東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第二十七話 怪力乱神を語らず、水滴りて石を穿つ

 普段であればガヤが煩い程度の旧地獄繁華街。

 騒ぎとなっても誰かの喧嘩くらい。

 その程度の煩さであればこの地を預かる管理人も、その三つ目を瞑り見逃すか、自身もそこから発せられる歪んだ心を読み楽しむ事が出来た…出来るようになってきていた。

 だが今日の旧地獄は管理人、古明地さとりが楽しむには少しばかり派手でやんちゃ、可愛らしい小さな彼女の見た目に習って表現するならそんな状態となっていた。

 

「血の池地獄に続いて焦熱地獄、ここは本当に切り離された旧地獄なのでしょうか…」

 

 ずぶ濡れの身体のままぼやく地底の主。

 ぼやく相手は誰でもない、唯の独り言である。

 が、それを聞いて嗤う者が周りにいてそれぞれが煩かった、下を眺めてはしゃぐペットといつの間にかいた自分の妹。

 それらを余所にしながらも見つめる先は同じとする土蜘蛛と橋姫。

 それぞれ何を思って下を眺めているのか?

 妹以外の全てがわかるさとりだったが、下を見て考える事を半ば諦めた。

 

 諦めを三つ目に宿す地底の管理人が見つめる先。

 それは旧地獄街道、そこにいるのは言わずもがなの喧嘩馬鹿二人。

 片方は強く拳を握りしめ、口角釣り上げ嗤う鬼。

 もう一人は滾る心を抑えるように真面目な顔して、両手の指を合わせる悪魔。

 むき出しの腕や生足、頬や首などに焼け焦げた跡の見える鬼が拳を振るう、その度に悪魔の身体の何処かが散っていく、が、殴られた勢いに乗って距離を取り離れると、鬼の身体の何処かを狙い指を鳴らしては訝しむ悪魔。

 

「さっきからパッチンパッチン、なんだってんだい?」

 

 小首を傾げるアイギスと、それに対して問いかける勇儀。

 本日三度目の復活を遂げた先程、その時から指を鳴らして勇儀を穿とうとするアイギスだったが、能力は何故か発動せずその理由がわからずに首を傾げて訝しんでばかりいた。

 

「遊んでいるわけではないのですよ? これはこれで攻め手…のはずなのですが」

 

 殴り飛ばされた頬は醜く抉れたまま、頬から首にかけて着ているYシャツの色と同じ赤に染め上げながらも冷静に返答するアイギス。

 何故発動しないのか?

 鬼には発動しないのか?

 モノは試しと、右手で酒場の奥で火消しに動く鬼の誰か目掛け指を鳴らす、そうするとこちらを見て勇儀の応援をしながら火消しに走る者、青い鬼の角がその根本から角を取るように穿たれた。

 同じ種族のあちらには発動する。

 だがこの鬼に対しては発動しない、歪に発現してしまうアイギスの穿つ能力。

 何故この鬼にだけ能力が現れないのか?

 そちらのほうが気になり、頬を治すよりも歪に発動する力を直したいようだ。

 

「なるほど、あんな感じで無くなるはずが何故かあたしにゃ通じないってか。なんだろな、よくわからんなぁ」

 

 アイギスの指が向く先、酒場の中で角を抑えて騒ぐ鬼を見て何かを納得した勇儀が一つ頷き左足を出す。

 強く一歩踏み込んで、そのままアイギスを殴り抜ける算段だったが、アイギスの左指がパチンと鳴らされると左足で踏むはずの地が穿たれて、踏み込む勢いのまま前につんのめる勇儀。

 

「落とし穴!? その指は小賢しい事しか出来ないのかい!」

「ふむ、やはり星熊様でなければ問題ない、この辺りに何かありそうですが…」

 

 穴から這い出て文句を言ってくる勇儀。

 殴られようと構わずに真正面から一輪を捕まえに行ったり、ド派手に燃やして勇儀と真っ向勝負をしているアイギス。

 投擲など距離を取ったり姿を炎に消すなどはしているが、真正面から向っていた者らしくない小賢しいやり口、だからこそ素直に落っこちたようだがそれが気に入らないようだ。

 が、言われたアイギスは我関せずで自身の考察を続けている。

 

「鬼を前にして考え事か、つれないじゃあないか! よくわからん事考えてないで、こっちに集中してもらいたいね!」

 

 歩く度にパチンと鳴って穿たれる鬼の足元。

 最初の数歩は足を取られ多少よろけたが次第に全く揺れなくなる、それはそうだ、この勇儀も幻想郷に住み着いて長い妖怪だ、飛ぶくらいなんちゃない。

 だが地に足付けずに拳を振るい始めた事で少しだけアイギスに余裕が出来た、この鬼も本来地に足つけて地を鳴らす大妖怪、飛んでしまっては全力全開で拳を振るえない。

 

「熱烈に求められて非常に嬉しいですね、滾る拳を浴びれば達してしまいそうなほどです…ですがそれはお断りします、責められるよりも責める方が私の性には合うのです」

 

 地表スレスレを奔るように飛ぶ勇儀、飛んでも動きは変わらずにただ真っ直ぐにアイギスへと猛進していく。

 その鬼の到来を無手の状態で眺むつアイギス。

 開いた左手を前に差し出して、同じく開いたままの右手も腰の高さで少し引いて構え、鬼に向って突貫した。

 戦闘時に何かしらの構えなど取らない悪魔が構えてみせた、なにかあるのかと思うが何もない、ただ引かずに真っ向から受けて立つと仕草に取って見せただけである。

 

「おおおぉぉらあぁぁ!」

 

 叫び声を上げ拳を振り上げる勇儀、ただの暴力、もしくは災害としかいえない鬼に真正面から突っ込んでいくアイギス。

 体躯が似通って腕の長さもほぼ同じ、ヒールと下駄の高さを差し引けば若干勇儀の方がリーチがあるように見える二人。その二人が互いに右手を相手に届ける。

 先に暴威を届けたのは当然勇儀、褐色肌の顔面目掛けて真っ直ぐに鋼の拳を振り抜いた、空気の壁はとうに抜けた鬼の拳が皮膚を裂き肉を散らして骨もひしゃげる。

 上唇から上、三日月状に殴り抜けられて鼻も右目もなくなったアイギスが一瞬グラつくが踏み止まる、そうして頭のないまま、勇儀により掛かるように右の平手で伸ばされきった鬼の腕を掴む…そのまま爪を立て握ると深々と指先が腕に食い込んだ。

 

「…てみる」

 

 歪に残った口から血と呟きを吐くアイギス。

 聞き取りにくい言葉を発し、失った頭を復元させるまえにそのまま右手で能力を行使する。

 ある物は何でも穿つ、そこにあるのなら穿てないモノはないと豪語するデタラメな悪魔が身を挺して試す事、それは単純な事だった。

 よくわからない怪力乱神を体現する勇儀、存在し殴り合いながらもよくわからない力を体現する勇儀は、言ってしまえばあるのかないのか分からないようなモノだ。

 だからこそ指を鳴らしても穿つ事敵わなかった…だが触れている今であれば、突き立てた爪先から肉の感触を感じて『そこに在る』と認識している今であれば、穿つ事が可能だった。

 

「それくらいじゃあ潰せないよ! あたしを潰すのなら萃香の本気でも持ってき…なんだ? 削られた!?」

 

 音もなく痛みもなく放たれる穿つ力、それが勇儀の腕に現れアイギスの触れている右手の形そのままに穿たれる。

 アイギスの爪が食い込んだ分、数センチ程の深さだがその分だけ綺麗に穿たれた勇儀の腕。この鬼が言う通り、パッと見では右手の触れた部分が削られたようにしか見えないが、確実に勇儀の腕は穿たれていた。

 やってみるものだとほくそ笑む黒羊に対して、右手の異常を察知した怪力乱神の鬼が、自身の腕に突き刺さる指を剥がすようにアイギスの体ごと強引に振り回した。

 力業で振り回されて、勢いがついたまま繁華街の壁を抜いていく羊の悪魔が瓦礫に埋まっていく、数件分の壁をぶち抜いて抜けた先、一本奥の街道で転がってどうにか勢いが止まった。

 

「やってくれるじゃないか! デタラメな隠し球持ってやがったなぁ!」

 

 パラパラと落ちる瓦礫となった誰かの住まい、その中央に空いた人間サイズの穴に向かい吠える勇儀。

 どれだけ妖気を練り上げて治そうとしても治らない傷、

 アイギスに穿たれた穴は、アイギスが戻さぬ限り空いたまま。

 勇儀自身が『語られぬ怪力乱神』そのもので在るように。

 アイギスもまた『素晴らしき穿孔者』の二つ名そのものであった。

 

「我ながらデタラメだと思いますね、見て駄目なら触れてみる…ただの思いつきの割に存外良い手となりました、触れては余計に滾りそうですが、これで好きに穿てます」

 

 穴の奥からカツカツ鳴らして現れるデタラメなアイギス。

 殴られた頭を中途半端に復元し、右の角だけが欠けているような姿で現れた。投げられ叩きつけられた為に起きた粉塵、それで汚れたボロボロのスーツを払いカツカツと歩み出てくる。

 

「穿つ? なぁるほどぉ、これは『穴』か…地底の鬼が日和った地上の妖怪に掘られるってか! 良い皮肉だ、良すぎて気に入らないなぁ!!」

「下にいるのだから掘り返される、道理でしょう?」

 

 皮肉を吐く鬼に正論を返す悪魔。

 互いに言い切ってからまたすぐに肉薄する、先手はやはり勇儀。

 

「口も達者で腕も立つ、中々好ましいなアイギスさんよぉ! お互い生きて終わったら次は風呂場で酒盛りでもしようやぁ!」

 

 単純な腕力を振るうだけなら確実に勇儀が早いが、今の彼女は地に足が付けられない状態のため、豪腕を振り回す度に腕の勢いを殺すために腕の逆足で空を蹴り体を止めている。

 振りぬく度にアイギスの体の何処かが散らされていくが、それくらいで引くはずがない真っ直ぐ大好き黒羊。脇腹も胸も殴り抜かれその度に血反吐を吐いて勇儀に両手を真っ直ぐ突き伸ばす。

 触れられる=穿たれる。

 それを理解した勇儀が右の拳を回した勢いを利用し、伸ばされる腕を体言吹き飛ばす為の左後ろ回し蹴りを放つ…が、それを半分削れた腹で受け、上半身だけとなったアイギスが両手で抱えてそのまま穿つ。

 

「ちりも積もれば山となる、でしたか。少しでも触れられれば好きにできるとわかりましたし…滾るその身に触れ心も身体も少しずつ穿ち、最後には無くしてみせましょう」

 

 赤く染まる黒髪から血を垂らし、恍惚な表情で足を抱くアイギス。

 雑に蹴り分けられて、臓腑やら背骨やらと大事なはずの中身がぶら下がったままという状態、パッと見では完全に死に体で恍惚に色を浮かべ笑み抱きつく。

 責める方が性に合うと言っていたが今の見た目では真逆に見えてしまう…だが、アイギスの言葉は肉体的なモノではなく精神的なモノだ、殺ろうとする相手に向かい殺られた側の者が、色を浮かべて話し嗤うなどホラー以外の何物でもない。

 

「半身で!? デタラメにも程があるだろうがぁ!!!」

 

 その黒羊に抱かれた形そのままに穴の空いた鬼の足、二匹の蛇に巻きつかれたような痣型に穿たれた勇儀の左足。

 それに纏わりつくアイギスの上半身、回された腕は強いというよりも優しく抱擁している程度、歪に抉れ穿たれた足を力のままに振り回せば振り払えるくらいの力しか込められていない。

 ならばと左足をアイギス毎振りぬく勇儀。

 蹴る勢いで飛ばされて再度距離を取られるアイギスだったが、飛ばされていくその時の表情は笑んでいた…先程まで勇儀が見せていたように、口の端が裂けるくらいの酷い笑い顔。

 そのままの顔で小さくなり、また建物に投げ込まれた黒羊…埋まっていく瞬間まで見せていたその笑みは歓喜の笑みであった、足に手を回した際の勇儀の声、あの声にはほんの少しの不安、何度殺しても蘇るデタラメな悪魔に向けての畏怖がほんの少し声色に混じっていた。

 

「まだ…まだまだ終わらない、終われないのですよ。満足しようが達しようが終われない、お付き合い下さいまし…星熊様」

 

 投げ込まれた瓦礫の中から囁かれる悪魔の甘美な声が響く、上半身だけになったアイギスが動かぬままにそこで話しているようだ。

 話しながら纏う瘴気。

 勇儀の足元に遺された下半身に再度浮かび上がる五芒星が、断たれた半身を浮かばせてまたしても瘴気となり上半身の元へと流れていく、それを見ていた勇儀が吠えて自身を鼓舞する。

 覚えた畏怖を吹き飛ばすようなその叫び。

 勇儀自身も鬼でありながら怪力乱神の体現者なのだ、恐れるものがあるのかないのか、終わりがあるのかないのかなど、それこそよくわからない者。

 だが一度感じた畏怖、あると感じた少しのそれが完全に消える事はないだろう。

 

◇◇◇◇◇

 

 血の池に封じられた妖怪達の騒ぎ、続いて始まった鬼と悪魔の酷い喧嘩。

 現地では阿鼻叫喚となりかけていて、住んでいる者から管理している者までほとんどを巻き込んだ大惨事の様相。そんな地獄の騒ぎを高みから見ていた者が、自身の操る空間の中で誰かと静かに会話をしていた。

 幻想郷という箱庭の地上の管理人を名乗り、この騒ぎの中心地にいるアレをこの地に呼び込んだ者。いうなればこの騒ぎの原因を愛する土地に放した妖怪八雲紫、スキマの妖怪が操る気持ち悪い空間の中で誰かと向き合い、争いを見つめ話していた。

 

「こうなるとわかっていて招き入れた、そういうわけではないのですね? 八雲紫」

 

 紫の正面に立つ人物が問いかける。

 この地を作った妖怪の賢者、その一人に向かって完全に上から、紫との身長差の通りに上から言うような態度。

 扇で顔を隠す事をやめている紫に対して、右手に携えた悔悟の棒を突きつけて話す者。悔悟の棒に似た飾りがある帽子を被り、そこから紅白の長いリボンを伸ばし漂わせる誰か。

 出生を表す赤のリボンと、死や分かれを表す白のリボン両方を同じ長さで揺らめかす者が紫に問掛けた。

 

「はい、私は休暇代わりに温泉にでも浸かってきたらと話しただけです…血気盛んな者が多いから楽しんで、そう伝え送り出しただけですわ」

 

 問われた事を正直に話す紫。

 あるのかないのかわからない曖昧な物言いばかりをするスキマ妖怪が本心を話す、それも嘘偽りなく話し送り出した事までを述べていて気持ちが悪い。

 が、今会話する相手から鑑みれば致し方ない事だった。

 

「噓はないようですが全てではない、ですがいいでしょう。貴女から企み事を取り上げては回るものも回らなくなりそうですし、縁の内にいる間は裁きは待って差し上げましょう」

「つまり今後も安泰だと、映姫様がそう仰ってくれるなら私もまだまだ元気にいられますわね」

 

 本心から軽口を吐く紫。

 それを窘めるように、握った悔悟の棒を左手で受けてパシンと鳴らす映姫という女。

 からかいや言葉遊びではなく八雲紫が本心から『様』と呼ぶこの女性が幻想郷担当の閻魔、四季映姫ヤマザナドゥその人。

 再生や生命力という言葉を表す緑の髪、右側だけが長く伸ばされた穏やかな緑色を湛えた髪を揺らして話す、幻想郷のお偉いさんである。

 

「それで、この騒ぎの始末はどのように考えているのですか? 悪戯に地底を乱す為にアレを送り出したというわけではないのでしょう?」

 

 紫から視線を移す映姫。

 パシンと鳴らす悔悟の棒を見ているスキマの中央へと向ける、棒の先に映るのは上下の半身二つに分けられた話題の者。

 アイギスが嗤いながら体を戻していく姿が、映姫の指す先には映っている。

 

「さぁ? そもそも地底で何かをしてこいとは命じておりませんわ、こうなったのはアイギス個人の考えから。責任を取り、裁くというのであればアイギスを裁くのが筋ではありませんの?」

 

 ここも嘘なく話している。

『休暇』という名目でアイギスを送り出した紫。

 送り出された方も、その『休暇』という命を利用し血生臭い観光旅行を楽しむために敢えて八雲の名を語らず、あくまでも個人的な来訪だと話すアイギス。

 利用するために隠したアイギスの動きのお陰で、紫は企みを話さずに済むようなっていた。

 企みとはいってもそれほど難しい事ではない。

 四季映姫に管理を任されておきながらどこかやる気のない覚、荒事を好まず鬼にいいように地底を動かされている覚に対して、こういうのがいるから使ってみてはとアイギスを斡旋するつもりで送ったようだ。

 閻魔より地底の管理を任されているさとりに恩を押し付けておけば、後に広めようと考えている幻想郷の新しいルールも浸透させやすい、ついでに鬼の支配力も下げてこいつらにも従ってもらおう。

 そんな幻想郷の管理人側らしい魂胆が紫にはあった。

 最も、星熊勇儀がこのまま死ねばこの地のバランスは崩壊する、それは防ぐ、その為に遠巻きに覗き見ていたのだが…覗き見中のスキマ内に閻魔が来るとは思わなかったようだ。

 

「生死の内にいない者を裁くなど出来ないのですよ、閻魔は輪廻の内の者を裁く者です。貴女は曖昧だがまだ妖怪です、ですがアレは聞く限り…いえ、では質問を変えましょう。アレがどういった者なのか、理解した上で招き入れたのですか?」

 

 紫の答弁を聞いてはいるが見つめる先は変えない閻魔様。

 幻想郷担当の閻魔様が他国の悪魔、輪廻の外にいる管轄外の悪魔を見つめる理由はなんだろうか?

 招き入れた理由まで問われるのだからそれなりに大事、もしくは大事に繋がる可能性があるのかもしれない…が、今までの仕事ぶりを見る限り紫目線では怪しい素振りは見られなかった。

 

「前半部分は私の預かる所ではないので問いませんが…後半も仰る意味がわかりませんわ、異国の悪魔、長く生き崇拝されるほどに恐れられる黒羊。それ以外で何かあるのでしょうか? 私以上にお詳しい話しぶりですが?」

 

 スキマに映る悪魔を眺め尋ねる映姫と、映姫を見て答える紫。

 四季映姫自身が面識があるわけではない、が同じく地獄を統括する他の閻魔、他国の地獄を統括する他国の閻魔に当たる者にアイギスの事を少し話し、その有り様を聞いたらしい。 

 アイギスの知っていた地獄と同一なのか、その判断は出来ないが他国にも幻想郷と同じ様に四季のある国が在り、四季を名に冠するこの閻魔がその地の神、冥府の神と個人的に付き合いを持った為、多少話を聞くくらいの仲になった。

 

「アレの名と成り立ち、それは聞いていますね」

「アイギス=シーカー、山羊と勘違いされて生贄にされた可哀想な羊、そう本人から聞いています。それが何か?」

 

 何を今更と考えつつ述べる紫。

 名も成り立ちもこの説明通りでそれ以上の事はない、アイギス本人もこれ以上話す事がないと言っているためこれは正しい情報だろう。

 

「ではその名、向こうの国では真名というのでしたか、それらの意味を聞いたことは?」

「確か盾、古代ギリシアの女神が持っていた防具と同じ名前ですわ。穿つ私が盾など、と皮肉な冗談を言っていた覚えがありますわね」

 

「皮肉、そして冗談ですか、エスプリの聞いたジョークのつもりなのでしょうか…まぁ良いですね、大事な部分はそこではありませんし、では姓の意味は聞いていませんか?」

 

 名の意味合いは紫の語る通りである、元を正せば以前に述べた古代ギリシャの神が元ではあるが、そこを捩って呼ばれ始めたのがアイギスの始まりであった。

 ありとあらゆるものを穿つ力を持ちながら、絶対の盾、場合によっては山羊皮で誂えられた絶対の防具の名で呼ばれるようになった彼女…こっちでも山羊と間違わえるのかと、酷い皮肉だと感じ自己嫌悪しながらジョーク代わりに言うようだ。

 

「羊の墓守、だからシーカーと名乗るようにしたと、これも本人から伺っております」

 

 シープのアンダーテイカー、これを単純に混ぜただけ以前にそう述べたアイギス。

 職業も動物としての種族も見たまま通りの言うと通り、納得できる理由であったし、それを言われても特に気にしてはいなかった紫だったが、続く閻魔様の言葉から感じなかった違和感を覚えるようになる。 

 

「それを素直に信じているのですか? 八雲紫が何の疑いもせず、聞いたままに?」

 

 リアルタイムでスキマに映るアイギス。

 分かたれた上半身を戻した後、対峙する鬼に腕や足、頭や腹など何処かしらを殴られ飛ばされながら同時にその腕や足、肩といった部分を穿っては倒れ蘇っている映像が見える。

 紅魔館の者達とヤマメ、それと地霊殿の主等、今の惨状を見ている者達から恐怖という名の信仰心を届けられている、だから戻り蘇る、というには随分とタフであまりにも歪な姿…争う勇儀からもほんの少しの畏怖が常に届いているが、それを踏まえたとしてもタフで本当に終わりがないように、歪に見えた。

 

「信じる信じないという…その名が何か?真名に何かがあるからこうして映姫様が現れた、直接旧都に向かわずに私の所へとお姿を見せた理由がそれですの?」

「墓守の仕事は墓を守るだけが本分、百歩譲って棺桶職人を名乗るのは良いでしょう。ですが棺桶の中身まで用意するなど墓守のする事でしょうか?」

 

 紫の感じた違和感、それは真名であった。

 悪魔であるアイギスから聞いた通りであれば悪魔は真名に縛れられる、紅魔館の小悪魔が力ある古い悪魔でありながら力を現せないように、名に囚われてそれ以外は成せなくなるのが悪魔、紫はそう聞いているし自身の調査結果でもそれがわかった。

 ついでに述べれば数千年生きる悪魔が随分前から今のように墓守として存在している事もわかった、だからこそあの説明に納得した紫だったが、映姫の言葉で一つ気がついた。

 羊の墓守が死体を築くか?

 答えるならノーだ。

 出来た死体を守るのが墓守、新しく死体の山を築くのは仕事の範疇外。

 ではシーカーの意味合いは?

 

「つまり真名の意味は別にある、映姫様はそう仰りたいわけですね。ですが他の意味とはどういった物なのでしょうか? そのものずばりシーカー、捜索する者という事でしょうか?」

 

 紫が閻魔様からスキマに視線を移した。

 体の所々を穿たれて勇儀に殴り飛ばされたアイギスが、片足と片腕それぞれを失いながら、それでも勇儀に向かっていく姿が映る。

 喧嘩を楽しむ声や会話は聞こえているが、その姿は紫にも歪なモノと映ったようだ、バランス悪く片足で立ちそのまま一足飛びで勇儀に向かう姿、片腕だけで勇儀に手を伸ばすその姿が何か探し物に手を伸ばすように見えてしまった。

 

「その通り、だからこそアレは終わらない、いや…終われないのですよ」

 

 終われない、そう言い直す四季映姫。

 崇拝される限り終わらないと述べたアイギスの物言いと相違が見られる閻魔の言葉。

 自身の事について話し実際その通りに見られるアイギスだったが、この閻魔様が嘘をつくはずもない、噓を見抜く力を有し自身も白黒ハッキリ付ける御力を持つ幻想郷の閻魔様。

 どちらも信憑性がある物言いでどちらがより正しいのか、紫がそう考えた時点で答えは出た…アイギスは堕とす側の者で閻魔様は裁く者、確たる証拠もない唯の言葉でより信じられるのは後者であるとハッキリと確信した紫であった。

 

「ですが映姫様、その終われないというのが彼女の名と噓にどう繋がるのでしょうか?」

「それについてはあちらが終わってからお話しましょう、そろそろ互いに知る相手が着く頃です…さっさと行きなさいと言ったのにまたサボって」

 

 アイギスの映るスキマとは別のスキマ。

 隣り合う窓のように並ぶ画面には、四季映姫の忠実な部下の姿が映る。

 癖のある赤髪をとんぼ玉の髪留めで2つに纏めてゆらゆらと揺らす女、立派な体躯を青の着物で包んだ女性が欠伸しながら旧都の入り口方面へとちんたらと歩くのが映る。

 互いに知る相手というがどういう繋がりがあるのか、それはこの後に話されるようだ。

 


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