東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第十五話 断つ者、守る者

 空に浮かぶは満月。

 ある者は力を得られると讃え、ある者は姿を変えなければならないと嘆く月夜。

 その後者に当たる者。

 月光を浴びて姿を変えざるを得ない半人半獣が、己が疎んじていた力を振るい里を守る為、剣を振るい腐肉を切り飛ばしていた頃合い。

 別の地では違う物が染み入り濡れ姿となる者がいた。

 人里の北部に位置するちいさな湖。

 昼間は霧が立ち込めていて全域が見えない水源地。

 その湖の外周をグルグルと飛ぶ誰か。

 水平よりもやや上体が起きた、傾いた姿勢で地表近くを飛ぶ妖かし。

 偶に見える湖面には、ヒラヒラとした道衣兼前垂れが揺れ靡く姿が映る。

 

「やはりおかしい」

 

 速度は維持したまま、偶に首だけで振り返り、訝しい顔をして縦に伸びる瞳孔を開く。

 カッと見開かれた瞳で進んできた道程を見直している者。

 昼間は霧深い湖だが、夜になれば霧が晴れて、さほど広くない湖畔全てが見渡せるようになるのだが、今宵は夜を迎えても霧が晴れず、寧ろ昼間よりも霧深いように感じられる。

 何かを隠すかのように立ち込める霧。

 外の世界では唯の自然現象と言われて興味も持たれないような現象だが、長く幻想郷を管理するこの者はそうは思わなかった。

 

「進んだ、というよりも戻されている? いや、回っているのか?」

 

 霧の中を飛び空を駆ける誰かの愚痴が聞こえる。

 生やす九尾を横に靡かせて、ただただ真っ直ぐに飛んでいるとわかる姿の者。

 八雲紫の式であり、妖獣という種族の最頂点にいる者、八雲藍が呟いた愚痴だ。

 里に送られた臨時の従者とは違い八雲紫の正式な従者である藍、雇われの羊とは別の命を下されて、それを実行している最中に一人愚痴を吐いている。

 

「竹林でもないというに、私が惑わされるなど」

 

 飛行姿勢のように、かつては国を傾けて弄んでいた藍。

 そんな欺き惑わす側の者が、今夜は何者かに手玉に取られている。

 愚痴を吐きながら緩く広がった袖口に両腕を隠す仕草、よく見られる姿勢そのままの状態で尾をはためかせて真っ直ぐに飛んでいるが、命ぜられた目的地に辿りつけないでいた。

 式として与えられた力以前に、自身が金毛九尾の狐という大妖である藍が惑わされるなど、本来であればあり得ないことである。

 けれど、そんな藍が愚痴を吐いてしまうくらいに惑わされ、目的地とされた水源地、霧の湖へと辿りつけないでいた。

 正確に言えば湖自体には到着しているのだが、誰かに何かを操られ、弄ばれているかのように湖畔をグルグルと回っている状態であった。

 

「これでは埒が明かない、私とした事が斥候にもならんとは…里へ向かったアイギス殿も同じく迷われているのだろうか?」

 

 自身のプライドを傷つけられた事よりも、主の命を守れずにいる自分を恥じる藍。

 本来動くべきである、幻想郷『はこにわ』の管理人。

 藍の主、八雲紫は昼間の内はまだ動けていた、が、人里で慧音とアイギスに忠告をし少ししてから異変を察知し、それに向かわざるを得なかった。

 紫の敷いた結界『幻と実体の境界』に何かが触れたと感じてから直ぐにその結界が乱れたと感じ取り、その修繕や維持管理に動かざるを得なくなっていたのだ。

 

 幻と実体の境界について少し説明するならば、紫が考えた計画の一つ「妖怪拡張計画」の中のプランの一つとして考案され実際に張られた結界である。

 外を実体、幻想郷を幻と定める事によって、力を衰えさせた、先々忘れられる予定の妖怪達を自動的に幻想郷へと呼び寄せる効果がある結界であり、その効果は日本だけには留まらず、異国に住む怪異まで引き寄せる力を持っていた。

 レミリア達は自分達の力で転移出来たと考えているが、実際はこの結界の効果に寄るところが多い。

 

「紫様、申し訳ありません。私では行くも戻るも出来ず…腑甲斐ない」

 

 空中で急制動をかけて、一瞬だけ全身を己の尾で隠す藍。

 他者から見られなくなったその一瞬だけ金色の瞳に怒りを灯し輝かせた、が制動の勢いが死に尾が下がると普段通りの冷静な瞳へと戻していく。

 一瞬だけ見せた怒りの表情。

 腑甲斐ない己を叱責するものか、紫の手間を増やした他者へと向けられたものなのか、すぐには判断できないが、藍の心情を鑑みれば後者の可能性が高い。

 彼女は主を慕い敬い心から仕えている、敬愛してやまない主の庭を荒らす者、そんな失礼極まりない者達に苦湯を飲まされるなど、彼女の忠義心では耐えられないものだ。

 

「紫様、一度引きます」

 

 言葉とともに開かれるスキマ。

 式として常に紫と繋がっている藍が言葉を発すれば、例えどのような状況でも紫には伝わりその力が発現させられる。

 それ故迷いの霧が立ち込める中でも藍の姿を見失うことなく、九尾の正面に移動のためのスキマは開かれた。

 

「一面真っ白、無明の丘にでも吐き出されたのかしら?」

「鈴蘭の白にしては湿っぽいですな、夜霧に濡れる九尾のランは美しく見えますが」

 

 藍の正面に開かれたスキマ。

 それは藍を回収するための物ではなく移動のためのスキマであった。

 開かれた、瞳の蠢く空間から出てきたのは、霧深く一面が真っ白に見える景色を、同じく一面を白に染める鈴蘭畑『無明の丘』に例えた花の妖怪。

 それに続いて出てきたのは、夜霧の中を飛び続けしっとりとしている金毛九尾を、無明の丘という言葉に肖り冗談を言ってみせた白玉楼の半人半霊。

 

「風見幽香に妖忌殿? 二人が何故ここに?」

 

 スキマから出てきた二人、特に風見幽香に向けて言葉を発する藍。

 驚いている素振りは見せないが、風見幽香が八雲紫の下につくなど考えられることではない。

 だが主の操るスキマの中から現れ出た事は自身の瞳で確認している。

 腑に落ちないと幽香に伝えるように、少しだけ目に疑心を宿らせる藍。

 

「あら、紫のペットじゃない? なんだかしっとり濡れて妖艶ね、昔の貴女みたいだわ…何故と言われても私にもわからないのよ、紫に呼ばれてマヨヒガに向かっていたはずなのだけれど」

 

 顎先に人差し指をあてて、小さく首を傾げる幽香。

 濡れて、と言われるほど濡れてはいない、少し湿った衣服が体に張り付いている藍に返答をして、自身が吐き出された先が何処なのか、少し傾けた頭を緩く振り答えを得ようとしている。

 けれど、幽香の見つめる先は何処を見ても一面真っ白な景色。

 

「まずはこの霧をどうにかしましょう」

 

 前後左右を見回す幽香が日傘を持つ右手を伸ばし一度クルリと縦に回す。

 そのまま日傘を水平に伸ばし、力を込め始めたが、それは嗄れ声の老人に止められた。

 幽香と藍のやりとりを聞き、髭を撫でながら小さく笑んでいた妖忌が幽香の日傘を下げるように左手で促し、そのまま腰に手を伸ばす。

 表情は穏やかなままに身に纏う雰囲気だけを変えていく剣客。

 腰に携えた二刀のうちの一振り、飾り気のない、脇差しくらいの長さに見える刀に手を掛ける。

 音も立てずにスラリと抜かれた刃を左手だけで構えると、小さく息を吸い一瞬呼吸を止めて振り抜いた。

 立つはずの風切り音も切り裂いて奔る剣閃。

 魂魄の名を冠する者にしか扱えない家宝、迷いを断つという「白楼剣」が空を切り音を切り、藍の迷いの原因であった立ち込める霧を切り裂いた。

 

「年寄りの冷や水なのかと思ったけど、お上手ね」

 

 妖忌の手腕を知る藍よりも早く妖忌を褒めたのは幽香。

 見た目だけは日傘を携えた可憐な、暖かな日当たりが似合うお嬢さんといった幽香がニコリと笑んで言葉を述べた。

 飾り言葉は兎も角として、素直に他者を褒めたりはしない幽香が褒めた事で普段ではしないような事、わざとらしく白楼剣をくるりと回してから腰に戻す妖忌。

 態度や仕草は厳格だが剣客である前に彼も男だ、見目麗しい女性二人に見つめられその内の花の香り漂う者から褒められれば嬉しく思うのかもしれない。

 

「太陽の花と彼岸花、両手に花とはこの事か。長く生きた甲斐があり申した」

 

 ほんの少しだけ気を良くした程度、その程度だったはずの妖忌だが、珍しく冗談などを言うのは知識としか知らなかった花の大妖に褒められたからだろうか?

 それとも、これから向かう先で待つ者達が手練だと感づいたからなのだろうか?

 霧を晴らして感じられる強大な魔力と血の匂い。

 認識阻害の魔法が施されていた為、いつも通りにいた屋敷の者達から発せられる力を、この場にいる三人共が感じていた。

 

「紫に呼ばれた理由はこれだったのね。 芽吹いたばかりの力を見せつけてくれて、期待してもいいのかしらね?」

 

 魔力の放たれてくる方向、霧の湖の北側を望み呟く幽香。

 可憐な瞳が見つめる先には赤々とした洋館が建っている。

 今よりも少し前から建っていたプリズムリバー邸の更に奥に見える、血のような色合いの見慣れぬ屋敷。

 どのような手合が幻想郷に訪れたのか、それを知る者はこの場にはいなかった。

 

「行けばわかる、だがトドメは差してくれるなよ? 紫様からは来訪理由を伺うようにと命を受けている」

「それが済めばいいのね? なら早く行きましょう。ゆっくりしていたら余計なの(アイギス)が来そうだわ」

 

 幽香に対して侵入者を殺すなと窘める藍。

 同時に妖忌にも言ったようだが、妖忌の方は幽々子から既に聞いていたようで主の命故藍殿の仰せのままに、と理解ある言葉を述べていた。

 けれど、幽香の方はそうではないようだ。

 表情は可憐な笑みのままだが、纏う雰囲気は変わっていて、芳しい花の香りに混ざり荒々しくも嬉々としたモノ、幽香が争いの場へと向けるモノとなっている。

 余計な者が来る前に、自身の暇を潰す相手が取られる前に早く行こうと、一人屋敷へと向けて優雅に飛び進む風見幽香。

 花の匂いと殺気を周囲に振り撒いて移動する背中を、藍と妖忌がやれやれといった表情で追いかけていた。

 

~少女達移動中~

 

 すっかりと霧が晴れた湖。

 その湖畔に突如として現れた赤いお屋敷。

 屋敷の外壁も内部もほとんど全てが紅い建物の正面に降り立つ三人。

 見慣れない赤い色合いの屋敷を眺めながら警戒の色合いを強めて進む藍、右手を顎鬚に左手を腰に当てて背を伸ばし歩む妖忌、日傘をクルクルと回してお散歩気分な幽香。

 それぞれがそれぞれらしく屋敷の門から庭へと歩み入ると、屋敷の正面扉前に誰かがいるのが目に留まる。

 屋敷の扉に背を預けた女が一人、静けさの中に力強さを湛えた、武を誇る女性が赤い髪を夜風に揺らし待っている姿が見えた。

 

「この屋敷の者か、引けば追わん、抗うのであれば容赦はしない」

 

 扉に体を預け、少し俯く女に向けて言葉を吐く傾国の美女。

 突如として現れた屋敷の扉を守るようにいる女に向かい、淡々と、なんの感情も感じられない声色で言葉を吐いた。

 が、女からの返答はなく、代わりに扉から背を離して体を起こし、そのまま斜に構えると、前方に軽く出した右手だけを小さく握り、左手は平手で構える武人。

 無言で姿勢を変えた女を見て眉間を狭める藍だったが、夏場の葉のような緑の華人服を纏う女と藍の間に、萌黄色の着物が割入った。

 

「語る口は非ず、といったご様子。見れば格闘家のようですな、妖怪が拳法など修めきれるものですかな?」

 

 撫で付け髭を文字通り撫で付るように、親指と人差し指を使って顎を撫でる妖忌。

 構えて見せる屋敷の者と、睨みを利かせる式の者の間に立ち、引きもせず媚びもしない姿勢でいる屋敷の守衛と呼べる者へと話し始めた。

 藍に対しては無言を貫いた守衛だったが、同じく武芸者である妖忌には何か思うところがあるのだあろう、構えたままに返答を述べた。

 

「未だ修行中の身、ですが少しは身についたと自負しております」

「色のある返答有り難い、では」

 

 斜に構え右拳を敵対者へと向ける屋敷の警護役、紅美鈴と対峙する妖忌が言葉と共に構えてみせる。

 浅く屈んで両足を広げ、左手を帯に挿された刀の鞘へ、右手はその柄へと伸ばし軽く添える仕草をするが、その仕草は直ぐに崩された。

 妖忌の構えから剣閃が光る前に美鈴が動いたのだ。

 剣術を少し知る者が見ればそれが居合だとわかる構え、間合いに入れば振るわれるとわかる状況の中、敢えて間合いに踏み入った美鈴が2歩進んだ後瞬時に飛び、突き出した右腕から鋭い突きを放つ。

 妖忌から見れば溜めもなく、ただ突き出されたままの拳に見えるがその拳には確実な殺傷力が込められていた。

 美鈴の故郷である地で人が編み出した歩法の一つ『箭疾歩』と呼ばれる歩法を応用し、上半身は動きを見せず、下半身だけで力を宿し唯の拳を突きへと昇華させていた。

 疾っと言葉を発しながら妖忌へと向けて拳を奔らせる美鈴だったが、その突きは下から突き上げられて妖忌の頭上を貫くだけとなった。

 体の芯、正中線のど真ん中へと奔った拳だったが、妖忌が刀を抜かず、柄頭で下から小突き上げて打ち上げたのだ。

 自ら宙を駆けた美鈴。下から突き上げられては体制も整えられずそのまま体を回転させるが、その勢いも利用し足を振るい妖忌の顎目掛けて蹴りあげる。

 後の巫女が昇天蹴と名付けるスペルに似た動きで渾身の蹴りも放つが、左手で携えた鞘で受けられて二度の攻め手は失敗に終わった。

 

「縮地、とは少し違いますな。お若いながら良く鍛錬されている、修行中とは謙遜でしたか」

 

 鞘を足場にして離れた美鈴を讃える妖忌。

 最近出会う女性は強く、謙虚な者が多いと感じている。

 この場にはいないあの女も己を下げる謙虚な姿勢を見せた後に、少しばかりのやる気を見せてくれた。

 あの麗人に比べればまだ若いが、似たような物言いのこの者ももしかしたら、と少しだけ期待し、受けて見極めず攻めて見定めようという考えを持ち始めていた。

 

「恐縮ですが、届かぬのでは意味がない」

 

 雰囲気が変わったと、『気』を引き締める美鈴が妖忌に返答すると同時に己を叱責する。

 お屋敷を守る者として引けもせず、相手に下るような媚びる事も出来ない状況で尚届かない相手との対峙。

 選択肢なく、そうならざるを得なかった従者という生き方であったが、主も妹もよく懐き、今では正面を任せてくれるほどに信頼されている。

 以前の主のように顎で使われるだけではなく、名を呼び住まう屋根を共にする紅魔館の者達…身内と呼ばれ、自身もそう呼びたい相手を思い、ここを死地と定めた。

 

「過程は無意味、結果にこそ意味がある。斬った後にしかわからない事もある、と某も考えております」

 

 両者ともにこれ以上の会話はない、これ以降は語る術が変わる、そう伝えるように抜刀する仕草を見せた妖忌が右手を少しだけ握りこむ。

 妖忌の右手の動きに合わせ美鈴もつま先を少し動かす、互いにほんの少しの動作をした瞬間、両者がブレて見えるほどの動きで交差し、一度だけの打ち合いの後に、互いの立ち位置を変えていた。

 立ち位置を変えた二人、妖忌の方は左手に鍛え上げられた右腕を携え、刀へと掛けていた右手を数度握っては開いていて、軽くしびれているといった仕草を見せていた。

 それに対して美鈴は言葉なく腕も落とした姿で佇んでいる。

 落とされた右腕は今妖忌の左手の中にあるが、それでも無言で佇んでいる、どうやら腕と共に意識も断ち切られていたようだ。

 右の二の腕に刃を走らされて、利き手を美しく切り落とされた美鈴。

 切られた感覚すらわからないくらいの太刀筋、血も流れないのは組織を傷つける事なく断ち切ったからだろうか?

 輪切りにされた美鈴の腕、それが地に落ちる前に拾い上げた妖忌がこの場での勝者となり、その足で敗者に歩み寄り、地には落ちなかった切り落とした腕を大事そうに見つめていた。

 

 並の者では見えないだろう、両者の動きを見つめていた大妖怪二人。

 その金と赤の瞳には、交差した瞬間の情景が捉えられていた。

 先に動いたのは美鈴だったようだ。

 先程と同じく抜かれる前に出鼻をくじく、対応はされたが刀は抜かれなかった為、まだ見切られてはいないと考えて疾と吐いて妖忌に詰め寄る。

 瞬時に肉薄し右の突きを全く同じ軌道、同じ角度で奔らせる…が二度目は柄で突き上げられることはなく、抜かれていない白楼剣で下から切り上げられ、断たれた。

 正しくは抜かれていないわけではない。

 ただ早すぎて美鈴には見えていなかっただけだ。

 藍には剣閃だけが見え、幽香には剣筋と握り手が動くのが見えた。

 それほどの疾さで刀を抜き収めた妖忌。 

 一瞬だけ本気を出した、千年以上研鑽し続ける白玉楼の庭師の業が、命を賭してでも屋敷を守るという者の強い心を断ち切ったのだ。

 

「気を失いながらも尚倒れぬとは、見事」

 

 自身が切り結んだ相手を賞賛する妖忌。

 力の差は歴然、そう見える死合ではあったが、美鈴の気概と断ち切れなかった部分、守護するという誓いを断ち切れなかった事に対して褒め称え、斬った右腕を美しい傷口へと宛てがった。

 スッと充てがわれると、たった今切られ落とされたとは思えないくらいキレイにくっつく拳法家の腕。

 一流の刀とそれを操る一流の腕が成せる業、組織は殺さずにその繋がりだけを断つという神業を見せた妖忌が、賞賛する相手に獲物を返していた。

 

「終わったなら早く行くわよ」

 

 二人の死合を見届けた幽香が急かす。

 急かすくらいなら一人で進めば、と考えれらるがそうはせずにしっかりと見届け見定めていた。

 一振りで霧を晴らした妖忌の実力と、屋敷の者達の実力。

 両方を見て、まだまだ知らない、楽しそうな者達がいたと、花開いたような笑顔で屋敷の扉に手をかけ先へ歩んで行ったが、妖忌は後には続かずに美鈴と対峙するようにして立ち止まっていた。

 

「お二人は先へ、某は今しばらくこの者を見ておきます故」

「勝敗は決したようですが?」

 

「手負いの獣は手強い、藍殿は体感されてお分かりでは?」

「一度断ち切ったその者がそうだとでも? いえ、妖忌殿がおっしゃるのならばそうなのでしょうね…ここはお任せします」

 

 過去、殷王朝を傾けて、君主の成り代わりと共に討たれた藍。

 傷を癒して二本でも朝廷を傾けさせて再度討たれかけた金毛九尾として、手負いの獣の手強さ、執念深さは身に沁みてわかっている。

 三人で進み、前後から襲われるよりは背は安心だと確信できたほうが進むに安い…妖忌と交わした二言でそう確信し、先に邸内へと進んだ幽香の後を追い、紅い内装の中へと消えていった。

 薄暗い灯りの灯る洋館へと消えていった九尾を眺め、直ぐに賞賛した敵対者へと視線を戻す妖忌。

 少し本気で刀を振るえば手にしびれが感じられる年齢、そんな晩年と言える今になってから後に期待できる者と会うとは、と小さくため息をついて、白玉楼のある空を見上げた。

 見上げて考えているのは数日前に子より知らされた孫の事。

 年明けすぐには生まれますという吉報を届けられ、本格的に自身の老いを感じてきた妖忌が見つめるのは、夜風に赤髪を揺らしながらも倒れずに佇む女性。

 月明かりに浮かぶ寝顔は妖しくも美しい、どの様な夢を見ているのかと顔を覗きこむ妖忌の表情は、殺し合いをした者というよりも、年配のそれとしか見えない。

 年配者らしい顔、好々爺のような顔つきとなり再度家族を思い浮かべる。

 出来るならばこの者のように心の強い子となって欲しいと、まだ生まれてすらいない孫を思い研鑽する拳法家を見つめていた。




彼岸花は別名狐花だそうな。

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