東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第一話 元気すぎた赤子

 御息女が生まれて4年が経った頃、再度紅魔館でアイギスの姿が見られた。

 出産を経験した紅魔の奥方様も万全になった今、覚束ない足取りで動いていた御息女も元気に走り翼を広げて飛び始めた事を記念して、眷属や旧知の者を招待し紅魔館主催で盛大なパーティが催されているようで、当然アイギスも招待され、それなり楽しんでいるようだ。パーティーの喧騒を眺めながら薄く笑み、一人静かにグラスを傾けている。

 

 程良い広さのダンスホールを埋め尽くすのは吸血鬼やその配下の者達。

 中には異国の服を身に纏う者、誰か他の屋敷の警護役として来ている武闘家らしい女性や、主と親交のある種族魔法使いの夫婦などもいて、幅広い種族が姿を見せている辺りにスカーレット卿の交友関係の広さが見られた。

 尊大で偉大な夜の王である紅魔の主殿、不遜ではあるが同族との繋がりを大事にし、時には同族以外でも拾い上げ屋敷で使う懐の深さを見せる事もあり、そういった部分に、器の大きさは先代以上かもしれないなとアイギスは感じているようだ。

 

 ある程度の余興が流れパーティが更なる盛り上がりを見せ始めた頃、アイギスは静かにグラスを置いて席を立ち、消えた。生誕祭の続くパーティー会場から離れて何処に向かうのか、その姿は紅魔館から少し離れた、屋敷へ向かう道を逸れた藪の中にあった。

 目当てはパーティー用の食事に使われた数時間前までは泣きわめいていたモノ達の山、雑に血が抜かれ打ち捨てられた亡骸を眺め、心から楽しそうに嗤うアイギス。用済みになったモノ達を弔い埋葬し、気に入るモノが残っているようなら持ち帰り、エンバーミングしては近くで栄える人の町に放置する事を彼女は小さな楽しみとしていた。

 

「さて、よさ気なものは……」

 

 アイギスが右肩に担いでいるスコップを地に刺してほんの少し穿つ。

 ガボンという大きな音を立ててスコップのサイズ以上に穴が穿たれていく。山のように積まれた、少し前まで人だったモノを投げ入れても余るくらいに広い大穴が忽然と掘られた。

 

 魔力を使って何かをしたわけではなくこれが彼女の能力。

「なんでも穿つ程度の能力」である。言葉の通り何にでも、それこそ時間だろうが空間だろうが綺麗に穴を穿つこと叶うのが彼女の持ち得る能力だ。

 今はスコップを刺して発現させたが、指先で触れたり足先で触れたりしてもその場を穿つことが出来るし、指を鳴らして見つめる先を穿つことも可能な能力である。万能な能力に思えるが、実際はそこまで使い勝手の良いものでもなく、ただ言葉通り穿つだけ、その辺りに穴を開けるだけで何かを直接的に壊したりは出来ないらしい。

 例えば、馬などに行使すると腹や胸に風穴を開けたままで、死に体だが元気な姿で馬が走るという、気持ちの悪い状態になるだけのようだ。それでも勿論殺傷能力がないわけではない、行使した相手全体を穿ち存在を掘り返す事ができるのなら相手は生きたまま何処か別の所に落ちていったり、生命活動に関わる器官を穿たれ、臓器がないと能力を受けた相手が気が付くと物理的な穴として機能し、死に至るとの事だ。と、能力の説明はこのくらいでいいだろう、先程から穴に遺体を放っていくアイギスが楽しそうだ。

 

 掘った穴に遺体を投げ捨てては、綺麗に見える遺体をお持ち帰り用として取り分けていくアイギス、死体愛好家というわけではなくて彼女は平らに慣らすという行為、掘ってから埋めるという手段が大好きなだけであった。

 エンバーミングを始めたのは今生業としている棺桶職人としての好奇心から、中に収まる者達の中身がどうなっているのか知りたいという小さな好奇心で始めたものだったが、今では開いてみては開く前の状態に戻し、自分の業を確認するようなものとなっていた。

 もうひとつの穴掘りだが、これもアイギスの趣味嗜好の一つで無駄な行為が好きという事から来る暇潰しの一つだ。人間の刑罰で行われる物に穴を掘っては埋めての繰り返すという罰があるが、そういった何一つ実のない行為が、長く生きて未だ終わりの見えないアイギスには無駄に時間を浪費するのに丁度よい事だったらしい。

 退屈を埋めるには何をするか、そこで棺桶職人として掘り慣れていた墓穴掘りを趣味としてみたのだがこれが性格にうまくハマり、何もない所を掘り返しては、遺体でもなんでも埋めて元々以上に平坦に慣らしていくようになった。スコップ一本を使って土を掛けていくだけの、何も考えないですむ時間がアイギスには心地よかった。

 

「当たりナシ、もう少し丁寧に血抜きされていればそれなりのものもあったのでしょうに」

 

 悪魔としての膂力を存分に発揮して遺体を投げては埋めていったアイギス、満足顔で先の尖ったスコップを地に刺して両手を払っている。

 お持ち帰り用に仮置きしていたものも最終的に気に入ったモノはなかったようだ、全ての遺体が地に還るように埋められて、地面が平坦に慣らされるまでそれほどの時間はかからなかった。

 

「動いて小腹も空きましたし、お屋敷に戻りましょう」

 

 土で汚れたスコップを蹴り上げて、肩で抱えながら自身の魔力へと戻していく。アイギスの力を顕現させたスコップは出すも消すも自在で常に彼女と共にあった。

 余談だがアイギスのスコップから発想を得て、幼く育った屋敷のお嬢様が槍を振り回すようになるのはもうしばらく先のお話である。

 

 

 屋敷のパーティ会場であるダンスホールに戻ったアイギス、ホールの中心で始まった催し物を眺めながら少し鉄の味がするブランデーを傾けていると、遠くではしゃぐ幼子の姿を見つけた。

 白い皮膜の小さな翼を広げ、両親の近くから離れずにクルクルと舞うお屋敷のお嬢様、レミリア・スカーレットと目が合う。軽く会釈するアイギスだったが、挨拶をされた幼子は偉大なるお父上の背に隠れてしまった。

 嫌われてはいないはずなのだがと苦笑するアイギス、小さく声を漏らして壁の花となっていると、ホールの中心で息巻いている狼から成った魔物に呼ばれた。

 

「ふん! 何処に逃げたのかと思えばそこにおったのか、羊の娘っ子」

「娘っ子と呼んで頂けるとは私もまだまだ。して、怖い怖い狼さんが私のようなか弱い羊に何用でしょうか?」

 

 娘っ子と呼んできたのは紅魔館と停戦してはいるものの上辺だけの付き合いを続けている何処かの誰か、その従者。今夜はスカーレット卿主催のパーティではあるが、彼の者は招待される度に今のように勝手に仕切る者である。何処にでもこのような手合はいるもので、何かがある度に目立とうするものだ。

 ちなみにアイギスよりは大分年若い、見た目老狼に見える逞しさが宿ったの大男で、姿からそれなりに長く生きているようではあるが、この場合比較するアイギスがただ若々しく見えるだけである。日々ふんぞり返って弱者を弄ぶだけの狼より、日々汗をかいて体を動かしているアイギスの方が若く見えるのは、当然といえば当然なのかもしれない。

 

「なに、ちょっとした催しに付き合ってもらおうと思ってな」

「余興ですか? 生憎披露できるような芸事に覚えがございません」

 

「なればこそよ、そもそも吸血鬼の眷属やその従者しか入れぬはずなのだ。ここは選ばれた者しかおれぬ場所よ、故もわからぬような者が過ごす場所ではないわ」

 

 パーティで顔を合わすと今のように毎回絡まれているアイギスだが、本人は全く気にしないでいた。依頼を受ければ造り納めるが好きで始めた事ではなく、やる事がないから作り続けているだけで、偶々贔屓にしてくれる吸血鬼の一族が近くにいた、それだけの事だった。職人としてのプライドも然程なく、あるのは有り余る時間を使って作り上げたモノの出来具合に対する自己満足だけだった、飽きずに作ってこれたのはスカーレット一族が派手な装飾を好み作り甲斐があったからだと過去アイギスは語っていた。

 

「私はなんと言われようと構いませんが……贔屓のお客様から招待を受けているのですよ? 顔を見せるだけで喜んで頂けるのならばお呼ばれも致しましょう」

「ハン! スカーレット一族の腰巾着が招待などとよく抜かすわ。聞けば棺など作っているそうじゃないか、作るほど好きなら儂が入れてやろう」

 

 ホールの中心でいつの間にか始まっていた従者同士の軽い手合わせ場。

 演舞をする者や剣技を披露する者、美しい魔法を放ちパーティを彩る者達が色々と見せていたダンスホールの中心でこちらに来いと騒ぐ狼男。

 腰巾着と言われるほどスカーレットの名を使ってはいない、使う必要性もない。そう反論し今回も皆に笑われてお終いにしようと考えていたアイギスだったが、遠くで見つめてくる御息女様と再度目が合い気が変わったらしい。

 

「お手合わせ……報酬なしでお仕事はしない主義なのですが、貴方様から頂いても宜しいのでしょうか?」

 

 普段は笑われて蔑まれているばかりのアイギスが初めて狼男の挑発に乗った。

 狼男に手招きされてホールの中央ヘと歩み観衆に対して頭を垂れるアイギス、優雅に頭を垂れて身を晒したアイギスを見て狼男の挑発を笑っていた貴族である吸血鬼連中の顔色が変わった。

 知らない者も多いが中にはアイギスの誂えた棺桶に身を預ける者もいて、その者達のほぼ全てが自身が幼い頃より姿を変えないアイギスを見ていた、ついでに言えば仕事中のアイギスを見た者はいなかった。

 仕事中の姿を見た事があるのは幼き頃のスカーレット卿とこの狼の主くらいだろうか、互いに別の仕事姿を見ていてその評価も間逆だった。

 

 幼きスカーレット卿が見たものは紅魔館を狩り立てんとする異能者、力あるヴァンパイア・ハンターが攻め入ってきた時に運悪くアイギスと交戦してしまった時の事。

 およそ戦いと呼べるものではなく、パチンという乾いた音が一瞬響いただけで足の先と頭の鼻から上だけになったヴァンパイア・ハンターがポロポロと残る光景を見ただけであった。

 棺を誂えて持ってきただけの一商人としか見ていなかったスカーレット卿だったが、頭だけにして残しておけばよかったと淑やかに笑むアイギスを初めて怖いと感じ、もう胸を触ったり尻を触ったりするのはよそうと誓った日になった。

 

 方や狼男の主は真夏の夜に楽しそうに掘った穴に遺体を投げている姿を見ただけで、棺桶職人では生活が成り立たず残飯処理までやっている哀れな羊としか見ておらず、それを配下の者にも伝えていたようだ。実際棺桶職人だけでは生活出来ておらず、偶に舞い込む掃除の仕事もしているが、その場を見てもスコップで相手を穿つか指を鳴らしているだけにしか見えないので結果は同じだったかもしれない。

 そういえば年齢を知っているのも紅魔館に住まう者達くらいで、他の者からはぽっと出の半端な小悪魔程度にしか思われていない……彼女が羊ではなく山羊だったなら見られ方も変わったのかもしれないが。

 

「棺桶作るか墓穴掘るくらいしか能のない羊っ娘が、狼相手に見栄を張りおって! お伽話のように喰らってくれるわ」

「それでは最後にお腹を破られてしまいますね、あぁ、それは山羊さんのお仕事でしたか。羊の私には当てはまりませんし、私の慣れた処理の仕方で弔って差し上げますのでご心配なく」

 

 抜かせと吠えて構えてすらいないアイギスに鋭い爪を奔らせる狼男、真っ直ぐにアイギスの腹に向かい拳が振り抜かれるが、鋭い豪腕が腹に届く前に忽然と姿を消した。

 狼男の拳に向かい構えもしなかったアイギスが指を小さく鳴らしただけで、肩から先の拳が穿たれて何処かへと飛ばされたのだ。

 アイギスの能力を知るものは少ないが知っているものからすれば、正面からただ殴るだけなど自分から拳を掘ってくれと差し出しているだけにしか見えないだろう。

 再度鳴る指の音、両手の親指と人差し指を擦り合わせてパチンという音が鳴ると、狼男の両足が穿たれて空間毎掘り返されて消えた。

 

「筋骨隆々な貴方様と違って私はか弱い羊です、柔肌を殴られては困ってしまう」

 

「貴さ……」

「煩い殿方は好みではありませんし、下賎な狼の血で屋敷を汚すのも好ましくない……のですが、教育には良いでしょう、我慢なさってくださいな」

 

 淑やかに耐えろと述べながら愛用のスコップを顕現するアイギス、持ち手の象牙のような部分、三本目の角と言える色合いのそこを小さく擦るとスコップの持ち手以外が真っ赤に燃え上がる。

 腕や足を穿たれて失くしたと気が付いた狼男がのたうち回りホールの床を汚していく中、血を吹き出す四肢があった辺りに燃え盛るスコップを宛てがい焼きを入れていくアイギス。

 肉の焦げる音と匂いがホールに広がる中穏やかな顔色を変えずに狼男を焼いていく黒羊、顔は変えず目の色だけを輝かせてキャインと喚く狼の悲鳴を聞いていると、一人の従者に腕を取られた。

 緑色のドレス、両腿の辺りにまでスリットが入っており露わにした腿から女性の色香と逞しさを強調した姿でアイギスの手を取る武人、後に紅魔館で身内と呼ばれるようになる彼女であった。

 

「そこまでにされては? スカーレット卿主催のパーティーで下品な行いはどうかと……バフォメット殿?」

「そう呼ばれるのは山羊さんですね、よく言われますが私は勘違いされて捧げられた羊の悪魔というだけですよ?」

 

「ですが、燃え盛る三本目の角を見る限り……」

「角は頭の二つだけです、燃えているこれはただのスコップですよ。それに血の匂いや焼ける肉の匂いには早くから慣れておいた方が良い、これは私からお嬢様への少々過激な誕生日プレゼントなのです。邪魔をしないで頂きたいですね、異国の妖かし殿」

 

 武人の左手に強く取られている右手、そんな武人の左手に優しく左手を添えて武人の手の甲に小さく穴を穿つアイギス。離して頂けないのなら離れるようにするだけだと伝えるとゆっくりと手を離されて数歩下がっていく東方の武闘家、声にはせず会釈だけして礼を伝えるアイギスが遠くで見ているだけのお屋敷の嬢様を見つめる。

 お腹が少し大きくなった母の背に隠れながらも、しっかりと見て鼻を鳴らし荒事の匂いを嗅いだのを確認した後、煩く喚く口を止めるように首にスコップを押し当ててそのまま床に刃先を突き立てた。頭側と体側を少し焼いて血が垂れなくなったのを見てからスコップを消して再度観衆に頭を垂れるアイギス。血が広がり汚れた床の血の部分、指を鳴らして床の表面だけを薄く削ぐように穿ってから、二つに分かれた狼男の両方を持って紅魔館を後にした。

 

 数日後完全に血が抜かれた、左腕しかない獣の体がヨーロッパの何処かの町で転がっていたという話があるが、これが誰の体なのかわからない住人の手ですぐに処理され噂になることはなかった。誰が放置したのか町の者はわかっているから誰も口にはせず、ただこうならないようにと恐れ怯えるだけであった。

 口にしたのはバフォメットとアイギスを崇めて信仰する異端者達だけ。

 けれど、祈られ崇められるバフォメットと呼ばれている女性は人の心になど興味はなかったようだ。どれだけ信仰されようが自身は山羊ではないのだからと姿を見せる事もなく、ただただ遊び終えた何かを町に放置してエンバーミングの業を人に見せつけられればそれでよかったらしい。

 ちなみに頭はうまく出来たと気に入ったようで、綺麗に残せた瞳が輝くようにと中を繰り抜いてランタンのカバー代わりにしたようだ。

 暗い店内が更に暗くなったが、光量を気にせず今日も材木を穿っては依頼を受けた誰かの棺を掘り組んでいた。

 

~少女作業中~

 

 また少し時が流れた。

 奥方様が臨月となり、もうすぐレミリア御嬢様の妹君が生まれると知ったアイギスが三度紅魔館を訪れている。先日行われたパーティ会場で粗相をした事への謝罪と、依頼されていた付き合の棺を納品しに来ているようだ。

 追加の棺は先に生まれたレミリアお嬢様の弟君か妹君の分、どうやら女児であるというお話を伺ってそれなら揃いでという依頼を受け姉になるレミリアと揃いの棺を誂えて納品に訪れていた。

 無事に納品を済ませてお屋敷でもてなしのお茶を楽しんでいるアイギス、大きな円卓に二人でついて静かに茶を含み味わっているともう一人卓についている将来の淑女からお声を掛けられていた。

 

「アイギス、お祖父様のお話をして頂戴」

「お父様かお母様からお聞きください、私よりも詳しくお話してくださいますよ。お嬢様」

 

「お父様の生まれる前の事が知りたいの! アイギスは知ってるんでしょ!」

「よく存じ上げておりますが、これといって楽しいお話はないのですよ」

 

 お嬢様が生まれた時以上に慌てていたなど色々と面白い話があり一晩では尽きないくらいに話題はあるが、未だ幼いお嬢様に話してもいかに大事に思われているか理解されないだろう、ならば理解出来るくらい育つまでは内緒にしておこう。そう考えるアイギスだったが、あまりにしつこく迫られるので一つ諭すことにした。

 

「もうすぐお姉様になられるのです、あまり我儘を申しては妹君に笑われてしまいますよ?」

「アイギスまでお母様と同じことを言うのね! 皆妹の事ばかり!」

 

「目上の者になるというのは我慢も覚えるという事です、今のままでは妹君を守れるお姉様になれませんね」

「わたしがまもるの? お父様もお母様もいらっしゃるわよ?」

 

 幼く紅い瞳でアイギスを見上げるレミリア、パーティ会場で粗相をして嫌われたと感じていたアイギスだったがその逆で、淑やかに自身以上の体躯を持つ狼男をあしらった姿が格好いいものとして映ったらしい。

 あの日以来当主や奥方様の側を離れて歩み寄ってくるようになったレミリア、幼いながら話した事はきちんと覚えてそれを応用する聡明さを見せるレミリアをアイギスは愛でる事が多かった。

 今の話も深く理解しようと対面する椅子から隣の椅子に座り直して近くでアイギスの顔を見上げるレミリア、我儘な物言いだがその実は理解しようという姿勢が見て取れて、そんなレミリアにアイギスも心を許していた。

 

「お父様もお母様も偉大なノスフェラトゥですが、お嬢様よりも先にこの世を去ります。これは仕方のない事です」

「アイギスはお父様よりも長生きだと聞いたわ、アイギスもお父様も私より先にいなくなるの?」

 

「私はよくわかりませんがいずれはそうなるのでしょうね、それよりも妹君の事です。お父様もお母様もいなくなったら妹君を守れるのはお嬢様だけになるのです、そうなった時に今のお嬢様のままでは困ってしまいますね」

「こまる? お父様もアイギスもこまる?」

 

「困るというよりも悲しい、といったものでしょうか」

「かなしいの?」

 

「親というものは自分の御身よりも子の事を大事に思うものなのです、お父様もお母様も自分よりも偉大になって欲しいと毎日願っているはずです。偉大な吸血鬼が妹君一人守れないようでは困りますし、悲しく思ってしまいますね」

 

 レミリアの赤い瞳を同じく赤い瞳で見つめ返し言葉を選ぶアイギス。

 いなくなると言った時には瞳を揺らした幼い吸血鬼だったが、悲しくなると言葉を追加すると少し悩んだ後に強い瞳でアイギスを見返していた。

 アイギスの伝えたものが理解されたのかわからないが、レミリアの瞳には強い決意のような物が感じられてアイギスは一人安心していた。

 

「妹君が無事に生まれて守れるようになった時には御名でお呼びして差し上げます、楽しみにしていますよ? レミリア御嬢様」

「? まだ妹が生まれてないのにお名前で呼んでくれるのは何故?」

 

「先に呼んでおけばそうならざるを得ません、それにレミリア御嬢様が生まれた時にお父様にも同じように申し上げました。お父様は立派な主になられましたし、レミリア御嬢様にもそうなっていただきたいとアイギスからのお願いでございます」

 

 お父様と一緒、小さな口でそう呟くレミリアを見てアイギスが淑女のような笑みを見せた時。

 お屋敷の一室から轟音が轟いて従者の全てが慌て始めた、音と揺れに驚いたのか、アイギスのスーツの袖を強く掴み不安げな瞳で見上げているレミリア。

 アイギスがすぐに抱き寄せて片手で抱き上げると少しだけ落ち着いたようだ、抱き上げたままテーブルを離れて音の発信源の方へと向かうと悲惨な光景が広がっていた。

 豪華な装飾のあしらわれた部屋の扉は何者かに破壊されたような姿で捻れ飛んでおり、部屋の中で大きな血袋でも割いたように廊下の壁までを紅く染め上げている光景。

 さすがに見せられないと感じたアイギスが後ろ歩きでその場を離れようとした時、全身を真っ赤に染め上げた屋敷の当主と、同じく全身を真っ赤に染めた小さな赤子がアイギスの視界に入った。

 

「…一瞬だった、一言妻が呻いたと思えば目の前で爆ぜたのだ…跡にはこの子しか…」

「左様ですか、残念な事です」

 

「…それだけなのか? アイギスも妻を気に入ってくれていたのではなかったのか! 他に言う事が…」

「私まで取り乱してどうなりましょう、嘆き悲しむのはご家族の仕事ですが…貴方様は今嘆いていい立場におりますまい? 当主であるならば今とこれからを考えるべきでしょう? 奥方様は…残念でしたが…守るべき相手は他にもいるのです、私は二度と坊ちゃまとお呼びしたくはありません」

 

 レミリアの目を片手で隠しながら血塗れの親子に物を申すアイギス、妻を失い現実を直視できない当主に変わり成すべきことを当主の手元を見ながら伝えていた。

 全身血濡れながら穏やかに眠り赤子、背には枯れ枝のような物が生えており、枝の先からは宝石のように輝くナニカがぶら下がる赤子。

 長く生きているアイギスだがこれを吸血鬼だとは断定できず一瞬悩んでいたようだったが、抱いていたレミリアがアイギスの手をのけて赤子を見て小さく二人に叫んだ。

 

「いつまでもそのままじゃ妹が可愛そう、お父様。綺麗にして差し上げて」

「レミリア…そうだな、このままではフランドールが可愛そうだ…妻の弔い、任せて良いだろうか? アイギス」

 

「畏まりました、スカーレット卿‥レミリア御嬢様もお父様とご一緒に行かれるのが宜しいかと、妹君、フランドール御嬢様を守って差し上げてくださいませ」

 

 抱き上げていたレミリアの背を叩き自ら行けと促すアイギス、一瞬目を合わせて直ぐに手元から飛び立ち父と並ぶレミリアを見送ってから真っ赤に染まる部屋へと歩んだ。

 少し粘性のある血液の海の中をコツコツとヒールの音を立てて歩く、部屋の中央で一人佇み、足元以外の血液を指を鳴らして床毎穿って削いでいくアイギス。

 少し残る血液を両手で掬い上げて自身の誂えた奥方様の棺の中央へと垂らす、夜の王でありながら白を好んだ奥方様の棺。

 上等な白で仕立てた内張りを棺の主で紅く染みを作ると、元気過ぎたお子様でしたねと、無事に赤子が生まれた事を一人棺に報告した。


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