東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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幕間 書物に記される悪魔~幻想郷縁起~

 血煙が舞った地底の喧騒。

 突然訪れた見知らぬ妖怪、いや悪魔がやらかした大惨事。

 あの騒ぎのせいで地底の様子は少し変わった。

 住まう妖怪たちは何一つ変わっていないが、作り変えられた町並みが一新されて、以前の荒々しい雰囲気を残したままに温泉街の様相を見せるようになっていた。

 騒動の震源地近くにあったが、普段から鬼がいついて頑丈さに定評のある酒処や、騒ぎの中心であった旧地獄街道とは別の通りにある店などは無事だったが他はまるっきり建て替えられた。

 正面通りに面したこ汚い食堂や長屋などは全て崩れて今は見た目新しい日本長屋となっており、規則正しい高さや間口で立てられて統一感を見せていた。

 拡張された温泉の湯けむりと合わさり、本当に温泉沸き立つ観光地と見えそうな町並みになったが、前述した通り住んでいる輩はまるで変わらないので、綺麗な日本の町に荒々しい妖怪が住むという状態になっている。

 これはこれでオドロオドロしく見えて、こういう怪しさも悪くないと通りを歩く土蜘蛛が嗤っていた。

 

「はいはい、いたら言っておくから勇儀に後から混ざるって言っといておくれよ」

 

 通りを歩きながらあちこちから声をかけられるヤマメ。

 誰にでも朗らかに笑んで見せる佇まいと、その明るい性格、ついでに復旧工事で見せた力からこの地では慕われていて、すっかり地底のアイドルといえるような状態であった。

 かけられたその声に手を振り替えしたり、声の主が見知った者であれば歩きながら少し返答していくアイドル妖怪。今返した相手はこの地底の繁華街を取り仕切る鬼、そのうちの若い部類の下っ端鬼だ。今日も酒盛りしてるから用事が済んだら一緒に来いと、ヤマメを誘って他の誰かも来るように伝えていた。

 

「まぁいたりいなかったり、よくわからないんだけどね」

 

 朗らかに独り言を吐いて、旧都のメイン街道から一本奥に入る。

 通い慣れたようにヒラリと角を曲がって、足が覚えているというくらい余所見をしながら歩くヤマメ。彼女が向かうのは誰かが立てたこちらでの仮住まい。

 奥の通りで並ぶ長屋、その一番端の角の部屋。

 長屋だというのにここにいるのはその仮住まいの女と、同じ通りで仕立て屋を営む猫の妖怪だけ。他に住んでいる者がいないから実質はアイギスとその猫妖怪だけがいる仮住まいとなっていた。

 

「今日は…残念振られちまった」

 

 長屋に立てかけられた板の看板を見て苦笑するヤマメ。

 その看板には木の囲いだけが描かれた絵と『NO』という文字が掘られていて、長屋を改造した店の主はいませんと示していた。在宅、というか開店しているならこの看板は裏返されて、木の囲いの中に羊が1頭後ろ足で立ち『OK』という立て札を持った柄が見えるのだが、裏側の看板がかけられているこの長屋の店には今日は店主はいなかった。看板だと言う割に随分と可愛らしいが、これはヤマメと地霊殿の主、ではなくその妹が一緒になって作った『判じ絵』というものだ、アイギスが開いた店に宛てがって開店祝いに送ったらしい。

 店の入口には積まれた分厚い木材や薄めの木材。

 それぞれが大きさと幅が揃うように切られ、濡れないように長く伸ばされた軒の下に積まれている、ヤマメが店内を覗くと土間には大小様々な丸い輪っかが見えた。

 部材から伝わるこの店の正体、土葬よりも火葬が主流になってきたこの日本で棺桶ではなく違う物、似通った物を作るだけになったアイギスがどうやら桶屋を開いたらしい。

 復旧工事の最中に拵えた風呂桶や手桶なんかが好評で、そのまま幻想郷での暇つぶしにする魂胆のようだった。

 

「いないって事は今日は上かね、偶にゃこっちに来たらいいのにねぇ。クソ真面目なのはいいが、仕事しすぎて儲けてばかりだったら次は台風でも起きちまいそうだ」

 

 軒に積まれた材木に腰掛けて、茶色がかった金眼で暗い天井を見上げる土蜘蛛。

 こちらにも住まいを構えたといっても未だ八雲の子飼い。

 残り数十年となった紫との契約。

 その契約がある限り雇われた立場である黒羊、地底にいる事よりも上で何かをしている事が多いアイギスを、偶には帰ってきたらいいのにとちょっとだけ寂しそうに話す明るい地底の蜘蛛であった。

 

◇◇◇◇◇

 

 地底のアイドルが見上げた地の天井。

 そこから続く幻想郷の地表。

 その地から生える草や木と同じく地面を歩いて過ごす者達が多い場所。

 幻想の里だというのに住んでいる者達は何の変哲も無いものばかりが暮らす人間の里、その一角の畳の上に両足を横に出して座るアイギスの姿があった。

 今日は仕事ではなく約束を果たすために人里を訪れている。

 座っているのは稗田の大屋敷。

 以前に約束した自身の話を伝えに訪れているらしいが、珍しく和室に似合う座り姿ではないアイギス……結構な期間日本で暮らしているが未だ正座には慣れないらしく、和室に座り込むときは片膝立ちか今のように女座りが多い。

 

「種族は羊と…いえそうではなくてですね、こう妖獣とか吸血鬼とかあるじゃないですか。羊さんなら妖獣でいいんですかね?」

 

 アイギスの対面に座る少女。

 少し低めの長机に向かって、筆を持ちながら話しかけている。この少女、稗田阿弥が問いかけているのは自身が書き認めている書物『幻想郷縁起』に書き記すための情報、一度は断られたアイギスから今度は書いてほしいと言われた為に今のように問いかけていた。

 

「そういった意味合いでしたら悪魔、で間違いないですね」

「では悪魔と書き記します……それで、その、旧地獄で好き放題に暴れてきたというのは本当なんですか?」

 

 阿弥自らが書き記した書物に追加を記入し、聞いた話を再確認するように問いかける。

 どうやらみやげ話は既に話されているらしい、一度見た事は忘れないという阿礼乙女が聞いた話を反芻して問い直している。

 

「鬼や土蜘蛛とじゃれ合ってしまいまして、休暇など頂いたものですから柄にもなくはしゃいでしまいました」

「鬼? 忘れられた鬼と同じく土蜘蛛ですか……今こうしているって事はどちらも仕留めてきたと?」

 

「いえ、どちらもご顕在です。楽しい喧嘩相手ですし、一度の逢瀬で終わりなどつまらないと思いませんか?」

 

 思いませんね、表情でそう語る阿弥。

 共感を得られなかったアイギスが少しだけ眉間を潜めるが、妖怪、それも伝承で語られる事もなくなりかけた鬼や土蜘蛛との殺し合いに共感を覚えられる人間などいないだろう。

 いたとすればそれは人の形をした人外か、妖かしを払うだけの力を持った例外的な人間だけだろう。

 

 ちなみにそんな例外的な人間だが、幻想郷には結構いる。

 正確に言えば今後増える。

 その辺りの事も今後少しずつ述べていこう。

 この場は取り敢えず〆とする、アイギスに向ける阿弥の視線が痛々しい物になってきた。

 変に書かれる前に幻想郷縁起を書いてもらうとしよう。

 

 

    種族 : 悪魔

    名前 : アイギス=シーカー

    二つ名: 穿孔の黒羊、素晴らしき穿孔者

    能力 : なんでも穿つ程度の能力

 

    危険度: 極高

  人間友好度: 低

 主な活動場所: 妖怪の山~霧の湖周辺、旧地獄(※1)

         仕事とあれば如何なる場所でも

 

 羊から成り果てたという悪魔。

 本人は種族の通りでそれ以外ではないと言うが、文献に照らし合わせるとバフォメットという悪魔に近い。この悪魔は社交的で会話も通じる、けれどそれは人里の中だけの事で里の外で会う事があれば話しかけたりせず、一目散に逃げよう。

 里の中であれば襲わないという約束を誰かとしているらしく襲わないが、里の外で出逢えば人間は血袋くらいにしか見られない。ただ喰われるだけであればいいが彼女の場合感情を喰べるらしく、恐怖を得るために生きたまま何かをされるとの話だ、泣き叫びたくなければ見かけたらすぐに逃げよう。

 逃げても無駄かもしれないが。

  

 

『容姿』

 背は高いが細身、日に焼けたような褐色の肌の色。

 瞳は赤に黒みが挿した色合い(※2)

 クルクルと巻いていて癖の強い黒髪。

 頭には羊らしい巻き角。

 ベストまで揃った三つ揃えの黒い細身のスーツ。

 中には赤地で黒柄のタッタソールチェック柄のYシャツ。

 ネクタイは黒が多いが、偶に花の香りがする別の物もしている。

 寒くなるとインバネスコートという外套も着こむそうだ(※3)

 足元は黒いハイヒール(※4)

 

『能力』

 そこにあるのなら何でも穿ち穴を空ける事が出来る。

 見える物から見えない物まで、あるというなら問答無用で掘り返すのだそうだ。

 時間や空間、結果など概念的な物であったとしてもそこに存在するのならば穿つ事が可能だというが、幻想郷にいる今は以前よりは弱体化しているらしい。

 崇拝される外の世界であれば前述通り。

 だが、僅かな信仰心しか得られない今は結果などは難しいそうだ。

 一度見せてもらったが、指を鳴らした後に畳に綺麗な真円が空いた。

 縁の下の地面も綺麗に穿たれていて、井戸掘りにいいかもしれないと思える。

 他にも愛用のスコップを振るい物理的に危害を加える事も得意としていて、瀟洒な態度をしながら力尽くで獲物を振り回すらしい。

 

『日常』

 大概は八雲紫の宛てがった屋敷にいるが、仕事となると何処にでも現れる。

 性格は真面目で口調も丁寧、表情も穏やかなモノを浮かべている事が多い。 

 だが、その口調や表情に油断すると酷い目に会うらしい、先に話を聞く事が出来た吸血鬼や魔女がそう語っていた。里内で話しかければ会話してくれるが、興味のない話題になるとすぐに立ち去りいなくなってしまう。 

 

 住まいは前述した屋敷。

 だが、霧の湖に建った紅魔館にもよくいるらしい。つい最近まで地底世界にある旧地獄にいたらしいが、不可侵条約が結ばれているというのにどうやって行ったのだろう?

 ちなみに住まいの屋敷には風見幽香が良く訪れているそうだ、死にたくなければ近寄らないのが懸命だ、行こうと思って行ける場所ではないという話だが。

 八雲の二人を様と呼び仕えているように見えるが、正確には雇われているらしい。

 妖怪や半人半獣、半人半妖とは気安く話す姿が見られるが、特に仲がいいのは紅魔館の者や花の妖怪、地底の土蜘蛛だそうだ。(※5)

 

『幻想郷との関係』

 前述通り八雲紫に雇われて結構前からいるらしい、幻想郷が博麗大結界で閉ざされる前くらいからいたと本人は語る。雇われの警護役、幻想郷を荒らす者達対策として八雲紫が雇った御庭番だと言うが、雇われという割には結構自由に過ごしていて、最近出来た里の花屋なんかにもいたりする(※6)

 

『この妖怪に纏わる逸話』

 吸血鬼異変では八雲紫が戦力として使い、人里を危機から救い出した。

 里の守護者は彼女のお陰で被害が少なくて済んだと語っている。

 風見幽香とは頻繁に争っていて互いに血塗れになるのが常だそうだ、本人はじゃれ合いというが風見幽香と戯れる事自体がおかしい。

 幻想郷に来る前には紅魔館と共に暮らし生きてきた、怒るとあの姉妹が黙るそうだ。 

 温泉旅行のついでに星熊勇儀と真剣勝負をして生き残っている、何度か死んだと言っているが死んだようには見えないし、これは異国人らしいジョークというやつだろう。

 地底にも住まいがあるそうだ(※7)

 

『目撃報告例』

 ・霧雨の大店にいるなぁ、半妖の店員と偶に話してる(匿名)

 ・霧の湖近くの洋館に入っていく姿を見た、門番と話してたよ(釣り人)

 ・真面目な方だが……里の中以外では会いたくないな(上白沢慧音)

 ・あの花の妖怪と並んでうちにきた、二人とも笑顔で怖かった(花屋)

 ・笑顔より目が怖い(著者)

   

『対策』

 里の中でなら今は安全、本人が襲わないと言い切っていた。

 寧ろ里の中だけでしか安全は保証しない、そのようにも言っていた。

 ハッキリと言い切られて、里の外で会ったらどうなるのかまで追求出来なかった。

 もし話してみたいなら人里内で話しかけよう。

 里の中であれば穏やかな物腰で気が余所に向くまでは相手をしてくれるだろう。

 

(※1)地獄にも住まいがあるとか、地元の話か?

(※2)横に伸びる瞳孔が怖い、見透かされそう。

(※3)小説の探偵っぽい。

(※4)踵が高くて疲れそうだ。

(※5)仲良しは殴り合いしないと思う。

(※6)確かにいた、私も見た、花のと一緒だった。

(※7)地底で桶屋を開いたらしいが、何故桶屋?


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