東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第十八話 歪な妹

 暗く血の匂いと死の香りしかしない地下室。

 明かりすらない一室が、眩いばかりの赤と橙に照らされて部屋の全容を見せている。

 床は綺麗な赤。

 部屋の奥で伏せる一人の周囲だけは赤黒いが、他の部分は屋敷の内装と変わらない赤色。

 壁も赤。

 部分部分にひび割れなどが見えるが、これは転移する際に入ったひび割れで、部屋の主が暴れたせいではない。

 そして部屋の奥には豪華な天蓋の付いた、またもや紅いベッドが備え付けられている。

 ベッドのマット下に置かれた部屋の主へと送られた棺、あの配色に近い赤のベルベッドで仕立て上げられて上掛けと、純白なシーツ。

 その白の部分を汚すような争いが今まさに始まっていた。

 

 部屋に踏み入ったアイギスに飛びかかってきた三人の妹フランドール・スカーレット達。

 三人まとめて、バラバラに振るわれた爪や剣戟は全てアイギスにいなされ弾かれた。

 不意打ちを弾かれて喜びを見せるフランドールと、楽しい殺し合いだとはしゃぐフランドールは弾かれた位置で嗤い始め、今は残りの一人がアイギスと争い、頭を鷲掴みにされている。

 掴まれる頭の下では、歯を向いて鋭い牙をガチガチと噛み合わせる、瞳には怒りの色を灯したフランドール。

 その輝く金の髪を左手で乱暴に掴み上げ、右手に携えたスコップで肩から腰骨に向かい一太刀で薙ぎ断つアイギス。

 薙いで二つに分けた体の上半身はまだ息があり、目を見開いて声にならない怒り声を叫んでいる。

 そんな喚き散らすフランドールを床に叩きつけ、首元目掛けてスコップを突き立てようとするが、嗤っていたフランドール二人が右手に現した瞳を握りこみ、スコップとアイギスの右腕をそれぞれ破壊した。

 破壊が成功しキャッキャと喜ぶフランドールと、朗らかな笑みを見せるフランドール。 

 騒ぐ二人を他所にして、血に倒れたフランを蹴り上げて、三人と距離を取るアイギス。

 

「練習不足は変わらずですね、窘める所ですが今はそれが有り難い」

 

 破壊された右腕を復元し両手の指を鳴らすアイギス。

 声を上げて跳ね回り喜ぶフランドール達の右掌を穿ち、これ以降の能力発動を制限しようとするが…笑みを見せるフランドール達がそれぞれその右手を断ち切り、アイギスと同じくそれぞれが右手を復元させた。

 

「この回復力、光は届かなくとも満月である事には変わりない、という事でしょうか。繋がりを穿てば…吸血鬼ではなくなってしまうでしょうし、敵に回すと中々に厄介ですね」

 

 右手を復元させたフランドール達を見ながら、振るわれる憤怒の込められたレーヴァテインをスコップで受ける。

 こちらの怒りを見せるフランドールも他の者達と同じく、直ぐに再生し体が戻った瞬間から炎の魔剣を力いっぱい振るい始めた。

 カォンという甲高い金属音と共に火の粉が舞い、暗い部屋内を明るくしていく。

 その明るくなった一瞬にアイギスの瞳に映るモノがあった。

 

「これ以上増えては手間なのですが…まぁいいでしょう、殺さずというよりも殺せずで、暴れても問題なしと都合良く考えましょう」

 

 藍から伝えられたオーダーを守るのには都合がいい、そう考えを改めるアイギスの赤黒い瞳に写ったのは、部屋の隅で倒れ伏している四人目の妹。

 体を動かしたというモノではなく、ピクリと背から生やす宝石のような羽を動かしただけで、荒事の振動で揺れただけと取れなくもないが、満月という状況を鑑みれば復活してもおかしくはなかった。

 

「マタ余所見シテ! 私ダケヲ見テイレバイイノヨ!」

「一人占メシナイデ! アイギスハ私ト遊ブノ!」

「ダマレ! お前ラモアイギスモ、お姉様モ全部消エテシマエ! 勝手ニイナクナッテ勝手に連レテキテ…今ダッテ何モ話シテクレナイノニ!」

 

 各々が我儘を述べては各々で否定し、それぞれがアイギスに向けてレーヴァテインを振るい、掌に瞳を宿らせていく。

 表情から『憤怒』と『歓喜』と呼ぶが、その二人がそれぞれ炎の魔剣を握りしめ、炎の勢いを高める。

 周囲の景色が熱で揺らめくほどに魔力が込められた二刀が交差しながらアイギスへと振るわれるが、連携して動かず各々がバラバラに振るうだけの暴力など当たるはずがない。

 踵のヒールで床に穴が空くほどの踏切でアイギス前へ飛び、後方で瞳を握り込む寸前だった、楽しげに笑む『享楽』的なフランドールへ向けて右手の指を鳴らした。

 床とその先の壁を焼き払う『憤怒』と『歓喜』の二人を置き去りにし、奥の『享楽』を狙い奔る黒羊だったが、レーヴァテインを投げ捨てた『歓喜』が瞳を掌に浮かべて握りこむ。

 穿たれる『享楽』の両腕、それとともに弾け飛ぶアイギスの左腕。

 

「当タッタ! マタアイギスヲ壊セタ!」

「私ガ壊スノ! 邪魔シナイデ!」

「余計ナ事シナイデ」

 

「単体では御しやすいですが全体で相手取ると読みにくいですね、まずは数を減らしましょうか」

 

 はじけ飛んだ左手に魔力を流し数秒掛けて復元するアイギス。

 戻した左手の指を一本ずつ折って握り、数を数えるように調子を確認している。

 

「マタ戻ッタ! マダマダ壊レナイ!」

「マダ遊ベル? アイギスガマダ遊ンデクレル?」

「ナンデ壊レナイノ!? 邪魔ナノ! 早ク壊レテヨ!」

 

 それを見ていた三人が、まだまだ壊れないと嬉しそうに、楽しそうに、怒り狂ってそれぞれ述べる。

 だが文言は全て同じというわけではない。全てがアイギスに向けられて言われているように聞こえるが、一人言い分が違うように聞こえた。

 一番激しい感情に見える『憤怒』だけがアイギスではなく、その先、大図書館へと続く階段を見ながら叫んでいるように見える。

 それを踏まえて少し悩むアイギスだったが、足を止めて思考出来る程、三人のフランドールの攻勢は緩くはなかった。

 

 対峙するアイギスと妹達。

 まず動いたのは燃え盛る『憤怒』を宿すフランドール。

 三人それぞれを見比べるように視線を流したアイギスに向けて、邪魔をするなとギリギリで聞き取れる言葉を吠えて、レーヴァテインを振り上げ迫る。

 満月という条件下にあり、絞らずとも常にフルパワーでいられる吸血鬼が振るう炎の魔剣。

 床と天井を焼き払いながら強引に縦に振るわれるが、勢いだけしか感じられない雑な剣戟はアイギスに届かず、先ほどと同じく壁を焼き払うだけであった。

 避けながら指を鳴らし、レーヴァテインを振るって来た憤怒へ向けて音を鳴らす、響くとともに憤怒の上半身が穿たれて、下半身だけが床を滑り壁にぶつかって止まった。

 

「まずは一人、満月の夜といえど頭がなければ時間もかかるでしょう」

 

 下半身だけとなった『憤怒』が動かないのを確認しているアイギスだったが、その口からは鮮血を吐いている。

 一番動きのわかりやすい、怒りに囚われたフランドールを注視していた為か、余所見をするなと言っては騒いでいた歓喜のフランドールが、いつの間にか体を霧と化し近づいていて、アイギスの両脇腹へと両腕を突き刺し顕現していた。

 

「捕マエタァ!」

「ズルイ! 私ダッテアイギスデ遊ビタイ!」

 

「…これは、私とした事が油断を…霧に成れて当たり前だというのに…私が歪に見ていただけでしたか」

 

 血を吐きながらも冷静さを見せる黒羊。

 吸血鬼らしく体を霧と化した妹。

 両の脇腹に腕を突き刺して、抱きつく形でいる『歓喜』の頭を一撫でしてそのまま掴み、片腕で捻じり切り軽く放って蹴り破裂させた。

 頭部を失い、噴水のように首から血を吹き始める歓喜の体。

 その体に触れて刺さる腕ごと全身を穿ち掻き消すと、残るは楽しそうに、私だけになったと狂おしいほどに嗤うフランドールだけとなった。

 

「楽しそうで何よりですがこれ以上はやらせません、油断してしまい少々手間取りましたが…そう何度も壊されてやるわけには参りませんので」

 

 何が楽しいのか、理解する事は難しいが一人になった事を喜び、声を上げて嗤うフランドールの胸から上が穿たれる。

 ドサリと落ちた両腕に続いて膝から崩れ落ちる幼子の体。

 

「今晩の内に戻るのであれば『殺さず』に触れる事はないはず…ですが、こうなった原因がわからないうちは対処も出来ませんね」

 

 両脇腹から血と瘴気を漏らして一人佇む。

 さすがに魔女一人から届けられる信仰心では瞬時の復元は何度も行えず、両手を宛てがい魔力を流して血肉を戻していく。

 怪我らしい怪我を負うことなど何年ぶりなのか、思い出せないほどに遠い記憶のようだ。

 こうして痛みを得るのも懐かしいと感慨深い事を考えるが、思考を自身の傷に向けているアイギスの背では、討ち倒したはずのフランドール達の体が静かに血となり流れていく。

 流れる先はまだ体のほとんどを残す者達…最後に肩から上を穿たれた『享楽』なフランと、下半身だけとなった『憤怒』へ向けて流れ集まり纏まっていく。

 傷を戻したアイギスが再度現れた二人のフランドールへと振り向くと、楽しげに笑む『享楽』と激しく心を燃やす『憤怒』の姿が目に留まる。

 一人減ったが未だ終わらない妹達。

 その内の一人『憤怒』が感情を体全体で表すように振るえ吠える。

 そのままアイギスに向けて懲りずに炎の魔剣を振るうが、代わり映えのない動きで振るわれる魔剣は安々と躱され、交差した背に向けてスコップを放り投げられた。

 だが『憤怒』は止まらず、背に突き刺さるスコップを気にせずに、そのまま飛び抜け上に続く階段へと消えていった。

 

「逃がすわけには…」

「何処ニ行クノ? 私ハココニイルヨ? 」

 

 追いかける動きを見せるアイギスだったが、体を動かす前にスコップを放った右腕が、残った『享楽』により破壊される。

 まずはこいつを沈めてから、そう考えたアイギスの瞳に今まで横たわっていただけの四人目が動き、起き上がる姿が写り込む。

 また増えた、と思考した瞬間――楽しげに嗤うフランドールが、血に濡れ横たわり、何かに哀しんだように涙を流した後が見えるフランに半身を破壊された。

 半身を失いグラリと傾きながら、残った右腕に瞳を現し握ろうとするが、それはアイギスに穿たれて発現せずに終わる。

 腕を穿たれた半身のフランに飛びついて、首筋に歯を突き立てる、頬には泣き跡の残るフランドール。

 同じ容姿の者が吸血し合う異様な光景にアイギスが訝しむが、吸われる側の『享楽』は楽しそうな笑みを浮かべ、『悲哀』と呼べる者に吸収されていった。

 

「ごめんなさい」

 

 涙の跡を残したままのフランがアイギスに歩み寄り見上げる。

 少しだけ身構えていたアイギスだったが、見上げてくるフランの瞳が出立前に見ていた瞳と変わらない事に気付き、情愛の念が宿るものに見えた。

 この御嬢様が本体、と呼べるものだろうか?

 警戒しながらも左腕を差し出すアイギス。

 差し出されたその左腕に飛びつく姿も見慣れた物であった為、そのまま左腕一本で抱き上げた。

 

「何か私に謝るような事をされましたか? 私にわかるように話してくださいますか?」

 

 腕も腹も破壊されその度に復元し、姿だけは血塗れのアイギス。

 今も右腕は修復中でフランドールを片腕で抱き上げている。

 暴れて傷つけてごめんなさい、ともとれる言葉ではあるが以前より手合わせという名の遊びに興じ、その度に互いに体の部品を失くしては戻している二人である、今更そこについての謝罪は必要ない。

 ましてや今回は里を襲った侵入者側と、それを排除しに来た御庭番という立場で再開している為、謝罪など殊更に必要ないはずである。

 

「ずぅっと会いたいって思ってたのよ? でも帰ってくるまでは我慢しようとも思ったの、約束は破らないって知ってるから」

 

 アイギスに抱き上げられると目は合わせず、俯いて謝る理由を述べるフラン。

 自身の考えが我儘だと理解し、それを我慢していたと述べる、アイギスが帰ってくると話した事を約束だと捉え、それを守るだろうと我慢を続けていたと話した。

 

「でもお姉様(アイツ)が一人で決めちゃったわ、アイギスに会いに行くって…最初に会いに行くって言い出したのは私だけど…それでも行くって言っただけなのに、部屋に来たアイツにちょっと我儘言っただけだったのに」

 

 俯いたままで思いの丈を吐き続けるフラン。

 引きこもり続ける理由も聞かず、ただ部屋に会いに来てくれた姉のレミリア。

 実際は妹の為だけではなく、消えいく紅魔館の運命を変えるために幻想郷への引っ越しを考えた部分もあるが、それは話さずに動いたようだ。

 実情を知らずに引きこもる妹からすれば、我慢している自分の事は見られていない、勝手に決めた我儘な姉としか見られないのかもしれない。

 そんな妹思いの姉をアイツなどと言ってご立腹だと言葉で示すが、言う割には表情は泣き出しそうな顔から変わらない妹様。

 

「一人で勝手に決めて、ってイライラしたけどそれも忘れようと、ううん、忘れたのよ、我儘ばっかりでちょっと辛くなったから…でも、揺れて音がした後から忘れてた事が思い出されて…我慢出来なくなっちゃった…そしたら分かれちゃったの」

 

 俯いたまま話し、アイギスのスーツの襟口を握りしめるフランドール。

 長く我慢を続けるのは辛い、それを語るように握りしめられる襟口に深い皺が寄っていく。

 数日や数ヶ月の我慢なら誰しも経験があるだろう、それくらいの我慢であれば誰でも出来るはずだ。

 だがこの吸血鬼の妹はその数倍以上、アイギスが出立してからずっと引きこもり我慢を続けていたようだ…辛いと感じるのなら忘れる、自衛の手段としてこれも誰もがする事だろう。

 

「分かれてしまった、つまり逃げていったフランドール御嬢様も、今いらっしゃる御嬢様もご本人だと?」

「会えるとわかって喜んだ私と勝手に始めたお姉様に怒る私、その二人が混ざったのが飛び出していった私よ。さっき取り込んだのは、帰ってきたら何を話してくれるのか楽しみに待っていた私…」

 

 抱き上げる幼子に向けて問いかける年配者。

 聞こえた返答を受けて考えこむように首を傾げる、話された事を反芻し噛み砕いているようだ。

 我慢を続け耐え切れず忘れた事、戻らない待ち人への期待や楽しみ、我儘に見えた姉への怒り、そういった感情を忘れた…忘れたつもりになっていた。

 そうして記憶に封をした状態で幻想郷を訪れた途端に思い出し、わけもわからない間に自分が分かれて増えたというフラン。

 

「紫様でもいらっしゃればわかりそうなのですが、私では都合のいいようにしか考えられませんね」

 

 修復を終えた右腕で自身の角を撫で、思考するアイギス。

 咀嚼した言葉から考えられるのは、忘れられた者達の楽園へと足を踏み入れたから、忘れていた事を思い出した、というくらい。

 だがこれでは増えた理由の説明がつかず、それぞれ発狂してしまった理由もわからない…が、わからないのなら聞けば早いと、角を撫でる右腕をフランの頭に置いて問いかける黒羊。

 

「忘れていた全てを思い出した、という事でよいのでしょうか?」

 

「うん…おとう様の事も…おかあ様の事も、私が…」

「そこまでで結構ですよ、それ以上は言われずともわかりますので…大丈夫」

 

 フランの頭頂部に当てていた右腕を後頭部へと動かし撫でて、抱きしめるアイギス。

 物心付いてから自身が殺めた父の記憶、アイギスにより封じられたその記憶は、フランドール自身が能力を使い思い出して受け入れた。

 だが母の記憶は物心付く前、母の胎内にいる頃の記憶で、アイギスもレミリアもそれについて話した事はない。

 が、全てというのならそれまで思い出したという事なのだろう…

 宿る胎内から産み落とそうとしてくれる母を破壊し爆ぜさせる、赤子であれば何もわからないで済むが、分別のつけられる今になってそれを思い出しては…多少狂ったとしても致し方ないだろう。

 泣いていた理由も自覚なく殺めた母を想ってだろう、殺めた事を思い出し泣く姿。

 そんな母の面影を見てこの子の父も乱心したのだったと、少し昔を思い出すアイギスだったが、すぐに思考を切り替えた。 

 

「とりあえずは理解出来ましたし、成すべきことを成すと致しましょうか」

 

 抱きしめるフランを下ろし、飛び去っていった一部が消えた先。

 大図書館、そこから続く外へと視線を動かすアイギス。

 降ろされて見上げるフランの姿はボロボロで血塗れ、アイギス自身もフランに破壊されスーツの袖などが血塗れの姿だ。以前のレミリアより言われた姿通りだと感じられてクスリと笑ってから、今回はアイギスからフランドールの手を取った。

 そのまま手を繋ぐ先、何をするの、という疑問を浮かべた幼子に何を成すのか話し始める。

 

「出て行かれた御嬢様もフランドール御嬢様の一部なのでしょう? であれば取り戻さねばなりますまい、あるモノがないのでは人格が死んでいると言える。それでは困ってしまいますので」 

 

 言い切って階段からフランへと視線を移すアイギス。

 人格が死んでいては此度のオーダー通りとはならず、殺さずという依頼は失敗となる。

 そうなってしまっては信用も得られず後の受注に響く。

 手を繋ぐ吸血鬼が愛おしい、そう自覚しながらも、素直にそれを伝える気も見せる気にもならない年経た偏屈な悪魔らしく、自身の仕事に対する矜持へとすり替えて言葉を述べる。

 

「うん、お姉様には私が自分で文句を言うの、怒ってばっかりのあっちじゃ…また壊して終わりになるもん、それは嫌!」

 

 良い返事だと笑みを浮かべるアイギス。

 今の言葉と先ほど話していた言葉から考えれば、分かれたのは体というよりも感情なのだろう。

 身が分かたれた理由は未だわからないが、血を吸えば戻るという事は見て理解している。

 ならばそっちの理由は今でなくとも良い、取り戻した後にでもゆっくりと聞けば良いと判断し、感情を取り戻すため追跡を始める二人。

 哀しそうな泣き顔よりも、姉に文句を言う事を楽しみとして笑みを見せ始めたフランドールが見つめる先、上へと伸びる階段を一瞬見てから何もない天井へと視線を上げると、空いている左手を高く掲げた。

 瀟洒に笑んだまま左手の指先を鳴らす。

 先に出て行った、怒りと喜びしか知らない妹に追いつく為には、同じ道で追いかけるよりも真っ直ぐ向ったほうが早い。

 言葉にせずに行動だけでそれを示すように、天井を穿ち、一直線に地上へと伸びる孔を掘り抜いた。

 遠くに見えるは月明かり。

 その明るい地上を目指して手を取り飛び上がる引きこもりと黒羊。

 閉じこもる理由を作った者が、今、外へと連れ出した。


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