東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第十九話 争う者、企む者、そして穿つ者

 場所は変わり、屋敷の外。

 夜霧に濡れた花壇の葉、その一つ一つに反射する月明かり。

 美しい満月を雫に宿す花々。

 静かな場で見れば風情のある景色が見られるが、現状は静寂とは間逆であった。

 時折揺れて溢れる葉の雫。

 この振動は花達が植わる屋敷の主が、華々しい誰かに地に伏せられる事から発せられていた。

 争う場所を紅魔館の螺旋階段から外へと変えて、門番が庭木を植え花壇として誂えた庭園の地と、満月の昇る空に互いが立ち、睨み合っている二人。

 月光を浴び無類の回復能力を有しながらも、少しずつ削られ消耗させられていく屋敷の主レミリア・スカーレット。

 月明かりという最高の舞台にいながら何故こうも、と小さく舌打ちしては敵対する者に槍を振るい、払われては何度となく地に打ち据えられていた。

 

「癇癪という割に泣き事一つ言わないなんて、つまらないわよ」

 

 吸血鬼の尋常ではない膂力を込めて右手一本で振るう血の槍。

 当たれば死に直面するそれを、同じく片手だけで持つ、見た目にはただの日傘としか見えない物で軽々と受け払われる。フランドール以上の怪力、散々あしらわれ床を舐めさせてくれた妹の想い人と同じような力を持つ女。槍から漂う血の匂いよりも強く感じられる、華やかな香りを身に纏い余裕のいろを崩さない大妖怪、風見幽香。

 その者と激しく争い、先ほどから屋敷の外壁に打ち付けられたり、夜霧で湿った庭に落とされ泥を舐める事になっている屋敷の主。

 

「貴様、本当にただの花なのか!? 常識外れにも程があるぞ!」

 

 夜の吸血鬼。

 まさしく夜の覇者といってもいい悪魔がその全力を持って振るう槍、それが軽々と受けられて払われる。長く生きる大妖怪だとはいっても、争い事に向かないだろう花の妖怪という彼女が、満月の夜に踊る吸血鬼と争い、見方によっては優っているように見える謎。

 野に裂く一輪の花というにはすこしばかり激しく、無理がある存在に思える風見幽香だが、この地では彼女の存在は非常識でもなんでもなかった。

 

「何処の常識と比べているの? ここには外の常識なんてないわ」

 

 槍を弾いて、それを強く握るレミリアの体すらも弾き飛ばす可憐な花。

 外の常識とは切り離された妖怪達の楽園。

 そこに古くから住まう彼女、幻想郷の花達全てから慕われ愛される彼女なのだ。

 四季を通して何かしら咲いている幻想郷。

 常に愛され慕われているのだから、満月の夜だけ恩恵を受ける吸血鬼よりも、時間も季節も関係なく恩恵を受け続けている幽香。

 言ってしまえば彼女もアイギスや小悪魔と同種の存在、多数から想いを向けられて生き続ける歪な生き物だといえるのかもしれない。

 

「…舐めていたな、忘れられた者しかいないと考えていたが…泣き言など吐けば窘められるが、今は泣きつきたい気分だ」

 

 出会いから魔砲を放ち、身に宿る力を見せつけた風見幽香。

 一地方の花妖怪がこれほどとは、と関心し悪態と小さな声で弱音を同時に吐くレミリア。

 忘れられ囲われなければ消える程度の者しかいない、そう考えていたようだが、見たくない、存在してほしくないと思われて、敢えて忘れられるような怖い相手もいるとは考えていなかった。

 藍と対峙するレミリアの親友も似た考えを持っていたが、この地にはそういった者達が掃いて捨てるほどいるという事を、数時間前に侵入したレミリア達紅魔館の住人は知らなかった。

 

「だが引けん! 今引いては守れる者も守れなくなる!」

 

 飲みこぼした血ではなく、無様に落とされた地でドレスを汚すレミリア。

 血のような色合いの紅い瞳に少しの弱音と守る決意を宿しながら槍を振るい薙ぐと、同じく紅い花、紅魔館の花壇に植えられたダリアの赤に似た色合いの瞳に楽しそうな雰囲気が映る。

 にらみ合う両者だがその瞳の奥には別のモノが映っていた。

 花の瞳にはレミリアをお嬢ちゃんと呼んで楽しく遊び蹂躙したいという、我儘と言うには酷すぎる思考が、方や血の瞳には屋敷の者達、我儘を通してくれた友人や紅魔館の正面を守り続けてくれる者、気が触れたように思えてしまう愛する妹を守ると誓う者。

 想いだけであればレミリアが勝っているように感じられるが、殺し合いの場で他者の心情など気にも掛けない幽香にソレが届くわけがない。

 刃を重ねながらも見る相手や考える内容が違う二人、幽香を見てはいるが幽香よりも他者を考えるレミリアの槍では、花弁を散らすことなどは出来そうになかった。

 

「小さな形して格好良いわね、その台詞、本当は私以外の相手に向けたかったのよね?」

 

 槍を払った傘をレミリアに向けて掲げる幽香。

 幽香も自身が見られていないと理解している、そしてレミリアが見ている相手は屋敷の者達と、先ほどスキマで送られてきた追加分の余計な奴だという事にも気がついていた。

 だからこそ幽香は会話を続け本気で攻めず、レミリアが向かいたい方へと動けないよう阻害し続けるだけで遊び、抑えていた…仮にレミリアが幽香を見ていたとしても、力ある者が表情を歪める瞬間を好む花の妖怪は変わらなかったかもしれないが。

 それほどに『いい』性格をしている幽香が、格好つけたように見える小娘の嫌悪の表情が見たいと、レミリアの顔めがけて閃光を放ち轟音を響かせる。

 名もない魔力の奔流だが、後に誰かが名をつけて真似るようになる魔砲が夜の王へと向かい轟いた…が、砲撃は左手に天球儀を携えるレミリアへは向かわず、天へと上り収束し消えていった。

 

「さっきからどうにもおかしいのよね、傘なら当たるけれどこちらは明後日の方向へ行くばかり、どんな悪戯かしら?」

 

 槍を受けた後の反撃で振るう日傘はレミリアに当たり、何度もその身を傷つけている。

 だが、幽香の魔砲はレミリアに当たらない、笑んだままにそう述べる花の大妖。

 レミリアの能力を知る者ならば、左手の平で回る天球儀が幽香の運命を操っているか、レミリアの運命を操っていると気がつけるが…操っている割には中途半端にダメージをもらっている運命の操者。

 振るわれる日傘よりも魔砲が危険だと察したレミリアが、それだけは直撃せぬよう常に幽香の運命に干渉している結果から当たらない、そう操っているようだ。

 実際は幽香が本気で行動すれば今のレミリアでは運命を操れない、それくらいに実力も年季も違う幽香なのだが最初から今までずっと遊んでいるだけの彼女。

 満月の吸血鬼ともなればさすがに遊びの範疇には収まらない、大地に根を下ろしたように悠然と構える幽香の運命の一部だけはどうにか操れている…ように今は見えた。

 

「運が悪いだけだろう、そうなるような巡り合わせになっているのさ」

「屋敷の中でもそんな事を言っていたわね、そこに何かありそうだし…別の方法で遊んであげるわ」

 

 ギリギリの状況だと悟らせぬよう、余裕ある文言を吐くレミリア。

 それを受けて、日傘の先端を地にトンと付ける幽香。

 幽香の立ち姿を見てレミリアの脳裏にある者が浮かぶ、華やかな花妖怪とは違って地味な、チェック柄のシャツだけが赤い誰かの立ち姿が思い浮かんでしまう。

 立ち姿も余裕な態度も似通っているし、携える獲物も、武器とは言えないものを使うの事も類似しているように感じられてしまう。

 それ以外にも持ちうる、酷いといえる力も赤い瞳の色も、ついでに言えば纏う衣服の模様も誰かに少しだけ似ていて、勝てないかもしれないと考える自分が気に入らないレミリア。

 それを打ち消し、抗おうと歯を噛みしめるが、すぐに別の理由で噛みしめる事になる。

 

 花妖怪の新芽のような緑髪と、返り血で少し汚れたスカートやブラウスの襟がヒラヒラと靡く。

 彼女が魔砲を放った時と同じように、力を何かに向けているとわかるように…花そのものではなく花が植わる地へと力を流し行使する幽香。

 遊ぶと言いながらも少しだけ本気を出したように見える姿がレミリアの視界に収まると、風見幽香の佇む庭先の一部、紅魔館の赤い外壁から赤々とした炎が垂れ流された。

 

「お姉様! ヤット見つけた! 邪魔サレタけどやっと見ツケタわ!」 

「フラン、多重の封印は…意味がなかったわね、想い人に会えたようだけど、まだなにかおかしい…私の考えは間違っていたのか!?」

「よくわからないけれど妹さん? こんばんは、途中で感じた力は貴女だったのね…お姉さんよりも壊し甲斐がありそうでいいわ」

 

 幽香の瞳に嬉々とした感情が宿る、それとともにレミリアの背に緊張が走った。

 唯でさえ厄介な太刀打ち出来るかわからない大妖怪、風見幽香が雰囲気を変えて守るべき妹を見つめている。

 かつての父のように狂う妹を、この花の大妖相手に守り通せるのか…想い人に会えれば落ち着くだろうと考えていたレミリアだったが、その考えは前提から間違いだった事に気がついてはいない。現れた妹の怒りは、会いたいと願っていたアイギスではなく、一人で全てを決めたレミリアに向けられていた事を、当人は知らなかった。

 

「マタ一人で! 私ニハ何モ話さないのに! おとう様とおんなじ! 話してくレナイのに!」

 

 並みの者であれば触れるだけで失禁出来る程の殺気、幽香から放たれるソレも、誘うような声も無視してレミリアに突貫していくフランドール。

 幽香の放つ魔砲を受けそのを体を一度消されながらも、満月の恩恵を受け復元しながら炎の魔剣をレミリアに向けて振るう。

 姉に向けた怒りを刀身に宿し炎を振るう怒り狂う妹と、ソレを血の槍で受ける焦り顔の姉。

 空中で殺し合う姉妹を見上げる幽香だが、話しかけても無視された事にほんの少しだけイラつく素振りを見せる。

 空中で剣戟を重ねる二人を追うように少し飛び、屋敷の屋根に佇む幽香。

 その位置から二人に狙いを定め日傘の切っ先を向けると、またも髪やスカートを靡かせるが、幽香の佇む少し先、屋敷内の深い位置に余計な奴の魔力と気配を感じると、傘の先をそちらへ向けた、が、幽香が傘を向けた数秒後にはその部屋の屋根がガボンと穿たれる。

 綺麗に空いた真円の奥には豪華な椅子と調度品が見えて、そこが主に頭を垂れる為の部屋だと見た目で語っている。

 赤ばかりで趣味が悪い、幽香がそう考えていると穴の中央から、真っ黒な奴ともう一人が姿を見せた。血に濡れた黒スーツ姿で頭にアモン角を生やす、好ましい喧嘩友達兼花いじりの弟子が、今空中で争う吸血鬼と同じ姿をした者を連れて姿を現した。

 

「双子ちゃんだったの? どちらも同じに感じられるけれど…アイギスが大事そうに連れているこっちが本物、ならあっちは偽物かしら?」

 

 現れた者の一人、先ほど言葉を無視した者と同じ容姿のフランドールが視界に入ると、向けていた傘の先端を下げる幽香、今にも放たれる寸前に見えた魔力は終息していく。

 穴から現れたもう一人のフランドールを見つめ、その横、手を繋ぎ現れたアイギスへと視線を流すとフフと小さく笑っていた。

 

「偽物ではないようです、あっちも本体のようですが私にも確証はない…ですが、すべき事は決めました。もし仕事の邪魔をするというのであれば…」

 

 フランドールと繋ぐ手を離し、レミリアと争う自身の怒りをどうにかするようにと伝え背を押すアイギス。

 飛び去るフランドールの背を見て笑みを覗かせている幽香と正面から対峙すると、仕事という単語を聞いた幽香が右手に持ち纏めていた日傘を開いて見せた。

 振るう獲物を振るえないようにして見せ、今この場で争うつもりはないと立ち振舞いで示すが、纏う雰囲気は争いの場に向ける殺気を放ったままの花妖怪。

 何度か殺り合い互いに認め合う相手であるアイギスと、血の匂い漂う鉄火場で出会ったのだ、余計な奴と評しただけあり、このまま獲物を取られてはつまらないと感じているらしい。

 仕事の邪魔となるのであれば幽香と一戦交えても已む無し、そう考えるアイギスも面と向って幽香を睨む。

 

「お嬢ちゃんといい貴女といい、私以外を見る者ばかりで興が冷める…手早く済ませてあげるから気晴らしに付き合いなさい」

 

 差した傘をクルクルと回して、視線を日傘へと向ける幽香。

 折角現れた、気が狂った壊し甲斐のある相手、その者よりも楽しめる相手が向こうから現れてくれたと一気に思考を書き換える。

 それでも獲物を開いたままなのは、言う通り少しの気晴らしが出来れば良いからからだろう。

 遊びとはいえ楽しめた夜。

 理由なくスキマに拉致された形でこの戦場に立った幽香だったが、遊んでも壊れない、壊れにくい新しい玩具を知りそれが育つまで待ってもいい。

 そういった考えで荒事から手を引く気持ちが半分、残り半分は良いところで現れて横から奪っていこうとする友人が気に入らないという我儘だろうか?

 仕事と呼ぶソレをやり切るまで他は眼中にない状態になるアイギス、それを知るくらいには二人の仲は良いが、互いに楽しみを奪われる事を嫌う性格だというのも知っていた。

 幽香もこうなると止まらない、ならば付き合ったほうが早いと無言で正面を切る黒羊。 

 

 レミリアが似ていると感じた雰囲気を持つ二人、羊と花がじゃれ合いを始めた頃。

 戦いの場を屋敷の屋根より少し上、紅魔館で一番高い時計塔を挟むように争う吸血鬼達の動きにも激しさが見えてきた。

 炎の魔剣を右手で振るい、左手には赤い球体、天球儀のような物の中心に破壊の瞳が宿って見える、立体的な方陣を映し込んで度々握り込もうとする悪魔の妹。

 ソレを阻止するように、右手に構えた槍を投擲し、左の肩毎撃ち貫く姉。

 戦法も何もない、妹の姿をした『憤怒』から考えなく振るわれるだけの暴力に向けて槍を放ち、夜に輝く宝石羽毎撃ち貫いては顔を顰めるレミリアであった。

 

「フラン! 部屋に戻りなさい! このままでは…」

「ウルさぁぁぁアァイ! イつモソうだ! 勝手ニ決メて、なンニも話しテクレない!」

 

 紅魔館が転移してきて数時間。

 最初に騒ぎを見せた人里の争いから結構な時間が立ち、高い山の望める東の景色がうっすらと明るくなり始めてきている。

 日の出が近いと誰が見てもわかる時間帯。

 短時間であれば浴びても問題はない姉妹だが、気が触れた妹が素直に影に身を潜めるとは考えられない姉。言う事を聞かないのであれば力尽くで影に落とす強攻策を続けているが、未だ続く満月の恩恵から落としきるには至らなかった。

 

「言う事を聞きなさい! 私は貴女の為を思って…」

「そうやって勝手に決めるから怒ってるって、なんで気がつかないの! お姉様のおバカ! わからず屋!」

 

 レミリアの見つめるフランは言葉を発していない。

 届いた声はレミリアの後方から、地上へと連れ出され行って来いと背を押された、本体と呼べる理知的さが伺える顔をしたフランドールが姉に声を届けた。

 声に振り向くレミリアに向けて吠える狂える妹、携える右手にまで炎が広がることを気にせず、自身の身すら焦がしながら体ごと魔剣を振るう。

 が、魔剣が切り結んだのは姉ではなく、姉を庇うように同じ魔剣で受けた、涙の乾いたフランドールであった。

 

「私が私ノ邪魔をスルなァァァぁぁぁ○☓◇※」

 

 後半は聞き取れない程の叫び。

 言葉にならない程の怒りとなって発せられた声に少し怯むレミリアと、同じ容姿のフランドール。狂える自分を眼前に見て冷静でいられる者などそうはいない、それを示すようにギリギリとタガの外れた『憤怒』に押され、肩口に刃を埋めていく本体。

 

「お前の方が邪魔! 私の気持ちを勝手に話さないで! 早く返して!」

 

 押される体を奮い立たせるように言い返す、泣き跡の見えるフランドール。

 けれど、全く同じ力を持つ物同士のつばぜり合いはリミッターのない分だけ気が触れている者が有利。全力を持って押し返すが、ズブズブと体に刺さる刃が本体の肢体を焼いていく。

 にらみ合い、互いに傷つけあう妹達を見て動けずにいる姉、背から声をかけてきた妹が愛する妹だと考えているが、その妹も私の気持ちを勝手に伝えるなと叫んだ。

 見た目も文言も同じに感じられる妹達、どちらかに手を差し出せばどちらかを失うかもしれない…また愛する家族が眼前で…それに気が付いた時、考えるよりもすぐに動いた。

 

「オオオォォォ!」

 

 レミリアが吠え右手を振りかぶる、全身をバネにしながら引かれた腕には瞬時に槍が形成された。

 母を壊して世に生まれ、否定する父をも壊した愛する妹。

 持って生まれた力に振り舞わされるように家族を破壊していく妹が、今、レミリアの前で妹自身を壊そうとしている。

 それをただ見ているだけ、以前の父の時のように見ているだけしか出来ない自分など許せない。

 失うかも、と弱気を見せた自分を恥じ、それを吹き飛ばすように吠えて、妹が妹に向ける刃に向けて渾身の力を込めて投擲した。

 赤い軌跡を夜空に残し翔ぶスピア・ザ・グングニル。 

 絶対に狙いを外さない神鎗の名を冠する槍が、妹の体を断とうとする魔剣を貫き、握る両手ごと打ち砕いた。

 

「お姉様マでなンデ邪魔をスルのォォォぉぉぉ※◇※※◇!!!!!」

 

 断たれかけた理性を見せる妹が身を焼きながら屋敷の屋根へと落ち、そのまま体を滑らせて出てきた屋根の穴へと消えていく。

 それを追う為に翼を広げたレミリアだったが、魔剣を砕かれた狂気の妹がこちらを見ろと言わんばかりにナニカを吠えた。耳に痛い、甲高い雄叫びに近い声で吠える気狂いの吸血鬼。

 もう少しで邪魔な自分を断ち切れたのに、邪魔者を討てて喜べたのにとレミリアにしらしめるように声とは呼べない音を喉から絞り出した。ただ怒っているだけであればこうはならないだろうが、今の彼女は喜びという感情も取り込んでいる。

 邪魔な自分が消せる喜び、それを奪われた事で怒りという油に火が注がれ本格的に気が触れたように感じられるフランドール。

 ここまで怒るフランを見たことがないレミリア。

 我慢を重ね忘れようとまでした妹の怒りを知り、一瞬怯みたじろぐと、ゲラゲラと嗤いながら怒りを表すフランが姉に砕かれた歪な手の平に歪んだ瞳を浮かばせて、ギュッと握り潰す。

 指は欠け、手の甲からは折れた白い骨がむき出しとなっているフランの手。欠損した手の平ではレミリア全体を破壊する力は発揮出来ないが、それでも彼女の翼と左鎖骨から臍までを破壊し弾き飛ばした。

 

「グゥッ!」

 

 怯み、細めていた瞳を苦痛に歪ませて落下していくレミリア。

 少し前までは体内を流れていた血液と共に落ちながらも、気概は衰えず、フランに破壊された左の翼や鎖骨から臍があった辺りを霧へと変化させ復元を試みる…が、翼も体も思うように戻らない。

 月明かりの中であれば瞬時に再生する体、それが戻らないという事は…

 

「フラァァァン!!」

 

 妹の名を叫び、残る右腕を伸ばすレミリア。

 自由落下し、背から屋敷の屋根に落ちてを突き抜けようとする瞬間まで妹に向けて腕を伸ばし指先までも伸ばすが、その手は届かず遠くなっていく。

 落下していくレミリアを照らし出す、登り始めた朝日。

 一瞬全身を日光に晒したレミリアだったが少し焦げただけで済む、屋根を抜き埃を立てて帰宅出来た為、結果的には屋根の下、日陰部分に身を隠す事が出来たようだ。

 だが、レミリアに安堵の色は見えない。

 日が昇ってしまい吸血鬼の時間は終わってしまった、だというのに妹は未だ屋外にいる。

 あの子がどうなったのか?

 耐えて何処かへ身を隠したのか、それとも…と、思考を巡らせ始めると落ちた部屋の奥に動く影がいる事に気が付く。日光に焼かれた瞳を修復し見つめる姉、直したばかりの美しい瞳には愛してやまない妹が映った。

 

「フラン!?」

 

 万全であれば多少は耐えられる日光だが傷ついた今の体では長く持たない、それは妹も同じ。

 フラつきながら自身が開けた屋根の穴からフランの身を逃し、強く抱きしめるレミリア。

 手を伸ばしても届かなかった妹その手にだけた事で緊張が緩んだのか、訪れた朝と共に一気に体にも疲労感が訪れる、幽香と争い妹と争い、休む事なく消耗し続けたせいで体が休息を求めていると感じる吸血鬼。

 だが今意識を落とすわけには、もう一人の妹をどうにかするまでまだ眠れないと歯を剥いて、自身の腕に強く噛み付き睡魔を噛み千切る素振りを見せると、屋敷の天井が崩壊した。

 

「な、なに!?」

 

 天井が崩壊し部屋の半分に日光が差し込む、その光から逃れる為部屋の奥、主の座る椅子の辺りにまで後退するレミリア。

 主以外いない、誰もいないはずの謁見の間で何事が起きたのかと呟くと、声に振り向くようになるカツンという足音。豪快な崩壊音と共に屋根を突き抜けて来た誰かの足音…崩れた天井が立てた粉塵の中から歩み出てくる、髪も服も血塗れでボロボロの悪魔がレミリアの瞳に映る。

 真っ赤に染まる右手には先ほどまで叫び吠えていた妹も見える。

 いつかのように意識を穿たれ、歯を剥いて目を見開いていたのが嘘のような妹が、両方の翼を握られている姿がアイギスの手中に見えた。

 

「アイギス!? フラン!」

「ご無沙汰しております、お元気そうでなにより。積もる話もございますが…まずはこちらの妹君を『どうにか』せねばなりませぬ」

 

 数百年ぶりに長女から呼ばれたアイギスの名前。

 変わりない声色などに心地よさを感じるがそれは表に出さず、汚れた身形で瀟洒に笑みフランドール両手で抱いて床に寝かせる。

 抱きしめるフランと寝かされたフランを見比べていると、腕に抱いたフランが目を覚ました。

 

「気が付いたの? 」 

「お姉様…? あっちの私は…」

 

 寝起きの妹に教えるように寝かされたフランを見るレミリア。

 姉の視線を追う妹が横たわる、分かたれた自身の感情に気がつくと同時にアイギスにも気がつく。

 

「フランドール御嬢様、今のうちにお早く」

 

 黒髪は血で赤く、象徴である角の一本が折れた姿のアイギスが促す。

 互いに気晴らしのじゃれ合いだと認識しているが、パッと見では結構な死闘を繰り広げた後にしか見えない。

 体の修復も間に合わないくらいの怪我姿など初めて見る二人が、何があったのかと見つめてくるが、それに対しては無言を貫く黒羊。

 幽香とやり合うとよくある事で気にする事ではないらしい。

 

 答えを得られずモヤモヤとする姉と、話してくれないならいいと気にしなくなった妹。

 姉の手を離れ、横たわる自分、鎮められた怒りの感情に歯を突き立てて首筋から吸収していく。

 残さず全てを回収したフランが立ち上がり、レミリアに向って何かを言おうと振り向くとゆらりと倒れ意識を失った。

 穿たれた意識まで吸収したのだから致し方ない。

 

「どうにかなり一安心、ですがまだ終わりではないのです…さて、続いては私を『どうにか』して頂きませんと」

「え?」

 

「お覚悟を」

 

 傷だらけの体でスコップを形成し床に突き立てる御庭番。

 満身創痍に見えるレミリアに対して、まだ終わらないと無茶を告げる。

 殺すなというオーダーからそこまで酷い事にはならない、が、それは伝えずに敢えて隠して話すアイギス。わざわざ会いに来てくれたらしいレミリアやフランドールと再開を喜ぶ、個人の心情としてはそうしても良いが、今の立場からすればそれは出来ない。あくまでも敵としてこの場に現れ送られている、そういう依頼も受けているし問に対しても本心からそう答えている。

 全て済んだ後であれば抱擁し喜んでも良いのだが…終わった後でこの姉妹が残っている確証はない。どう対応すべきか思考を巡らせるために、敢えての時間稼ぎとしてレミリアを煽っているが…

    

「私は立場を見せました、であれば侵略者らしく抗ってみせるのが宜しいかと。動かぬのなら屋敷の者全てがこのように…」

 

 アイギスが言い切る前にドサリと前のめりに崩れるレミリア。

 失いたくない妹の為ギリギリで繋いでいた意識が途切れたように見える、一度途切れた緊張感の先にいたのだから仕方がないだろう。

 前のめりに伏せる姉と、同じく膝から落ちてうつ伏せで倒れる妹。

 そんな所まで似なくともよいのに、と瀟洒な笑みから穏やかな表情へと顔色を変えたアイギス。

 両手で二人を抱きかかえ、コツコツと数歩進むと、目の前にスキマが開かれた。

 侵入者を抱いたままスキマを見つめていると、開かれた空間からふわりと現れた者。

 乱れた結界の修復を終えた八雲紫が屋敷へと踏み入った。 

 どう対応すべきか悩んだ相手、雇い主と正面で見つめ合う雇われ人。

 

「ご苦労様でした、その二人が首謀者ね…渡して頂けるかしら?」

 

 いつもの様に扇で顔を隠す姿ではなく、淑やかな表情を浮かばせて労う紫。

 以前に疑い問いかけた質問、命を下せば殺し会えるのかという問い掛けに答えた姿そのままが見られて安心し、同じく信用も得られたようだ。

 労いの言葉と同時に開かれた二つのスキマ、姉妹それぞれをそこに放り込めと異空間が無言で示されるが、労いもスキマへの誘導もどちらも断るように紫を見るだけのアイギス。

 

「労いは不必要、命の通りの仕事を成したまでですので…そして後半の部分は聞き入れられませんね、引き渡す事は致しません」   

 

 姉妹を抱いたまま両手の指を鳴らしスキマを穿つアイギス。

 穏やかな表情のまま雇い主に歯向かうような姿勢を見せるが、歯向かわれた側も表情は変わらない。

 まるでこうなる事がわかっていた、そういうように顔色を変えない紫…このまま争う事になりそうな空気が流れるが、そうなる前に紫が話し始めた。

 

「渡さない理由があるのかしら? それほどにその者達が大事?」

「大事かそうでないか、問われれば大事だとお答えします…ですが、渡さない理由はそれではございません」

 

「他に何か?」

 

 殺伐とした空気の中穏やかなに話す者達がいる気味の悪い空間。

 スキマの中のような気色悪い空気が場を包む中、渡さない理由を述べ始めるアイギス。

 

「この者達ともあるお約束をしておりまして、帰国しましたら手厚く歓迎してもらうというお約束を取り交わしております」

「では、それが済めば身柄を渡してくれる、そういうお話かしら?」

 

「左様です『帰国して』歓迎された後であればお渡し致しましょう、この地から安々と出られるのか、それはわかりかねますが」

 

 ほんの少しだけ紫の表情が変わる。

 淑やかさよりも暗い、怪しさに近い妖怪らしい色が紫の瞳に宿るのがわかる。

 紫がその気になれば外へ放り出すなど簡単な事だが、そうしてしまえばこの屋敷の者達は消えていくだろう…自身が敷いた結界に導かれ訪れた異国の妖かし達、消えいく運命を変えようと訪れた者が再度消えいくだけになる。

 それでも構わない、紫からすれば気に留めるような相手ではない…なかったのだが、運命を操り結界を乱す手腕と認識を阻害する魔法を行使し力を示した事で気が変わったようだ。

 紫の力にほんの少しでも抗える者達をただ消すのは惜しい、今後の為に考えている事もあり、出来ればそれの為に使いたい。

 そう考えて渡せと述べた紫だった。

 

「命じた通り殺しはしない、そう言っても渡してはもらえないと?」

 

 アイギスの懸念を話す箱庭の主。

 この場の雰囲気から考えられる事は当然そこだ、幻想郷を荒らした侵略者をどうするのか?

 難しく考えなくとも分かる事だがそうはしないと話す紫。

 

「申し訳ありませんが渡せませぬ、もう一つの理由が邪魔をして渡すわけにはいかぬのです…紫様、私への報酬は覚えておいででしょうか?」

 

 依頼を受けた際の報酬代わりに二人が交わした約束。

 それが邪魔をして姉妹の身柄を引き渡せないと、追加の拒否理由を吐く悪魔。

 妖怪の賢者と交わした口約束、紫からすれば境界を弄ればいくらでも無かった事に出来ると考え交わした契約だったが、アイギスの能力を知ってからそれは出来ないと判断されていた。

 弄った境界を穿たれて、弄んだ事自体をなかった事にされれば…そう考え滅多な事は出来ないと今の紫は結論づけていた。 

 

「裏切らない…そう、そうでしたわね。私は裏切れないのでした」

「えぇ、裏切って頂いても構わないのですがその際は…何度殺されようとそのお命奪わせて頂きます、そうならぬよう『期待』しておりますよ」

 

 それなりに力も知恵もある吸血鬼を利用しようと考えた狡い妖怪、八雲紫。

 その頭脳すら武器にする妖怪の賢者に対して、何に向けての期待かは話さず裏切った時の対応だけを口角を上げて話す狡い悪魔、アイギス=シーカー。

 最初から殺すなと命じられていた事で、今後この姉妹を何かに使う、そうして使い終え用済みにあれば切り捨てるかもしれない。そういった懸念を浮かべていたアイギスが、含む言い回しをした事でそうなる可能性は低くなった。

 後はその可能性を穿ち0と成すだけ、そう考える吸血鬼の盾だった者。

    

「依頼は完遂致しました、労い代わりに紫様のお立場も見せて頂きたいと考えております。その器の大きさ、私に魅せつけて頂けると今後も敬い慕う事が出来ると考えております」

 

 抱く姉妹二人を見てから紫を見つめる黒羊。

 紅魔館の者達を使って紫が何をするのか、そんな事は分からないし知ろうともしないが興味は湧いたようだ。

 我儘で癖の強い姉妹とその友人、それに振り舞わされる門番をどう使い、何を仕掛けるのか…今後が少しだけ楽しみになったアイギスが、自分にも力を魅せつけて使役してみせろと煽る。

 煽り言葉に近い文言を吐かれ、扇を取り出して笑む紫。

 瓦礫が目立つようになった赤い屋敷で佇む紫色と黒。

 赤を取り込める色と塗りつぶすだけの色をした者二人が見つめ合う中、赤い姉妹は静かに寝息を立てていた。 

 寝息を聞いて姉妹の顔見る二人、無垢な寝顔を見て二人とも穏やかな笑みを取り戻したが、浮かぶ笑みとは違って心境は別のモノ。

 自身の思惑の為に笑む紫と、それに期待し同時に契約破棄も楽しみに待つアイギス。

 互いに思惑はあれど、今は互いに笑むだけで済ませた。


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