東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第二十六話 語り合う怪力乱神

 モクモクと土煙立つ地獄街道。

 先に血で濡れていたから幾分マシだがそれでも舞い上がる土煙。

 その原因は繁華街でも気にせずに拳を振るった鬼。

 それと、本来であればいないはずの上から来た悪魔。

 この二人が騒ぎを沈めようと更に騒ぎを起こしたのが原因であった。

 最初の騒ぎ。

 閉鎖した地獄跡地から現れた者達が起こした血の池地獄は既に鎮まり、後は住人総出で地域一括清掃でも始めれば終わる、終わるはずであったのだが…

 

「さとり、そろそろやめて。もうお腹いっぱい」

 

 旧地獄街道の少し高くなった部分。

 今地面で騒いでいる鬼が普段のたまり場としている酒場、その屋上の角に立つ女が文句を言う。細く華奢な腕で自身の腹を抑えて撫でる緑眼の妖怪、騒ぎが始まった当初は地霊殿の地下深くから届く『羨望』や『憎悪』といった『妬み嫉み』に含まれる感情を味わい楽しんでいたが…今は隣にいるジト目から漏れ続ける僅かな憎悪を感じてしまい、もういらないと呟いていた。

 

「なら止めてきて下さい、そして嗤うなら顔に出して下さい、気持ち悪い」

 

 文句を言ってきた緑眼の女、嫉妬の化身水橋パルスィを睨み文句を言い返すさとり。

 川遊びに飽きたペットの黒髪黒翼の少女をあやしながら、モヤっと現れた後から今まで、好き放題に言ってくる嫉妬の化身を妬むような瞳で睨んでいた。

 その顔にある瞳は片方を瞑っている。

 睨んでいる瞳は開いている右目と、体とは管で繋がる第三の目、種族の象徴であるサードアイでパルスィを睨み憎まれ口を吐いていた、何かするため瞑っているわけではなく唯の癖だとここで述べておく。パルスィがお腹いっぱいだと言っているのはこの憎まれ口が原因だ、先程からちょっとずつ吐かれるさとりの憎まれ口、その可愛い憎悪がパルスィに伝わり、満ち足りた腹に後から後から届いていた。

 

「食い過ぎて腹一杯ならパルスィも暴れてきたらいいのさ。勇儀でもアイギスちゃんでも、どっち相手でも大差ないから行ってきたらいいさね」

 

 嫉妬の化身と覚妖怪の会話を茶化したのは土蜘蛛。

 ケラケラと笑い、この騒ぎを楽しんでいるような振る舞いで、パルスィに行って来いと煽る。妬みも嫉みもほとんど現さない勇儀も、心を読み動かそうとしたさとりを放置し、自分が聞きたい事だけを聞いて好きに動いたアイギスも大差ないと理解しながら煽る。

 

「嫌よ、面倒臭い。貴女こそ行かないの? 二人より三人の方が楽しい喧嘩になるんじゃないの?」

 

 一対一を好む勇儀、それを知りながら煽り返すパルスィ。

 互いに軽口を言い合うのはこの騒ぎが収まるとわかっているからだろう、アイギスの力を知らないパルスィは当然として、争ったヤマメもさすがに勇儀には叶わないだろうと考えていた。

 ましてや機嫌が悪い雰囲気の勇儀、理由は分からないがご機嫌斜めな鬼の大将相手に地上の妖怪が敵うはずがない、そんな事を考え文字通り高みの見物をしていた。

 

 

 そんな三人が見下ろす先。

 少しの血だまりが残る旧地獄街道のメインとも言える通り。

 入り口から地霊殿へと続く道。

 その入口側に立つアイギスと、地霊殿を背負う勇儀が互いに見つめ合い立っていた。

 

 ――大将殺っちまえ!――

 ――新参者もいいとこ見せろ!――

 ――暴れる花見て酒盛りだ、早く持ってこい――

 

 見つめ合う二人を取り囲むのは、何処からか集まってきて思い思いの声援をかけ荒事を楽しむ地底の住人。この喧嘩を肴にしようと酒を持ち込む者もいれば、二人の勝負をネタにして種銭集めて賭け事に興じる者などと様々な馬鹿が集まっていた。

 けれど声を浴びる者達はまるで気にしていない素振り、回りのガヤなど届かない、視界にも映らないといった面持ちで二人見つめ佇んでいる。一本角は不機嫌そうな表情で、一対角は瀟洒に笑んで、似たような上背の二人が真逆の顔つきで見合っていた。

 

「まずはお疲れさんだ、取り敢えず手伝い感謝しとくよ。あたしは星熊勇儀、この旧都の繁華街を形だけ仕切ってる鬼だ」

 

 右腕は腰に左腕で盃を煽り続ける勇儀が形だけの礼を話す。

 形だけとはいえ名を話し礼を述べられたアイギスもいつもの仕草で自己紹介済ませた。

 胸に手を当て頭を下げる黒羊が面を上げる前に勇儀が少しの問掛けをしてくる、彼女が聞きたい事は一つだけ、何故嘘をついたのかという事だけ。

 

「アクマねぇ…まぁそれはいいさ、アイギスさんよ、一つ聞くが何故噓をついた? 身分を偽る理由は何かあるのかい?」

 

 強い瞳でアイギスを望む勇儀。

 八雲の使いという身分を隠した理由は何か?

 八雲の名は出さずにそう問いかけるが、問われた側のアイギスはよくわかっていないようだ。

 何からバレたのか?

 何故に強く睨まれるのか?

 横取りという形で余計な手助けこそしたが、繁華街の顔役だというのなら結果早く済んでよかったのではないか?

 そもそも何故怒りを買っているのか?

 色々と思う所はあるが、取り敢えず聞かれた事を述べる事にしたようだ。

 

「休暇を頂きまして、今は私個人としてこちらに遊びに来ているのです。騙したと叱責されるなら謝罪いたしますが、それほど怒るような事なのでしょうか?」

 

 素直に話し騙した事なら謝罪すると話すアイギス。

 騒ぎは一旦収まりを見せたのだから血で汚れた体も温泉でさっぱりとしたい、後で付き合えと言われているがそれはまだ後でもいいだろう。そんな考えでさっさと切り上げる算段のようだが、最後に付け加えた余計な一言のせいで火に油を注ぐ形となった事には気がつかない。

 何故怒るのか、真っ向から問われ更に機嫌が悪くなる勇儀。

 人を堕とす悪魔、時には騙して、時には偽ったりもするが大概は真正面から強引に、ほとんど難癖に近い形で他者を堕とす種族であるアイギス。

 そんな悪魔と対するように噓を嫌い、それに付随する偽りや騙しなども好まない鬼の四天王星熊勇儀、やり口も思考も真逆に近いのだから噛み合わないのは当然といえば当然だろう。

 

「休みだからその立場にないってか、クビにでもなったというならわからなくもないがちと苦しいねぇ…何しに来たのか、聞いてもいいかい?」

 

「休暇を利用し温泉旅行、ついでに血気盛んな方との触れ合いに…」

「その物言いも気に入らないなぁアイギスさんよぉ、もっとハッキリと言ったらどうなんだい?」

 

 怒りを向けてくる噓嫌いに嘘偽りなく述べた事で更に怒りを買うアイギス、

 勇儀が最も気に入らないのは血気盛んな者との触れ合いという部分、八雲の子飼いの者が立場を隠しそう言うのなら、上から様子見、もしくは喧嘩を売りに来たとしか思えないのだろう。

 地底でもその胡散臭さが有名な八雲紫、その子飼いともなれば物言いも似るだろう…鬼らしく単純に、難しく考えずに結論付けてそうなったらしい。

 その子飼いの黒羊、噓も詭弁も使うが性根は結構正直者で、それ故勘違いされる事が多い、ちょうど今のように。

 

「何を言っても信用されそうにないですしまどろっこしいのは苦手です、こちらのルールでお話しませんか?」

 

 パッと見では争うため構えではないし得物も農機具に見える為煽るには弱かったが、アイギスがスナップを利かせて勇儀の頬スレスレにスコップを放ると表情が変わった。

 埒が開かない会話に飽きて力業で拉致を開ける事にしたようだ、愛用のスコップを顕現させトントンと数度担いだ肩を叩く。

 この形でアイギスの戦闘態勢と呼べる形なのだが、まだ反応が薄い勇儀。

 パッと見では争うため構えではないし獲物も農機具に見える為煽るには弱かったが、アイギスがスナップを利かせて勇儀の頬スレスレにスコップを放ると表情が変わった。

 刃先が鬼の頬を薄く掠めて、血が滲まない程度の線傷が入った事で正しく煽りとなった。

 

 傷とはいえない傷だが、頑丈な鬼の体を傷つける得物を放り正面から喧嘩を売られた事で、この悪魔がなんであれ真っ向勝負を挑んできた事に変わりはないと切り替えたようだ。

 

 勇儀の顔に浮かんだ線傷、そのおかげで機嫌の悪さは影を潜めた。

 傷とはいえない傷だが、頑丈な鬼の体を傷つける獲物を放り正面から喧嘩を売られた事で、この悪魔がなんであれ真っ向勝負を挑んできた事に変わりはないと切り替えたようだ。

 空になった盃は左手に持ったままアイギスの煽りに乗る、ヤマメに勝ったというのが本当なら加減はいらないはずだが、日和った地上の妖怪がどれほどのものかとまた見定める事にしたらしい。

 

「いざ」

「お…尋常にいこうか!」

 

 スコップ片手に始まりを告げる黒羊、決まり文句を返した勇儀。

 喧嘩の先手は返した側の勇儀から。

 ただ真っ直ぐに突き進み一瞬でアイギスの正面に迫り、体よりも後にきた右拳を型も何もなくただ振るう。村沙に振るった時のように空気の壁を打ち抜いて突き進む右の拳、アイギスがスコップで受けるがその拳が止まることはなく、安々とスコップを撃ち貫いた。

 盾代わりのスコップを殴り抜いても勢いが変わらない勇儀の拳はアイギスの顔面を捉え振り抜かれた、斜め上から下に向かい振るわれて後頭部から地面に叩きつけられるアイギス…殴られた顔面からメシャッと砕ける音を立て、体を数度バウンドさせてから倒れた。

 

「おいおい、一発か? もうちょっと頑丈かと思ったが、さっき見たのは良いところだけだったのかね? ヤマメとやり合ったってのも…」

 

 アイギスの血に塗れた拳に向かい語る勇儀。

 ヤマメとやり合い生きている、なら土蜘蛛に勝つほどの相手かと期待し、見定めるつもりで腰を入れず腕だけで振りぬいた拳だったが…期待するほど頑丈でもなくあっさりと死んだ黒羊、やり合い勝ったのではなく逃げたのか?

 そう言いかけた時に横たわったアイギスの体が浮く。

 足元には例の五芒星、沸き立つ瘴気を浴びて砕かれた顔が戻ると、その表情は笑んでいた。

 

「長く生きておりますが一撃、それも拳で殺されるとは初体験です…ここは楽しい方ばかりいらっしゃる、過ごすには堪らないですね」

 

 何事もなかったかのように戻り嗤うアイギス。

 確かに仕留めた感触はあった、あの感触は間違いないと拳とアイギスを見比べる勇儀だったがすぐに考えを変えた。このケンカ相手は殺されると言ったのだ、なら正しく死んで蘇っただけか。

 一瞬で燃え立つ黒羊の得物、受けている得物が一瞬で燃え上がり勇儀の手の平や衣服を炙り焼いていく…が、焼き焦がすに至る前に勇儀が受け手を握りこみ、強引に掴みあげて投げ捨てた。

 そのまま握った拳を振ろうとするがアイギスの姿はない、どうやら投げ捨てたスコップを握ったまま得物と共に勇儀に投げ捨てられたようだ、上手く逃げられたと関心する勇儀。

 数秒はそのまま拮抗した二人だが膂力は勇儀が上のようだ、上段から振られたスコップが少しずつ押し返される。押せると判断した勇儀が空いた左手を握りしめ拳を振るう姿を見せるが、それを制するようにアイギスがスコップの柄を撫でる。

 一瞬で燃え立つ黒羊の獲物、受けている獲物が一瞬で燃え上がり勇儀の手の平や衣服を炙り焼いていく…が、焼き焦がすに至る前に勇儀が受け手を握りこみ、強引に掴みあげて投げ捨てた。

 そのまま握った拳を振ろうとするがアイギスの姿はない、どうやら投げ捨てたスコップを握ったまま獲物と共に勇儀に投げ捨てられたようだ、上手く逃げられたと関心する勇儀。

 

「あれ、あっちぃんだよなぁ」

 

 炎上するスコップを見てぼやくのはヤマメ。

 少し前にあれで散々に追い回された事を思い出し、苦笑しながら愚痴をこぼす。

 隣にいるさとりはその時の状況を視たようで呆れた目つきになっているが、もう一人のパルスィはヤマメが愚痴る程かと考え頷いている。

 三者が三様に眺めていた相手、突然手を焦がされかけた勇儀も当然それを感じている。多少の攻撃では傷つかない鬼の体、それを傷つけて炙り焦がすアレはなんだと訝しがる。

 そんな疑惑の混ざった視線に気が付いたのはアイギス、地底住まいだから皆これが気になるのかと、視線が向けられたスコップを撫でて一言だけ説明する。

 

 ただの得物ではないと勇儀に伝えてから、バラバラと顕現させ始め自身の周囲に浮かばせたり、佇む回りの地面に好き放題に突き刺して数を増やす。

 

 燃え盛るスコップ(これ)を撫でてから頭の(コレ)を撫でるアイギス。

 ただの獲物ではないと勇儀に伝えてから、バラバラと顕現させ始め自身の周囲に浮かばせたり、佇む回りの地面に好き放題に突き刺して数を増やす。

 浮かび増える獲物もガスガスと刺さり増え続ける獲物も全てを燃やし、轟々と音を立て明るくなるアイギスの周囲。縦に伸びる大穴ではわからなかったが結構な熱量になっているようで、地面の血だまりが乾き蒸発して凝固し始めた。

 

「角だって割にデタラメだなおい、お前さんのそれは生え変わるもんなの…」

 

 見ている間に増えていくアイギスの角。

 以前に際限はない、自身の終わりが際限だとアイギスが冥界の庭師に話した通りの景色が広がっていく。炎に取り囲まれ揺らぐ景色、そのゆらぎの中に姿を消していく黒羊。

 

「見慣れない物見せてくれてすっかり見ちまったが、眺めてる余裕はないなぁ、これは」 

 

 少し焦げた勇儀の右手の平、それを見てから軽口吐いてる暇はなさそうだと拳を握り炎の中心へと突貫する勇儀。

 だが、その突撃は勢いのないものになった、動きを見せた鬼に向けて乱雑に、縦やら横になりながら高速回転する炎上した丸鋸がドンドンと飛んでくる。その一つ一つを殴り落とし真正面から突き進む勇儀、一歩進むごとに飛んでくる感覚が狭まりそれに伴い拳の回転も上がっていく。

 

 鈍い金属音を鳴らして歩み進む鬼、楽しげに嗤い突き進む。

 迎える悪魔を炎の中で姿なく嗤っているようだ、低めの嗤い声だけが聞こえる。

 両者とも楽しそうだが、それを見る酒場の屋上にも楽しそうな者がいた。火の粉と火花を散らしながら弾かれるアイギスのスコップ、あっちこっちに飛んで行くソレを見てはしゃぐのは屋上から身を乗り出している地獄烏。

 

「うにゅ! 花火?!」

「お空、危ないから、洒落にならないからやめて」

 

 アイギスからランダムに投げられるスコップをランダムに殴り飛ばす勇儀。

 それを見ていてテンションが上がったお空という地獄烏が身を乗り出して手を伸ばす、それを制するようにさとりがお空の肩を引くと、地獄烏の手があった辺りに殴られた丸鋸が飛んできた。

 殴り上げられ遠くで割れたアイギスのスコップ、それを見ておぉ! と嬉しそうにはしゃぐお空。そんなはしゃぐペットと真逆に見える飼い主、血で汚れた、建物が壊れたくらいであればまだ良かったが…今さとりの視界に収まるのは火の手が上がり燃え広がっていく旧都の繁華街、地獄絵図に近いそれを見てゲンナリとしている。

 

「これでは閻魔様に合わせる顔がない…」

 

「ならここで捌かれて焼かれるか? 手間がなくていいねぇ」

「画期的な調理法ね、斬新で妬ましい」

 

 地獄の閻魔に押し付けられて任された地底世界。

 始まりこそ強引であったが、それなりに纏まり偶にある騒ぎくらいなら自身も楽しむ余裕が出来てきた、そう考えていたさとりの顔から血の気が引いていく。

 任され充てがわれたこの地は血塗れになってすぐに炎上し始めた、燃やしたのは地上から来た見知らぬ部外者。

 そんな相手と笑顔で争うのはさとりが繁華街を預けた鬼。

 そんな街の顔役は好きに暴れ火の手を更に拡大させているように見える。

 部外者と町の顔役に心を乱されて、愛するペットの無邪気さにも青ざめさせられる地霊殿の主…合わす顔がない、ポツリと呟くと隣にいる橋姫と土蜘蛛がお空とさとりそれぞれを見ながら悪い冗談を言ってくる。

 笑えない。

 今の惨状も、二人の冗談も、何もかもが笑えない。

 だというのに下で暴れる二人も、横の二人も愛するペットでさえも楽しそうに笑っている。

 今の状況…わたしの味方はいないのか?

 心を読む妖怪が心を預けられる誰かを求めるほどに、随分と酷い惨状になっていった。

 

 鬼が前に進む度に投げられる間隔が狭まり、突貫速度が下がっていくがそれでも前に進む勇儀ー…この状態であれば直にアイギスを捉え殴り勝つだろう、二人を見続けているスキマ以外の者達はそう考えていた。

 

 旧都のメイン街道、その入り口で暴れ続ける二人。

 騒ぎに乗じて騒ごうとしていた者達は遠巻きに見る事もしなくなった。

 燃える自宅や繁華街の惨状に気がついて火消しに騒ぐ事になったのだ。

 今二人を見ているのは屋上にいた四人と増えたもう一人、それと目につかない位置に開いた瞳だらけの空間から覗く者くらいとなっていた。

 

 それぞれ何を思って見ているのか、そんな事は気にせずに大いに騒ぐ喧嘩馬鹿の二人。

 片方は燃え盛る自身の角を際限なく現して放り続ける酷い放火魔、もう片方はその炎をアチラコチラへと弾き飛ばして一歩一歩進む牛歩の鬼。

 鬼が前に進む度に投げられる感覚が狭まり、突貫速度が下がっていくがそれでも前に進む勇儀ー…この状態であれば直にアイギスを捉え殴り勝つだろう、二人を見続けているスキマ以外の者達はそう考えていた。

 その考えを肯定するように声を上げたのは迫られる悪魔。

 放っても放っても勇儀に当たらず殴り散らされる三本目の角、熱量にやられ身体も衣服も焦がしながら真っ直ぐに歩み突き進んでくる地底の鬼、ヤマメに続いて堪らない相手だと酷い嗤い声を上げるアイギス。

 笑い声を聞いて勇儀も吠え、その咆哮が灯す炎を揺らし近くの火の手を掻き消した。

 

「いたなぁ! 見つけたぁ!」

 

 勇儀が更に声を上げる、火の手が薄れ笑い声の主が勇儀の視界に収まった瞬間に歩んでいた足に力がたぎる。

 ギリッと踏み込んだ地面を踏抜き、くっきりと足跡を残して勇儀が駆けた。真っ直ぐにただただ標的目掛けて突き進む勇儀。生やしっぱなしの金髪を横に靡かせ、揺らめく炎の色を移し焦がしながらアイギスに向かい暴力となり奔った。

 

「真っ向勝負で追い込まれるなど何時以来でしょうか? 知らぬ地で知らぬ相手に追い込まれるとは、なんとかは大海を知らずとはこの事か」

 

 真っ直ぐに迫る勇儀を見返し、うろ覚えの諺を述べるアイギス。

 余裕がありそうに見えるがそうではなく、ただ高揚し饒舌になっているだけである。

 地元の神相手に争い払われかけた事もあった、逆に神を相手取り勝ちを修めて土地を奪った事もあった悪魔、生まれ故郷近辺では色々やらかしそれ故崇拝されるようになったが…ここまで追い込まれるなど、吸血鬼相手でもなかった事だ。

 小さな島国の一つの箱庭、その中にどれほどこんな相手がいるのか?

 花といい蜘蛛といいこの鬼といい堪らない、激しい興奮を覚える悪魔であった。

 

 今の間合いは勇儀の拳が全力で振るえる間合いの一歩外、アイギスのスコップであれば届く一方的に攻められるはずの間合いだが、その得物は振るわれない…正確には振るえなかった、一歩目の振動で地は割れて足も割れた。

 動かずに立つくらいは出来るが、全力で得物を振るうには覚束ないハイヒール。

 追い込まれ高揚するアイギスの数歩前に黒く煤け、部分部分を焦がした勇儀が到達する。

 動きを萎縮させる程の大声でいいものを見せてやると叫んだ鬼、両手に燃える角を構えるアイギスに向ってただ強く、地を揺らすほどに強く一歩踏み込んだ。踏み込みと共に広がる亀裂、勇儀の踏み込んだ右足を中心にビキビキと奔るその裂け目。それだけで近くの建物は傾き、被害の酷い物は倒壊した。

 

「弐ぃぃぃ!!」

 

 構えるアイギスを気にせずに2歩目、左の足を地に穿つ勇儀。

 割れた地面が更に割れ、突き立てられて放られるのを待っていた、アイギスの周囲に残る三本目の角を浮かし弾き飛ばす。

 歩みの邪魔になる炎が消し飛び鬼と悪魔の間にあった邪魔は消えた。

 今の間合いは勇儀の拳が全力で振るえる間合いの一歩外、アイギスのスコップであれば届く一方的に攻められるはずの間合いだが、その獲物は振るわれない…正確には振るえなかった、一歩目の振動で地は割れて足も割れた。

 動かずに立つくらいは出来るが、全力で獲物を振るうには覚束ないハイヒール。

 だが、素直に殴られるのを待つほどの愚者ではない黒羊、相手が間合いに入り攻撃の手を動かす瞬間に全力を表す為、敢えて死地となるのを待っていた。

 

「参ぁぁんっ!!!」

 

 勇儀の咆哮と共に3歩目が地に触れる。

 が、その3歩目は前の2歩に比べて静か過ぎた。

 掘り返す地面は殆ど無い。

 殴りあっていた鬼が余韻に浸るくらいには楽しかった、それを見ていた屋上の三人もそれぞれ思うところがあるようだ。

 が、原因はそれではない、勇儀が音を伝える大気、それが満ちる空間をも殴り抜いた為音が周囲に伝わらないのだ、軽く構えて振るうだけで空気を抜く鬼の拳だったが、今は勇儀の有する能力も合わさり、見た目ではよくわからない事になっていた。

 結果だけ言えばアイギスはいなくなった、足首から下の両足を残して間合いの内から姿を消していた…勇儀の拳が空気だけではなく空間毎相手を殴り抜いた、その為その空間にあったモノが力業でズラされ殴り飛ばされた、と言えば状況が伝わるだろうか?

 鬼の四天王、力の勇儀。

 彼女の宿す『怪力乱神を持つ程度の能力』

 本気の彼女はまさにソレそのもの。

 語られぬ怪力乱神の二つ名は伊達ではなかった。

 

 喧嘩の相手が消え去って、突き出した拳をしまい残るアイギスの足を見る勇儀。

 無言のまま見つめ喧嘩の余韻を味わっている。

 殴りあっていた鬼が余韻に耽るくらいには楽しかった、それを見ていた屋上の三人もそれぞれ思うところがあるようだ。

 二人の争いを見守っていた三人が、各々感想や思う所を口にし始めた。

 

「やっと終わりでしょうか、一度蘇り何事かと思いましたが…」

「足だけ残っているみたいだけれど、さすがに終わりなんじゃないの? それよりも勇儀ね、楽しそうに思いに耽ってくれて、妬ましいわ」

 

 見たままの事を述べるさとり。

 それに続いて見ていた事から感じたものを述べるパルスィ。

 けれど一人だけ勇儀と同じ所から目を離さない者がいた、少し前には勇儀の立場にあったヤマメである。完全に殺ってやった、そう思い喰った事のない羊を味わおうとした瞬間に何やら光って驚かされた、それから随分と酷い、えらい目にあったなとヤマメが考えた瞬間にその感情が誰かに届く。

 

「やっぱりありゃあ化けもんだ、勇儀の拳で終わらないならどうすりゃ終わるってのさ」

 

 視線の先を変えずに目を細め悪態をつくヤマメ。

 ヤマメの覚えた感情が届かねばここで一旦終わっていたかもしれないが、それがわかる程互いの事を話してはいないし、わかったところで既に後の祭りとなっていた。

 土蜘蛛が覚えた焦り、恐怖混じりの焦りから少しずつ身体を取り戻すデタラメな悪魔。

 

 同じく勇儀も目を細める、僅かに残った両足の下に先ほど見ていた五芒星が小さく浮かぶのが見えたからだ。

 まさかと考える勇儀が足首から先しかない黒羊だったモノに手を伸ばす、が、触れる瞬間にその足首が瘴気の渦に包まれて浮いた…それを中心に旧都のあちこち、外からも瘴気が流れてくる。

 流れてきたのは勇儀に弾かれたモノと、大穴に残したままの無数のスコップであった、アイギスが三本目の角だと語ったモノが瘴気へ変わり纏まって、再度本人の姿を形取っていく。

 

「おぅおぅ、なんだい死なずだってのか? あたしの奥義が噓にされちゃあたまったもんじゃあないんだが」

 

 漂い集まり、だんだんと先ほど殴り殺した相手の姿が戻ると、ソレに対して軽口を吐く勇儀。

 勇儀がアイギスを散らしたのは鬼の四天王がそれぞれに持つ奥義、勇儀の場合は3歩の拍子にのせて必殺の拳を振るう、見たまま通りの四天王奥義『三歩必殺』

 身に宿る怪力乱神、それを全開で表すように3歩進んで一発殴る、単純故に強く単純故に止められない奥義である。

 その『必殺』を覆すように蘇るアイギス、再三現れた悪魔を相手に噓を嫌う鬼がその本心を口にしていた。

 

「綺麗さっぱり死んでいるので噓にはなっておりませんよ? 同じ日に三度殺されその内の二度は同じ相手…糧とする事はあれど、他者を怖いと思うのはこの地で二度目、久しぶりに感じるこの想い…滾ってしまって止まりそうにないですね」

 

 完全に戻るアイギスの身体。

 浮いていた足が地につくといつもの様にカツンと足音が鳴る、鳴る音は変わらないが表情はいつもとは真逆、笑みはなく真面目な表情。ヤマメにも見せなかった冷たい顔、この地でこんな顔をしたのは初見時の花と争った時くらいだろうか?

 

「楽しいならなんでもいいさ! こっちもスッキリして気持ちがいい、終わらないなら終わるまで殴りゃあいいだけだってんだ」

 

 先ほどまで酷い嗤い声を上げていた黒羊が静かに佇む事で、まだまだ終わりではないと遊戯も感じ取る。二度殺しても終わらない相手、デタラメなのは角じゃあなくて本体だったかと合点がいった顔の勇儀。こちらはスッキリとしたらしく口の端が裂ける程に歪んだ笑みを見せ、口内に生える力強く鋭い牙を覗かせた。

 終わりの見えない旧地獄での一幕。

 広がり続けるこの地獄絵図を止めてくれ。

 この場でそう願うのは、旧地獄を預かる立場を押し付けられた誰かだけであった。




終わりが見えなくなってきました

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