東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第十七話 前門の狐、後門の羊、鬼門の蝙蝠

 掃除がしきれないほどの広さが見られる薄暗い地下。

 普段から清掃作業をマメに行っている警護役がいる屋敷にしては、まるで掃除がされていないように見える空間。

 紅魔館の敷地内ではあるが、主は別とされている為にこちらは管理されていない…というわけではなく、普段のこの書庫では掃除をする必要性が感じられなかった。

 この大図書館を任されている者は魔女であり、記憶している書物であれば探しに出向かずとも魔法でたぐり寄せることが出来る。

 その為主は机から動く機会が少なく、多少埃や塵が積もっていたとしてもそれが舞い立つという事がなかった。

 主である者もそれを当然としていて、全く気にかけていなかったのだが、今更になりもう少し手入れをしておけばと後悔するようになっていた。

 

 私の書庫内で暴れる者が出る。

 そういった事も想定はしていたが、荒れる前に仕留められる。

 そのように考えていたこの書庫の主だったが…

 現状は見るも無残に荒らされて、視界のほとんどが粉塵で埋め尽くされていた。

 原因は書庫を訪れた者。

 魔女の魔法を容易く避け縦横無尽に書庫内を駆けて、力の込められた札や恐ろしい鋭さを秘めた尾を振るい棚を倒しては、視界を潰す者が現れたのだ。

 魔女の想定以上に力を宿す者。

 そういった手合がいるとは…忘れられるような、力ない者しかいないはずの楽園でこうなるとは、と追い立てながら自身の甘さに後悔し口を強く結んでいた。

 屋敷の魔女が操る魔法。

 今は地水火風、四冊の魔導書を媒介に発現させた四つのクリスタルを操っている。

 自身の周囲には水と風、藍を追い立てるのは地と火のクリスタルで、各々に込められた魔力を発動させながら、広い広い書庫を駆ける獣を追い立てていたが捉えきれないでいた。

 

「失策だったわ、ただ悪戯に消費しただけ」

 

 右腕で口元を隠し、少し掠れた声で愚痴る魔女パチュリー・ノーレッジ。

 二度目の召喚をした小悪魔は既に討たれた。

 一度目は数時間前。

 イメージし形として成した本人、アイギスによって人里近くで討たれ二度目はつい先程、尾を揺らし駆けまわる藍によって容易く葬られていた。

 待ち人が来るまでの多少の時間稼ぎにでもなれば、そう考え再召喚したパチュリーだったが、小悪魔は期待していた動きを見せず…瞬く間に堕とされ手篭めとされた。

 小悪魔が堕とそうとしていた敵対者、傾国の九尾八雲藍に逆に堕とされて、今はその姿をかき消され大図書館の床に伏し消えてしまっていた。

 消える寸前までは数本の尻尾に弄ばれ、淫魔らしい乱れ姿を見せていたのだが、堕とされた者は肢体に絡みつく金色の尾に軽々と捩じ切られ、またも退屈地獄へと戻されていた。

 

「フゥ…あの女狐は何処に?」

 

 袖で口を抑え小さく呟く魔女。

 沸き立つ埃や塵を吸わぬようにそうしているが、視界の先は誰がどう見ても吸わざるを得ない状況。

 多少は軽減できるだろうが、袖で抑えたところで焼け石に水だろう。

 種族柄体は強くないが、今までは病気という病気はなかった魔女。

 彼女の喉がこうなったのは書物の悪魔を呼び起こした後から、正確に述べるのであれば小悪魔を呼び出し契約を済ませてからである。

 パチュリーが召喚時に唱えた呪文。

『我が囁きに耳を傾けよ、我が祈りに応えよ、我が詠唱を聞き入れよ、我念ずる』という呪文の内の2つ、『囁き』『詠唱』の文言からも、小悪魔が言葉巧みに他者を惑わし堕とす、囁く者だと捉えられる。

 囁く者である小悪魔を象徴する部分が声を発する器官、それが人間であれば喉に当たる。

 召喚した囁く者が二度討たれた事で、召喚者であり真名を与えた主と呼べるパチュリーの喉にも、僅かな呪詛返しとなってダメージが返ってきていた。

 

 

「調子が悪そうだな、貴様も私に身を委ねた方が楽なのではないか?」

 

 喉を気にする魔女の前に姿を現し、瞳を輝かせて声発する藍。

 悪魔の囁きを得意とする小悪魔を堕とした後、姿を見せずに偶に今のような囁きをパチュリーに向けて言い放っていたが、喉の痛みに気を取られたパチュリーが追撃の手を緩めた事で、地と火のクリスタルは尾に絡め取られ破壊されたようだ。

 パキンと音を立てながら4尾の中で割れ消える二色のクリスタル。

 消したクリスタルの色を嘲るように、口調は地のように穏やかな物言いで包容力のある雰囲気を見せる藍。

 だが、声色は酷く冷たく、火をかき消すような冷酷な声だ。

 そんな声色で身を委ねろというが、一度堕とされれば二度と戻れないあちら側へと誘っているようにしか見えず、小悪魔の姿を見たパチュリーはあぁはなるまいとゆっくりと首を横に振った。

 

「余計なお世話…よ」

 

 藍からの色香の混ざる脅しに言葉を吐き捨て、尚抗う姿勢を見せるパチュリー。

 目では藍の姿を追い切れず、少し前までは惑わしていた相手に遊ばれて、立場を逆にされ惑わされるという状況となった今、これを打破するために再度小悪魔の魔導書を手に取る。

 周囲に浮かぶ2色のクリスタル。

 その内の風を司る緑のクリスタルで、藍の立てた埃や塵など、索敵の邪魔になる目潰しをかき集め視界を取り戻しながら、水を司る青のクリスタルからは激流を垂れ流し始めた。

 吸血鬼程ではないが水を苦手とする式、八雲藍の足を少しでも止め倒せずとも封じるか捕縛するような動きを見せる水の魔法。

 その激流が図書館の本棚を揺らし、藍の動きを阻害し始めた頃合い。

 パチュリーが本日二度目の召喚を終えると、コトンという低いヒールの鳴る音と、カツンというハイヒールから鳴る音が、魔女と九尾の間から鳴り両者の耳に届いた。

 

「またここ…ってまたお前(アイギス)か!」

「アイギス様!? 本人を呼び出せたとでもいうの…だというのなら都合がいい、妹様が…」

 

 呼び出す予定の者とは違った、予想外の悪魔が現れて困惑するパチュリーだったが、かつて頼り救われた相手が視界に入り少しだけ緊張が緩む。

 これで妹を想い人に合わせたいという親友の願いを叶えられ、同時に今現在の状況どうにかなる。

 そう感じて気が緩むと同時に頬も僅かに緩むが、その表情は見つめるアイギスの顔を見て一瞬で凍りつく。

 いつかのように目に怯えを見せるパチュリーと同じく、小悪魔の表情も暗いモノとなった、二人が見ているアイギスの顔は嬉々とした表情だが…その笑みは親しい友人に向けるモノではなく、これから手に掛ける獲物へ向けた視線であった。

 

「旧知の者から色々とお聞きしたい事もございますが、今はお仕事が優先…藍様、この場でのオーダーを」

 

 妖艶に笑み色香漂わせる藍を背に、そのまま指示を待つアイギス。

 現れた瞬間から書庫の床にスコップを突き立てて柄に両手をかける姿で佇み、この場での指揮者に問いかける。

 送り届けられる途中八雲紫から聞いていた、藍の指示を守ってほしいという言葉。

 パチュリーが言いかけた妹という言葉、それも気にはなるが今は仕事中。

 だからこそ、魔女の言い分は後回しにして、正しい雇い主からの命令を忠実にこなそうという真摯な仕事人らしい姿勢を見せた。

 

「殺さず、以上です」

 

 もはや聞き慣れた低めの声、誰が相手でも姿を変えないアイギスの声を聞き藍もいつもの調子で話す。

 漂わせている色香は変わらないが、魔女と小悪魔二人の表情から私の出番はなくなったと確信し顔色に冷静さを戻し始めた藍が、アイギスに向かい言い放った。

 

「畏まりました、ではお覚悟を」

 

 背から受けたオーダーを聞き入れ、言葉と共に動くアイギス。

 殺さなければ何をしても構わないと判断し、まずは目障りな同族。

 自身が疑われた原因である小悪魔に向かい地を蹴って疾走した、書庫の床にスコップの刃先を引きずって、火の粉を散らして小悪魔に迫る。

 真っ直ぐに突き進むアイギスに向けて、小悪魔からも反撃が放たれる。

 中心が白く見えるほどの熱量が込められた赤い魔力球が多量に現れて、アイギスの視界を奪っていくが、空いている左手の指を鳴らし、穿ち消し飛ばし、偶に直接触れて手の甲で弾き確認しながら進む黒羊。

 二つの結界で遮られ外からの崇拝が届かなくなった今、アイギスの不死性は衰えていたが…真正面からアイギスを崇拝し畏怖してくれる魔女が現れた事でその衰えは見えなくなった。

 焼け焦げ煙を立てる手の甲から瘴気を漏らしては、直ぐに元の褐色肌へと戻し笑む悪魔。

 見つめる藍と小悪魔の訝しい顔など気にせずに、唯真っ直ぐに突き進み、小悪魔の裏で身構えるパチュリーを無視してそのまま本棚の群へと突っ込んだ。

 

「なんとも豪快なやり口、餓えていらっしゃったからか…」

 

 猛進する黒羊の立てる音が響く。

 本棚へと小悪魔を押し付け破壊音を立てながら力尽くで押していくアイギスが、煙る埃の中へ消えていくのを眺め呟く藍が、パチュリーへ向けて札を放ち奔らせていく。

 ランダムに飛ぶ札がパチュリーへと襲いかかるが轟々と音を立てる水でパチュリーがそれを制する、そのまま流れるように指を滑らせ藍へと水撃を飛ばすが、藍が身を翻して浮かび上がりそれを回避した。

 

「待ち人は来た、であれば余力を残す必要もない…まずは貴女を止めて時間を創る」

 

 待ち人が敵対者として増えた事で余力を残す余裕も消えた、そう感じられる程に集められた大気中の水分。

 先程は濁流となり流れていた水が空中で纏め、大粒や小粒の水弾や水の槍へと姿を変えてパチュリーが藍に放つ…が、焦る事なく札を展開した藍がそれを相殺した。

 書庫の奥では粉塵が舞い上がり、中心の上空では水々しい魔法が現れては消されていく。

 一つの部屋の二箇所で展開されるそれぞれの争い、その一方。

 争いというよりも蹂躙と呼べる側が騒がしくなり始めた。

 

「んっもう! やる事成す事デタラメなのよバカ羊!」

「お褒めに預かり光栄…と言いたいのですが、貴女から褒められても嬉しくもない」

 

 粉塵の中、周囲に飛び散る魔導書の切れ端や本棚の破片。

 そんな中歯を向いて怒りを露わにし吐く小悪魔と、聞き流して掴む左手をそのまま小悪魔の右肩へとめり込ませていくアイギス。

 唯でさえ埃っぽかった大図書館内が更に煙っていく中、小悪魔の体の内を左手で雑に掴み、走る勢いそのままに並ぶ本棚へと突き進んだアイギスが、数列の本棚を押し続け、棚の位置をずらしていく光景が、相殺しあう藍とパチュリーの瞳に写った。

 

「殺るならさっさと殺ってよ! こちとら敵うなんて思ってないんだから!」

 

 パラパラと飛んだ本棚の破片と、破り散らされた魔導書のページが床に落ち広がると、体の中心へとスコップを突き刺され、本棚に貼り付けられた小悪魔と、それを見つめるアイギスが見える。

 磔られ腹を抜かれて血を吐く小悪魔。

 言葉を喚き散らしながら血反吐も撒いているが、前回の通り元気な物言いでさっさと殺れと述べている。

 力はあるが名で縛られて、思うように力が出せず気に入らない今の体。

 以前述べた通りに未練も何もないようだ。

 

「本当につまらない女になりましたね、先程は尾で突き立てられて喘いでいたというのに…再召喚されリセットされてしまったのでしょうか?」  

 

 小悪魔の頬に空いている右手を添える、白い肌と赤い髪に映える褐色の手が頬から首元へと下がっていく。

 スコップの刃先を縦に突き立てた事でキレイに割れた小悪魔のブラウス、その首で止まる手がネクタイへと伸ばされた。

 シュルシュルと解かれて後は第一ボタンでも外せば全て露わになるといった姿で、小悪魔の顔に自身の顔を近づけるアイギスがそのボタンに手を伸ばし外すと凹凸のない体が晒された。

 さすがに抗った小悪魔だが、アイギスの邪魔をしようとした左手は握り潰され、右手は力業で肩から捻じり切られて、アイギスにより雑にその辺に放り捨てられた。

 

「何してくれてんのよ! 女しかいないのに晒さないでよ!」 

「やはりつまらない、女相手であろうと漂わせた色香は何処にいってしまったのでしょう? 藍様を見習われてはいかがでしょうか?」

 

 ギャアギャアと喚く小悪魔の頬に再度手を添えるアイギス。

 優しく触れると途端に静かになり、磔にされたまま頭を下げて気を失った、アイギスが意識を穿ち騒がしい者を鎮めたようだ。

 何をしたのかと分析するように見つめる藍に同じく、自身の使役する小悪魔が意識を断たれた事で何かされたと感づくパチュリーだったが、次は私の番かと戦慄し感づいた事を考える事は出来なかった。

 操る魔法は全て藍にあしらわれ、時間稼ぎ役の小悪魔も恐れる悪魔に打ち倒された。

 思考を巡らせる余裕などなく、前と後ろから羊と狐に挟まれる形となったが、後門の狼代わりとなった羊はパチュリーよりも別の者が気になるようだ。

 

「魔女殿は藍様にお任せするとして、私は…」

 

 図書館の上部、天井の先を見るように手を仰ぐアイギス。

 パチュリーのいる空中の先を見ているが、見られる側のパチュリーはそうは捉えない。

 虚ろな紅い瞳で何を考えているのか?

 妹様と言った声は届いただろうか?

 そして、死なない程度にこれから何をされるのか?

 悩む魔女ではあったが、悩む間に手数を減らしてしまい、対峙する藍に力負けして捕縛されるだけに留まった。

 魔女を捕らえた藍が、見上げるアイギスの元へと降り立つ。

 

「想定外だけどこれで伝えられる、このままでは妹様が…」

 

 藍の尾に四肢と首を締められるパチュリーが、締め付けられるのも気にせずに言葉を述べる。

 アイギスが現れた時と同じ文言、妹様が、と言った辺りで首に絡む尾だけが幾分強く締められた。

 

「余計な事を話さないでもらおうか、問掛けに頷くだけでいい。主は上の者か? それとも下の者か?」

 

 尾の主、藍が捕らえた魔女の拘束を強め呼吸出来るギリギリまで首を締める。

 が、パチュリーが頷くよりも早くアイギスから答えが述べられ、尾を掴まれて緩められた。

 

「上でしょうね、下から感じるのは妹君の御力ですので」

 

 強引に尾を解かれた藍が強めにアイギスを睨む、が、強く輝く金の瞳は気にされず、アイギスは藍ではなく別の場所を見つめていた。

 大図書館よりも更に下、地下へと続く長い階段。

 アイギスが屋敷にいた頃にはなかった階段、その先から流れてくるのは安定しない複数の見知った魔力。

 感じ取れる力は慣れ親しんだ吸血鬼の妹のモノではある。

 

「さて、フランドール御嬢様が何か? いや、この感覚はそういう事なのでしょうか?」

「ご明察、この地に着いた途端です。閉じ込める為の霧も、入り口の封もそいつらが破ってしまった…後はレミィが敗れれば、いつでも外に出ていける状態です」

 

 目を瞑り、角を撫でるアイギス。

 彼女の象徴であるアモン角に感じる魔力はフランドールよりも別の者…いつか乱心した姉妹の父、スカーレット卿の放っていた感覚に近い。

 父を殺めた記憶を思い出し、それを気にする素振りのなかったフランドールが今更になって何故?

 気が昂ぶる事はあったが、気が触れる事はなくなっていたはずだが?

 悩んでも答えは出ず、わからないのなら見れば早いと、瞑っていた瞳を開き、藍もパチュリーも頭から切り離してコツコツと階段を下っていく。

 漂う血の匂いも死臭も意に介さず、地下から流れてくる乱れた魔力だけを感知し降っていく黒スーツの女。

 降りきった先の最奥にある、頑丈に強化され、幾重にも封印の魔法陣が施された扉を迷い無く穿ち、中へと歩んでいくアイギス。

 進んだ部屋の中は更に血の匂いが強く、その部屋に住まう者達も真っ赤な姿と成っていた。

 

「アイギス?…アイギスが来タ!」

「置いていっタノに今度はジャマしニキた!?」

「帰っテキてクレたの!? 今度ハ離さナインだかラ!!」

 

 アイギスの見つめる先には三人の妹。

 嬉々とした表情で来たと喜びを隠さないフランドール、次には目を見開いて口角を上げて邪魔だと荒く口走るフランドール、最後に玩具兼愛しい者でも見るかのように楽しげに、鋭い歯を覗かせるフランドール。

 三者三様の表情と感情でアイギスに問いかける同じ顔、同じ姿、違う表情のフランドール・スカーレット。

 

「知らぬ間に三つ子に? それぞれ個性的な表情ですが、どれも歪ですね」

 

 それぞれのフランドールに別々の事を言われても、どれも気にせず冷めた瞳で見つめ返すアイギス。

 キャハハと笑いあう三人の吸血鬼を眺み、三つ子というには歪だと言い切るが、部屋の端でボロボロの姿、血塗れにされて横たわるもう一人を見つけると、視線が更に冷ややかなものへと変わった。

 その冷たさが三人のフランドールに届いた瞬間、聞き取れない音波のような声と共に翼を開き、三人が同時にアイギスに向けて飛び立った。

 それぞれがそれぞれに狂い、思考の読みにくい三人を相手に、幻想郷の御庭番として正面から挑むアイギス。

 かつては盾として守り通した相手に向けて、表情のないままに動き始めていた。




――こあくまは、げんきになった――
パチェさんはいつか灰になるかもしれません。

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