怪はあまり楽しめていない側であった。両手を広げゆらゆらと、何も考えずに漂う宵闇の妖怪ルーミアがこの騒ぎに乗じて考える事はただひとつ。

 

「今日はご飯、食べたいな」

 

 漂いながらぼそっと呟いたコレだけであった。

 良く言えば寛大な、悪く言えば面倒くさがりな彼女は自分から餌を求めて湖を離れる事はあまりない。彼女は自身の縄張りからあまり離れず、湖に訪れる大物狙いの釣り人をメインの食事としていたというのに、数日前からルーミアは食事を取れていない。

 数日前の満月の晩に突如広がった紅い霧を恐れた人間が、釣りなどと遊び歩いている場合ではないと閉じこもってしまい、ルーミアの餌場に姿を見せなくなっていた。

 

「お腹、空いたな」

 

 湖の湖面近くまで高度を下げて、遠くに見える屋敷を見る。

 気持ちの上では両手を広げずに腹を抑えて飛びたいくらいの人喰いだったが、気に入らないと喧嘩を売りに行ったあの屋敷には食料である人間がいるのを知っている。

 けれど、あの屋敷にいる人間は食べられる部類の人間ではなかった。

 

「近くにご飯がいるのに‥‥美味しそうなのにな、アレ(咲夜)

 

 背を湖畔に、正面を紅い空に向けて飛ぶ。

 ここ十年近くずっと狙っている獲物を思い、あれが食べられたらきっと美味しいとおよそ少女らしくない笑みを浮かべ、アレの味わいを想像する。幻想郷にたまにいる飛べる部類の人類、人間でありながら空を飛び移動する連中は総じて異能者であり、その味わいはルーミアの嗜好にこれ以上ないというくらいに合っていた。

 そんな至高の逸品が、最近はとんと見かけなかった種類のご飯が近くの屋敷にいる‥‥すぐにでも襲える距離にいるというのに、屋敷を守る門番にあしらわれ食せず、年月が経った今では成長した咲夜自身にすら敵う事がなくなってきていた。

 

 ゴソゴソと体を弄り何かを取り出す、ルーミアの手元には何か、雑な文字列が目立つカードが数枚ほど収まっていた。

 コレのせいでやりにくい。

 そう考えながらも、コレを守らないとスキマ妖怪も、コレを押し付けてきたマズかったご飯もやかましいのだろうなと、小さな舌打ちをしてゆらゆらと湖面を飛んでいる。脳裏に浮かぶ大嫌いな面倒、それと対面しているルーミアの瞳に映るモノがあった。

 

「お~‥‥美味しそうなのが‥‥二人も‥‥」

 

 ルーミアの視界に映るのは飛べる部類の人類が二人、一人は霧に溶け込む赤い巫女服に、白い袖だけが独立した一風変わった装束の少女。

 もう一人はルーミアの衣服と近しい色合いで、黒いスカートやとんがり帽子が目立つ少女。

 どちらも湖の対岸にある紅い屋敷を目指し飛んでいて、湖面スレスレにいるルーミアには気がついていないような雰囲気で、少しの会話をしながら真っ直ぐに飛翔していく姿が見えた。

 

「あれは食べていい部類の人間よね、こんなお天気の夜に出歩くんだもの‥‥どちらにしようかな?」

 

 久しぶりに見る咲夜以外の飛ぶ人間、それも少女。

 食べるならあれくらいの年代が好ましい、成長途中で未成熟だがそれ故の柔らかさや瑞々しさなどがルーミアには堪らないものだった。

 

「紅い方も美味しそう、でも黒い方も捨てがたいわ。本当にどちらにしよう? いいや、食べられる方を食べよう」

 

 心から嬉しそうにニンマリと嗤う夜の人喰い。

 夜空を進む二人に狙いを定め目を細めると、久しぶりのご飯だと思考もそちらに切り替える。熟れ落ちる寸前の鬼灯みたいな紅い瞳を輝かせ、赤い空を進む少女達の元へと漂い飛んだ。

 

~少女吟味中~

 

 湖上の二箇所で始まった弾幕ごっこ。

 それを濃い赤色の屋敷を背にした美鈴が眺めている、いつもの様に門に背を預け寄りかかるような姿勢ではなく、紅魔館の門から少しだけ湖側に進んだ辺りで浮かび滞空していた。

 遠くで美しく広がる流星群やお札の波、それと対するように黒い空間から赤いレーザーのような物やキラキラとした氷のツブテが、赤い空の中に広がり、実戦だとああなるのかと頷くながら眺めている。

 

「綺麗なものですねぇ」

 

 巫女らしい破邪の弾幕に真っ直ぐさが伺える緑の矢尻に似た弾幕、キラキラと輝く氷弾や細い筋から太く変化する白いレーザーなど、四者四様の弾幕をバラ撒いて、夜空を縦横無尽に飛び回る少女達に目を奪われる美鈴。

 それぞれ個性が見える少女達を視界に入れ、湖全体を見るように目を細めていたのだが、いつからか見つめる先は二人に集中するようになっていた。 

 

「人間の、それも子供が上手にやるなぁ」

 

 美鈴が呟くと同時に湖上の一部を覆っていた闇が薄れる。

 薄れた闇の中心には少しだけ驚き顔の、それでも楽しそうに弾を放っては緑色の弾幕を身に受けるルーミアの姿があった。

 両手を広げ飛ぶ姿は十字架のようにも見えるが、相手取る黒っぽい少女にはどう見えたのだろうか?

 

「どちらの人間も勢いがあるし今日はルーミア達の負け、か」

 

 腕組みする武道家の目に留まるのは氷精が湖に墜落していく姿。

 ほぼ同時に始まった弾幕勝負だったが、先に決着がついたのは氷精と赤い少女の勝負。氷精がスペルカードを提示して記述されたスペルを放ったが、真正面に立つ少女が逃げることもせずに真正面から御札と針の弾幕を浴びせて気持よく勝利していた。

 

「どちらの人間も本当に上手、私じゃダメっぽいなぁ。咲夜さん(うちの子)ならどうにか、ってところかな?」

 

 遠くでご飯が~、という断末魔が聞こえその後すぐに落水する音も聞こえてきた。

 水音の方へと美鈴が視線を流して弱気な言葉を吐く、美鈴はスペルカードルールでの争い事を苦手としていた。日々鍛え上げた美鈴の武術は此度の争いではほとんど意味を成さない、卓越した回避や読みなど技術面では研鑽した武が光るだろうが、一番の持ち味である氣を使った物理攻撃という面ではまるで意味がなかった。それ故美鈴は弾幕での勝負を苦手としていた‥‥

 が、すぐに思い直したようで、組んでいた腕を解き右拳を左手で受けパシッと鳴らす。

 

「いけない、気を引き締めないと。生き死にとは遠いってお話だけど勝負には違いない、ならそれらしくやらねば御嬢様にも相手にも失礼‥‥よし、やる!」

 

 一度鳴らした拳を再度鳴らす、それだけで美鈴の気概は酷く集中した。

 自身の内に流れる気を操り、意識を血の流れにくい闘争の場へと向かうようにしたのだろう、雑用から警護まで器用にこなす美鈴らしい小器用な気合の入れ方であった。

 そうして闘気の巡る門番の前に、先に勝負を決めてきた赤い少女が高度を合わせてくる。

 

 行く手を阻むように滞空する美鈴に向かい、なんの会話もないままに巫女が針と札を放ち始めた。

 表情一つ変えずに投げつけられる巫女の弾幕が美鈴に迫るが、両手に気を纏い真っ直ぐに奔ってくる破魔の弾幕をいなしながら回避し続けてみせた。

 ある程度捌いたところで巫女からの弾幕が少し弱まる、不意打ちに近い攻撃を捌いて見せた妖怪が気になったようだ、対峙する距離を僅かに寄せて美鈴と会話出来るくらいに近寄ってきた。

 

 が、美鈴は流れに乗らず懐からカードを一枚取り出した。

 一瞬だけあれ? という顔を見せたがその表情が巫女に伝わる前にカードを宣言する。

 

――華符『芳華絢爛』

 

 宣言すると同時に美鈴の気配が変わり、華やかな色合いの気を纏う。

 そのまま纏う気を全身から発し、美鈴を中心とした空に咲く華のような弾幕を展開し始める、ブワッと全周囲に広がっていく花弁の弾が巫女を包んでいく。

 美鈴が見せた初のスペルカードだったが、それでも巫女の表情は変わらず、詰めた距離を再度開いて花弁のスキマが広がる辺りまで後退すると再度破魔の弾幕を放つ。

 迷いなく花弁の中央へと進む破魔の流れ。

 美鈴が動きまわっても狙われ浴びせ続けられて、設定した耐久力の限界を感じると、スペルの終了を告げるように花弾幕のカードを巫女へと投げた。

 

「参ったな、巫女さんの足止めをするつもりが‥‥」

 

 巫女がカードを受け取ったのを確認すると、何かを探すようにがさごそと体をまさぐる美鈴。

 探しているのは用意していたはずの他のスペルカード、だったがどうやら持ち場にでも忘れてきたらしい。今日に向けて準備していたものを本番で忘れるとは、と恥ずかしそうに苦笑するが表情を変えた事で巫女の気を引けたようだ。

 

「あんたは私の事知ってんのね、さっきの雪ん娘は知らなかったみたいだけど」

「騒ぎを起こせば鎮めに来るのは巫女さんだと聞いてますので。あれは湖にいる妖精ですし、私達とは関わりないですね。それよりも‥‥」

 

「あ! 逃げるな!」

「またすぐに会えます」

 

 戦いから話へと気を移していた巫女を余所に、全速力で屋敷へと戻る美鈴。

 武人として戰場から背を向けるなど、と考えながらも逃げも三十六計の策の内だと自身をごまかし全力で引いて見せた。追いかける素振りを見せた巫女は、二人の弾幕勝負に感化された野良妖精連中に絡まれてすぐには動けず、グングンと距離を離されていった。

 

~少女後退中~

 

 門番が巫女と戯れている頃。

 守る者がいなくなった門を抜け、するりと侵入を果たした者がいた。

 空を飛ぶために跨っていた箒を片手にコソコソと動く黒い奴、廊下ですれ違う妖精メイドには容赦なく弾幕をぶつけ騒がれる前に静かにしてから動く侵入者がいる。

 

「行くな、と言われると行きたくなるってな。何があるか知らんが何かあるんだろうな?」

 

 廊下を曲がりながら、メイドを蹴散らしながら下り階段を探す黒白がブツブツと呟く。

 異変の中心地に向かって来る最中、隣を飛んでいた巫女から言われていた事は地下へは行くなという事だった。

 何がある、何がいる、そういった事は何も話されていないが、嫌な予感がするから地下には近づくなと注意されていたが、この少女の悪い癖が出始めてしまい止まらなかった。

 

「良い物があればいいんだが、お? あそこが下り階段っぽいな‥‥行けないようになっていたら諦めたんだが、行けるんじゃしかたないぜ」

 

 楽しげな独り言が狭い階段内で響く。

 ササッと動いて階段を下る少女がこの先にある何かに期待し、楽しそうな表情で暗い地下へと進んでいくと、屋敷に比べると新しい、作られたばかりに見える扉が視界に収まった。

 あからさまに何かがある扉をギギッと鳴らして中へと踏み入る少女だったが、室内に入った瞬間から完全に動きが止まってしまった。

 

「こりゃすごいな」

 

 周囲をぐるりと見回しても見きれないほどの本棚。

 入り口の横から遠く見える先まで、どこまでも続いているくらいに並ぶ本棚を見て、身を隠すことすら忘れて感想を述べる少女。

 少しの間書庫内を眺めてから近くの棚に寄り、並ぶ背表紙を流し読みしていく。

 

「おや? 見慣れない……青々しい娘がいますねぇ」

 

 本棚に沿って、ズラズラと続く本の世界へと歩を進める少女を見るのは怪しい瞳。

 歩む先を見ずに背表紙に気を取られている少女の後方、ポツポツと灯る明かりの中間で姿こそぼんやりとしか見えないが、頭に生やす羽と下品な物言いからここの主ではないとわかる。

 

「何かお探しでしょうか?」 

「見てわからないか? お探しだ」

 

「ではその探し物、言いつけて下されば私がお持ちしましょう」

 

 ニコニコと、表面上では微笑む小悪魔が次の言葉を待つ。

 ○○を持ってきてと願われて、それを届ければ契約は成り、この娘の魂でも体でも好きにできる。早く言えと笑む裏で毒を吐く小悪魔に、黒白の少女が何か八角形の携行品を構えて返答を述べた。

 

「気が利くな、それなら先にお駄賃渡してやる」

 

 話す少女が右手をがさごそとエプロンのポケットに入れる、取り出したカードをちらりと見せると、その小さな手に収まる八角形に光が灯った。

 灯った光が道具の中心に向かい集まると少しずつ輝き始め、キィィィンという甲高い音が鳴ると、小悪魔の顔から笑みが消え、舌打ちしてから距離を取るように後退していく。

 下がりながら牽制の魔力弾を放つ小悪魔だったが、少女の手元に光が集束すると、その中心部から光が激流となり顕れた。

 轟音と共に若々しい魔力が少女の手元から垂れ流され、その光の中へ姿を消した小悪魔だったが、弾幕ごっこ用の火力では消滅するまでには至らず、光の進む方向へと体毎吹き飛ばされ奥の本棚の棚部分へと体を埋めていった。 

 

「釣りはいらないぜ!」 

 

 光と音が静まると八卦の文字が浮かぶアイテムをしまい、ふっとばされてすっかりと姿の見えなくなった小悪魔に釣りはいらんとのたまう少女。

 ヘヘッと笑んでとんがり帽子のつばを上げると、隠れていた視界の外で宙を漂う誰かを見つけた。見た目パジャマのようなローブを着こんで見た目から活発ではないと語る魔女が、魔力の流れを感じ取り少女を見下ろしていた。

 

「人間‥‥の、魔法使いね」

 

 下で見上げている少女には聞こえない声量、自分にしか聞き取れない声で話し、瞬きをしてから少し長く瞳を瞑り開いたパチュリー・ノーレッジ。

 一瞬だけ考えた外での事、魔の者だと両親を焼いた人間が魔の者の真似事など……そう考えたようだが、すぐに思い直した。

 この世界は外の世界とは違う、人間が魔法を疎み嫌う事などない世界。怪しむ事はなく、寧ろ学び己の手段として選ぶ世界なのだと視界に映る黒白の魔法使いを見て感じたようだ。

 キッカケこそ押し付けられた異変だったが、そう悪くない初戦になりそうだ、と用意していたスペルカードをそっと撫でる。

 カードを撫でると、パチュリーにしては珍しく、柔らかな表情を見せ少女と対面した。


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