東方穿孔羊   作:ほりごたつ

14 / 77
~招かれざる客の来訪~ ―吸血鬼異変―
第十三話 始まり


 人間が人間同士で争う事ばかりになってきた時代。

 鉄の弾と鉄の馬が地上を蹂躙し、鉄の鳥が空を支配し始めた昨今。

 数百年まではこの地で恐れられ畏怖されていたのは、エンジン音がこだまする鉄の馬でも鉄の鳥でもなかった。

 夜を纏い人々を攫っては血液を奪っていた吸血鬼は創作上の種族だと断定され、そのほとんど全てが力を失い消えていった。同じく魔を操り畏怖され、本当に少し前までは狩られ裁かれていた魔法使いと呼ばれる者達も、吸血鬼と同じく力を失い消えるか唯の人間として暮らしていくしかなかった。

 

 そんな時代の流れを完全に無視している者が、忘れられつつある赤いお屋敷の屋上で、この地で味わう最後の血を味わっていた。見た目年齢10才前後の幼女が、妙齢の女性の首筋に牙を突き立て血を貪る光景は、まるで物語にある吸血鬼のままだ。

 クチュリと生々しい音を立てて首筋から鋭い歯を抜く吸血鬼。

 幼い吸血鬼の腕の中、恍惚とした表情で力なく四肢を投げ出す女性、食事を済ませたレミリアが女を雑に投げると頭から屋敷の庭へと落ちていった。グシャリという音を立てて庭先で潰れた女だったが、ひしゃげた頭を傾けたままで起き上がり、心臓の鼓動を止めたまま屋敷の庭から正面玄関へと歩み始め、屋敷内へと消えていった。

 操り人形のようになった動く死体を気にせずに、着ているドレスを飲みきれなかった血で真っ赤に染め上げて、今宵の空に浮かんでいる赤銅色の月のように赤々と染まる屋敷の主、レミリア・スカーレット。未だ力を宿しながらも幻想の果てへと進む運命にあったレミリアが、鮮血に染まりながら月を見上げていた。

 

「まだこんな所にいたの? もうすぐに発動するわ、取り残されたくないのなら中に戻りなさい」

 

 生まれ故郷での最後の食事を楽しんだレミリア。

 その背中に声をかけるのはパチュリー。

 数冊の魔導書を自身の周囲に展開し、今まさに魔法を操り行使していると様相で現れた。浮かぶ魔導書は開かれていて、そのページには紅魔館の周囲を取り囲む魔法陣と同じ模様の方陣が描かれている。座標指定や方向修正といった術式が浮かぶ魔導書を開き、血腥い友人に向かって声をかけていた。

 

「いいじゃない、少しくらい。食べ納めとなるのだし」

「わからないわよ、忘れられたこっちの人間もいるかもしれないわ」

 

 欧州の一部地域を制覇し支配していた吸血鬼の主とその友人が、赤銅色の月に照らされて会話を進めていく。屋敷の主レミリアが見つめる先には、この屋敷を飛ばすための力を込められた、屋敷の周囲の土地ごと展開されている魔法陣。四大元素と赤い魔力が混ざり練りこまれた、外周が白っぽく屋敷のある中央へと向けて赤い筋が走る魔法陣が形成されていた。紅魔館の周囲に鬱蒼と茂る森、その手前辺りまでの一部の土地も巻き込んだ、大きな規模の魔方陣。

 

「こんなに大きな魔法陣が必要だったの? もう少しコンパクトに纏めればもっと早く出来たんじゃない?」

 

 白くか細い両腕を前で組み景色を眺むレミリアが、もうすぐに発動される転移方陣についてパチュリーに問う。レミリアの考えでは住まうお屋敷だけ、ついでに屋敷を囲う門とその壁ぐらいを移転させればいいと考えていたようだが、パチュリーはそうせず周囲の土地を巻き込んで移動させるという手段を取っていた。

 

「それでも良かったのだけれど、レミィの為でもあるのよ。領地の主として動くのなら治める地が少しでもあったほうがいいわ」

 

 腕組みしている主レミリアの問に応えるパチュリー。

 レミリアの為だと言ってはいるが、『為でも』と言っている辺り、パチュリー自身にも何かしらの恩恵が在るのだろう。紅魔館の周囲には研究材料や実験材料などで使う野草も少しだが生えていて、それらを少しでも持ちだそうとしたのかもしれない。

 お陰で魔法陣の形は円形ではなく、屋敷の正面にある門の先の方だけが伸びた、形を例えるなら涙型のような魔法陣が紅魔館を取り囲む形となっていた。

 

「土地毎なんて余計な事するから認識阻害なんて必要になるのよ、屋敷だけならもっと早く済んだでしょうに。それで、後どれくらいで飛べるの?」

「もうすぐで月食も本番、そうなれば陣に組み込んだ魔力も働きを増し始めるわ、そうなると少し揺れるだろうし中へと戻りましょう」

 

「唯でさえ煩いのに、揺れたりしたら我が屋敷が更に騒がしくなりそうだわ」

「もう少しの辛抱よ、妹様の為だというのなら我慢なさい」

 

 レミリアに今後の流れと苦言を伝えて先に屋敷内へと歩み消えていったパチュリー。

 パチュリーの背を見送った後、唸るだけの死体やぶつかりあってパーツがバラバラになる白骨死体など、死霊達で溢れかえっている紅魔館の中へと歩み始めるレミリア。

 小悪魔の死霊術のお陰で手駒は増えたがやたら煩くなった紅魔館。

 喧しい我が家へと入り、言われた通りに我慢しようと自身も歩み始めたレミリアだったが、屋敷内へとあと一歩というところで振り向き、夜空を照らすお月様を見上げた。吸血鬼に恩恵を授け続けていてくれた満月、生まれた地から望むのはこれが最後なのかもしれないと、赤く暗いお月様を少しだけ惜しむように見つめて屋敷の中へと消えていった。

 

~屋敷転送中~

 

 がやがやと騒がしい人間達が過ごす小さな里。

 町の周囲を低めの壁や生け垣などで取り囲み、里の内と外の境界線がはっきりと見られるような造りとなっている町並み。忘れられた妖怪や魔の者達の楽園である幻想郷だというのに、囲いの中では人間達が大手を振って歩き、笑い、暮らしている。妖かしの為の楽園の中ある意味では歪だと思える平和な人の里、その里の中心部を流れ、東西に分けるように流れる川。その川に架かる木組みの橋の上をカツカツと歩く者がいた。

 シワのないパンツから伸びる足先、その足元に履いた高いヒールを鳴らし、スーツの上着を脱ぎ左肩に掛けて揃いのベストとシャツ姿の女。左手には花の種や葉物野菜の種袋が入った買い物カゴを提げて歩く、日焼けした肌のように見える彼女。

 

「親切な店主殿でしたが、商売気の感じられない方でした」

 

 霧雨とデカデカ書かれた看板を中心に広がる人里の商店街。

 前述した霧雨の大店以外は普通の民家の軒先を改造しただけの、専門店とはいえない質素な作りの店ばかりではある。それでも蕎麦屋や甘味処といった食事のできる店、魚屋に八百屋といった食材を扱う店もあり、この里の中だけでも生活するのに不便はないように思える。

 

「おまけの方が多い、儲けは気にしない方なんですかね」

 

 籠の中の数個のおまけ、押し付けられた種袋を眺め、先ほどの商談を思い出すように顎に人差し指を宛てがい首を傾けている。彼女が本日訪れたのは霧雨の大店、あの店ならば大概のモノは揃うという事を聞いたアイギスが、何でもあるのなら種もあるだろうと訪れていた。

 初めて訪れた彼女を迎えてくれたのは、眼鏡を掛けて目を細めて見てきた店の男。

 見た目若く、優男という風体ではあったが、落ち着いた物腰と声色、一言種が欲しいと述べただけでこの時期ならこれがいいと、花と野菜の種袋を数点出してくれた男だ。接客態度は雑であったが、何が何処にあるかという店内を知り尽くした動きと、正しい商品知識を持つ男を店主と判断したアイギス。

 

「幽香の名を出した途端に冷たい態度になりましたが、なにかあったんですかね? 幽香の昔のお相手? いや、そのようには…」

 

 考える方に集中し歩くことを止めたアイギスが、先ほど出会った霧雨の店主と幽香の関係を悩んでいた。正確には店主ではなく商い修行というか手伝いをしている男なのだが、今の本題からすればどうでもいい事だ、割愛しよう。

 幽香と男の関係性も男女といったものではなく、唯の厄介な客と商売気のない店員という間柄のようだが、幽香の傘をあの店の男が作ったという話も聞いていたようだ。

 物を贈るくらいには仲がよく、名を出すと早く帰ってくれと商品を押し付けてでも追い返すあの男の事がよくわからないでいるアイギスであった。

 

 そのまま橋の上で立ち止まり、買った種一袋とおまけでもらった数種の袋を軽くつまんで籠の中で持ち上げたりしていると、橋の向こう岸で立つ者がいると気が付く。

 アイギスの視界に映ってはいるようだが、その者よりも今は店主と幽香の事が気になっているようで、動く素振りの見えない黒羊。少しの間互いに動かなかったが、しびれを切らした対岸の者がアイギスに向かい歩み始め、すぐに立ち止まる黒羊と対面するような形となった。

 

 歩んできた者は半分人間と呼べる者、腕を組み強い瞳で羊を睨む里住まいの半人半獣。

 強い瞳で睨む先は特に身構えることもなく、買い物かごを片手の肘に掛けた、人里に初めて姿を表わした悪魔。アイギスが幻想郷に来て結構な月日が流れたが、初めて人里を訪れこうして顔を合わせるのは今日が初の二人。

 初対面同士の会話、その第一声は半人半獣からのものであった。

 

「見慣れない妖怪がこの里に何用だ?」

 

 胸を張って腕を組み気勢を張る半人半獣、アイギスと同時期かそれよりも少し前くらいからこの里に住んでいる女性。ふわりとした衣服を身に纏い、上下が一体となった膝丈のワンピースのような服の裾には細かなレースが施されている。

 胸元も大きく開いていて少し屈めば中が露わになりそうな程だが、対面するアイギスに向けてそういった色気は放たれてはおらず、放たれているのは警戒の色だけだ。

 

「ただのお買い物ですよ、里にいる間は何もいたしませんのでお構いなく。ハクタク殿」

 

 豊かで女性らしい体つきをしながらも力強さを感じられる瞳、それを真っ直ぐに見返して淑やかに笑み返答するアイギス。わざわざ訪れた理由を述べて、通せんぼするような姿勢でいるハクタクの横を歩き抜けようとしたが、籠を下げていない方の手を取られ引き止められていた。

 

「霧雨の店から出てきた所は見ている、買い物を疑ってはいない…その、匂いの方だ」

 

 先ほどの店主と同じく目を細めるハクタク。

 匂いと言われて鼻を鳴らすアイギスだが、橋の下を流れる水の匂いと人間達から発せられる匂いくらいしかわからない。体臭がキツイと言われた事はないが、この国の者に比べれば異国人である自分は臭うのかもしれないと、変な所で少しだけ落ち込んでいた。

 

「血の匂い、貴女からは人間の血の匂いがする」

 

「そうですか? 幻想郷に来てからは静かに過ごしているつもりですが…半分人間だと言う割に鼻が利くのですね」

 

 血の匂いがすると言われてもさして気にしない素振り。

 それどころか、慣れ親しんだ匂いで香っても当然だと言えるモノだから気が付かなかったのかと、言葉に納得し軽く頷いてみせるアイギス。

 頷く彼女に向けて更に瞳を強くするハクタク。

 初対面だというのに敵対している者でも見るような、刺すような視線でアイギスを睨んでいる。 

 

「真っ直ぐな方ですね、そう睨まないで下さいまし。私のやる気に火がついてもこの場では手出し出来ず、悶々としてしまいそうで困ります」

「…では、今はその気はないと?」

 

「ないというよりも出来ないのですよ、そういった契約を結んでおります故」

 

 人間達が住まう地では荒事は控えてもらいたい、例え襲われても相手が人間であるなら引いてもらいたい。此度の依頼条件にそういった取り決めがあり、それを契約内容の一部として見ているアイギスは、この取り決めを破れない。仮に逃げられず、なすがままにされてもこの里の中では手を出すことはない…正確には手を出すことが出来ない、悪魔の契約とはそれくらい拘束力の強い物だ。

 

「契約?」

「ある方と契約しまして、庭の番をするようにと仰せつかっております、アイギスと申します」

 

 クライアントと仕事内容の触りだけを濁して話し、勤め人のように瀟洒な振る舞いで頭を垂れる商売人。なるべく嘘のないように述べたつもりのアイギスだったが、全身を舐めるように睨まれた際に、籠の中の種袋は見られている。庭の番を言葉通りに捉えられたら勘違いされそうだが、意図した意味合いで伝わったようだ。

 

「庭の番、か…なるほど、八雲が雇った御庭番とは貴女か。私は上白沢慧音、初対面から無礼な物言いで済まなかった」

「いえ、人からすれば鼻につく匂いなのでしょうね。身に沁みているので流す事は出来ませんが、この里の中で私から襲う事はないとお約束致しますよ、上白沢様」

 

 よくわからない仏舎利塔のような帽子を脱いで、深々と頭を下げる慧音。

 下げられた頭を上げるように慧音の両肩に手を伸ばそうとするアイギスだったが、今し方血腥いと言われたばかりの手で触れていいのか悩み、肩までもう少しという辺りで両手を止めた。中途半端に伸ばした腕を買い物カゴの取っ手が滑り、慧音の肩を強かに叩く。

 それがキッカケとなり面を上げた慧音が、植物の種ががさりと入っている買い物カゴを見て苦笑し始めた。

 

「血の匂いが染み付くほどと言うが今は土の匂いが強い気がする、言った私がこう言うのもどうかと思うが、なんとなくそれのが似合う気がするな。その角からすると羊の妖怪か?」

 

 慧音が見上げる先は大きなアモン角。

 角を見て言われるのは大概が山羊、もしくは鬼としか言われなかった黒羊が少しだけ関心していた。日本にはいない動物である羊を知る半人半獣。警戒を解いた慧音の態度や先ほどの謝罪する仕草から、聡明な者だという雰囲気は見られたが、いない動物から成った者を元の名残から断定出来る知識量はあるようだと感心していた。

 地元であれば誰が見ても羊だとわかるが、羊のいないこの国で、初対面の者から正しく言われ少しだけ機嫌を良くしていた。勘違いから生まれたアイギスとしては、勘違いされるよりは本質を見られた方が嬉しいようだ‥‥が、嬉しく思う心はすぐに別のモノへと向けられる。

 

「アイギス、少しいいかしら? ハクタクも一緒なら都合がいいわ…ココに変わりはないかしら?」

 

 アイギスと慧音が会話していた橋の欄干にパクリと開く異空間。

 その中から声だけが知った声が聞こえてきて、人里に変わりはないかと問いかけてきた。

 

「私は初めて訪れましたので、上白沢様なら気が付かれる事があるのでは?」

「特には、貴様が自ら動くなど何かあったのか?」 

 

 パクリと口を開けたスキマに向かいそれぞれ里の事を述べる二人。

 片方は里の普段を知らず変化を問われても答えられないが、里に住まうもう片方は特に変わりなしと返事をしていた。

 

「そう、何か変化があればすぐに教えて頂戴…アイギスも、もしかすると望ましい事になるかもしれないわ」

 

 二人からの返答を聞いて直ぐに閉じたスキマ。

 八雲紫が直接動き、情報収集している事に驚きを隠し切れない慧音だったが、隣のアイギスを見て隠す事をやめて素直に驚いていた。先ほどまでは瀟洒な態度に内君的な笑みを浮かべていたアイギスが、口角を釣り上げるように笑んでいるのが視界に収まったからだ。慧音が見ているというのに何も気にせず嗤うアイギス。

 依頼人直々に言ってきた望ましい事とはなにか、言われずとも理解出来て、嗤わずにはいられなかったようだ。

 

「久々の本業、気合が入りますね。楽しいお仕事となると嬉しいのですが、お相手はどういった方でしょうか? 期待に胸踊ります」

 

 自身でも酷い顔をしているとわかっているようだが、それでも収まらないアイギスの笑み。幻想郷の管理人がわざわざ動く事だというのに、そんな事はどうでもいいと本当に楽しそうに嗤う黒羊を見て、この手の輩とは関わらないのが無難…そう認識し、今夜満月が見られる予定の夕空を見上げる、後の人里の守護者であった。

 




ようやく原作設定の流れへ。
それでもゲーム本編はまだ先、動かないなと自覚しつつまったり進めます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。