東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第十六話 三者三様

 屋敷に踏み入った少女二人。

 片方は屋敷に似合う赤いベストに赤いスカート姿。

 右手に持った日傘を振り子のように揺らし、ご機嫌なお散歩といった風合いで、ルンルンと廊下を歩いている。

 もう一人も豪華絢爛な装飾ばかりの屋敷に似合う姿。

 体よりも大きな尾を揺らして、綺羅びやかな金毛と同じ色合いの瞳を持つ者。

 赤い屋敷に踏み入ってからすぐ、二手に分かれた風見幽香と八雲藍。

 常人が考えれば、敵地の真っ直中で分かれるなど悪手以外の何物でもないが、この二名からすれば悪手には成り得なかった。

 方や花の大妖として恐れられ、この幻想郷の管理人すらも呼び捨てで呼べるような手合。

 もう一方も管理人直属の式であり、身に宿す大妖怪の力とともに式としての力も保持している。

 そんな二人が二手に分かれたのだ、悪手と呼ぶよりも殲滅が早まるだけであろう。

 それぞれが向かう先は屋敷の地下と中央。

 地下には藍が、中央には幽香がそれぞれ向かい、認識出来るようになった魔力を頼りに互いに無言のままで分かれた。

 

~少女達移動中~

 

 地下へと向かう最中現れる懐柔された半端者や、動く死骸などの雑魚と言い切れる相手。

 それらを被る帽子に描かれるような、梵字の描かれた数枚の札を人差し指と中指に挟み祓って行く藍。

 祓っては足首を捻り、ザッと音を立てて歩き、階段を降りていく。

 暫く降り続け、階段の終着点へとたどり着くと、他者の侵入を拒むように張られた様式の陣へと数枚の札を飛ばし奔らせた。

 手元を離れて一瞬だけ宙を漂った札が、藍の人差し指が向いた方向へと張り付き轟々と燃え扉を焼き切っていく。

 札一枚分の面積に収束された青い炎、狐火に焼かれた扉が焼け崩れ、その先へと藍が踏み入った。

 侵入した静寂に包まれた空間。

 古い魔導書から最近発行された絵本のような物までが揃う本棚が金の瞳に写り込む。

 いくつも並ぶ本棚の間を、輝かしい尾を揺らして歩む。

 ポツポツと灯るランタンのような明かり。

 青い魔力を湛えた、藍が放った狐火のような青暗い灯りを金色の瞳に映している八雲の式。

 腕を隠すいつもの姿勢で歩き進むと、広大な地下の書庫の中央へとたどり着いた。

 

「一人? お友達は一緒ではないの?」

 

 大図書館の中心部。

 大きな本棚が並び立つ中にポツンと置かれた大きな机。

 それに向かう椅子に腰を下ろす者、同じように装丁された魔導書を四冊、六芒星の描かれた魔導書を一冊周囲に浮かばせ、展開する者から声がかけられる。

 

「貴様が此度の主犯…ではないな、主犯というよりも手段といった手合か」

 

 ここ紅魔館の地下に広がる大図書館の主、パチュリー・ノーレッジから問われた文言に対して返答はせず、自身の質問のみを言い返す藍。

 頑丈そうな机を間に挟んで対峙する、4大元素を操る魔女と得手を語らぬ傾国の妖かし。

 そんな二人のうちの、冷たい氷のような目でパチュリーを見つめる側、藍が地下へと向かったのは先程述べた言葉が理由である。

 屋敷の周囲、霧の湖毎隠すような大規模な魔法を操る者であれば、隠れるように来訪してきた理由を知っているはず。

 外に垂れ流された赤い魔力を相手取るよりも、赤いそれよりは消耗しているはずの範囲魔法の行使者を狙い、上は幽香に任せ地下へと訪れていた。

 

「手段で正解よ、言い草からこの地の管理者と見受けるけれど、聞いている見た目とは違うのね…随分迷って疲れたでしょう?」

 

 紅魔館が転移前から行使していた認識阻害の魔法、それを霧の湖に作用するように術式を書き換えていたパチュリー。

 行使する魔法の効果範囲内の事であれば多少は知れるらしい。

 パチュリーの術に惑わされて夜霧の中を飛び続け、纏う道士服をしっとりとさせている藍に向かい、少しの軽口を叩く魔女。

 余裕のある口ぶりに思えるが、話す声色は普段よりも弱々しく少しだけ掠れていて、何処か衰弱しているように見える。

 

「心配には及ばない、お陰様で肌の調子がいい、もてなしの礼を伝えねばならんな」

 

 魔女の軽口に同じく、色のある軽口を混ぜて返す藍。

 こちらの式も肌の調子がいいと冗談交じりに話しているが、その体は濡れていて、式としては少し弱体化している。

 式神が剥がれるというほど濡れてはいないが、濡れたおかげで式としての今の姿よりも以前の姿、傾国の美女と言われていた頃のような雰囲気が強い。

 表情も冷静さは変わらないが、冷ややかな瞳には妖艶さが混ざっており、言葉もそれらしい物言いとなっている。

 

「礼なら言葉ではなく物で頂きたいわね、その尻尾でいいわ…」

 

 多くの文献に残る伝説の妖怪九尾の狐。

 その力を象徴する尻尾を求める魔女、研究者としては喉から手が出るほどに欲しい材料だろう。

 九尾を見つめてから、展開する魔導書の中の六芒星の描かれた魔導書を正面に移動させる魔女。

 

「倒すよりも虜にしたほうが都合がいい、小悪魔(こいつ)と契約して良かったと感じる日が来るとは思わなかったわ」

 

 会話を済ませた後に再度使役する悪魔を呼び起こす。

 真名を与えた彼女であれば、仰々しい儀式はもはや必要ない。

 空中で開いた魔導書の中、小悪魔の姿が描かれたページが開かれると、その姿絵から瘴気を放ち、それを纏って再度この世に顕現した。

 出てきた瞬間またここか、とう表情を浮かべるが、呼び出した魔女から藍へと視線を移すと、下卑た笑みを浮かべる小悪魔。

 獲物を見る顔で藍を舐めるように見ているが…小悪魔の獲物とするには相手が悪い。

 人数差が出来たがそれでも余裕のある、怪しさのある笑みのままでふわりと欲された尾を揺らして見せる藍。

 

「私を堕とす? そのちんちくりんが? この私を?」

 

 堕とす気マンマンといった表情の小悪魔。

 下品な笑みを見せたままにいる悪魔、改め淫魔の足先から頭の先までを見て、鼻で笑い瞳を輝かせて笑む藍。

 一晩に人間数人を堕として満足していた小悪魔と、蛇や毒虫などの穴へと人間を落とし、国その物を傾け堕としていた藍では役者が違う。

 酷い冗談だとクスリと小さく笑うと、破顔したままに魔女を見つめた。

 藍の視線を浴びて生唾を飲むパチュリー、吸血鬼とは違った魅了、色を見せる藍に見つめられて何か言い返そうとするが、言葉は吐かれず、代わりに赤い痰を吐いた。

 藍にそれを悟られぬように喉を押さえ、強く咳き込むようになった魔女と、見知った悪魔であるアイギスの姿に似た者二人を妖しく見つめる藍。両の袖口から多量の札を吐き出して周囲に展開し、力の象徴である尾を揺らし始めた。

 

~❁❀✿~

 

 緩い弧を描く螺旋階段を優雅に昇る。

 腰で組まれた両の手で日傘を横に携えて、昇る螺旋の階段状に芳しい花の香りを振り撒いて動く可憐な少女。

 表情にも可憐さが伺えるが、纏う雰囲気は表情とは真逆のもので、赤い瞳には苛立ちが見える。

 豪華な装飾の施された手摺を見つめてはため息をつく、風見幽香。

 見ている手摺には、先ほど幽香がつけた傷らしいものが見え、この少女は先程から数度その傷を見てはため息をついていた。

 

「もういいわ、面倒」 

 

 一言だけ呟いて、苛立ちが見えるその瞳に力を込める幽香。

 風もない屋内だというのに髪は揺れスカートもはためく。

 なんて事はない、携えていた日傘を構え、その先端から力を迸らせただけ。

 面倒という言葉通り、進む事を諦め、道を探すというよりも屋敷そのものを破壊するという行為に移った矢先。

 轟音と閃光を放ち迸る魔力の奔流が正面の壁を突き抜け、粉塵と瓦礫を生むと、その先に誰かの姿が浮かんで見えた。

 

「屋敷を壊されては敵わん、大人しく運命に翻弄されていればいいものを」

 

 満月の光を背に受ける誰か。

 小さな体に似合わない大きめの翼を広げる者が幽香にそう述べる。

 本来であれば謁見の間に居り、部屋の最奥にある主が座る専用の椅子に座り、足を組んでいるはずだったのだが…幽香の放った一撃が思いの外激しい物だった為、外へと視線を向けさせようとしているらしい。

 

「今晩は、お嬢ちゃん、この家の子かしら?」

 

 翼を広げ自身の偉大さをアピールする幼女に尋ねる幽香。

 今目の前にいるのがこの屋敷の主レミリア・スカーレットその人なのだが、幽香にはそうは感じられなかった。

 霧が晴れて垂れ流されている魔力、それとほぼ同質ではあるが、レミリアからはあの時感じた魔力に乗るモノが感じ取れなかったからだ。

 

「お嬢ちゃん、か。これでも400年以上生きている、見た目に騙されるようではまだまだだな、娘…」

 

 腕や体を眺めながら幽香の言葉に不遜な物言いで返すレミリア。

 レミリア本人から見ても幼子のような容姿だという自覚はある、が、過ごしてきた年月は決して短くはなく、定命の者に比べれば十分に化け物ではあった。

 しかし、今対面するものは先ほど発せられた魔力光から鑑みて、それなりの力は宿す者で、アレを自然に放つ力の流れや佇まい、その雰囲気から、レミリアよりも軍事に長けた者だということも気がついていた。

 それでも主として、新たな領地を求めて現れた侵略者として大物であると見せていたのだが…不遜な態度は再度放たれた魔力光に照らされて掻き消えた。

 

「答える気がない者に用はないわ」

 

 元より破壊するつもりの屋敷、そこに住まう者の事など全く気にしていない幽香が、レミリアの事を気にかける事などはない。

 雄弁に物を申すだけで、問掛けには答えなかった小娘を傘から放った魔力で焼き落とし、そのまま視線を屋敷の内へと戻した幽香だったが、外した視線の方から再度幼子の声が聞こえてきた。

 声と共に幽香に放たれる血の色をした槍。

 振り返った幽香の肩より少し上を奔り、床へと突き刺さると赤い霧と化し霧散した。

 

「気が短いな、あまり急ぐとすぐに散ってしまうぞ?」

 

 声を聞いて振り返る幽香の眺む先。

 そこには確かに焼き落としたはずのレミリアがいた。

 横に割れたように上半身だけという姿のレミリア。

 左手の平にはグルグルと回る天球儀が浮かんでおり、その回転軌道がピタリと止まると、半身を失いながらも口元を釣り上げて笑む。

 

「少しは遊べそうな玩具ね、遊んであげるわ、お嬢ちゃん」

 

 レミリアの携える天球儀でも、再度顕現された血の槍でもなく、レミリア本人の口元を見つめながら朗らかに笑い言葉を吐く幽香。

 幽香の放つ死の光をまともに浴びたように見えたが、運命を操り身に受ける事なく赤い霧と成り体を霧散させて回避した吸血鬼。

 

「私の癇癪、楽しんで見せてくれ。お代はそうだな…貴様の血でいいな、花の風味漂う血など初めてで、楽しみだ」

 

 むせ返るほどの血の匂いが感じられる赤い魔力を持つ者と、纏う花の香りが強すぎてその匂いを寄せ付けない者。

 互いの事を見た目と匂いだけで呼び合う者同士。

 その見た目や香りにそぐわない力を、今まさに発揮させようとする二人であった。

 

◇◇◇◇

 

「あらあら、アイギスに似たのが本から生えてきたわ」

 

 枯山水庭園の中、開かれたスキマを見つめる者が二人。

 一人は、淹れたての茶を啜りつつ、隣に並ぶ悪魔に似た者が本から出てきたと、楽しげな見世物を見るように話す少女。

 此度の討伐に際し従者を貸し与えた八雲紫の心友、西行寺幽々子。

 

「アレほど下品ではないと考えておりますが、否定しきれないのが哀しいところですね」

 

 スキマの繋がる先は八雲藍の瞳。

 聡明さや冷静さを湛える事が多い藍の瞳に、会話の途中から妖しさが宿ったのは主である八雲紫が視界とスキマを繋げたから宿ったようだ。

 そんな九尾の見つめる先で再度顕現した小悪魔。

 アレと自身を比べられたもう一人、スキマの中の住人を懐かしそうに見つめるアイギスが、小さく苦笑しながら幽々子と会話をしていた。

 

「でも良かったんじゃない? これで疑いは晴れたわよ」

 

 疑惑は晴れたと、アイギスの角を撫でつつ笑む幽々子。

 荒事専門の御庭番として雇われていながら、アイギスが現在進行形で荒れている最前線に送り込まれていないのは疑いがかけられていたからだ。 

 里に放たれた死者の軍団、それを操っていたものを同族と呼び、その者との会話から何かを察していたアイギス。

 八雲紫はそこにある疑惑を持ち、人里での仕事を終えた御庭番を信頼の置ける友、幽々子の下へと届け監視させていた。

 

「最初から関わりないとお話しておりましたのに、しつこい雇い主で困ります」

 

 角を撫でる幽々子の手、それを一切気にせずに、スキマに映り込む魔女の姿を見つめるアイギス。

 ここに送られるよりも前に紫と少し話し、問われた内容全てに答えていた。

 里での一件、関わりはないのか?

 此度の侵入者、知り合いではないのか?

 呼び込んだわけではないのか?

 命を下せばあれらと殺り合う事が出来るのか?

 

 その全てにイエスだと答えたアイギス。

 仕事として受けた以上、契約として交わした以上それを覆すことはないと言い切っていた。

 そんな規律を守る仕事人が今考えている事は、雇い主である紫の事ではなく、別の相手から聞いた言葉と、スキマの中に見える景色であった。

 小悪魔が消える前に遺していった言葉。

 依代とされた小娘、アイギスを真似て形取られたという物言い。

 そしてあの屋敷には未練がないという3つのヒント。

 そこから連想できた通りの情景が見られて、自身の読みは正しかったと確信し、スキマを見つめながら小さく頷いている。

 

「マッチ・ポンプ容疑は晴れましたし、そろそろ私も混ざりたいのですが?」

「私からは引き止める理由がないのだけれど、紫はこれ(隙間)だけ置いて何処かへ行っちゃったし、どうしましょうねぇ」

 

 里の危機を救った雇われ人が監視されていた理由。

 それは、人里で暮らす人間達に向かい同族を差し向けて恐怖を届け、糧としようとしたのではないか?

 という安易な理由からであった。

 依頼の条件から考えればそれはないと思えるのだが、浮かんでしまった小さな疑惑と、仮染めながら従者として仕えてくれるアイギスの事を少しは考えざるを得なかったようだ。

 この白玉楼でアイギスが以前話した事、吸血鬼の屋敷で盾となっていたという言葉。

 それと小悪魔との会話、そういった繋がりのある者達を相手に依頼通り御庭番としての役割をこなすのか?

 仕事に対しては真摯なアイギスだったが、思い出話の一つとして話す者達相手では…と紫なりに考え、気を使いアイギスを送り込まず、幽々子に監視という名の暇つぶし相手をさせていたようだ。

 

「見なければ我慢も出来たのですが、こう見せられては…差し向けて頂けないのなら、自ら向かうだけですね」

 

 人差し指と親指を合わせ小さく鳴らすアイギス。

 穿つモノは見ているスキマの端の方、誰かの瞳のように真横に開いたスキマの端を穿つ。

 穿たれた瞳は誰かの目のような形からワインボトルのような、片側が凹み片側が細まるような形へと成った

 紫の操るスキマを穿ち、境界でも結界でも、そこにあるというのなら何にでも穴を穿つと示したアイギスが、画面が小さくなったと幽々子に文句を言われた瞬間に、別のスキマに飲まれて消えた。

 

「もう、やり逃げなんてズルいわ」

 

 小さくなった画面の先に現れた、隣にいたはずの黒羊の背を見てそう呟く亡霊の姫。

 画面に映るのは慌てふためく小悪魔と、久々に会えたという喜びの表情を見せる魔女の顔。

 見知らぬ二人は兎も角として、後頭部しか見えないアイギスが今どんな表情で屋敷の者達と対峙したのか?

 スキマの周囲をユラユラと周回しながら、角度を変えればどうにか見えないかと、茶目っ気を見せる西行寺のお姫様であった。


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