東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第二十二話 観光旅行

「地獄、ですか」

 

 美しく切り揃えられた生け垣。

 その内に建つ古い様相の日本屋敷。

 この屋敷に住み始めた者が細かく手入れをし始めてから、随分と小綺麗な屋敷となった。

 朽ちかけた低い垣根は緑逞しい生け垣へと変わり、随分と前に葺かれて放置されていた藁葺き屋根は新しい藁が葺かれて、快適な屋根の姿を取り戻していた。

 庭先にも変化があり、迷い死にかけた者くらいしか訪れなかったのだが、今では何処からか迷い込み住み着いた猫達が日に当たり猫背を伸ばしたりしている。

 そんな和やかな屋敷の中、丸いちゃぶ台に向ってお茶を啜る二人。

 一人はモコモコの羊が数匹周囲に描かれた湯のみで茶を啜る黒羊。

 先ほど地獄というオドロオドロしい単語を言った者、この屋敷の手入れをするアイギス。

 もう一人は足を横に揃えて座り、太腿の上にいる猫を撫でながら、その単語について訂正しようと口を開く雇い主。

 

「正しくは旧地獄、ですわ」

 

『ゆ』とでかでかと書かれた湯のみを右手に持ち、そこに左手を添えて優雅に啜る八雲紫が訂正する。旧と聞いて今はなんなのかと、少し考えるように頭の角を傾けるアイギス。

 アイギスの知る地獄と言えば嘆きの川と呼ばれるあそこ、自身の名前の元となった神が伝わる神話の地獄コキュートス。

 もしくは、世界樹ユグドラシルの地下にあるとかないとか言われている死者の国くらい…外の世界で寺住まいとなった時に日本の地獄、ハチダイ地獄やらハチカン地獄やらも聞いた覚えがあるが、多くあるそれらのどれかが廃業したのかと悩んでいるようだ。

 

「傾いている所悪いのだけれど、答えを言ってしまえば地底世界ですわ。地底がちょっと騒がしいので地上も煩くなるかもしれないと、あちらの管理人が便りを届けてくれましたの」

 

 ズズッとちょっとだけ騒がしい音を立てて茶を啜る紫。

 言葉をなぞって態度に出す、ほんの少しの悪戯心を見せながら旧地獄についての話を続ける紫。

 考えていた地獄ではなく唯の地底かと、紫と同じくちょっとだけガッカリした態度を表すようにアイギスがほんのり肩を落とし、音を立てずに茶を啜る。 

 

「では煩くなったら静めろ、本日はそういったお話でしょうか?」

 

 啜る湯のみをちゃぶ台に静かに置いて問いかけるアイギス。

 紫がこの先に続けるだろう言葉をざっくりと読んで話すが、帰ってくる文言はそれを肯定するものではなかった。

 

「いいえ、先の侵略では頑張って貰ったし偶にはお休みをと思いまして、物見遊山と洒落こんでみてはいかが?」

 

 膝にいる猫を見ながらそう述べる紫。

 気まぐれに紫が猫を持ち上げると、猫の尻尾は二つに割れていて片方には黒いリボンが着けられていた。何処かで飼われている変わった二本尻尾が迷いこんできた、怯えも妖気も血の匂いも感じるが、この雇い主が愛でるくらいなのだからそれらを感じても不思議ではないのだろうと、それらを特に気にしないアイギス。

 

「観光ですか…お仕事だというのであれば構いませんがそう仰られませんし、その地底にも管理人がいらっしゃるのでしょう? 私より紫様が向かわれた方が宜しいのでは?」

 

 地上と地底とはいえ同じく幻想郷を管理する者。

 いうなれば冥界の幽々子のような、紫と親しい間柄かもしれない相手。

 その者のお膝元へ向かうのならば顔の知られていない自分よりも、名の通った紫が向った方が話が早いと考えるアイギスが返答する。

 何をしてほしいのか、何の為に行くのか、その辺の事は何も聞かずに取り敢えず自分の考えを話す悪魔。

 

「あら、臨時賞与代わりに休暇でもと思いましたのに、あっちはいいわよ? 温泉も湧いているし血気盛んな者も多い…八代目に話せるお話も増やせるかもしれませんわ」

 

 数日前の人里での話を聞いていたのだろう、それを話して促す紫。

 他者に促されて考えを改める事などそうはないアイギスだったが、確かに話題作りにはいいかもしれないと、少しだけ理解を示すように首を小さく縦に振った。

 だが、そのまま言われた通りにはせず紫の顔を見据えて返答を述べた。

 

「畏まりました、偶のお休みですしゆっくりと羽を伸ばしてくるとしましょう」

 

 確実に何かある、でなければ休みなどと言わずに調査してこいとでも言って向かわせるはず。

 そう確信しているアイギスだったが、その部分には言及せずに紫が話した通り休暇を貰って遊びに行く体で地底世界へと向かうと決めたようだ。

 決めた理由は紫の膝にいる猫。

 それなりに強い妖気と血の匂いを感じる妖かしが、逃げもせずに紫の膝の上にいる…長く紫の側にいながら初めて見る姿の猫妖怪。

 尾にリボンが結ばれていることから誰かに飼われている感じも見受けられるし、その態度も借りてきた猫そのものである、飼い主は地底の管理人でこの猫が便りの配達人か?

 そう都合よく邪推し、血の匂いが漂うのなら羽を伸ばし楽しめるかもしれないと向かう事を決めた。

 

「入り口は妖怪の山に空いた大穴、この屋敷からそう遠くないあそこですわ…邪魔されないように伝えておいて差し上げますので、この子を案内係にでもして向かうといいわ」

 

 持ち上げたり撫でたりと好き放題している猫の首根っこを摘み上げ、アイギスに向って放る紫。

 放物線を描いて放られた猫がアイギスに到達する前に、自らちゃぶ台に降りてそのまま外へと駆けようと足を持ち上げる。

 けれどその前足は台も地も掻く事はなく、パチンと何かが鳴り響くと空間毎抉られたように穿たれ消えた。

 

「本当に便利ね、ソレ」

「紫様ほどでは」

 

 猫背で無くなった前足を見る猫は浮いている。

 捕まえているのはスキマから伸ばされたスキマ妖怪の左腕。

 そしてその左腕の持ち主は、右手の指が伸ばされてそのまま畳まれたように見えるアイギスの拳を眺めていた。

 二人で互いに褒めあっているが、どちらも本心ではないような物言い。

 何を思って話しているのかわからないが、この場で一番理解から遠いのはいつの間にか前足が穿たれ無くなり、逃げたはずなのに捕まった猫であった。

 

~少女移動中~

 

 借りてきた猫を又借りする事はせず、悪魔一人の地獄行脚。

 少しの着替えと少しの仕事道具を肩掛けカバンに詰め込んで、短い小旅行に出た黒羊。

 案内係と押し付けられそうになった猫は紫に返して、一人寂しく歩みを進める。

 休暇中にまでお目付け役は必要ない。

 面が割れていない者が、地底の管理人が放った使いを連れていては八雲の手の者だと地底世界でバレてしまう。血気盛んな者達が多いと聞くが、地上の管理人である八雲との繋がりを知られれば離れていってしまうかもしれない。

 そんな読みで一人動き硬い土の道をコツコツと、偶に踏む葉でサクリと音を立て歩く夏の山。

 住まいとしているマヨヒガから然程進まずに着くはずの大きな穴。

 

 そこに辿り着く前に誰かに話しかけられるアイギス。

 止まりなさいと上から物を言われても気にせず歩く我の強い悪魔、歩む速度を緩めずに数歩ほど歩くとその頭上に誰かが現れた。

 アイギスと似た髪色、光を透かす事のない真っ黒な髪に赤い頭巾が目立つ頭、飛んでいるのに何故か見えないミニ・スカート姿で足には高い一本歯の下駄を履く少女。

 顔つきは凛々しいがその黒い瞳には強い興味が宿っている、この山の広報と言える者が話す。

 

「聞こえていないわけではないでしょう? そこの貴女ですよ」

 

 太陽を背に宙に立つ者が、アイギスの正面を塞ぐように降り立つ。

 右足の赤い一本歯の下駄で器用に片足立ちする黒い少女。

 左足は折って、まっすぐに伸ばす右足の膝部分に当てて、数字の4のような形のままでいる少女にアイギスが話しかけてくる。

 

「確か、天狗の…新聞記者殿でしたか。私に何用でしょうか?」

 

 正面に立つ天狗の横をすり抜けて、気にせずに歩く黒羊。

 アイギスが新聞記者と呼んだのは種族烏天狗の少女。

 名を射命丸文という、千年を超えて生きる結構な大妖怪である。

 今の妖怪の山であれば上位陣に名を連ねているはずの彼女。

 

「あややや、覚えていらしたとは、私はそれほどに印象深かったでしょうか?」

 

 アイギスの横を飛び、歩く速度に合わせて移動する射命丸。

 顔を見合わせてはいないが営業スマイルで話す二人、どちらも長く続けている仕事があり外面の良さには定評がある。

 

「腕の立ちそうな御方が気になる性分ですので覚えておりますよ、命に逆らい我を通す天狗様など他にはいらっしゃいませんし」

 

 命を気にしない烏天狗はもう一人いるが、そちらとアイギスは面識がない為この場では割愛し先に進める。

 嫌味とも取れる言葉を混ぜて返答するアイギスだったが、その嫌味は通じなかった。笑みは変えず丁寧な態度も変わらない射命丸、あくまでも一烏天狗なのだがこの程度で怒る程小者ではない。

 先に述べた通り小者ではなくその逆で、まるで風そのものと呼んでもいい疾さで空を駆ける、幻想郷最速の異名を持つ腕の立つ烏天狗だ。その名は古くから轟いており、アイギスが訪れる以前まで山を支配していた『鬼』と呼ばれる者達からも、名を覚えられ記憶されるくらいの力を宿す者である。本来であればそれなりの立場にあってもいいはずの烏天狗なのだが、彼女は役職に付く事はなくいつも自由だった。今回も八雲紫の話が通り、一時の通行許可が降りているアイギスを引き止めようとしていた。

 上司から放っておけという話が降りているはずなのに、それを無視するように好きに行動しているように見られるが、実際は彼女なりに山を思ってアイギスを監視しているようだ。

 

「どうせなら一流記者の顔で覚えて頂きたいですね、それで続きですが、貴女こそ本日はどの様な? お住いは逆ですよ?」

 

 歩いて行く先と向かう方向を考えればアイギスが住まいから出て歩んできた、それくらいは余裕で察することが出来る記者がわざとらしく問いかける。

 自由な行動をしながら悪魔を監視する新聞記者が、質問と同時に帰るようにアイギスに話すがそれも気にする素振りはない。

 荒事大好きなアイギスからすれば一蹴してもおかしくはないが、幻想郷最速がいつでも動けるように飛んだままでいる事で、手を出すよりも無視した方が早いと判断した。

 同じく射命丸も全速力で追い返せばいいのだが、放っておけという命令が出ている手前、全力を出して回りにバレると面倒が増えると考えている。

 面倒事が増えるくらいならこのまま少し話してアイギスの動向を知り、ついでに先日の吸血鬼達が起こした事件の内容でも聞ければと企んでいた。

 

「休暇を頂きまして、これから地底へと遊びに伺おうかと考えています」

「ほう、地底へ…休暇で行かれるとの事ですが何かお目当てでもあるのでしょうか?」

 

 互いに笑みながらも空気は悪く感じられる。

 問掛けては答えられず少しずつ訝しんでいくインタビュアーを雑に扱い歩く者と、自分の聞きたい事だけを聞いて質問には答えない自由人。

 仲でも悪いのか?

 そう感じられるアイギスと射命丸だが、単純に顔を会わせる機会が少なくてこうなっているだけだ。共に妖怪の山に居を構えている二人でいうなればご近所さんだ…が、近くに住んでいる割には今日のように顔を会わせる機会は少なかった。

 運良く顔を合わせて少しの会話をしても、すぐに回収用のスキマが開いてアイギスが回収されて中断されるという事ばかりで、ほぼ初対面に近い状態であった。

 近所なのだし会いに行けば、そう思えるが射命丸はマヨヒガにはたどり着けない。

 アイギスはこの山で迷う者しか辿り着けない屋敷に住んでいる、一方射命丸はこの幻想郷を見続けて知らぬ物など無いとまで言うほどにこの地を知り、見ている。

 その言葉は伊達ではない為山で迷う事などはなく、マヨヒガの存在は知っていてもたどり着ける事はなく、直接話す機会も少なかった。

 

「温泉があると聞きまして、記者様ならその辺りの事も詳しいのでしょうか?」

「そうですね、伝聞する限りですが良い湯が湧いているそうです。鬼が笑って浸かるほどに心地よい湯と聞いています、休暇ならゆっくりと浸かり楽しんでくると良いでしょう」

 

 アイギスの質問に初めて答えた射命丸。

 答えながら表情も少しずつ変わり、営業用の笑顔から古い妖怪らしい狡猾さの望める笑みに変わっていった。その笑みに合わせるようにアイギスの笑みも影のあるものへと変わっていく、期待した通り血生臭い事があるのかもしれない。

 ネタを探して飛び回る新聞記者、時にはマッチポンプをしてでもネタを作るというずる賢い記者が情報をくれた事で、その話から今回もネタを作ってくれたのかもしれないと当たりを付けたアイギス。

 それを悟らせぬように、別の事も質問し始めた。

 

「ふむ、記者様はこの地の事に詳しいご様子、もう少し新参者にご教授願えますでしょうか?」

「知っていればお答えします、何が知りたいのでしょう?」

 

 アイギスと射命丸、二人の間に何処かで見たような光景が見える。

 言葉使いと相手こそ違うが、このやりとりはアイギスが初めて日本に降り立った日に交わされた会話のそれに近い。

 あの時は本心で漢字について問掛けて紫を惑わせたが、今回は惑わそうとして、それを狙って言葉を述べるつもりの悪魔。

 

「旧地獄があるという事は、旧天界なども幻想郷にはあったりするのでしょうか?」 

 

 以前の紫の時と同じ様に何を聞かれるのか、少しだけ身構えていた射命丸が小さく笑んだ。

 あろうがなかろうが構わない、天狗の記者の注意を少しでも逸らす事が出来ればそれで良いと考えたアイギスが、向かう先をかけて言った冗談。

 声と出して笑うということはそれなりに通じたらしいが、通じた冗談は別物であった。

 

「失敬、突拍子もない事を聞かれて笑ってしまいました、天界はありますが旧はありませんよ…ころっと話を変えて冗談まで言うとは、案外面白い方だったんですね」

 

 アイギスの考えた適当な冗談は気が付かれないが、それ以外の部分で笑う射命丸。

 話の展開を急に変えるような突拍子もない話を持ちだした黒羊が、面白いものと映ったらしい。

 取っ付きにくい真面目な奴、目の上のたんこぶのように山に住み着いた八雲の子飼い、聞く話からそんな風に捉えていた射命丸だったが、実際に会話をしてみるとそうでもなかったと評価を改めたようだ。

 これくらいの柔軟さがあるのなら山で暴れる事もないだろう、それならば後はネタになって帰ってくるのを待つだけと、少し会話した後飛び去っていった。 

 

 射命丸の飛び去る背中を見送った後、そのまま空を見上げて歩き考えこむアイギス。

 冗談を述べて笑われた、その部分には満足しているが射命丸の返答を噛み砕くと、なんとなく言った冗談とは違う部分で笑われた気がする。

 けれど何処に何がかかったのか、その答えは教えてくれなかった射命丸。

 次回会うことがあればその際に聞いてみよう、そう決心し歩を進めると足音がしない事に気が付く。

 足音のしなかった右足の下を見ると、ポカリと口を開いた大穴。

 記者と話し考えこむ間に着いたのが今回の物見遊山の目的地、その入口であった。

 

「これはまた埋め立て甲斐のありそうな穴、何年くらいかかるでしょうか?」

 

 右足は穴の上で宙に、左足は穴の縁ギリギリにあり、中途半端に翔ぶような状態で穴を見つめて楽しげな顔を見せるアイギス。

 最近は穿ち、掘り返すことばかりで何も考えずに埋める事が出来ていない、けれどその行為自体を忘れていた気がする墓守だった者。庭木の剪定や花壇いじりという庭仕事などを覚え、それを教えてくれた先生方との楽しい手合わせも偶に行っている今現在、暇つぶしの穴埋め代わりが色々と出来たため忘れていたのかと納得する。

 けれど無意識の内に顕現させていたスコップは、その刃先を地に刺してほんの少しだけ土を浮かせている状態。意識の外では体が覚えている暇つぶしの地ならし行為、長く続けていたそれを急に忘れられるほど都合の良い展開にはならないなと、穴の入り口で一人苦笑するアイギスだった。

 




まったり回、移動回、それに続くは…どうしよう。
といった感じでよくある流れ。

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